十二月も半ばに差し掛かった。日中の暖かい時間帯でも気温は二、三度まで低下してる。深夜ともなれば、外気は肌を突き刺すような冷え込みで外に出るにも何枚も着込まなければならない。動きも鈍る季節であるが、このような時に怪物の大群が襲来したりすれば、小さな居留地などにはきっと滅ぼされてしまう土地も出てしまう。
平野と類される土地でも、実際には起伏の多い荒地は少なくない。なだらかとは言えない小さな丘が波打つように連なり、日当たりの悪い窪んだ土地には雪や泥濘が何時までも残ったりする。モグラや兎、或いは巨大蟻の掘ったものか。思わぬ穴に足を取られる事もあれば、起伏は視界を遮り、すぐ近くに迫る変異獣や狼、コヨーテの気配を隠してしまう。
街道を切り開くのも、田畑や果樹園を広げるのも一筋縄ではいかない。これがポレシャ市が簡単に耕地を広げられない理由であり、近隣農村地帯にレンジャーや自警団、農民兵の巡回が欠かせない理由でもあった。当たり前だが、良い土地は優先的に開発されてきたため、残された土地にはなにかしらの難点があるものだ。曠野に点在する大規模な居留地も、人口は伸び悩んでいる。とは言え、逆に言えば、大型居留地は畑やインフラ、蓄積された仕組みさえ残っていれば、十人、二十人の兵士や開拓民が死んでも容易くは揺るがなくなる。
商会にまで至れば、私が死んでも流通網は残るな、とマギーは語っていた。尤も利け者の行商人が一生掛けても、店持ちの町商人にすら届かないのが現実ですとも笑っていたが。妙な女だ。畑が欲しいと言ってたリリーに、今回も大金をくれた。いや、くれた訳ではないか。マギーの敷地の傍に畑を作るのだから。
冬の農村やら木こり団、森人なんかと交渉して、土を買ってくるようにとマギーに言われた。腐葉土は高い。驢馬の引く荷馬車に揺られながら、街道をのんびりと進んでいる。ルーは、フスフスと楽しそうに周囲を見回していた。ジゼルは毛皮に包まりながら「なんで、あたしがぁ」と震えている。後ろの荷馬車には、ニナと徒弟トリス、猫耳ココが載っていた。三人とも軍用コートと燧石銃《フリントロック》に良い槍。腰にはフリントロック短銃とカトラスや手斧を差している。どこかの兵隊さんみたいだ。
農村の畑持ちとは価格競争で出来るものでもない。やせた土地なら、手間の少ない芋でも作った方が割はいい。割には合わないけど、リリーに畑を続けるように言った。「……なにかしら考えとるんやろな。何時ものように。悪いこととも限らんけど」今の時期は、農村も、木こりも金を欲しがってるから、都市通貨があれば、安く土を買えますよ。行ってこい。と送り出された。
荷車がガクン、と揺れて急に止まった。御者に文句を言おうとすると、目が飛び出さんばかりの形相で斜め前を凝視している。
遠く稜線に幾つもの人影がふらついていた。
「ゾ、屍者《ゾンビ》だ!」荷馬車の主が恐怖に悲鳴を上げると、聞きつけたか。人影が呻きながら緩慢な動きで此方へと寄ってくる。
「総員、ゴーグル装着!降車して戦闘準備!」ニナがきびきびと叫んで、荷車からばらばらと降りていた。弾薬と装薬は装填済みだけど、誤射しないように火皿だけは空にしてある。ニナたちは、火皿に火薬を入れて火蓋を閉めると、かなり近くまで寄ってきた屍者たちを順番に撃っていった。
「うわぁ、神さま。何処の神様でいいから、可愛いジゼルちゃんを助けてぇ」ジゼルも短銃を渡されていたが、抱えて震えている。あかん、なんの役にも立たない。ルーがこん棒を持って、鼻をフスフスとリリーの前に立っていた。守ってくれるつもりなんやろか?
