黄昏のガンダルヴァ   作:猫弾正

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03_123 力の兆し

 最近のマギーは、キャスリーン・グレイやローラと顔を合わせるのが少しだけ楽しみだ。二人とも話していて心安らぐ。多少の金銭と武力を持ち合わせる人物になった為か、周囲の人々はマギーの顔色を窺い、或いは脅える者もいれば、妬みなどから無闇に敵意を向けてくる者もいる。弱肉強食の時代に、中途半端に力を持ってしまったものには、周囲から恐れられるか、さもなくば自らへりくだって世に迎合するか、二つに一つ、どちらかを選び、生き方を貫かねばならない。中途半端は許されない。封建領主やら一国一城の主になりたい訳でもないが、独立独歩の人物として力を欲するのであれば、おのずと答えは一つしかない。

 

 昔からの味方や友人らは、大して態度は変わらない。だけど、キャシディ・エヴァンス保安官らも、パオロ・ジャッコーニ老人も、それにキャロル・スタンフィールド氏も、切れ者で油断できない部分がある。身内たちも、生死を共にする関係となれば、どうしたって完全に気を抜いた会話は中々に出来ない。そのどちらでもなく、屈託なく話せる相手は、少しだけ貴重になり始めていた。少しだけだ。今、歩みを止めれば、まだ庶民のうちの人物。多少、顔が効くだけの地区の有力商人で踏み止まれるだろう。今なら、まだ。

 

 言うほどに、大物かな?と思いたかった。が、渡り人(オーキー)だった頃の気持ちで、冷静に今の砦を見れば、なるほど――確かに否定できない。まったくの庶民なら、それは恐ろしいだろう。キャスリーン・グレイは、マギーが渡り人(オーキー)の頃からの知り合いであり、隻腕の旅人ローラは、物おじしない。そして、(屍者の噛み傷から助けるためとはいえ)腕を切り落としたのがマギーにも拘らず、恨んだ素振りも見せない。なので、幾らかは助けの手を伸ばしてもいいかな、とも思った。勿論、恩に着せすぎるつもりはないが。

 

 今回、二人をダニエル師の孤児院へと伴ったのは……なんでだろう?驢馬の引く荷車に揺られながら、二人には林檎パイやらの籠を持ってもらった。

「……中々にいい子たちです。私に何かあった時の為、二人に気にかけておいて欲しい」マギーが言うと「集合住宅の召使なんですけど……」ローラが首を傾げる。

「はい、今は」マギーの返答に、ローラは戸惑ったように視線を彷徨わせ、キャスリーン・グレイが肯きかけた。

 

 

 

 ※※※※

 

 

 

 ダニエル師の孤児院近くの自治区で、野犬やら巨大鼠、巨大蟻や屍者を幾らか狩った。市の勢力圏――安全な居住地区が、少しだけ孤児院に近づいた訳だ。遅々として進まない奪還と再開発の足取りだが、容易いなら先人たちも苦労はしない。過去にも、相当な人物やら戦力が揃った時期もあった筈であろうし、その時にはその時で別の脅威に挑んでいただろう。

 

 マギーは――そして他の人々も能う限りの知恵と力を出している。全力ではないにしろ、多少の出費を負担し、危険を冒して定期的に怪物を討伐している。或いは、もっと効率的な作戦やらもあるかも知れないが、悪くないと思える間引きを行っていた。孤児院は何もしないよりも確実に安全になっている筈で、万が一、襲われたら運が悪かったと諦めるしかない。だけど、その万が一も起こりうる世界ではあるのだ。

 

 子供たちが迎え入れてくれた。なにやら働いている大人たちは、近くの廃墟生活者だ。庭男やら召使い、下男として幾ばくかの食料と賃金で働いている。以前に押し込んできた癖に図々しいと思いつつも、いざと言う時は、孤児院が近隣住人らの逃げ込む先、近隣での砦となるのは悪くはない。ただ、屍者に襲われた際、避難民たちを隔離する為に、頑丈な木製の牢を幾つかの部屋にも設置中であった。それにしても参事のジャッコーニ老人も随分と金を掛けている。

 

 地区ごとにそう言う建物を一つか、二つ。出来れば、三つくらいは作りたいと言うのが、ポレシャ市の一部派閥の構想だが、機動力を持った市民軍を作る派もあれば、狩人でもなんでも雇って間引きを増やす派。もっと地区の境界やら街路などに防衛設備を設けようと考える派閥もあり、庶民らの武装を増やそうと考えている派閥もある。そしてどれも利点があり、間違いではない。ただし資源は常に有限で、どこに重点を置くかでポレシャ市の未来の姿も大きく変わる。

