四月も終わりに近づいた或る日の早朝。春うららかな日差しに道端の雑草も芽吹き、風が穏やかに街並みにそよいでいる。
廃屋や瓦礫が多いとは言え、最近は藁葺きの泥小屋や大きな布天幕、段ボール小屋もポツポツと目立ち始めていた。作業もし易い穏やかな気候の下、マギー一党も先日から始まった一連の大工仕事に区切りをつけていた。
「新しい壁が完成しました。後は引き起こして、取り付けるだけです」マギーが軽食の煎餅を食べながら頷いている。「大丈夫なのか、これ。壊れたりしないか?」額の汗を拭きながら、リジィが不安そうに尋ねる。
「大丈夫です。刑事ジョン・ブックを十回は見ました。頑丈な骨組みはそう壊れません。20世紀式建築技術の粋を見せてやりますよ」マギーは断言した。
「あれ、アーミッシュが納屋を建てるシーンだろ。家とは違うんじゃないの?」リジィが首を傾げた。
「納屋なの?あれ……冗談です。大丈夫!」マギーは力強く請け負った。が、頬は僅かに痙攣してた。
「不安だなぁ」とジーナ・
l――l
l 扉
扉――l
一抹の不安を残しつつも、作業を開始する。予め地面に組み上げていた壁を力を合わせて十人ほどで縄で引き起こし、予め掘った穴に柱を。溝に壁を固定した。壁と壁のつなぎ目には漆喰を塗り、後は漏水に備え、地面と接する箇所に盛り土をしっかりと行った。新しく小屋の壁が延長されたが、増築と言うには、まだ早い。
新壁
――l――l
l 扉
――扉――l
新壁
最後に古い壁を撤去するが、解体はせずにそのまま再利用。新しい壁の角に移動させて、設置した。いわば二つの小屋を接続して、一つの居住空間にした訳だ。
l――――l
l 扉
扉――――l
※壁を移動
夕方を前に、小屋の面積は二倍ほどに広がった。メートル法にして3×6(18㎡)の小屋から、6×6(36㎡)ほどに広がった感じだ。以前は九人が寝るとすし詰め状態だったが、これなら手足が振れずに全員が好きな場所に眠れるだろう。とは言え、技術的な問題で、屋根には複数の柱が付いている。
一枚の大きな構造体として屋根を作る技術も材料もなかった為、独立した3×3の平屋根ユニットを複数繋げる形式を取った結果、柱が家の中心に四本も突き刺さっていた。柱梁構造の後付け壁だが、移動可能な壁も全てが柱付き。僅かに傾斜させた屋根と屋根を合わせる際も、それぞれに柱が四本付いている。潰れるよりましだと開き直って、頑丈さに全振りの構造である。
※※※※
ポレシャのマギーは行商人であり、物資調達係でもあった。物資調達に掛けては、ポレシャ市でも五本の指に入る腕前だろうと密かに自負している。とは言え、ポレシャの商人を全員、知ってる訳ではないので、知らない凄腕が何処かにいるかも知れないが。ともかく、庶民にはほぼ不可能な短期間で、小屋の新築や修繕、増築するだけの資材を手配することが出来た。もっとも、手数料も含めてマギーにそれだけの仕事を頼める庶民は、殆んどいなかったが。
派手に吹き飛んだ街路の門も、簡単な木柵と木戸くらいには修繕されているが元々、数年をかけて築き上げた門だから、流石に一朝一夕には元に戻らない。傭兵団や略奪者《レイダー》の襲撃を受けた貧しい居留地が、略奪自体は持ち堪えても結局、遺棄される理由でもあった。
「見なよ、この家。わたしの城です」誇らしげにマギーちゃんは言った。
小さなあばら家だ。掘立小屋より幾らかはマシと言ったところかもしれない。だけれども、雨風を凌げる壁と屋根があり、ドラム缶ストーブと煙突が付いている家での暮らしは、黄昏の時代。決して当たり前の生活ではなかった。
市民街区や中町は勿論、地区にだってもっと立派な家は見かけられる。だが、それは働き者の労働者の家系が二世代、三世代以上もかけてやっと築き上げ、或いは、昔からの職人衆や行商団の古株の親方たちが暮らしている家であって、移住してきて十年足らずで立派な家を建てたものなど、マギーの他には一人しかいない。