隻眼のリリーは、視界が阻まれているからこそ、用心深く周囲を見回した。大丈夫、視界を遮る稜線はあるけれど、今のところ、一方向からしか出てきていない。銃声が連続して、響いてくる。ニナたちは冷静な戦いぶりを見せていた。
燧石銃《フリントロック》が三丁に、短銃が五丁。八回の発砲機会で、冷静に屍者を仕留めている。相手は十体いない。銃だけで片が付きそうだが、それでも額には恐怖の汗が吹き出していた。マスケット銃の類は、装填に時間がかかるし、必中できる距離は短い。撃ち終えた銃は捨て、次の装填済みの銃へ持ち替える。短銃となるとさらに精度も威力も落ちる。不発だってあれば、頭蓋骨に弾かれる事もある。遠すぎれば、外れる。近すぎれば噛まれる。白兵機会を捨てない為に、やや離れて撃てば、逆に外れることもあるだろう。
二発が外れ、それでも六発は命中して屍者を倒した。短銃でも一発で倒せたのは、幸運だろう。残った二体も、素早く動きながら、カトラスと手斧で仕留めて見せた。ゾンビの突き出した手を、掴まれないよう、指を切り落として見せる。カトラスも、手斧も、後で念入りに煮沸する。傭兵や盗賊でも、屍者を刺した刃は入念に消毒するものだ。刃が痛んでも、病気になるよりはましだからだ。驢馬が興奮して暴れる。御者はクロスボウを取り出していたが、モタモタして撃たず、白兵戦になってから撃とうとした。ジゼルが慌てて止めていたけれど、その時に棒で御者の腕を叩いていた。
間違って味方にでも当たったら、御者はただでは済まされなかっただろう。それでも激高した御者は、ジゼルと激しく言い争っていた。
兎も角、順当に犠牲なく勝利を収めると、距離を取って、なおも屍者を警戒しつつ銃に装填し直し、念の為、さらに一発ずつ、頭に打ち込んでから、ようやくにニナたちは安堵の吐息を洩らした。熟練兵らしく、弾薬を十発近く消費しても止めを刺すことを優先していた。周囲を警戒して、猫耳ココが一度だけ高い傾斜に登り、なーご、と鳴いて戻ってきた。トリスは頷いていたが、ニナは首を傾げてる。当然、リリーも分からない。なーご?は異常なし、でいいんやろか?
リリーも馬車を降りた。屍者たちが転がっている。多分、近くの農家なり、農村なりに知らせて、焼いてもらう。その為の薪は、市の役人が届けてくれる。
冬に死んだ者は、死んだ後も冬の姿をしている。丸々と着ぶくれした屍者の群れが時々、曠野を彷徨っている。あどけない子供は、寒くなる前に母親が服を選んだのか。若い娘は、襲われる前の朝、身なりを気にしていたのか。親は、どんな気持ちだったのか。可愛らしい服を着た子供や若い娘の屍者など、襲われるとも知らない最後の日、どういうつもりでお洒落をしたのかを考えると、酷く憂鬱な気分に襲われる。
略奪者《レイダー》や変異獣の襲撃に居留地から逃げ延びるも、街道で行き倒れたと思しき人を見かける時も、旅をしていれば珍しくない。風雨に襤褸襤褸になるまで朽ち果てていても元の形状は、それとなく見て取れた。
可愛らしい服、絹の服、手の込んだ服、工夫された服、働き者の仕事着、アップリケ、名前の刺繍――逃げる途中でも大事にしてた服だけは持ち出したのかも知れない。晴れ着だったのか。母親が大事に仕立てた服だったのか。
背後の荷馬車の御者がのんびりと歩いてきた。
「お前さん、そりゃよくないよ。撃って味方に当たってたら、殺されても仕方ないよ」前方の御者にそう言い放った無精ひげの中年男は、屈みこんで、二、三の祈りの言葉と動作を行ってから、屍者たちの持ち物を漁り出した。覆面と眼鏡を付けて、手袋も嵌めている。懐を漁り、屍者の皮や肉の張り付いた靴を脱がせ、貨幣を見つけては袋に入れ、肩掛け鞄をナイフで解体し、指から指輪を抜き取っていた。
ニナは煙草を吸っていた。トリスが一本貰い、咳き込んでいた。三人とも、それとなく視界をカバーし合っている。マギーが普段から色々と説明しているから、リリーも知識だけは頭でっかちになってるが、三人の少女はまるで熟練兵のようだ。
庶民は冬ごもりする季節であるが、御者もジゼルもルーも丸々と膨れていた。リリーとニナ、トリス、猫耳ココは、暖かい、動きやすい服を着ている。金持ちとは言わないでも、裕福な層の服装だが、(これ全部、マギーのもんや)とリリーは思ってた。
「銀の指輪です。どうしますか?」銅貨や装飾品を漁っていた御者だが、やや高めの装飾品に関して、リリーに報告してきた。言われても困るので、ニナに視線を送る。
ニナは煙草を吸ったまま頷いたので「ええんとちゃう?」と首を傾げて告げると、満面の笑みを浮かべた中年御者は「ありがてぇ。これで女房子供に美味いものを喰わせてやれるぜ。女房も子供も居ないけど」とほざきながら指輪を仕舞い込んだ。自虐かな?
