黄昏のガンダルヴァ   作:猫弾正

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02_14 良心と損切り

 リーエンフィールドライフルが少年の手から跳ね飛ばされ、ガラクタのように地面に散らばった。いや、事実、それはすでにガラクタと化していた。この上なく高価なガラクタだ。勿体ない、と。場違いな思考だと思いつつ数秒の間、マギーは壊れたライフルを惜しんだ。

 

 渡り人(オーキー)に縁無き高級品と言う以上に、現状において貴重なライフルの喪失は、致命的な気がしてならない。

「あかん、火力が減った」ぼやくマギー。いよいよ戦えるのがマギーと民兵であるメリッサの2名だけとなってしまった。少年にソードオフショットガンを渡しても、至近でぶっ放す度胸や当てる腕があるかは疑わしいし、ウィンチェスターライフルを渡す気にはなれない。そも物凄い目つきでマギーたちを睨んでる少年になにかしらの銃を渡しても、即殺される未来しか見えてこない。人が視線で死ぬなら、マギーは即死しそうであった。

 

 それはそれとして、リーエンフィールドライフルの希少性をマギーは嘆いた。部品拾って銃職人《ガンスミス》に持って行ったら修理してくれないかしらん?とみみっちく考えてしまうが、リーエンフィールドの強みはその精度にある。部品をかき集めて形だけ組み立て直しても、それはきっと。かつての精度が失われたライフルらしきポンコツ銃(ジャンク)でしかないだろう。

 

 どうでもいい事をつらつら考えてるマギーが壊れたライフルに視線を取られてると「メリッサぁ!」叫んだ少年に次弾が何処を掠めたのか。少年が腕を抑えて呻いていた。マギーは、意識を切り替えた。以前通りに無法者を警戒しつつ、とは言え、両手とも塞がっているので、大人しく事態の推移を見守ることにする。

 

「止めてッ!」とマギーの腕の中で美少女がもがくように暴れながら、悲痛に叫んだ。岩陰に寄り掛かったメリッサは、手元のリボルバーからシリンダーを完全に外した。予備のシリンダーを嵌めてから、外したシリンダーへ2発だけ装填し直すと、ゆっくりと立ち上がった。小まめに装填しているのは、いい癖だとマギーは感心するが、無法者相手の遮蔽からは外れている。(……今、無法者が襲ってきたら全滅だな)陰鬱に沈み込んでるマギーを他所に、メリッサは苦痛に呻いてる少年へと歩み寄ると、その頭に銃を突きつけた。

 

「ほら、あっち行く」メリッサが言葉を投げかけたのは、マギーの腕の中に拘束された美少女のニーメアちゃんであった。

「じゃないと、このバカの頭を吹っ飛ばすよ」ぶつけるような勢いで、少年のこめかみにバレルを押し付ける。少年が苦痛に呻いた。ニーメアは小さく悲鳴を漏らした。

 

「……利用しただけ?それとも大事なの?どっちでもいいけど」メリッサはどうでも良さそうに呟くと、昏く沈み込んだ眼差しで逃亡奴隷の美少女をじっと見据えた。

 マギーの腕の中でニーメアは怯えたように身体を竦ませている。

「……ええと」酷い展開になった。

 困惑したマギーは、どうしたものかとスタンフィールド氏と視線を合わせてみるが、彼は悲しげに首を振るだけだ。

 

「おい!スネイクバイト!おい!おい!?」向こうの岩陰に潜んでいるグラツィアーノも少し混乱しているのか。若干の焦燥が滲んだ声で呼びかけてきた。

 或いは、美少女が傷つくか、死んだ可能性をグラツィアーノも恐れたようだ。

 

 それはそう。メイヤーだったら運んでいた商品が失われたら、運び屋をなぶり殺しにしかねない。いや、確実にするだろう。あいつはそういう奴だ。ジャバ・ザ・ハットよりも残酷な男である。

