廃墟での眠りには、何時も不安が付き纏っている。夜の静けさの中で、ねぐらに怪物がこっそりと忍び込む可能性がわずかながらも消えない。巨大蟻や野生の猪に喰われる恐れがあるし、もしゾンビに一口でも齧られたら、その瞬間に終わりだ。
朝から食べ物を探し回って疲れ切っていたトリスは、なによりも横に成りたかったが、比較的に安全なねぐらにたどり着くまで我慢しなければならない。
崩れかけた灰色の廃ビルの谷間をトリスは慎重に歩いていた。辺りに怪物が出ないことは把握している。つい先日、居留地の警備隊《ガーズ》が間引きで変異獣の小さな群れを狩りたてたばかりだ。行商人の隊商を襲った群れは、生き残りの商人が居留地に駆け込んだ為に警備隊《ガーズ》に駆除された。曠野で猛威を振るう変異獣の群れでも、狩猟用ライフルにエアライフル、燧石式《フリントロック》銃などで武装した十数人にとっては狩猟の獲物でしかなかったようだ。とは言え、小型の変異獣の一匹でも廃墟の子供にとって恐ろしい怪物であることには変わらない。連中の住処だった区域に踏み込むのに、トリスはかなりの勇気と細心の注意を必要とした。
元々、四方を虚ろな廃墟に囲まれた小さな空き地を見つけたのは偶然。新しく鼠捕りの罠を仕掛ける場所を探していて偶々、迷い込んだのだ。
日光が差し込む地面に踏み込んでみると、足元の土が奇妙に柔らかかった。しゃがみ込んで指先で捏ねると団子状に固まったので、やや水はけは悪そうだ。最良の土は指先でさらさらと崩れる。それでも廃墟一帯には珍しく雑草が茂っている。トリスは叢に慎重に足を踏み入れてみた。低くしゃがみ込みながら、棒を突き刺しては食べられそうな手応えを探し続ける。
「食べ物、出てこい~」呟きながら地面を掘り続ける。やはり、土はかなり柔らかい。おそらく誰の物でもない廃棄された畑だろう。持ち主が死んだのか、或いは労働に収穫が見合わなかったのかは分からないが、時には野生化した芋や根菜、或いはその地下茎などが埋まっている。
勿論、収穫期を外れれば、収穫量や質は大きく落ちるけれども、廃墟民にとっては貴重なビタ……ビタミン?となる。トリスは周囲を見渡し、茂った雑草の中に隠れているかもしれない収穫物を探し始めた。雑草の中からは野生のビート、ニンジン、カブなどが顔を覗かせる事もある。
トリスは丁寧に手を使い、根菜の痕跡を探しながら土を掘り起こしていった。やがて指先に感触を感じると、そっと土を取り除いてみる。小さなニンジンの束が出現し、続いてカブのような根菜も見つかる。収穫期を過ぎていたため、これらの野菜はやや縮んで硬くなっていたが腐ってる様子はないし、それでも食べ物には違いない。小動物や虫の肉と交換したり、廃墟の飯屋で怪しげなスープの一杯にすることもできる。最悪、小さなげっ歯類を捕らえる罠の餌にしてもいいのだ。トリスは地面から引き抜いた根菜を慎重に手に取って、小さな袋に詰め込んだ。これらの野菜は廃墟の住人にとって、短期的な食料不足を補う貴重な糧となる。
トリスは念のために周囲の壁や地面を確認した。看板もなく、壁に文字も書かれていない。誰の縄張りでもない場所で、どうやら秘密の畑跡を見つけられたようだ。特に冬の間など、食料の入手が困難になるため、こうした廃墟での食料供給地は生き残りに大いに貢献してくれる。このまま他の廃墟生活者にも見つからなければ、だが。ともかくも収穫を終えたトリスは、他人の視線に怯えつつ、ちょっと心臓をドキドキさせながら廃墟の外へと歩き出した。背中には収穫物が詰まった袋が揺れていた。
空き地から細い道を通って廃墟の外に抜け出ると、冷たい風が頬を撫でる。サングラスゴーグルの下に怯えを孕んだ視線で、周囲に誰もいないことを確認し、ゆっくりと歩を進める。道中、度々立ち止まって背後を振り返っては周囲の気配を探る姿は、臆病な栗鼠を思わせるが、食べ物の採れる縄張りの確保は孤独な廃墟生活者にとって生死を左右した。突然、茂みの中から音がした。トリスは立ち止まり、しばらく息を潜めて耳を澄ました。動く気配は感じられないが、数秒を念入りに確認してから、近くの廃屋に潜り込んでようやく気を緩めて吐息を洩らした。
一時的なねぐらと定めた近くの廃屋は、半壊した壁と崩れた屋根が特徴で、一見すると人が潜むには狭すぎた。その狭さがトリスには丁度良い。かつては小さな商店だったようで、棚やカウンターの残骸が散らばっている。トリスがこの場所を選んだのは、外から見て危険そうに見えるため。つまり、他の人間が侵入を躊躇う為だった。入り口は瓦礫で半ば塞がれており、容易に侵入できないように見える。しかし、裏手には小さな窓があり、トリスがかろうじて通れるだけの隙間がある。この隠し通路が、トリスにとっての安全な避難経路となっていた。
風の音が漏れ聞こえるけれど、廃屋は悪い避難所ではなかった。息を潜めていれば、人攫いや怪物どもの目から一時的には逃れることもできる。トリスは周囲を見回しながら、収穫した野菜や捕まえた野鼠を袋から取り出し、床の上に並べてみた。これで二、三日は食い繋げるだろう。次に窓に目を向けて、外の様子を窺ってみる。今は静かだが、廃墟の脅威はいつ現れるか分からない。
