黄昏のガンダルヴァ   作:猫弾正

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03_119B リソース

 自治区の自由市場は、品質も値段もまちまちだ。自由競争が働いているので、金を出せば最低限は保証されると思いきや、高くて品質の拙い商品も当然に潜んでいるし、一方でそこそこの値でそれなりの商品も幾つかは転がっている。ただし、特に食べ物になると、底値の質はどれもろくでもない。鉄製品やら食器、玩具や壊れた家具に機械部品などは時々、掘り出し物が眠っていることもあるのだけれど。

 

 もっとも渡り人(オーキー)やら自由労働者、浮浪者《ホーボー》から乞食《ベーガー》に至るまで、市場の利用者のほぼ全員がある程度は食べ物に対する目利きが効くので、哀れな犠牲者はそれほど多くない。農民や羊飼い、森の木こりや猟師などに関しては言うまでもない。食料の目利きが本職の連中は、絶対に誤魔化されない。それでも金が無い奴が、無いなりに煮たり焼いたりと工夫して、食べられそうな底値の食べ物を買っていくのだ。

 

 湿った薪を買っても、濁った水を飲んでも、体調を崩しはしてもそう死にはしないが、食べ物には最低限の金を掛けないといけない。薪は、乾燥させるなり、水は濾過するなり、余程でなければ工夫して補えるが、食べ物だけは難しい。

 古い野菜の傷んだ部分を切り捨てて美味く調理できるのは、腕のいい料理番くらいだ。例えばリリーのような。ただし、それも鮮度の落ちた野菜を美味く調理できるくらいの意味だ。もっとも、曠野地方は冷涼な土地だけあって、食べ物の腐敗する速度はそれほど早くはない。少なくとも金があれば、腐敗した野菜を食べないで済む。逆に言えば、金がないものは時々、腹を壊すし、下手を打てば命を落としもするのだが。

 

 新鮮な食べ物を入手できるのは幸せなことだ。マギーは怠け者の渡り人(オーキー)としてポレシャ市に転がり込んだ頃から、食べ物には最低限の金を掛けていた。もっとも度々、空腹で苦しんだが、食事の量を減らしても、質は落とさなかった。そして、リリーは度々、食べ物を分けてくれた。月に二、三度の腹が鳴ってる時、粥の一口でも有難いものだ。代わりに自由都市で手に入れたシケモクなどを渡したが、リリーはあんなものでも喜んでいた。今も隠れて時々吸っているが、シケモクをパイプに積めて吸うよりはマシだろう。

 

 今は食費が下がったが、その癖、食生活は彩り豊かで余裕がある。ポレシャ市内の伝手やら正規居住権の資格を持ったことで麦や食料の配給や優先割り当ての購入権を獲得したし、牧者衆からは羊の配当としてチーズやバター、乳なども受け取っている。火縄銃《マッチロック》を売った農村も、鳥やらを安く売ってくれる。仲間十人分の食料が表面上、ほぼ只に見えて、しかし、色々と交換や取引の結果だろう。余った野菜と乳や肉と交換したり、その逆に麦を売ったり、買ったり、自由都市で仕入れた香辛料と交換したりもする。一々、金に換算して計算してないだけで、実際、ポレシャの居留地通貨だけで維持しようと思ったら幾ら掛かるのかは分からない。弱い通貨――地区のベルヌ通貨では、幾らあっても購えない生活だと言うのは、理解している。

 

 マギーに限った事情でもない。肉屋が欲しがっている包丁や砥石、縄などを納めた行商人が鳥や豚を割引で買ってるのを目にしている。そちらには食い込めなかったと言うか、顧客を奪おうとも考えなかった。行商人は、それぞれ得意とする品目が異なっている。資材とマスケットに限っては、マギーより安く、品質の良い商品を流せる行商人は、そうはいない筈だ。

 

 ともかく、自治区の自由市場で買い物するのは、随分と久しぶりだ。徒弟たちから報告された物価の動向には目を通していたものの、小さな買い物やらは徒弟や料理番に任せるようになって何年も経っていた。屋台や露店の顔ぶれも変わっている。いなくなった露店商人たちは、転職したか、引っ越したか。或いは、危険な黄昏の世に呑み込まれたかもしれない。知己を探したが見当たらなかったので、マギーは肩を竦めた。深い付き合いでもない。気にしても仕方がないのだ。

 

 それと、徒弟のトリスと猫耳ココが屋台を持ったそうだが、マギーは、今まで見にいってなかった。(……それとも、あれは門前町の蚤の市の方だったかしらん?そちらの方が効率がいいものね)

