無法者が陣取った台地のさらに後背より銃声が響いてくると、キャシディは小さく頷いた。「マギーが回り込んだな、よし」混乱に陥った無法者どもの喚きと叫び声を聴きながら、勝利を確信する。
居留地の警備隊《パトロール》は三つの火点から人攫いどもを半包囲しており、数においても敵を上回っている。さらにチェスターのA分隊が態勢を立て直せば、四つの火点から圧力を加えることに為る。無法者どもが撤退を計ろうにも、南と北東は警備隊が抑え、北は険しい岩塊が聳えている。脱出ルートは西に限られるが、南西の高所に陣取ったキャシディの監視を出し抜くのは相当に困難の筈だった。
「これで四つの火点から半包囲しての射撃。数でも武装でも此方が上回っている。あとは幾らか犠牲が出ても、殲滅できる、と」
チェスターのA分隊に些か勇み足をされたが、終わりよければ総てよし。勝利が時間の問題となった以上、後はどれだけ犠牲を抑えられるかが肝要だとキャシディは思考を巡らせた。
一方のマギーは、岩陰に蹲っていた。だくだくと額から血を流している。幸い、かすり傷ではあるが、右目に血が入って見えにくい。
「るっッああああ!」隣で絞殺される寸前の変異獣みたいな叫び声を上げてるのは一緒にきた民兵で自作農のキャロルおじさん。交戦から開始三十秒で肩を撃ち抜かれて地面でのたうち回っていた。
「落ち着いて!」マギーが声を掛けるも、キャロルおじさんは痛みのあまりに叫び続けている。
「なんか肩が焼けるように痛い!血がダクダクって……うぉ!」
「銃弾は貫通していて、太い血管も避けてるから死なない。死なない」
マギーが宥めると、おじさんは歯を食い縛ってなんとか落ち着いた。
「ほ、本当か?」脂汗を垂れ流しながら、荒い息をしている。
「応急キット貰ってきたからね。包帯とか止血剤とか……なんだ、これ?どうやって使うんだろ」
「……俺、死ぬのかなぁ?!」弱弱しく呻くおじさん。まずいなぁ、とマギーは思った。キャロル・スタンフィールドは、これでも四人の中で多分一番射撃が上手かったのだ。
「……五月蠅いなぁ」地面に這いつくばった民兵の女の子が、頭を抱えながら呟いた。ちなみにこちらも耳たぶを吹っ飛ばされている。しかも、背の低い岩を遮蔽にしてしまった為、伏せた姿勢のままに動きが取れなくなっていた。手の込んだロングバレル・リボルバーにストックまでつけた私物を持ち込んできたのに現状、活躍の機会はなさそうである。
交戦から一分で一人が戦闘不能、二名が軽傷。もう一人は見るからに経験の浅い少年で、人攫いとの打ち合いが始まってから逃げて来た美少女を抱きしめていた。
「大丈夫。俺が守る」とか囁いているが、声は震えているし、全然戦っていない。そう言えば少年、今回が初陣だとキャシディはのたまっていた。
「頭下げる!」マギーに怒鳴られて少年は慌てて姿勢を低くした。
「こりゃ、あかん。お手上げだよ」すぐ真横を銃弾が掠めた民兵の女の子が、血塗れピアスの残骸を手に確かめるとケラケラ笑った。狂を発したのかな?
