黄昏のガンダルヴァ   作:猫弾正

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03_116A 春の日差しとカボチャパイ

 ズールからの隊商が到着した。マギーが注文していた幾つかの品も届いたので、地区入り口の広場まで受け取りに出かける。南回りの隊商が到着した際、市民や商人、近隣の農場主に裕福な自作農なども目ぼしいものがないか、顔を出しに来るも、町外れ地区の住人は余り顔を見せない。

 

 南回り経路の商品には、割増感が漂っている。豪族の関所を始めとして、盗賊団に略奪者《レイダー》にも支払う通行料。守りの厳重な旅籠の宿泊料。遠回りしての日数と駄獣の水と飼料に雇った護衛の人件費。だから、南回りの隊商は、薪や穀類、木材、粘土や土材に段ボールなどの嵩張る安価な品は扱っていない。古布やよれよれの古着、空き瓶や空き缶、ガラクタなど安物の類もほぼ皆無だ。品揃えは香辛料に香水、貴金属の装飾品、金属薬莢の再生弾。毛皮に宝石、煙草に葉巻、。蒸留酒に甘味の類。技術書に娯楽本、それに機械部品に電化製品などで占められていた。

 

 マギーが注文しておいた驢馬とコンクリートブロックも無事、ポレシャ市に到着した。商品自体は自由都市で確保したものを届けてもらっただけなので基本、輸送費だけだが、それも馬鹿にならない。

「半金の400と約束の200」マギーが都市通貨の銀貨と銅貨の袋、そして紙幣の束を渡すと、相手は軽く確認してから「確かに」と頷いた。殆んど揃ってると見て、まずは受け取ったのだろう。数え始めている。

 料金の支払いを終え、驢馬とコンクリートブロックを受け取った。空き地の隅に積み上げながら「トリス。牧者衆のイザベル・ミラーに商品が届いたと知らせてきて」マギーは徒弟トリスに声を掛けた。「はい、親方」素直に頷いたトリスが駆けだそうとした時「待ったぁ!」と制止の声が空き地に響き渡った。

 

 周囲の人間が作業の手を一瞬、止める中「その驢馬!650で買うぜ!」若々しく高い声が割り込んできた。

 (……???)変なのが絡んできた。マギーは目を瞬いた。

 

 ぶかぶかの服を着て、ターバンを巻いた正体不明の人物だ。若手商人とその部下たちか?輸送してくれた家畜商人も固まっていたが、一番早く再起動してみせた。

「では、受取証にサインを」言いながら、淡々と手続きを進めてくる。

 巻き込まれずに終わらせようというのだろう。いい判断です。

「うん」とペンを取り出したマギーちゃんだったが、「買うって言ってるんだぞ!無視すんない!」家畜商の書類が横合いから、新手に奪い取られた。下手糞な字で多分、おのれの名前を書いたのだろう。札束と共に書類を家畜商に押し付けてくる。

 

(……マジかよ、こいつ)マギーは、途方にくれた。ニナとジーナ・E(エクルストン)も連れてきている。

 背後で苛立つ気配を視線だけで抑えつつ、目配せすると近くにいた自警団員が二人、走っていった。多分にマギーの残りの仲間と、他の自警団員を呼んでくるのだろう。いや、もしかして、マギーの手勢が家をがら空きにするのが狙いか?しかし、盗むほどのものが置いてないと思うが。

 

 

 周囲は、静まり返っている。恐怖と言うよりは、興味や好奇心が多分に混ざっている視線だ。なにが腹立つって多分、他人事だったら、マギーも似たような視線を向けて面白がっていただろうからだ。こういう揉め事があるとは耳にしていたが、ポレシャ市で――しかも、自分が巻き込まれるとは思わなかった。

(こんな馬鹿に絡まれるとは。ここは第三者を介入させよう)マギーちゃんは瞬時に判断した。物騒な開拓地の町や辺境とは訳が違う。自由居留地圏でもポレシャ市やズール都のような取引や契約を重視する気風の大きな町、特に人目のある場所でなら、それが最善手だ。

 

 相手は、ただの馬鹿で、狙いがマギーにあるとも思えない。

 何故なら、あまり意味のない演出だからだ、とマギーは判断した。

「姉ちゃん。サッサと失せな」正体不明の商人の言い分だが、家畜商人が窘めるように穏やかに「君、その驢馬は届けただけだ。600はただの輸送費。半金なんだよ」

 若い商人のマスクから覗いた顔が真っ赤になった。そして札束をひったくる様に取り返すと、何かつぶやきながら足早に去っていった。

 

