黄昏のガンダルヴァ   作:猫弾正

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02_06 暁の決斗

 居留地を出発してからおよそ一時間と二十分。一定の歩調を保ち続けていたので、地図上での現在地を割り出すことは難しくなかった。赤茶けた大地にごつごつした岩肌が不規則に隆起している。聳え立つような岩山に遮られて、見通しが良くない。西の丘陵地帯は、起伏が所々で歪に盛り上がって天然の迷路を作り出していた。

 

 早朝の太陽はいまだ東の稜線に留まっていた。投げかけられる白い曙光に影は薄く長く伸びており、左右から迫るような谷の影や岩陰が薄暗く四方を覆っている。

「マギー、遅れている」キャシディが囁いた。

「分かっている。いや、殆んど予定通りの速度を維持しているが」コンパスと地図、そして時計を眺めてマギーは現在位置を確認しながら言い返した。

「予定通りの進路と位置だよ、キャシディ」

「だが、A分隊が見えなくなった」低く告げたキャシディの声は、僅かに焦燥を滲ませていた。

 

「……偵察してくる。マカロヴァさんだけついてきて」マギーが言うと、キャシディは頷いた。

「五分の小休止」キャシディ分隊長の号令で民兵たちが足を止める。

 マギーは、マカロヴァ老人を連れて土手を昇り始めた。稜線のいただき近くでしゃがみ込むと、腹ばいの姿勢を維持しながら双眼鏡を取り出した。

 辺りの光景を一通り見回した。なにもない。動くもの、怪しいものは影ひとつ、見つけられなかった。

 マギーが双眼鏡に神経を集中している間、マカロヴァ老人は古いライフル片手に周囲を警戒している。敵の斥候や狙撃手はいない。変異獣《ミュータント》や野生動物の類なども見当たらない。

 それはいいことだ。だが、A分隊まで見当たらない。

「爺さん、A分隊は見える?」低い声で尋ねると「見えないな」と答えが返ってきた。逸れたとか道に迷った風じゃない。途中までは足跡を確認できたし、やけにペースが速いな、ともマギーは懸念を抱きもしたのだ。間違いなく、A分隊は意図的に先行していた。

(どういうことだよ!?馬鹿なんじゃないの!?)マギーは思わず、心中で口汚く罵った。額の汗を拭ってから、マギーは後退りして稜線から後退。立ち上がると本隊のところまで駆け戻った。

 

「A分隊は?」戻ったマギーに喰いつくようにキャシディ副保安官が不安そうに報告を求めてきた。

「見当たらない」端的に告げたマギーは、絶句したキャシディを見て、見解を付け加えた。

「多分、先行されてる」本来、斥候の任務は事実だけを報告するべきだが、互いに作戦内容と状況を把握しているチームの一員として意見を述べる。

「なにを考えている……競争してるんじゃないんだぞ」キャシディが当惑を隠し切れずに、小さく舌打ちした。冷静な性格をしているエリスをA分隊につけたのだが、小娘ではチェスターは牽制できないようだ。

 連携してことに当たる筈のA分隊が独断専行している。キャシディは動揺しているように見えたが、他の隊員を不安にさせないためか。やり取りは小声に抑えようとしていた。

「よしんば先行されても、A分隊だけでも無法者を数と戦力で上回っている。易々と負けはしない」マギーがそう宥めてると、水筒を傾けていたマカロヴァ爺さんが口を挟んできた。

「手柄を焦るようなタイプなのかい?ああ、あちらの分隊長だが」

「チェスターさんか。民兵の古参とは聞いてるが……」キャシディ副保安官は言い淀んだ。生前の保安官はあまり高く評価していなかった。そして居留地の住人も全員が顔見知りと言う訳でもない。事務的なやり取りをしたことはあっても、キャシディはチェスターの能力も性格も知らないようだ。

 

「……予定通りに進もう」首を振りつつも、キャシディはB分隊に移動を命じた。A分隊に合わせて急ぐという選択もないではないが、マギーも、マカロヴァ爺さんも気が進まない。ポレシャ西の丘陵地帯の視界は、開けてはいない。敵意に満ちた無法者だけでなく、変異獣《ミュータント》や野生生物との遭遇にも注意する必要があった。勿論、遭遇と言っても通常は日に一度か、二度。遠来に見かける程度ではあるが廃墟や丘陵地帯のような入り組んだ地形においては、唐突に至近で鉢合わせすることもある。

