「ファック!おファック!」追い詰められたマギーちゃんは岩陰で叫んでいた。燧石銃《フリントロック》は不発。真冬に昼夜の温度差で銃身に発露でも浮き出たか。後から遅延発砲しないだろうな。脅えつつも、水筒の水を銃口から入れて火薬を湿らせ、カルカの先端にねじ式の道具を取り付けて、突っ込んだ。鉛の円弾を取り除かないと駄目だが、これが凄く難しい。いや、難しくはないが時間が掛かる。ガシガシと叩いてもやはり出てこない。泣きたくなった。
着弾が身を潜めた岩に突き刺さって、軽い弾ける音を立てている。隣の岩で発砲したリジィだが、胸を撃たれてぶっ倒れた。「リジィ‼ダウン!」ジーナ・
「あああ!糞ッ!」マギーは叫んだ。盗賊団どもが岩肌を昇りながら、距離を詰めてくる。少しずつの着実な発砲。「しゃーない。降伏しますか?」マギーが叫ぶと「気が進みませんな」燧石銃《フリントロック》を装填してるジーナの返答が返ってくる。
「わたしだってそうです。でも、今なら、まだリジィも助かるかも知れん。薬も没収とかされる前に……」言ってる途中、リジィが上半身を起こした。フリントロック短銃を引き抜いて発砲。近づいていた盗賊の胸を撃ち抜いた。それから、力尽きたように、またぶっ倒れる。
「援護《カバー》!」叫んだマギーが飛び出した。リジィの後ろの後ろ襟を掴んで、強引に引っ張り、岩陰まで――盗賊の発砲。マギーなら娘一人を右腕だけで引っ張れるので、左腕で頭を庇う。肩に殴られたような衝撃。弱装の小口径マシンガン。ただし、尖頭弾、多分。防弾コート越《ご》しだけどいたぁい!防弾コートが耐えたからと言って、痛くない訳ではない。おファック!とシット!を繰り返しながら――マギーちゃんはリジィを引っ張り込んだ。ジーナ・
盗賊Bが悲鳴を上げてスッ転んだ。ジーナ・
その間は、かなりよく狙った援護射撃が飛んでくる。
(……糞ッ、盗賊の癖に無駄に練度高い)
盗賊AとBは片づけたけれど、見たところ盗賊は十人くらいいそうである。冬なのに変なところに出やがって!いや、むしろ、冬だから、何時もでない街道筋にまで出没したのか。
マギーは、細胞賦活剤を取り出した。傷口にアルコールをぶっかけながら、リジィの胸を軽く切った。相手の弾が高速弾か、拳銃か。散弾かも分かってない。ピンセットで鉛の破片を取り除きつつ、塞いで大丈夫なところは接着剤めいた感じで塞いでいった。肺は貫通してない筈だが、分からない。リジィは口から血を出して呻いている。
「一人、戦死!一人、負傷!」向こうで盗賊たちが叫んでいる。「残り三人。岩場。マスケット持ち!」「撤収!撤収!」素早い動きて、唐突に引き上げていく。
マギーは追わなかった。「……粘り勝ちかしらん?」怯えながらも岩陰から顔を出し、遠くではまだ銃声が鳴っていたが――他の旅人たちが盗賊団とやり合ってるのだろう――近場に見当たらないのでリジィと荷物を担いで歩き出した。それにしても、可愛い女の子盗賊団なんて代物に襲われたのは初めてだった。
※※※※
盗賊団との戦場域から逃げ延びたマギー一行は、近場の十字路に聳える旅籠へと逃げ込んだ。街道筋の旅籠は、石と煉瓦を積み上げた壁にマスケットやクロスボウの為の銃眼が幾つも空いている頑丈な建物だ。大抵は近隣の大きな町などが資材や金銭的援助を行って作り上げ、代わりに屍者や変異獣、巨大蟻などが押し寄せてきた際、近隣の住人が逃げ込める砦として設計されている。つまりは盗賊団であっても、少数では手出ししようがない安全域であった。
門内に転がり込めば、ただならぬ気配を察してか。門番が駆け寄ってくる。盗賊が出たと知らされれば、街道にも聞こえそうな鐘が打ち鳴らされている。屍者を呼び寄せることもあるが、生きている旅人が居れば、逃げてくるかもしれない。
毛皮を纏った見張りたちが続々と銃座へと配置についた。盗賊団の密偵が中庭に入り込んでも易々と奇襲できぬ為の仕組か。内側からも壁に覆われている。変異獣が壁をよじ登ったり、或いは巨大蟻が土を掘るか、旅籠が屍者に制圧されても、戦うことが出来そうだ。個人的奮戦に意味があるか否かは別としても。