廃墟生活者にとって、脅威は変異獣だけではない。ゾンビも彷徨っているし、巨大鼠に巨大蟻などの狂暴化した生物も巣食っている。なんならコヨーテや狼など元から危険な生き物も徘徊していた。時々は人攫いの一団も廃墟に踏み込んでくるし、手先だって紛れている。他の廃墟生活者や浮浪児だって、仲間のいない孤児を見つければ持ち物を奪うくらいは平気でやる。トリスにとっては会いたくない相手だ。
そしてなにより居留地の保安官を忘れてはならない。
弾薬は通貨だ。それも最上級の。廃墟生活者の手元にはわずかしか残っていない。廃墟の人々にとっては僅かな火薬や薬莢を確保するのも一苦労だし、もし弾薬を浪費してしまえば命取りになりかねない。弾薬よりは調達しやすい鉄球やエアライフルのペレット。クロスボウで代用する手もあるが、それにしても安い買い物ではない。廃墟を根城にしてるどんな大きな徒党でも、変異獣の群れを片手間に掃討する真似なんて出来っこない。しかし、保安官が動けば、廃墟のどんな怪物も、大手の徒党もその日のうちに潰される。保安官を恐れよ。法秩序の守護者を気取っているが、廃墟で生きていく以上、絶対に怒らせてはならない神の如き存在であった。
廃墟は打ち捨てられた世界で生きるに厳しい環境だ。金色バッジの保安官は生態系の頂点に立っており、そしてトリスは最下層の無力な虫けらだった。多分、生涯を廃墟生活者として生きて、やがては無意味に死ぬのだ。どうすれば抜け出せるのかも、想像できない。朝から日の出とともに廃墟を歩き回って食べ物を探した為、トリスは腹が減っていた。水筒代わりのガラス瓶から濁った水を飲みつつ、鼠肉の燻製をよく噛んで呑み込むと、うとうとと眠気が押し寄せてくる。安全そうな場所で小刻みに寝るのは廃墟生活者の習慣で、トリスも逆らわずに目を閉じた。幸い、辺りに他人や怪物の気配は感じられない。狭い場所にも入り込んでくる巨大鼠やら蛇なども、変異獣の縄張りだった場所にすぐに出没するとも考えにくかった。
廃墟の広さに比べれば、怪物やら狂暴な動物の数は比較的少ない。とはいえ、運悪く遭遇すれば命取りになる。廃墟生活者は日々、リスクを念頭に置きながら食べ物を探し、睡眠を取っている。今は休息が必要だ。疲労が蓄積すれば、判断力が鈍り、危険に対処できなくなる。トリスはそのことをよく理解して、一人で眠るときには、何時も目覚める事が出来るかを不安に思った。
薄暗い廃墟の片隅で、トリスは体を丸めて眠りについた。微かな風の音が耳に心地よく、ほんのひとときの平穏に浸った。時々、夢の中で廃墟を抜け出すけれど、その先が浮かぶことはない。何時も支離滅裂なイメージへと散っていく。知らない世界を、人は思い描けない。過酷な廃墟から抜け出したいと思いながら、トリスは半ば諦めてもいる。でも、今見てる夢は珍しく具体的で、トリスは大きな廃ビルで安全に暮らしていた。テーブルの上に転がる巨大蟻を前に、そう言えば先日、誰かに助けられたな。と脳の片隅でトリスは思いだした。どれくらい寝ただろうか。目を開けると、疲労は大分、薄れていた。目覚めれば待っているのは厳しい現実。それでも少しだけ気分が良かった。空気はひんやりとして、昼間でも薄暗さが漂っている。廃屋には陽光がほとんど届かず、わずかな光源に頼るしかない。これが、長い間この場所をねぐらとしてきた理由の一つでもあった。光が少なければ、他の廃墟生活者にも見つかりにくい。
突然、外からかすかな音が聞こえた。トリスは身を固くし、静かに耳を澄ませる。軋むような音は風に乗って微かに聞こえ、何かが動いている気配を感じさせた。もしかしたら、ただの風の音かもしれないが、トリスにはその判断ができるほど余裕はない。
トリスは再び袋を取り出すと、慎重に荷物を取りまとめながら、近くの壁に背を預けて窓の外を見守った。危急の際に備えて、持ち物は常に整頓している。廃墟生活の日常は、一歩間違えば容易く致命的な状況へと移り変わる。急いで移動する必要が生じたとき、すぐに持ち運べるようにするのが鉄則だった。
風の音だけが静かに響く中、トリスはかすかな音も逃すまいと神経を集中した。どこかで動く気配があれば、すぐに反応できるように準備を整える。心臓は高鳴り、集中力を高めることで辛うじて不安を抑え込む。水を飲んだばかりなのにひどく喉が渇いた。
窓の外から一瞬、影が差し込んだ。何者かが廃屋の様子を窺っている。それは人間のものではないようだったが、錯覚かも知れない。形が不明で、慎重に確認する必要がある。トリスは瞬時に身を隠すと、音を立てないように静かに棚の後ろへと移動した。目を凝らし、静かな呼吸を心掛けながら、慎重に脱出用の窓への距離を測っておく。もしかしたら、トリスのような浮浪児が寝床を探してるのかも知れない。もしかしたら、害のない動物なのかもしれない。追い払う為に戦うべきだろうか?
