黄昏のガンダルヴァ   作:猫弾正

55 / 64
02_03 斥候

 時刻は夕暮れに近い。あと一刻も経たないうちに陽が沈むだろう。多少の星明りはあっても、夜の曠野は怪物どもの領域だった。日没の前に居留地に帰りつきたいものだとマギーは思う。

 起伏のある地形で、少しだけ足を速める。数人の男女が背後をついてくる。乱雑な足音がひどく耳障りだった。ニナのように足音を抑えられるものなど一人もいない。同行者が五人は多すぎる。もっと人数を絞りたかったが、雇い主である議会の命令なので仕方ない。

 

 前方に微かな煙が見えた。予想通りの場所にいて斥候も置いてない。いや、置いているのだ。居留地の方角に。

 マギーが相手の上手をいって、賊の背後へと回り込んだだけだ。

 

「フォルジェさんとマカロヴァさんは此処で待ってて。周囲を見張っていてね」

 背後に振り返ってベレー帽のマカロヴァ老人に囁くと、頷きを返して来た。

 フォルジェは、若い女性で普段は元気いっぱいだが、今は緊張しているのか、かなり青ざめている。よくない兆候だとマギーは思った。射撃練習では抜群に上手いのだが、狩猟などでは何故か全然当てられないと悩んでいるらしいが、なるほど。ライフルを握りしめる手は、白くなるほどに力が入っていた。マカロヴァ老人はベテランの民兵で、時々は狩りにも出ている。出来ればついて来て欲しいが、そうなるとどうしても誰か頼りにならない2名を背後に残すことになる。隊長に任命されたマギーも一山幾らの渡り人(オーキー)に過ぎず、即席の偵察隊の面々とは付き合いも浅かった。命令を無視されて下手に暴走されたりしたら、一巻の終わりとなる。それを恐れている。

 

 残り三名なら、なんとか統制できるとマギーは踏んだ。「身を低く保って、いいね?」見回して念を押すと、うず高い地面に隠れながら先頭に立ってそっと進んだ。

 物陰からそっと様子を窺えば、いると想定した場所に敵影が見えた。見渡しの悪い、しかし、風は避けられる窪んだ土地で火を焚いている。数人の人影が屯していた。

 

 

 此処までは上手く運んだ。

(南から大きく太陽の沈む方角へと回り込んで、太陽を背に賊の背後を取った……さてここからだが)

 盛り上がった大地に背を預けて大きく息を吐いたマギーは、緊張に軽く唇を舐めた。ポレシャ周辺の起伏のある地形を、マギーは良く知っていた。少なくとも昨日今日から郊外に屯っている賊を出し抜ける程度には頭に入っている。そこも見込まれての新しい保安官たちの依頼だった。

 

 身を低くしたまま、マギーは借りた双眼鏡で相手の様子を窺った。間違いなくマギーの偵察隊よりも人数が多かった。

「……まだ、いる?」おずおずと声を掛けてきたのは、新しい保安官助手のエリス。

寡黙だったので、頼りになるかも分からなかったが、今のところは落ち着いた態度を見せていた。「いるね。七、八人」若い民兵ビアンカが囁いている。

「犬はなし、と。その他の鼻のいい怪物もいない」マギーが一々、口にするのは偵察内容を全員に共有させるためだ。

「居留地の様子を窺ってやがる。糞ったれめ」フードを被った渡り人(オーキー)の斥候アーサーが罵っていた。どうにも興奮しやすい性質のようだ。時には、味方が敵以上に危険になる事もある。やや要注意人物かも知れないと、マギーは脳裏にメモをした。

 

 二、三週間前からも、どうにも怪しげな連中が居留地の近くへと出没していた。露骨に姿を隠さなくなったのがここ十日ほど前からか。人攫いやら家畜泥棒やら、マギーの記憶に手配書で見かけた悪党どもがちらほらと見かけられた。

 速めに発見できたのは幸いだった。さて、奇襲を掛けるべきか。

「どうにも、保安官が亡くなったのもバレてるみたい」保安官助手のエリスが蹲りながら呟いた。

 太陽が大地に沈んでも、しばらくの間は空も明るい。此処で今少し様子を窺うか、それとも退却するか。慎重に考えながら、マギーはじっと敵を観察した。

「背後を取った。今なら不意を打てる」渡り人(オーキー)の斥候アーサーが低い声で囁いた。

 相手の方がやや人数が多いが、何人か倒せば追い散らせるだろう。居留地の入り口付近に民兵たちも待機している。しばらく粘れば、挟撃できるはずだが。

 一目見た時から、危機感がピリピリと背筋を刺激していた。改めて熱心に敵を観察し「駄目」マギーは一言のうちに退けるも、渡り人(オーキー)の斥候アーサーは納得いかない様子でマスケット銃を構えようとしていた。

