黄昏のガンダルヴァ   作:猫弾正

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03_105A 仕上げ

 ズール暦276年の12月31日、末日。マルグリット・モイラは依頼されていた一連の仕事の仕上げを行った。今回の作戦で、高くついたのは鉄条網の手配だ。関税が掛からない灰色の輸入品でも、馬鹿みたいな値段が掛かった。一方、黒騎士グレアムとその部下たちの動向と進路に関しては、それほどの経費も掛からず、かなりの精度まで把握できた。南方なら兎も角、曠野はスネイクバイトの縄張りである。常日頃は、不仲な幾つかの傭兵団や他の賞金稼ぎクランも、南方の黒騎士共にデカい面されるのは面白くないのか。斥候の邪魔は入らなかった。

 

 グレアムの南方からの進路――泊まった宿場町から十数騎の騎兵が、ポレシャ方面へと移動する際に利用するであろう経路を割り出し、鉄条網を張って待ち構えた。少人数での待ち伏せには絶好の隘路。外れたら、次の場所で先回りして待ち伏せるだけだが、最初の待ち伏せで引っかかった。素直で読みやすい進路だ。

 

 丘陵地帯でグレアム隊が通り過ぎたところを両翼から撃ち降ろし、反撃しつつ突破を図ったグレアム隊の背後に荷車を下ろし、鉄条網を急ぎ展開して、退路を封じた。完璧ではない。本来は丸太を落とすなりしたかったが、金も時間も資材も人員も足りなかった。

 

 前方は、鉄条網と杭で塞いで、銃兵を配置してある。引き換えしてきたグレアムを兎に角、銃弾を惜しまず、近づけさせずに封殺しに掛かる。

 グレアム隊もさるもの、一騎が馬ごと鉄条網に飛び込んで押し潰したが、性根の決まった騎兵は、よくやる手段。マギーは予測済みだった。

 逆に突破地点に、予備兵力による射線を集中させる。元より寡兵の騎兵相手であれば、五十人の銃兵と鉄条網の待ち伏せで封殺するには十分すぎた。恐らく三十名でも事足りただろうが。

「やるものだな」感心したように鼻を鳴らした【王《ムーテ》】タリウスに「本来、貴方と戦うために用意した備えでした」冷ややかに告げる。タリウスの傍らに控える側近の戦士コルが睨みつけてくるが「見せた以上は通用しないでしょう?」マギーの淡々とした言に、タリウスは楽しげに笑った。

 

 作戦に参加しているのはタリウス麾下の遊牧騎兵だけではない。ズール交易銀行(Zoul Mercantile Bank)、ズール・メルカンタイル・バンク。通称ZMBの使役する自由騎兵たちに、ポレシャから送られてきた常雇傭兵たちも混じっている。

 かと言って、タリウスが己を害さないとも言い切れないが、計算高い男だし、都市貴族の仲介で一応の和解も済んでいる。氏族の利益の為であれば、一時的な屈辱は忘れられる男だと踏んでいた。そうは言っても、マギーちゃんは過去に二度に渡ってタリウス・ヴォルトゥリウスに苦杯を舐めさせている。屈辱を晴らす為、殺すと決断されたら、大半がタリウスの麾下であるから、数の差で押し切られて死ぬかもしれない。常にリスクは存在している。その時はその時で、死力を尽くすしかない。

 

 本来、因縁ある大地の子(サンズ・オブ・アトラス)ではなく、一流とされる傭兵団・ブラッドリバー浪人衆を雇いたかった。

 分隊八人を一週間雇用するのに三千大陸通貨が必要で、流石に短期間では都合できなかった。次善の策として、ズールの貴族と銀行頭取の仲介で、自由都市の動かせる遊牧民傭兵を雇い入れた。報酬は実費別で五千都市通貨。奇しくも、かつてタリウスがマギーの首に掛けたのと同額の賞金。安い買い物だ。マギーが立て替えて支払い、あとで上司に領収書を廻す。 

 

 実質、一時間足らずでグレアム隊を殲滅したマギーは、敵の切り札とされた男の最後を眺めて「ジョージアともあろうものが、矢鱈と過大評価してましたが……やっぱりジルカの方が手強いでしょ。これ」そう肩を竦めた。

 壊滅した黒騎士たちの亡骸に遊牧民の戦士たちが寄っていった。死体からの戦利品漁りは、報酬として約束している。特に無傷の戦馬に群がって揉めてすらいるが、マギーには関係ない。ただし、黒騎士グレアムの首だけは、塩漬けにしてマギーのところに持ってこさせる。

