三月。冬が終わり、街道が開いた。町や村にも旅人が増える時期だ。
今日もマギーちゃんは盗賊に襲われて、瓦礫の影で遮蔽を取っていた。普通に街道を歩いていただけなのに。そしたら、普通に盗賊団が横合いからやってきて旅人たちを襲いだした。
「毎度の如く!シット(糞ッ!)!おシット(おうんち!)!」マギーちゃんは叫んだ。それでも戦闘態勢は整える。ニナとジーナ・エクルストン、用心棒リジィに単眼のトリス。五人で相互に連携を取り合える位置取りを取りながら、待ち構える。手近な廃墟へと移動して戦闘準備を整える。屍者でも出てくるかもしれんが十中八九、大丈夫と踏んでいる。何度も通り過ぎた際、懐の寂しい旅人たちが寝起きするのも見てきた場所だ。火力に優る散兵を迎え撃つに、悪くない地形である。釘付けにされても、薄く布陣した味方が援護射撃する。突撃して来たら、カトラスや斧の出番。そしてマギーは、最初に敵を迎え撃つべき位置に布陣していた。指揮官先頭は、敵の展開を把握するに具合が良い。勿論、真っ先に戦死する可能性と引き換えではあるが。
盗賊団が立ち止まった。こちらをじっと観察している。五人。全員が燧石銃《フリントロック》。訓練を受けただろう、連携を取れる位置取り。考え込んで、それから一名、盗賊団の下っ端が白旗を掲げながら、声の届く距離にやってきた。
「通行税を徴取するぅ!」自称・共和国臨時政府の徴税官である肋骨服のお洒落盗賊に紙幣と銀貨、銅貨で支払った。自由居留地圏は独立国家群の筈だが、何処の共和国なのかな?
支払う金を纏めるのに、少しだけ時間を掛けるのがコツだ。盗賊団から見ても、余裕ではないが、きちんと支払える商人なら、また生かして放流しようと言う気分にもなれるだろう。
一人頭、10都市通貨、それに驢馬一頭が20の、70都市通貨の支払いで済んだ。
二本足ごとに10都市通貨の要求だそうだ。戦闘は無し。多分、運が良かった。いや、良かったらそもそも襲われない。不幸中の幸いであった。勿論『引っ掛かったな。死ね!』と騙し討ちしてくる盗賊団も時々、稀にいるので油断は禁物だが。
「おほん!これからは延滞せずにしっかりと税金を払うように!共和国国民の義務であぁる!」と盗賊親父が髭を弄りながら、命じてきた。マギーちゃんは、国民になった覚えがない。むしろ、税金を払ったんだから、治安と文化的な生活を与えてくれ。
ともかくも、共和国臨時政府は約束を守って手出ししてこなかった。助かった、と思いながら、小高い丘を越えて、早急に現場から離れるマギーちゃんと一味たち。
街道筋の岩陰や木陰からは銃撃戦の音が響いてくる。「た、助けてくれぇ」盗賊に襲われながら助けを求めてくる同業者もいるが、そんな余力はない。警戒しながら地図とコンパスを用いて道なき道を横断し、一刻も早く、手近な旅籠か、大きめの居留地へと逃げ込むのだ。
危険は盗賊団ばかりではない。変異獣や屍者の群れも、現有装備では手に負えない。だから、危険な廃墟には近寄らない。手練の旅人や狩人などから買った情報も、地図の空白を埋めてある。黄色く塗られた未確認情報と旅人の名前。どの程度、頼りになるだろうか。騙されたと知って罵っても、意味がない。背筋の毛を逆立たせつつ、無言で警戒しながら、余力を持って早足で移動を続ける。驢馬も素直に従ってくれている。頑固な生き物だが、人間と判断が一致した時は、きちんと危険から遠ざかってくれるのに否やはないのだ。
知り合いの旅人は、盗賊に捕まって売り飛ばされたが、逃げかえってきた。今も逃亡奴隷として廻ってくる自分の手配書を見ては、大笑いしている。奴隷狩りのハンターに見つかるなよと思いつつ(……凄い男)だと感心させられる。
何とか窮地を脱したマギーちゃんだが、しかし、強い危惧を覚えていた。これでは、そのうち誰かが死ぬわい、と。とは言え、それはマギーが取り立てて無能であったり、不用心と言う訳ではなく、
マスケットよりいい武器なんて、容易く入手はできない。逆に言えば、だからこそ大半の追いはぎや蛮族どもも精々が貧弱なクロスボウ程度の武装であるし、街道を少数で彷徨う略奪者《レイダー》や無法者《アウトロー》の下っ端連中も、精々が拳銃止まりな訳だ。
