ポレシャ市_下層地区の駅舎の一角には、行商人向けの様々な依頼書が壁に張ってあった―――【プラスチックケース仕入れてきて】【羽毛布団が欲しい】【枕】【手回しミシン】【電気系統に関する技術書】【求む農業書】【電子部品】【ハンダ】【工具】【9ミリの弾薬】【医療品――抗生物質】
値段と依頼主の連絡先も記載されている。それらの保証を行う仲介人なんて仕事もあった。旅商人といい、冒険商人と言い換えてもいいかもしれない。基本的に需要は多いが、依頼を引き受けるものは少ないようだ。少なくとも、今は一人も見ていない。
近くの壁では、また別種の依頼が張られている。通常の力仕事や公共事業の人手。荷物持ち――それも地区内や市内のものから、近隣の農村や居留地。もっと北のツァリオ市や西のズール都への旅のお供の依頼もある。
面白そうなところでは、行商人への物資調達への依頼とはやや離れた対面。特殊な依頼が盛況だ。巨大蟲の尻の腺。薬にもなる毒腺やフェロモン腺、香水の材料の臭腺もあれば、巨大な蛾の鱗粉。強壮剤となる特定の魚の内臓に、谷の奥に咲いてる花弁。怪物の牙や爪。廃墟領域や森でごくまれに見つかる茸や苔、黴などの依頼も多かった。怪物ハンターや
依頼主は薬師に魔女に薬草師。普通の狩人や医者に学者。花売り娘に香水師までいる。ハンターや
今は九月。秋の初めだが、ハンター向けの依頼は季節によって内容が色々と変わるらしい。マギーには興味が無い――と言うか、面白そうではあるが、調べる時間も余裕もない。おのれの領分だけでも、調べるべき未知の知識や体験が幾らでもある。
マギーは旅商人向けの依頼の壁を歩きながら、値段が折り合い、相手が信頼できそうな依頼だけメモを取った。徒弟たち、トリスと猫耳ココが親方の背を追いながら、壁の張り紙を見ては、こそこそと話している。
ニナとジーナ・
駅舎には、五人でやってきた。全員がプレート付きの軍服に頑丈なコートを纏い、品質の良いマスケットを担いでいた。軍隊気取りの徒党だと見て、嫌ってくる者もいる。装備を均一に揃えて戦術を組めば、どうしたって軍隊に近づくものだ。
一方で、軍隊気取りの私兵集団には、その――得てして、数と武装を頼みに高圧的に振る舞う者も少なくない。どうしても武装集団に伴いがちな悪癖で、外見上は同類に見えるし、これは仕方ない。ただ、そう言う部類は入れないよう、今のところは慎重に仲間を選んでいた。万が一、団員を募集するような規模になっても、団の気風を作っておけば、妙なやつは弾きやすいだろう。
あとは特に戦闘員に対し、日常に帰す為の工夫を重ねる。普段から音楽や娯楽、友人との対話など良い形で社会に馴染ませておけば、長期戦闘のストレス後でも、人らしい日常生活に戻る為の力も強くなるだろう。普通の良き市民が一番、良い兵士となるのと同じ理屈だ。
「聖人君子も、乱暴者もいらない。一緒に仕事ができる、普通のまともな人間を集める。それでこそ、集団が曠野で長く生き延びるコツだと考えています」徒弟たちに語ると、トリスは頷き、猫耳ココは、にゃあーんと甘えるような声を出した。同感と言う事だろうか?
