黄昏のガンダルヴァ   作:猫弾正

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02_02 悲喜交々

 リリーの嫌いなものをひとつ上げるとしたら、なんと言っても変異獣《ミュータント》である。リリーは農村に生まれた。下の子の面倒を見ながら、料理と家畜の世話をしていたが、畑で働いていた時に、でかい変異獣《ミュータント》に引っ掻かれて片目の視力を失ってしまった。くわえて婚約者だった幼馴染は、リリーの寝込んでいる間に別の娘へと鞍替えしやがった。悔しかったが、堪えきれずに村から逃げ出したのはリリーの方だった。故郷を飛び出して、色々あってポレシャへと転がり込んだ。今では、何処にでもいる渡り人(オーキー)だった。

 

 夏場など少し蒸すので、あまり眼帯を付けておきたくないが、好奇の眼で傷を見られるのは耐えられなかった。それでも最近はよく外している。故郷の村人みたいに同情や好奇の視線を向けてくることもない。ポレシャでは、リリーはその他大勢の一人なので却って目立つ。大きな居留地には、似たような傷跡を抱えている者たちがそこそこいるのだ。

 

 何処の居留地であっても、流れ者や新参者が暮らす場所は町はずれと相場が決まっている。地代が安くて、空きもある。代わりに四六時中、野生動物や怪物の侵入を警戒しなければならない。コヨーテにゾンビ、巨大蟻、そしてなにより変異獣《ミュータント》。時には追剥も出るし、人攫いらしい人影を見掛けることもある。

 

 いつ死ぬか、或いはもっと恐ろしい事になるか分からない日々を送るのは曠野の住人の常とは言え、だから、貧しい人々にとって防壁の内側の暮らしは夢であり希望でもあった。それでも、数多の居留地の中でポレシャはかなりマシな状況と言える。曠野に近い危険な場所でも瓦礫を積み上げたり、木柵を設置して多少のバリケードを築き上げれば、野犬やゾンビなども幾らかは防いでくれる。有力な市民階層である居住者から、町はずれの渡り人(オーキー)まで、不思議と親切なものが多い。リリーみたいな貧しい隻眼の娘にとっても、幾分か暮らしやすい土地だった。

 

 それでも時々は怪物が入り込んできて、居留地の民兵が助けに来るまで自力で頑張るしかない。そういう意味では居留地《ポレシャ》も自力救済が原則で誰もが武装しているが、人生で一度も棍棒を振るったこともない人もいれば、趣味の狩りや射撃から高じて狩人《ハンター》や賞金稼ぎに就職する人までいるので、武装の習熟度や道具の手入れは人によって千差万別だった。

 

 隣人のマギーは、少し威圧感を纏っている。初見のリリーは、てっきり傭兵か、賞金稼ぎの類かと勘違いしかけた。血の匂いが漂ってきたからだ。

 背負ったバットはテープでぐるぐる巻きにしてある。怪物の頭を本気で叩くと短期間で割れるからだろう。腕力自体はそれほどないと本人は主張してるが、八十キロの丸太を平然と担いでいるのを見たことがあった。

 体幹とバランスがいい。百八十を超える体躯で宙返りしてみせたし、百メートルを12秒で走り抜ける。一緒にいるニナ曰く、かなり大きな変異獣をナイフ一本で仕留めたこともあるそうだ。隣に座ってると、人懐こい熊と同じ檻に閉じ込められてるかのような圧迫感を覚えるのは、隻眼のリリーが圧倒的な弱者だからだろう。巨大蟻なんかと遭遇した時、マギーは睨みつけるでもなく恐れるでもなく、無機質な感情の伺えない目でじっと見据えながら淡々と処理してのける。とても恐い。マギーがその気になったら、リリーなんかあっという間に殺されてしまう気がする。

 

 しかし、外見の割に親切で善良な人間なのだ。マギーは。リリーが腰を痛めて困ってた時、代わりに水汲みしてくれたし、テーピングなんて施してくれて随分と楽になった。見知らぬうちはぶっきら棒で愛想はそれほど良くないが、面倒見はよいし、考えややることをきちんと説明してくれるのが有り難かった。恐さもあるが、好きな類の人間だ。媚びてる訳ではないとリリー自身は、思いたい。なんなら、マギーがもう少し弱ければよかったのにとは思ったりする。

 

