「どうなりますかね?」岩陰に張り付いたメリッサが囁いた。
「分からない」と言うのが、率直にマギーの答えだった。
「無法者どもは、揶揄い過ぎて腹を立ててるかも知れない。グラツィアーノは頭が切れて損得勘定も出来る男だけど所詮、無法者の類で軍人ではない。手下の抑えが付くとも限らない。実は手榴弾とか温存してて、ニーメアちゃんを巻き込む恐れが無くなったので使ってくる可能性だってあり得る」マギーの淡々とした説明にメリッサが小さく笑った。
「なのに揶揄ったんです?」
マギーは、肩を竦める。それなりに成算を見込んでいるが、世の中に絶対はないのだ。何時だって、なるようにしかならない。
此方に戦力がないことを見破られても詰まらない。此処は色気を出して撃ちかけてみるか。それとも、じっと守りを固めて連中が立ち去るまで警戒し続けるが得策か。
つらつら考えているマギーを他所に、娘を受け取ったグラツィアーノたちは尻に帆を掛けて逃げ出した。
無法者どもめが、だまし討ちを仕掛けてくるのではないか。警戒しながら岩陰でじりじりしていた一同は、いずれも安堵の吐息を漏らしたが、マギーはなおも気を抜かず、一帯を見回せる丘陵のいただきからグラツィアーノの撤退を見届けてから、初めて張り詰めていた気を僅かに緩めた。
纏まりながらも素早く後退する無法者どもは、確かに連携が取れている。ニーメアや他の捕まえた被害者を盾にしながらキャシディたちの射線からじりじりと下がり、マギーたちの前をも通り過ぎると、遁走する勢いで遠ざかっていった。
「人質を盾にするか」奇しくも同じ策を口に出していたマギーは、見届けながら肩を竦めた。長い間、悪党どもと付き合い、また戦い続けているうちに思考が幾らか似通ってきている。賞金稼ぎから無法者や賞金首へと転職する者も決して少なくない。なにが大切かを弁えていないと、善悪の境にある境界線でおのれを保ち続けることは難しい。だから、賞金稼ぎを辞めた。今の自分で居続ける自信が、マギーには無かったからだ。そして、危ない仕事もこれで最後。雇われ斥候からも引退しよう。
兎も角も、連中の後衛が此方を警戒しつつも西の丘陵の彼方へと消えていくのを見届けてから、マギーは近くの岩に腰を下ろした。
銃撃戦は、神経をすり減らしてくれる。ひどく疲れた。さて、次はキャシディに対する言い訳だ。マギーの見るところでは、副保安官殿は正義感が強そうだがあったことを其の儘に報告するべきだろうか。ずるずると岩に寄り掛かりながら、マギーは次にすべき説明と打つ手に頭を悩ませた。
街道を挟んで無法者一味と撃ち合っていたキャシディたちは、優勢ではあるが押し切れない状況にじりじりとしていた。
キャシディの狙撃を恐れた無法者一味は、積極的な攻撃を控え、遮蔽を取りつつの反撃に徹している。こうなると打てる手は少なかった。
(……人数がせめてあと3人いれば、もう一組、火点を設置できたのに)
だらだらと続く戦闘に、つい気が緩んでいたのか。勿論、警戒を緩めはしなかったし、近づいてくるなら補足できただろうが、街道を挟んでの丘陵の向こう側の動きは流石のキャシディも察することはできなかった。
「拙ッ!……連中、もしかして退いてる?」
銃声が止んで、無法者連中がじりじりと後退し始めたのに気づいた時、キャシディの背中には冷たい汗が吹き出した。
敵の退路を塞いだはずのマギーたち別動隊に何かあった。銃声が聞こえなくなっている。壊滅した、と頭では判断しているが、そうたやすく敗れるとも思ってなかったので動揺が激しい。撃ち合いの銃声がすでに疎らとなっており、敵の退却に気づくのがやや遅れたのも痛かった。
「糞ッ。マギーは敗れたか、少なくとも無力化された。或いは、降伏したかもしれないし、最大限に都合よい展開なら撤退しているか?」言葉に出してキャシディは考え込む。
街道には、チェスター麾下のA分隊の民兵が既に三名転がっている。エリスとドラン。後は背丈からしてジッケスだろうか?見える範囲で三人。チェスターは逃げかえる際に、何人やられたとすら報告しなかった。
この上に四人。送り込んだ別動隊が壊滅したとしたら、犠牲は死者だけでも七人。
十人の無法者を相手に七人を死なせて逃げられた。評議会は、二度と自分に兵を預けないだろう。
拳を眼前の岩に叩きおろし、全身を怒りに震わせたキャシディは、しかし、数秒でそれを忘れたように手をひらひらと振った。敗北は有り得る。死も虜囚も不具も覚悟してきた。しかし、味方に足を引っ張られようとは……だが、自分はまだ生きている。政治的敗北もある。チェスターの下劣さを計算に入れなかった自分のミスだ。
「……マギーが敗れたとしたら残念です」淡々と、どうでも良さそうに呟きながら、キャシディは考えを纏める。
実際、死んだら死んだで仕方ない。今生きてる戦力で出来ることを考えよう。
十年近くの経験で、キャシディは保安官にそう叩き込まれてきた。さて、追撃するべきだろうか?
