「それにしても、嫌な方向から攻めてくる奴がいる。いや、杞憂の可能性もあるけど
」呟きながら、ニナは単眼トリスに駆け寄った。それから「よく頑張ったね」無言で抱きしめる。突然の抱擁に少しびっくりしたようだがトリスは頷いて、少しだけ泣いた。ニナは猫耳ココも手招きすると、妹分二人を両の肩に引き寄せた。トリスも猫耳ココも、大人しくもたれ掛かっていた。
マギーは、徒弟たちの心のケアに思い至らなかった。大人は涙を忘れてしまう。誰もが自分ひとりで受け止めるしかないものだとも無意識に考えていた。トリスたちは、まだ、大人ではないのに。頭目として強く振舞ううち、取り零してしまう物がある。ニナがそれを拾い上げてくれた。性格の冷たさを心配していたが、大丈夫かも知れない。いや、マギーが危惧するよりは。きっと。
それでも、世の中はなるようにしかならない。
さて、
古の孫子の商人の章にもこう書かれている。税金を払えば、対価としてインフラを利用できる町は、上の上である。町に入った瞬間から、どこまで金をむしられるか分からないのが中の下である。ちなみにスネイクバイトの昔の仲間ユーリは「古の孫子にそんな章はない」などと言い張って、「ある」派のナーガと言い争っていた。
どうでもいいことではあるが、素直にドラム缶ストーブの煙突税(20都市通貨、或いは30地区通貨/年)を役所に納めに行ったマギーちゃん。その後、法律(節税)の専門家に相談したところ、移動式ストーブの煙突に関しては、屋根を貫通せず、窓から出すことで税金を半分に出来ることを知ったのだ。馬鹿な!
「つまり、小型の持ち運びできるストーブしか買えない人への減免措置……ってコト?」マギーちゃんは、税理士に尋ねかけた。
「そう言うことです」税理士は重々しく頷いた。
「……今から、なんとかならない?」マギーちゃんは尋ねてみる。
「屋根を貫通したところを徴税吏に抑えられちゃったから」税理士は首を振った。
もう申告済みだから無理ですね。告げられたマギーちゃんは、泣きたい気持ちになった。時には、大人だって泣きたくなる時はあるのだ。主に税金を払う時とか。
※※※※
マギーちゃんは今、帳簿上では50000都市通貨を所有している。主に現金と手形、両替商に預けてある金額の総額だが、かと言って現実に50000都市通貨を所持しているとも断言できない。商会の手形は不渡りの可能性が付き纏うし、両替商スタンフィールド氏を人格と能力、共に信頼しているが戦争や街道封鎖やらで投資している資金の流動性が一時的に凍結することも稀によくある事例でもあった。
「足りないんじゃ。もっと欲しいんじゃ」雨の日に、両替商の家に遊びに行き、菓子を食べながら、テレビアニメを眺めている。守銭奴の老人が際限なく金を欲しがっていた。数年前なら笑えたシーンが笑えない。危ういなとは思いつつも、むしろ、共感してしまう。
「はは、こいつ、マギーみたいなこと言ってる」傍らのソファでニナがほざいた。
「あ、傷つきましたよ。ニナめ。誰が頑張ってるお陰でいい暮らしが出来てると思ってるんですか。わたしがお金集めてるのは、皆の為です。こいつめ」抱き寄せて、くすぐった。「わ、ごめん。分かったから!悪かったってば!」ニナが叫んだが「駄目です。本気で怒ってます」マギーは容赦しない。
きゃいきゃい叫んでいるとラジオがガーガーと鳴り始めた。「……なお、ポレシャ市の西街道において大規模な屍者の群れが侵入。数日続くと予想される夏の嵐と重なる為、街道上では火縄銃や最悪、紙薬莢などの弾薬も不発が増える恐れがあり、街道の住人には避難勧告が市長より為されました。避難しない場合、家に閉じこもって防戦の準備を進めてください。ただし、出来るだけやり過ごす方法が推奨されています」
