サイト付き鋼輪式銃《ホイールロック》を一丁だけ調達できたので、トリスへと持たせた。サイトを付ける加工には、工房でもかなり手間暇が掛かるので、鋼輪式銃《ホイールロック》だけに限るべきとマギーは結論していた。
本来の17世紀産・鋼輪式銃《ホイールロック》は、即応性の高さからマスケットの時代を通して愛用者は絶えなかったものの、複雑な構造から故障が頻発し、結局は性能で劣るもののより廉価で量産しやすく、修繕しやすい燧石銃《フリントロック》へと主流の座を明け渡していた。しかし、産業革命期に匹敵する工業力や冶金を誇る自由都市ズールはルガリエ地区の工房であれば、発条《ぜんまい》仕掛けもかなり高度な代物を製作できる。不発が出にくく、信頼性が高いルガリエ製の鋼輪式銃《ホイールロック》を腕の立つ射手のトリスが用いれば、戦力的には少しだけマシになるだろう。所詮はマスケットで、やらないよりはマシな気休め程度だとしても。
商人団の武装の標準化には、どうしても制約が存在している。銃の分解整備や、弾薬の安定的な調達に弱みが出るのだ。とは言え、防具はいささかましである。いままで防弾繊維で編まれた高価な軍用コートを部下に支給していたマギーだが、戦闘要員が増えたのを機にプレート製のコンバットスーツに切り替えた。防御力はさほど変わらないが、嵩張って重たい。ダウングレードである。ただし、驢馬を二頭随行させているので、今までより一人当たり十キロほどは荷重量が減っていた。その分を重い装備に回せると判断したのだ。アラミド繊維は長期間、日光に晒されれば劣化する。コートの内側なので大分抑えられるが、いずれは交換しなければならない。セラミック製にするかとも考えたが、そちらは被弾するたびに取り換えなければならない。その点、メタルプレートはさほど劣化しない。
大型蟲由来の、絹に似た繊維のコートとコンバットスーツの二枚仕立て。ただし、絹に似て強靭だが、耐火性に不安があった。特に燃えやすい、と言うほどではないが。見た目はさほど変わらないそれらを、奴隷娘イオとよく組んでいるガルダ人の少女セシリアに与えた。軍用ヘルメットを付けるべきかもしれないが、足軽に似た、軽い鉄の帽子程度を買い揃える程度にしていた。予算との兼ね合いだけでなく、相手との伝手の強さや納入期間など考えると、ある程度、揃えやすいのがそこに落ち着いた。多分、弱装弾なら弾けるかもしれない。いや、誤魔化しか。もっと金を懸けるべきかと考えつつも、妥協してしまう。その癖、仲間が死ぬかもしれないと考えると、マギーは何時も気分が悪くなる。
「どうしても、手探りだよなぁ」愚痴を洩らしつつ、マギー団は、今日も今日とて討伐に赴いた。まあ、
野犬や巨大鼠、巨大蟻などは相手にならない。コヨーテもだ。凶暴な狼は少し恐ろしいが、そちらは引き受けずにプロに任せている。双眼鏡と足で地図を製作して、容易く勝てる相手を、一方的に叩ける場所の仕事のみを引き受ける。複数の候補から、マギーが請け負う形の依頼も少なくない。屍者にしろ、廃市街の街路を彷徨うのであれば、一方的に仕留められる。そして不思議なことに街路が開くと、時々だが、建物の内部から湧き出してくる。建物に籠られているよりは、日の光の下、見通しのいい街路で戦うほうがずっとやりやすい。仮に出てこなければ、それはそれで構わない。
廃市街やら、外地区やらにはそうやって屍者が巣食った建物が幾つか知られていて、無理に踏み込まないでも良い。近くを通り掛かった迂闊な愚か者が偶に喰われることもあり、犠牲者が立ち上がってふらふらと建物に戻っていき、新たな住人が増える事もあれば、湧き出してきた連中が街路を彷徨う事例もあって、広い場所に出てくれば、火器を持った経験豊富な狩人たちが負けようはずもない。嫌な奴らは、夜だけ建物に引き返していくのだが、街路を土嚢や木柵で封じておけば早々、愚か者や粗忽なものも襲われないし、棲み分けできるというものだ。