 昨年の巨大蟻の襲撃で、町はずれを守っていた木柵はひどく損壊していた。

 修繕には大量の木材が必要で、取りあえずは町はずれの木柵と農地の囲いから修繕すると決まった。禍福は糾える縄の如しで、渡り人(オーキー)たちは木柵修繕の仕事にありつけた訳だが、日当は麦兌換紙幣にしておよそ2キロ。

 人ひとりが生きるのに必要な麦の量が、日に1ポンド。約450ℊと言われているから悪い賃金ではないのだが、此処から肉や野菜を買ったり薪や水に費やさなければならない。例えば、マギーならばニナを養っているので実際には2日分となる。別途、冬の為の蓄えも必要となるので、余裕はそれほどないと思った。

 

 冬は90日続く。必要な食料が二人分だと最低、麦90キロに宿代が30キロと薪代で麦30キロ。合計が百五十キロ分の紙幣が必要になる。

 春から秋まで270日の蓄えから、冬の備えで麦150キロ分を捻出しなければならない。日に麦2キロを日当として、休みなしで働けば、540-270で麦270キロの紙幣を主食以外に充てられる。しかし、3日に1日を休むと360-270キロ。90キロしか余裕がない。マギーたちは、それくらいの割合で休んでいるように見える。

 

 日当として麦2キロだと、養う家族がいる場合にはかなりギリギリとなる筈だ。もっと割のいい仕事を探すか、別途収入がなければ辛いと思うのだが、今、マギーはリリーと同じ木柵修繕の仕事に従事していた。

 大丈夫なのだろうかとも思うが、リリーも他人の心配をしている場合でもない。

 

 リリーは日当で小麦紙幣一キロ半を貰っていた。他人より少ないがその分、楽な仕事を廻してもらっている。待遇に不満はない。若い娘で隻眼。他の居留地だと仕事にありつけなかったり、そもそもが流れ者などまともに扱って貰えない居留地も多かった。もっとも、その頃は自分が渡り人(オーキー)に転落するとは想像もしてなかったが。

 

 食料三日分と聞くと多いように思えるが肉や野菜だって食べたいし、煮炊きの薪や皮膚病を防ぐために体を洗う石鹸も欲しい。なにより冬越えに蓄えもしなければならない。働けば食べていくことは出来るが、心配の種は尽きない。割のいい仕事も減ってきている。不景気だからか。

 

 正午をやや過ぎた頃に仕事が一段落して休憩となった。夜が危険な曠野の居留地では、日没までが人の領域で、夜は怯えながら過ごす事になる。なので仕事も夕方前には終わりを告げる。

 労働者たちは、やってきた家族とお茶や軽食を楽しんでいる。近くで待ち構えていたニナが飛んでくると、マギーにお茶を差し出している。マギーとニナはいつも楽しげにしている。それがリリーには、少し羨ましかった。

 

 水やお茶、コーヒーを飲みながら、取り留めのない夢を語っている者たちもいる。

「豚を買ってさ、増やして……」

「土地を買ったらさ。もう一度、畑をやるんだ」

 しかし、大抵の渡り人(オーキー)は、小さなあばら家を手に入れるか、天幕暮らしを出来れるようになればまだ上等な方なのだ。

 

 軽く体操したり、昼寝している者もいる中で、リリーは片隅の瓦礫に腰掛けて壁に貼られたチラシを眺めていた。

【人狩り共撃退の為に勇敢な義勇兵を求む。カ××居留地の傭兵隊長アンジョラ・レオーニまで】

【ヴァリス氏へ。わたしはクロス砦へ向かう。生きてたらそこで。交易商人のユローより】

【ビクトリア・フェレイロ。他の家族は無事です。このチラシを見たら、クイン居留地の十六夜亭に伝言を】

【トーズからウェンまでの街道筋に盗賊が出没。注意されたし】

【湖の傍に新しい居留地を作ろう!開拓団の参加者を募集!レ××……】

 個人宛のもの。仕事を募集するもの。知り合いとの伝言。逸れた家族を探すもの。悲喜交々の人生が壁に貼られていた。

 古いものもあれば、新しいものもある。風雨に掠れて文字の一部が消えかかっているチラシもあった。人狩りに襲われたという居留地は、今も存続しているだろうか。

 

 リリーとて一年後にはどうなっているか知れたものではない。隻眼を動かしてチラシを眺めていたリリーは、一枚の求人広告の上で視線を止めた。居留地の酒場の求人広告で二階で働く若い娘を募集している。娼婦であった。