まあ、気持ちは分かる。絶望的な時には変に陽気な気分に襲われることもある。
マギー以下三名は戦闘能力を維持しているが問題はそこではない。人さらいの少なくとも一名が、三、四十メートルの距離でほぼ必中の腕前を所有していることだ。
四人いて、たった一名にほぼ釘付けにされている。正面には無法者が四人。残りの二、三人が横から回り込んで来たら些か拙いことになるな、とマギーは舌打ちした。
グラツィアーノは勿論、手強い相手と認識していたが、同人数でまるで歯が立たないとはマギーは思っていなかった。以前に自分が所属していた商会の主や傭兵たちが、いかに腕利きだったのか、今さらながらにマギーは思い知らされている。しかし、グラツィアーノでさえも、オーとその仲間には手も足も出なかったのだ。
挟撃したはずが戦況はまったくよろしくない。丘陵からくだって、遮蔽を取れる前方の岩陰まで前進したので、逆に後退も難しくなっている。いや、それは仕方ない。
予想外なのは、無法者どもの立ち直りの速さだ。
奇襲を受けて負傷者も出した筈なのに、ほんの数十秒で混乱を立て直し、地面に伏せながら反撃してきた。情けない話だが、マギーたちの腕前では標的が地面に伏せるだけで全然、当たらなくなってしまう。
「グラツィアーノめ、予想以上に手強い」マギーはぼやくしかない。四十メートル先の標的は、およそ十階から地面の人を眺めたのと同じ大きさとなる。立つとの伏せるのでは、随分と標的面積が変わってくる。
マギーたちの銃は殆んど当たらず、相手は容赦なく岩陰から出た頭や腕に当ててきている。加えてキャロルおじさんの出血が結構、洒落にならない。
「本当に拙い……逃げ道もないし」血の滲んだ包帯を頭に巻き付けたマギーは、舌打ちした。下手すれば全滅しかねない。とは言え、肝が据わっているマギーは窮地でも取り乱すことはなく、易々とやられるつもりもなかった。
グラツィアーノとて手りゅう弾や迫撃砲などは所持していまい。岩陰で防御に徹すれば、西部劇の映画のように長時間を負けずに対峙することは難しくない。
「……A分隊が早く動いてくれればいいんだけど」文句を零しつつ、マギーは敵の居そうな場所に向かって散弾銃を盲撃ちする。せめて牽制になってくれればいいのだが。
それでもマギーたちは主攻ではない。無法者たちが東台地の前面から後退した分、A分隊に対する牽制射撃は減じている筈で、いずれチェスターが包囲に加わる。しかし、態勢を立て直したはずの友軍の反撃は一向に始まらない。
「無法者強すぎる。おうち帰りたいよぉ」弱音を吐いてるキャロルおじさん。
「……キャロおじさぁ。まあ、わたしの『アダムス君』も一発も当ててないけどさ」
傍らで慰めている娘さんは、愛用のロングバレル・リボルバーに名前を付けてるようだ。ともかくも軽口を叩きあっているくらいなので、味方はきっと大丈夫。
「いずれ態勢を立て直したチェスターの友軍が反撃を始める。それまで頑張ろう」
思った以上に精密な射撃に晒されながらも、マギーは仲間を励ましつつ、反撃のタイミングを今か今かと待ち続けていた。
B分隊の援護射撃によって、馬車の後ろで縮こまっていたA分隊と流れの農民たちが離脱するまではキャシディの予定通りだった。
想定が狂ったのは、もう何度目かも分からないチェスターによる独断専行。
「総員撤退!負傷者を忘れるな!」民兵分隊長の怒鳴り声は、きっと台地の上の無法者どもの耳にも届いたに違いない。
岩陰に撤収し、一息ついただろうチェスターは開口一番、部下たちに撤退命令を指示したのだ。「……はっ?」あまりにも意表を突かれたキャシディは思わず自失したが、他の部下たちはそれ以上に驚愕したようだ。B分隊による射撃の精度が露骨なほどに乱れを見せた。
聞かされていた命令と真正面から矛盾する号令にキャシディの傍らの部下二名。コーデリアとシェリーは、不安そうに指揮官へと振り向いた。
