マギーたちが一連の対処を話し合っていた間、無法者《アウトロー》たちはなにも動きを見せなかった。真正面からの力攻めは犠牲が大きいと見たのか。或いは、あちらも夜陰に乗じて退くことを考えているのだろうか。
マギーは、無法者《アウトロー》たちの潜んでいる双子めいた大きな灰色の岩塊を観察してみた。
分厚くてでかい。単純に頑丈そうで背後には少なくとも三人が潜んでいる。手りゅう弾もマシンガンもなくあれを攻略するのは、大変な困難だろう。加えて向こうにはマシンガンもあるし、それなりの銃の名手までいる。
最悪でも相打ちに持ち込んでやろう、と覚悟は決めているマギーだが、しかし、無法者《アウトロー》どもに破れかぶれになられると、此方は精々が痛み分け。ほぼ確実に全滅となるのでそれはそれで避けたかった。
離脱可能な西
戦況を味方に説明しつつ、マギーは絶えず敵の様子を窺い続けていた。もう一カ所から無法者《アウトロー》たちが回ってこないだろうか?しかし、もう一人の副保安官であるヴィクスやマカロヴァ爺さんは腕利きであるし、彼らを相手にしてそう易々と退けるとも思わない。来れば気づく。これはやはり膠着状態となるとマギーは踏んでいた。
マギーは、味方の死を忌む性格を有している。それは一個人としては美点であるが、闘争においては時に目的よりも優先してしまう類の性質でもあった。おのれの心が許せる範囲での妥協はしても、マギーが務まるのは精々が勇敢な一兵卒であって、有能な軍人としての資質には欠けている。
今も、同行している民兵たちを死なせたくはないと考えている。民兵たちを助けられるなら助けたいとは思うが、しかし、曠野での闘争は常に過酷で、他人を助けられるだけの余力が残っているかも分からない。その時は、自身が生き残るために見捨てる決断を迫られるかも知れない。
「……にらみ合いが何時まで続くかな」動きを見せない無法者《アウトロー》どもに対し、マギーは僅かだが焦慮を覚えていた。敵の動きを考えても、現状ではなるようにしかならない。では、味方の動きはどうだろうか。
「A分隊が……居留地へと帰還したとして昼の少し後。さらに増援を編成して送って来るのに、到着は夕方の少し前か」順調ならば、だ。そもそもが味方を見捨てるようなチェスターの采配には、マギーも若干の疑念と邪推を抱かざるを得ない。
「……チェスターとはどんな男なのかな」
無法者《アウトロー》たちが大人しい現状、時間を持て余してのマギーの何気ない呟きは、別に尋ねた訳ではなかったけれど、地面に横たわるスタンフィールド氏が反応してゆっくりと身を起こした。
「……煙草を貰えるかな」民兵の娘さんに煙草を咥えさせてもらうと、マッチを付けてもらう。だが、煙草を吹かすにも傷が痛むようで、呼吸はすぐに浅く乱れてしまう。
「……俺はあまり親しい訳でもない。アキレウスを処分しようとしたからな。
ただ、評判は悪くないよ。牛泥棒や部族《トライブ》の逸れなんかを何度か撃退しているから」
それなりに人望も能力もある人物の不穏な行動に、マギーは不気味さを感じた。ここまで立てた作戦を無視されて、キャシディも煮えくり返ってるのではないか。
平穏なポレシャだが、外からは常に怪物や野盗に脅かされている。果たして、有力者同士の対立は、コップの中の嵐で済むだろうか。いずれにせよ、マギーに気になる事は一つ。
「キャシディは、劣勢時の手筈も整えておいた。だから、シエルを残したのだけど……援軍を送るのを邪魔したりは?」
一応の予備兵力と言っても、士気も練度もさほど期待は出来ない。それこそ本来は後詰や捕虜の移送に使う為の一団だが一応の志願兵だ。
状況が伝わっていれば既に出発していてもおかしくない。邪魔が入らなければ。
「流石にそこまではしないと思いたい……チェスターもヤツなりに居留地を守りたいはずだ。そこに嘘はない」
何度も命がけで戦っているからな、と呟いてから喋るのが億劫になったのか、スタンフィールド氏は目を閉じた。これ以上は聞ける事もなさそうだとマギーも質問を打ち切った。
シエルもサボっては無いだろうが、思わぬ苦戦の報告にポレシャも混乱しているだろうか。後詰は士気の低い者たちで構成されていた。話が違うと、出撃拒否することもあるのか。シエルにはまとめきれないかも知れない。
或いは、別動隊でも居留地を攻めてるとか?防衛契約の傭兵や狩人もいる。新参の狩人たちが実は無法者の仲間で傭兵を襲ったとか?
