黄昏のガンダルヴァ   作:猫弾正

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03_117 下町商人ギルド編

 五月の下旬、マギーとジーナ・E(エクルストン)、リジィ、ニナの三人の仲間と共に、驢馬を連れて丘陵地帯の横断に成功した。特に問題は起こらなかった。これで一度に八十キロほどの荷を背負って行商を行えるようになった。無理せず驢馬に四十キロから五十キロ。人間四人で三十キロ。今までは、驢馬を借りて丘陵手前の地点に荷を集積し、人の足で二度、三度と往復することで積み荷を運ぶことも多かったから、随分と楽になる。

 

 勿論、驢馬を連れて歩けば目立つし、丘陵もそれなりに危険な土地柄である。高価な驢馬が目当てか。丘陵を抜ける際、早々に追剝たちが出たが、斉射で三人を倒し、踵を返した残り二人を無力化するのにも、フリントロック短銃の斉射で事足りた。

 無力化と言っても人間、一発被弾した程度では中々、死なないものだ。衝撃と痛みで動けなくなった連中のうめき声と罵り声を他所に、次弾装填して二発目を撃ち込み、さらに生きている連中には手斧と剣で片を付けた。粗末な槍やナイフ、こん棒にバットを構えた惨めな連中だが、ライターやら時計やら、意外と高価な戦利品を持っていた。哀れな犠牲者たちから奪った戦利品が、巡り巡ってマギーの手に転がり込んできたのか。それとも丘の放浪者どもが零落する以前、購入したり、親から受け継いだ代物だろうか。

 

 徒弟トリスを連れてくるべきだったかも知れないが、四人でもまあ充分だろう。大人組が留守にして、トリスに留守を任せたのはやや不安だが、まあ、料理番ではあるが大人のリリーもいるし、ジョージアもよく顔を出す。猫耳ココもいる。奴隷のイオだって生活に慣れてきたし、居候ジゼルだって妙なことはすまい。誰だって何時かは一人前の仕事をこなさなければならない時が来る。トリスもそろそろ責任を負っていい頃だ。

 

 本は重たい代物だ。高価な割に何時売れるかとも分からない。在庫で抱えるには不安がある商品だが、何冊かは仕入れた。とは言え、個人的に気に入った本なので、多分、売らずに手元に残しておくだろう。他には、トイレットペーパー柔らかスペシャルDX(デラックス)。自分が使うものではない。高すぎる。マギーが驢馬を買ったと耳にした保安官キャシディがやってきて、驢馬のネムをふんふんと眺めてから、小声で頼んできたのだ。

 マギーは分かってますよ、と言いたげに請け負った。ペイロードの余裕はありますし、マギーの伝手なら、少量なら特別な貸し借りなど負わないでも入手できる。なので、仕入れておいた。キャシディは、椅子に座っての書類仕事も多い。お尻には辛いだろう。一助となれば幸いだ。

 

 

 仕入れ量は、それほど変わらない。足で稼いでいる品々だからだ。掘り出し物と言うほどではないにしろ、安い出物ばかりが大量に仕入れられる訳でもない。変わったのは輸送に掛かる手間と時間だ。だが、逆に考えるべきかもしれない。輸送コストが下がった分、仕入れ値を上げてもペイするかも。それなら、仕入れ量を増やせるだろう。とは言え、悲しいかな。驢馬一頭ではさほど輸送量は増えていない。今まで、人間が無理して運んでいた荷を一部、肩代わり――一人五キロほど減らせたが、装備や旅の荷物だって嵩張るし、馬鹿にならない。

 

 行商団の積載量が五十キロほどから八十キロに増えた代わり、驢馬の食事代や預け賃も掛かるし、世話もしなければならない。積載量が足りなかったマギーたちのような行商団なら、驢馬を買っても元は取れるだろうが、それまで二、三十キロの積み荷を運んでいた行商人が無理して驢馬を買っても、割のいい品の仕入れがすぐに増える訳でもない。

 

 城都の門前やら、旅籠の厩などには、取りあえず積み荷を増やす為、安くて嵩張る薪や木材、空き瓶やガラス、セメント用の砂、その他をギリギリまで驢馬に背負わせている行商人や馬借などはよく見かける風景で、合理的ではあろうけれど、見ている側は、小さな驢馬の背にそこまで載せるか、と眉を顰めたくなる時もあった。驢馬のネムを買った家畜商と旅籠で出会った際「可愛がられてるな、お前。分かるぞ」言いながら撫でてきた時など、マギーも人間だから、やはり少し嬉しくもなったりする。