「グレアムです」と持ってこられた男の首を革袋に詰めながら、マギーが騎乗した。

「そんなものをどうするのだ?」とタリウス。

「上司たちへの報告に必要なので」マギーが嫌そうに言うと、同じように所属都市に使われる立場を鑑みたか。【王《ムーテ》】タリウスが「お互い、苦労するな」くつくつと笑った。

 

 

 

 ※※※※

 

 

 

 十二月の二十三日、ポレシャ市は議会衛兵の宿舎でジョージアは鏡を見ながら髭を剃っていた。宿舎と言っても至極、普通の家屋である。

 他の議会衛兵たちは大抵が市民階級や正規居住者で、実家から通ったり、部屋を借りている。部屋と言っても、アパートではなく、文字通りの小さな一室だが、どうしたって雨風を凌げる建物は貴重な時代であった。――兎も角も、兄夫婦の為に家を出た同僚が一人。長い間、穀潰しだった為、家を追い出された女衛兵が別室に一人。事情は知らないが、やはり女衛兵がもう一人。

 

 残りは下級書記と事務員、清掃やら荷運びで働いている男女に分けての大部屋だった。それでも議事堂人員の宿舎だけあって、部屋は完全に防寒が整っているし、雨漏りも隙間風も皆無。一部屋六つのベッドも中々に広く、仕切りもされており、それほど不快な環境ではない。鍵の付いた物入もあって、むしろ黄昏の時代(トワイライトエイジ)に、これだけ良い寝床を与えられる仕事は中々、多くはない。

 

 リリーと家庭を築いたら何処に住むべきか。ジョージアは頭を悩ませている。暫くは、通い婚となるかも知れない。資材も貴重な時代、新築は現実的ではなく、部屋を借りるにも、買うにも、金は貯めておきたい。子供――子供は出来るだろうか。まだ、現実感の薄い存在だ。自分の子を育てる未来など想像もしなかったが、現実的な選択肢となって近づいてきている。貴重な水で髭に付いた泡を洗い落とし、庭の決まった場所に捨てに出る。

 

 マギーの奴め。家を大きくしたら、リリーの部屋も作る、などとほざいていた。他の奴が言えば、まるきりの大風呂敷でしかないが、ここ数年のアイツならやるかも知れん。賞金稼ぎという稼業で、未来を思い過ぎるのは鬼門だったが、もし、そうなったら……家と仕事、どちらを取る?また、転職するのか。俺が?今の仕事は安定しているが。マギーの行商団――隊商に使ってもらえるか、聞いておこう。

 

 とは言え、黄昏の時代だ。他人を当てにし過ぎるのは良くない。

 マギーだって、順調に商いを続けられるとも限らない。常に選択肢は残しておくべきだろうが、それでも商人としての辣腕ぶりには感心させられる。

 確かに頭の切れる奴ではあったが、出会った頃のあいつにであれば、万が一にも使われる立場など御免だった……しかし、良くも悪くも人は変わる。そして俺もだ。未来が開けつつある感覚だろうか。誰かの夫になり、父親として生きていく生活は、悪くないと思えた。

 

 足を洗った賞金首を見つけた時のことも思い出す。中でも辺土の開拓地で平凡な農夫に成りすましていた強盗犯。ダニー・クレイグは印象深い敵だ。馬車強盗に隊商の襲撃。一回り上の世代を代表する凄腕の銃士。俺もマギーも警戒し、名の知れた連中ばかりが集まって逮捕に向かったものの、あれほど恐れていた男が女房と子供だけは逃がそうと踏み止まり、最後に血塗れになりながら家族の名前だけを呟いて事切れた。

 

 賞金稼ぎには、クレイグのギャング団に仲間を殺された者も多かったし、奴は都市の富裕層や権力者を完全に敵に回していた。襲撃で拉致した時に、金持ちの娘も娼館に売り飛ばしている。勿論、貧乏人の娘もだ。血も涙も無かったそんな男でさえも、農場の生活に馴染んで腕を衰えさせていた。ダニーが姿を消して七年。ギャング団の全盛期は克ち合わなかったが、残党を一人一人と虱潰しにしてきた賞金稼ぎと探偵たちが集まり、それでも十二人の腕利きで乗り込んで、五人もやられた。

 

 法《ロー》と無法の違いはあれど、今の世代の保安官《シェリフ》キャシディ・エヴァンスみたいなものか。なにしろ、片手に余る強盗団や家畜窃盗団を三か月足らずで片付けてのけた。キャシディ一人の力ではないにしろ、曠野中の悪党が震え上がっただろう。曠野東部の賞金首や無法者《アウトロー》は、ポレシャ市とその近隣には寄り付きたがらない。

 

