農村での雇われ生活は、あまり良い身分とは言えない。
変異獣や巨大昆虫、ゾンビと言った怪物が大地を彷徨う世界では、日々の野良仕事や家畜の世話でさえ命懸けだ。いつ死ぬか分からない日々で必死で働いても、食料と薪、寝床代を差し引けば、作男の手元に残るのははした金でしかない。
行商も滅多に来ない小さな居留地となれば、手に入る品物も乏しい。村で流通する布の紙幣なんて他所に行けば紙切れ同然。村内で買えるのも食べ物と僅かな日常品くらいで、他には地元の酒場で憂さを晴らすくらいの使い道しかない。
変異獣や略奪者の影に怯えながら、それでも爪に火を点すようにして金を貯め、両親の残したものに姉が蓄えていた金まで借りて、よそ者の行商人に驢馬を注文した。
貯め込んだ金を村の食料に換えた時に誤魔化されそうになった。その食糧を外貨に換える時にも、また手数料を取られる。二度手間、三度手間を掛けて元手を目減りさせて先払いし、行商人に騙されたのではと不安にさいなまれながら待ち続けて、ようやくに驢馬は届いた。
若くて従順な、いい驢馬だった。荷運びに使えるし、元手が出来たら村々を巡る行商人になるのもいい。村にやってくる行商人から、都市の商店への紹介状をもらった。自由都市での暮らしを立てたら、必ず借りた金を返しに戻ってくる。いや、家族を呼び寄せて、一緒に暮らすのだ。
何時の時代も、都市は人を惹きつける。小さな居留地で働いても先は見えている。自由都市ズールで好機を掴む。おのれを信じて無鉄砲なほどの行動力は、若者の特権だった。
※※
土産物屋の椅子に腰かけて茶を啜ってたスタンフィールド氏が、その青年に目を止めたのは偶然である。記憶力に自信があったスタンフィールド氏だが、早朝の都市門で見かけただけの青年がどうにも気になり、顔と服装をなんとなく記憶の片隅に留めた。
随分と毛並みがいい灰色驢馬を連れていた。服装は簡素だが頑丈で丁寧な作り。いかにも純朴そうな顔立ちで、物珍しそうに市場の店を巡っていた。いきなり図々しく店舗の奥へと踏み込んで怒鳴られたり、その癖、飾り窓から微笑みかける薄絹の女に頬を赤らめてと、人馴れしてないのが丸わかりで、その癖に若者特有の自信に満ちた表情を浮かべてる。よく言うなら擦れてない。悪く言うなら無用心と評すべきか。
スタンフィールド氏でなくとも、若干の観察力がある人間であれば、危うい、と感じただろう。みるからに
城門入ってすぐの一杯飲み屋。屋台に屯する男女三人組がなにやら青年に人懐こそうに声を掛けていた。驢馬を連れた青年が不用心な笑顔で応じるや、スタンフィールド氏の背後にいた土産物屋の親父がため息を吐いた。
「いかんねぇ」と初老の親父が唸り声を漏らす。
「いかんかね?」とスタンフィールド氏。
「あんなに無用心だと、どうにもね」
うぅむ、と唸ったスタンフィールド氏も「夕方までには驢馬を失ってるだろうね」と頷いた。
「命を持ってれば、御の字だろう」と土産物屋の親父。
「そんなに治安が悪いかね?」スタンフィールド氏が多少の驚きを見せて言った。
「いんや。鼻っ柱が強そうな顔だよ。危ない場でも意地を張りそうだ」訳知り顔にそう宣った親父だが、その人物眼に異議を唱えるでもなく、スタンフィールド氏は、ふむん、と頷いた。