 多分、身体を固定するか、麻痺させたうえで大型昆虫に全身の体液を吸わせるとかそういう陰惨、かつ変態的な殺し方をする。一部賞金稼ぎや保安官、レンジャーなどが愛読している『月間・法と正義』と言う発行人不明の小冊子で、奇怪な殺し方をする悪党ランキングで十七位に入った男だ。十七位と侮るなかれ。曠野を越え、既知領域の名だたる悪党の数百人から選出されての堂々たる十七位である。間違いない。むしろ、メイヤーよりひどい殺し方をするのが十六人もいるのが世も末である。

 誰が選んだのだろう?悪党うちでの投票かしらん?

 

 いずれにせよ、昔は名うてのレンジャーだった一団が凶悪無惨な強盗団へと堕ちることもあれば、名うての殺し屋だったガンマンが晩年はまともな保安官になることもあり、曠野の名のある人物に毀誉褒貶は様々だが、それにしてもこいつはお袋の胎に、良心を置き忘れてきたに違いないと衆目一致している悪人の一人がメイヤーだった。自分のお袋でさえ、売り払いかねないほどの悪党である。あいつが単為生殖する悪魔とかでなく、母親が存在しているならばの話であるが。

 

 だから、岩陰に隠れるように背を低くしてから、マギーは叫んでみた。

「ニーメアちゃんの顔が!顔がッ!」「どうした?!」

 ああああああああ!そう叫び続けるマギーに岩陰の向こうから無法者どもが焦燥の滲んだ声で叫んだ。しかし、顔を出す奴は皆無。こちらからの射撃を警戒しているようだ。無法者どもは慎重になっていた。連中の待つ姿勢。それはそれで結構、とマギーは心中、頷いている。

「美少女過ぎて、びっくりしましたぁ!」マギーの答えに苛付きと怒りを含んだ呻きが複数上がった。

「ちょっとまてぇ!」グラツィアーノだ。マギーに突っ込んだのか。それとも、仲間が激高したのか。

「傷ついたと思った?ご愁傷様です。そうなってたら、グラツィアーノ一味は、メイヤーに嬲り殺されたでしょう」

 けらけらと笑いながら、マギーは付け足した。

「無事だよ、無事。ちょっと揉めただけさ」

 笑い続けていると、撃ちこんできた。一名。一発だけ。グラツィアーノの統制は、部下に対してよく効いている。これも頭の片隅に書き込みながら、マギーは舌打ちした。

「洒落の分からない奴らです」

 

「ニーメアは無事なんだな?!」グラツィアーノが塩辛声で確認してきた。立て続けの発砲音に逸った配下をよく抑えているようだ。

 マギーは忙しく頭を働かせた。無法者たちを牽制し、出来得るなら多少なりとも誘導する為、マギーは一々と状況を伝えていた。語り掛けるのもその一環だった。動きを秘密にした方がいい時もあれば、開示したほうが活路の開ける場合もある。交渉相手の不安を解消し、時間を稼ぐための口舌なのだが、雇われの交渉役とは、得てして味方からの誤解と不信を招きやすい立場だ。予め、説明していてもだ。

「ちょっと揉めたが無事だ!問題はないから十分ほど待ってろ!」観察するような視線を背後から感じつつ、マギーは叫んだ。

 

 マギーは自ら時間を区切った。連中の行動に読みやすい行動パターンを与える為だ。その間は多分、動かない。ただし、稼げた時間は精々が六百秒だけ。プラス五分。それ以上だと連中の我慢が効くか分からない。

 

 それにグラツィアーノは、普通に海千山千。マギーの誘導を読んでる可能性も大いにあった。此方が内輪もめをしたことで、戦うか、引き渡すか、意見が割れる程度の戦力しかないと読まれただろう。その上で乗ってくるなら、何処かで意表をつく機を窺っているに違いない。