 

「じゃあ、行くかね」マギーと入れ替わりで、マカロヴァ老人が先頭に立った。

 キャシディは、常に斥候を先頭にしている。旅慣れたマギーと度々、狩猟に出ているマカロヴァ老人は、詳細な地図を作製し、裏道まで把握している。キャシディ含めて、他の隊員は西の丘陵地帯に疎かった。

 

 曠野での移動は、とかく気が抜けない。居留地の外では雑食性の野犬や巨大鼠は何処にだってうろついているし、コヨーテや狼。或いは、変異獣《ミュータント》や巨大蠍、ゾンビの群れなど危険な怪物と遭遇することもある。一見すると害の無さそうな旅人や乞食、放浪者だって此方を組み易しと見るや強盗に早変わりすることもあれば、気づかないうちに追尾してきたゾンビの群れが気を抜いた瞬間に襲い掛かってくるなんて事も起こる。居留地から目と鼻の先の距離でも、気を抜けば命を落とす者もいる。

 

 なので居留地の住人は、大半が一生を生まれた居留地から離れないで暮らす。精々が隣の居留地や一番近い都市へと出掛けたり、或いは郊外の農地や牧草地と往来するくらいだ。好き好んで曠野を歩き回るような変わり者や、旅から旅への渡り人(オーキー)などであれば、怪物への対処法や危険を避ける為の手練手管にも長けていようが、それでも斥候が務まるだけのものはやはり少ない。

 

「道程の五分の二を解消した。皆、体力を温存するようにペースを守って。水分は一口ずつ取る。戦闘前には、飴かチョコ、キャラメルを舐めると集中力を高めてくれる。生き残りやすくなるよ」そのマギーは、皆の調子を観察しながら細々と注意することで同行する民兵たちの緊張と不安を出来るだけ取り除こうとしていた。

 

 実際には、西の丘陵地帯に生息しているのは巨大鼠や野犬、コヨーテと言った野生動物が大半で、しかも、兎や野鼠がかなり豊富に棲息しているので人間の集団に襲い掛かってくる可能性はかなり低かった。

 

 斥候や狩人にとっては比較的、安全で歩き慣れた土地も、しかし、曠野に慣れない居留地の住人にとっては神経を削る外界に変わりはない。分隊員たちの様子見をしながら、小まめに声を掛けることでマギーはフォローに廻っていた。

「助かる」横に並んだキャシディが歩きながら言った。隊員たちが精神的な余力を持つことは、いざという時にマギーの生存確率も上げてくれる。とは言え、此処で礼を言ってくるから、マギーも副保安官の力になってもいいと思える。

「……キャシディも貧乏くじだね」

「まあ、誰かがやるしかないよ」キャシディは、自分を励ますようにそんな言葉を繰り返している。前途多難だ、とマギーは肩を竦めた。

 

 

 巻き上げ式の強力なクロスボウは、ただの一撃でも充分に致命的な威力を持っている。にもかかわらず、ボルトで針鼠のようにした賊に歩み寄ったチェスターは、軽蔑も露わに死体を軽く蹴ってから、その懐へと手を突っ込んだ。

「ゴミ、ゴミ、ゴミ……これもゴミ」音もなく二人の見張りを片付けたチェスターは、取り出した紙幣や写真、メモの類を一瞥するや地面へと投げ捨てていた。

 賊が若い女に子供と一緒に移った写真など、唾を吐きかけたほどだ。

 さらには賊の荷物を漁り、地図。粗末な手書きの地図を取り出した。

 見張りの位置に本隊の場所が小さく記されている地図を確かめると、機嫌良さそうに掠れた鼻歌を歌いながらチェスターは獰猛な笑顔を浮かべた。

「お前らの報告した位置は、間違いなさそうだな。ん」

 傍らのフードの斥候に頷きかけながら、立ち上がる。

「残りのカス共もさっさと片付けるぞ」

 しかし、フードの斥候が首を横に振った。

「……人数が少し多い。B分隊を待った方がいい」

「なにをやってるんだ。連中は」チェスターは、呆れたように吐き捨てる。

 