 隣で付いてきているローラを一瞥している。門前地区は、市民街区の門前の意で、市民も暮らす市の経済圏。自治区は呼び名はいいが、行政区画に含まれない外縁的な地域なので、新参者は良く勘違いしがちなのだが、門前地区の方が随分と格上なのだ。徒弟とは言え、トリスらは露店仕事に慣れている。マギーが自由都市で仕入れた蒸留酒やチョコレートらの品揃えだから、市民相手でも気後れするまい。それなら門前町で屋台を持った方がいい筈だ。

 

 チーズやワインに目移りしたが結局、ハムの塊を購入した。何故なら、チーズは牧者に貰えるし、ワインは扱っている品だから今度、土産で持っていけばいい。

(……貧乏性だな)と苦笑するが、どうにも引っ掛かった。すっきりしない。

 むしろ、ワインやチーズを買うべきと言う気がしてならない。

(何故だ?この無駄遣いの衝動はどこから来てる?いや、そも無駄遣いなのか?)

 引っ掛かったマギー。自問自答の独り言をぶつぶつと呟き始めた姿を、同行しているローラは少し不気味そうに眺めていた。(……いや、毟ろワインやチーズを市場で買ってもいいのか。価格と品質を舌と財布で確かめる好機だ。金では損をしているが)考え直して、パンとチーズとワインも買った。零細商人の頃には金銭的な節約が最善手だったが、今は会食と兼ねて市場調査まで出来る。最善手が変わったのかな。最優先するリソースが些少な金額よりは時間になりつつあるのかも知れない。

 

「つまり、リソースの問題ですね」結論を出してすっきりした表情のマギーが集合住宅へ向かって歩き出した傍らで、旅人ローラは少し躊躇していたが「あの時はありがとう」と話を切り出してきた。

「うん。そちらも無事でよかった」とマギーが肯いて、ローラのこざっぱりとした服装を眺めた。

「仕事は、退院後に、役所が世話してくれました。流れ者なのにね」ローラは苦笑して、欠けた左手を見せた。「ただ、転化するか分からない最初の二週間は、看守付きで牢獄暮らしてでしたけど」少しだけ文句を言った。

 頷きつつも「それでも、この土地は親切な部類だと思うけどね」とマギーは言った。

「ですね。あれだ。余裕《リソース》のないところだと、噛まれたら、切断しようがなんだろうが、即射殺の土地もありますから」ローラは深々と頷いている。

 

(チーズとハム、パンだから、果実も買うべきかな)考えつつ、マギーは魔女っ子たちの露店の前で立ち止まった。林檎はまだ出てない。苺は門前地区や市民街区の品だろう。でも、ベリーのジャムなら売っている。

「あの子、助かりました」ローラは淡々と告げてきた。マギーは数秒、脳内を検索した。考えるべき事、覚えておくべきことが膨大過ぎて、少々、関わっただけの相手となると思い出すのに時間が掛かってしまう。マギーの脳髄は良く整理された思考力を持つけれど、性能は凡庸の域を出てないかも知れない。

 

「……ああ、あの子ですか」ようやくローラと一緒にいた子供を思い出したマギーは、それは良かったです。と頷いた。屍者に襲われた犠牲者が、噛まれた部位を切断したとはいえ、二人とも助かった。三か月を過ぎれば、転化の可能性は、ほぼ無いだろう。

「ただ、少し沈み込んでいます」ローラは子供の状態を憂いてるのか。一瞬、深く目を閉じた。

「知り合いですか?」尋ねたが、マギーにとって興味は薄かった。数か月も前に助けた子供の一人にしか過ぎなかったからだ。マギーは幾人の追いはぎや盗賊、蛮族を殺害し、その倍も無辜の人々を助けている。一人一人の印象は薄くなっても仕方ない。

 

「いいえ、会ったばかりで多少、事情を聞かされたのも」ローラは首を振って「両親が開拓村に出稼ぎに。祖父に預けられて、祖父が亡くなったので会うために開拓地に向かう途中で……」ローラはため息を洩らした。

「北か、東か。いずれにしても遠いですね」とマギー。足を失ったのでは、旅は難しいだろう。

「はい。旅を続けられないと嘆いてました」ローラはやるせない笑みを浮かべた。人はどうしようもない時にも笑うのだ。

「手紙を送る訳には……」マギーは言いかけて、考え直した。下手をすれば両親に捨てられるかも、と思えば、未成年が思いきるには時間も掛かるだろう。

 