しかし、実際にはキャシディは手練と戦った経験は少ない。そもそもが名のある賞金首たちは、殆んどポレシャには近寄ってこない。
保安官が就任してから二十年以上の間、ポレシャを狙った賞金首の大半を仕留めるか、痛手を与えて敗走させていたからだ。
キャシディが保安官助手になった頃には、略奪者《レイダー》の徒党さえ、ポレシャとはまともに取引した方がマシだと学習していた。兎も角も、キャシディの仕事は、精々が間抜けな家畜泥棒や強盗団との銃撃戦で済んだし、そいつらは容易く仕留めることが出来た。
精々が五人とか、七、八人の強盗団などは、遠距離から二、三人と順に射殺していけば、パニくって闇雲に反撃してきたり、散り散りに逃げ惑うだけだった。同じ無法者でも、賞金首ともなると武装も練度もかなり違う。グラツィアーノ一味は、遮蔽を取りながら冷静に反撃してきた。弾数も豊富で、迂闊に近づけばこちらにも損耗が出かねない。本来なら、追撃などしないでも追い払うだけで十分だった。
政治的にまずい立場に追い込まれたキャシディとしては、現状、これ以上の人死には避けたかった。しかし、多少の危険を冒しても、此処で数人の敵の首を持ち帰る(比喩)べきだろうか。
ベルトラン・グラツィアーノはどの程度に手練だろうか。賞金首が揃った一団であれば、当然に追撃に備えている。そう保安官は言っていた。
キャシディは考え込んだ。保安官ならどうしただろうか?脳内で保安官と対話してみる。
「……迂闊に追うのは危険ですかね。はい、はい。もし追うなら?グラツィアーノ相手なら、伏兵に注意と。ふむ、なるほど……」
「また始まった」キャシディが空想のエア保安官と対話中、保安官助手のシェリーとコーデリアは顔を見合わせていた。
保安官が居ない時にエア保安官と対話するのは子供の頃からのキャシディの癖だ。初期のエア保安官は、キャシディに都合よく愛を囁くだけだったが、現在ではかなり実物に近い高精度な戦術的頭脳を持ってキャシディと対話するので、むしろ害はない。むしろ、キャシディの社会的信用を落とさぬ為に、余人に知られぬようシェリーとコーデリアは苦労を強いられているんだ。
しかし、キャシディが結論を出す前にコーデリアに肩を叩かれた。
「あれ。キャシディ、あれ」
コーデリアの指さした先、彼方の丘陵のいただきで誰かが大きく手を振っていた。
傍らでシェリーが双眼鏡を目に当てた。
「あ、マギー。生きてる」
一見、マギーは単独で帰還したようにも見えた。しかし、すぐ背後にメリッサに肩を支えられているスタンフィールド氏やジョナス少年の姿を見、取りあえずは全員無事だと確認したキャシディは、ホッと息を吐いた。
「三人共、無事です」
不安そうなキャシディに、シェリーが他の三人も無事だと告げる。
マギーは西瓜のような大きさの手荷物を三つ。背中へとぶら下げていた。
「モンティ。510」言い放ったマギーが、地面に転がしたのは、生首だった。恨めしそうに無念を湛えた精悍な男の顔。
「ご、五百?」謎の数字に首を傾げるキャシディ。
「エミグディオ、600。メリザンドが470」謎の数字を言いつつ、マギーは次々と地面に首を置いていく。
「こっち二つはキャシディの取り分です」どうぞ、と言いたげにマギーに差し出されて、キャシディは困惑を隠せしきれぬ。
(なにこれ。受け取らないといけないのか?)
歴史アーカイブで見た武士の記録を思い出した。
(マギーは、蛮族の出なのかな?それとも鎌倉武士かな?)