 

 資材を仕入れたマギーちゃんは、それをポレシャ市に運んで新しい屋根をくみ上げた。通常の家の建て方とは異なっているけれど、柱と梁を備えた屋根は、それだけで移動させることもできた。布と重しを付ければ簡素な天幕としても機能するし、柱を地面に埋め込めば、既存の家に建て増しも出来る。三メートル×六メートルの屋根に床を作り、あとは新しい壁を作れば、また少し家は大きくなるわけだ。釘や縄、木材が幾らでも手に入り、のこぎりや金槌を多数、所有している行商人だからこそ可能な増築方法だろう。敷地に積み上げた土嚢も少しだけ増やした。こちらは麻袋にシャベルで土を入れるだけだから、そんなに苦労はしない。いずれにしても、行商団の商売は順調であった。

 

 

 

 ※※※※

 

 

 

 他人が幾ら稼いでるかなど、早々には分からないものだ。それでも商人の中には、他人の財布の中身が気になる者もいる。街中で暮らす棒手振商人やら、一山いくらの露店商人、或いは屋台持ちなどは案外、他人の稼ぎなど気にしない者が多い。大半が今日明日を生きるのに精いっぱいであり、また屋台持ちの場合、おのれの人生に一定の満足を覚えている者が多いように見える。一方で旅商人――特に丁稚を抱えている親方なり、行商団を率いる頭ともなると、どうしたって他の商人がいかな商品を扱い、どれだけの利益を出しているかに興味を抱くものが少なくない。

 

 旅商人にとっては、他の商人の商路を知り、仕入先や得意先に食い込めれば、相手の稼ぎの一部なりとも奪えるからだ――とでも考えているんでしょうね。

 マギーちゃんは、ここ数日で鋭さを増した他の旅商人、特に行商の親方たちの窺うような視線に辟易していた。驢馬持ちと言うのは一線らしい。武装が貧弱で、人数の揃わない頃に買わないで良かったとも思う。割に合わないから先延ばしにしていただけで運が良かったが。

 

 マギーは地区の行商人組合のいずれにも入っていない。幾つか組合があるのだが、ギルドを気取った古参がえばり散らしているだけで、メリットもなければ、罰の行使力もない。そもそもが資材の足りない土地で仕入れを規制しても何の意味もないどころか、有害ですらあった。小さな組織内でA級免許とかB級免許とか、試験とか、ギルド会費とか取ってるらしい。笑える。マギーは最初、相手にされずに他所の地区で売買していたし、稼ぐようになった頃には、手勢を揃えて火縄銃《マッチロック》や燧石銃《フリントロック》を売っていた。なにより、最初に無法者を仕留めた評判が先だ。

 

 徒弟トリスが一回、免許を取っているのか、云々と騙されそうになって、怒鳴り込んだことがある。ギルド組合の扉を蹴り破って――蹴ったら、吹っ飛んだだけだ。建付けが悪かったのだ。きっと。片手で胸倉を掴んで文句を言ったら、二度と絡んで来なくなった。トリスは教えてくれた丁稚と友情が破綻したらしいが、仕方ない。或いは、マギーの早合点かもしれない。でも、まあ、小さな組織に席を置く利点も無ければ、行政区画では一定規模以下なら好きに商売していいと市法で定められているので、マギーちゃんは悪くないのだ。

 

 馬鹿馬鹿しいけれど、つまりは、驢馬がレガリアだ。驢馬の所有が権威なのだろう。年に百丁以上もマスケットを売っている武器商人が今さら、驢馬の一頭、二頭を買ったからなんだと言うのだ。とマギーは思うのだが――どうやら世間の一部はそう見ないらしい。老人やら、太った男やら、妙な娘やらどうにも同業らしいのが数人、若いのや破落戸、或いは侍女など引き連れて、マギーの敷地へやってきた。まずは木戸で怯んで、奴隷のイオが開けたら今度は中へ入ってくるも、路地から続いた先の土嚢と銃眼に見張り台。それに軍用コート姿に燧石銃《フリントロック》や鋼輪式銃《ホイールロック》の手勢を見るや、たちまち回れ右してそのまま帰ってしまった。なにをしに来たんだか、分からない。マギーちゃんは首を傾げた。