「あの……恨み言を言われるかも知れません。怒らないで上げてください」ローラの懇願に、マギーも頷いた。

「そうですね。会わない方がいいかも知れません。子供ですから割り切れるとは」

「貴方は、どうです?」マギーが尋ねると、ローラは「さて」苦笑を浮かべた。「最初の数日は、泣き言は洩らしたかもしれません」

 

 

 

 ※※※※

 

 

 

 ローラとは集合住宅《アパルトメント》の手前で別れた。しっかりした受け答えには好感が持てたから、覚えておいてもいい相手かもしれない。付き合う相手を選べるのは、いい環境だ。例え、勝率が9割9分を越えるとしても度々、命懸けの闘争を行う身としては、日常のストレスは出来るだけ避けておきたい。

 

 パンとハム、チーズにベリーのジャムをグレイ氏の部屋に持ち込んだら、娘さんのキャスリーンは、素直に喜んでくれた。カブラとキャベツのクリームシチュウに若干の肉を入れて、香辛料も使った昼食は悪くなかった。会食も穏やかに進んだが、どうしても品不足と一時的な高騰には苦しめられているようだ。ポレシャには毎年、人が流れ込んできている。逆に言えば、近隣の居留地が衰退していると言う意味合いでもある。周辺地域が不安定化すれば、結局はそれらが支えるポレシャ市にとっても危険なのだが中々、長い目で見れる者は少ない。そんなことを話した。

 

 うろ覚えだが、キャスリーン・グレイは、今は喫茶店の女給をしているのだったか。農村に暮らしている兄についてを嬉しそうに話している。作男《ファームハンド》として小屋住み農になったそうだ。半端仕事しか有りつけない浮浪農民もいれば、小屋どころか、納屋の片隅や大部屋に雑魚寝をしている召使いや雑用もいるのだから、年季契約で住む小屋を持っているのは、間違いなく出世は早い。最低限、戸籍持ちとして正規の結婚もできる身分だ。

 

 もっとも、そこから先が、途方もなく困難なのだが。少しずつ土を運んでは、自分の畑を作りながら、土地を借りて小作人となる機会を待っているそうだ。恐ろしい忍耐力と計画性だ。農村社会に限らないが、底辺から一段上がるのは比較的に容易でも、土地を持つ側なり、資本を持つ立場へ移る壁は高い。しかし、グレイ氏の息子さんは、恐らく子の代にはそれなりの畑なりを引き継がせてやれるだろう。

 

 此処で教育の欠如が問題になる。おだてられたり、脅かされたりして、あっさりと父や祖父の切り開いた土地を売ってしまう子や孫も少なからずいる。土地を守るための知識がない。契約や財産の管理。交渉、権利意識など、おのれを守る法と権利のなにが使えて、相手が何を使って来るのか。学校の勉強や家族の教育に限らない。自然と触れる友人との対話や、ドラマや小説などを含めて、環境それ自体が教養を与えてくれる。難しい問題だった。

 

 そんな会話まで切り込んでしまうと、キャスリーンが黙り込んだ。「失礼。踏み込み過ぎました」謝ったマギーには、悪意は無かった。好感は覚えているが、自力で人生を切り開いている人間に対して、余計な事を言い過ぎたかも知れない。

 キャスリーンが涙を零した。「違うのです。怒ってはいません、大丈夫」言ってくれつつも、ハンケチで目頭を押さえ、肩が震えていた。

「貴方の忠告は、本当に忠告です。それくらいは、私にだって分かりますとも。でも、噛み砕くのに少し時間が掛かります」言ってくれたキャスリーンは、数十秒で感情の抑制を取り戻した。

「取り乱しました。顔を洗ってきます」と水桶の近くで顔を洗い、戻ってくると微笑んだ。

 

(……わたしは時々、人との距離を間違える)悪気がないから許されたが、流石にマギーも反省した。もう踏み込むつもりにはなれず、キャスリーンはうわの空で何ごとかを考え込んで時々、メモを取っていた。メモを取ったのは、気にしてないが、会話を出来る程には回復してないと言うメッセージでもあるのだろうか。

 やや気まずい雰囲気で会食が終わり、別れ際には、しかし、キャスリーンは手を握って「また顔を出して下さい。父もあなたに会うのを楽しみにしています」とほほ笑んでくれた。お世辞通りに受け取っていいものだろうか。迷いつつも、マギーは頷いた。

 

