黄昏のガンダルヴァ   作:猫弾正

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03_121C 変異獣掃討

 マギーは突入の後詰に志願した。

「……無事で」ニナが不安そうに背後から抱きしめてきたが、連れてはいけない。大型変異獣などに押し倒された場合、華奢な体格は明らかに不利となる。乱戦となりかねない状況には、ニナは向いていない。

「……性欲で動いていませんか?」隣に立ったジーナ・E(エクルストン)が余計な事を言ってきた。ニナの抱きしめてくる力が強くなった。

(……これはお仕置きされてしまう。最悪、三人掛かりで)

 

 マギーは行商団の頭目ではあるが、間違えた判断をすれば、当然に部下たちに対する権威も揺らぐし、恋人との間で性的な攻守も逆転したりする。勿論、マギー名義の財産なので古のカリブ海賊のようにおのれの砦から追放される顛末などはあるまいが、かと言って資本主義社会ほどに強く諸権利を抑えられない以上、能力と公正さによって頭目に相応しい器量と幸運を証明し続けなければならない。徒党も大きくすれば、どうしても、ある意味で緊張が生まれるのだ。これは実際の下克上やら内なる敵とは別の意味合いである。

 

 違います、などと慌てて否定はしない。むしろ、多少の性欲はあるけれど「あの武器、気づきませんか?」囁きかけた。うん?と首を傾げて美形の少年を見つめたニナが、「……あの子」目を微かに見開いた。

「少し興味湧いたでしょう?」マギーは囁きかけた。

 用心棒リジィは盾を背負って剣を引き抜いた。突入する気、満々だ。銃よりも剣の訓練を好んでいるし、給与を貰うと時々、馬に乗りに行っている。やや小柄な割、体幹が恐ろしく強い。体勢が崩れにくく、瞬時に立て直してくる。地を這うような体勢から、急所を狙ってくる剣術を用いて最近、特に腕を上げてきている。

 

 トリスやニナ、セシリアは銃を好む。いずれも未成年でいまだに骨格の細さが残っているから、白兵戦には混ぜない方がいい。猫耳ココは白兵に強いけれども、速度で攪乱する型なので閉所での乱戦に混ざれる強さではない。奴隷イオは、まだ測り切れてない。忠誠心は見せている。懐いているとは思うが、蛮族には興奮すると意味不明な行動をする者も多い。不安なので連れていかない。

 

 結局、大人三人でランツクネヒトの二人組に声を掛けた。「賞金は其方が六、此方が四で」と人数と逆の割合を提案すると訝しんでいたが、マギーが地区の役人――保安官補だと聞いて納得していた。仕事の一環なのだ。勿論、おのれの手下のリジィとジーナ・E(エクルストン)には、仕留めた場合、20通貨程度で納得してもらう。

 

 フロイト親方が檄を飛ばし、半泣きの少年少女らが真っ先に暗い建物へと突入していった。……四階?五階かな?建物の奥は半分崩れていてよく分からない。爆撃の跡にも見える。マギーは嫌悪の眼差しを向けたが、視線を切った。肉盾や囮に使い捨てられる少年少女らは哀れだが、かと言って代わってやるつもりもない。こちらも焦るとろくな事にはならない。「いけるぜ、俺はいけるぜ」自己暗示っぽく呟きながらの一山幾らの狩人志願者の若者やら――なにが悲しくてハンターに憧れるのか。ハンター崩れどももばらばらに散開しながらフロアに突入していった。腰の曲がった老人までいる。どう見ても、戦場の生き残りと言うタイプではない。

 

 ライフルの女――グリフィンは、煙草を吸いたそうにしていたが、匂いを抑える為か、我慢していた。何故なら、胸の煙草に幾度か触れていたからだ。時折、此方を見ている。それと銃を沢山、身に着けた美形の少年も、マギーたちを見ていた。ついてくるつもりだろうか。真っ先に突入しないのは、多分、正解だと思うが、マギーも変異獣相手は、それほど経験を積んでいる訳ではない。実のところ、かなり手探りで戦術を模索している。

 

