黄昏のガンダルヴァ   作:猫弾正

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03_121B 変異獣討伐

 日々を積み重ねる。仲間たちと三、四人で驢馬を連れて街道を旅し、都市で商品を買い込み、町に戻ってきて売る。雨の日には旅を避ける。時々は予定がずれ込む。旅を一度終えたら、入念に装備の整備を行う。銃やナイフは勿論、靴下を繕ったり、靴を確かめるのと予備を持ち歩くのも大事だ。驢馬は四十キロの荷物を運べるが、人間の背負う荷を減らして、今まで持たなかった予備の靴やら毛布、薪に炭まで入れて旅の利便性を求めると商品のペイロードはそれほど上がらなかった。

 

 街に戻っては、料理番のリリーと手伝いのルーが、食材を買い込み、料理を行っている。時々は、旅の空で自分でも料理を行う。簡素な目玉焼きやら野菜を炒めたものだ。西部劇ならチリコンカンだろうが、気候的にトマトと唐辛子があまり手に入らない。豆と肉の煮込み。時折、街道筋で野宿する夜に、焚火の傍で仕入れた本などを読みふける時もあった。旅人たちの集まった宿営地は、木柵や土嚢などで守られている。近くの村人や農場主などが設けた設備で、僅かな金で入って夜を越えることが出来る。水も食べ物も自給するか、かなり高値で買うしかない。薪は腐らないから、普通の値で買える。

 

 時折、幅を利かせた大きな隊商もやってきて、当たり前にいい場所を独占する。十数人も護衛を付けた店持ち商人たちの合同の隊商か。それともよほどの豪商か。ただ、遠目に見かけたのは、ほんの数度だ。規模の小さい隊商にも、やはり数が多いと気が大きくなる連中もいるが、大半は慎ましやかに過ごしている。大規模な隊商ほどに他所の地方へも出かける一方、小さな隊商は大抵、近隣の町や市との往来するだけだが、時には小規模で他所の地方へと赴く冒険商人らも混ざっている。

 

 名の知れた豪商連中に憧れの目を向ける若い旅商人らも多い。マギーなどは冒険商人の方に敬意を覚えるが、兎も角、目立たぬよう、目に留まらぬよう、しかし、安全な逃げやすい場所を探して宿泊する。見た目、一番逃げやすい場所は、逆に言えば、外から真っ先に襲われやすい場所でもある。だから、そこそこに安全で、しかし、幾つかの他の通路にも抜けやすい位置を探して、時に場所を変えたりしながら、天幕や小屋を借りる。

 

 夜には、遠吠えも聞こえてくる。野犬やコヨーテか、変異獣なり、もっと危険な鎧狼かは分からない。驢馬のネムも不安そうに身動ぎしたりするのを、首を撫でて宥めもする。燧石銃《フリントロック》や鋼輪式銃《ホイールロック》の三、四人なら、それなりに対応できなくはないが、どうしようもない怪物と遭遇する可能性も付き纏う。いや、街道筋には出ない筈だが。時折、松明を掲げ、木柵の彼方に視線を走らせつつ、一抹の不安を抱えながら、うつらうつらと夜を越える。

 

 もう少し人数が増えれば、便利さは増すだろうか。しかし、規模を増やせば、人間関係も変質するのではないか。行商団の為に仲間を探すのか。仲間の為に行商団を組んだのか。目的を見失うのではないか。他人にとってはどうでもいいだろうそんな事も思い悩んだりもする。

 

 

 

 

 自由都市ズールの家畜市で、マギーは二頭目の驢馬を買った。

 何故か、用心棒リジィが「マジかよ、こいつ」と言う目を向けてきた。

「買って帰るとか言ってないよな。いきなり持ち帰って、休ませる場所もないし。驢馬一頭分の餌を運ぶだけでも結構、大変だぞ」尤もなツッコミをしてくる。

 

 だが、マギーはもう決めたのだ。「名前は、イネーです」宣告する。驢馬2頭で、荷重は無理せずに110キロほどか。人間たちの荷を一人五キロほど減らして、無理をしなければ。都市と町を往来する行商団としては、悪くない。これで、今まで持ち帰れなかった本の類を本格的に扱えるだろう。あとは、物置小屋も増設したい。こちらは金を払えば、市内の大工たちにも作ってもらえるが。しかし、順番をすっ飛ばせる訳でもない。材木が溜まったら、仕事にやってくる。万事、小さな町の中世時間で物事は過ぎている。

 

 丘陵地帯を抜けて時折、遭遇する少数の屍者や野犬、巨大蟻はマスケットで片付け、ポレシャ市に帰還すると孤児院を訪れた。お土産は黒土の袋と林檎パイ。

 ダニエル師との対話をそこそこに打ち切ると、林檎パイの篭を押し付け、庭を動き回っては野良仕事している子供たちに話しかける。

「なにをしているのかな?」マギーお姉さんの質問に「いもー!いも!」「カブラ植えてる!」「ノーフォーク!」一人、やけに賢い子がいるな?

