ゆるキャラ至上主義の教室   作:EXTERMINATION

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第20話 ゆるキャラ動く!?

次に体育館へ姿を現したのは、龍園クラスの代表キャラクターであるぶっくまるだった。

 

茶色い熊を基調とした丸みのある身体に、

大きな丸眼鏡をかけ、両腕では一冊の本を大切そうに抱えている。

 

中へ入っているのはひよりであり、その性格を反映しているのか、

歩幅は小さく、動作の一つ一つも静かで慎重だった。

 

ぶっくまるは体育館へ入ってきても、

ほなわんのようにすぐ全員へ手を振ろうとはしなかった。

 

最初に足元へ視線を向け、床に落下物や足を取られそうなものがないかを確かめる。

 

その後で左右へ身体を向け、周囲に他の着ぐるみや補助員が接近していないか、

安全な距離が確保されているかを確認した。

 

最後に正面へ顔を向ける。

 

そこには、先に体育館へ入っていたほなわんときよぽんが並んでいた。

 

二体へ気づいたぶっくまるは、

抱えている本を落とさないよう身体の中央へ寄せたまま、ゆっくりと頭を下げた。

 

角度は深すぎず、およそ十五度。着ぐるみの重心を崩さずに行える、

安全な範囲のお辞儀だった。

 

オレも、ぶっくまるへ応じるように身体を僅かに前へ傾ける。

 

一方のほなわんは、嬉しさを全身で示そうとしたのか、大きく頭を下げようとした。

 

しかし、長い耳が前方へ垂れ、床へ接触しそうになったため、

補助役の神崎がすぐに背後から身体を支えた。

 

「一之瀬、十五度までだ」

 

ほなわんは注意を受けて上体を戻した後、

今度は先ほどよりも小さく、慎重にお辞儀をする。

 

三体がそれぞれ異なる方法で挨拶を交わしたことへ、

見守っていた生徒たちから拍手が起こった。

 

「三体とも、性格がまったく違って見えますね」

 

白石が三体を順番に見ながら、穏やかな口調で言った。

 

「ほなわんは明るくて、ぶっくまるは丁寧です。きよぽんは……少し眠そうですね」

 

「眠そうというのは性格なのか?」

 

橋本が疑問を口にすると、少し離れた場所にいた森下が当然のように答えた。

 

「生態です」

 

「お前は黙ってろ」

 

神室がすぐに止めた。

 

森下の説明が正しいのかどうかは分からないが、

きよぽんが常に眠そうな表情をしていることだけは事実だった。

 

挨拶を終えたぶっくまるは、両腕に抱えた本を落とさないよう、

ゆっくりときよぽんへ近づいてくる。

 

距離が縮まると、本の表紙に書かれた文字が見えた。

 

『はじめてのヨーグルトづくり』

 

以前、ひよりが話していた通りの本だった。

 

ぶっくまるがきよぽんへヨーグルト作りの本を渡す。

 

単なる会話の中で生まれた案を、本当に交流場面として実現するつもりらしい。

 

きよぽんの正面まで来たぶっくまるは、本を両手で持ち直し、こちらへ差し出した。

 

オレも受け取ろうとして、きよぽんの短い両腕を前へ伸ばす。

 

しかし、腕そのものの長さが足りない上に、本の横幅も広かった。

 

手の先端だけで本を挟もうとしても、十分に固定することができない。

 

本が斜めへ傾き、床へ落ちそうになる。

 

ぶっくまるはすぐに腕を伸ばし、下側から本を支えた。

 

オレも身体を一歩近づけ、胸元と両腕で本を挟み込む。

 

完全に持てているわけではないが、床への落下だけは避けることができた。

 

「きよぽん、本が持てないじゃない」

 

伊吹が率直に指摘した。

 

「ヨーグルト以外のものも持てるようにしないと駄目だろ」

 

石崎も同意しながら、きよぽんの短い腕と本を見比べている。

 

幸村はすぐに構造上の問題として考え始めた。

 

「腕の内側へ、小さな面ファスナーを付けるべきだな。

小道具側にも同じ素材を付ければ、挟む力が弱くても固定できる」

 