 

 まあ、良い。今日は、驢馬たちを多少、働かせる。驢馬のネムとイネーに犂を取り付けて二頭立ての犂を引かせる。子供たちははしゃいでいるも、一方では初めての客人――見たことのないキャスリーン・グレイに興味津々だ。上品な装いと立ち振る舞いは、ダニエル師の孤児院の子らには縁遠いだろう。ポレシャ市民は基本、かなり善良な類ではあるが、上流階級などが足を運ぶのは、やはり市民階層の子供らの孤児院が多かった。

 

 マギーは、孤児院に来る前、旅人ローラに衣服を届けていた。安物だが暖かそうな上着とズボンは冬になっても着れる代物だ。「やる」と用心棒リジィがぶっきら棒に押し付けた服に戸惑うローラだったが、「当日、それを着て欲しいってよ」言われたので、そのまま着替えていた。ローラが荷車から降りたつと、無い腕の袖が風に靡いた。すると、義手や義足の子供ら――どうしたって獣や巨大蟻に襲われる子は出てしまう――が、駆け寄った。同じように腕が無い大人が立派な姿で仕事も持っている姿には、励まされるものがあるのかも知れない。

 

 林檎パイを見せたキャスリーン・グレイは、戸惑いを見せつつも、朗らかに笑っていた。ローラもホッとしたように眺めていたが、ふと不思議そうに「なぜ、私……いや、私たちを連れて来たんですかね?いや、先ほども聞きましたが」と尋ねてきた。

「先刻は、孤児院の為と言いました。でも、私たちにも……もっと言うならキャスリーン嬢の為でもあるし、私の気晴らしでもありますよね」ローラは穏やかな口調で指摘してくる。

「気に入らなかったかな?」ややずらしてのマギーの返答にも、「ご親切には感謝します。悪い気分ではありません」肩を竦めてから「分かりました。尋ねません」と言った。

 

 驢馬やら、キャスリーンやら、林檎パイに群がる少年少女を眺めながら、マギーは「大した事でもないよ。嫌いでない人間には、親切にしてやりたいと思うだろ。わたしにとっても、いい気晴らしなのさ。幸い、少しだけ生活に余裕もあるしね」

(……やはり、中々に利け者に思えるな)とローラを横目で見ながら、マギーは思い耽った。こんな人間が放浪の果てに、あっさりと死にかけていた。多分に、平和な世であれば、相当な人物となった者らも野垂れ死んでいるに違いない。マギーはなんともやりきれない思いを呑み込むように苦い表情で唾を呑んだ。

 

 

 

 ※※※※

 

 

 

 奴隷娘のイオは、ポレシャ市近郊の農村に向かっていた。奴隷の印として革の首輪を嵌めていて、所有者が書かれている。まだ、単独行動は許されてない。

 同行者は、まずジーナ・E(エクルストン)、それに徒弟トリスに猫耳ココ。あとは料理番リリーと巻き毛のルー。班単位でマギーと別行動する時は、ジーナ・E(エクルストン)か、ニナが指揮を執り、残りの一人か、マギーが留守を守っている。

「農作物を購入します。キャベツと芋、豆です。カブラはマギーが嫌いなのでいりません」ジーナ・E(エクルストン)の宣告に、残りの面々がブーブーと言う。

「甘酢のピクルスが作れなくなるんやで」リリーの発言。

 

「まあ、各々、好きなものを買っていいですよ。イオもね。財布の金は貴女の財産です。自由を買い戻す為に貯めてもいい」ジーナ・E(エクルストン)の言葉に、奴隷のイオは頷いた。忠誠心を見せてからは、やや甘くなった。マギーはまだ警戒しているのに。さて、奴隷のイオがどう行動するかは、イオにしか分からない。

 主人が好きだったり、恩を感じていても、自由になりたいから逃げる奴隷もいるし、居心地がいいから奴隷に留まりたいものもいる。主人が嫌いだったり、辛くても、逃げる勇気がないものもいる。イオが反逆してやろうとか、逃げようとか目論んでいるとも限らない。どんな切れ者なり、寛大な主人でも、奴隷との関係は常にそう言うものだ。

 