お客がどれだけいるかは一見しては分からないが、旅籠の親父は、殆んど閉じていた一階の酒場を開いてくれた。多分、旅人と話すのが楽しみでもあるのだ。時々は少数の旅人を殺害して荷を奪う宿屋なんてものもあるが、そう言うのはどこかで仄暗い影が付き纏う。何十年も妙な噂がない旅籠の親父がそんなことをするとは、マギーもあまり考えなかった。
「運が良かった!」隅のテーブルに座ったリジィが叫んだ。
「おう!」とジーナ・
「今日は飲むぞ!」再び叫んだリジィだが、「お酒は止めてください」とマギー。
「いつ死ぬか分からんのにか?私は飲むぞ!」リジィが歯をむき出しにしてる。
「一日。一日だけ待って」傷が癒着するから、とマギーが頼み込んだ。
「仕方ないな」リジィは哀しげに頷いた。
宿の親父が薄いエール――それはお酒ではない――を三杯と鳥の酒蒸し、香草焼きを運んできた。パンに温かな玉ねぎと芋スープ。
上等な食事に銀貨を支払ってから、宿の親父が話を聞きたそうにしていたので、前の旅籠を出て、街道を一緒に歩いた旅人たちの話をする。銃士もいたし、馬借もいた。幾人かは街道の常連の顔ぶれ。名の知れた旅人でもあった。多分、盗賊団は馬借狙いだっただろう。
親父は難しい表情を浮かべている。馬借はどうしたって狙われるし、危険だが、稼げる仕事でもある。ただ一方で、安全で稼げる街道となると縄張り争いが激しい。
同業他社には圧力を掛けるし、街道の注文も独占したがる。時には馬借団が団結して、運賃や送料値上げの為に街道封鎖したりもする。みんな、もっと金が、金が欲しいのじゃ。
「潰された中小の馬借団が騎馬盗賊団に転職、なんて話もあるんだよ」とか言い出した。「あとは、跡継ぎの内輪もめで追い出された側が盗賊団になるとかね」親父の語る近隣の街道事情は面白いものの、物騒に過ぎてマギーちゃんはうんざりする。
兄貴だか、姉貴だかに追い出されたと言う馬借団の妹ちゃんが盗賊団を結成したのか、それとも別口か。女盗賊団も時々、噂には昇るものの遭遇したのは初めてだった。
と、リジィが、そう言えば、と思い出したように懐からハンケチを取り出した。
「なんだい、そりゃ?」と身を乗り出した親父に、切り取った耳を見せる。
「これ、殺した盗賊の耳。多分、賞金掛かってると思うんだよね」
「うへぁ、なんてもの見せるんだ!まあ、都市に持ち込めば、遺伝子認証で賞金貰えると思うが」親父がのたまった。
盗賊団の首なら、名無しでも60~150程度の首にはなる。それと、盗賊団が認証されてる訳ではなく、刑務所で遺伝子登録されるような連中が盗賊団に転落してるのだ。
途中、他の旅人が転がり込んでくると、親父はそちらへと向かった。耳を見せた時、露骨に嫌そうな顔をされたし、どうやら、盗賊団から逃げ延びた他の旅人もいたようで、心配なのもあるかもしれない。
※※※※
食事を済ませた三人は、廊下の奥に進んだ。大部屋の暖炉には炎が燃え盛り、廊下には火鉢も置かれていて、思ったよりも随分と客らしき人影を見かけた。同業者と思しき老商人が座布団に寄り掛かってパイプを吹かしていた。銃士と賭博師らしい男がカードをしている。自由農民と思しき農夫らもいれば、馬借や牛飼いも見掛けた。十字路の旅籠だから、大きな街道筋ではなく、小さな田舎道を縄張りとする者もいるはずだが少さな馬借団、乃至、一匹狼かもしれない。
果たして、通りすがりだけでなく冬の間、旅籠に滞留する客も多いようだ。娼婦だろうか。肌着の女が奥の部屋から顔を出し、此方が女三人と見ると、すぐに扉を閉めた。クロスボウを背負った傭兵やら狩人、放浪の職工、それに自由労働者の他、貧しげな親子や旅芸人、絵描きの青年。咳き込んでる老いた巡礼なども大部屋に居て、火から遠い場所に座っていた。金がないのか。従卒らしい少年を連れた遍歴の騎士も隅で壁に寄り掛かっている。
部屋に落ち着いたマギーちゃんは、窓から外の雪景色を眺めた。分厚い曇天の空、少し吹雪が激しくなってきている。遠い丘陵の稜線を人影が歩いていた。多分、人間。杖を付いているから。双眼鏡で覗こうかとも思ったが、下手に旅の子供連れだったりすると、胸が痛むので止めておいた。二、三日は足止めだろうか。別にそれも構わない。無聊を嫌っての旅であったし、黒字は出ている。それに零下十度近くの街道を旅をしておきたかった。
