岩場の後ろへと潜みながら、マギーは怒鳴るように呼びかけた。
「グラツィアーノ!伊達男!グラツィアーノだろう!いるか?」
無法者たちの潜む岩陰にざわついた気配が蠢くよ、数秒ほどで反応が返ってきた。
「その声、聞き覚えあるぜ!スネイクバイトか?」若いが掠れた声。
反応があった、それだけでまずは上々、とマギーは小さく頷いた。マギーの傍らで、民兵の娘さんがスネイクバイト?と小首を傾げていた。
とは言え、リボルバーライフルを構えながら油断なく警戒しており、顔も出しっぱなしにはしない。射撃の名手が無法者側にいるので誰もが命懸けだった。少年たちも同様に別方向を警戒している筈だが……
「そうだよ!スネイクバイトさんだよ!久しぶりだな。ポレシャ警備隊の名において降伏しろ!」マギーが呼び返すと怒った犬のような唸りが伝わってきた。
「ふざけんな!縛り首は御免だ!」吐き捨てるように無法者。聞き覚えがある声からして、恐らくはグラツィアーノが叫んだ。
「縛り首は嫌?だったら、とっとと退けよ!見逃してやる!」マギーの物言いはまるで挑発しているようにも聞こえ、民兵の娘さんが段段と不安そうな顔に変化してくる。
「見逃す?お前が?楽して背中から撃てるもんなぁ!」嘲りを多分に含んだ返答。
大抵の賞金稼ぎは、賞金首との約束など守らない。曠野を生き抜いてきた用心深い無法者は、当然に疑うに違いない。
「今はポレシャの傭兵なんでな!」マギーの叫びに嘲りが返ってきた。
「はっ、どこぞの商会の雇われなったと聞いたが、首になったか!ざまぁ見やがれ!」投げかけ合う言葉は粗暴で荒々しく、刺々しい。傍目からは、対話が成立しているようには見えないが、曠野の無法者と賞金稼ぎの対話では、罵倒は挨拶のようなものだ。
「おかげでボーナスが貰えそうだよ!お前らの首でな」マギーが甲高く笑った。
口汚く罵るマギーの横顔に、民兵の娘さんが別人を見るような目を向けてきた。
そんな目で見ないで。無法者相手にする際、毒舌めいた喋り方は儀礼《プロトコル》として重要な要素のひとつだった。
「ポレシャ近くで人攫いなんて焼きが回ったな!新手の自殺か?」とマギー。
「なんだとぉ?」
「警備《パトロール》だって、十やそこらじゃすまないって分かってるだろ!馬鹿じゃねえのぁ!?」マギーが嘲弄を投げかけると、苛立たしさ伴った怒鳴り声が返ってくる。
「保安官死んだって聞いて、稼げるって思ったんだよ!」
「はっ!そんな節穴だと今日明日にも死ぬことになりそうだな!間抜け」
「てめえらも道連れだ」無法者が遂に再び、銃弾を撃ち込んできた。
「……挑発してどうするのぉ」再開した銃撃戦に文句言いながらも、民兵の娘さんがリボルバーライフル。いや、今はロングバレルリボルバーで反撃している。岩陰で小さく縮まりながら素早く撃つにストックは邪魔だったらしくいつの間にか外していた。
しっ、とスタンフィールド氏が唇に指を当てた。
「黙って、彼女の交渉には口を挟まない」スタンフィールド氏は、しっかりとマギーを見上げながらただうなずいた。
スタンフィールド氏の無言の援護が、マギーには有り難かった。
傍目には、最初から破綻にも見えようが、しかし、罵声を投げかけ合いながら、マギーは交渉の端緒《たんしょ》を探っていた。お上品とは程遠い口の利き方も、連中との交渉を少しでも有利にするための言葉遣い。同じ価値観、共通する生き方をしているぞ、というメッセージだが、説明する時間もなく他者にはわかり辛いだろう。
残念ながら、どうにも火力では露骨に劣勢にあった。少年は、と一瞥すれば臆病なヤモリのように岩にべったりと張り付いている。それでも美少女だけは庇う姿勢を見せているのは、まあ感心するにしても、牽制でもなんでもいいから撃って欲しかった。しかし、声を張り上げて促がせば、役立たずが此方にいると知れてしまう。
懊悩するマギーだが、今の局面では、役立たずを放置するしかなさそうだった。
「援護して!ジョナス!なにやってん!」民兵の娘さんが怒鳴った。バレたかな?