 建物に踏み込み、部屋や廊下の中心に陣取る。影となった曲がり角や部屋の内部から、いきなりの不意打ちを避ける為だ。対変異獣や屍者に対する集団戦戦術と、人間相手の銃撃戦戦術はセオリーが百八十度、逆転する。特に相手が複数で、人間に対する致死の噛み付きやら、鋭い爪に牙を持ってるだけでも、物陰に身を潜めてはならない。遮蔽を取ってはならない。連中は闇の中で鋭敏な視覚や嗅覚を保持しつつ、人より敏捷に動ける。

 

 勿論、遮蔽や隠形は変異獣や屍者にも有効だけれど、此方が複数人で、真正面からの戦闘を想定しているなら、視界を確保して距離を維持するのが最重要視される。

「言うまでもないでしょうが」と言いながら、基本的方針としてセオリーを説明するとランツクネヒトの二人組は頷いていたし、女ライフルマンも、美少年?美少女も、やや離れた位置から話を聞いていた。「どうせなら、そこの二人もこっち来なさいよ」言うとライフルマンの女は、さっと寄ってきた。美形の少年は、少し躊躇った後、踏み込んできた。

 

 グリフィンは時々、天井や通気口まで眺めるし、距離を取っている。曲がり角や扉の入り口を除く時は、常に中腰で、手鏡も使う。体重の中心を下腹部や脚部の動きやすい位置に置いていた。「部屋のクリアに意味はやや薄いですから警戒を。窓があるから庭の方から入ってきて、背後から襲って来るかも知れない。とは言え、それでも、クリア済みには多少の意味がありますが。音を立てるかも知れない。背後から襲われるとしても、数秒の距離は保つことが出来る」マギーは淡々と小声で説明しつつ、部屋に入った。変異獣がいたので斧を持って突撃した。

 

 一対一だと負けそうになる。マギーが。腕と腕が拮抗する。二足歩行だ。生意気に。大きな牙を開いた。蛙みたいに大きく牙だらけの口が開いたがリジィが突撃して、横合いから吹っ飛ばされた。二体目!ジーナ・E(エクルストン)がカバーに入って、口に小剣を突き刺した。

「リジィは?」マギーが怒鳴り「ランツクネヒトが!」ジーナ・E(エクルストン)が言う。リジィが叫んでいる。無事なようだ。三対一でやり合ってる。怒鳴り声や罵りが響いてくる。派手にやり合ってる。

 「撃つぞ!」女ライフルマンが発砲した。相手の変異獣の脇腹に当たった。二発、三発。顔の横や尻を削って、風穴を開ける。もっといい場所を狙えとは思わない。マギーともみ合ってる。むしろ、「撃つぞ!」と声を掛けてくるので、相手を固定する。いい打撃を与えてるようなものだ。「撃つぞ!」と声を掛けて、発砲音はするのに当たらない場合、リジィたちを援護してるのだろう。ええ。どれだけ、タフがいなんだ。

 

 リジィが三人だと、マギーも白兵で勝てる気はしない。なのに吹っ飛ばされたり、罵ってる物音が聞こえてくる。ヤバいな、これ。偶に相手する時も、いつも撃ち殺してた。熊とは言わないが、チンパンとでも殴り合ってる気がする。手斧を捨てて、ナイフを引き抜いた。凶暴な形の螺旋状で中空ナイフを変異獣の腹に突き刺した。

 

 

 ジーナ・E(エクルストン)が離れた。部屋の隅で立ちすくんでる美形少年――銃を構えてはいるが、撃てないのだろう。むしろ、いい判断だ。マギーに当たったら、貯まったものじゃない。「撃たないでくださいよ!君!」叫んでいるマギーだが、ジーナ・E(エクルストン)は少年の腰から散弾銃と弾の袋を奪い、装填を確認してから、変異獣に銃口押し付けて、ぶっ放した。変異獣が怒りの咆哮を上げる。

 ジーナ・E(エクルストン)が排莢《はいきょう》し、二発目を素早く装填しようとして「なんだこの武器?!」戸惑っていたが、兎も角も数秒で装填。発砲した。三発。四発と打ち込んで「こいつ、まだ力が抜けない!嘘でしょう!」マギーは喚いた。

 

 五発、六発、七発目でようやくに死の痙攣に襲われた。エクスタシーに似た激しい痙攣に変異獣の全身が捉われて、唾液がセメントの床に滴り落ちている。「くっさぁ」押し倒されたマギーが文句言いつつ、変異獣の腹に足を押し当て、蹴り飛ばした。ナイフと手斧を回収し、もう一匹と殺し合ってるランツクネヒト組への救援へと向かった。いつの間にか移った隣の部屋からは、まだ怒鳴り合う声が聞こえてくる。