此処で何かの手がかりを掴むために待つ判断もありだろうが、息を止め、心臓の鼓動に耳を澄ませながら、一瞬だけ考えてから即座に撤退すると決めた。誰が近づいているのか、何が起こるのか興味はあったが、それよりも生き延びるのを優先する。
トリスはこん棒を握ると、できるだけ静かに体勢を整えた。ねぐらの確保も大事だが、一番重要なのは自身の生命である。ねぐらはまた探せばいい。外の脅威がなんであれ、本当は自分より弱い浮浪児であったとしても、正体が不明であれば『くれてやるわ』とトリスは結論した。なによりもまずは生き延びるのが先決だった。
外の音が一瞬止まり、次に再び軋む音が聞こえた。トリスはその音を背にしてゆっくりと後退し、入り口から離れるように移動した。どんな存在であろうと、今は対峙するべきではない。脱出経路を頭の中で確認し、慎重に廃屋の裏口へ向かった。
逃げ出す準備は常に出来ている。できるだけ音を立てずに脱出口に到達すると、小さな窓に身を入れる。待ち伏せされてたら一環の終わりだが、そこまでは敢えて考えない。囮を使う程に狡猾な人攫いであったら、目を付けられた時点でお終いだろう。
トリスは再び周囲の音に耳を澄ませた。風の音が支配的だったが、他の異変は感じられない。裏の窓を慎重に抜けると、一帯の様子を窺った。安全そうだと判断すると、トリスは素早く抜け出して、出来るだけ素早く廃屋から離れる為に路地を小走りに進んだ。
充分に離れたと判断してから「いい隠れ家だったのに……」そう不満げにトリスは呟いた。しかし、廃墟の中で生き延びるには執着は禁物だった。できるだけ慎重かつ迅速に次の安全地帯を見つけなけらばならない。
再び薄暗い廃墟の町並みを進みながら「寝る場所をどうするかな」トリスは頭を悩ませた。水の確保、食料の補充、そして安全なねぐらの確保。手持ちは節約して二、三日分の食料。水は乏しい。そこで再び、居住区で飲んだ透明な水の味を思い出し、喉を鳴らした。
「……そう言えば、助けられた礼をしてなかったか」生き延びるための優先順位を確認しながらも、思い出したように呟いたトリスは、臆病な鼠のように慎重に町並みへと消えていった。
※※
曠野を歩いているトリスの視線の彼方、遠くに見える居留地のかがり火がかすかに揺れていた。廃墟での暮らしに比べれば居留地は随分と安全だが、そこに住むには労働力や技能が求められる。或いは物資や情報、金銭でも代替できるが、町外れのような下層区画でさえ、トリスのような浮浪児にとっての負担は容易ではなかった。
加えて廃墟生活者の社会的地位は、最底辺を彷徨っている。居留地で盗みを働けば焼き印を押されて追放刑に処されるし、市民や正規居住者に対する強盗や傷害、殺人などを起こした重犯罪者は、ほぼ絞首刑に処される。居留地の入り口には、時折、盗みを行った廃墟民が吊るされている。
居留地のかがり火が近づくにつれ、トリスの心中には葛藤が生まれた。トリス自身は法執行官に目を付けられるような行いをした覚えはないが、一部の廃墟生活者の行状はけしてお行儀がいいとは言えない。加えて、偏見の目も存在している。居留地の住民は、廃墟生活者を厄介者とみなして疑いの目を向けることも多いのだ。
トリスは立ち止まり、少しの間、風に身を委ねながら思案した。居留地に入り込めば、取りあえずは安全だが、不良少年らに絡まれたり偏見の目に晒される事もあるだろう。かと言って、廃墟で危険な生活を続けても先が見えない。結局はそれほど選択肢がある訳でもないので、トリスは再び居留地へと向かって歩き出した。
居留地とはいえ下層区画だが、太い木材で組まれた柵に頑丈な壁が街路を遮っており、数人の自警団員が出入り口で見張りに当たっていた。
近郊の畑との往来をしていると思しき労働者に、羊と山羊を連れた牧者、荷を背負った行商人たちが疎らに出入りしているが、殆んど呼び止められる様子もなかった。躊躇いがちに歩み寄ると自警団員は鋭い視線を向けてきたが、誰何の声を掛けられることもなく、俯き加減に通り過ぎたトリスは、ホッと安堵の吐息を洩らした。