無法者の少なくとも一人がマシンガン。ステンガンのように胴体は小さいが、撃ち込んでくるのはライフル弾。時折、不発が混じっていても、火薬の質から威力が多少低くてもライフル弾には変わりない。空気を切り裂き、狙ったところに真っすぐ飛んでくる。
バースト射撃で連続して撃ち込んでくるので、弾着もそれほど散布しない。多少の風も吹いてるが、ほぼ至近での撃ち合いだから、かなり着弾が近かった。当たりどころが悪ければ死傷する。バシッ、バシッと間近で響く嫌な破裂音にマギーの膀胱が縮みあがっている。
しかし、狙いがわずかに適当になってきているようにも感じられた。錯覚かも知れないが。兎に角、マギーも本気では狙ってない。此の本気ではないと言うのは、戦闘に全神経と集中力を注ぎ込んでないと言う意味だ。無論、当たりそうな場所に撃ち込んでいるし、無法者に当たって倒せるならそれに越したことはないが。
高価そうなライフルを抱えたまま、蹲った少年にはもう欠片も期待せず、マギーは無法者へと呼びかけた。
「退けよ!居留地近くで警備隊の哨戒に引っ掛かるなんて、絶対にモグリのアホかと思ったのに、なんで出張ってるんだ!楽な仕事かと思ったらグラツィアーノなんて全然、割に合わない!糞が!」
「へい、ビビッてんのか?賞金稼ぎ!弾切れか?!てめえの死体をおフ×××してやるからな!」下品な罵り声に対して、マギーはウィンチェスターを撃ち込んだ。
一発撃つたびに岩陰に引っ込んではレバーを操作し、次弾で狙う機会をうかがう。
火力で負け、精度で劣っている。同じところへと迂闊に顔を出せば、撃ち抜いてくる。序盤にスタンフィールド氏がそれで肩を撃ち抜かれた。
マギーたちは、負けない戦い方をするしかない。それを味方にも注意して徹底させているが、と言っても現状で戦っているのは民兵の娘さん一名である。
「キャロおじさえ無傷なら……」民兵の娘さんがブツブツ言うほどだから、本来はかなり頼りになったのか。或いは、最初にスタンフィールド氏が敵側の名手を打ち倒していたら、まったく逆の展開になったかも知れない。
顔を出そうとしたタイミングをずらし、少し様子を窺った。顔を出そうとした岩のすぐ横を弾丸が正確に貫き、先刻までのリズムで撃ち返していたら死んでいたと、マギーの背を冷たい汗が噴き出てくる。
(攻撃する呼吸まで読まれ始めた。くっそ……手強いぃ)マギーは舌打ちした。敵の弾薬が何発あるか分からないが、多分にマギーたちよりも多めに所有しているだろう。
(やはり、此の侭だと削られて負ける。マシンガンに勝てないだけでなく)キャシディほどの腕前なら、真正面から三人でも打ち倒せたかも知れないが。いや、流石に無理かな。
(……都合のいい展開を夢見そうになる。駄目だ。キャシディたちはこっちへと来れない。むしろ、キャシディが連中を釘付けしてくれてるから、袋叩きに合わないで済んでる)冷静さを保とうとするマギーの口元は引き攣りかけていたが、なんとか笑みを浮かべていた。
今までとタイミングを少しずらし、残りの弾薬を意識しながら、マギーは反撃を続けていた。タイミングをいずれ把握されるが、今はまだ戸惑わせている。自身を勇気づけるようにマギーは怒鳴った。
「間抜け!こっちは増援が幾らでも来るぞ!ポレシャの警備《パトロール》に勝てると思ってるのか?人口六百人だぞ!傭兵だって何人もいる!女王蟻ぶっ殺す凄腕だ!」
「はっ!こっちには、お前を殺したがってる奴がゴロゴロいる!てめえ一人殺せりゃ満足さ!」それを聞いても、マギーは鼻で笑うだけだった。
「モテモテですね」民兵の娘さんがそう囁いた。
「嬉しくなっちゃうね」口元に常のように冷笑を浮かべながら嘯いてみせる。
(……そっか、ゴロゴロいるのかぁ)心は皺皺にへこんでいたとしても、欠片も動揺を見せなかった。