 

 朱いドレスにはリリーだって目を引かれた。絹かも知れない。見せびらかしながら、酒場の姉やんは勧誘してきた。食料品店に酒場まで兼ねていて、二階には若い娘たちが働いている。女だてらに経営者は苦労もしてるだろうが、人懐こく近寄ってきて垂らし込もうとするのはいただけない。

 

 日当は麦兌換紙幣で二キロ。食事と寝床を支給してくれる。(……ひどい条件やん。相変わらず食い詰めた娘っ子を食い物にしとるわ)リリーはそう思いながら、手鏡で自分の顔を眺めてみた。片目を失う前は、モテなくもなかった。が、気は進まない。給料も安いし、先行きも不透明。堕ちれば食べていけるとは限らない。

 加えて居留地で一度、そう言う立場に陥ってしまったら、二度とは這い上がれない。あっけらかんとしている娘もいるけれど、リリーには我慢できない。他人から憐れみと蔑みの視線を向けられるのは、もう絶対に御免だった。

 

 しかし、半端仕事を続けても知識も技術も身につかない。資格やコネが手に入ることもない。なんとか食べていくことは出来る。冬越えをしても幾らか蓄えは残る程度に稼げる。それだけとも言えるし、悪くはないとも言える。気楽な独り暮らしで、家族もいない。養う必要もないが、誰も頼れない。徒党も組んでいないリリーは、大きな怪我か、病気をしたら一巻の終わりだった。

「追剥や匪賊が跳梁跋扈しとるんも分からんでもないなぁ」身体を売るよりは、獣になる心理の方が、リリーには理解できた。とは言え、ろくに武器の使い方も知らないリリーだから、追剥だって務まらないに違いない。

 物騒な呟きを洩らしたリリーの頬が、横合いからつつかれた。

「なあ?」驚いて振り返ると、ニナがお茶を片手にしゃがみ込んでいる。

「お茶を上げます」カップを差し出して来たので、礼を言って受け取った。

「おおきに」ここしばらくは、お茶もろくに飲んでない。甘い。暖かさがじんわりと体に染み入ってくる。有り難かった。

 

 ニナも壁の張り紙を眺めた。仕事の募集や注意喚起、尋ね人など様々なチラシを眺めつつ、リリーに問いかけた。

「盗賊に転職するの?」

「なんでや?世の中を憂いていたんやで?どちらか言うと、盗賊に苦しめられとった側だし」掌をひらひらさせながら、軽い口調のリリー。

 略奪者《レイダー》や奴隷商人《スレイバー》などの度重なる劫掠に耐えかね、集落から逃げ出す農民は珍しくはない。流れ者や渡り人(オーキー)の何割かは、そうした賊の犠牲者だろう。一方で、そうして食うに困った挙句が、流民に転落したり、匪賊、追剥に成り果てるのも別段、珍しい話でもなんでもない。

 

「うちの村もよう襲われたわ。逃げ出しはせんかったけど、そうやって世の中は廻ってるんや。資本主義と言う奴やな」曠野の未来を真に憂うる女なんやで、とお茶を啜りつつ、面白くもない諧謔を飛ばしてみる。

「ケインズにぶっ飛ばされますよ、あんた」ニナが突っ込みを入れた。

「け……けいんず?」リリーはぷるぷると震えながら、首を傾げてみた。

「……えぇ」とニナ。

「古典経済学の祖やね。実は男爵なんやで?」

「うーん、こいつ。ところで今日、夕ご飯を一緒に食べません?」

 ニナが話題を転じて、ご飯に誘ってきた。

「うちは、金ないで?」

「煮炊きの薪と麦を持ってくるだけでいいよ」

 薪を幾らか節約できるので、持ち寄って食事を作る者たちもいた。流れ者には、相互補助の仕組みを持った小さな徒党を組む者たちもいる。一方で性質の悪い集団などは、得てして他人や新参者を食い物とするので、他者との交流を嫌って少人数で固まったり、孤独を好む逸れ者も少なくない。

「あー、うん。じゃあ、ご相伴に預かるわ」リリーは少し悩んでから、承諾した。マギーとニナは、別にどこかの徒党にも加わっていない……筈だ。

 何処の土地でも人を食い物にする輩が絶えることはない。まあ、都市でもなければ、あまり聞かない話ではあるけれど。小さな居留地の徒党なら大丈夫だろう。

「夕方でええかな?」とリリーが言うと、ニナは朗らかに笑って頷き、マギーの処へと戻っていった。

 