二人ともキャシディとは子供の頃よりの付き合いだ。時々は保安官に射撃を教わりに来ていたので、射撃もそれなりの腕を保っている。臨時の保安官助手に任命して、此処までは勇敢に戦ってきてくれたが普段はただの町娘さんであった。
「ど、どうすりゅ?キャシディ」コーデリアなんて噛んでいるので相当に動揺を見せていたが、キャシディは表面上、落ち着き払ってテンガロン・ハットを脱ぐと、棒切れを拾って地面と垂直に載せた。これで少しでも敵からの見た目を誤魔化せるといいのだが。
A分隊を撤退させた後、互いに貴重な弾薬を惜しむように銃撃は数分の一度の散発的な頻度まで減っていた。互いに位置を移動して隙を狙いあっている最中ではあるが、キャシディが抜けてもすぐにはバレないだろう。
「牽制射撃を続けて。ちょっとチェスターを止めてくる」淡々と命令する。幼馴染二人が強張った表情でなんとか頷くと、チェスター率いるA分隊目掛けてキャシディは中腰になりつつ全力疾走した。
東に配置した三人は、言われずとも牽制射撃を続行していた。副保安官フェリクス・ヴィクスは洞察力にやや難があるが、勇敢さでは誰にも引けを取らないのは蟻の時に証明済みだ。一緒に付けた
それでもA分隊と農民たちが馬車の影から退避する際、激しい射撃に晒されてまた一名。踊るように身体をよじって地面に倒れたのは見えていたが兎に角、生き残ったほぼ全員が丘陵の影まで退避していたようだ。
血塗れで地面に蹲り、或いはすすり泣いている女子供もいたが、負傷者たちを取りまとめていたチェスターは、駆けつけたキャシディを視認するや否や怒鳴りつけて来た。
「キャシディか!今から撤収する!B分隊は援護射撃!殿で援護しろ!」
いきなり上から目線で命じてくるが、それよりもキャシディには気になったことがあった。付けていたはずの保安官助手エリスが見えない。フォルジェはさめざめと泣いている。背筋に冷たい感覚が走ったのを自覚しつつ、キャシディは尋ねた。
「チェス……ター。撤退とは?エリスはどうしたの?」
全力で走って息が上がり、まだ喘いでいるキャシディの抗議を他所に「棒立ちで突っ立ていたところを、真っ先に撃たれた」そう鼻を鳴らしたチェスターは、負傷者やA分隊に指図を続けている。
「負傷者には手を貸せ!荷物は最低限だ!いいか!命さえ拾えば、こっちのものだ!財産はまた持てる!」
「チェスター!ふざけるな!先走った上に勝手ばかり!」
「見て分からんか。負傷者がいる。すぐに手当てしないと命に関わる!」チェスターの言動も、行動も、しかし、キャシディにとっては論外だった。すでに無法者たちと全面的に衝突し、別動隊も回り込ませている。今や半数まで減ったとはいえ、此処でA分隊が撤退したら作戦が崩壊する。
「人攫いどもを半包囲してるんだぞ!このまま……」
キャシディの説得をチェスターは受け付けない。
「あいつらは、台地の頂に陣取っている。いくら頑張ろうが崩せん」そう断言したチェスターは、じろりとキャシディを睨みつけた。
「貴様が遅れなければ、犠牲は少なく済んだ!不手際に関しては、後で釈明してもらうぞ!」少し腹が出つつあるが、上背があって恰幅の良いチェスターが怒鳴りつけてくると迫力がある。
「どっ……どの口で!」怯んだキャシディが口籠ると、チェスターが怒号した。
「総員!撤退だ!誰も置いていくな!」疲れ果てた様子のA分隊と農民たちが立ち上がり、無言のままに歩き出した。何人かは虚ろな表情でキャシディを眺めていた。
チェスターの独断専行は、幾らなんでも度が過ぎている。参事会で正規の承認を受けた筈の作戦をここまで無視されるとは考えもしなかった。
「ふざけ……チェスター!待て‼戻ってこい!持ち場を放棄する気か!」
仲間を放置する訳にもいかず、持ち場に駆け戻ったキャシディは怒り狂った。
「あの糞野郎!逃げやがった!」横殴りに岩に叩きつけた拳が震えている。
チェスターの独断専行は度が過ぎていた。
「拙いですよ……これ」コーデリアも狼狽している。