マギーとニナは顔を見合わせた。夏にも時に嵐が吹きすさぶ。本来であれば、寄せ集めの農民軍でもバリケードを構えて、障害物の後ろから火縄銃など撃ちまくれば、小規模な屍者の群れくらいは寄せ付けない。だが、いかにも天候がよろしくなかった。そして常設の正規民兵隊や保安官たちなら、雨の中でも屍者の群れに拮抗出来ようが、危うい要素は増えるし、金属薬莢は貴重品で、ポレシャ市だってトーチカや城壁、屋根を設けたバリケードの後ろから、火縄銃《マッチロック》や燧石銃《フリントロック》込みで待ち受ける戦術を選ぶだろう。
マギーたちは安全なポレシャ市で過ごしている。屍者の群れが多少の旅人や小集落、小部落を呑み込んで、増大しようとも対応できるだろう。
だが、孤立した民家で例え農民一家が奮戦していようが、自力救済で生き残る以外、道は残されていない。ポレシャ市も力を使い果たして、没落する訳にはいかない。出来るのは、街道沿いの住人たちを一時的に収容し、嵐が終わったら軍隊を出動させて掃討することだけだ。残った人間たちの無事を祈るしかない。家畜泥棒や強盗団は跳梁跋扈しているし、屍者の群れが迫る中、逃げ遅れた者たちや残った者たちと死闘を繰り広げているかも知れない。地下室に籠れば、多分、大丈夫だ。そんな広い地下室を築くのは、精々、19世紀の小国水準まで零落れた曠野の技術力や工業力では、庶民には難しいけれども。
同じ時間。西街道の外れでは、孫と息子夫婦を大きな町へと避難させて、自分たちは残る老夫婦もいるだろう。旅にも避難生活にも金や食料が掛かるからだ。家財を積んでいる馬車が立ち往生してしまう事故も街道の何処かで起きるかも知れない。窓を木板で打ち付け、扉の後ろに家具を積んで立て籠っている農家もあれば、火縄銃を握って雨の中を見張っている村の若者もいるだろう。逃げる途中で相棒の年寄り牛を諦める老農夫。動き出す強盗団に、地下室で息を潜めてやり過ごそうとする者たちもいる。それぞれの人生、それぞれの決断――マギーたちも、ポレシャに居ついたからこその冒険も越えてきたし、巻き込まれずに済んだ災厄もあった。
外では雷鳴が鳴り響いていた。隣の部屋では貧富を問わずに集まったポレシャ市の住人らがボードゲームを楽しんでいた。人々によっては踊ったり、或いは、酒を飲みつつ、カードをするなり、ビリヤードやら、ダーツをして夏の夜を過ごす者たちもいるだろう。遠い街道筋の知人たちの顔を幾つか思い浮かべながら、二人はただラジオの音に耳を傾けていた。
※※※※
嵐が過ぎ去っても、屍者の群れは主街道を封鎖していた。とは言え、ポレシャ市の市民軍が出動した以上、掃討は時間の問題であろう。押し寄せてくる屍者の群れは確かに脅威だが、街道上に土嚢とバリケード、縄や網を張って二重三重の防衛線を張れば、百や二百の屍者でも、軍隊なら早々に負けないものだ。
ここで重要なのは、銃弾の備蓄および、偵察騎兵の数と配置で、屍者の主力を一撃離脱して数を削ったり、近寄ってきた集団を足止めしつつ、突破されそうならそれほどに拘泥せず、背後の陣地に移って再び、防衛戦に移ることだ。指揮官の適切な指揮と、背後に充分な防衛陣地と縦深を確保していれば、百人単位の射手は、百単位の屍者を一方的に削る事も出来なくはない。そして、ポレシャ市のキャシディ・エヴァンス保安官は、曠野の東部において最高の指揮官の一人と目されていた。
それでも、一週間ほどの間は、主街道は通らない方がいいのだが、マギーちゃんは行商をして稼いでいる。あまり、予定を先延ばしにするわけにもいかないので、四人の仲間と驢馬のネムを連れて、街道の抜け道を進むことにした。襲撃を受けたのは、自由都市ズールからの帰り道だ。