 チェスターたちから少し離れた場所で、民兵のフォルジェが座り込んでいた。

「あの渡り人(オーキー)の斥候。意外とやるね」防壁からあまり出ない市民にとって、斥候や道先案内人は曠野での命綱であるから、多かれ少なかれ誰もが斥候に興味津々ではあった。

「フードの怪しい奴。議長が突然にねじ込んできたとキャシディさんが愚痴ってた」

 保安官助手のエリスは、周囲に視線を走らせながら呟きを返した。

「マギーとマカロヴァ爺さんが二人ともあちらだから正直、まずいかもってビビってたよ」これなら生きて帰れそうだと、フォルジェは機嫌良さそうに喋っていた。

 

 ポレシャの自警団は基本的に志願制で、個人が希望すれば属する隊と指揮官を決められる伝統が根強い。命令出来ないでもないがマカロヴァ老人は頑固そうだし、キャシディが手元からマギーを外すのは考えられない。そこそこ使える斥候は他にもいるのだが、ならず者との戦闘に不参加を決め込んでいる。防衛戦以外では自由参加なのが、ポレシャ民会の決まり事で、また居留民の権利でもあった。

 

 気楽そうなフォルジェを眺めたエリスは一瞬、口籠った後に曖昧に首を振るった。

「見張りの位置はマギーの報告。最短経路はマカロヴァ爺さんの地図からの情報。上手く使ったことは確かだけど……味方を待つべき」エリスがぼやきつつも言うと、近くにいた古参の民兵が口を挟んできた。

「チェスターさんは、手練だし、怪物と戦った経験も豊富だ。心配することはないさ」そう告げた民兵は、にやりと笑ってチェスターに話しかける。

「それで、隊長。B分隊(のろまども)を待つんですか?」

 ほんの百メートルほど先の人攫いどもをうつ伏せ姿勢で監視していたチェスターが鼻で笑った。

「しばらく待機だ。あまり遅いようなら、俺たちだけで片付けちまうのもいいがな」

 豪語したチェスターだが、A分隊の忍耐はそれほど待つ必要もなく報われた。 

 街道の西から、隊列が近づいてくるのが見えた。

「隊長、馬車です。出稼ぎ労働者の一団か?女子供に老人も混ざってる」双眼鏡を除きながら古参兵が報告する。

「人さらいどもが動き出した」フードの斥候が呟いた。

 チェスターは音高く舌打ちした。

 人さらいどもの伏兵は、素早く、そして効率的だった。

 所定の位置に付くや伏せながら、素早くクロスボウを斉射。先頭に立っていた男が倒れるのを皮切りに、目立つ武装の護衛たち数人を打ち倒し、マシンガンの強力な制圧力で混乱している残余の者たちたちを恫喝する。

「動くなぁッ!」

 人攫いどもは総がかりで哀れな渡り人《オーキー》たちの馬車列を圧倒し、包囲しつつある。

 だが、逆に見ればこれは人攫いたちを奇襲する大きな好機だった。チェスターは獰猛に笑い、命令した。

「助けに出るぞ!今なら奴らの後背を付ける!」

 

 

 丘陵の彼方から続けざまの銃声が響いてきた瞬間に、キャシディは奇襲作戦の破綻を悟ったに違いない。小さく舌打ちすると、素早くマギーを呼んだ。

「どう思う?」

 A分隊が何故、先行したのか?どうして後続を待たずに戦闘を始めたのか?

「予定より随分と早くおっぱじめた」答えたマギーも、脳内は混乱していたが奇襲が潰えたのだけは理解できた。

 

 軽い音を立てて連続する銃声は、カフカとあだ名される狂暴なマシンガンの発砲音に酷似している。マギーの知る範囲では、ポレシャの民兵に弾薬の消耗が激しいそのマシンガンを装備している者はいない筈だ。カフカに用いられる7.62ミリ弾を安定供給できるルートを持っていないからだが、しかし、応射するように響いてきた発砲音の一部は、民兵や保安官助手たちが好むM1ガーランドやリー・エンフィールドなどに違いない。

 