「仕掛けるべきだ。居留地の入り口にも民兵隊が待機してる。今なら挟撃できる」

「リーダーは私だよ、任務は斥候」マギーは言い張ったが「待って。今なら、連中油断してる」功を焦っているのか、ビアンカまで奇襲に賛同し始めた。

 一応、リーダーに任命されてはいるが、雇われのマギーは立場が強くない。正規の軍隊ほどに命令系統はしっかりしていない。しかし、頑固に首を横に振るう。

「……連中の人数は確認した。引き上げるよ」

「マギーさん。なんとかならん?」ビアンカはどうにも食い下がってくる。

「どうにもこうにも。かなり凶悪な武装をしてる」

 

「あいつの拳銃分かる?」マギーは右端の悪漢を指さした。

「リボルバーだな。あれがどうした?」応えたのは渡り人(オーキー)の斥候アーサーだった。

「ブッブー。あれは散弾銃です。単発式。至近で喰らったら即死です」

「うげぇ。おっかねえな」と渡り人(オーキー)の斥候。

「でも、単発だよね?」若い民兵のビアンカが粘る。どうにも好戦的な奴だとマギーは内心、舌打ちするも説得を続けた。

「その横の髭が持ってるのも、ペッパーボックスピストルに似てるけど、あれも散弾銃」マギーは淡々と説明した。距離は五十メートル以上。周囲も暗くなっているが、見つかるかも知れないと内心、ドキドキしている。悪漢連中は呑気に何かを話していて、此方を向いている者はいない様子だった。

 ついで、真ん中の奴の武器をマギーは説明する。

「のっぽの吊るしてる横マガジンのあれ。ガウス24式マシンガン。カフカ」年少の保安官助手エリスだけが知ってるのか。静かに息を呑んだ。

「ガウス工房が作ってる壊れにくくて凶悪なマシンガン。フルオートだと30発を2秒で撃ち尽くす」

 マギーは性能を説明するが、渡り人(オーキー)も、若い民兵も、どうにも興味なさそうなので、補足した。

「カフカって通称は、相手の手足をズタズタに切り裂くから。ある日のグレゴール・ザムザのようにベッドから動けなくなる」

「……ゾッとしないかな」渡り人(オーキー)の斥候アーサーがやっと理解したようにうなずいた。

「最低でも、三人がカフカを装備してる」とマギーの言葉に民兵のビアンカは沈黙する。

「アーマーウルフでも狩る心算か」渡り人(オーキー)の斥候が苦々しく吐き捨てた。

 

「引き上げる。斥候の任務は果たした」

 かなり強めにマギーは告げた。相手の優勢をはっきり説明していた為か、約一名は渋々だが、全員が遅疑なく従った。

 其の儘、そっと後退すると、後衛の二人と合流した。纏まってから起伏の多い地形の稜線に沿って引き上げる。行きと同じく帰りも大回りして、居留地へと戻った時には既に日は沈んでいた。

 曠野から、防壁上で炎が焚かれている箇所へと音もなく接近すると、見張りが伏せている場所辺りにそっとを合図で口笛を吹いた。しばらくして降ろされた縄梯子を昇って壁の内側へと降りると、焼けただれた保安官事務所の跡地を通り過ぎ、すぐに議事堂へと直行。

 

 作戦会議室になってる大部屋に入ると、斥候たちはすぐに報告を求められた。

「連中のいる位置と人数、武装は……」

 隊長のマギーが代表して悪漢の位置と人数、武装などの詳細を報告すると、部屋にいた参議やら副保安官たちが何かを囁きあい、書記が忙しくペンを動かした。

「報告は以上……それと」マギーは少し躊躇ったが、部屋にいる参議たちが注目してきたので言葉を続けた。

「手配書で見た顔が何人かいました。かなり凶悪な連中です。旅商人していた頃、耳にした噂ですが……」知っている限りに連中のやり口を説明する。集団で襲って、手始めに二、三人ぶち殺してから、残りを搔っ攫うタイプの人攫い。民兵の集団でも真正面からやりあったら危ういと最後に私見を付け加えた。

 

「いい仕事をしてくれました、マギー。わたしたちは満足しています」

 参議の一人で品のある老婦人が言うと、「報酬を」と、居留地の金庫番が報酬を出して来た。

 居留地《ポレシャ》の発行する麦紙幣が二十枚ほど。日当でおよそ十日分。命懸けの仕事にしては安かったが、文句は言えない。

(今のわたしの価値など、こんなものか)マギーは思いながら、麦紙幣を丸めてジャケットの胸ポケットへと入れた。

 防壁を守る傭兵たちなどに契約外の斥候を依頼すれば、もっと高くつく。

 狂猛な盗賊団への偵察任務など本来、居留地紙幣で払って済む仕事ではないが、偶々に冒険商人の部下だったマギーがいて、この間の蟻の襲撃で手腕も確認していた。逆に、マギーにとっては、過去を知る相手がいたことがやや不運だったかもしれない。