ともかく、ポレシャ市の基本的な戦略としては、第一に奪還コスト。第二に生み出される利益。一時的な利益よりも恒久的なものを重視する。そして第三に、雇われ者の損耗である。危険地帯を全て奪還するよりは、安全な街路を一本か、二本確保する方が費用対効果が高い。なので、一時的に廃墟から物資を漁って利益を出すより、街路を安全にして商人が恒常的に通れるようにする方が功績として評されるし、時々、
そう言う訳でポレシャ市はインフラの整った大きな町であり、また、広大な廃墟領域を抱えているにもかかわらず、有力な
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「なんか、家畜が喰われたとか。野犬がやけに暴れまわっているようです」
そんな噂を最初にトリスから聞かされたのは、確か、半年ほど前だったと思う。
まだ、冬の肌寒さが残っていた時期だった。飢えた野犬が農村の鶏や羊、牛や豚を襲ったり、ゴミ捨て場を荒らすのは左程《さほど》、珍しい話でもない。それでも数十匹の野犬に好き勝手に動き回られたら、旅人や農民も迂闊に街道を往来できなくなる。家禽の被害も洒落になるまいし、下手をすれば病気だって媒介する。壁の崩れた居留地なら、夜間の路地も危険となる。
中々に大きな群れだと、猟師たちが苦々しい顔で吐き捨てていた。旧駅前の広場を縄張りとして、数は八十匹以上にも及ぶそうだ。通りすがりの農民や牛飼い、行商を襲っている為、一部自治区では、既に流通に支障が出ているとも聞き及んでいた。それだけ大きな群れだと一匹当たりの賞金を懸けたり、プロの狩人たちを大勢雇うよりも、市に属する腕利きの一団を差し向けた方が安くつくはずだ。マギーもそろそろ出番だとは考えていた。
少女セシリアちゃんは貴族の付き人だ。群小の領主の亡国の姫についてきたとは言え、貴族の血縁なので馬に乗れた。 元傭兵のリジィも馬が好きで、休日に良く乗っている。この二人に地図と双眼鏡を持たせ、他に自由騎兵も雇い入れて、四人一組で偵察に向かわせた。
数は事前の報告通りにおよそ八十匹。以前に雇われた賞金稼ぎらも、仕事をしてなかった訳ではないらしい。マギーたちだけでは手が余るので、幾らか数合わせの浮浪傭兵や素人ハンターたちを雇い入れた。明確にランキングがある訳でもないが――あるには合っても、乱立するハンター・ギルドのどの指標を信頼すればいいか、部外者には分からない。なんなら、自分たちでギルドを設立して、「僕はAランクでしゅ。他の奴はモグリなのでやとわないでくだしゃい」なんて主張だって出来るのだ。
作戦としては単純極まった。五十人ほどで乗り込んで、アーキバスやら火縄銃、投げ槍、投石器にスリングショット。フレームガタガタの拳銃とエアライフル。ネイルガンに手製クロスボウなどあらゆる雑多な素人どもに混ざって、マギーたちも撃ちまくる。それだけだ。出入り口も封鎖しない。相手は獣の群れなら、単純な手でもいい。むしろ、単純な手の方がいい。今まで雇われた狩人連中が手をつかねていたのも、数が多くて逆襲が恐かったからだろう。
駅前に横列。ある程度の塊は維持しつつ、射程に入ってから発砲。野犬たちはばたばたと倒れていく。当たり前だ。纏まった数の人間が飛び道具を揃えていれば、中型の野生動物に何かできるはずもない。百匹近い犬と五十人からの人間。大変な騒ぎとなった。悲鳴を上げて逃げ回る野犬たち。興奮した農民兵が殻竿を持って追いかけ廻している。野犬に鵞鳥を喰われたらしい。怨み骨髄だ。マギーたちは纏まってマスケットを装填しては、狙い撃つ。走り回っているからあまり当たらないが、別に構わない。延々と発砲し続けながら、むしろ、警戒していたのは、他の怪物らの介入だが。見張りの騎兵らは、腕を振っている。異常なしだ。