 これで終わりだろうか……ならば、粗暴と言う訳でもない。物を知らない田舎のお昇りだったのかな。善意で解釈すれば、だが。或いは、注目を集めるつもりで、デビューに失敗したとか。小さな町で成功した若手商人が、市《ブーグ》の大きな商談の場に出てきて、金を見せて一目置かれようとした。とか、派手な買い物で名前を売ろうとしただけかもしれない。成り上がりを望む青年には時々、ある手法だ。

 分からん。ただ、強引なやり口ではあったが、人数いても暴力に訴えようとはしなかった。世間知らずなだけの若者なら、放置してよいかな?ともマギーは思った。

 

 マギーはポケットから白いハンケチを取り出し、頭の上で振ってから、両手でバツ印を作った。空き地の周囲に展開していた部下や、物陰に潜んでいたイザベル・ミラーらが肩を竦めているのが見えた。ポレシャは、マギーちゃんの地元だ。相手が剣や銃を出していたら、制圧するだけの準備は整えていた。

 使わないで済んで幸いだ。家畜商人が喉を鳴らしていた。「運のいい若者だよ」冷や汗を拭っていたが、マギーは首を横に振った。多分、運が良かったのはお互いだろう。

 

「驢馬!驢馬!」手伝いにやってきた巻き毛のルー。驢馬を見るや、メェメェと興奮していた。

「名前は!?」珍しくよく喋って、マギーに聞いてきた。

「名前ですか。ふむん。ルーが決めますか?」

「いいの?!」パッと顔を輝かせた。こういう時のルーは非常に人懐こい。

 旅芸人だから危険に晒されたり、殴られたりした経験もあったに違いないが――普段の警戒ぶりを見れば分かる。同時に一緒にいた大人たちに愛されていたのだろう。

 少し考えてから「ネム!」と山羊娘は命名すると、何度も嬉しそうに「ネム!ネム!」と驢馬に呼び掛けた。微笑ましい。猫耳ココも驢馬に乗っていた。トリスは、おっかなびっくりに見ている。春の日差しの下、マギーは欠伸を噛み殺した。「いい名前です」次も買うなら、イノーにしよう。マギーちゃんは日本語に詳しいのだ。

 

 興味津々な少女たちに驢馬の世話を頼んでいると、牧者のイザベル・ミラーが歩み寄ってきた。

「ご苦労様でした」と労をねぎらってくる。

「まあ、かなり難しかったですね」と言いつつ、マギーが眺めると、牧者衆らがコンクリート・ブロックを荷車に積みこんでいた。

「これで砦を修繕できるぞな……できます」と、イザベル・ミラーは、銅貨や羊皮紙の牧者衆紙幣で支払ってきた。一応、ポレシャ圏で銀貨や銅貨同様に流通している信用貨幣だ。ポレシャ牧者衆が、毎年の羊毛で価値を担保している。発行は、ポレシャ造幣局。余り出来は良くない皮革紙幣だが、偽札犯はポレシャ牧者衆が問答無用で殺しに掛かるので、贋札は今のところ流通してない。

 

 牧者紙幣が近年、下落気味なのは、ポレシャ牧者衆が他所のトラン市やスージ市、ミト村と言った居留地の牧者衆や羊飼い、或いは放浪牧童団らと牧草地を巡っての抗争中だからだろう。ただ、そうした争いは日常茶飯事でもあるので、下落もある線で止まっている。実際、マギーも乳やバター、チーズ、羊肉などをかなり使用するので、安い牧者紙幣を買い込んでは交換している。牧者衆はあまり金はないが相当な戦力だし、色々と助け合えるので、仲良くしておいて損はない。なんと言っても、イザベル・ミラーは貴重なTRPG仲間だし、牧者衆は孤独な仕事だからか、意外と読書好きも多くて話も合うのだ。

 

 これが木こり団の発行通貨だとマギーが欲しいものも精々、薪だけになってしまう。木材なども、自由都市で安くて質の良いものを一定量、仕入れられるのだ。

 薪にしたって市からの配給と優先購入権の安い薪の割り当てだけで二トンほども貯めている。正直、態々と木こり団とは付き合う意味合いも殆んどなかった。それに木こり団の女の子たち。やたら異性との出会いにガツガツしていて話が合わない。森の小さな共同体で暮らすから、旦那や奥さんが必要で、家族仕事だから、外部からの血も欲しい。一夫一妻で貞操と子作りを大事にする。マギーは女性が好きなので、木こり団とは価値観の相性も良くなかった。恋人や愛人を求めてる訳ではないが、気の合う百合の娘さんも殆んどいないのだ。 

 

 

 

 ※※※※

 

 

 

 多少は大きくなった家ではあるが、九人で暮らすには、まだ手狭だった。

(近いうち、また増築しなければなるまい)マギーちゃんは断固決意していたが、しかし、まずは街路に設けた木戸を修繕して、不審者の出入りを遮断できるようにするのが最優先である。市に注文されている資材も別途、納めればならない。