 損得勘定は出来る人間なので、ニーメアを渡しつつ、やりあえば数人は道連れにするぞと警戒を崩さずに対峙すれば、多分に引き下がる線が大きいとは思うが。

 

 相手の思惑を探りつつ、マギーは、さて、ここから自分を含めた最大多数が生き残るを探さないといけないぞと気を引き締めた。

「あーあ、わやくちゃだな」左手でニーメアちゃんを押さえつけ、凶悪な形のナイフを持った右手で髪の毛を掻きながら、マギーはぼやいた。

 さて、本当にどうしよう。残り10分で方針を決めないといけないが、残された選択肢はそれほど多くなかった。

 戦うべきか?否、勝ち目が薄い。どう頑張っても二、三人を道連れに此方は全滅するだろう。なら、逃げる?それとも、やはり引き渡すべきか。無法者連中もメイヤーには恐怖しているのか、今のところは此方《こちら》がニーメアを抑えることで動きを鈍らせていた。だが、これから先をどう動くかは読めないし、仮に読めても対抗する力が弱かった。

 やはり、美少女なニーメアちゃんを引き渡すしか他に手は無さそうだ。

 しかし、ニーメアは本当に綺麗な顔立ちをしている。整った相貌は古代ギリシアの芸術品にも喩えられる領域だった。マギーも顔にはかなり自信があるが、これにはちょっと勝てそうもない。美貌のニーメアを無法者どもに引き渡すことを内心、マギーは少しだけ惜しんだ。

(惚れるのも無理ないか。わたしも、ちょっとHに戯れてみたい。しかし……少年にとっては、もう絶望的だな。これ)他人に同情してる場合でもないが、一瞬だけ少年を憐れんでマギーは鼻を鳴らした。

 

 誤解を受けがちだがマギーは元来、それなりに情が深いし、少なくとも善良な人間であろうと努力していた。

 仮に無法者どもと戦える戦力があるならば、死傷する恐れがあってもマギーはそれを選択し、交渉も強気で押したに違いない。

 余裕がある時であれば、人を助けるために多少の骨折りもするし、身銭を割きもする。ただ、当然に線引きが存在していた。ちょっとの時間や小銭なら慈善に費やしてもいいが、過度に危険が大きくなったり、大金が掛かるなら身を引くし、生き残る為なら人を切り捨てることもある。そこら辺の見極めが上手くないと、残酷な世界で善性を保ちながら生き続けるのは難しい。

 

 しかし、今、現実に勝ち目が薄く、ニーメアを差し出せば無事に帰れると踏んだマギーは、多分に無辜の犠牲者を悪党に差し出し、自分たちの身の安全の確保を図っていた。

 惨めさを覚えないでもないが、悲劇は何処にでも溢れている。自力救済の世ではまず自分と身内、次いで友人を守れれば他を切り捨てる処世術も、紛れもなくマギーの人格の一要素であったし、それは多分、他の凡庸で善良な人々にとっても同様だろう。戦う力がないものは、いざという時に踏み躙られても仕方ない。

 

「メリッサ君。問題は、ニーメアちゃんを渡してもグラツィアーノが約束を守るとは限らないことだぜ」そう思いつつも、一応、メリッサに対して忠告してみるマギー。

「騙して悪いが……というオチもあり得る」と、だから渡すな。ではなく、だから渡しても油断するな。の意で口にしたが、無法者が信用ならぬとはメリッサも汲み取るまでもなく承知の上のようだ。

「そうですね。それを警戒してる。でも、あっさりと上手くいくかも知れない」

 その上で、と民兵の娘さんは、岩にもたれかかっている年上の青年を一瞥する。

「わたしとしては、キャロおじに死んで欲しくないので」

 

 視線を向けられたスタンフィールド氏は、血の気の失せた表情に面白がってるような笑みを浮かべて口を開いた。

「無法者との取引か……信用できるのかい?」質問に対し、マギーは少し首を傾けてから応えた。

「多分、七割か、八割くらいで約束は守る。こういう状況に約束を守ると、別の局面で手打ちに説得力が出て命を繋ぎやすい。だから、約束を守る風評だと結果的に生き残りやすい」