(いや……ちょっと疑い過ぎてる)後半の考えは、さすがに埒もない妄想とマギーも首を振って、額に噴き出た汗を拭った。どうも、裏切り者がいて仲間たちを失って以来、精神的な平衡を欠いてる気がしないでもないが、兎に角も、援軍が来る気配は未だない。さて、どうやって状況を打開するか。
途方に暮れたように空を見上げた時、何か妙な音がマギーの耳に入った。耳を澄ませてみれば、無法共の潜んでいる岩陰から時折、ぼそぼそと話し声が聞えてくる。詳細が分かる程ではないが「あいつらも退くに引けないのだろうか?」とマギーは呟きを漏らした。或いは、此方を皆殺しにする手立てについてなおも執念深く練っている可能性もあるが、果たしてグラツィアーノはそうした根深い性質の手合いだったか。
「……退けない、か」自分の何気ない呟きを繰り返しながら、マギーは真剣に考えこんだ。霊感に打たれたように一つのアイディアが浮かんできていた。
突飛だろうか?いささか希望的観測が入り混じっているかも知れないが、無法者《アウトロー》どもの立場も鑑みてみれば、これは意外と状況を打開できるのではないか?
「持ちこたえられれば……こちらの勝ち、か」突然に楽天的なことを言い出したマギーを、民兵の娘さんがまじまじと見つめてきた。マギーは敢えて大胆不敵に笑みを浮かべてうなずいた。
これは詐術だ、とマギーは最初に小声でそう囁くように他の民兵、と言っても二人だが説明する。
「要するに敵を上手く騙くらかして、自分たちから撤退するように仕向ける、と」
スタンフィールド氏が小さな声で要約してくれたので、マギーは頷いた。
何処か感心したように民兵の娘さん……(今は服を着込んでいる。いざ戦闘になった時に下着で戦う訳にもいかない)がため息をついた。
一方で民兵の少年はやや離れた場所で、無法者たちに対する見張りを務めていた。誰かがやらないといけない役割だが、先刻から美少女と二人きりで何やら話し込んでいる。満更でもないだろうが、喋っていてばかりで、ともすれば不安を覚える。が、今は他にいないので仕方ない。ポレシャはいい所だよ、なんて話してるのも先走り過ぎな気もしないではないが。大丈夫かな?あれが見張ってる時に攻めてきませんように。祈りつつ、マギーは民兵二人に囁くように言った。
「退却するにしても、待つにしても……いずれにせよ、時間はポレシャ警備隊《パトロール》の味方」兎も角も説明を始めたマギーだが、二人の民兵は怪訝そうな表情を浮かべる。
「きみの言い分では、我が援軍が来るかは怪しい風向きだろ?」弱気と思慮深さが入り混じったような曖昧な態度でスタンフィールド氏が疑義を呈した。
「実際どうかは関係ない」マギーの言葉は、声が低く抑えられていても力強かった。
「あくまで無法者視点で警備隊がそう動くと思わせることが肝要だよ」マギーの説明に思う処があったのか。民兵の娘さんは口を挟まずにただ考え込んでいる。
「しかし、そう上手くいくかな?」スタンフィールド氏が小声で訊いた。
「恐らくは……何故なら、連中は警備隊が恐いから」とマギー。
スタンフィールド氏は府が落ちないと、怪訝そうな表情を浮かべた。
「恐い割には、やっこさんら。随分と近くの街道まで出張ってきてないかな?」疑問に対して、マギーは無法者の視点で喋ってみる。
「無法者《アウトロー》から見ると、これが大きな居留地の警備隊ほどに厄介なものはない。武装もそれなりで、何より戦っても何一つ得るものがないから」片腕を組んでそう言ったマギーは、ニナの繕ってくれた肘の当て布に触れながら、スタンフィールド氏のほつれ一つない上等な衣服を眺めた。不安定な流れ者の気持ちばかりは、富裕な定住者であるスタンフィールド氏には分かるまい。
「逆に後ろ暗い処のない旅商人や放浪者からすると、とても心強い。追われていても、巡回地区に逃げ込めばそれだけで賊が諦めることもある」元は隊商の一員だったマギーが、実感を込めて言った。
「そんなに?」とスタンフィールド氏。
「そんなに」マギーは力強く断言してから、無法者の生態について説明を始める。