二人の眼前、一杯酒屋の三人組は都を案内するとでも青年に吹き込んだか。愉快そうに笑っている青年を驢馬に載せると手綱を握って歩き出した。スタンフィールド氏が再びその青年を見かけたのは、日没も近づいた夕暮れ時の繁華街となる。
薄明かりの中、繁華街の喧騒に紛れて、青年は一人で歩いていた。驢馬の姿は見当たらない。
尋常ならざる事態に巻き込まれたのか。安っぽく派手な服は彼方此方が千切れ、地面に転がったかのように土煙に薄汚れていてまるで浮浪者の如き様相だった。袋叩きにでも合ったかのように痣で青黒く腫れあがった表情からは、朝の無邪気な笑顔はすっかり消え失せている。
酒場の前で自分の驢馬の傍に座っていたスタンフィールド氏は、関わり合いになるまいとそっと視線を逸らした。しかし、火に誘われる羽虫のように、青年はふらふらとスタンフィールド氏に歩み寄ってきた。
「驢馬……俺の驢馬」ブツブツと呟きながらやってくると、スタンフィールド氏の驢馬に手を伸ばし始める。
「……おい、他人《ひと》の驢馬に気安く手を触れんでくれよ」立ち上がったスタンフィールド氏が警告の声を掛けると、青年はまるで夢から醒めたように目をぱちくりとさせた。
「……あんたの驢馬だって?」
「少なくともお前の驢馬じゃない。べたべた触るんじゃぁない」
「旦那、良い驢馬だね。いい驢馬だ」青年が話しかけてきた。
スタンフィールド氏は、背筋に冷たいものを覚えた。青年の声には、まるで抑揚と言うものが無く、声に込められた感情と言うものがまるで感じられなかったからだ。
喉を鳴らして唾を呑み込むと、スタンフィールド氏は冷静に警告した。
「もう、話し掛けるなよ。誤解を受ける前に失せるんだ」
「旦那の驢馬かい?」端的な拒絶を気にした様子もなく、青年はヘラヘラと締まりのない笑みを浮かべて、べたべたと驢馬を触ってくる。
「……ポレシャの驢馬だ。焼き印もされている」
盗まれてもすぐに手が廻るぞ、と警告を込めたスタンフィールド氏の意を汲み取り損ねたのか。聞いてるかも怪しい様子で、青年は言葉を続けた。
「旦那の驢馬かあ。羨ましいね。そんな若さで驢馬を持ってるなんて、旦那はきっと大物になるよ」
壊れたレコード、そんな形容詞がスタンフィールド氏の脳裏に浮かんだ。
まるで台本を棒読みしているみたいに言葉を呟いてる青年だが、素人声優でさえ、もう少し情動が込められているに違いない。
青年から伝わってくる不気味さに内心、怯《ひる》んだスタンフィールド氏は、すぐさま酒場へ逃げ込みたい誘惑に駆られたが、驢馬にはギルド銀貨やその他にも重要な荷物が詰まれている。
(……マギーちゃん、話が違うぞ)スタンフィールド氏は内心で愚痴った。
『人目の多い場所ですし、なんなら都市警備だって五分で飛んできます』
揉め事は起きないとマギーは保証していた。馬鹿でも起こさない筈の場所だった。
勿論、青年の心理状態は普通ではない。誰ぞに吹き込まれた言葉をそのまま都合がよい他者に投射することで、青年は自分が被害者《カモ》になった現実で心の均衡を守っているのだろうか。プロの犯罪者を想定していたマギーだって想定外には違いない。
兎も角、安全確保の為のプロトコルを確実に順守した筈のスタンフィールド氏は、しかし、今、背筋にゾクゾクと危険が迫ってる気配を感じとっていた。
臆病な草食動物のように一心不乱に逃げるべきだろうか?