「なるほどね」

「ただ、グラツィアーノも所詮は無法者で、目先の金に釣られたり、鬱憤を晴らすのを優先して裏切るかも知れない。それに手下の抑えが効かないこともある」

「……取りあえずは万事、警戒が必要、と」メリッサは無法者たちの潜む岩を睨みつけて、呟いてる。

 

 ふむん、と肩を竦めたマギー。

「連中にとって、ニーメアちゃんは大切な商品だ」

 蹲っている少年からの視線が露骨に険悪さを増したので、哀しげに微笑みを返した。

「少年、怒ったか?でも、事実だ」

 腕の中で暴れるニーメアの匂いを嗅ぐように顔を近づけて、綺麗な髪を左手の指でそっと掬い取った。

「それだけに、連中にとっては撃ちにくい相手でもある。だから、言い方は悪いけど盾になってもらうとかね。そうした方が生き残れるかもね」

 ひぅぅ、と声帯を痙攣させたように、ニーメアは小さく喉を鳴らした。

 

 言ってから気づいた、とでも言いたげにマギーが左手で下手糞に指を鳴らした。腕の部分は、相変わらずニーメアの首を締めあげながら。

「ああ。上手くすれば、或いは、全員で居留地まで逃げ込めたかも」

 マギーの物言いに、過去形と気づいた民兵の娘さんが少年と無法者の岩を見比べてから囁いてきた。

「今は、もう無理?」

「少年が怪我する前ならね。怪我人二人は運べない。キャシディと合流できれば、ニーメアちゃん含めて、なんとでもなっただろうけど」残酷なことを言ってると思いつつのマギーの回答に、メリッサは呆れたように言った。

「それ……今さら、言うかな?」

「まあ、今さらだね」とマギーは返して、ふっと笑った。

 

 残り6分。

「余裕があるなら、良心的に振舞いたいんだけどね」とマギー。

 ジョナス少年の短慮は兎も角、ニーメアの境遇にはそれなりの同情を寄せている。立腹はしたもののそれを表に出す性格のマギーでもなく、有力者である父親の事を鑑みれば少年の処遇には忖度せざるを得ない。

「良心的が聞いてあきれる」ニーメアちゃんが辛辣な口を聞いたので、マギーは首を締めあげつつ、器用に肩を竦めた。ニーメアちゃんが苦しげに呻いた。

 マギーとて、心の栄養を取っておきたい。しかし、一山いくらの雇われ斥候としては、自分が生き残るのが第一義であるし、味方を救えればそれでいい。と言うか、それで手一杯だ。第一、誰にも生き残れる正解など分からないのだ。

 

「……で、約束を破られた場合、あちらに対して勝ち目はあります?」メリッサは手元の改造リボルバーと、マギーが手にしているウィンチェスターライフルを見ながら聞いてきた。

「連中は手練ばかりだし、此方は怪我人と半人前。粘れるだけ粘ろうね」マギーは端的に言った。

 こと彼我の戦力の比較に関してマギーは希望的観測を挟まないし、小規模戦闘であれば、そうそう予想を誤ることもなかった。

「キャシディと連絡できればよかったのだけれど……」

 太腿を抑えた少年をマギーは一瞥した。

「仮にその娘を連れて逃げられたとして、キャシディ保安官がどれくらい頼りになるかな」とメリッサ。「ポレシャが攻撃受けても恐いし……」不安げに付け加える。

 

 メリッサの一言が間違いなく意表をついたので、マギーは思わず目を瞬いた。

 戸惑ったように首を振った。「キャス……キャシディがいれば、まず負けないよ。少なくとも寄せ付けないで撤退は難しくない」珍しくマギーが断言する。

「……そんなに?」副保安官への思わぬ高評価にメリッサが呟いた。特に身近でその手練を目にしたマギーの言葉なので驚きを露わにしてる。作戦も失敗してるのでキャシディを無能の類なのではないかと疑っていたのだろうか。