 

 家だけ広くなっても意味がない。快適に過ごせなければならない。かと言って、人数分のマットレスを買えるほどには裕福ではない。運ぶのも大変である。新鮮な藁を敷くか?とも悩んだが、毛布を増やすことで対処することにした。しかし、人数分の毛布と言えば、10枚。二枚を敷けば、20枚も毛布が増える!洗濯に用いる水に洗剤と、出費も馬鹿にならない。あらかじめ、洗濯紐も張り巡らさなければならない。

 

 マギーとニナの他、トリスや猫耳ココも稼げるようになったが、用心棒リジィやジーナ・E(エクルストン)は基本、仕入れに同行した時の荷物持ちに使えるくらい。居候ジゼルは醸造器も大分、形になってきたが、他の面々は喰うだけだ。利益だけで見れば、馬鹿な商人たちが護衛や用心棒をケチる気持ちも分かるような気がした。あくまで気がしただけだが。ともかくも衛生的、かつ快適な生活を与えつつ、経費を抑えたい。マギーちゃんは、無謀な願望を皆に伝えた。

 

「一人一枚、さらに毛布を持つのはいいね。皆で洗濯の日を決めよう。二枚の洗濯なら大雑把にならないで済むし」料理番リリーが言い出したが、マギーはローテーションにした。それなら、大桶も一つか、二つで済むし、水の輸送の負担も小さくて済む。黄昏の時代に、一握りの人間が一度に大量消費すると他の住人にツケが廻るのだ。そしてマギーちゃんは、奴隷のイオちゃんを所持している。給料を出しているからには、毛布の洗濯くらいは頼んでいいのだ。とは言え、安い賃金なので、あまりたくさんの仕事を頼むと逃げるかも知れない。契約書にも日の仕事量は決まってると書かれている。マギーは奴隷を酷使しないので、あまり割に合わないのだ。しかし、徒党もいよいよ十人の大台を超えてきた。トイレの処理が間に合わなくなりつつあるのだ。

 

 トイレは、汲み取り式である。2つから4つへと増やすことにした。隣合った穴を二組ずつ、敷地の東西に掘っておいた。一カ所に集中すると匂いに耐え切れない。かと言って一つずつだと、いざと言う時に穴が足りない。二つずつ近くに配置するのは、トイレが離れた位置だと夜間に危険だからだ。見張り台から見える位置なのは、羞恥よりも安全を重視したからだ。周囲は低い板壁で囲ってある。屍者やら野犬が入り込んでいたのはすぐに分かるし、円形の穴の開いた蓋板をしてあるので、踏み外したり、内部に屍者やら大型変異蟲が入り込んで不意打ちされることもない。

 

 数百通貨と資材を掛けて、小さな物置も建てた。家より立派と見る向きもあるが、高床式に鼠返しが付いてる代わり、人が横になるにはいささか狭すぎる。食料の保存も出来るし、商品の在庫管理も、今までよりは少しだけやり易くなるだろうか――最初から物置があれば兎も角、既にとっ散らかってしまった現状、やや遅きに失っした感が無きにしも非ずだ。

 

 

 

 ※※※※

 

 

 

「いずれは、汲み取り式ではなく、密閉槽を備えた小屋型便所を設けなければならない」と主人マギーは宣言していた。土壌を汚染する恐れも殆んどなくなるし、汲み取りや交換も容易となるそうだ。「しかし、現状、汲み取り式で不便を耐え忍ぶしかない」などと台の上で演説していて、トリスやニナ、ジーナ・E(エクルストン)にルーが感心したようにパチパチと拍手していた。

 

 イオは欠伸をした。この後、トイレの処理を申し付けられている。昨日の晩の食事はカツレツだ。倉庫とトイレが完成した記念だそうで、一人二枚。なんか、矢鱈と記念があるが、ないよりはいいだろう。かなりいい油を使っていた。以前、蛮族の村で一口だけ食べたカツレツは酷いもので腹を下したが、こちらは大変に旨かった。

 

 演説を終えたマギーは、台から降りると、市内の顧客が云々と言い出した。綺麗な服やら瓶やらを市民や農場主に売りに行くらしい。仲間たちを集めて、出かける準備をしている。留守役は、ジーナ・E(エクルストン)が務める。イオは欠伸をしながら、段ボール天幕で昼寝をした。言いつけられた仕事だけして、余計なことをしないのが良い奴隷だ。だから、イオは良い奴隷だ。