(……しかし、俺の金。それにマギー、キャシディの賞金)
少し目を離したら驢馬になにをされるか分からない事もあって、この場を離れるのも躊躇してしまう。
「旦那は、何処から来たんだい?麗しのズールにはなにしに?仕事を探してるなら紹介するよ。独身者にもいい仕事なんだ」
遠出してきたか、近場の出かを探ってるとも捉えられる。言い換えれば、単独なのか、仲間がいるのか。ズールに伝手があったり、顔見知りがいるのか、教えてくれと言わんばかりの質問だった。勿論、スタンフィールド氏は、そこまでの間抜けでも世間知らずでもないので、自らの内実をペラペラ喋ったりはしない。
スタンフィールド氏は沈黙を守ったが、青年は構わずに話続ける。
「俺も田舎から来たからね。案内してやろうか。いい服屋を知ってるんだ。最近、流行の。そのダサい服は荷物にしまいなよ。きっとお似合いだよ。女にもモテる」
言いながら、青年は横木に巻いた驢馬の手綱を勝手に取ろうとした。
「手綱に触れるな」得体の知れない恐怖に冷や汗を掻きつつ、スタンフィールド氏は鋭い声で青年に警告した。
無言で眺めてくる青年に対し、スタンフィールド氏はゆっくりと告げた。
「手綱を結ぶ時に、俺は店の小僧に頼んだ。店の連中は、これが俺の驢馬だと知ってる」
青年はじっと沈黙していた。スタンフィールド氏は唸った。
「揉め事を起こすな。さっさと消えろ」
「……随分酷いな。ひどい言い草じゃあないか。まるで俺たちを泥棒扱いしやがって」青年は仮面のように無表情で呟いた。
危うい雰囲気を嗅ぎつけたか。スタンフィールド氏が小遣いと菓子をやった店の小僧が駆け寄ってきた。
「人を呼びましょうか?」気遣うようにスタンフィールド氏に尋ねる。
「マギーも呼んでくれ」スタンフィールド氏は躊躇なく頼んだ。
青年は、横木に巻いた手綱を離そうとしない。
「……俺の驢馬から離れろ。よく知らん奴に手綱を預けるほどアホじゃないんだ」
「阿呆……阿呆かぁ」そこで初めて青年はくすくすとおかしそうに笑っている。
「妙なことを考えるな……そこの酒場に仲間がいる。腕利きで容赦のない奴だ。さあ、あっちへ行け」荒事にはしたくない。スタンフィールド氏は先日、無法者に肩を撃ち抜かれており、まだ銃傷が完治していない。
「……俺の驢馬だよ。俺の驢馬だった」青年が据わった不気味な目でスタンフィールド氏を見据えた。燃え盛る怒りが、青年の表情を別人のように変貌させていた。目が狐のようにつり上がっている。
「おい、やめろ。揉め事を御免だぞ!」スタンフィールド氏は叫んだ。
※※
「誰か!誰かぁ!驢馬強盗だよ!助けてぇ!旦那が殺されるぅ!」酒場の小僧がサイレンのように甲高い声で叫び出すや否や、マギーが酒場から飛び出してきた。
マギーの見知らぬ男が、驢馬を奪おうと雇い主に襲い掛かっていた。劣勢に陥ったスタンフィールド氏は、片腕で必死に頭を守っている。ゾンビの攻撃パターンではないと、マギーは瞬時に読み取ったのだろう。躊躇せずに、手にしていた革袋を振り下ろした。
およそ五キロの固形重量物を青年に叩きつけると、そのまま飛び掛かって喉を締め付けながら足払い。強靭な足腰から繰り出された足払いに青年の体が宙へと浮かび、その儘、自重で固い木の床へと叩きつけられた。
衝撃に呻く青年に馬乗りになって組み敷くや、マギーは間を置かずに殴りつけた。鉄の鋲を嵌め込んだ革グローブを振り下ろし、腰の捻りを加えながら狙って顎や喉、眼球、米神、鎖骨、心臓の上へと容赦のない打撃を叩きこんでいく。
「他に仲間?!」マギーの叫び。
「いない」咳き込みながらスタンフィールド氏の応え。