 

 地元だと案外、分からないものだろうか。マギーの見るところ、作戦は妥当なものであったし、キャシディの銃の腕は、ちょっと尋常じゃない。居住者が三百人から流動人口を含めれば五百はいるポレシャ居留地で、卓越している、とまでは言わないが、おそらく三指に入る腕前を誇っている。

 

 ライフルを持ったキャシディは、スコープも無しで百メートル先で動いてる人影やら獣やらにかなりの精度で当ててくる。それも、じっと狙い定めて、からではない。無造作に狙い構えてから発砲まで精々が二秒から三秒。熱意と才能を兼ね備えて、訓練の機会にも恵まれていると、銃の腕はあそこまで上達するのかとマギーも感心するしかない。

 

 ポレシャでも大きな農場の娘であるシエル曰く、怪物と戦う狩人(ハンター)や狩猟を生業とする猟師《ハンター》、或いは、射撃が趣味の富裕な市民など二、三人は、比肩しそうな腕前の持ち主もいるとのことだが、こと人間同士の撃ち合いではキャシディには及ばないだろう。本人が用心深い上、傍についてる二人の保安官助手が交互に観測を務め、常に警戒を怠らない為に守りも固い。普通に偏差射撃もこなしてくる。

 

 真正面から撃ち合う場合、腕利きのレンジャー隊員とか、大きな都市の選抜狙撃手でもなければ到底、太刀打ちできない腕利きだとマギーは評していた。千人に一人とか、そう言う領域の腕前だ。よしんば無法者どもが倍いようが、よく訓練されたキャシディのチームなら負けるとは考えられない。自分が無法者に属してキャシディと戦った場合と、キャシディのチームの一人として無法者と戦う情景を想像し、十中八九、キャシディが勝つとマギーは判断を下していた。

 

 無法者たちにも腕利きが混じっているが、こちら側にも二、三人揃ってる。狩猟が趣味のマカロヴァ爺さんや、もう一人の副保安官フェリクス・ヴィクスも、向こうの名手に見劣りしない。保安官助手たちも年に一度。数日から一週間程度の期間だが、射撃訓練や基本的な反復動作を積んでいるので、それだけでも無法者からすれば

侮れない相手となる。

 

 大きな居留地はやっぱり強いと、流れ者の身からマギーは実感していた。地面で呻いてるキャロおじとて、緒戦でいきなり負傷しなければ無法者に対して大きな圧力を加えたに違いない。それくらいの腕前の狙撃手がちらほらと出てくるのが富裕な大型居留地の強みで、寡兵の無法者たちが警備隊《パトロール》を恐れる所以でもある。

 

「ポレシャに攻め込む。グラツィアーノとその十人の手下で……自殺行為だね」マギーはおかしそうに笑った。

 頑丈な防壁に雇われた傭兵だけで五人。怪物に備えながら、時に無法者とも戦う狩人《ハンター》が八人。二、三十匹もいれば小さな集落や農場くらい簡単に滅ぼしてしまう巨大蟻の百匹からの侵攻さえ跳ね返す戦力をポレシャ居留地は有している。海千山千の賞金首であれば、むしろ近づこうとすら考えないだろう。

「そんなもんかなぁ?この間なんて、たかが蟻んこが議会の門前まで入り込んだのに」納得いかなげに首を傾げるメリッサ。

「ポレシャの防壁に逃げ込めば、どんな無法者も手出しできないよ」

 略奪者《レイダー》の戦闘部隊などは別として、無法者の一味ごときでは近づくことさえ侭ならない。ところがその防壁内に暮らしているメリッサは、防備を頼りないと思っているのが、マギーには面白くもあった。

 