広場のあちこちで野犬たちが泣き叫んでいた。腹に当たった野犬が、まろびでた腸に埋もれて、甲高く鳴き続けていた。足を弾き飛ばされた野犬が、舌を突き出しながら、地面に転がってハァハァと息をしている。
「人間様を舐めやがって!犬畜生が!」怒り狂う農民がこん棒を振り下ろした。無理に加わってきた一団だが、一番に暴れまわっていた。戦果は一番ではない。鼻歌を歌いながら、撃ち続ける傭兵たち。特に何も起きない。予想通りに野犬たちが逃げ出した。
野犬たちは散り散りにならず、ある程度、纏まった形で逃げだしていた。何匹かが先頭を走り、それに他が追随して、かなりまとまった状態で旧駅前広場から走り去っている。
「さて、縄張りを変えるかな?それとも人間の恐さを思い知ってまだ襲うかな?」マギーは、置き去りにした犬の数を数えながら、野犬たちの逃げ去った街路の彼方をじっと見据えてみた。今頃、野犬のリーダーは怒り狂っているだろうか。怯えているだろうか。どうでもいいことだ。兎も角、まずは予定通りに第一段階が終了した。
※※※※
三十七匹が脱落して、散り散りになった犬もいるから、残りは四十弱ほどだろうか。雇った自由騎兵たちには、戦いではなく、追尾を頼んでいた。廃墟の埋没する曠野を突き進む野犬の群れだが、途中で速度を落としつつも、群れは解散させず、一定方向へ進み続けているようだ。騎兵は速度の優越から、追いつこうと思えば追いつけるが、あえて接近しすぎず、追尾を続けていた。
「どこまで行くんだ、あの犬ども?」騎兵が呟いている中、野犬の群れは、別の廃墟ビルの中庭に落ち着いたようだ。騎兵が戻ってきて報告すると、マギーは地図を眺めながら頷き、ポレシャ市へと帰還した。さて、マギーは素人連中に日当を渡して解散させると、今度は猟師や狩人、銃士、それに若干のレンジャーたちも農村から借り受けて、三十人ほどの追跡隊を形成した。
街道上の連絡線や偵察ポイントを押さえて、騎兵らに野犬の移動を把握させつつ、仲間たちには一晩の休息と整備の時間を取らせ、第二部隊で出発する。普通に野犬の群れの巣食う廃墟に近づき、今度は数人の班で半包囲しつつ、射撃を始めた。野犬は察知していたのか、疲労していたのか。今度はやや素早く、逃げ出したが、マギーは殲滅にはこだわらずに打ち続けた。やはり十余匹ほどを仕留めると、ポレシャ市に十人を帰還させ、今度は二十人ほどに人数を絞って追跡を開始する。
昨日とは別の騎兵たちに野犬らを追尾させている。逃げ込んだのは近場の林の河辺。数は二十匹と少し。遠かったら一度、引き返す予定だが、近場なので歩いて強襲を仕掛けた。今度は用心深く、素早く逃げだされた。遠目にリーダー犬らしき、大きな犬がマギーを眺めていた。瞳がせせら笑っているようにも見える。まあ、いい。マギーは焦らない。
ポレシャ市に帰還し、二十人のうち、十人を入れ替えて、出発する。仲間も、猟師たちも入れ替えている。騎兵で同行は見張っている。二十匹という数、それ自体が野犬の弱点だ。街道を移動すればどうしたって目立つ。後は休んでいるところを追いかけ続ける。勿論、犬のスタミナは相当なものだ。長丁場になる。だから、猟師と村に属する狩人、レンジャーらを集めた。浮浪傭兵も、銃士も、流れの狩人も入れてない。
三日目に入り、四日目に入った。マギーは要員を交代させながら、地図を眺めている。ただ追跡し、襲撃を懸け、逃げられ続けている。夜も昼もなく、朝にも、深夜にも襲撃を懸けて、五度、六度も逃げられている。ランタンや松明を掲げていたから、当たり前だろう。リーダーらしき、黒毛の犬は、何度も此方を眺めて、嘲るように鳴いていた。マギーは自費でも多少の日当を出して、仲間たちに頭を下げていた。一人5地区通貨。飯代程度にしかならない。市からの手当てを含めても、足が出ているかも知れない。