 

 それぞれに報酬を受け取って斥候らが退室すると、室内で議論が始まったようだ。扉が閉まり際、室内から声が漏れてきた。「……彼女は、慎重だな」との発言に揶揄するような響きを感じたのは、マギーが過敏になっていたからか。

 廊下に立っていても、室内の議論が少しだけ聞こえてきて、気疲れしていたマギーは顔を顰めた。

「信頼されてるね、マギーは」扉の前にいた顔見知りの副保安官が苦笑していた。

「……勘弁してよ。今回だけだからね」掌で顔を拭《ぬぐ》いながら、マギーは釘を刺した。

 昔のマギーは、名の知れた冒険商人の部下として何度か同様の斥候任務をこなした事があったが、何度やっても命懸けである事に変わりはない。

「分かってる。ただ、今は手が足りないんだ」副保安官キャシディが嘆いている。

「……私は猫の手か」古い日本語を引用してマギーは苦笑した。

 歴戦の保安官が居なくなって、居留地には上手く作戦を立てられる人材も払底した。大きめの居留地と言っても、ひと昔前の統計で人口は公称三百かそこら。流れ者を合わせても五百とちょっと。今は、何人かの保安官助手を副保安官に昇進させて凌いでいるが、まだまだ経験も知識も足りておらず、居住者たちからも頼りないと見做されている。

 

「前の斥候も年を取って引退するか、この間の騒動で逃げちゃって……新しい斥候も見つからないし」壁に寄り掛かりながら、副保安官キャシディが愚痴っている。

 副保安官の困ったような視線に、マギーは首を横に振った。

「……フォルジェさんは、のんびり屋。ビアンカちゃんは無鉄砲でそもそも斥候に向いてない」

「二人とも使い物にならない、と。了解」副保安官が肩を竦めた。

 一応の志願者だが、マギーの点数は辛い。農村で一生を過ごした中世農民のように、居留地と周辺から離れることなく生涯を過ごす居住者も多い。曠野を旅してきた流れ者の方が、まだ適正は高いだろう。

 

「狩人の二人組は?」マギーが尋ねた。

「条件がちょっと折り合わない。財政が厳しくてね」

 議会は何人かの狩人《ハンター》と交渉しているようだが、今のところ、斥候を引き受けてくれそうな相手はいなかった。

 近隣の小さな村落や廃墟に暮らす人々を雇ったらどうかとも思ったが、ポレシャに対して隔意を持ってる村もあり、友好的な集落に対しては技能を持っている心当たりを失うリスクも犯させたくないらしい。

「それで流れ者かあ」マギーも、どうしても苦い笑みが浮かんでしまう。

「すまんね。今回の件が終わったら、これきりにして貰うから」副保安官が宥めるように言うも、何処まで信じられるか分からない。マギーも唇を噛んで頷いた。

 

 悪漢どもの出没は、これだけではない。連中は専業のならず者で装備も侮れないが、それでも、まだ曠野の悪党ではマシな部類だった。数人の家畜泥棒や人攫いどもで済むうちに対処しなければ、街道に野盗《バンディット》や人狩り(マンハンター)が出没しかねなかった。防衛力が露骨に落ちたと噂が広がれば、最悪、凶悪な略奪者《レイダー》の徒党さえ居留地を狙ってきかねない。かと言って、居留地の出せる金額にも限りがあった。見切りを付けて逃げ出した渡り人(オーキー)や流れ者もいる。居留地《ポレシャ》にとっても苦しい局面なのだろうが、とは言え、マギーとて、あまり良いようには使われるのは御免だった。

 

 議事堂を出たマギーは、出入り口の庇の下で夜風を避けながら、背を丸めて煙草を取り出した。

 敵の火力に尻込みしたと思われたかもしれないが、自らの判断が間違っているとも思わなかった。相手は賞金首。専業のならず者たちは、やはり素人強盗とは違う。

 震える手で煙草を咥えた。火を付ける前に目を強く閉じる。

 居留地も何時滅びるか分からない。だが、それは他の居留地も同じで、何処に行っても争いに巻き込まれる。平和と安寧が欲しかった。さもなくば、何物にも脅かされないだけの力を得るしかないのだろうか。

 

 マギーは、疲れた足を引きずって町はずれの塒へと向かった。街中でも、時折、入り込んだ野犬や巨大鼠が人や家畜を襲うことがある。注意力が落ちているのは自覚していたが、集中力も限られている。それでも曲がり角などは注意しつつ、疲れ切って塒へと戻った。ニナがバリケードを開いて、迎え入れてくれる。

 マギーの冷え切った手を掴み、抱きしめてくる。これで、また、しばらくの間は生きる気力が湧いてきた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。