周囲を警戒しつつ青年を殴りつけていたマギーだったが実際、邪魔が入る気配もない。叩きのめされた青年が無力化されたと見たのか。銃や刃物、サイボーグ義手義足などの有無を手早く調べてから、後ろ手にビニール紐で縛り上げる。
他に伏兵がいないか。距離を取って青年と周囲をしつこく警戒しつつ「大丈夫ですか?」ようやくにスタンフィールド氏の安否をマギーが気遣った。
「俺は大丈夫……助けてくれてありがとう」肩の痛みに顔を顰めつつ礼を述べると、スタンフィールド氏は驢馬強盗を一瞥した。後ろ手に拘束された青年は、血の泡の入り混じった涎を垂れ流しながら絶えざる痛みに苦悶している。
「そりゃ、そうなるよな」予想通りと言えば予想通りの結末だったが、それでも一抹の不安があった。とうのマギーの言いぐさだと、護衛が強盗に不覚を取ることもあるし、危険な場所に近づかないのが一番だと散々に脅してもくれた。恐らくはそうした警告も含めて、そこらの居留地で雇える護衛としてマギーは最良の部類に違いまい。これ以上の腕前を求めると、雇用費が桁一つ上がってもおかしくない。
兎も角も、手際よい制圧にスタンフィールド氏は安堵する。それから三分もせず、黒い制服を着込んだ都市警備兵たちがやってくる。警邏の途中だった警備兵たちを店の小僧が呼んできたようだ。衛兵隊長は、地面で呻いている青年とベンチで氷で打撲を冷やしてるスタンフィールド氏を見比べた。それからマギーを一瞥し、苦い表情を浮かべる。
「で、なんの騒ぎだ」警備兵の一人が尋ねる。
「俺の驢馬なんだが、そいつが因縁を付けてきた」とスタンフィールド氏。
「お前の驢馬と、証明できるか?」警備兵の問いかけに、スタンフィールド氏は懐から紙切れを差し出した。
「これが驢馬の登録証」
驢馬の焼き印は、紛れもなくポレシャのものだった。紙面に記された家畜の特徴も間違いなく、登録証も偽物には見えない。登録証を確認した都市警備兵は大きく頷いた。流石に遺伝子登録やチップの埋め込みの部分は空白となっている。概念は幾らか残っているものの、自由都市すら高度産業時代のインフラは大半が失われている。
「ポレシャ市民、か」警備兵の口調がやや改まった。麦の産地ポレシャは、独立した大きな居留地で、取引相手としての信頼の厚さから、自由都市ズールでも一定の尊重がされているようだ。
「貴方がポレシャ市民のキャロル・スタンフィールド氏だと証明できる伝手はありますか?」驢馬がポレシャのキャロル・スタンフィールドの持ち物であることに間違いはない。十中八九は当人だとしても、後は当事者が身分を詐称してないかが問題なのだろう。
「プロイス商会のマネージャー、ジョーンズ氏か、ミヒャエル・プロイス氏なら……いや、会ったばかりか。特にないな」考え込んだスタンフィールド氏が首を振るう。
そこで都市警備兵の隊長が口を挟んできた。
「パオロ・ジャッコーニを知ってるかな?」
「雑貨店の爺さん。知り合いか?」とスタンフィールド氏。
「ズールに来た時は、時々一緒に呑む」その言葉にスタンフィールド氏が苦い表情を浮かべた。
「きっと俺のろくでもない話ばかり聞いたに違いない」
「実験の話は耳にしたな」と警備隊長。
「硝酸を作りたかったんだよ。自作出来れば、随分と役立つからな」
そこまで聞いて警備隊長が相好を崩した。
「間違いない。ポレシャの知り合いが言ってた通りの奴だ」
「ポレシャ市民で登録証も持っている。 スネイクバイトの一人を護衛に雇える」頷いた警備隊長が、後ろ手に拘束され呻いてる青年を見下ろした。
「……驢馬……俺の驢馬ぁ」青年はブツブツと呟いていた。
「お前はどうだ?」警備兵が身の証を立てられるか質問を投げかけた。
「俺の驢馬、俺の驢馬なんだよぉ」哀れっぽく訴えかけてくる。
「何処から来た?何者だ?」