 しばらく微睡んでいると、木戸の方で鐘が鳴らされた。外に付けると盗まれるので、内側の鐘を外から縄で引いて鳴らす仕組みである。近場の建物の屋上に階段で昇って、荷車――人の引く荷車と三人組の姿を確認し、頷いて木戸へと駆け寄った。

 

「はい、ようこそ。汲み取り屋さんですね」イオは丁重に挨拶をした。

「はい、です。マギーさんにはいつもお世話になっております」立派な大人がペコペコしてくるが、それは主人マギーの地位に対してだ。

「こちらです。それと、やめてくださいよぅ。奴隷なんですから」案内しながらイオは言ってみたが、これで態度を変えるなら、商売は失格だろうな、などとトリスなどは言うだろう。

「へい。おい」汲み取り屋の親父さんの最後の言葉は、少年の二人組に向けたものだ。薄汚れた上下の服を着込んでいる。

 

 イオは、いいベベを貰っている。なんとなく比べて、他人を見下すのに快感を覚えると危険だろうな、と自制した。そこら辺は、流石に年の功もあった。

 奴隷の纏め役やら待遇が改善された召使いが、自分より下に当たり始めるのをイオは幾度となく、蛮地で目にしてきた。どちらを選ぶかは、イオの選択次第であり、選択の一つ一つが、おのれの人格を形作っていくなどと体験を聞いてきたマギーは独り言のように語った。『一つ一つの判断が軽く見えて、累積すれば存外、馬鹿にならない』馬鹿にされた立場を覚えてるだけに、おのれの危うさをイオ自身も自覚しているつもりだ。まあ、マギーに拾われたのは、良い出会いだったと思える。

 

 五月も終わりに近づけば、日差しも強まり、トイレの匂いも強くなっていた。

 大変な仕事だ。その代わり、かなり稼げる。汗を拭きながら、小さな桶で汚物をくみ上げては、桶に入れ、荷車に乗せた大きな樽へと入れていく。同年代の少年少女の作業を見ながら、後ろめたさを覚えた。親子だろうか。

 穴が二つ。殆んど、空になった。蓋板を元に戻して「16通貨です」親父が言った。

「ジーナ!十六通貨!立て替えておきます!」呼びかけにジーナが肯くのが見えた。

 地区紙幣を数えて十六支払った。

「へい、確かに」言った親父からの領収書を受け取った。労働者の日当、幾つかの便所を廻れば、汲み取り親方は、相当に稼いでいる。屎尿を穴に埋めて一年も待てば、よい堆肥となる。 市も買い取ってくれるし、農村にも売れる。

 

 汲み取り親方と徒弟たちは、力強い足取りで立ち去っていった。見送ったイオは、おのれに与えられた段ボール天幕に戻ろうとして踵を返し、二、三歩を歩いてから、しかし、立ち止まった。首を傾げ、書類を書いていたジーナ・E(エクルストン)に「なにか出来る仕事はありませんかね?」尋ねかける。

 

「……ジゼルが蒸留器を作っている。手伝いを欲していた」少し考えてから、ジーナ・E(エクルストン)が告げた。「ただし、イオはマギーの奴隷だ。賃金を払っているのはマギーでもある。だから、一応、居候のジゼルを手伝う時には僅かでも良いので、交渉して駄賃を貰うといい」ジーナ・E(エクルストン)の忠告に頷いたイオは、「ですってー、ジゼル。手伝いいりますか?」

 敷地の隅で大きな金属製の夜間のような代物を組み立てていたジゼルに呼びかけると、「後払いでどうだー!?これが完成したら、きっちりと払うからさぁ」醸造器の前でジゼルが立ち上がりながら、提案してきた。

 

 

 

―――――――――――

 

5月下旬_47137都市通貨

 

鋼輪式銃《ホイールロック》 2丁

 

驢馬 1匹 ネム

 

家 6メートル×6メートル 36㎡

 

 

 

 ――「さて、どうやって巻き上げてやろうかのぅ……ひぇ」

 

 ――「ぐふふ、わしの愛人に―――わあ、要塞だぁ」

 

 最近、落ち目の商人組合のお嬢さま

 ――「貴方さえよければ、条件次第で会員にしてあげてもよろしいですわよ」

 

 下町商人ギルド編――完

 

 

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