路地には薄汚れた子供たちが笑いながら走り回り、街角の労働者たちは日々の疲れを引きずりながらも酒や煙草を楽しみ、ハーモニカやギター、太鼓の軽やかな音色に身体を揺らしていた。細々とした焚き火が所々で燃えており、穏やかな熱と光が人々の厳しい生活を照らしていた。居留地の中心部に比べれば、町外れは依然として荒廃しているが、それでも廃墟より遥かに人間らしい生活が営まれている。
トリスは周囲からのそこはかとない警戒の視線を感じつつ、できるだけ目立たないように歩みを進めた。この場で問題を起こせば、逃げ場を失うことになる。トリスは慎重に一歩一歩を踏みしめながら、居留地の奥へと進んでいった。
廃ビルの恩人たちを探すのには結構、苦労させられた。木賃宿の亭主は不機嫌そうで話し掛けるのを躊躇させられたし、路地裏のねぐらや表通りの家でも迂闊に覗き込めば、盗人と誤解されかねない。
結局、長身の女性と小柄な少女の二人組に助けられて礼をする為に探してるのだと、道行く人たちに聞き込みを重ねて、なんとか目当ての人物たちが路地裏に暮らしてる事を突き止めた。
突然、尋ねてきた廃墟の浮浪児から「これ、お礼……あの。大したものじゃないのは分かってるけど」差し出された野鼠肉の燻製を微妙な顔をして受け取った二人組と別れると、トリスは手ごろな廃墟の影へと潜り込んだ。そこは屋根も無ければ壁も崩れていて、巨大鼠やゾンビも防げないだろうけれど、バリケードに近いので怪物に襲われる可能性は低いと踏んでいる。
(……宿代だと思えばいい)居留地のバリケードの内側で休めるのなら、鼠肉の燻製も、安いものだとトリスは割り切る。兎に角、寝床は確保できた。いい寝床ではないので、他の浮浪者にも追い出される可能性は低いし、多分、誰にも襲われない。取りあえず、廃墟生活者にはそれで充分だった。
それからもトリスは時折、恩人である娘たちのところに顔を出しては捕まえた蛙や野鼠を差し出した。『廃墟』(※地域としての廃墟一帯)へと帰る前には、居留地の適当な廃墟(※文字通りの建物)に潜り込んで一眠りする。町外れの居住区に怪物や悪漢が出ない訳でもないけれど、廃墟に比べたら遥かに安全で治安もいいのは間違いなかった。眠る前に一々、寝てる間にゾンビや大鼠に齧られたり、人攫いや人食いの家畜に転落しないかと怯える必要もない。
一波瀾が起きたのは、三度目か、四度目に顔を出した時だった。「お礼です」そう言って差し出した鼠肉の燻製を受け取った二人組は、自分たちの夕食から麦粥を軽く一杯よそって「食べていきなよ」そうトリスへと差し出した。
しかし、その言葉には温かみが感じられず、鋭い視線もトリスの心の内を探るかのようにじっと見つめていた。大型の巨大蟻を屠る二人組は、暴力に関してトリスを遥かに優越している。なにか危うい気配を覚えてトリスは一瞬、手足が重く感じられた。口の中が緊張で乾いたので、わずかに喉を鳴らしながらも、なんとか強張った笑みを浮かべた。
「え、いいよ。だって、これはお礼だし」言ったトリスだが、なにか機嫌を損ねてしまったのだろうか。二人組は感情を感じさせない眼差しでトリスを見ていた。トリスの体が小さく震え、額には冷や汗が滲んできた。息が浅く、心臓が速く打つ音が自分でもはっきりと聞こえるようだった。
「……なにを考えているのかな?廃墟暮らしには、鼠のお肉だって馬鹿にならないと思うんだけど」二人組の声には、鋭い剣呑さが込められているように感じられた。トリスは心の中で慌て、脳裏が真っ白になりかけたが、深呼吸をして冷静さを取り戻そうとした。
「なにか疑ってるみたいだけど……本当に裏は」と言いかけたトリスは、言葉が口から滑り出るたびに、自分の声が震えているのを自覚した。
「ああ、うん。まず、わたしは、自分の命にそれなりの価値があると思っている。一つは純粋なお礼。私の命を救ったなら、その程度の見返りは払いたい。
で、居留地に出入りするのに、ついでにお礼もすれば気分が良くなるし、評判も良く保てる、みたいな考えもある」トリスは自分の不安を隠そうと、早口で告げた。
二人組は、顔を見合わせて、ぼそぼそと何かを話してから、やや穏やかな様子で頷いた。「ああ、うん。廃墟生活者がずっと来るんで……」と悪びれた様子もなく淡々と告げる。