真剣な表情で、一言一言を考えながらマギーは怒鳴った。
「お前ら何人だ?十人?十五人?まともに撃ち合うだけで倍は必要だな!ご愁傷様だ!明日の夜にはお前全員、鉛玉で体重が二割増しになってるだろうよ!」
「だったら、なんで逃げろなんて勧める!」無法者の叫び声。
「バイトだからだ!傭兵やって死んだら割に合わない!それとも大昔のスイス傭兵みたいに最後の一人まで殺し合うか?」
「それも悪くない!」覚悟決まりすぎだしょう、やはり死なんか恐れない別種の生き物なのか。と吐きそうになったマギーは胃の腑を抑えた。胸の内がムカムカしている。じりじりと迫ってくる死神を間際に感じていた。つらたん。
「お前のご先祖のミラノやジェノバの傭兵たちと同じようにしろよ!」それでも強気で怒鳴った。少しだけ間が空いて「……少し待て!」と返ってきた。
小さく嘆息すると、岩陰でマギーは待機する。警戒は微塵も緩めないが、今のうちに気力と活力をできるだけ賦活させようと水筒を開けた。下手をれば、日没まで持たないかも知れない。残弾数も数える。スタンフィールド氏から受け取った分も含めて、随分と減っている。すこまめな休息が長期戦には意外と効いてくる。
「……あれが頭目かな。力のある声だな」なぜかスタンフィールド氏が楽しげに目を細めてる。
「で……スネイクバイトさんは、連中が乗って来ると思うかな?」マギーに聞いてくる。
「分からない。無法者の命は総じて軽い。敵に対しても。自分たちの命も……」
マギーは意識して深呼吸を行ってから、飴を口に含んだ。二、三個を舐めながら、水筒を傾ける。水美味しい。喋り続けながら、思考を纏めようと努力する。
「生き汚い癖に突然、驚くほど勇敢で無鉄砲になったりもする。乗るかも知れない。或いは破れかぶれで突っ込んでくるかも。どちらも同じくらいあり得る」
自殺的な行為に見えても、暴勇が状況を切り開くことも少なからずある。土壇場での正解など、誰にも中々分からないとマギーは首を振った。
「いずれにしても、ギリギリで命を拾った経験が何度かあるやつは、総じてしぶとい。最後まで絶対に諦めない」無法者がどう出るかなんて読み切れない。マギーが視線を向けると、スタンフィールド氏は口元に悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
「返答に時間が掛かってる……彼方にとっても少なくとも考慮に値する提案なのだといいがね」
(この状況で笑う……存外、肝が太いか)マギーは頷いた。
「小なりとは言え徒党の頭目と。得てして野外で号令を掛ける為から潰れた声の持ち主が多くなるかな」スタンフィールド氏自身は穏やかに響く声の持ち主だが、奇妙なところに注目している。
「……互いを罵りながら、決裂しない。罵声の掛け合いが同類と認識する過程の……そこからコミュニケーションが発生するか」出血で死にそうな顔色の癖、スタンフィールド氏は、なにやら思索に耽っていた。
「……互いに傷つけあいながら距離を測り、安定してるのか。残酷で興味深い文化だ。どうしてそうなった」どことなく嬉しそうな様相からするに、出血で朦朧としているわけでもないようだ。
砦みたいな岩だらけの丘陵を眺めつつ、奇妙な人物だとマギーは思った。
ある種の韜晦をしているのか。とぼけた態度だが、今、この場で臆病風に吹かれたり、負傷で泣きわめかないだけでも有り難かった。
(死に際まで変わらないほどの変人だとしても、諦めていないのは良い兆候だ)マギーはそう思い込む事にした。どんな逆境でも、いい所を探すのがマギーの美点とは生前のオーもよく言っていたものだ。
「あのスネイクバイトが俺たちを逃がしてくれるとさ!?ありがてえなぁ!」
そう言い返してきた無法者どもは、果たして乗ってきたのだろうか?