 B分隊は足を止めていた。数人は周囲を警戒し、残りはキャシディに視線を集中させている。マカロヴァ爺さんが稜線に昇って周囲の様子を探っていたが、すぐに降りてきた。

「方角は北。距離は推定八百メートルから千メートル」

 音の反響があるので正確とは言い難いが、キャシディにも二人の斥候にも、他に心当たりはなかった。

 マギーが地図を覗き込んだ

「進路を変えて、戦場へ直進するか。それとも、予定通りの進路を進むか……」

「この状況で、伏兵はない。最速で合流を目指す」

 マギーが頷いた。

「二十分。急ぎ足なら十五分で到着する」

 現状、道程のおよそ三分の二を解消している。大回りしていたのは賊の見張りや犬を避ける為であったが、戦闘が始まった現状で予定に拘る意味は薄い。

 丘陵を縦断するので幾らか足を取られるが、手元にはマギーとマカロヴァ老人の詳細な地図があった。

「先走った馬鹿者どもと合流しよう。もう片付けてるかもしれないが」キャシディはつまらなそうに吐き捨てた。

 

 

 作戦が必ずしも上手く運ぶものではないにしても、その日のA分隊は徹底的に運に見放されていた。

 倒れているエリスをフォルジェは必死に馬車の影へと引っ張った。

 エリスは白目を剥き、ぷひー、ぷくー、と血の泡と共に耳障りな呼吸を繰り返していた。保安官助手の口の端からは、ぶくぶくと血の泡が出てる。

 エリスは、胸を撃たれてる。フォルジェは傷口にハンケチを当てて止血しようとするが、白いハンケチだけでなく、地面までもがあっという間に朱色に染まった。

「助けて!エリスが死んじゃう!」泣き叫んだフォルジェだが、誰も顧みる余裕すらない。視界に入るだけでも他に二名の民兵が地面に転がっていた。

 残余のA分隊は、転がっている馬車を盾に必死に応射していたが、北の丘陵から左右に大きく広がって撃ちおろしてくる人攫いども相手に完全に圧倒されていた。

 出稼ぎの農民たちだけでなく、民兵や保安官助手も倒れていた。残りの民兵たちも緊張に耐えかねたように叫びながら無駄に盲撃ちしたり、慌てて飛び出して撃ち抜かれた肩を抑え、呻いている。北の丘陵に広がって伏せ撃ちしてくる人攫いに対して、A分隊は馬車を盾に狭い箇所に密集し、一方的に狙い打たれていた。

 

「なんだあれ?どうしてA分隊が街道に出てる?」

 野盗どもが抑えた丘陵とは、街道を挟んで対岸のさらに南の稜線。双眼鏡を除きながら、キャシディは呆然と呟いていた。

「さあ?」マギーにも分からない。どうしてこうなった。

「なんだぁ、こりゃあ」経験豊富なマカロヴァ老人さえも、口を半開きにして呟いている。

 北西から北東に掛けての高所に広汎に陣取った野盗に対し、数台の馬車の影に隠れているので、扇状に射撃を浴びる形となっており、A分隊が完全に射すくめられている。

 

「隊長ぉッ、味方を救援しなければ!」部下の一部が逸っているのをキャシディは抑えた。

「待て。あれに真正面の位置から牽制射撃してもあまり意味はない」

 数百人で暮らす居留地の住人。A分隊に知り合いがいてなんの不思議もない。

「……しかし、A分隊がッ!」そう騒ぐ部下を強い視線で黙らせてから、改めて戦況を確かめる。

 しかし、賊が陣取る丘陵は勾配と起伏に恵まれている、とキャシディは呟いた。いずれにしても現在位置から真正面へと攻めかかるのは、キャシディの軍事的判断からすると愚行だった。さして効果も出ないだろう。

「てめえが死ぬかもしれないと思えば、銃撃戦は気が進まないね」

 キャシディがいささか乱暴な口調で呟いた。他の隊員たちが、ギョッとして分隊長を眺めた。まあ、分からないでもない、とマギーは共感する。自信満々に独断専行した挙句がこの様だ。苛立ちと焦燥を表に為さないだけマシだろう。それに冷静さを保って様子を窺っているのは、マギーにとって心強かった。曠野の悪党どもを相手にし続けていれば、いずれ何処かで自分より上手に遭遇するし、そうでなくても銃撃戦なんて運が悪ければ誰かしら死ぬのだ。

 