「怪しい?何か盗むんじゃないかって?」トリスが問いかけると「まあ、うん」と頷いた。トリスは少し考えてから「お粥を貰えますか?お肉を提供するたびに、引き換えにお粥を貰えるなら、怪しい廃墟の小娘も、物を盗んだりはしないだろうと、そっちも安心できるなら」言って笑いかけた。トリスは怒りを現わさなかった。二人組は少しの間黙って考え、やがて頷いた。これがトリスと居留地の二人組。ニナとマギーが関りを深めた最初の転機だった。
この出来事の後、二人組はトリスに付き合う価値を認めたのか。顔を出すたびに、食べものの鍋から粥を分け与えて、また食事時でない時は数枚の銅貨や真鍮貨を渡してきた。トリスは悪びれずにそれを受け取り、代わりに落とし穴やワイヤートラップで捕まえた野鼠や蛙、栗鼠を丸ごと一匹や時々、二、三匹を手渡す事もあったし、それでまた食事や金を受け取った。
一か月、二か月と慎重に反応を探り合いながら、トリスと二人組は互いに公正と思う取引を続けた。時には多少、言い争ったが決裂する前にどちらかが折れたし、その頃には、互いに長く付き合った方が得な相手だと考えていたので、相手も苦笑いを浮かべつつ幾らかは譲歩もした。そうしてトリスと二人組の間に多分、ほんの少しだけ信頼が生まれたと思う。やがて、
※※
広大な旧市街地のごく一部には、金網や木柵で守られた一帯が点在している。外の危険から隔離された安全な一角は、いわば小さな隠れ家のように物々交換や情報交換の場の役目も果たしている。とは言っても、いつの間にか、ゾンビや変異獣の群れに潰されている事も珍しくはないのだが。
廃墟生活者にとっては食料や物資、情報を得られる貴重な市《いち》だが、取り仕切っている徒党は基本、市《いち》の乗っ取りを警戒して余りよそ者を好まない。安全なねぐらは誰だって欲しい。武器と人数を集めた他の徒党によって市《いち》の持ち主が変わるのも、廃墟では比較的によくある事だった。
それでも金や物資を落とす客は取りあえず歓迎されるし、場所代を払えば商売だって行える。市《いち》を取り仕切る徒党が変わっても、変わらず商売し続ける店も珍しくはなかった。小娘のトリスだが、小金が出来たので時折、市《いち》に顔を出しては露店を冷やかし、屋台で飯を食べている。正直、値段の割に美味しくないが喰えない訳でもない。それに廃墟の出来事に耳を済ませておかないと思わぬトラブルに巻き込まれる事もある。事情通の連中や商人らの小話を近くで耳を澄ませておくだけで、徒党の動向やら怪物どもの縄張りやらの噂を耳に出来るので情報料と割り切っていた。特にゾンビや変異獣の動向は重要で、廃墟では命に関わるのでできるだけ早めに耳に入れておきたい。
その日もトリスは市《いち》へと赴いてみた。マギーに貰った小銭で飯を食い、仕入れた情報の幾らかはマギーへと流している。居留地住まいの
同じ年齢の浮浪児の店から買ったバッタの串焼きを食べながら、トリスは隠れ市《いち》をぶらついてみる。今のところ、これと言ってめぼしい情報も無かった。精々、廃墟の外れで廃墟民の徒党同士が小競り合いしてるとの話くらいだが、これとて日常茶飯事なので価値があるかは疑わしい。
「……役に立つかな。うーん。小遣いをもらえるかも」ぶつぶつと呟きながら、トリスはさらに市《いち》を歩き回った。役に立ちそうな噂を知らせると、マギーから追加の小遣いを貰えることもある。とはいえ、所詮は人伝の情報。トリスも伝える際に信頼性に疑問があることは、警告として添えていた。
小さな市《いち》の喧騒を歩き回って注意深く聞き耳を立てたトリスだが、どうも今日は良い情報もなさそうだ。そんな一日もある。さっさと見切りをつけて廃墟の何処かで食べ物を探した方が建設的だろう。居留地で休むのもいい。最近のトリスは、一日の半分ほどは居留地で過ごしていた。
少し離れた路傍で、小さな揉め事が起こっていた。それもまた廃墟の市《いち》の日常だ。なにやら商談がこじれたのか、少女と若い農夫が声を荒げて言い争っている。それどころか、若い農夫は少女の袋を取り上げようとしていた。
「嘘つき!嘘つきぃ!」少女は必死に袋を掴みながら、甲高い声で非難している。
「うるせえ!」と男が怒りの叫びと共に突き倒して、袋を奪い取った。
「待って!返してぇ!」悲痛に叫んだ少女の袋を持って、男が駆け去っていった。