奴隷娘のイオや、家事手伝いの巻き毛のルー。暇な時に遊びに来る少女セリシアや最近、臨時でよく雇う旅人ローラは付いてきてない。今日は休みなので、驢馬に乗って遊んだりしているのだろう。料理番リリーは市民街区に出掛けているが、そう言えば、ルーはそのお供だった。ジョージアとのデートだそうが、お邪魔虫にならないだろうか。ともかく、ローラを雇ったのは正解でタスクに余裕が生まれていた。
駅舎を出て、近場の屋台で食べ物を買った。南から持ち込まれてきた米を使ったリゾット。近くのテーブルに座って三人で食べる。あまり美味しくない。コンソメスープに具材として合わないのではないか?それでも肉とチーズに香辛料の熱い塩味の湯漬けは、腹は膨れるし、不味くはない。
テーブルの上に並べた依頼表を眺めてみる。バットと野球ボールとグローブ、ビリヤードキューとボール。サッカーボール。ボール紙製のカードなど――並べて頷いた。いずれもマギーの伝手で仕入れやすく、相場よりやや高く値付けされており、万が一、売れなくて在庫となっても問題の無い依頼ばかりである。コンクリートブロックやらプラスチックケース、錫合金《ピューター》製の食器など鉄板の品々も求められている。特に錫合金《ピューター》製の食器やカップ、食事用ナイフやスプーン、フォークは、
「……食器類は、あまり扱ってないんですよね。まず、稼ぐに資材が確実だったから」言いながら考え込んだマギーだが、不意にクスクスと笑った。
「こうして依頼を並べていると、冒険商人にでもなったような気分です」
「冒険商人です?」「なごー」徒弟たちが尋ねてくる。
「冒険商人は、人々の求めてる品……例えば、疫病の薬とか、居留地を守るための武器弾薬。有名どころでは浄水装置を制御する電子チップ。古くは胡椒や絹。そうした貴重な品を曠野に探したり、時には交易ルートの開拓地図や情報そのものを依頼を受けて持ち帰る商人ですよ」説明しながら「これらの依頼は、駆け出しの冒険商人そのものです」マギーは懐かしそうに言った。
「……親方が駆けだしです?」トリスは不思議そうに首を傾げている。
「わたしだって、駆け出しの時代はありましたよ」扱うべき依頼の利益だけでなく、特に注意するべき情報など二、三の点を教えてから、マギーは考え込んだ。
現在、二人の徒弟。単眼のトリスと猫耳ココは、週に42居留地通貨の週給を受け取っている。月に168通貨。五十二週の計算で年に2000ほどである。賃金だけを見れば多いとは言えないが、寝床と食事、薪付きの生活なので金は貯まる。
それとは別に、徒弟トリスと猫耳ココには、自由都市から持ち帰ったシケモクやら、針金やらをほぼ仕入れ値で売っている。徒弟二人はそれで紙巻の再生煙草や針金を使った鼠取り。他にスポンジなど用いた簡易浄水装置など。安価な廃材やら雑材料から需要のある安物を作って稼いでいた。
「……大探検時代《エイジ・オブ・ディスカバリー》を知っていますか?15世紀から17世紀、帆船を用いた西欧諸国による探検と交易の時代です」例によって突然、妙な事を言いだした親方マギーに、トリスと猫耳ココは軽く戸惑ったように顔を見合わせ「本で読んで、名前だけは……」と返答した。
「多数の商業帆船が七つの海を駆けましたが、海軍と海賊、貿易は三位一体などとも揶揄されました。ゲーテのファウストだったかな?うろ覚えですが。兎に角、多数の船員が必要なのに、集まらない。なので、一部の船主や船長たちは、ある種の利益を持って、水夫たちを勧誘しました……私荷《ヴェンチャー》です」マギーは、徒弟たちを眺めた。
「私荷《ヴェンチャー》とはなんでしょうか?」と徒弟トリスが投げかけてきた。
「帆船は非常に高価な代物で、通常、一隻を仕立てるのに複数の出資者が金を出し合いました。船主たちの中には、自分が船長や上級船員を務めたり、或いは代理人を送って航海士や上級船員に任命した者もいました」マギーは説明を続けた。