「驢馬を返せ。返せよぉ」似たような言葉を繰り返してる青年に、マギーが舌打ちした。
「お前の驢馬なら、積み荷の中身を知ってるよな?」
青年はポカンとした後、口を開いた。
「服と食料だ」
マギーは無言で詰まれた袋から、塩漬けされた女の生首を取り出した。青年が小さく悲鳴を上げる。
「どうした?お前のなんだろ?なんでびっくりしてるんだ」マギーが淡々と言った。
「ひっ、人殺し!」青年が喚いた。
「馬鹿め。ここは賞金首の換金所だ」冷たく言い放ったマギーが、驢馬泥棒の顔に生首を突きつけた。
「美人だろ?彼女はメリザンドちゃん。賞金額470クレジットだ」
「近づけるなぁ」震えながら驢馬泥棒が後退った。
「酷いことを言う奴だ。お前の持ち物だろう?キスでもしてやれよ」
震えて蹲った青年の胸を踏みつけると、マギーは強盗にとどめを刺そうとナイフを抜いた。
「マギー、もういい」スタンフィールド氏が制止した。
「この手のコソ泥は、恩には着ませんよ?」驢馬泥棒を睨みながら、マギーが言った。
「分かってる」重ねての言葉にマギーは表情を歪めると、スタンフィールド氏を見た。殴打されて傷が開いたのか、スタンフィールド氏の肩から血が滲んでいる。脂汗を流しながら、スタンフィールド氏は「マギー」と繰り返した。
マギーがため息を吐いた。雇い主の命令に従う事にしたようだ。驢馬泥棒を蹴り飛ばすと「次に見掛けたら、殺す。脅しじゃない」囁いてから、用心深く距離を取ってスタンフィールド氏の傍へと下がった。
「引っ立てろ」警備隊長の言葉で両脇を警備兵に引きずられながら、驢馬泥棒は丸まって泣いていた。
「彼はどうなる?」とスタンフィールド氏。
「武装強盗と傷害で罰金刑と懲役。罰金を払えなければ、刑期はさらに伸びる。
郊外の農園で……八年から十二年の労働刑と言ったところだろう」
「……厳しいな」思わず漏れたスタンフィールド氏の言葉を耳にして、警備隊長は呵々大笑しながら護衛へと向き直った。
「スネイクバイト!善良なスタンフィールド君から目を離すなよ!」
周囲の観衆たちは残忍な笑い声を鞭のように浴びせながら、連行される青年の背を蹴り飛ばしたり、物を投げつけていた。
「なんで、同情してるんです?あんなのに」マギーが耳元に囁いた。
「さあ、なんでかな」痛みに耐えながら、スタンフィールド氏は首を振った。
マギーが肩を竦める。スタンフィールド氏も、自分で甘いとは分かっている。或いは、同行者を失望させたかもしれない。
「傷を見せてください」マギーはそう言って、スタンフィールド氏の肩の傷を調べ始める。
「……貴方が無事で良かった」ホッとしたようにマギーが言った。
スタンフィールド氏は目を閉じた。マギーの残酷さに嫌悪感を抱くのは間違えてるだろう。
「首を換金してきますが……立てますか?」
「何故だ?」
「一緒に来てください。一人にするのが不安です」
どうやら、随分と信頼を失ってしまったようだ。
億劫そうに半身を起こしたスタンフィールド氏は、遠ざかっていく青年を眺めながら、度し難いな、と口元を撫でた。
あからさまな罠に嵌った青年は、確かに愚かだ。しかし、狐を捕らえるには狐の罠を。熊を捕らえるには熊の罠を猟師は用意するものだ。
ひとつ。何かが違えば、自分も似たような目に遭っただろうか?
考え込んだスタンフィールド氏は、有り得る、と結論した。
用心深いよそ者を捕らえる為の、逃げようのない罠が広大な都市の何処かに張り巡らされていても不思議はない。陥穽の程度は問題ではない。悪意を持つ者の存在が警戒に値する。
「……君の言う通りだ。ズールは治安が悪いなぁ」立ち上がる際に肩を借りながら、スタンフィールド氏はマギーにぼやいた。