「握手をする時に邪魔にならないかな?」

 

佐倉が心配そうに尋ねる。

 

「手の表側ではなく、内側へ隠すように付ければ問題ない。

使用しない時には布で覆える構造にしてもいい」

 

「ぶっくまるの本にも、同じものを付けましょう」

 

ひよりの補助役として近くへ立っていた石崎が提案した。

 

龍園へ話しかけているわけではないため、いつもの普通の口調だった。

 

「きよぽんが持っている間だけ固定できれば、落とす心配も減る」

 

伊吹が石崎を見た。

 

「お前、もう着ぐるみ制作の話を普通にできるようになったわね」

 

「毎日やらされてるからな」

 

「愛着が出てきた?」

 

「違う」

 

「否定するのが少し遅かったけど」

 

石崎は、以前の三宅とほとんど同じことを言われていた。

 

本人たちは否定しているものの、自分たちが制作へ関わったキャラクターに対して、

少なからず愛着を持ち始めているのだろう。

 

補修方法についての話し合いが続く中、

ぶっくまるは本をきよぽんの胸元へ預けるように置いた。

 

オレは本がずれないよう、両腕と丸い身体の間へ挟み込む。

 

外側から見れば、きよぽんが大切そうに本を抱えているように見えるらしい。

 

体育館の見学者たちから、楽しそうな歓声が起こった。

 

本を渡し終えたぶっくまるは一歩だけ下がると、僅かに首を傾けた。

 

本を読んでくれるかと尋ねているような動きだった。

 

オレは、その意図へ応じるように一度頷く。

 

ぶっくまるは両手を胸元へ寄せ、小さく身体を上下へ揺らした。

 

喜びを表す動きとしては控えめだったが、その静かな反応はひよりらしかった。

 

「ぶっくまるときよぽん、相性がいいね」

 

佐倉が、並んだ二体を見ながら言った。

 

「どちらも静かなキャラクターだからな」

 

三宅も同意した。

 

「ヨーグルトの本があれば、きよぽんもぶっくまると話すかもしれない」

 

長谷部が言う。

 

幸村はすぐに設定上の矛盾へ気づいた。

 

「きよぽんは、基本的に喋らない設定ではなかったか?」

 

「ヨーグルトの話になると、少しだけ饒舌になるの」

 

「本人監修です」

 

遠くから森下が補足した。

 

「なぜお前が説明する」

 

頭部の中で言った声は、今度も外まで十分には届かなかった。

 

 

最後に登場するのは、坂柳クラスのありすぽーんだった。

 

しかし、更衣区画を仕切る幕が開く前から、

その内部では何かが何度もぶつかる音がしていた。

 

「王冠が扉に引っかかっています」

 

幕の向こうから、森下のくぐもった声が聞こえる。

 

「少し屈んで」

 

神室が指示する。

 

「屈むと前が見えません」

 

「今もほとんど見えていないでしょう」

 

「左へ三センチほどお願いします……」

 

山村の小さな声も続いた。

 

「森下さん、ゆっくり動いてくださいね」

 

白石は、いつものように柔らかな口調で注意している。

 

「経験値を獲得する好機です」

 

「転ばないでください」

 

「一度だけなら」

 

「駄目です」

 

ありすぽーんが姿を見せる前から、幕の中ではすでに混乱が起きていた。

 

数十秒後。

 

最初に大きな王冠だけが幕の外へ現れた。

 

続いて、白い円筒形の身体、短い腕、黒い脚がゆっくりと姿を見せる。

 

以前の試作衣装よりも、身体部分は少し細く作り直されていた。

下部には足を動かしやすくするための切り込みが入り、王冠も軽量化されている。

 

顔を露出したまま被る簡易的な衣装ではなく、

頭部まで完全に覆う正式な着ぐるみへ改良されていた。

 

ただし、最大の問題である王冠は、今もかなり大きい。

 

しかも少し斜めにずれており、ありすぽーんの片方の目を隠している。

 

中へ入っている森下は、その状態のまま体育館へ一歩踏み出した。

 

全員が息を潜めて見守る。

 