 その頃は逆だ。ダニー・クレイグを恐れるあまり、賞金稼ぎや保安官たちは息を潜めていた。自由都市ズールと商業連盟との勢力の緩衝地帯。互いに軍隊を派遣するに都合が悪く、少人数の保安官では派遣しても返り討ちに遭う。略奪者《レイダー》や盗賊団《バンディット》、傭兵どもでさえ、奴には一目置いていた。当時の東西街道は無法者《アウトロー》の楽園であり、東西を結ぶ動脈を脅かしながら、ダニー・クレイグは無法の曠野における生ける伝説の一人だった。

 

 過去は付いてくる。特に一度、暴力の世界に足を踏み入れた者には、その影が生涯付き纏う。ジョージアは仮にも法秩序の側として一線は越えずに、ダニー・クレイグほど野放図に生きてきた訳ではなかったが、今も用心は欠かせない。まして無法の世界に踏み越えてしまったものは猶更だろう。同業者にも足を踏み外して無法者《アウトロー》へと転んだ若い賞金稼ぎが幾人かいる。法の側に属するものがそれほど有利な訳ではない時代、それでも連中は穏やかで平凡な人生を送る資格を失ったようなものだが、大半はその意味を知るまで長生きは出来まい。

 

(……それにしても、俺が結婚する日が来るものかね)父親と母親への追憶に浸りながら、剃り上げた髭を洗面所――旧文明の水道は通ってないが、廃屋を修繕した家屋には、付き物だ――で確認して、相変わらずのハンサムだと傷だらけの顔をニンマリする。

 

 壁についてる鏡だって黄昏時代(トワイライトエイジ)には貴重品だ。廃墟漁り(スカベンジャー)の大事な収入の一つが、廃墟で拾う割れた窓ガラスなどだ。質のいいガラスは、新しい再生ガラスの材料にもなるし、高温の炉を持たないガラス職人でも融点の低い鉛などの金属で繋げて、要するにステンドガラスと同じ手法で新しい窓にして見せる。昔、ならずものに絡まれていたところを助けた女廃墟漁り(スカベンジャー)からそう教わった。年上の女セイラは、南方から流れてきた脱走兵ジョージアに色々と教えてくれた。残念ながら屍者に襲われて噛まれてしまったが、それでも人として死なせることは出来た。若い頃のジョージアの暖かく、そして苦い思い出だ。

 

 

 

 同室の男たちは、本を読んだり、床に古布を敷いて腕立てをするもの。工具で何かを作っているものと、思い思いに過ごしている。

 明日から連休のジョージアが鼻歌を歌っていると、扉がノックされた。

 扉を開ければ、女衛兵のクララ・ハルト。

「あ、ジョージア君」

 微笑みながら、話しかけてくる。

「ジョージア君。明日休日でしょ?一緒に食事にいかない?」

「おい、ジョージアは婚約者との逢瀬だぜ」部屋の中から声が掛けられる。

「だからぁ。噂の彼女を同僚に紹介してよ」クララの言い分からするにジョージアに気がある訳でもなさそうだ。

「おい、邪魔する気かい」との声に「これが偶の逢瀬なら遠慮しますよ」クララが言い張った。

「済まんね。明日は本当に大事な話があるんだ」ジョージアは断った。

 馴れ馴れしいが、一つ屋根の下で暮らせば、幾らかは気心も知れる。衛兵隊長には、この時期の付き合いが何十年続くことも珍しくないと忠告された。気のいい連中だ。明日は確かに大事な要件があるが、騙すのはいささか気が引けた。

 

「週二でずっと会いに行ってるじゃないですか。興味だって湧くってもんですよ。そのうち合わせてくださいよ」男にも女にも、クララの人懐っこさは信じられないほどだ。ジョージアに対してもだ。箱入り娘だ。両親には大事に愛されているらしい。勿論、戦闘の訓練は受けているのだが。意味のない突然の暴力や悪意に晒された事がないのかもしれない。市民街区なら、そう言う娘もいるものだ。

「大丈夫なのかね?」危惧するジョージアに「あれで人を見る目は案外あるのだ」などと衛兵隊長は言った。

「心配する時点で、貴様も悪い奴ではない」と言う隊長も人を見る目がなければ、俺なぞに無防備に接してくる時点で、クララの直感も怪しいものだと、ジョージアは皮肉っぽく笑った。何故ならば、クリストファー・ジョージアなんて奴の正体は、糞みたいな殺し屋なのだから。

 

 

 

 ※※※※

 

 

 

 曠野の冬は、人の命を奪う。市民街区から町外れ地区まで。春の日であれば片道四十分足らずの道のりを、ジョージアは一時間半かけてゆっくりと歩いた。年の瀬ともなると、日の最低気温は零下17度。日中でも曇りの日となると零下五度。晴れの日でようやく二、三度ほどだ。