無法者の徒党も精々が十人かそこら。悪党なんて幾らでも群れそうなようで、集まったらその分だけ食べさせなきゃいけない口が増える。
無法者が武装商人なんかを襲って手強くて怪我人出ても、撤退はできるし、何年も一緒に暮らした仲間は死なせたくない。
だけど、警備隊を相手取るとそうはいかない。精々七、八人で居留地から補給と補充受ける幾つもの分隊や小隊相手に生き残らないといけない。
一応の訓練を受けた兵士が大人数で延々と追跡してくる。食事や眠る暇さえない。どんな無法者も十日も追っかけ廻されたら絶対に根を上げます。
居留地の住人にとって、無法者の生き方はきっと耳慣れぬ話であろうが、二人はむしろ興味深げに耳を傾けていた。
「無法者の暮らしに詳しいっすね。いや、曠野の生活というべきか」そう呟いてマギーを見つめた民兵の娘さんに「放浪という点では、あまり変わらないから」と言葉を返した。
「逆に奴隷売買を生業とするような部族や奴隷都市の近くだと、奴隷狩りする軍隊に賞金稼ぎやレンジャーが追い掛け回されるなんてこともある。浚われた人間を取り返そうとして返り討ちにあったりね」苦い表情でマギーは補足する。
「正義の味方も楽じゃないのね」
「悔しいけどね」とマギー。三人共に話し込みながらも時折、思い出したように無法者たちへの岩へと視線を送っている。しかし、常時、見える位置に顔を出してると狙撃手に撃ち殺されてしまうので痛し痒しだった。
「あの時の……まさか、本物」スタンフィールド氏は、真剣な表情で考え込みながら何やら呟いている。
「大きな居留地だと戦車さえ……鉄板を張り付けた車や、時には人力だったりするけど、盗賊討伐に出してくる」マギーの言葉に、民兵二人は顔を見合わせた。
「そんないいものはない、です」スタンフィールド氏が小声で断言するも、マギーは首を振って囁いた。
「肝心なのは、連中がそれを知らないこと。ポレシャの実情が……チェスターが撤退したなら揉めているかな、くらいは推測してるかも。ただ、それでも警備隊を恐れている」
「……居留地を調べないものなの?」との民兵の娘さんの問いには「無法者は、意外と顔が割れてる」とマギー。
「小さな集落やキャラバン襲って一人でも逃がしたら、いずれ誰かしらは手配される。法執行者や賞金稼ぎも違法な奴隷市に密偵送り込ませるし、浚われて奴隷にされた人を買い戻して証言を取りもする」
ほむほむと頷いている民兵の娘さん。
「厳しい土地だと、手配書に似ているだけで身元の怪しい人間が縛り首なんてことも起きるし、悪党の地主や保安官が通りすがりの牧童を縛り首にして、家畜の群れを奪ったりなんて話も耳にするよ。まあ、無実だった人の身内が報復で居留地を襲撃とかも当然に」
「……救いのない世界だこと」民兵の娘さんが肩を竦めて、ポレシャに生まれてよかったと呟いたが、マギーは鼻を鳴らした。
法が悪人たちの玩具や武器となっている土地では、戦う力だけが自らを救済してくれる。そして悪人が物言わぬ死者から最後の名誉や言い分まで奪って凱歌を上げる例も少なからず存在していると、マギーは苦い笑みを浮かべた。
「ポレシャはいい土地だが、守るに今が肝要だよ。腕利きの保安官がいなくなって無法者がまずは探りを入れてきている」
今踏ん張らないと、悪党たちに言いようにされると告げる。
民兵二人が沈黙したので、マギーは手を振って結論した。
「兎も角、スパイを使えるほどに大物じゃないし、入れてても探り出せるはずない。グラツィアーノは」侮り過ぎてないか、と視線で言われるが、根拠なしの放言でもない。
マギーは、過去に何人かの敵がいた。例えば、双子の殺し屋の片割れを監獄へと送り込んだ。違法な商会から逃げ出した会計士親子の護衛を務めて、殺し屋を退けた。
老地主相手の意に沿わない結婚から若く美しい花嫁を逃がした。議員一族の犯罪の証拠を司法へと届けた。いずれも大した相手ではないが、殺しを厭わない程度には悪党だ。
自然、ポレシャにやってくる新顔の
キャシディと金銭の授受がある訳でもなく、マギーの過去も教えてない。同居しているニナも知らない。ただ、キャシディならいざという時にニナを暫く庇護してくれるだろう。多分。そう、多分。知り合ってまだ月日が浅いが、多少は信用できる。