周囲の人間は、まるで何事もなかったかのように無関心に通り過ぎていった。足早に通り過ぎる者もいれば、一瞥すらせず無視している者もいた。誰も助けの手を差し伸べない。特に金のない者たちには極めて冷淡だ。どうせ、娼婦かなにかの揉め事だろう。或いは初心な娘が質の悪い男にでも引っ掛かったか。どちらにせよ、後ろ盾もいない浮浪児に過ぎない。トリスもどうでも良さそうに通り過ぎようとしたが、少女の顔を見てギョッとしてサングラスゴーグルの下の目を瞠った。昔の仲間、メイだった。
市《いち》の飯屋では怪しげな料理が売られている。荒れた土地でも育つ蕎麦にレタス、謎の根菜やキノコがざく切りで鍋に放り込まれ、巨大鼠の肉や芋虫に蝉、飛蝗など食べられるタンパク質と一緒に無造作に煮込まれている。この煮込みスープは見た目も香りも決して良いとは言えないが一応、食べられる味だし少なくとも腹は膨らむ。
相も変わらず酷い代物だ。最近は、まともな食事にありついていることもあり、トリスは煮込みスープに食欲をそそられなかったが、横で涎を垂らしたメイはよほどにひもじかったようだ。奢りのスープを掻きこんでいる。以前、喧嘩別れした徒党の一員だが、全くひどい有様で身体は薄汚れており、粗末な服はボロボロ。スナフキン帽子は破れていた。
「み……三日ぶりに食べた」あっという間に椀を空にしたメイがため息を吐いた。それから食事を奢ってくれたトリスを決まり悪げに見た。
「……生きていたんだ。上手くやってるみたいだね」
「……おかげさまで」比較的にマシな性格のメイだが、荷物を失ったばかりの浮浪児を相手にトリスは油断はしない。メイは別に追放を主導した一員ではないが、それでもいささかの苛立ちを隠さず、トリスは口をへの字に曲げた。
皮肉の一つでも言ってやろうか、と考えをまとめているトリスの目の前で「ごめん……もう限界」言ったメイがふらっと崩れ落ちた。ギョッとしてトリスが受け止めると、寝息を立てている。
「マジか、こいつ」舌打ちしたトリスだが、メイは余程に疲労が溜まっていたのだろう。静かな寝息を立てながら涎をたらして幸せそうに眠っている。寄り掛かってくるメイを叩き起こそうとして、しかし、手を止めたトリスは、苛立たしげに天を仰いだ。
「起きなさい」メイの鼻が摘ままれた。
「そろそろ起きなさい。起きろ」ベンチに寝ているメイの肩が揺すられた。
「……おぅ?」メイが目を見開くと、サングラスゴーグルのトリスが顔を覗き込んでいた。
「あんた、二時間も寝てたわ」言われたメイは慌てて身を起こした。
「そんなに?!」驚きの悲鳴を上げている。
「もう仲間じゃないの忘れてたの?いい御身分ね」皮肉っぽい口調のトリス。
廃墟区画にはゾンビや巨大昆虫、狂暴な野犬なども徘徊している。廃墟生活者は小刻みな眠りが習性になっているとは言え、日没前に安全なねぐらを潜り込まないと命に関わる。太陽の位置からして正午は過ぎていた。そしてメイが寝ているその分、トリスは食べ物を探す事も、眠ることも出来なかった。兎も角、慌てて身を起こしたメイは、周囲を見回して無防備だったと気づくと身を震わせた。安全地帯を取り仕切っている徒党の一員か。粗末な木製クロスボウを携えていた目つきの悪い男女がメイに冷たい視線を向けている。トリスが一緒でなければ、容赦なく叩きだされていたに違いないし、或いは、無防備な小娘がもっとひどい目に遭っていたとしても不思議なかった。徒党より性質の悪い連中も、殴られるよりももっと悪い運命も、廃墟にはありふれているのだ。
「……一緒にいてくれたんだ。御免」流石にメイは決まりわるそうに礼を言ってきた。
「ホントだよ。二時間も寝やがって」ぶつぶつ言いながらも、トリスは頷いて言った。
「……まあ、知らない顔じゃないし、放置して浚われたら流石に寝ざめが悪いしね」
トリスは肩を竦めると、次の言葉でメイに切り込んだ。
「で、その様はなにごと?徒党から追放でもされたの?」
一体、何があったかのか。問われたメイは特に事情を隠すつもりもないようで、ポツポツと語ったところでは、徒党は仲間割れを起こしたとのことだった。
「低層ビルでジオが死んだでしょ。ケイも。大勢死んだ。で、縄張りが維持できなくなって、仲間割れ。ジークが新しい頭目になって、リンは数人連れて出ていった」