 

 子供らと一緒に農作業する。二十日ほどで育つ小さなカブラの収穫。土の養分もさほど喰わない。と言っても皆無ではないから、肥料を撒いたり、休ませる必要はある。カブを土から引き抜くのは意外と力を使う。それでも、多分、農村で十地区通貨の賃金も貰えない仕事。鼻歌を歌いながら、野良仕事をしているマギーに「おばさーん」子供が呼び掛けてくる。

「お姉さーんと言いなさい」小さなカブを引き抜きながら、応える。

「美人のお姉さーん」「なにかな?」マギーが首を傾げると「驢馬さん、貸してくれる?」

「貸してあげても良いけど、突然、背中に乗らないでね。ビックリするから」マギーの言葉に「乗らないよ。あのねー。畑を耕してもらうの」

「畑を耕すのに?」驢馬を一瞥した。

「うん」肯いている子供。

「いいけど。まず、犂を用意しないとね」畑を耕すのに驢馬は使えるだろう。驢馬用の犂も買わないといけない。借りてもいいのだが。

 

「驢馬二頭は凄いね」子供たちは群がりながら、一緒に畑を耕すマギーに気を許したようだ。

「あのね、あのね。父ちゃんもね。行商でね。驢馬も持ってたの」女の子が驢馬を見ながら、「仕事終わったら、迎えに来てくれるの!」きゃー、と頬に手を当てて叫んでいる子がいる。ダニエル師は、困ったように微笑んでいた。捨てられた子ばかりでもない。親が子を真実、愛していても、時には賊や怪物に襲われてしまう。幼い子でも、親しいものの死は案外、理解できるものだ。そして受け止められるまで真実を告げるのを待つのも、保護する者にとって選択肢の一つだろうか。

 

(……驢馬か)世の中には、馬鹿もいる。例え一握りにしろ、成功すれば嫉妬を向けてくるし、仕事ぶりを隠せば、別種の馬鹿に侮られたりもする。どちらに転んでも面倒だと、クサクサした気持ちが野良仕事しているうちに少しだけ落ち着いてきた。戦闘訓練や商売だけだと、心の有り様が鋭くなりすぎる。土をいじって、子供と喋って、体を動かしているうちに少し機嫌が直る。一見、どうでもいい事に思えるが、大事なことだ。能力を鋭く保つことと、精神まで刃のようにしてしまうことは違うと、マギーは解釈している。立ち上がって、伸びをした。

「疲れたから、帰る」宣告すると「逃すなー」「怠けたらご飯は減るんだぞー」子供たちが襲い掛かってくる。はっはっは、と笑って、軽く押したり、持ち上げて箱の上において蹴散らしながら、ダニエル師の傍に行くと、財布から数枚の銀貨と銅貨を取り出した。互いに異教ではあるが、宗教に拠らず孤児院に寄付くらいはする。

 

 二日後には、変異獣の討伐任務。仲間を集め、装備を整備し、作戦を組み立てて、情報を確かめてある。出来るだけのことは、一通りしてある。それでも常に、人間や変異獣相手の戦いの前にはかなりの緊張を覚える。どんなに訓練をしても事故は起こりえるからだ。悪い予感は特にしないが、唐突な最後もあるのだろうか。皆、無事に生き残れるといい。

 

 

 

 ※※※※

 

 

 

 8人で一人頭およそ10発。一時間ほどの戦闘で、100発弱を投射した。

 横列で斉射し続けた訳ではなく、群れを追跡・誘導しながら見えた個体を射撃していく討伐なので、発射数は自然と絞られた。まあ、当たらない。それでも、おそらく発砲の半分ほどは命中したと思えるので小型や中型変異獣の五、六匹程度は倒している計算になる。ただ、戦果を過大に見積もってないとも言い切れないが。中型変異獣を仕留めるにはいささか時間が掛かった。小型でもかなりタフ、と言うか、変異獣どもは攻撃力が獣よりは弱い代わり、狡猾で異常な生命力を有している。熊や狼とどちらが恐ろしいかと言われたら、双方ともに厭らしいところを持っているので、なんとも言えない。