今日ばかりはマギーもやや浮かれた姿を見せていた。仲間たちに美味しい食事を振舞ってやろうと、手伝いに来たセシリアや奴隷のイオ、居候ジゼルも含めて、食べたいものを聞いては手配している。ニナやジーナ・
税金は多少上がるかも知れないが、マギーの実入りであれば問題にならない。
元々、ポレシャ市は地代もかなり安い。居住用の家の一軒目に限れば、固定資産税も極めて低く抑えられている。それに立派な家持ちは地区でも一目置かれる。だが、正直、マギーにとって風評はどうでも良かった。黄昏の時代、安心して寝起きできる頑丈な家を築けたのがただただ嬉しかった。帰る家があると言うのは、素晴らしいことだと思う。
とは言え、ポレシャ市がこの先、変わらないととも言い切れない。ポレシャ市は、自由民主主義の体制を採っているものの、けして民衆にとって理想の政治制度ではない。むしろ、議会とはそれぞれの権益者が己の利益の為、法や税制を変えようと絶えず働きかける血を流さぬ戦場で、共同体においておのれの土地や商売、富と権利を守りたいのであれば、弁舌の剣を交える議場に代弁者を送らねばならない。それは、苦しくて報われること少ない営みであり、終わりない妥協と衝突の繰り返しであろう。マギーには到底、出来そうにない。考えただけでもゾッとする。肉体的には、軽く縊り殺せるであろう老パオロ・ジャッコーニを畏敬し、幾らかの敬意を払っている由縁でもあった。
マギーは首を振った。それから料理手伝いであるルーの頭を優しく撫でつつ「ルーはなにが食べたい?」こう尋ねた。
「何でも良いの?」巻き毛のルーが首を傾げた。
「羊でも、豚でも、鶏でも。牛は少し難しいけれど」マギーが請け負うと、ルーはもじもじとはにかみつつ、そっと告げた。
「えっと、ね。食べたいのはコトコトの煮つけよ」
「ああ、コトコト。いいですね。食べたい」ルーにウザ絡んでたセシリアも頷いた。
すると、奴隷のイオも「コトコト!」と涎を垂らした。
「……コトコト?」首を傾げたマギーは、料理全般に詳しいリリーを窺う。
農村出身だが、料理の本を幾冊となく読んでる料理番は、しかし「……コトコト?」首を傾げていた。
「探してみるけど、手に入るか分からない。次に食べたいものを聞いていいかな」
「なんでもいいのよ。貰えるなら」ルーは、メェメェと嬉しそうに鳴いていた。
「コトコト……コトコトねぇ」地区の自由市場へと向かうマギーだが、はて、コトコトとはなんであろうか。
ルーは南方からの元旅芸人、セシリアは南方の湿原諸邦の出、イオは多分、南の湖沼地帯から来た蛮族。(ふむん……魚かしらん?)。
連中、当たり前のようにコトコトと言っているのだが、聞きそびれてしまった。今から引き返して聞くのもなんとなく決まりが悪かった。
まあ、市場の料理人なら、誰かは知ってるだろう。コトコトは後日、手に入れればいい。自由市場で一番、腕がいいと思っている屋台料理人に近寄り「コトコトを作れますか?」マギーは尋ねてみる。
「なんです?それぁ」頼りない返答が返ってきた。嘆息したマギーは、羊の炙り肉、鶏の唐揚げと、やはり鶏と香草の蒸し焼き。分厚い豚肉のソテーとジャガイモでお茶を濁すことにした。歓声を上げていたので受けは悪くなかったと思いたい。多分。
※※※※
マギーちゃんは、今日までかなり忙しく働いてきたけれど、流石にそろそろゆっくりする時間を増やしてもいいと思った。その日は朝から、野外に設置したお気に入りのソファでお日様を浴びていると、街路の向こう側から折よく、参事のパオロ・ジャッコーニ爺さんが驢馬に乗ってやってくるのが見えた。
敷地の隅の段ボール小屋に【イオの家】と下手糞な名前で書いてあった。奴隷娘が顔だけ出して寝転んでいるのを見ると「奴隷を犬みたいに飼ってるな」と爺さん、顔を顰めてくる。
「……そう、見えるよねぇ」主人のマギーちゃんは嘆息を洩らした。「……あれ、あの子が自分で初めて書いた名前を飾ったのよ。言っても外さないん」