 その日の仕事が終わって、乏しい麦と綺麗な水。それに薪を広場で買ったリリーは、マギーたちの塒へと向かった。足取りは重かった。肉も野菜も買えなかった。

「あああ……断ればよかった。でも、あの二人には世話んなってるし、あんま誘い断るんもなぁ」貧しい食事は恥ずかしいが、見栄を張って買っても明日から苦しくなるだけだ。

 ……貧しいのが恥ずかしいちゅう、うちの感覚は何処から来てるんやろ?

 働けば取りあえず食っていける村で先祖代々、培われたんやろか?

 ……うちの代で血が途絶えるのもなんか申し訳ないわ。

 えろうすんません。ご先祖様。ああー、もてるうちに結婚しとくんやった。

 いや、あの時、畑でぼうっとしとらんかったら。いや、あのカスはいずれ浮気しとったわ。性病でチ●コもげてまえー。

 ブツブツ言いながら、歩いているうちにマギーたちの暮らす路地裏までやってきた。そこにはニナが立っていた。

「……ちん?」ニナは、やや引いた眼差しでリリーを見ていた。

「ちゃうねん」

 

「さっきも酒場の募集広告を見ていたね」ニナは大胆に聞いてきた。

「あぁ……うん、まぁなぁ」リリーがぽつぽつと呟くと、ニナは抱き着いてきた。

 お、心配してくれとるんかな?ちょっと嬉しくなったリリーが頭を撫でたら、ニナは胸に顔を埋めながら囁いた。

「その時は……きっと買いに行くからね」

「なんでや」

 ペシっと頭を叩いた。

「……あうっ」ニナは頭を押さえて蹲った。

「なんや、君。女の子が好きなんか?マギーに言いつけたろ」

 リリーが言い返すとニナがへへ、と笑った。

「その言い方なら、ぎりぎりって訳でもなさそう」

 探ってきてたんか。ちょっと油断ならん娘さんやで、とリリーは思った。

 一緒にマギーの塒へと歩いていく。マギーは留守だった。木柵の弱い所で見張りについており、夕食前には帰ってくるとのことだ。昨年、居留地に入り込んできた巨大蟻を白兵戦で何匹となく仕留めたのは、噂としてリリーの耳にも入っていた。民兵たちにもマギーは頼りにされている。逆に言うと、いいように使われてもいるとニナはちょっと不平を漏らした。

 

 頑丈そうなバリケードをどかしてから塒へとお邪魔すると、路地の奥にこんもりした土の塊が鎮座していた。空き缶を繋げた管が上へと突き出ている。

 駆け寄ったニナが、腰を曲げながら恭しく両手で紹介してくれた。

「かまどが出来ました」

 

「材料は、粘土と土、砂に藁を混ぜて作りました。試作品だけど、薪を節約する効果は相当だよ」つらつらと説明してくれるニナ。

「なんや、自慢かー」リリーが言うと、自慢です、とニナは得意げに胸を逸らせた。

「古参の人たちは大抵、竈を持ってるからね。前から欲しくてネットで作り方を調べました!」ニナの言うように十年、二十年とポレシャで働いている労働者には、竈や箪笥などを揃えたり、天幕や小さなあばら家を構えている一家もちらほらと見かけられた。

 古参労働者たちが居を構えているのも防壁にかなり近い場所で、近所一帯がさらなるバリケードや防壁に守られている事も多い。町はずれの木柵に加えて、いわば二重の防壁となっている為、外縁部に比べれば段違いに安全な環境であった。

 

 他人を羨んでも仕方ない。兎も角も、良い代物を作った。ニナが得意満面なのも頷ける。

「三人分を一度に竈で作れば、多分、薪の量は6割くらいで済むと思います」とニナの説明に、少しびっくりするリリー。

「そんなに?」

「そんなに!まあ、使えるのは春と夏だけだけど」とニナが補足する。

「うん?」とリリー。

 頷いたニナが説明するところ、元より、寒冷な曠野において、焚火は暖房として用いられる。秋冬の寒候期には、暖房として必須だった。

「竈のデメリットとして、熱を逃さない代わりに暖房としては使えません。

 暖かさが周囲に放射されないので秋と冬はあまり役に立たないとネットで見た」

「ああ、なるほどー」

 ニナも、知識が正しいかは自信が無いと告げた。屋内と屋外では、暖房の条件も色々と異なっている。実際、運用して試行錯誤しないと分からない事も多々あるだろう。

 