取った部屋は四人部屋。寝台が四つ並んでいる。
三人だが、宿賃は四人分を払っている。
「暇ですね、Hなことします?」疑問形で言いだしたジーナ・Eさんが何故か早速、上着を脱ぎ棄てていた。「Hしようぜ」リジィもパンツを脱ぎながら舌なめずりしてる。
「……君たちは獣ですか」マギーちゃんは首を振った。
「お前、人を引きずり込んでいてよくそんな事、言うな?」リジィが抗議してくるが、「まずは武器の整備でしゅ……こほん、でしょう。これが大事」
机の上に燧石銃《フリントロック》とフリントロック短銃を置き、入念に分解、整備を行った。カルカに油を塗った布を巻いて銃身にいれ、火薬と鉛の滓を拭い取るよう何度も往復して磨いておく。銃の状態で、精度や不発率はかなり変化してくるものだ。それでも、性能が上の銃と野戦で戦うには、マスケットは致命的なほどに再装填が遅すぎた。
「ルガリエ工房の燧石銃はいい武器ですよ」銃身を撫でながらマギーちゃんは断言する。「しかし、足りない」とため息を漏らすように囁いた。
良い武器と、勝てる武器は違う。装備も、戦術も、何もかもが妥協の産物だ。
一般人としては、悪い装備ではない。追剝や蛮族、少人数の賊には、もっと状態の悪いクロスボウや火縄銃を用いる連中もいて、それには十分に対抗できるのだ。ただ、盗賊を相手取るには、どうしようもなく足りないだけだ。
「仕方ない、我々は、一般行商人ですもの」丁寧に磨いてから、マギーちゃんはため息を漏らした。
「庶民ですからね」ジーナ・
撃発の摩耗した拳銃とか、フレームガタガタのライフルなどは一応、庶民でも買えるだろう。撃てるかどうか怪しい錆の浮いた再生弾なども、探せば入手できる。
しかし、マギーは、粗悪で弾薬の入手も、動作も不安定な新型銃よりも、修理できて壊れにくく、精度の高い旧式を好んでいた。そして同時に、マスケットの性能が野戦では力不足なのも承知している。粗悪な手製のZIPマシンガンの方が役に立つ。それにしたって、マギーちゃんは不確定要素があんまり好きくない。どうしたって運不運の要素が増える。少数徒党では、それは誰かの命取りになる。
「ああ、嫌ですね。フレームガタガタの拳銃とかライフル。嫌悪感を催す。君たちが使いたいなら止めませんけど」軽蔑した口調ながらも、一応、入手できるし、必要に迫られればマギーは躊躇いなく用いる。そして他人の選択肢を縛ろうともしない。
普段使いと戦闘時の装備も使い分けるべきだが、ライフルは嵩張るし、両方、持ち歩くには重量が難点だ。金属製薬莢弾の備蓄も掛けた時間と比例してくれる訳でもない。買い物ついでに見かけたら、良さげな弾薬を買うくらいが一番、割に合う。危険と武装コストの兼ね合いは、常に悩ましい。多分、全ての旅人の悩みの種であった。
盗賊団以外の脅威ならマスケットでも結構、対処できるのだ。略奪者《レイダー》や傭兵団は強力だが、用心深ければ見つけて迂回できる。部族やら追いはぎ程度なら、マスケットでも追い払える。野犬やコヨーテなら、マスケットの射手が三人いれば寄せ付けないし、屍者や巨大蟻なら大抵は走って振り切れる。時々は、素早い屍者や変異獣の群れに襲われるが、他の旅人と一緒に戦うなり、逃げ散ればなんとかなる。
「昔の伝手とかないんか?スネイクバイト」用心棒リジィが聞いてきた。
「使えなくはないけど、借りは作りたくない連中ですね」マギーは即答すると「あーぁ。なんとなく分かる」リジィが肯いた。
傭兵団と武器商人は、持ちつもたれつ。借りを作り過ぎると大抵、碌なことにならない。金ではなく、もっと大きな仕事で返済を果たすように要求されたりもする。例えば、護衛なり、敵対する勢力への討伐なり。そもそも、マギーちゃんは交渉担当ではなかった。顔が何処まで効くかも分からない。
「もうちょっといい銃も、手に入らなくはないですが、盗賊とやり合える代物ではない、と」椅子に寄り掛かって悩んだマギーちゃん。基本的に盗賊団の側が性能も人数も上。しかし、荷を分捕られたら商売も立ち行かない。