二歩目。

 

三歩目。

 

以前よりは安定している。

 

四歩目を踏み出したところで、王冠がゆっくりと右側へ傾き始めた。

 

ありすぽーんは、自分で王冠の位置を直そうとしたのか、身体ごと右へ傾く。

 

その結果、重心がさらに右側へ移ってしまった。

 

「森下さん、その場で止まってください」

 

白石の声を聞き、ありすぽーんは右へ傾いた姿勢のまま静止した。

 

補助役の神室が近づき、王冠を正しい位置へ戻す。

 

「勝手に自分で直そうとしないで」

 

「自力で問題を解決した方が、経験値を多く得られると考えました」

 

「経験値なんて上がらないって、何度言われたら分かるのよ」

 

「将来的に仕様変更が行われる可能性があります」

 

「ありません」

 

坂柳が、優雅な笑みを浮かべたまま断言した。

 

着ぐるみの中の森下は、明らかに落胆したように肩を下げた。

 

王冠を直されたありすぽーんは、改めて体育館の中央へ向かって歩き始める。

 

そこには、ほなわん、ぶっくまる、きよぽんの三体が並んでいた。

 

小さなポーンを模したありすぽーんは、自分よりも大きな三体を見上げる。

 

王冠を両手で押さえながら、一歩ずつ慎重に近づいてくる姿は、確かに可愛らしかった。

 

「王冠を押さえながら歩く動きを、通常の動作にしてもよいかもしれませんね」

 

白石が提案した。

 

神室はすぐに問題点を指摘する。

 

「両手が塞がったら、握手ができなくなるわ」

 

「片手だけで王冠を押さえればいいんじゃないか?」

 

橋本が言う。

 

「右手で王冠を押さえて、左手で握手する」

 

「相手が右手を出してきた場合は?」

 

「ありすぽーんだけ、左利きの設定にする」

 

「今ここで決めるの?」

 

神室が呆れる。

 

坂柳は意外にも、橋本の案を真面目に検討し始めた。

 

「左利きという設定自体は悪くありませんが、

着用者が交代した時にも、動作を統一する必要があります」

 

「本気で検討するのかよ」

 

提案した橋本本人が驚いていた。

 

ありすぽーんは、最初にほなわんの前へ立った。

 

ほなわんが大きく手を振る。

 

ありすぽーんも応じようとして、王冠を押さえていた手を離した。

 

その瞬間、王冠が僅かにずれ、視界の一部を隠す。

 

ありすぽーんは気づかないまま一歩前へ進んだ。

 

ほなわんも嬉しそうに近づいてくる。

 

二体が正面から衝突しそうになったところで、

神崎と神室が同時に間へ入り、それぞれの身体を止めた。

 

「視界を確保してから動け」

 

神崎がほなわんへ注意する。

 

「森下、見えていない時は絶対に止まってくれ」

 

神室もありすぽーんへ言う。

 

「友情が私を前へ進ませました」

 

森下は真面目に答えた。

 

「止まれって言ってるの!」

 

一度二体を下がらせ、ありすぽーんの王冠を正しい位置へ戻す。

 

今度は互いの距離を確認しながら慎重に近づき、ほなわんとありすぽーんが手を重ねる。

 

握手は無事に成功した。

 

ほなわんは嬉しそうに身体を左右へ揺らした。

 

ありすぽーんも同じ動きを返そうとする。

 

しかし、ほなわんとは身体の構造が違う。

 

円筒形の身体を左右へ揺らすと、想像以上に揺れ幅が大きくなった。

 

左へ傾く。

 

次に右。

 

もう一度左。

 

身体の動きへ遅れるように、大きな王冠も左右へ揺れる。

 

重心が崩れた。

 

ありすぽーんの身体が、ゆっくりと後方へ倒れ始める。

 

「森下さん!」

 

山村の声が体育館へ響いた。

 

神室が支えようと腕を伸ばしたが、間に合わない。

 

ありすぽーんは、後方へ敷かれていた体育館のマットへ背中から倒れた。

 

柔らかな音が響く。

 

マットがあるため大きな怪我には繋がらなかったが、

衝撃で王冠が外れ、床の上を転がっていった。

 