 

 数多の刃が入り乱れる中、吶喊する気にはなれなかったが、兎も角も、怪物の隙を伺う為、そして三匹目に奇襲されぬよう、やや疲れた足取りながらも、奇襲を警戒しつつ隣室へと急いだ。

 

 

 

 ※※※※

 

 

 

 二匹仕留めただけで疲労困憊なので「撤退します」とマギーは宣告する。異論はでなかったが「死体はどうする?」とランツクネヒトの片割れが聞いてくる。俺が仕留めた、なんてネコババ主張する奴らが出るかも知れないので、証拠として怪物の目だけ刳り貫いて袋に入れておいた。

 

 外に出て少尉らに歩み寄り「二匹、仕留めました」と眼球を見せる。

 肯いたので、「一階の右奥廊下の突き当り」と死体の場所を教えつつ、渡された紙に金額を記入してもらい、役人側の帳簿とも合わせてサインを貰う。それで、後で役所で銀貨、銅貨なり、紙幣なりと交換してもらえる。狩人やら浮浪傭兵には、銅貨で報酬を受け取るのを好む者も案外と多い。銀貨は品位や重量、信用分で価値が高低しがちだが、品位の安定してる銅貨はどの土地でも支払いに使えるし、袋にずっしりした報酬は気分がいいらしい。

 

「ええと、ランツクネヒトたちが40と40。ライフルマンのグリフィンが40、そこの少年に弾代込みで40……」マギーが報酬額について采配してると「ちょっと待て!なにもしてない餓鬼に40?」ランツクネヒトが不機嫌そうに口を挟んできた。

「なにもしなかったからですよ。銃を貸してくれましたし、弾薬代も掛かる。それにもみ合ってる時、余計な発砲をしなかった」マギーの言い分に納得はしかねる様子だったが「まあ、いいさ。40貰えるなら、文句はねぇ」と書類を受け取った。

 

「……俺も行けばよかったかな」呟きながら、遠巻きに眺めてくる一部の人夫やら、数合わせの素人狩人やらに対して「なに見てやがる!」とランツクネヒト達が怒鳴りつけながら去っていった。「この、負け犬どもが」中指を立てたりして揶揄っていた。大半の人夫やら、残りの狩人らは、生還者らに称賛の目は向けつつも、命じられた仕事にまず気持ちを向けていた。華やかな手柄よりも、まずは日銭なのだ。

 

 マギーたちにも妙な視線を向けてくる連中もいて、嫉妬か、媚びか。憧れとは思えないが。少し気持ち悪かった。水で身体を洗い、拭きながら、「絶対に割に合いませんな。ハンターなんて」マギーはぼやいていた。役人たちが、残っていたまともな傭兵に声を掛けて、死体を回収させに送った。

 

 ジーナ・E(エクルストン)が美形の少年に話しかけていた。弾薬の補償についてだ。散弾は、それでも一応、手に入りやすい部類で、今回の手柄と合わせて役場に書類を提出すれば、時間は掛かるだろうが安価に購入できるとも教えている。

 少尉がやってきた。「ご苦労」とやや上から目線だがねぎらってくる。「あと一匹は?戻ってこないな」尋ねてくるので「分かりませんね、別の階に……」

 唐突に、構造物の上階から凄まじい絶叫が響いてきた。人の断末魔だ。多分。そして首が落ちてきた。恐怖に凍り付いた男の首が地面を転がる。フロイト親方だ。眺めながら「やりませんよ」マギーは疲れ切った口調で少尉に通告した。

 

 

 作戦は、翌日以降に持ち越されることになった。ともかく、給料分の仕事はした。契約通りにだ。命懸けの仕事で、下手に義務感やらを出すとろくな事にならない。

 区画の殆んどは掃討され、街路も封鎖されたから、大型変異獣が一匹、彷徨っていても―――いや、やはり問題だろう。件の変異獣には、賞金が懸けられた。都市通貨で百五十。放置していたら、倍程度には上がるかも知れない。今なら、負傷しているから人海戦術で倒してしまうべきだと思うが、当面の予算が尽きたらしい。結局、高くつくのだ。お役所仕事だ。

 