一方、流れ者でも特に自由を重視する一部には、法執行機関などの手先になって働くものを蔑み、犬などと呼んで忌避する風潮も侭ある。いや、風潮というよりは、気風というべきかも知れない。それは善悪ではなく主義主張や世界観に基づく生き方の問題で、マギーも噂をキャシディに教える際、僅かに奇妙な後ろめたさを覚える瞬間があった。
これもある種の密偵か。まあ、たしかに犬の仕事かも知れない。そう自嘲を覚えないでもないマギーだが、一応の飼い主は選んでるつもりだ。ポレシャはまともな土地だし、キャシディは見たところ、善性の人物、かつ有能の範疇に入っているように思えた。先代の保安官が使っていた密偵も二人や三人ではない筈だが、副保安官になったキャシディは、しかし、どうにもネットワークは引き継いでないようで、今のところ使っているのはマギー一人のようにも思える。
(……自分は今、正しいことの為に戦っているかな)いつ死ぬか分からない世の中、大した人間ではないと知っているが、逆にだからこそ、それはマギーにとって命を張るか否かの際に大事な理由だった。自問し、是と答えを出したマギーは静かにうなずいた。此処に嘘はつかないようにしてきた。かくなる上は、目の前の二人……だけでなく、少年と逃げて来た少女も含めて、できるだけをポレシャへ生きて帰還させる。その為に全力を尽くすとしよう。無論、自分も生き残るのだ。
スタンフィールド氏が岩に寄り掛かりながら、深々とため息を漏らした。
「あちらからすると、何時此方に援軍が来るかも分からないでビクビクしてる訳だな」出血が辛いのか。マギーを見ながらゆっくりと喋っているが、その口調は、スタンフィールド氏に考え深そうな印象を与えもした。
「多分、おそらく」とマギー。
「そこは言い切って欲しいなぁ」抑えた声量でつぶやいたスタンフィールド氏だが「だけど、一応の根拠は分かりましたよ」とも頷いている。
スタンフィールド氏と民兵の娘さんを見比べながら、マギーは囁いた。
「言い切れたらよかったんですけど。多分に推測を含んでいる。でも、かなりの確度でうまくいくと私は思っています」ただ、生き残るためには、上手くいった時と失敗した時、両方に備えておいたほうがいい。マギーの詐術が失敗すれば、弱気を見抜いて一気に攻め込んでくるかも知れない。その時の為、負傷したスタンフィールド氏を除いた全員が、手元の銃に一杯に弾薬を装填し直している。
「乗ってくるかも知れんな、俺は賛成だ。君の作戦にチップを乗せさせてもらおう。どのみち、此の侭だとどうなるか分からん命だしな」血の気の失せたスタンフィールド氏が、やや力なく笑った。
「えぇと、改めて……今から行う交渉は詐術です。敵を上手く騙して撤退させるためのものと了承してください」念を押して同じ言葉を告げておく。 奇妙なことに拘る、と言いたげに顔を顰めるスタンスフィールド氏だが、此処で味方との問答を間違えると、後で色々と拙い事になるかも、だからだ。
「うん?そこまで懸念するものと思わないが、あとで書面しておこうか」
お願いしてから、マギーは淡々と頷いた。
「では、やってみましょう」
「上手くいって欲しいな」キャロおじの手を握りながら、民兵の娘さんが呟いている。マギーは勇気づけるように微笑みかけた。
「あいつらだって、居留地の警備隊は恐ろしい。下手すれば知らぬ間にか大勢に囲まれて、ブッチ・キャシディとサンダンス・キッドみたいに蜂の巣にされるかも知れない」
「……映画は格好よかった」民兵の娘さんがぽつりと呟いた。
「まあ、憧れる無法者はいるかもだけど、その最後まで真似しようと言う奴はそうそういない……と思いたい」呟いたマギーは、湧いてきた不安を拭うように説明を補足した。
「無法者は……とくに経験豊かな無法者なら、かならず引き時を考える。そして、強行突破は向こうにも少なからず犠牲が出る」
マギーの言葉に、スタンフィールド氏が頷いた。
「そうだな。では、生き残れるか。みんなで運試ししてみよう」