 だけど、まあ、ジーナ・E(エクルストン)はそれほど悪くない。マギーの警戒を分かった上での油断だ。そしてマギーは、もっといい。油断しない主の方が、仕え甲斐はあるだろう。上にいけるかも知れない。頭のおかしい奴隷には、信頼させてから裏切る奴もいる。サイコパスで、それだけでも恐ろしい奴だが、そう言う奴隷になって、数百年も生きながら、時々、主人を殺してる怪物も世界にはいるとか聞いた。イオも聞かされた夜は、恐くて寝床で震えた。子供向けの怪談や寓話ではなく、現実に警戒すべき化け物の一匹として聞かされたからだ。

 

 マギーはかなり興味深い。良い主人だ。正直言えば、今のところ裏切ったり、逃げるつもりはない。その点、イオはメリットを認めている。契約内容もフェアだと思う。理不尽に殴らない。いまだに昔の主人への恐怖が身体を縛っている。命令があれば、死んでも遂行するのが習い性になってる。奴隷根性だ。奴隷ではないが、蛮族社会の下級の存在は、奴隷よりもっとひどい扱いだ。だが、それも役に立つ場合もある。命令を受けた時の死に物狂いの遂行だ。イオは当然、惨い仕打ちをしてきた昔の主を怨んでいる。仮にマギーが勢力を持って、蛮族と戦う時が来たら、命令ひとつで喜んで殺してやるとも思っている。

 

 田園風景が見えてきた。農村だ。風車が回転している。ポレシャ市内にも風車があって発電しているらしい。市内を歩き回れば、トーチカやら防壁やらが備えられていて、軍隊は恐ろしい練度を誇っている。ポレシャ市ですら、千人の蛮族が攻めても落とせるとは思えない。自由都市を飽きずに攻めて、兵を死なせている族長たちは低能だと思う。とは言え、マギーは違う見方をしていた。波状攻撃による経済的土台と流通の破砕とか言ってた。過大評価し過ぎと思うが。

 

 田園の防備はそれほどでもないが、やはり壁は築かれている。土嚢も積まれているし、丸太の壁も多い。土嚢の壁は、百年だって持つ。丸太もだ。土嚢の袋が朽ちれば、土塁、土壁になる。一度作れば、ほぼ恒久的な防御設備だから、割が良い。古い村ほど、守りが固くなっている。

 

 ジーナ・E(エクルストン)がイオにリボンを巻いてくれた。「これで、出歩くのを許された奴隷と分かる筈です」

 奴隷イオは、奇声を上げて歓びに飛び跳ねた。「まあ、誰かしらと一緒に行動することをお勧めします」言ったジーナは、料理番リリーと一緒に農家に向かった。巻き毛のルーは、牛の柵に拠っていって、柵に肘を乗っけて、じっと見入ってる。動物が好きなようだ。可愛い。獣人の子を捕まえて食べた過去を、少し後悔する。

 

「でも、美味しかった」呟いて、舌をぺろりと舐めた。ここら辺、奴隷のイオはどうしたって受けた教育や育った環境の影響からは抜けられないと自覚している。ただ、相対的に小さくは出来る。それでも文明社会に馴染むには、時間が掛かるだろうが。

 改心して善良に――なんてのは、マギーも期待していないだろう。抑制して、役に立つ為に生かされている、と解釈している。それに内心、期待していないとしても、そう言う振りが出来る事は、少なくとも社会に迎合するつもりはあると解釈して貰えるかもしれない。邪悪な本性を隠して、善良な振りをするのは悪いことだろうか?

 それが利益の為であれ、恐怖の為であれ、本性のままに行動しなければ心底、改心したのと同じではないのか。イオはそんな風に思う。勿論、人によって価値観は異なっているとも承知している。

 

 それにしても日々が楽しい。気狂いスイッチが入りそうになる。素っ裸になって奇声を上げて踊り出したい。勿論、やらない。せっかくの自由な立場を失ってしまう。だから、想像して楽しむだけにする。

「せっかくだし、他の奴隷の人がどんな扱いをされているのか、文明社会とやらを見学させてもらいたいです」独り言ちながら歩き出すと、なぜか猫耳ココが付いてきた。スンスンとイオの匂いを嗅いで、胡散臭そうに睨んでくる。

「猫ちゃん、猫ちゃん」イオが呼び掛けると「なーごぉ」と応えてきたが、この猫が恐ろしい拳闘の達人なのをイオはよく知っている。爪を出せば、大抵の人間はずたずただろう。爪が折れたら痛いから、本人も滅多にやらないが。

 