「高級船員たちはアジアやラテンアメリカ、アフリカなど遠来の交易先を訪れた際、通常の交易とは別に、絹や金銀、宝石、それに香辛料などを仕入れました。これは私貿易権《プリヴィレッジ》と呼ばれて、船倉の一部などを私的な領域として保有する権利を持っていたのです。その割合は出資額に拠りますが……他にも、特に招かれた経験豊富な航海士などにも認められていたようです」マギーの話を、トリスも猫耳ココも、きちんと聞いてはいた。
「それとは別に船員や水夫たちにも給与とは別の小さな権利が認められることがありました。ベッド下の櫃から、小さな手荷物まで程度は様々ですが、自分のお金で現地の産物を仕入れて持ち帰って利益を出しました。私貿易権《プリヴィレッジ》と言うほど大仰なものではないが、私荷《プライベート・ヴェンチャー》です」
喉が渇いたのか、マギーが水筒を呷った。投機や冒険的企業の意味で使われる以前の古い英語――本来、15世紀以来の帆船航海による大探検時代《エイジ・オブ・ディスカバリー》の船乗りが用いていた意味合いの私荷《ヴェンチャー》である。
「二頭の驢馬を購入しました。師匠として君たちの努力に報いる為、ズールと往来する驢馬の積み荷のうち、おのおの五キロの重量を自己の裁量と勘定で好きに仕入れしてください」昔の船乗りと同じ、給与とは別の小さな権利を与えると告げた。
トリスと猫耳ココは、水夫たちたちと同じく、手荷物程度の荷を自分で仕入れ、売って利益を出さないといけない。いや、別に行使しなくてもマギーは怒らないが。
相談したトリスと猫耳ココは、取りあえずコンクリートブロックを買うそうだ。一つで5~10キロ。それでも確実に売れて、日当程度の利益にはなる。親方の仕入先に其の儘、依存する訳だが、マギーはいい選択肢だと思った。心理的な壁を一つ一つクリアしていけば、自信が付く。殆んどの人間はいきなり大仕事をやるよりも、少しずつの方が成長しやすいものだ。まあ、世の中には変な例外もいるのだが。
※※※※
マギーの敷地には、薪が三トン以上も積まれている。小さな火なら、3000時間をぶっ通しで焚いても持つ。125日。冬の四か月を持つ量だ。とは言え、人数も増えてきた。
昨年は節約気味だったが、冬でもドラム缶ストーブではなく竈で料理すれば、消費は倍にもなるだろう。まだ初秋だが、今のうちに性急だが火鉢も買っておきたいし、出来れば囲炉裏も作っておくべきか。薪自体ももう少し貯めておきたい。薪の保管場所も急ごしらえの屋根の下。分散させる以前に、もう少しまともな屋根付きの薪置き場が欲しい――が、まずは、母屋の改築の方が先だ。
「……足りないな」勿論、冬の間も、配給や優先割り当ての安価な薪も購入し続ける予定だ。だが、消費量がどれほどになるか、やや不透明なところがあった。今年は妙に薪が高いような気もする。それとも木こり団に足元、見られているのか?
最初の年は苦労したな。五十キロだか、それくらいしか薪もなかったような気がする。勿論、それだけで足りるはずもないが、簡易宿泊所に薪と食料を持ち込み、寝台を借りて、冬の寒さを耐え忍んだ。互いに薪を出し合い、小さな火を分け合って冬を越えた。部屋で誰かが火を焚いていれば、それで多少はマシになる。だから、僅かな火を数十人の泊り客で分け合っていた。奥の部屋ほど、贅沢に火を焚いていたし。
隊商時代は、どうだったかな。思い出そうとする。手配は団長と、会計のオリヴァーが全部、采配してくれていた。眼鏡の中年男、オリヴァーは万事に気の利く仲間だった。残された家族は、元気だろうか。
薪泥棒が出た。今、地面に転がって泣き喚いている。薄汚い襤褸服の男だ。どうにも冬の間に出た素早い影とは違う気がする。冬に見かけた灰色の影は、小柄で殆んど気配を悟らせなかった。あれほどの奴が紛れているとは世の中も案外、広い。マギーが恐れていた赤泥のジルカ――本物はてんで御粗末だったが。が、噂から想像していたような力量の主が現実にいて薪泥棒をしている。薪泥棒で良かった。マギーは笑った。