(……無理をしなければ来年かな。うーむ。)

 

 贅沢な話ではあった。つい最近まで、安全な寝床が確保できれば、それ以上は不満を覚える事も無かったはずだ。それが倍も広くなったはずの小屋での生活が、窮屈に感じられてならぬ。寝るだけの場から、暮らしの空間に役割が変わったからであろうか。

 

 冬場には、イオも家に入れなければなるまい。庭先の段ボール天幕は、悪い住居ではないが、冬の寒さには耐えられまい。いや、秋にはもう入れた方がいいかも知れない。それと驢馬も厩舎に入れる必要があった。春から秋は、農家に預けるなり、庭で林檎や干し草を食べさせておくだけでいいとしても、冬に備えて今のうちに探しておいた方がいい。農家のミリーなら、無理をさせずに預かってくれるかな。この間、町であった時に、軽い作業をさせる驢馬を欲しがっていた。信用はしているが、契約書を作るなら、また貸しは厳禁にしておこう。本人は、驢馬を優しく扱っても、「明日返すから、ちょいと貸してくれ」なんて隣人に強引に持っていかれる、なんて話もあるかも知れない。

 

 やることは多い。屋外の机で忙しく書類を書きながら、予定表にも思いついたことを掻きつけていると、「親方、親方」徒弟トリスがチラシを片手に嬉しそうに駆け寄ってきた。

「壁新聞ですよ。壁新聞」なにやらチラシを見せてくる。背後では猫耳ココが興奮して、にゃがにゃがと鳴いていた。

「うん?」とマギーは伊達眼鏡を外した。だ。

「読んでください。ほら」とトリスは壁新聞を突きつけて、記事を指差していた。

「地区保安官補マギー。巨大鼠を駆逐。四十匹の巨大鼠を駆逐」とポレシャ・ストリートジャーナルの記事には書いてある。今まで強盗団やら、屍者や変異獣を潰しても、記事にならなかったのに。鼠退治で褒め称えられるとは、妙な事もあることだわい、とマギーちゃんは首を傾げた。

 

 壁新聞には、下手糞なイラストのみで顔写真も載ってない。

 尤も当たり前だ。法執行官たちの顔写真は基本、新聞には載らない。無法者や犯罪者だって新聞くらいは読むからだ。『孤児院のダニエル師。マギー保安官補を招いて、お礼の特製カボチャパイを進呈する予定』と書いてある。

「もう一枚買ってありますから、そいつはご自由に!ひゃっふー!こいつは記念に取っておこう。ニナ!姉さん!ほら、あたしたちの活躍が新聞に載ってるよ!」トリスたちは叫びながら、離れた位置で地図を作っていたニナの方へと駆けよっていった。どうにも、仲間たちが人々に認められたことが嬉しくてならないようだ。マギーは苦笑を浮かべて、新聞を眺め、(……それにしても、トリスがあれほど喜ぶのでは、こいつは捨てる訳にもいかんだろう)と頭を悩ませたのだった。

 

 

 

 ※※※※

 

 

 

 ダニエル師からの手紙が送られてきたのは、その日の夕刻で、礼をしたいと孤児院に招待してきた。

 

 翌日の昼少し前、(聖職者と言う奴は、自分が礼をしたいのでも、人を呼びつけるのだ)マギーは思いつつも、孤児院へと足を向けた。最近、冷笑的な性格が目立ち始めたニナは置いてきた。思考力や閃きにはマギーを上回る部分があるけれど、他人との交渉にはあまり向いてない。しかし、それでも間違いなく善良な娘ではある。油断したら死ぬような廃墟で育った為、常住座臥の警戒が癖になっているだけで、物事の裏側にある打算や思惑を探るには優れているし――いや、少しだけ辛いです。

 

 

 用心棒リジィに徒弟のトリスと猫耳ココ、それに山羊娘のルー。後は、何故かついてきたセシリアと居候ジゼル。性格に毒のない者たちを選んだ。隻足ジゼルは一見、毒舌なのだが、あれで意外にも面倒見がいい。子供たちとなら話は合うだろう。後は驢馬のネムも連れている。セシリアと巻き毛のルーは、食べ物の入ったバスケットを持っていた。他はジゼル以外、四人とも武装している。

 

 孤児院は、廃市街と自治区の境界付近にあって、未だに巨大鼠や野犬に働き蟻、それに屍者やコヨーテ。時に変異獣の群れが入り込み、徘徊している姿も目撃されている。滅多にはないし、バリケードや土嚢で守られた通りを行けば基本、安全ではあるが、建物やら防壁、幾つかの街路を隔てた緩衝地帯の向こう側――廃墟領域の路地や街路には、今も血に飢えた怪物どもが多数徘徊しており、時に、隙間を見つけて廃市街や、人の暮らしている自治区へと侵入してくる事故も起きる。