扱いは其処までひどくないと考えている。主人と同じ料理を食べさせて、火にもあたって、肌寒い日には、マギーの小屋――ではなく、マギーの家へと入れている。 法で細枝による体罰は認められているが幸い、まだ一度も行使したことはない。
薪や水運び、料理の手伝いやら、重要ではない帳面など簡単な作業をさせつつ、勉強も教えてる。しかし、金を貯めない。見せなくてもいいから、ノートを付けるように言ったが、愚にもつかない玩具と買い食いばかりで浪費している。その他にもニナと絵を描いたり、意外にもジゼルと機械を組み立てたりしてる。なにに向いてるかを探ってる段階だが、なにかしら身に着けられるだろうか。一年か、まあ三年程度は様子を見るつもりだ。しかし、奴隷身分から解放したところで、生きていけるか分からない。
イオは寝転びながら、ドーナツを食べて、スケッチ帳に落書きしていた。十代も後半だろうが、これまでは普通の扱い――殴られずに生きられる時間と空間を持てなかったようだ。手遅れであるが、ある程度、まともな扱いを受ける庇護下で、好きに時間と金を使わせつつ、自分で考えて選ぶ感覚を育ませている――いや、取り戻させているかな?イオが今まで奪われていた当たり前のものを返している。
時々はイオに語ったり、考えを尋ねたりしている。可愛がりつつも、時々、脅かしてもいるが。無駄遣いも、失敗もしていい。上手くやったら、時々は褒める。叱る時もあるが怒りはしない。主が怒りを見せるとイオは凍り付くからだ。恐怖で硬直せず、リカバーの思考や相対化の視点を持てるなら、いずれは半人前くらいになれる……といいなと思っていた。無駄な時間とも思わない。奴隷のイオを通して、蛮族社会――その在り方の一部なりをマギーは探ってもいる。無辜の農民や旅人を浚い、略奪を好み、孤立した部落や農場を襲撃してくる蛮族勢力は、偏見ではなく自由居留地圏の人々にとって日常的な脅威のひとつであったからだ。
「なにか難しい顔をしておるな」爺さん尋ねてきた。
「爺さん。コトコトって知ってる?」マギーは挨拶もそこそこ、先日からの悩みを爺さんに尋ねてみた。
「コトコト、か」パオロ爺さん。意味ありげに頷いてみせた。
「食べたいものを聞いたら、コトコトって三人も同じことを言うん。南方の料理かな?」マギーは首を傾げつつ「曠野の住人は誰も知らん。リリーさえも」
「リリーは料理番の娘だな。知らんのか」爺さんの口ぶりからすると知ってそうだ。
「教えてほしい」と頼み込んでみるが「いや、わしも知らん」との返答を返された。
マギーちゃんはがっかりした。
「……そう言えば、なんの用かな」日向ぼっこしながら、マギーが気だるげに尋ねてみると「用がなければ、来ちゃいかんのか?」と爺さん。
「いや。でも、時間を無駄にするタイプには見えないからね」
「ダニエル師の孤児院の近くに巨大鼠が出てな。なんとかして欲しい」と頼んでくる。
「ほら、厄介ごとだ」爺さんが現れた瞬間から分かっていたが「鼠?」流石にマギーが眉を潜めた。巨大鼠は、危険な獣のうちでも最下層のヒエラルキーに位置している。女子供やらこん棒やナイフしか持たない農夫には危険でも、ちょっとまともなクロスボウを持つ
「二十匹ほどの群れだ。三十匹近いかも知れん。派遣した浮浪傭兵が手に負えないと泣き言を」爺さんが苦々しい表情でそう吐き捨てた。
「はぁ、それは……まあ、浮浪傭兵ならそうかな」マギーは呟いた。巨大鼠とは言え、三十匹近いとなると確かに相当な脅威だ。粗雑なクロスボウや原始的なアーキバスしか持たない一山幾らの浮浪傭兵たちでは、手に負えなくても無理はない。
「で、市議会の仕事として討伐を依頼したい。経費別として、これくらい」爺さんが取り出した書類を一瞥して、「あら、悪くない。二百も?」マギーは目を見開いた。
「うん」パオロ爺さんは、顎を撫でている。
「でも、赤字じゃない?普通の狩人とか、銃士より随分高いけど」疑問をぶつけると「あー、短期間で確実に、となると。お主の手勢、経験豊富で一等だし。鼠相手に警備隊出して、貴重な金属薬莢の弾を浪費させたくない」事情を説明された。