「……拙者、手柄首と言う概念の実物に触れたの初めてでござる故、些か、困惑しているで候」いかに対処すべきか悩んでるキャシディ副保安官にマギーが説明する。
「自由都市連盟の警察署の何処でも換金できる。ギルド・クレジットは使い出があるし」
「あ、そっかぁ」とキャシディ。どうやら賞金首のようだ。今まで雑魚しか狩ってなかったので、気づかなかった副保安官である。よかった。いや、良くない。
悩むキャシディ副保安官だが、マギーも顔色が良くなかった。
「……下手打ったかも知れない。取りあえず、報告することが色々とあります」言いつつも、地面へとへたり込んだマギーはキャシディたちを見上げた。
「それと……水を貰えますか?いつの間にか、水筒を撃ち抜かれてて……」
マギーは事の経緯を包み隠さずにキャシディだけに報告した。
「スタンフィールド氏とメリッサも、一応は賛成してくれました。そうですね」
念を押すようなマギーの言葉に、やや渋々とだが頷いたスタンフィールド氏も事情の補足を行うと、キャシディは悩みつつもマギーの行為を追認した。
キャシディにとって、マギーはほぼ確実に味方と言える斥候であり、チェスターの撤退した状況で、他に別動隊が無事退却できそうな方法を思いつかなかったのもある。逃げてきた娘さんも賊の仲間と言う疑惑があったと強弁できなくもない。ひどい話だし、汚いやり口だが、保身する為には色々と突かれそうな穴を埋めておかなければならない。足を引っ張られたキャシディと見捨てられたマギーは勿論、スタンフィールド氏も最愛の愛犬?であるアキレウスを処分しようとするチェスターに好感を抱きようはなかった。
顔を合わせた三人は暗黙のうちにチェスターに対する不信や不安、恐怖を互いの眼差しから読み取って多少の共感を覚えたが、しかし、それは協力と言う形に到るまでには甚だ心もとないものだった。
兎に角も、そうした訳でキャロル・スタンフィールドは命を拾った。放浪農民たちが横転させた馬車の車輪をなんとか嵌めると、その上に載せて居留地へと帰還。
「うう、死んじゃうのかな。俺。気分悪くなってきた」馬車に揺られて顔色を悪くするスタンフィールド氏をマギーは勇気づけた。
「酔ってるだけだ。多分、助かるから安心しろ。スタンフィールド氏」
「大丈夫、キャロおじ?おっぱい揉む?」メリッサが囁いた。
「……手が動かせないよぉ」悲しげにつぶやくスタンフィールド氏。
「もう、畑耕せないねぇ。養ってやるからな。キャロおじ。ヒモになれ♡」調子に乗るメリッサ。兎に角、キャシディは首3つを持ち帰って評議会へと報告に向かい、スタンフィールド氏はそのまま入院。マギーは町外れへと家路についた。
居留地外れの埃っぽい街路の溝には、ゴミが転がっていた。空き缶や空き瓶、一本の針金にさえ価値を見出す貧しい
以前は、ポレシャ市当局が幾らかの賃金を出して人を雇っては、定期的にゴミを片付けさせていた。今は予算が足りないのか、清掃作業の間が開くようになってきている。僅かな食事と小遣い程度の金と引き換えでは、清掃作業を引き受けるものも多くはない。
疲れ切ったマギーは、重い足取りを引きずりながら塒へと向かっていた。汚物を踏まないように気を付けながら、ポケットに入れた何枚かのポレシャ・ポンドの紙幣に指先で触れて気鬱にため息を吐いた。危険な仕事だった。手練の無法者たちを相手に紙一重で命を拾った。今になって掌が恐怖に震えてくる。その報酬がわずか二十日分の麦と引き換えに出来るだけのはした金で、使った弾薬についても補給係に詳細な報告を求められた。
猫糞を決め込んでないか、補給係に随分と疑われたのだ。流れ者の斥候を信用するものなど、いはしない。各地を転々と流浪する傭兵や、居留地をうろつく浮浪者《ホーボー》よりは、ややマシな扱いを受けられるかどうかと言ったところだ。
(長くは生きられない、かな。今のような生活をしていては……)
流れの斥候の扱いなど、戦国時代における流れ忍者と同じようなものだ。雇い主に都合よく使われ、仕事が首尾よく運んでも、貰えるのははした金。死んだり、深手を負ったらそれっきりだ。(……これ以降は、もう断ろう)マギーは思ったが、それが柵や圧力もあって中々に難しかった。
廃墟の曲がり角の手前。寒さか、或いは餓えが原因か。雪と氷の残った袋小路の奥に凍死したのだろう
(ポレシャを出て……そして、何処へ行こうかな)
絶対に浮き上がれはしない。それは分かっている。他の大勢の
(……無法者になる連中の気持ちが分からないでもないよ。オーはそれでも人間を信じていたが、惨い最期を遂げた)
磨いた技術を当局に安値で買い叩かれて、強盗団や略奪者《レイダー》の徒党へと転職した斥候も多い。ギャングになる者もいるし、盗みをするものは、きっと殺人や強盗よりはマシだと思ってするのだろう。誰だって生きたいのだから。
大半は、まともな給料を出すだけで踏みとどまるのに。命懸けの仕事を強引に割り振っておきながら、はした金しか出さず、その癖に裏切りを疑う。キャシディはまだマシなのだが。
影に視線を降ろしたマギーの重い足取りが、遂に止まった。足元で揺れる影にマギーは視線をおろして、じっと見入った。
「馬鹿な話だ……なにもかもが馬鹿馬鹿しい」吐き捨てるよう呟いてから、マギーは重い足取りで路地裏の塒へゆっくりと向かった。