 

 それでも交戦領域の大半は、見通しのいい道路に限定できた。変異獣の群れの大半は片付けただろう。大型変異獣も転がっている。仕留めたのはマギーと仲間たちではないが。首を上げた浮浪傭兵やら狩人たちが鬨の声を上げている。確かに腕のいい連中だ。縄を付けた特大のクロスボウ――人に扱えるギリギリの大きさと言う意味での特大だ――の矢に縄を付け、射線の重ならない四方から抜けにくい矢を複数、撃ち込んで、大型変異獣の動きを封じながら体力を削るように撃ち続けた。恐ろしい殺し方に見えて、大型変異獣は鍛えた男でも不意をつけばものの数秒で殺してしまう。一瞬の油断が命取りとなる闘争だ。それにしても、兵隊には兵隊の。狩人には狩人の戦い方があるものだとマギーは感心した。

 

 変異獣どもの死体が道路に集められて、燃やされ始める。黒い煙の漂う中、かなりの悪臭を放っている。ライフルを抱えた保安官補たちが歩き回っており、出番の無かった自警団員たちが額の汗を拭いていた。民兵隊の少尉も来ている。参事会の議会傭兵も。号令をして、一山幾らの浮浪傭兵やら、それにハンターたちも集められていた。今から、地下鉄やら廃墟の建物に突入していくようだ。なるほど、賃金が高いが代わりに死傷者が絶えない訳だと、肩を竦める。二束三文で命を懸ける連中の考えは、マギーには理解できない。

 

 この一角の安全を確保するのに、地下施設の確認は欠かせない。怪物が多いようなら、地下鉄の入り口は土嚢とバリケードで封鎖してしまうかもしれない。勿論、滅多にある話ではないが、蜂の巣をつついたように数千の屍者やら変異獣の群れやらが地下から湧き出して居留地を呑み込んでしまったなんて噂もあった。松明やランタンを掲げて、狩人《ハンター》らは、地下鉄やら、廃墟の構築物へとそっと足を踏み入れていく。もし、安全そうな地下鉄駅構内であるならば、路線を封鎖した後に、誰かが買い取って、茸の養殖やら、養鶏場や養豚場やらに用いるかもしれない。屍者や変異獣、野生の獣に襲われ難いと言うのは、日照や換気、水など諸々の問題を置いても、相当な利点ではあるのだ。

 

 

 マギーたちの仕事は終わった。水を飲みながら、後方での見張りについている。次々と、建物の入り口にスプレーで〇が描かれ、或いは、中から巨大鼠やら小型変異獣、巨大蟻の死体が引きずり出されてくるが、大型の構築物からは中々に連絡が出てこない。中から数発の銃声も響いてきているが、銃士たちも戻ってこないのだ。と、建物から浮浪傭兵が一人、仲間の肩を借りて運び出されてきた。鎧の胸部がへこんで、爪痕が付いている。人が纏って動き回れる鎧であるから精々1.5~3ミリ程度の鉄板だろうが、それでもへこませられる生き物が狭い廊下に潜んでいるのは、全く恐ろしい。

 

 数人の堅革鎧やら鋲革鎧、胸甲を付けた傭兵たちが転がるように出てきて、「無理だァ」と叫んだ。「大型が潜んでいるぞ」「二~三匹纏まってる!」「バイターだ!2メートル近く……!」口々に言っている。腕を折られた者もいる。複数で突入したから死人は出てない。銃撃戦と違って、鎧を付けた者と獣なら、大勢で入っても、連携などの強みは消えない。

「アルファ種だと思われます」監督役の伍長が少尉に報告している。苛立たしげに舌打ちした少尉は、辺りを見回してからマギーに目を止め、手招きするが、マギーは首を横に振るう。それから兵士たちを指差したが、今度は少尉が渋い顔で首を振るった。ボルトアクションのライフルでも、建物内では強みを生かせない。

 

 

 少尉や保安官補、議会衛兵らが話し合ってなにかしらの結論を出したのだろう。役人が出てきた。「200都市通貨を出そう!誰か!件の怪物どもを仕留めてくれないか!」集められた狩人たちや浮浪傭兵らは、顔を見合わせている。

「250都市通貨だ!どうだ!」役人が声を張り上げると「怪物は三匹だ!切りが良く300なら、行くぜ!」威勢のいい声が響いた。見れば、ランツクネヒトの男女二人組だ。予算と予定の遂行を天秤にかけたのか。役人は躊躇したが、士官がなにかを言い、議会衛兵も頷いているので「いいだろう、一匹の首に百都市通貨!早い者勝ちだぞ!他にいないか?」役人が周囲を見回した。