 畑で中年男に鞭打たれている奴隷がいる。ひいひい言いながらバケツを運んでいた。

「惨めですねぇ」イオは呟いた。「なーごぉ」

「他人の不幸を見ると、自分が幸福だとしみじみ感じ取れます」「ゴロゴロ」

 その隣の畑でも、美少女に鞭打たれてる若者がいた。「す、すいません。お嬢さま」「駄目よ、お仕置きよ」言いながら、美少女に軽い鞭でペチンペチと尻を叩かれている。「こちらは幸せそうですね」イオは言った。「にゃあ」「プレイにしか見えません」「にゃー」

 

 農家の裏手で働いている若い下男もいる。疲れ切った眼で肥料を運んでいた。

「ああ、メッチャ楽しい。奴隷より惨めな自由民を見る程、この奴隷娘の哀れな虚栄心と惨めな優越感を満たしてくれる娯楽はありませんね」イオはそっと囁いた。

「にゃあーん」

「つい最近、気づいたけど、わたし性格悪かったみたいです」イオがココに言った。

「なぁーご」

「普通に喋れるの知ってます。報告しないでしょう?」とイオ。

「ゴロゴロ」

 

 買った林檎を齧りながら、村の彼方此方を楽しげに眺めてると「お、お嬢さん。何か用ですか?」下男の若者が話しかけてきた。

「へりくだらないでください。私めは奴隷娘で御座いますから」マギーを真似して、艶やかに微笑んで見せる。

「ど、奴隷。ですかい?」面食らったようだ。男の知る奴隷とはまるで違うのだろう。

「そんなに綺麗な服着て。爪も髪も手入れされてるのに。するってえと……」赤面した下男の若者。

「ああ、違います。愛玩用ではありません。主人は親切な女商人で可愛がってくれてるだけで御座いますとも」襤褸服を眺めながら、イオはそう囁いた。

 

「村には買い物で参りまして、同行者たちは今、取引をしている筈です。わたくしは、ただ、散歩を。幸い、自由行動を許されておりまして、小遣いも頂けたので」相手の惨めな服装を眺めて、反応を楽しむように無邪気に微笑んでいる。

「……はぁ」若者はただ呆けたように頷いている。

「お仕事、大変そうですね。なにをなさっているんですか?」イオはこてん、と可愛らしく首を傾げて尋ねかけた。

 

 

 

 ※※※※

 

 

 

 絹を裂くような甲高い悲鳴が響いてきた。農夫と取引中だったジーナ・E(エクルストン)は、声の持ち主が誰か、すぐに気づいた。

「イオだな。一体、なにが?」声の元に駆けつけると、若い男がイオを抱きしめていた。

「オラの、オラの嫁になってくれえ!」

「きゃああ!たす、助けて!マジで!ココ!っコッコぉ!」イオは鶏みたいな発音で猫耳を呼ぶが、ココは爆笑し過ぎて地面で痙攣していた。

 

「なにがあったか、分からんが」駆けつけた村人たちやジーナが男を引きはがした。

「お前、なんてことを!」壮年の村人が責め立てると、引き離された若く貧しい男は、恋の盲目と狂熱が引いたのか、青ざめていた。

 

 イオは、涙目で訴えた。

「ち、違う。若い男を揶揄い過ぎた」と弁明する。

「お前、こんな優しい娘さんを……」村人の勘違いが加速しそうになったが

「ちーがーうーの!」地団駄踏みながら、イオが訴えた。

「お洒落したの生まれて初めてだったから、少し調子に乗って、思わせぶりに振舞ったの!流石にいきなり抱き着かれるとは思わなかったけど。その人をあんまり責めないで!」説明する。

「にゃーん、にゃがー、なーご」猫耳ココがようやく立ち上がって身振り手振りを添えて何かを言い、駆けつけてきた徒弟トリスが「半分は、イオの自業自得だって」通訳する。トリスは居眠りしているルーを背負っていた。

 料理番リリーは、イオを抱きしめて男を睨んでいたが、今は戸惑ったようにジーナを見てきた。ジーナ・E(エクルストン)は首を振った。どうにも問題児が多い。マギーでなければ、一団を統率するのは難しいようだ。

 

 

 

 

 ――――――――

 

 

8月上旬_55802都市通貨

 

 鋼輪式銃《ホイールロック》 3丁

 

 驢馬 2匹 ネム イネー

 ペイロード 110キロ~

(※無理をさせない数字_人間も頑張れば、最大+60キロ)

 

 家 6メートル×9メートル 54㎡

 

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