体育館全体の動きが止まる。

 

ほなわんの中から、一之瀬が「大丈夫?」と言いかけたが、

声を出さないという約束を思い出したのか、途中で止めた。

 

倒れたありすぽーんは右手を上げ、一度、二度、三度と動かした。

 

幸村たちが使っている中断合図とは違う。

 

そのまま森下の声が聞こえた。

 

「経験値を三ポイント獲得しました」

 

「獲得してない!」

 

神室の叫びが体育館へ響いた。

 

張り詰めていた空気が崩れ、周囲から笑いが起こる。

 

担当教師も、困ったように額へ手を当てた。

 

「補助員は起き上がりを支援しろ。着用者だけで無理に立たせるな」

 

白石、神室、山村の三人が、ありすぽーんの周囲へ集まった。

 

白石が最初に安全を確認する。

 

「森下さん、頭は痛くありませんか?」

 

「問題ありません」

 

「気分は悪くないですか?」

 

「良好です」

 

山村も心配そうに近づく。

 

「自分で立てそうですか……?」

 

「自力で試してみます」

 

「試さないでください……」

 

以前の合同説明会では、山村は森下の言動を遠くから見守り、

困っていても小さな声を出すだけだった。

 

しかし今日は、自分から森下の腕を掴んだ。

 

「一人で起きようとしたら、また転んでしまうかもしれません」

 

森下の動きが止まる。

 

「山村美紀は、私を心配しているのですか」

 

「し、しています……」

 

「非常に嬉しいです」

 

「今は喜ばなくていいですから……」

 

白石と山村が左右から腕を支え、神室が背後から身体を押さえる。

 

三人は、ありすぽーんを一気に引き起こそうとはせず、

途中で傾かないよう少しずつ身体を起こしていった。

 

円筒形の外装は大きく、姿勢を戻す途中で再び横へ傾きかける。

 

小柄な山村にとっては、着ぐるみを支えるだけでもかなりの力が必要なはずだった。

 

それでも手を離さない。

 

三人の協力によって、ありすぽーんは再び両足で立つことができた。

 

床へ転がった王冠は橋本が拾い、坂柳へ渡す。

 

坂柳は自らありすぽーんへ近づき、王冠を頭部へ戻した。

 

「よく立ち上がりましたわね」

 

「レベルは上がりましたか?」

 

「上がっていません」

 

「やはり判定が厳しいです」

 

「ですが」

 

坂柳は、ありすぽーんの隣で腕を支えている山村へ目を向けた。

 

「山村さんからの助けを、きちんと受け入れることはできました」

 

森下は少し黙った。

 

「私から助けを求めたわけではありません」

 

「それでも、拒まずに受け入れたでしょう」

 

「それも成長に含まれますか」

 

「ええ」

 

「では、経験値は獲得できますか?」

 

「比喩的な意味であれば、一ポイントですわ」

 

ありすぽーんの身体が、明らかに嬉しそうに揺れた。

 

「獲得しました」

 

「調子に乗らないで」

 

神室はすでに疲れた様子だった。

 

山村は、ありすぽーんの隣へ立ったまま、王冠が再び傾いていないかを確かめている。

 

「つ、次はゆっくり歩いてください……」

 

「承知しました」

 

今度は、森下も素直に答えた。

 

変わり者で、自分の興味を優先しがちな森下。

 

人前へ出ることを避け、集団の中で陰に隠れがちな山村。

 

おっとりした態度で周囲を支える白石。

 

森下の暴走へ強く突っ込む神室。

 

そして優雅に全体をまとめる坂柳。

 

ありすぽーんは、坂柳一人のキャラクターではなく、

この五人の関係そのものを映す存在へ変わり始めていた。

 

 

こうして、四クラスの代表キャラクターが体育館中央へ揃った。

 

左から、ほなわん、ありすぽーん、ぶっくまる、きよぽん。

 

外見も、身体の大きさも、動き方も、四体はまったく異なっている。

 

大きな耳を揺らし、誰に対しても明るく手を振るほなわん。

 