燧石銃《フリントロック》だって、けして悪い武器ではない。蛮族やら追いはぎやらを幾度かあっさりと蹴散らしている。が、しかし、盗賊団のサブマシンガンやら散弾銃が相手となると、いかにも力不足だ。相手が銃弾を絞っているとしても、こちらが優位になれば、ひっくり返してくる火力を発揮してくる。余力が段違いで、戦術的な工夫にも限界がある。
(……擲弾?うーん)そこらで買えるのは、信頼性が低い。不発とか、暴発すると恐い。
(……煙幕弾かな)敵の射線の前に張って此方を遮り、出てきたところを狙い撃ち。
万が一、暴発しても致命傷にならない。ふむん。入手できればいいのだけれど。
後で、それとなく仲間たちにも告げておこう。買うのは決定事項であるが、あらかじめ相談、ではなく、考えを告げておくだけでも、あとでの信頼が変わってくるものだ。
瓦礫が転がり、遠吠えや呻きの響いてくる荒野を早歩きすること1時間半。予定通りの時間に、想定通りの小さな惣村が見えてきた。住んでいるのは素朴な農民たちで、酒場や宿屋もあり、驢馬を預けられる厩舎もあるはずだ。土嚢と丸太の壁に守られており、此方を見つけた見張りがなにかを叫んでいる。誰何の声だろうか。速度を緩めて、ゆっくりと手を振りながら、歩み寄っていった。やれやれ、今日も、生き残れた。後で、神々に感謝の祈りと贄を捧げておこう。
小さな酒場に入るとまずはエールを頼んだ。「金で済んでよかったなぁ!」用心棒リジィは無邪気に喜んでいる。頭は悪くないのに近視眼だ。或いは、即物的な思考が最適解となる環境で生きて来たのか。習い性になってるのだろう。無理に変えようとはマギーちゃんは考えない。忠実で給料分働いてくれるなら、充分である。
マギーは地図を折りたたんだまま、ニナやジーナ・
丘陵地帯を駄獣連れで越える為、マギーちゃん一味は数年を掛けて、鶴嘴やスコップで、亀裂を埋めたり、断崖には土砂を盛って緩やかなスロープを築き上げてきた。そうしてついに秘密の抜け道が完成した。(……わたしの道だ)とマギーちゃんは思っている。だけど、他の行商人や旅人が知ったら、当然に地図に書き込んで勝手に使うだろうし、或いは抜け道の情報を売るだろう。図々しい旅人なら、案内料などを取るだろうし、でかい徒党ならあまつさえ通行料を要求してくるかもしれない。よくある事例であった。
秘密をどこまで守るか?守るために何処までやるか?縄張り争いになるかも知れない。インフラを作ったものに何処までの権利があるか。
道は、金や権益を生む。考え過ぎだろうか?俺が、わたしが作ったと言い張る者も出てくるかもしれない。後から、吊り橋でも作られたら?スロープを作ったものと、吊り橋の制作者と、どちらの権利が強くなる?権利を守れるのは、結局は暴力だ。道を抑えられたら、富と権力も奪われる。
道の登録システムというものもあるが、マギーは承認していない。地理学会だの冒険家協会には、これまで散々、腹が立つ真似ばかりされてきた。連中は、昔から使ってた抜け道を勝手に登録した挙句、お仲間を発見者だとか抜かして使用料を取ろうとするのである。昔の権威の名を借りただけの組織で、当てになるものでもない。道を使ってきた者たちと、後から名前と制度で権利を取り上げようとする者たちの対立だ。当然に揉めるし、下手すれば武力衝突だ。死人も出る。よく知らない奴が迂闊に会員になっただけで嫌われたり、揉め事に巻き込まれもする。これも碌でもない。
紙とペンで人の金を奪おうと言う詐欺師野郎も、世の中には多いのである。
多分、取りうる選択肢は二つか、三つとマギーは考えている。
一つは秘す。誰にも明かさずに使い続ける。メリットは、その間はほぼ独占できること。地元の狩人や猟師だって、早々は気づくまい。好奇心旺盛な旅人は何処にでもいるのが悩みの点だが。時間の問題、とも言い切れない。何十年も気づかれないことは普通に有り得る。かなり危険な道ではあるからだ。だけど、あっさりと気づかれる可能性もある。本当に分からん。秘密にしつつ、成り行きに任せる事になるだろう。密偵でもない限りは、人は殺したくない。それでも、目敏くて図々しい同業者が追跡してくるかもしれない。人の苦労して切り開いたルートにただ乗りしようと言う寄生虫野郎もこの世には多いのである。