赤泥《ジルカ》や黒騎士《グレアム》を一蹴し、多分、知らぬうちに慢心しかけていた。ジルカなんて噂先行のまがい物とは訳が違った。あんな気配の薄い手練が現実にそこらに転がっている。気づけば、全身から冷や汗が噴き出していた。名も知らない、ただの薪泥棒の透明な殺気に、勝てる気がしなかった。よくて五分五分。奇妙におかしくなってクスクスと笑いつつ、マギーは気を引き締めなおした。普通にそこら辺にいる貧しい狩人でも多分、おのれより強い奴がいる。心底、本当によかったと思う。危うい勘違いするところだった。
戦場の伝説やら、凄腕の賞金首やら以前に、自分より強いかも知れない人間が、普通に市井に紛れている。口元を抑え、深く息を吸った。恐怖に強張った全身をほぐす。
目の前では、燧石銃《フリントロック》を手に奴隷のイオが笑顔を浮かべていた。まるで褒められるのを待っている犬のようだ。追憶を打ち切ったマギーは手を伸ばして、撫でてやった。「よーしよしよし、イオ。よくやりました。煙草ですか?お酒ですか?それとも綺麗な服?チョコレート?お金?欲しいものを言いなさい」
「うへぁー、もっとナデナデぇ~~♡」涎を垂らしている蛮族娘。「いっつもさぁ。殴られていたから褒められるの好きなんですぅ」
太腿に円弾がめり込んでいる薪泥棒の男が、脅えたような表情で目の前の二人組を眺めている。ちなみに別の徒弟トリスや猫耳ココ、用心棒リジィなどが剣や銃口を向けていた。
ナデナデを止めたマギーちゃんが、ボトルを取り出してしゃがみ込んだ。
「マーキュロクロム液……消毒液です。今から、これをぶっかける。足が壊死しないように。理解出来たら、頷きなさい。嫌なら、手当てはなし」何度も頷いた薪泥棒だが、次の瞬間に後悔した。
「うーむ、深いな」マギーは、ピンセットでぐりぐりと男の傷口を弄り、円弾を取り出そうとしている。
「いんやー!おかあちゃーん!」暴れる男だが、周囲の抑える力が強くて、駄目だった。
「ああ、男の子だろう。頑張れ、頑張れ」マギーがおざなりに勇気づけて上げた。
「そんなグリグリしたららめぇ。壊れちゃうぅ!」薪泥棒が泣き喚いた。
「汚い声で、変な台詞を吐くんじゃないよ。近所の人に誤解されてしまう。お、取れたぞ。ほら、元気なお子さんですよ」マスケットの鉛玉を男に見せてやる。
薪泥棒は激痛で答えられない。「止血と縫合の練習をしたい子。失敗しても許される機会です」マギーは男から目を逸らさず、そう宣告した。
再び、野太い悲鳴が上がった。ルーに呼ばれた自警団の面々がやってきた時、足に包帯を巻いた男が縄に縛られて転がっていたが、息も絶え絶えだった。
「……新参だ。最近やってきた奴。顔を見たことがある」自警団の一人が屈みこみながら「なんでお前。こんな砦みたいなところに盗みに入ったの?」薪泥棒に尋ねかけた。
「砦みたいだからぁ……貧乏人から取ったら、困るだろうし」
「……言い分は分からんでもない」言った自警団の若者が班長に睨まれていた。
「お、女ばかりと聞いて……薪の少しくらいと」薪泥棒の答えに、軽蔑の眼差しが向けられた。
「に、煮炊きする薪が欲しかったんだ。それに妹が風邪を引いていて……」薪泥棒は呻いた。
「妹がいるのは嘘ではない。どちらにしろ、よけいに馬鹿だが……」自警団のジークに「可愛い子ですか?」気になったらしいマギーが尋ねた。
「よく似た兄妹だったな」ジークの返答。薪泥棒は、四角い顔に太い眉。実直そうな顔立ちはしてるが、薪泥棒。人は見かけによらない。
「……薪は分けて上げます。それに風邪薬も。それはそれとして、お前は刑務所行き。初犯だし……初犯ですか?嘘ついても分かりますよ?」とマギーは脅しかけた。
「……初犯ですぅ」薪泥棒が呻いた。
「労働刑くらいが適当でしょう。わたしからも、情状酌量の余地があると伝えておきます。妹が本当に風邪ならね」
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