方位磁石《コンパス》を出したニナが、手持ちのメモ帳と小さな地図になにかを書き込でから、軍用コートへと仕舞い込んだ。再出発する段になって、猫耳ココが前の馬車に乗ってきた。御者と喧嘩した義足のジゼルが入れ替わりに後ろにひょこひょこと向かう。猫耳ココは、なーごと鳴きながら、山羊娘のルーを抱き寄せて巻き毛をザリザリと舐め始めてると、ルーはじたばたと動いていたが、やがて諦めたように大人しくなった。
※※※※
冬が訪れても、マギーちゃんは定期的に旅に出ていた。月に一度か、二度。近隣の自由都市を訪れては、行商の品を仕入れて地元へと戻っていく。夜は零下十度以下にも冷え込み、昼でも気温は二、三度。同業者の大半も、冬ごもりしている時期ではある。しかし、マギーちゃんは冬に暇を持て余していたし、旅も好きだった。
当然に春から秋とは、段取りや行程も異なってきている。まず、出発は日が昇ってから。夜明け直後や日没後の移動は、凍傷や街道筋の危険が増すため、何時もにもまして避ける。これは春や秋のような『出来るだけ避ける』ではなく、避けるために全力を尽くす。冬の日照時間は短く、行動そのものが色々と制限される。同時間で歩ける距離も減るし、運動能力も落ちる。
防寒具は必須だ。毛皮や羊毛の外套、手袋、帽子、マフラーに厚手の半長靴。さらに戦闘用に防弾コートだが、内側に着込む。防弾繊維は紫外線に劣化しやすいから、夏には夏で別の意味で辛くなる。積雪の状況に合わせて、道程や移動時間を変える。疲労した時には、あっさりと一日、休みを取ったりする。それでも稼げるだけの品を運んでいるからで、手持ちの乏しい行商人など、此処で無理して倒れてしまう者も少なくない。
防寒具が良ければよいほどに、金を稼げる活動期間も延びる。得てして若い商人などは、安い服を重ね着して我慢を重ねるが、その場では節約できたように思えても、寒さで体力は削られるし、病気になれば結局は損をしてしまう。とは言え、服も傷むし、買い替えなくても修繕には金や手間がかかるから、結局は稼ぎと防寒性で妥当な落としどころを探すことになる。要するに過度な節約は、一見、得に見えても誰もやらないと言うことは、何かしらの落とし穴が潜んでいるのだ。当たり前の話ではあるけれど。
まあ、賭けに勝つ子もいれば、負ける子もいる。街道筋で雪の中、手を繋いで埋もれている行商らしき親子を見つけて、マギーは哀しげにため息を吐いた。
傍らのジーナ・
「行こう」マギーは囁いて、再び、歩き出した。タグを届けたり、相手の身内に色々聞かれたり、時に勘繰られるのも好きではない。だから、荷に触れたりもしない。街道筋だ。次に通りかかった旅人が奪うかも知れないが、知った事ではない。三時間もしないうちにズールの都市防壁が近づいてくる。ほんの三時間だ。
いまだに活動している同業者の姿がぽつぽつと目に入った。大抵は近隣の町や村の行商人だろうが、それでも冬に勝機を見出す連中は、やはり顔つきが違った。笑顔を浮かべた赤ら顔の男も、鋭い目つきの男も、中年の女もいずれも強かそうな根太い面構えをしている。
役獣を連れて冬を旅するような、名うての連中にも視線を配る。寒さが厳しくなると驢馬が姿を消す。牛や馬、ラバは見かけるが、馬は荷馬でもかなり高いし、維持費もかかる。牛も寒さに強いが、足が遅く、よく食べるので維持費がバカにならない。しかし、驢馬は維持費が安い反面、寒さに弱いのだ。買うなら、ラバかな。とも思うが、これも癖が強い。危険を感じれば梃子でも動かないことがあるので、怪物が出没する旅程には扱いづらく、力もある反面、一頭あたりの値段も高い。どうにも万能な役畜はいないらしい。