 楽に勝てる作戦をシエルと三人で練った筈だが、意味が分からない状況になっている。すぐには飛び出さずに、敵の位置を双眼鏡で確認していたマギーが小さく舌打ちして、呻いた。

「あいつ、グラツィアーノだ」吐き捨てたマギーの声には、苦々しいものが含まれていた。

「誰それ?」キャシディ副保安官が首を傾げる。マギーは意外そうに目を細めたが、僻地の田舎町であれば都市間の情報も入ってこないかと思い直した。

「ベルトランド・グラツィアーノ。強盗で人攫い、女衒で用心棒。賞金首で賞金稼ぎ」どうやら楽な仕事ではなさそうだ、とマギーは吐き捨てた。

 そこら辺のならず者ではなく、名の知れた無法者が相手となるとこちらにも被害が出るかも知れない。

「おう、結構な悪党に聞こえるぞ」マカロヴァ爺さんがあまり愉快じゃなさそうな口調で呟いた。

 マギーが頷きながら胸元から手品みたいに手配書の束を取り出すと紐解いた。胸になに入れてるんだ、と他のものが不思議ポケットにギョッとしたが、マギーは気にした様子もなく、うち一枚を差し出した。

「商業都市連盟及び三つの都市圏で指名手配。前に手配書で見た時は、賞金額2800ギルド・クレジット。死んでいた場合は半額」

 賞金額にマカロヴァ爺さんが口笛を吹いた。ゆうに二年は働かずに暮らせるし、ポレシャなら防壁の外に小さなあばら家だって購える。

 

「大金だからって生かして捉えようとは考えない方がいい。グラツィアーノは名うての悪党。しぶとくて、粘り強いだ」生易しい相手ではない、と語るマギーの言葉には微かに苦いものが含まれていた。

「うん?」

「不利な状況で奇襲を受けても、その場に留まって戦うような真似はしない。必ず、一旦退却して態勢を立て直してから反撃してくる」無法者の戦術を説明してくれるマギー。

「随分と具体的に言うね」キャシディの言に苦笑を返した。

「昔、やりあって痛い目にあった」

「ふむん」

 勝ったのか、負けたのか。兎も角もキャシディは真剣な表情を保って続きを促した。

「ええと……」今度はポケットから地図を取り出したマギー。

「多分だけど、人攫いに襲われた馬車の一団をA分隊が救出した」

 地図を指でなぞりながら、マギーは推測してみる。

「人攫いを追い払ったA分隊は、馬車を確保する。一方で街道沿いに後退したグラツィアーノは、そこから北へと回り込んで逆撃を掛けた」

 地図上の馬車の位置から街道に沿って西へ、そして北から回り込んで馬車を見下ろす丘陵へと指をなぞらせた。

「追撃も斥候も出さずに放置したと?まさか?」

 キャシディが首を振って、信じられないと言葉を続けた。

「言いたくないが、チェスターはあれでも百戦錬磨だ」

「その百戦錬磨は、野盗にいいようにしてやられるけど」鼻を鳴らしたマギーの視線の先。無法者に半包囲を受けて、進も退くも儘ならないA分隊が苦境に陥っていた。

 

 チェスターは確かに無能ではなく、崩れそうな味方を励まし、まとめ上げて必死に反撃していたが、上方からの射撃に抗する民兵隊の散発的な射撃は効率的とは言い難かった。キャシディは舌打ちして頭を掻いた。不都合な真実だが認めざるを得ない。

「今まで相手にしてきた中に、敗走しながらも統制を失わず、短時間で反撃してくる野盗が一つでもいたかな」マギーの言に肩を竦める。

 防壁や曠野での戦闘経験は豊富なチェスターだが、見通しの悪い丘陵地帯に踏み込んでの戦闘には不慣れだったのか。少人数の追剥を蹴散らしてきた経験が、逆に油断を招いたかも知れない。対するグラツィアーノとて、これも海千山千の悪党なのだ。

「あー、考えたくもないがグラツィアーノの後退が敗走に見えて、斥候を立ててなかったか。いずれにしても見落としたA分隊は、半包囲を受けている状況か……」

 そう考えれば今の戦況も合点がいくが、問題はいかにA分隊を救い出すかだった。

「お粗末な状況だが……さて、どうしたものかな」キャシディーは戦況を眺めつつ考え込んだ。

 

 

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