「分からん事ばかりだけど、薪を節約できるのは間違いない。一度に茹でて、三等分しよう」ニナが言った。

 リリーは手元の食材の袋に目を落とした。

「あ、うちの麦は少ないし、具はなんもないんやけど」

「こまけえことはいんだよぅー」ニナは言いながら、鍋にお湯と麦、そして洗った野菜を入れた。肉は別途、味付けしてから載せるらしい。

 太い薪を数本重ねてから、上に細い枝を載せて火をつけると、竈の炎が大きく燃え上がった。野菜はざく切りだし、見るからに茹で過ぎだし、ニナの適当そうな味付けに、ええんかな?と度々、思うも、リリーは招かれた客として礼儀正しく沈黙を守った。

 

 肉が焼けたので、ニナが塩胡椒を振るう。

「とりゃあ」料理の掛け声としては何か間違ってるような気がしないでもない。

 

 お粥が出来上がった頃に丁度、マギーが帰還してきた。

「お帰り」味見をしては塩胡椒を振っているニナが嬉しそうに言った。

「あ、お邪魔してます」とリリー。

「ただいま。そして、いらっしゃい」マギーは優しく応じた。

 

 渡り人(オーキー)は、習慣として食器も服も全財産を持ち運んでいる。リリーもブリキの皿を差し出すと、麦粥を三等分して肉を載せた。リリーも、有り難く受け取った。

 木箱の上に布を敷いた椅子に座って、ゆっくりと食事を取った。

 湯気を立てている麦粥は素朴な料理だが、嫌いではない。他人と食事を取るのも久しぶりだが、一匙を口に含むと肉の脂が体に染み入ってくる。

「あー。人参、キャベツ……ウマ。なんの肉かな。これも旨い」リリーにとっては久しぶりの肉の味だった。

 こんなのでいいのかとも思ったニナの調理だったが、それなりに食べられる味だった。焼いて、茹でて、塩胡椒。基本は外してない。ブイヨンやらコンソメなんて他に調味料も手に入らない。

「お代わりもいいぞ」ニナが鍋とおたまをコンコンと鳴らしながら言ってくるので、リリーはおずおずとブリキの皿を差し出した。

 薪は、大きく余っている。普段の三分の一も使わなかっただろう。

 毎回これなら、生活も少しだけ楽になるんだけど、とリリーは思った。食費と薪が大きな支出だから、一割程度抑えられる。自分で竈を造るのも有りだろうか。

 粘土と藁屑、砂と土と言っていたか。素人工作に見えるが、作るのは結構、大変かも知れない。

 

「偶には本物のコーヒーを飲める身分になりたいねぇ」

 食後のコーヒーを味わいながら、マギーが呟いた。

「月一でいいからお風呂入れる身分になりたいンゴねぇ」とニナ。

「ンゴは止めなさい」マギーはピシャリと注意した。

「……ンゴぉ」

 インターネットの読み過ぎで変な影響を受けてるとやや苦い顔になるマギー。とは言え、色々と役に立っているので止めるに止められないという。

「お茶とコーヒーのどちらがいい?」窘められたニナは気にした様子もなく、ポットでお湯を沸かしている。渡り人(オーキー)の持ち物は大抵、食器に調理器具ひっくるめて持ち歩ける程度に収まっている。そんな流れ者に出来るささやかな贅沢と言えば、コーヒーか、お茶だった。

「あー、そんならコーヒーで」とリリー。

 タンポポっぽいコーヒーだが、幾らかの砂糖とミルクも入れてもらう。

「……うまぁ」暖かくて甘い。リリーは涙が出そうになる。

「これからも時々、一緒に食べよう」マギーが誘ってきた。

 マギーにとってもメリットはあるけど、いいんだろうか。

 でも、マギーたちも誰でもいい訳ではないだろう。多分。

 ちょっと思い詰めてたのは確かで、兎も角、リリーは掌で残った方の瞼を抑えた。

「あかん、胡椒が目に染みたわ」鼻声で、おおきに、と応えた。

 脳裏からは、酒場の二階の赤いドレスの事は消えうせていた。

 

 

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