 マギーは、常人が見たくない現実を直視できる。常に嫌な可能性まで分析できて、最悪に備えられるから生き残れた側面もある。同時に、最近、ようやく理解してきたが、他人がまだ言葉にしていないところまで踏み込んでしまう。分析力と言う長所に付随する副作用だ。マギーはなんとも言い難い気分で帰路についた。帰り道に得た情報を整理・分析しつつ、警戒しながら、要塞みたいなわが家へと帰り付いた。

 木戸を修繕中の大工ミルカちゃんと挨拶を交わしつつ(……わたしの心の形そのものかな。この砦は)思いながら木戸をくぐった。

 

 

 

 ※※※※

 

 

 

 マギーちゃんは、月に二、三度。怪物の討伐依頼を受けている。その日の午後には、クロスボウを担いで廃市街近くの巨大蟻の縄張りに踏み込んだ。殆んどは働き蟻(ウォーカー)だが、数が多い。クロスボウを選んだのは、射線と陣地を整えた鴨打にまで作戦を落とし込んだからで、とにかく、数が多い相手に黒色火薬を用いた発砲が多いと銃の整備も面倒になるからだ。

 

 人員は、合計七人。マギーと相棒のニナ、ジーナ・E(エクルストン)、用心棒リジィ。徒弟のトリスと猫耳ココ。それに奴隷のイオも物持ちで連れてきていた。

 地図を作成し、あらかじめ射線を設定して、路上を彷徨う巨大蟻を少数ずつ処理していく。どちらかと言えば、害獣駆除に近い。大した戦況でもないので、後で多少の賃金を約束して、奴隷のイオも戦列に加えてクロスボウを撃たせた。『奴隷に武器を持たせて大丈夫か』と、立ち合った市の雇われ狩人が懸念を示したが、賃金奴隷なのでそれほど危惧しなかった。

 

 マギーも二時間ほどかけて120lb(ポンド)を三十発ほども撃ち込んだ。腕がパンパンに張れている。二日に分けても良かったかもしれない。見えるだけでも、路上には十数匹の働き蟻と若干の兵隊蟻が転がっている。多分、三十匹近い巨大蟻を仕留めたはずだ。ふと、巨大蟻に奪われたグレイ氏の農場を奪還できないかな、なんて思い浮かべたが、すぐに否定した。今回の相手は、たかが三十匹。補給も休息もすぐできる居住区のすぐ近くで、戦場も自由に設定できた。仮に同数だとしても、未知の土地への遠征と言うだけで、こうはいかない理由が幾らでも思い浮かぶ。

 

 楽な仕事ではあった。後は、雇われ狩人(ハンター)たちの仕事だ。これは立ち合いの市の専属狩人(ハンター)ではなく、一山いくらで雇われた流れの狩人(ハンター)たちで、火力や戦列の使えない建物や狭い路地に踏み込んで、残敵を掃討する面倒な後始末だ。マギーたちは数十匹を仕留めて、狩人たちは十数匹だが、仕事の難度としては、むしろ後者の方が高い。払われる賃金は同程度。倒した数だけ考えれば、向こうが高いが、マギーには文句はなかった。

 

 少数の蟻の群れにも蛹はいる。女王蟻はいないが、雌が混ざっていて、僅かな蛹を産むのだ。それを始末しなければならない。一度、広がった巨大蟻を中々に根絶できない理由のひとつであり、蛹や雌を見つけて、再繁殖の可能性を潰すことが本当の仕事だろう。狩人たちは十人ほど。一人当たり二十都市通貨ほどの報酬で割に合うのかと思いきや、巨大蟻の肉やら、臓物に外骨格。それに蛹などを金にする方法を知っているらしい。蛹に懸かった賞金も加えれば、一人当たり五十から八十都市通貨。悪い金額ではない。

 

「ねえ、あの獲物。いらないなら貰っていいかい?」女狩人の可愛い子が話しかけてくる。マギーは仲間に振り返ったが、傭兵リジィやら蛮族出のイオも首を横に振ったので、構わないと伝えた。徒弟トリスや猫耳ココも、今さら巨大蟻の肉など食べる気にはなれないらしい。口笛を鳴らした女狩人が「ありがと!」言って、巨大蟻に駆け寄っていった。群がる狩人たちの手によって、見る見るうちに効率的に解体されていく巨大蟻。素人が売ろうとしても碌に捌けない蟲肉やら関節の筋やらと言った代物も、かなり高く売れるそうだ。薬の一部にも使われているとか。マギーは首を振って踵を返した。それにしても黄昏の世には知らないことは幾らでもあるものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――

 

 

31なので69以下で助かる。

 

1D100_47 医者も、やれるだけやってみる。低いほどいい。

 

1D2_1 性別:少年  屍者に噛まれた子

 

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