納得したマギーは「なるほど」頷いて請け負った。
※※※※
古いショッピングモールの近くの路上一帯に巨大鼠たちが蔓延っていた。数は確かに十やそこらでは効きそうにない。下手な装備であれば、死を覚悟させるほどの圧は感じる。確かに浮浪傭兵には手に負えないだろう。クロスボウやらアーキバスやら、取りあえず頭数になる程度の装備は持っているものの、連中は連携も下手だし、戦術もお粗末だ。巨大鼠は――変異獣やらもそうだが、数が増えれば増えるほどに獰猛な性格を見せる。経験が浅い浮浪傭兵の三人や五人を突っ込ませても、餌になるだけだ。
いや、言い過ぎかな?だけど、浮浪傭兵なんてのは、食い扶持を求めて傭兵になった
まあ、いい、とマギーは肩を竦めた。作戦期間は一日。予備兵力とした浮浪傭兵らにも、相手の退路を遮断させてある。この時、マギーは全く巨大鼠を相手するだけの戦力しか用意してなかった。例えば、赤泥のジルカがこの瞬間に報復しに来たら、やられるか、相当な痛手を喰らうだろう。最適化された装備と作戦とはそう言うものだ。特化するほどに普遍性と異なる状況への対応力は削られる。
想定外の戦力――変異獣だの屍者だの現れたら、最低限の交戦のみで基本は離脱して撤収と決めてある。一応、念のために周辺を偵察しているが、万全ではない。隙を狙われたら危うい。そして他者の怨みを買っていることも自覚している。人間に狙われたら、どうしようもない側面はあった。それは野犬くらいなら現有装備でも対応できるが、これも複数が出たら出来れば撤収である。まあ、考えても仕方ないことだ。地図を見せながら、手筈を説明し、マギーは作戦を開始した。
マギーと仲間たちの六人一組で前進し、巨大鼠が射程に入ったら二人乃至三人が斉射。後退して次弾を装填し、再び前進。戦術的には、全く問題がない。目に入った通りを掃討し、小さな路地に逃げ込んだ巨大鼠を追って、一匹、また一匹と着実に掃討していく。十五匹か、二十匹を仕留めてから、逃げ回る残りを追いかけて三時間足らずで二十五匹を仕留めた。マギーが125都市通貨。残り五人に20都市通貨。半日仕事としては悪くなかった。後は銃を整備してお終いである。
予備兵力と包囲網を兼ねた浮浪傭兵たちは、複雑そうな表情でこちらを見ていた。(……真似しようとしなければいいけれど)地図と行動順位。射線。安全な後方。包囲されないポイントに抑えるべき火力点。追い込んでいく場所や移動経路の順序など、事前に二、三時間ほどの検討を重ねて割り出したとは考えまい。まあ、今回程度の相手なら、もっとぶっつけ本番でも問題はなかっただろうが、それでも事故は無くしておきたかった。
連中、マギーたちをちらちらと見ながら、ぼそぼそと話している。あまり良くない雰囲気には、覚えがあった。怪物討伐に限らない。頭目は年嵩の男のようだが、苦労を経験と思ってる手合いであるなら、若造が簡単にこなした仕事に見えるかもしれない――とは言え、若い連中ほど興奮し、年嵩は宥めていた。なら、なんとか落ち着くかも知れない。事前の訓練と計画に金と時間が掛かるのだが、得てして素人ほど表面の成果だけを比較しようとする。そして、親しくもない連中に差し出がましい口を聞くほど、マギーは図々しくはなれなかった。
悪い奴らとも限らないし、ちょっと綺麗な娘も混ざってるが、苦心して誼を通じようと思うような熱は持てなかった。下手な物言いをすれば、拗れてるし下手をすれば憎しみを買いかねない。関わらないのが一番、いい。実際、二度か、三度は上手くやってみせる奴も多い。続けられる奴さえもいる。が、一度で姿を見せなくなる者らもいる。其の儘、警戒を維持しつつ、速やかに離脱した。喫緊の仕事は終わった。後は市の仕事だ。
―――――
4月下旬_44622都市通貨
鋼輪式銃《ホイールロック》 2丁
マギーの家 3×6(18㎡) → 6×6(36㎡)