 

 途中の街路は、ひと気が殆んど見かけられなかった。行政区画から少し外れるだけで、人の気配は薄くなる。商人の呼び声や、驢馬の嘶きも遠ざかり、聞こえてくるのは不気味な風の唸りと遠吠えに眠れぬ屍者らの呻き声。そして朽ちた廃屋や錆びた車両、地表へ露出したパイプ管から時々、響いてくる奇妙な軋み。

 突然、怪物に襲われた状況に備え、今はフレームガタガタだが、連射の出来るルガー拳銃をマギーは携帯していた。勿論、威力は弱い再生弾で、不発するかも知れない。それでも、不特定多数が襲来した状況下、町中で非難する時には向いている装備ではある。

 

 道を挟んで、今も形の残った住宅が時々、見かけられるが、もっとも大胆な浮浪者《ホーボー》たちであっても、廃市街に近い住居に移り住むのは躊躇するはずだ。 

 無人の家と安心していたら霧の深い夜、突然に周囲を人影に囲まれていることに気づいたなんて事もある。以前の地区住人たちが今も朽ちた身体で夜道を巡回し、時に新しい住人のところへと来訪してくるのだ。残された血まみれの日記だけが、途中までの経緯と考察を教えてくれるのみだ。

 

 崩れかけた建物の入口には板が打ち付けられ、路地の奥へ続く道は土嚢と木柵で塞がれている。使われていない家屋には、侵入防止のための簡易な壁が築かれ、窓には鉄板や厚い板が取り付けられていた。無謀な廃墟漁り(スカベンジャー)の一団が時々、街路の先の廃墟領域へと勝手に入り込んでいくものの、基本は立ち入り禁止の場所だ。廃墟領域に面した町の空間そのものが時間を稼ぐための緩衝地帯として防衛計画に組み込まれている。

 

 勿論、緩衝地帯にも常時、見張りやらが配されていて、緊急事態には鐘が打ち鳴らされる。自治区だって非武装ではない。クロスボウや弓、アーキバスや槍などで武装した成人の男女が二、三十人といる。喰いとめて少なくとも怪物の勢いを漸減してくれれば、よほどに大規模な屍者の群れ(ゾンビホード)以外であれば早々に落ちたりはせず、町外れ地区に付く頃には勢いも弱まってくるだろう。

 

 自治区にどれほどの犠牲が出ようとも、家に駆け戻れば、防戦できる筈だ。そしてそのうち、市民街区から警備隊や民兵、保安官の増援がやってくる。身内は守れる手筈は整っているのだ。例え、どれほどの犠牲が自治区や廃市街の女子供に出ようとも。そしてその中には、真っ先にダニエル師の孤児院の子供らも含まれているだろう。マギーは、ため息を洩らした。ポレシャ市は冷たい町ではない。自治区に多少の援助もしている。今は、マギーも無力ではない。相当な状況でも、恐らく身内は守れる。身内だけは。そして殆んどの庶民には、それすらも難しいのだ。

 

(考え過ぎるな……どうしようもないことだ。手が届くようになるまで考えるな) 少なくとも目の前の人間なら救えるし、力が増えれば手の届く範囲も広がるのだ。それだけでも、マギーは力と幸運に恵まれていると言えるはずだった。

 

 通りの少し先の十字路で、見張り台の上にいる夜警たちがこちらを眺めていた。

 脆弱な木製の見張り台には、鐘が付けられている。巨大蟻や変異獣、或いは屍者の群れなど一部の怪物が氾濫のようになだれ込んできた時、死に物狂いで鐘を鳴らし、あとは必死に逃げる。その為だけに金を貰っている一番、外縁部の見張り仕事だった。土嚢やバリケードの向こう側。封鎖された路地の先には、物好きな変わり者が隠れ住む以外、殆んど誰も住んでいない廃墟領域が広がっている。そこから何が出てくるかは、誰にも分からない。

 

 高く積み上げた瓦礫と土嚢で二面を封鎖された十字路を曲がると、文明崩壊前、消防署への古い案内看板が今も佇んでいる。ダニエル師と子供たちの暮らす孤児院が見えてきて、驢馬の背に乗った山羊娘ルーが嬉しそうにフスフスと鼻を鳴らしながら「カボチャパイだよ」と楽しげに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

―――――――――

 

五月中旬_45577都市通貨

 

鋼輪式銃《ホイールロック》 2丁

 

驢馬 1匹 ネム

 

家 6メートル×6メートル 36㎡

 

 

 

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