ところで一口にマスケットと言っても、ルガリエ製のマスケットは、19世紀相当水準の冶金や工業技術で製作されている。命中精度や耐久性、不発率も16世紀の代物とは比較にならない。戦国時代日本の火縄銃だと、およそ五十メートルほどが狙って人間大の標的に当てられる実用的な距離だったと言われている。マギーたちは訓練が控えめになりがちなので三十メートル。屍者などを相手に移動する相手の頭部を狙うのであれば、精々二十メートルがギリギリだろう。
略奪者《レイダー》や盗賊団《バンディッツ》も、小規模な徒党となると必ずしも旅人に対して戦力的に優越している訳ではない。拳銃やショットガン、サブマシンガンなどでも、人数が少なければ少ないほどに戦術的な対処の介在する余地が生まれたりする。整備もされてない拳銃やマシンガンなどガタガタのフレームで弾の散布が酷く、碌に当たらなかったりする。火力と人数、そして連携を兼ね備えているからこそ、大手盗賊団は、大きな脅威として街道を席巻しているのだ。
マスケットとは言え、訓練された射手が五人。互いに援護できる位置に遮蔽を取り、巧みに連携を取りながら、よく狙い定めて狙い撃ちしてきた場合。拳銃やソウドオフショットガンを装備した五、六人の略奪者《レイダー》であっても、迂闊に突撃すれば壊滅することも有り得なくはない。まして火器を持たずに、バットやゴルフクラブを手にした者たちまで含んでいるとなれば。
「……レイ……ラブ……ベリンガム、みんな?」茫然とその女レイダーは、おのれの腕を掲げた。途中から消え去って、血を吹き出している腕を不思議そうに眺めている。中々に可愛い娘で頬に蠍の入れ墨を入れている。マギーが歩み寄って、地面に落ちている拳銃を握った拳を拾い上げると、拳銃弾をチャンバーに送り込み、レイダーの頭に銃口を定めて、引き金を引いた。
地面で悲痛な叫びが上がった。若い男のレイダー――やはり蠍の入れ墨をいれていた。腹を撃ち抜かれ、さらに二発を喰らって衝撃で動けなくなっている。手を伸ばした先の銃をリジィに蹴り飛ばされて、睨みつけてくるも、小剣カッツバルゲルであっさりと首を薙がれた。そうして襲撃は、あっさりと片付いた。
戦利品を手早く漁った後、逃げるようにその場を後にする。武器を奪わなかったのは、弾薬を安定入手できずに使いこなせないのがひとつ、精度の低い武器を嫌ったのがひとつ。さらに言えば、敵の武器を奪うと言う行為は、誰が仲間を殺したかの刻印でもあるからだ。後々の報復や追跡の手掛かりを残すことになる。ついでに言えば、簡単な単発式ショットガンやら、ペッパーボックス銃。それにパーカッション式のマスケット銃くらいなら、弾薬や雷管一式と共に入手できるだけの伝手はそろそろマギーにも出来つつある。外からの交易商人が鍛冶の町やら鍛冶集団から仕入れて持ち込む品だ。
それでも、マギーは、今のところ、敢えて性能の低いルガリエ製の燧石銃《フリントロック》と鋼輪式銃《ホイールロック》に拘っていた。発条仕掛けの鋼輪式銃《ホイールロック》は、素晴らしい信頼性を発揮してくれた。一発も不発が無かった。とは言え、整備の難しさが難点だろう。燧石銃《フリントロック》の修繕なら、ポレシャ市の鍛冶――簡単な分解・整備くらいなら、居候のジゼルでもやってくれる。多分、整備性を考えると、燧石銃《フリントロック》と鋼輪式銃《ホイールロック》は、三丁ずつにしておいた方がいいだろう。
行商団レベルの武装なら、好きに武装を揃えた方がいいのだが、買った銃をすぐに使いこなせるだろうか。信頼性の高い武器を使いこなせるよう習熟させるべきか、それとも、冗長性と個人的な武装も武器調達に含めるか。どちらが正解かはマギーにも分からない。弾薬や整備部品の共通化は悪くない。それを踏まえた上で、好きな武器を備品で揃える事も認めるくらいが妥当かな?