曠野はどこでもそうだが、廃墟では特に弱肉強食の傾向が強い。徒党が弱れば、縄張りを奪おうと他の連中が仕掛けてくる。野鼠に栗鼠、芋虫とバッタの採れる廃墟、安全な隠れ家、茸が生えるじめじめした地面、それに水源を奪われれば徒党はさらに弱体化するだろう。かと言って、自分を見捨てた連中にトリスは同情しなかった。
「そりゃご愁傷様。まあ、私を追い出した連中がどうなろうが、知ったことじゃないけどね」トリスが鼻で笑うと、メイは露骨に衝撃を受けたような表情を浮かべた。
「あんた、ひどいね」責めるような物言いに、トリスは冷たく言い返した。
「見捨てといて、よくそんな事を言える」
「だって、屋上でみんなの悪口、叫んだだろ。あれで助けに行こうって奴も、みんな黙ったんだよ」メイの言葉も、言われてみれば、だ。
「ああ、そうかもね」舌打ちしたトリスは、血色がいい。最近はよく寝ている。腹の皮が背中にくっつきそうな程に餓えることもなくなった。しかし、メイの方は明らかに上手くいっていない様子だ。先刻も、誰かと揉めていた。
数枚の銅貨を出せば、廃墟の女の半数とは寝る事が出来る。成熟した女が幾らでもいるのに、子供と寝る物好きはそう多くない。娼婦の真似事でもして失敗したのかと思うが、メイがどんな生き方をしようが、トリスにはもう関係ない。
それよりも気になることがあった。
「で、低層ビルにはいかなかったの?今、あそこは誰が抑えてる?」無駄に興味を持っていることを悟られないように、トリスは淡々と訊ねた。質問しながら、話題がどうでもいいことのように近くにいる野良犬をじっと眺めて答えを待った。
「あそこは閉鎖されたよ。居留地の連中が、怪物が巣食うと危ないってんで扉を打ち付けてさ」死体や家具も運び出して燃やしてたと、憤懣やるかたない様子でメイは告げた。
「そっか」関心無さそうに呟いてトリスは立ち上がった。廃墟で時々、昔の仲間を見掛けるが互いに声を掛ける事もない。今回、メイと話したのは成り行きだった。もう話す事もないだろう。
※※
その後、トリスは無言で居留地へと戻っていった。いつものように怪物や人攫いに用心しながら、廃墟を抜けるまでは足早に、そこからは考えを纏めるようにゆっくりとした歩調で。町外れのバリケード出入り口でも自警団員たちは誰何してこなかった。一度も問題を起こしてないので、少しだけ信頼されたのだろうか。トリスはそう思いたかった。或いは、マギーが何かしら保証してくれたのかも知れない。それでも鋭い視線を向けてくる自警団員もいるので今後も気を緩めまいぞ、と胸のうちで自戒する。
土産代わりに野鼠を一匹。マギーとニナの塒へと持っていく。最近のトリスは、二人が暮らす路地裏の近くに寝泊まりしていた。ただし、場所は定まっていない。同じような路地裏だったり、廃墟だったり、瓦礫の影や廃屋の屋根だったりと様々な場所を転々としている。町外れは一応、居留地に属しているが、移民や出稼ぎ労働者の暮らす下層区画だ。バリケードは所々が老朽化しているし、巨大鼠などが抜けられそうな穴も開いている。時々、変異獣やゾンビが迷い込んでは騒ぎとなるが、それでも番兵が常駐し、自警団も生中な怪物は駆除できる武装を保有しているので廃墟よりは遥かに安全だ。マギーとニナもそれなりに腕が立って、特にマギーは単独のゾンビや巨大蟻の働き蟻くらいであれば、容易に片づけてしまう。近くにいれば、助けてもらえるかもしれない。そんな下心を抱きつつ、今日も手土産を持ってねぐらを訪問すると、ニナとマギーは丁度、出掛けようとしていたところだった。
二人は来訪者にまず冷たい水を一杯、それとマーマレードを塗ったパン一切れを振舞ってくれた。水は透明で美味しく、何時ものように身体に染み渡るようだ。それから「一緒に来なよ」とトリスを誘ってきた。
「なんに?」
「いい所だよ」ニヤニヤしてるニナ。貧乏な廃墟生活者を騙して得られるものもなかろう。いや、人攫いに売り飛ばすという手もあるが、二人して出掛ける準備もしていたし、付き合っても多分大丈夫だろうとトリスはついていくことにした。
「この間の雨で、水に少し余裕が出来た」マギーがそう説明しながら向かった先は、かなり大きめの廃屋で、内部に入れば半裸の老若男女が疎らに腰掛けている。