第二は、明かす。ポレシャ市なりなんなりで公知してしまう。これは今、行っている行商のメリットを無くしてしまう。今の稼ぎを支えているのは、ポレシャ市と自由都市ズールを短期間で往来出来る丘の道の存在だ。最終的には、これをポレシャなりの権威と結び付けて許可なり、通行料なり取るようにする。だが、これだって強引に突破したり、使用料を踏み倒す奴もいるだろう。自分が納得できない法律など、存在を認めないと言う我が儘野郎も多いのである。
三つめは、稼いだら、要所に小屋でも作ってしまう。うちの小屋の道だぞ、とすり替えてしまう。農場とかにしてもいい。わしの農場とかなんとか言って、塞いでしまうのだ。ただ、これも派手に目立てば、山賊なんかが乗っ取りに来る可能性だって、ありそうな未来だ。お前の金は俺のものと言う貪欲な力の信奉者も多いのである。
秘密と、政治と結びついての公共化。それに小領主になる。取りあえず、これくらいしか、マギーには思いつかない。取りあえず当面は秘密を守るの一択であった。二や三を望むにしても、今のままではどうしたって到底、力が足りない。(……ばれませんよーに)マギーちゃんはヤケクソで神々に幸運を祈った。毎回、これである。まあ、バレたからと言って、それなりに危険な道筋ではあるし、マギーちゃんと同じ頻度で、同じだけの品を仕入れられる同業者は、決して多くはないだろうとも踏んでいたが。
※※※※
マギーたちは、自由都市の宿屋で大部屋を貸し切った。五人で泊まった後、いつものように諸々の品を仕入れて廻る。自由都市に新しくクロムの祠が出来たと言うので見に行くも小さな祠だった。貨幣を入れて感謝の祈りを捧げる。多分、近隣に住んでいる貧しいものが持っていくか、祠を『経営』している神官が回収してくのだろうが、それでもいいのだ。
リジィの為に防弾コートを購入し、武器工房で色々と話し合い、新しい武装を幾つか購入して、幾つかの新しい取引先を偵察しておいた。驢馬で荷を運べるなら、今まで荷を背負っていた随員に、武装を持たせる余裕も出来るのだ。二、三日を自由都市を歩き回ってから、ポレシャ市への帰路に就いた。
折よくと言うべきか。午後に街道沿いで蛮族の襲撃を受けた。やはり旅人たちの小さな隊列に二十名弱――ほぼ同数の蛮族たちが咆哮を上げながら、突っ込んでくる。旅人には女子供も混ざっているので、二十数人いても旅人の側が不利だろう。
革鎧を着ている蛮族たちは普通に強敵だから、農夫や旅人の幾人かは死ぬかも知れない。マギーたち五名は、燧石銃を二十メートルほどで発砲。屍者と違い、蛮族は素早いが頭を狙う必要もなく、精度の良いマスケットで胸から腹を狙えば、ほぼ命中する。不発は無し。大人三人は、マスケットを捨てて、戦闘薬を首や腕に突き刺した。普段使うほど劇的な代物ではないが、代わりに副作用も小さかった。普段の鍛錬で手を抜いている者が、真面目に鍛錬している者に勝てたりはしない。気持ち僅かに神経の反射速度と動体視力を高めてくれる。
マギーは、両手に手斧。ジーナ・
こん棒を持ち、腹の突き出た男が咆哮しながら突っ込んできた。マギーは、すれ違いざまに蛮族の首を切り裂いていた。とは言え、元々、マギーは円熟した技量の持ち主で、膂力と速度にも恵まれている。女蛮族が槍を投げてきたので、躱しながら斧を投げると隣の蛮族の額を割った。女蛮族が悲鳴を上げて、抱きかかえたので地面に突き刺さった槍を抜いて投げたら、また横腹に当たった。呻いてるところに、トリスが発砲。頭を弾いて止めを刺した。ジーナ・
(……勝利か、ヴァルハラか、か?)こんな何の意味もない襲撃で、それともまだ勝てると思っているのか。斧を回収して、味方の守りに付いた。ニナとトリスが発砲。トリスはまた命中。三人目の蛮族がひっくり返った。蛮族共、勇敢ではなく、単に戦況が読めないだけだったようだ。半分に減ってようやく戦況が不利だと気づいたらしく、動きが露骨に浮足立った。もっとも、乱戦での撤退は甚だ困難ではある。
ジーナ・