 

 廃市街やら自治地区は勿論、行政区画の【町外れ】でも、随分と人通りも乏しくなっている。腹を空かせた野犬たちの遠吠えが、通りの彼方から響いてくる。猫の姿は見えないな。住人の貧しい地区ほどに冬の人出は減るものだが、この先、一月、二月の厳冬期ともなれば、人の生活が見えるのは、薪の節約に頭を悩まさずに済む市民や金持ちの家だけだ。昼前に廃市街近くで一仕事済ませてから、マギーの家へと顔を出した。先日の戦闘の残滓か。街路の門はまだ焼け落ちていた。幾らマギーが行商人とは言え、この時代に大きな門をすぐに再建できる木材を手配できる筈がない。多分に、春になってからだろう。炭になった部分を近所の住人がこそこそしながら削って、ホクホク顔で持ち帰っていた。ジョージアを見て、ギョッとしつつ、唇に指を当てている。苦笑して頷き、通り過ぎた。主人のマギーは留守にしていた。賞金稼ぎ時代の相棒であるジーナ・E(エクルストン)と共に自由都市へと赴いているそうだ。

 

 見張り台で毛皮を着込んだ猫耳娘がジョージアを一瞥して「なーご!」と甲高い警告を発すると、聞きつけたのだろう。小屋から顔を出した単眼の少女が「ジョージアっす」と叫んでから、小屋に招かれた。見張り台では、小さなブリキバケツを火鉢代わりに炭を焚いている。いつもはこの時間帯、外の竈で昼飯を作っているのだが流石に曇りの日に外での作業は辛いのだろう。

 

 小屋に入れてもらうと、ピザもどきを作っていた。肉や野菜、チーズを小麦粉の薄いパンに載せて焼いた代物だ。狭いが皆が着込んで、ストーブがガンガンに焚かれている。椅子に座ると、当たり前のように差し出された。身内扱いは有難いものだ。まずは、暖めた牛乳にラムと蜂蜜を混ぜたものを勧められたのでありがたく頂いた。床には、板材と小さな絨毯。むき出しの土床ではない為、靴は脱いで暮らしている。

 

 汗に濡れた靴を外屋根の下に置いて、靴下を簡単に洗ってからやはり紐に干した。体臭や湿った衣服の匂いが少し混ざるが、それでも暖かくて居心地のいい空間だ。安全だし、暖かい。雨や雪が降ると洗濯も出来ないが、貧乏人は普段から、滅多に洗剤や石鹸、余計な水も使えないから、これだって随分と贅沢な生活だ。リリーがくっ付いてきた。微笑んでいる。微笑みを返した。室内には、マギーのところで料理人をしてるリリーと手伝いのルー。それにニナと用心棒リジィ、徒弟トリスに居候のジゼルもいた。女ばかりだが、ニナがジョージアを見て、肩をすくめる。リリーはほぼ全員に好かれているから、ジョージアも許容されたのだろう。

 

 差し出されたピザを遠慮なく腹に入れる。三枚、四枚。他の面々も二枚、三枚と自分で焼いては腹に入れる。「たまらねぇ、旨い」唸ったジョージアの口元の脂をリリーがハンケチで拭きとった。頬のチーズの欠片を指で取り、リリーが口に含んだ。照れたように笑う。可愛い女だ。早く結婚したい。ジゼルが「旦那が欲しい」と呻いていた。それからいい訳のように「春からは稼ぎますからね、マジで見ててよ。ニナ」と手を擦ってた。冬の生活は、しっかりした食事は昼にしか取れない。三食を喰えるのは裕福な層だけで庶民は大抵、昼飯の他は間食や軽食、保存食が多い。雑穀の粥やら鼠肉で済ませる者も多いが、それでも量を喰えるだけましだ。放浪者や貧乏人は、飢えを軽い食事で誤魔化すものだから、少し病気になればバタバタと倒れる。冬に人を殺すのは寒さだけじゃない。栄養不足もだ。新鮮な野菜も中々、食べられるものじゃない。

 

 穏やかな生活に浸っていると、再び、外から「なーご!」と鋭い叫びが聞こえてきた。トリスが難しい表情で立ち上がり、燧石銃《フリントロック》を構えつつ、扉を開けて外に出ていった。誰かと話し込んでいるような気配、それから少しして戻ってくると深刻な表情を浮かべて「今、自警団員のジークさんが来てね。ちょっと事件が起きたみたい。地区保安官の助手として出かけないと」と告げてきた。

 

 

 

 

――――――――――

 

 

12月下旬_31995都市通貨

 

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