 

 

 ※※※※

 

 

 

 マギーの敷地はかなり広い。掃討作戦が終わった日と翌日には、テーブルや絨毯を広げ、甘いものなども食べてゆっくりと過ごす。珈琲に乳と砂糖をぶち込んでカフェオレも作った。若い団員にも好評だ。ドーナッツは手軽に作れるのがいい。油と小麦粉に砂糖さえあれば。ジャムを中に詰めたり、クリームやチョコを塗ってもいい。

「食べ過ぎだぞ、太るぞ。でぶ猫になる」「にゃがにゃが」ドーナッツを取り合っている。次回も揚げ物に使う為、使い終わった油を金属容器に入れておいた。近いうちに使わないと酸化が進むかもしれない。

 

 山羊娘のルーは、ずっと興奮していた。フスフス、フスフスと鼻息も荒く、驢馬たちの毛並みをブラシで拭いている。熟練の馬丁みたいな仕事ぶりで、驢馬たちも気持ちよさそうに目を閉じている。意外と表情豊かな生き物だ。「ネム、イネー」とルーは何度も名前を呼び掛けていた。適当な名付けは無かったな、とマギーちゃんは少しだけ後悔していた。ただ、料理手伝いでもあるので、ずっと馬丁されると困るかも知れない。十人で暮らしている。セシリアやジョージアはしょっちゅう、顔を見せるので十二人。洗濯などは外注しているが、使用人をもっと雇うべきだろうか。でも、値打のある物も多い。信頼できる子がいい。近所から誰か雇うかな?

 まずは、鍵のかかる物置をもう一つ作らないとなるまい。

 

 驢馬も二頭となると世話の時間も取られる。それでも、二頭ならまだ面倒を見れる。ともかくも、家から離した場所に簡単な厩舎を作ることにする。近所のミルカちゃんを呼んで、手伝ってもらう。腕はいい割に、仕事はあんまりもらえない。やはり力仕事が多いから、女の子大工はどうしてもやや不利だ。とは言え、丁寧な仕事をするので顧客は増えている。お父さん、お爺さんが大工だったので、その頃からの客層も付いているようだ。残ったドーナッツを喜んで食べていた。かわいい子だが、変に手出しはしない。荒事仕事もするマギーと付き合いが深まれば、ある種の風評が付き纏う。良い旦那さんとか見つけて幸せになって欲しい。

 

 

 屋根を立てている時、唐突に、戦争で燃やした村の記憶が脳裏に甦った。厩舎の前で『焼かないで下さい』と懇願してくる農民一家を無視して、燃やすように命令した。金槌を持つ手が止まって、こんな穏やかな生活を送る資格があるのか、なんて頭の片隅から問いかけが来る。「それでも村人は殺さなかった。殺した方が面倒が無かったのに閉じ込めただけで済ませた」掌で顔を拭いて、言い訳のように呟いた。『その時だけはな……家を焼かれた連中が幾人、冬を越えられただろうな?』『今までに巻き込んで何人殺した?』とも声が響いてくる。柱を持っていた巻き毛のルーが訝しげに首を傾げてるので、頭をくしゃくしゃと撫でてやってから作業へと戻った。

 

 普通に暮らしたい。争うことなく、穏やかに。そんなものは、地上の何処にもない。殺戮機械も彷徨っているし、戦争も絶えない。過去から今に至るまで、人間たちが積み重ね、望んだ末に怪物や屍者が徘徊する今の修羅界を作り上げた。しばしば人々は、戦争の敗者を劣悪で邪悪だった存在に貶める。だが、現実には、道徳的に下劣で手段を問わない裏切り者の方が勝利の凱歌を歌う事例も少なからずあるし、善良なものに邪悪のレッテルが張られる事も珍しくはない。平穏を望んだ為政者の下、治世においては人々が楽園のように暮らした国も侵略によって滅びてきた。善良な人々が築いたものが滅びた時、それまで積み上げられた人々の喜びや希望は。善政の因果は何処へと消えるのだろうか。

 

「……善良な人々が築いた平穏も、侵略されれば消える。では、人々が生きていた時間や幸福に意味はあったのか」マギーが黄昏ていると、ニナが顔を掴んできた。「また難しいことを悩んでいる」言いながら、マギーの頬を揉みもみして「笑えー」と言ってきた。

 

 

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