現在、マギーちゃんの資金は、都市通貨にしておよそ三万。余裕はないが、けっして悪くはない。自由都市で働く労働者の日当が二十通貨。小さな町だと、実質的な日当は半分程度であるから相当の大金だ。都市でも町でも毎日、日雇い仕事に有りつけるとは限らないし、薪や食事、服に寝床など都会ほどに暮らしには金が掛かり、物価も高い。日当にすれば僅か千五百日分に思えるかもしれないが、おそらく庶民の大半は、一生縁がないくらいの金額でもある。
これが他の行商人やら行商団と比較して、どの程度かは分からない。多分、比べても意味がない。上を見ても天井は見えず、下を見ても同じく底が見えない。ちょっと金の有る同業者たちが馬やら牛やら連れてるのに比べると、背嚢背負って町から町の徒歩商人はいささか格落ちは否めない。それでも、まあ、なんとか仲間と共に食えてるのだから悪くはない。
自由都市の関税が掛かる前に売買する、灰色の品も幾らかは扱っている。仕入れ値に気を配らなくても、利益が出るのは随分と有難かった。勿論、盗賊団の手先やら略奪者の密偵やらうろうろしている市内の下町で、儲かった。などとは口が裂けても口にしない。不景気な面をして、酒場の隅で不味そうに安酒を呑みながらくだを巻くのだ。
「盗賊が出るだの、無法者が出るだの!へっ、臆病者どもが!見ろ!この白銀街道から持ち帰った装飾品を!俺こそが未来の大商人だ!」
馴染の酒場の一階。大言壮語しつつ戦利品を見せつけている若僧を馬鹿だなぁ、などと思いながら「景気がいい奴もいるもんだね」などと距離を保つ。もっとも度胸は本物だろうし、見る目もあるようだ。危険な交易から生きて還っただけあって仲間もいるに違いない。投資を呼び込むのに虚勢を張る手法もあるから、皆それぞれに勝負や駆け引きをしているのだろう。出資者を募る型の冒険商人となれば、ハッタリや威勢の良さも一つの武器だ。
細葉巻を加えたままに、マギーは手元のメモ帳に仕入れた品を書き込んだ。
都市内の景気の動向に加え、城門の外で扱える品も多く、付き合う相手も幅広い。遊牧民に
露店商や小物の
怪しいと思ったらすぐに引いた。それでも当初、時々は痛い目に合わされたものだ。行商人を本業として勝負するつもりだったら、或いはマギーも似たようなやり口に何時しか染まっていたかも、と振り返った。日雇い仕事を本業とし、小遣い稼ぎと距離を取っていたからこそ、逆に冷静に付き合う相手を選べた。
長期的な視野で信頼を積み重ねてるうち、運よく成功できたが多分に運の要素も大きい。古参の零細商人たちとて、露天商にしろ、行商人にしろ、確かに油断できない連中が顔を揃っており、商売の勘所だってよく心得ている。抜け目のない面々が何時まで経っても喰うに困る暮らしから抜け出せずにいる。一方で商いは甘くはないものの必死にならずに楽しんだマギーの商いは上手く運んだ。まったく世の不思議だわいとマギーも思っていた。
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12月中旬_30925都市通貨
マスケット
11 (1D100) マスケット
66 (1D100)
31 (1D100) マスケット
88 (1D100) 短銃 外れ
76 (1D100)
7 (1D100)
88 (1D100) 短銃 外れ
76 (1D100) 短銃
9(1D100) 白兵で勝利
72(1D100) 白兵で勝利