「盗賊に目を付けられないよう立ち回るしかないですね。一般行商人ですもの」結局、それが結論だ。普通の旅人たちは、どう逆立ちしたって略奪者《レイダー》や傭兵、盗賊団《バンディッツ》、無法者《アウトロー》には勝てないのだ。
「来年は、リジィも防弾コート買いに行きましょう。私のも、そろそろ買い替え時かな。でも、高いんだよなぁ。もう2~3年持つかな。うーむ」マギーちゃんは、ノートの上に色々とチャートを書き込んでは、ため息を洩らして考え込んでいる。
「どうしたって、生きるのは大変で御座いますよ、これは」ぼやいてるマギーちゃんを見て、へっへっへ、とリジィが面白そうに笑った。
「うん、なにがおかしいんです?」ジーナ・
※※※※
両替商のスタンフィールド氏は、助手のメリッサと共に地面に散らばっているガルダ紙幣を拾って回っていた。友人のベンソンも混ざって地面をはい回っている。
ベンソンとその弟たちは、胡乱で粗暴な一家としてまともな市民たちにはいささか敬遠されているが、スタンフィールド氏の取り巻きをして、氏が面白そうなことに首を突っ込んだり、市の近郊で小冒険をする際によく呼び寄せる仲間たちで、互いに利益や楽しみを共有している。火の傍では、参事のパオロ爺さんと秘書で甥っ子のスミジー氏。孫娘のミリー。シドニー・クレメンタイン参事とその娘がいて黙って作業を見つめていた。距離を取って空き地の入り口は、クレメンタイン一家の用心棒たちが封鎖している。
「これで全部かな」言いながら、スタンフィールド氏は先日の戦闘の余波やらなにやらで散らばったガルダ紙幣を箱に入れた。
アーシア姫は沈黙している。「それはもう紙切れです。ガルダは滅びてしまった」傍らの侍女のイサラが吐き捨てた。女兵士のイブリンもいたが、空き地の隅で白い息を吐いている。血の気の失せた顔にも腕にも血の滲んだ包帯を巻いており、ベンソンの末妹ジュディスが付き添って手を握っていた。
「ええと、これは姫さまのお父さんが持たせてくれたんだよね?」スタンフィールドの質問――物言いに顔を引きつらせながらも「殿様が持たせてくれました」とイサラは頷いた。
「で、お家の印証の指輪は預かってるね。そして銀行割符も持っている。あとは、遺伝子認証さえあれば、預金を引き出せる」スタンフィールド氏はぶつぶつと呟いてから、紙幣をつまむとルーペを取り出した。
「此処に注目。歯車が描かれているね?これは自由都市ズールの都市銀行が発行したと言う証明だ」スタンフィールド氏は、名探偵気取りで得々と説明し始めた。氏は、シャーロック・ホームズが大好きなのだ。もっとも、ホームズを嫌いな人は余りいない。熱狂的ポワロ派くらいだろうか。
「なぜガルダ紙幣がポレシャ圏で通用したか。自由都市ズールがその価値を保証しているからだ。そして通常、地元で流通してるガルダ紙幣と比べると、君たちが持たされた紙幣は色が異なり、下の方をルーペで見ると細かい字で銀兌換紙幣と描かれている」皆の注目を集めながら、紙幣の底部を指でなぞった。
「自由都市ズールと幾つかの自由居留地圏で価値を持たせるために、お父さんはズール都市銀行に相当量の銀を預けたと思うよ。紙幣の発行量からして多分、500ポンドか、1000ポンド。もしかしたら、それ以上かも知れない」スタンフィールド氏は姫さまに対して頷きかけた。「お父さんは、小貴族にしては大変、賢いお人だ」
姫さまは無言のまま、紙幣を抱きしめた。涙が頬を伝った。
「仮に、銀500ポンドだとして、およそ250キロ。純度七割の薄いペニー銀貨で25万枚。都市銀貨一枚で5都市通貨。100万都市通貨。一生暮らせるし、土地も買えるね」スタンフィールド氏の説明に対して、姫さまが初めて口を開いた。
「冬が明けたら……ズールについてきてくれませんか?」
スタンフィールド氏は首を横に振った。ポレシャ圏に強力な銀行を造ろうともくろんでいる男なので、商売敵ズールに行ったら暗殺される恐れがあるのだ、と本人は思い込んで――危惧しているのだ。
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