ここしばらく位置を変えながら、無法者を探っている。人影はチラチラと見えてるが、素早く移動してる上、百メートル近く離れている。互いにシモヘイヘなどいないので自然、にらみ合いとなったが今はそれが有り難かった。
稜線に這いつくばって相手の影を探し、見当たらないとまた場所を変える。神経を削りあうような長時間の戦闘だが、キャシディを信頼しているのか。二人の保安官助手が調子を崩す様子はなかった。キャシディは二人を一旦、稜線の内側に下がらせると、改めて顔を寄せ合った。
「指揮系統の崩壊とか。中世の軍隊みたいだなぁ」呑気な感想を呟いたシェリーを睨みつけたキャシディは、それでも舌打ちすると思考を巡らせる。
「どうする?別動隊は、もう東から敵の側面に回り込んでいる」愚痴ともつかない自問自答を呟きながら、キャシディは空を見上げた。
「保安官だったら、どうしたかな」力のない呟きに「……はぁ」困惑したコーデリアは、隣のシェリーと顔を見合わせた。
幾らかの躊躇を見せてから、シェリーが口を開いた。
「チェスターは、主導権握りたいんじゃないかな?」
「……主導権ね」と、キャシディは苦い口調で吐き捨てる。
「露骨に喧嘩売られてると思うけど」とシェリーは用心深い態度を保ちながら発言する。仲間を疑うとは何事~云々と言いださないか。キャシディの反応を慎重に窺いながら、シェリーは言葉を続けた。
「多分、居留地の防衛指揮官とかになりたいんだよ」シェリーの言葉にキャシディは鋭い視線を返したが、頷いただけだった。
「目の上のたん瘤だった保安官とリーマス爺ちゃん亡くなったのに、キャシディが副保安官昇格で作戦指揮官」シェリーが言うとコーデリアが吐き捨てた。
「そりゃ、凄い目障りね。当てが外れた訳か」
深々とため息を漏らしたキャシディが、カウボーイハットを深く被りなおした。
「……やっぱりそう思う?薄々、そんな気はしてたさ」
さもなければ、背信めいたチェスターの行動の説明がつかない。
「もう少しましな人かと思ってたけど。いや、人の気持ちなんて分からんか」呟いたコーデリアが、自分の言葉で気づいたようにハッとして言った。
「いや、すると先に戻ったチェスター野郎は、言いたい放題するんじゃ?」
「……野郎って」とシェリー。
目を閉じたキャシディは、眉間の皺を指先で揉んだ。いずれにしても、前面の無法者と戦いながら、背中を刺そうとする味方にも対処しなければならないようだ。
「マギーたちを救わなければ……深入りし過ぎて、此処で撤退もさせられない」
撃ち込んだはずの楔が、逆に身動きできない袋のネズミへと変じてしまった。見捨てると言う選択肢はキャシディにはなかったが最悪、全滅しかねない状況の上に下手をすれば、調子のいい口だけ大将としてマギーに恨まれるかも知れない。
「……せめてエリスがいれば」シェリーが呟いた。冷静沈着な性格でそれなりの観察力を有しており、補佐役として過不足なかった。A分隊を助ける為とは言え、チェスターなどに付けたことをキャシディは後悔していた。
必死に作戦を立て直そうと考えるキャシディだが、なにも思いつかない。時刻は正午に近づきつつある。長期戦を鑑みて居留地へと応援を求めるべきだろうか。しかし、東の丘陵に詳しい斥候三人のうち、二名がキャシディのもとにいる。マギーは敵に釘づけにされ、マカロヴァ爺さんは敵と対峙している。
かりにマギーが戦死したり、マカロヴァ爺さんが居留地で足止めされたら。
似たような光景の続く慣れない丘陵地帯。遭難するとまでは思わないが、斥候無しで行動したいとは思わない。憤りをつのらせて、キャシディは歯噛みした。味方が信頼できない状況など流石に想定していなかった。
(……チェスターめ。此の落とし前は必ず付けてやるぞ。けど、その前にマギーたちを救わないと。これ以上の犠牲は、許容できない)足元が崩れていくような強い不安を覚えながらも、キャシディは無法者たちの陣取った丘陵を鋭く睨みつけた。