建物の中央で燃え盛る炎で石を焼きながら「今日は、ただで水を使えるぞ」焼いた石を水の張った金盥に入れたニナは、布と白い固形物の欠片を無造作にトリスへと放った。
「身体洗いなよ」
「いいの?」手の中の欠片が中々、貴重な石鹸と気づいてトリスは尋ねた。朽ちた市街地は広大で隠れられる場所は多いが、怪物は常に獲物を求めてさまよい続けている。物資も欠乏しがちで、のんびりとお湯で身体を洗える機会は廃墟生活者には余りない機会だった。
「ええんやで」ニナは何でもないように頷いた。実際に
身体を洗い、すっきりした余韻に浸りながら、口を半開きにしたトリスは感慨に耽った。古い仲間に見捨てられなかったら、ニナたちとは知り合えなかった。だからなんだとも言う訳ではないが、奇縁もあるな、と奇妙に感じ入っていた。もっともこの関係が何時まで続くかは分からない。破綻や裏切りが起きずともトリスは廃墟の子で、マギーやニナの暮らす居留地だって必ずしも安全とは言い切れない。ちょっとした大き目のゾンビの群れが押し寄せて、洒落にならない被害が出ることもある。所詮は、浮き草の廃墟生活者で、寄る辺ない
幸せに浸りながら、トリスは夕刻の茜色に染まる居留地を眺めた。空は淡い紫色に変わり始め、薄紅色の雲が漂っている。崩れかけたビルのシルエットが暗い影を落とし、かすかな夕焼けが瓦礫の山に黄金色の輝きを与えていた。夕暮れに恐怖を覚えていないことにトリスは驚いた。
夕暮れの町並みが広がる中、廃墟群の中の低層ビルは、防壁を越えて長く伸びた影を作り出している。確かに『低層ビル』は町外れの目と鼻の先にあって、危険な場所と判断されても仕方なかった。
「……閉鎖されたのかぁ」箱に座ったトリスは呟いた。
「……廃ビルのこと?」とニナが聞いてきた。
「あ、うん。閉鎖されたって聞いて」安心して眠気が押し寄せてきたのか。トリスは欠伸を噛み殺した。
「怪物の巣になると困るからね。なにしろ、町外れからは目と鼻の先だし」とマギー。
「なるほど」とトリス。
「なにか?」とマギーが聞いてきた。
「うーん……人形。いや、なんでもない」うとうとしたトリスは、壁に寄り掛かった。今日のねぐらを探さないといけないのに、目を開けてられそうもない。
「失くしたものがあって、もしかしたら……と思ったけど」猛烈な眠気に抗いながら、やっとそれだけ呟いた。今にも眠りに堕ちそうになっている。
「ふうん」とニナが炎の向こう側で頷いている。まあ、ニナにとってはどうでもいい話だし、トリスも惜しいが執着するつもりはない。
お湯で身体を洗い、火の傍で体が暖まっていた。穏やかな時間が過ぎていく。日没まで、まだ二時間程度はあるだろう。眠って大丈夫だろうか?
髭を生やした精悍な中年男性がマギーを見掛けて、声を掛けてきた。顔見知りのようで、立ち上がったマギーがなにかを話し込んでいる。ニナは鼻歌などを歌っていたが、トリスを見て「眠いの?起こすよ」囁いてきた。そこまで甘える訳には……だけど、血流が……ぐぅ
最近は質のいい睡眠を取れているので、トリスはすっきりと目が覚めた。
まだ日没前だ。セーフ。
「身体が冷えた」ぶつぶつと言いながら、マギーが火の傍に屈みこんでいた。
トリスも、少し冷えたような気がして起きると、目の前に人形が転がっていた。
「それでよかった?」炎に当たりながら、マギーが背中で声を出した。
「どうして?」
「廃ビル封鎖する仕事。集めた労務者にわたしも。で、まだ、完全に打ち付けてない窓から」それだけ説明すると、マギーは火に当たり続ける。
「母が作ってくれたんです。ありがとう」トリスは夢じゃないかな?思いながら、手を伸ばして一つ目人形を抱きしめてみた。何もして無さそうなニナは、ドヤ顔をしてる。何事でもないようにマギーは肩を竦めた。それから「もうじき日が沈む」とだけ呟いた。陽のあるうちにねぐらを探した方がいいだろう、とトリスは立ち上がった。
「送っていこうか?」とマギー。ぶっきら棒だが、親しくなるとひどく面倒見がいい。
「……大丈夫。うん。大丈夫」トリスは首を振った。途中まではどうせ一緒の道筋だろうけど、傍にいたら気持ちを抑えきれる自信が無かった。
「じゃあ、また明日」とニナの声に頷いて建物の外に出ると、街路を歩き出した。
足取りは軽かった。