 

 ランツクネヒトは白兵に定評のある傭兵の一種だ。狭い建物での近接戦闘となれば、独壇場だろう。ただ、分かり易い兵装ゆえに傭兵を名乗ろうとする若者やら畑仕事に飽いた農民やらが格好だけ繕った逸れランツクネヒトを名乗ることもある。部下の元ランツクネヒト――本人は現役のつもりかもしれないが、リジィを一瞥すると「知った顔だ」と頷いてきた。どうやら騙りではないらしい。

 

 他にも数人、賞金を聞いて意を決したように進み出た連中がいた。鈍そうな若者。殻竿を持った年寄りと青年の二人組。槍を肩に乗せた若者は少しは使えそうだが、自信過剰な笑みを浮かべている。他も食い詰めたような数合わせばかりで二人のランツクネヒトを覗いては、ちゃちなクロスボウやら錆びた槍、こん棒やらを携えているだけだ。到底、大型変異獣と戦えるような装備ではない。

 

 変異獣討伐には――信じがたいことだが――強張った表情で参加している少年少女らも顔を見せていた。自称・怪物ハンターやら弱小の傭兵徒党やらに拾われた浮浪児やら孤児たちで、肉盾やら囮やらで使い潰される役割でしかない哀れな子供たちだ。迷彩服の太った男が「いいでしょう。俺も男だ!参加しますぜ!」と吼えて、一部の子供たちが絶望的な表情を浮かべていた。役人も露骨に渋い表情を浮かべていたが、議会傭兵や保安官補らとため息を吐きながら、なにかを話し合い、「よし、頼むぞ」と頷いていた。「おう!男フロイト!フロイト一家に任せてくんな!」太った男は、太い腕でおのれの胸を叩いて見せた。

 

 同じく子供を引き連れた、こちらも戦士の屑の類の痩せた男だが、役人の投げかけた視線に、流石に首を横に振っており、配下の子供らはほっとした安堵の表情を浮かべていた。三、四人の少年少女らも、幾らかは肉付きがマシで、まだ見れる装備やら、壊れそうでも兎も角は盾を全員が持たされていた。フロイト団長の子供たちには、それすらもない。

 

 一角では役人の口にした賞金額と同時に、一人の少年に視線が集中していた。いや、顔立ちの整った少年、或いは少女だろうか。周囲の老人や子供たち――これは戦闘員ではなく、薪や土嚢を運んだり、その場でバリケードを組み立てる為に雇われた人夫の役割で、しかし、少年だけは戦う役割のように幾つものショットガンやら銃やらをベルトで身体に巻き付けていた。物凄い凄腕か、全くの素人みたいな武装だな、とマギーは思ったが、少年は進み出て「ボクも行く」と上擦った声で名乗り出ていた。勇敢な美少女、好物です。ではなく、好意を覚えます。マギーちゃんの股〇――ではなく、心臓に稲妻が走った。

 

「他にいないか?」役人はいかにも不安そうに、名乗り出たうちで腕が立ちそうなのはランツクネヒトだけだし、それに白兵に定評と言っても大型変異獣相手ではどうなるか分からないのに、それが三匹だ。さらに人数を募り、視線を受けた腕の立ちそうな連中。実際に、変異獣やらを仕留めた熟練者に視線を投げかけるが、西部劇の銃士みたいなのが目を伏せたり、「お前行けよ、何時も変異獣なんか倒せるって言ってたろ」と肘でつつかれた浮浪傭兵が急に古傷が痛み出したり、無宿人《ノークォーター》が弾切れの銃を見せていた。

 

 と、ため息を吐いたマギーが進み出るのと同時に、やはり女が一人進み出た。マギーと互いに値踏みの視線が交差する。中々に磨かれたライフルと腰にはナイフを持っている。廃墟での戦闘に向いた装備とは思わないが「万が一、刺し違えたら、仕送りしてくれるかな?」などと役人に尋ねかけてから了承を受けると、「なら、私も行こう。グリフィンだ」名乗り出た。

 

 

 

 

―――――――――

 

7月上旬_52025都市通貨

 

 鋼輪式銃《ホイールロック》 3丁

 

 驢馬 2匹 ネム イネー

 ペイロード 50 → 80キロ →110キロ

 

 家 6メートル×9メートル 54㎡

 

 

 

 

 

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