五日目、六日目。二十人の男たちは――女たちも歩き続ける。時折、市の待機要員と交代し、夜通し歩き、地図を眺めて検討し、犬たちをひたすらに追い続けている。毛布で野営し、飯を腹に掻きこみ、代用珈琲を飲んで、起き上がる。余計なことは喋らない。騎兵らが戻ってきて、報告してくる。時折、見失う。そういう時はじっと待つ。連中が食事に動くのを――自然にはない贅沢な家畜の味を覚えた。リーダーは分かっていても、配下の犬は所詮、獣。抑えきれない筈だ。
八日を過ぎ、十日を越えた。十二日目に入る。マギーは少しだけ日当を増やしていた。八地区通貨。日に百六十が飛ぶ。稼ぎのいい行商団の頭でも、安い金額ではない。人間たちは追い続け、ポレシャ圏を東から西へ。北から南へと歩き回った。ある時は出し抜くように別の街道を駆け抜けて、農村の家禽を襲った。まるで見せつける様だ。
(どうだ!見たか‼人間!諦めろ!お前は弱い!俺の方が賢いぞ!)心の中で黒犬が嘲笑っていた。マギーは心の中で語り掛けた。(焦ってるな、お前)
(なに?!)黒犬は怒ったように睨んできた。
(いままでのお前なら、迂闊に村を襲わなかった。偵察してからだ。追い詰められているんだろう。腹が減り、疲労し、ずっと追われ続けている。恐いんだ)マギーは目を閉じたまま、架空の犬と脳裏で対話する。
(恐いだと!俺は風だ!誰にも、俺を捕まえる事は出来ない!誰にも!)犬の叫びが悲鳴のようにか細くなり、渦のように消え去った。
うつらうつらしていたマギーは、ハッと目を見開いた。焚火。天幕の下。宿営地だ。目の前にジーナ・
「今、久しぶりに苦難を楽しんでます」マギーは微笑んで、珈琲を受け取った。
仕掛けた襲撃の回数は、二十度は越えていた。全て空振りだったが、無意味ではなかった。絶対に勝てない、着実に追ってくる諦めない相手に延々と追われ続ける。
夜もなく、昼もなく、心の休まる間も。食事は細くなり、眠りは浅くなる。僅か十二日で、犬たちは痩せ始めていた。倒れた犬もいた。脱落した犬は殺したし、群れから逃げた犬はもう脅威ではない。或いは、あとで合流するかも知れないので、見かけたら殺したが。
十三日目。斥候の軽騎兵たちが戻ってきた。「廃トンネルだ。犬が……」マギーを見て、リジィはなにかを言い淀んでいた。「犬たちが……まるで」
十匹足らずになった痩せた犬たちがトンネルにいた。黒犬だけが入り口に待ち受けるように佇んでいた。じっとマギーを見ている。奇妙な話だが、マギーはその時、黒犬を殺したくないと思った。だが、殺さなければならない。人と人の家畜の血の味を覚えてしまった犬は、もう犬ではないからだ。だが、野生に人間の法のなんの意味があるだろうか。生きる為に必死だっただけではないのかとも思う。逡巡し、僅かにマギーが立ち止まった時、黒犬が甲高く遠吠えした。それから突如、牙を剥いて飛び掛かってくる。
マギーが押し倒されたが、すぐに半身を起こした。黒犬の腹は大型ナイフで深々と切り裂かれていた。ハッハッと荒い息を吐きながら、黒犬はマギーをじっと見ていたが、目を閉じる。マギーは、もう一本の大型ナイフを引き抜いて止めを刺した。
ジーナ・
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8月中旬_54431都市通貨
サイト付き、鋼輪式銃《ホイールロック》 1丁
鋼輪式銃《ホイールロック》 3丁
燧石銃 4丁
驢馬 2匹 ネム イネー
ペイロード 110キロ~
(※無理をさせない数字_人間も頑張れば、最大+60キロ)
家 6メートル×9メートル 54㎡