帰還したら、また相談するべきだろう。それから、自由都市で仕入れた単発式ショットガン。いかにも流れの鍛冶職人が作りそうなキワモノだが、これも売れるだろうか。
※※※※
善良な行商人のマギーちゃんと行商団の仲間たちは、今回もなんとか仕事を終えて帰宅した。数日後に、町外れの小さな庶民向けの酒場の片隅で仲間たちの労をねぎらいつつ、戦術的な問題点を洗い出していた。
「やっぱり、装填速度がネックですよ」トリスが訴えるけれども「相手が人間ばかりとも限らないからね」とニナが片肘をついて、ため息を洩らした。
ジーナ・
「もう少し、真っ当なサブウェポンが欲しいです」とトリスの訴えに「うん。銃弾の安定供給と揃える事に拘るべきではないな」マギーは頷いた。ガタガタの拳銃でも、弾の口径がばらばらでもいい。即応性のある武器を持たせるべきだろう。全員、サブウェポンとして、フリントロック拳銃を持たせてあるが、それとは別に拳銃を持たせるべきだろう。入手できなくはない。サブウェポンを2丁ずつ持たせるべきだろう。
「少し、荷が重くなるね」ニナが嫌そうな表情で反応した。恐ろしく素早く、音もなく走れるが華奢な体格で、見た目通りに荷重に弱い。
「……かと言って、フリントロックを捨てると、野犬やゲッコー、
火力と即応性、重量、弾薬消費、補給性。どの装備と編成にも、何かしらの利点や欠点が付き纏い、それなりの合理性がある。結局、持ちたいものだけ、持てばいいと言う結論に落ち着いた。
マギーは頷いた。後は、それぞれが好きに注文して過ごす時間だ。猫耳ココも読んでくれば良かったかもしれないが、マギーは首を振った。一応は、戦闘もするが、しかし、素手の喧嘩の方が得意な子だ。馬鹿ではないが、あまり頭を使うのは得意ではない。拠点でルーやセシリアと遊んでいる方がいいだろう。マギーちゃんは、財布を取り出し、銀貨を数枚、テーブルに置いて退出しようとした。
と、旅人が飛び込んできた。無宿人《ノークォーター》。銃の腕を頼りに町から街へと渡り歩く連中だ。ならず者と見られがちだが、中には町の住人や農民に雇われて防衛に与したりする連中もいて、一概に悪党とも言い切れない。無宿人《ノークォーター》は店内を見回し、奥の席にいた連中――同類の放浪銃士や浮浪傭兵らの集まっている席へと急いだ。連中は、店の常連の牧童や賭博師たちとカードをしていたが、牧童がニヤリと見上げて「兄さん、そんなに慌ててどうしたんだい?」と揶揄うように言った。
「お前ら。蠍のターニャを知ってるか?」無宿人《ノークォーター》は無視して問いかけると「知ってるか、だと。糞レイダーども。あいつの縄張りを通るたびに、俺の財布は軽くなるぜ」賭博師が忌々しげに吐き捨てて、カードを山場に叩きつけた。
「なら、いいニュースだ。いいか、聞いて腰を抜かすなよ。蠍のターニャが討ち取られた」無宿人《ノークォーター》の言葉に全員が一瞬、固まった。
「……マジかよ?」銃士の咥えていた煙草が零れ落ちた。
「やったのは誰だ?スネイクバイトか?それとも保安官《キャシディ・エヴァンス》か?」浮浪傭兵が身を乗り出して尋ねる。
「……どちらでもない。見た目、ただの浮浪者《ホーボー》か、下手すりゃ旅の農民娘みたいな若い女だ。凄味もねえ。それが、ターニャと一味五人の首を頭陀袋に入れて持ち込んだ」無宿人《ノークォーター》が椅子に腰かけてから、誰かのエールに手を伸ばして勝手に飲んだ。
「賞金稼ぎギルドの事務所は上へ下への大騒ぎさ」口元を拭いながらの言葉に、テーブルの面々は顔を見合わせた。
「ターニャだけで賞金は八百」「そこらの町の通貨じゃないぜ。都市通貨だ」「部下たちだって百や二百は……」皮算用と知りつつも囁きが飛び交って、「畜生、あの女の首は狙ってたのに」銃士が悔しげに唸り「何者だい。その小娘は……」と尋ねると「他所の土地の凄腕か?」賭博師が髭を弄りながらそれらしい推測を口にした。
「分からん。見覚えもねぇ。無宿人《ノークォーター》は首を振った。
――――――
マギー「なんとかなれッ~」
税理士「なりません」
マギー「わァ...ぁ...」
税理士「泣いちゃった」
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鋼輪式銃《ホイールロック》 2丁 →3丁
驢馬 1匹 ネム
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事業
+お茶の免許証 収入-
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