戦利品をリジィが嬉々として漁っている。革鎧やらは持ちきれないが、連中の手斧や鉈、斧に槍などはそれなりの値段で売れる。無宿人《ノークォーター》やら無法者《アウトロー》、傭兵などと違い、ブーツを履いてる者はいない。精々が、旅人から奪ったと思しきスニーカーで、これもボロボロだった。財布を奪ったりしている。元ランツクネヒトのリジィは、略奪を好んでいる。特に敵を倒して奪い取る戦利品と、それを売り払う瞬間が大好きだ。マギーちゃんは、おのれの獲物を見せつける実家の猟犬を思い出す。一緒に歩いているジーナ・
ニナと徒弟トリスは、手持ち無沙汰に歩き回りながら、互いに新しい銃の感想を言い合っている。時々、周囲に視線を走らせているのは、蛮族の新手を警戒しているのだろう。マギーちゃんは、細葉巻《シガリロ》を吸っていた。
「ああ、もう助かったぁ」同業の行商人たちが一服してるマギーちゃんに寄ってきて礼を述べてきた。「あんたがおらんかったら、大変な目に遭う所だったよぉ」行商人には若い娘も混ざっていた。やや年増だが顔立ちの整った女もいる。ところで、蛮族は人を浚って奴隷としたり、売り払ったりもする。蛮族のお嫁さんにされるところだった。男だって女蛮族の共有物にされたり、同性愛の強姦魔の餌食にされるかも知れない。
「かなり大きな襲撃だったな。小隊規模の斥候がここら辺の街道にまで出るなんてな」「……自由都市が弱まってないか、あいつら、何時も窺っているんだよ」浮浪傭兵やら無宿人《ノークォーター》やらが言い合っている。おのれを守れるだけの装備と腕を持っている連中だが、弾薬を使ってしまったとぶつぶつ言い、戦利品を漁りながら、世間話をしている。
死者は殆んどおらず、怪我人も少ないが、一方で深手を負ってしまった者はいる。「なんで……どうしてこんなあ!」と農夫が叫んでいた。連れ合いの若い農婦は蒼白の顔色で荷車の傍に横たわり、手を握っている同じ年頃の若い農夫は、身も蓋も無く、この世の終わりでも来たかのように泣き叫んでいた。
農民の夫婦か、恋人だか。もしかしたら兄妹を気の毒そうに眺めつつ「……あんたとあんたの部下がいなかったら、どうなってたか」マギーに近寄ってきた行商人の一行は確かに運が良かった。偶々、マギーたちが同行して、今回は戦える五人組。二、三人なら、幾らか戦ったら、折を見て素早く離脱していた。
「ああ、運が良かったよ。互いにね」言いながら、マギーは頷いた。
足の速い若者が近くの農場へと知らせに向かい、そこから狼煙が上がり、驢馬に乗った伝令が都市へと向かった。二時間足らずで巡回の騎馬警備隊が来るだろう。
マスケット弾やクロスボウが足に当たった蛮族たちが呻いている。襲ってこれないなら、別に足に当てるだけでもいいのだ。
「まあ、捕虜のあいつらをズールに引き渡して、締め上げれば幾らかは情報も分かるだろう」ジーナ・
と、若い農夫が起き上がった。蛮族の使っていた斧を手に取ると雄たけびを上げながら、捕虜の蛮族に突撃し、頭を叩き割ろうとして躱された。死に物狂いで農夫の腕を掴む蛮族の男。「やめろ!おい!助けてくれ!」と叫んでいる。農夫は雄たけびを上げていたが、徐々に腕の太い蛮族に負けそうになっていた。浮浪傭兵と無宿人《ノークォーター》が顔を見合わせ、笑いながら、二人を引き離してやる。浮浪傭兵や無宿人ノークォーター》が農夫を止めたのは、人道主義者だからではない。蛮族勢力がズール圏への襲撃を目論んでいるかも知れない情勢下、捕虜たちが持ってる情報には相応の価値があるからだ。それは蛮族を捕らえた者たちへの報奨金や評判、そして地域の安全に繋がるだろう。
マギーちゃんは、「隊長さま!」と足元に縋り付いてきた若い蛮族の娘がそこそこ整った顔立ちだったので――勿論、腕の動きには注視しながら、抱き寄せて命だけは救ってやった。とは言え、この後、警備隊に引き渡されて、処されたとしても知ったことではないし、微塵の油断もしなかった。
農夫は悔しさのあまり、慟哭しながら地面を拳で叩いていた。哀れだとは思うが、マギーは動揺は見せなかった。既に十度以上も似たような愁嘆場を眺めてきたからだ。
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三月上旬_37619都市通貨