此方の言葉を鵜呑みにはしなくとも、検討の余地はあると考えた兆候であればいいのだが。
「そう言ってる!とっとと失せろ!弾がもったいねえ!撃たせやがって!自腹なんだよ!」
「キャシディが狙い撃ちしてくる!止めさせろ!」無法者がまた叫んできた。
「一介の傭兵が警備隊《パトロール》の指揮官にか?それくらい何とかしろ!」
そこは突っぱねる。マギーに出来るのは、此方から手出しせず、此方へと手出しさせずに、退却する無法者を素通りさせることだ。キャシディは激怒するかもしれないが。これもマギーは胃が痛くなる。
連中は岩陰でぼそぼそと何やら話し合っていたが、遂に結論したらしい。
「……商品がそっち逃げたろ!そいつを寄越せ!それで手打ちする!」グラツィアーノがそう怒鳴ってきた。
「商品?なんのことだ?!」マギーは美少女を一瞥しつつ、岩陰から怒鳴った。
「娘だ!とぼけんなよ!」
「欲張ってるんじゃない!アホが!」マギーが言い返した。無法者連中だって朝からの戦闘でかなり士気《モラル》を削られている筈だった。欲掻いての駄目元の提案くらい、突っぱねても大丈夫だろう。そうマギーは踏んでいたが、思ったよりも無法者の事情はひっ迫していた。
「そいつはメイヤーの仕入れた商品だ!届けないと、俺たちが殺される!」無法者どもの叫びは切羽詰まっており「メイヤー?!」返答したマギーの叫びも狼狽を含んでいた。
沈黙が舞い降りた。無法者どもさえ静まり返っている。
「……メイヤー。メイヤーだと」
岩陰へと完全に隠れたマギーが繰り返してその名を呟いていた。
口の中でなにか罵ってから、一呼吸おいたマギーが怒鳴り返した。
「……ハッタリじゃないだろうな!メイヤーのもんだって証拠は!」マギーの怒鳴り声はいささか上擦っており、迫力が欠けていた。
「腕に仕入れ先の入れ墨が入ってる!確かめてみろ!」と無法者どもが間髪入れずに答えた。
「……待ってろ!」
「……何者なのかな?」スタンフィールド氏の問いかけに、マギーは舌打ちしながら答えた。
「ちょっと大物の奴隷商人。色々と恐い奴」マギーは、髪の毛を掻いた。
「オーが生きてた頃は小っちゃくなってたけど。あ゛ぁ、メイヤーか」
マギーは、迷ったように視線を彷徨わせた。近くで固唾を飲んで凝視している美少女と視線があったので手招きする。後退りされた。寄ってこないのでマギーから歩み寄った。
奇妙な歩調で少年を躱しながら間合いを詰めると、逃げようとする美少女の腕を一瞬で掴んだ。強い力でそのまま抗う美少女の袖を捲り上げる。
美しい肌に刻まれた流線形の蝶の入れ墨が露わになる。入れ墨を見られた美少女が、まるで火に触れたように絶叫した。取り乱したように暴れるのを、マギーはあっさりと手放してから深々と嘆息した。
「その入れ墨だと【姫君】?それとも【貴婦人】かな。【女神】ではないよね」
「なんで……知ってるの?」息も絶え絶えに少女が呟いた。
「人生には色々あるんだ」元賞金稼ぎと言っても、マギーは凶悪犯罪者や野盗の捕縛などを専門にしていた。しかし、世には逃亡奴隷の追跡と捕縛を生業とする賞金稼ぎの一党や探偵団なども少なからずいて、逃亡奴隷を庇う者や浚われて奴隷にされたものの身内と銃撃戦になる事も珍しくなかった。
(……どちらにしろ、高級グレードか。と、なると連中、諦めまいな)
考え込んでるマギーを他所に、美少女も切羽詰まった表情で震えていた。
「……多分、良くない言葉選びだぞ。マギーさん」
俯瞰していたスタンフィールド氏が他人事のように呟いた。
「あー。い、いやだ」ひび割れた声を漏らし、蹲って頭を抱え込んだ美少女を庇うように、少年がマギーの前に立ちはだかって銃を向けてきた。
「……そう来たか、少年」呟いたマギーを睨みつけながら「この子に近寄るな!」少年は言い放った。
一応の味方にライフル銃を向けられたマギーは、無言で天を仰いだ。