 残り3分。

「仮に無法者はなんとかなるとして、メイヤーの勢力はどのくらいかな」

 沈黙を守っていたスタンフィールド氏が、岩に寄り掛かったまま口を挟んできた。

「……以前、やりあった時には三十人は下らなかった。手下の半数は死傷するか、監獄へ叩き込んだけど……太い資金源あるからなぁ」

 暗く、短く、凄惨な夜戦を思い返しながら、マギーは淡々と呟いた。メイヤーの手勢を壊滅させるのと引き換えに、名のあるレンジャーや賞金稼ぎたちが死傷していた。

「質は落ちても人数は戻してるだろうし。その時は、わたしも仲間と一緒だったし」

 

「ポレシャを相手取れるほどの勢力ではないけど……関わり合いは作らない方がいい相手だね」少年には非難するような目で見られた。でも、仕方のない事だ。マギーは自分に言い訳した。嘘は言ってない。例えメイヤーでも、ポレシャ居留地そのものを相手取ってまで奴隷一人に固執しないだろうと言わなかっただけだ。

 

「決まり。引き渡そう」とメリッサ。

「それが無難かな」マギーが意見を主導せず、誘導して多数決の形で採用させたのは、用心の為だった。立場の弱い雇われ斥候として、後で交渉役が売り渡した、とされるより、他の団員の要望に従った形の方が責任は問われにくい。

 

「メリッサぁ!」少年が涙声で叫んだ。

「うるせえ、馬鹿」民兵の娘さんは手厳しい。

「お前、失敗したんだよ」少年を睨みながら、容赦なくなじった。

「説得じゃなくて銃を手に取った時点で、失敗したらこうなるんぢゃよ」

 噛んだ。メリッサもやはり緊張してるのだろう。

「最初にわたしとか、マギーさんとかに事情を説明して協力を仰げばよかったんだよ。戦わないで、二人だけで話し込んで、暴走して、いきなり銃を向けやがって馬鹿。心臓止まるかと思ったし、嫌な汗が吹き出した」吐き捨てながら、ニーメアの前に立った。頷いたマギーがニーメアの腕を掴みながら、引きずって岩陰から出ようとした時。

「……やっぱりだめ。反対」スタンフィールド氏が変なことを言い出した。

「俺が援護と足止めするから、みんなで逃げてと言ったらどうする?」

 ビックリして見つめた先、全員の視線を浴びたスタンフィールド氏は、顎を撫でてうなずいた。

「仕方ない。女の子を犠牲にするわけにもいかないからな」とスタンフィールド氏が言った。

 

 マギーはため息を漏らした。

「スタンフィールド氏。貴方はいい男だな」

「結婚してくれます?キャロル・スタンフィールド。27歳。独身です」おどけたスタンフィールド氏だが、今にも気を失いそうな顔色をしていた。

 呆れたのだけれど、とマギーは窘めた。

「だけど、とても時間を稼げるとは思えないし、連中の銃の腕からして脱出が上手くいくとも思えないよ」そう正直に却下する。

「戦えない癖になに言ってんの?足手纏いじゃないキャロおじ」メリッサも平静を装いながら、震える声でつぶやいてる。

「……いやだよ。わたしは。キャロおじに死んで欲しくない」

 大きく深呼吸してから、メリッサは宣言する。

「此処にいる他の全員死んでも。

 わたしが嫌われても、だよ」

 

 地面に蹲った少年が、這いずりながら近づいてくる。

「駄目だ。止めてくれ、メリッサ。頼む。お願いします」

 メリッサは固いブーツで少年の額に容赦ない蹴りくれた。少年が昏倒し、メリッサは燃える瞳でニーメアへと振り返った。

「ほら、行け。両手を上げながら。こいつの頭吹っ飛ばすぞ。逃げたら、お前も殺す」少年の頭に銃を突きつけながら、メリッサが促がした。

 

 そして、時間が来た。

 

 

 

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