王冠を押さえながら、一歩ずつ慎重に進むありすぽーん。

 

本を胸元へ抱え、静かに周囲を観察するぶっくまる。

 

眠そうな顔のまま、必要がなければほとんど動かないきよぽん。

 

担当教師が全体へ指示を出した。

 

「代表キャラクター四体を、床の指定位置へ並べろ。

装飾品同士が接触しないよう、補助員が必ず確認すること」

 

床には、四体ごとに色の異なる印が付けられていた。

 

きよぽんは青。

 

ぶっくまるは緑。

 

ありすぽーんは白。

 

ほなわんは橙。

 

長い耳や王冠、本、スプーンなどが互いへ触れないよう、一メートルずつ間隔を空けて並べる。

 

「最初に、一体ずつ直線歩行を確認する」

 

歩行順は、ほなわん、ありすぽーん、ぶっくまる、きよぽんとなった。

 

「ほなわん、開始」

 

教師の合図を受け、一之瀬が中へ入ったほなわんが歩き始める。

 

歩幅はやや大きい。

 

長い耳も身体の動きに合わせて左右へ揺れる。

 

直線歩行そのものは安定していた。

 

ただし、見学している生徒たちへ手を振りすぎる。

 

右側へ手を振るたびに身体も僅かに右へ向き、少しずつ進路が中央線からずれていった。

 

「前を見ろ」

 

補助役の神崎が注意すると、ほなわんは身体を正面へ戻した。

 

数歩進んだ後、今度は反対側の見学者へ手を振ろうとする。

 

「一之瀬」

 

神崎の声が先ほどよりも強くなる。

 

ほなわんは両手を身体の前へ揃え、少しだけ俯いた。

 

叱られた犬のように見えたため、体育館から笑いが起こる。

 

神崎は記録用紙へ改善点を書き込んだ。

 

「愛想を振りまきすぎるのも問題だな。

歩行中に手を振る場合は片手だけにして、三歩以上続けないこと」

 

ほなわんは神崎へ振り返り、敬礼のような動きをした。

 

その拍子に片方の耳が顔へかかる。

 

「敬礼も不要だ」

 

神崎の声には、すでに諦めが混じっていた。

 

次は、ありすぽーんの直線歩行だった。

 

森下は先ほど転倒したこともあり、山村から言われた注意を忠実に守ろうとしていた。

 

一歩進む。

 

その場で止まり、王冠を確認する。

 

もう一歩進む。

 

再び止まり、王冠を確かめる。

 

転倒する危険は低い。

 

ただし、あまりにも遅かった。

 

十メートルの直線を進むだけで、かなりの時間がかかっている。

 

「歩くたびに止まる必要はない」

 

担当教師が言った。

 

「ですが、毎回確認すれば転倒を防止できます」

 

森下は真面目に答える。

 

「王冠の確認は、三歩に一度でいい」

 

「三歩ですね」

 

ありすぽーんは再び歩き始めた。

 

一歩。

 

二歩。

 

三歩。

 

そこで止まり、王冠を確認する。

 

問題がなければ、また三歩進む。

 

先ほどよりも速度が上がり、重心も安定していた。

 

「改善していますね」

 

白石が嬉しそうに言った。

 

「先ほど転んだ経験を、きちんと活かせています」

 

「経験値です」

 

「学習と言いなさい」

 

神室は、森下の言葉遣いを訂正することだけは諦めていないらしい。

 

続いて、ぶっくまるが歩行確認へ入る。

 

ひよりの歩き方は非常に安定していた。

 

本を両腕で胸元へ抱え、小さな歩幅で中央線に沿って進む。

 

左右へずれることもなく、身体の揺れも少ない。

 

問題があるとすれば、速度だった。

 

ありすぽーんよりは速い。

 

それでも一般的な歩行速度と比べれば、かなりゆっくりしている。

 

「設定には合ってるな」

 

龍園が言った。

 

「ただし、ステージ上の移動には時間がかかる」

 

葛城が現実的な問題を指摘する。

 

石崎は、ぶっくまるが歩いている様子を見ながら答えた。

 

「登場位置を中央に近づけた方がいいと思う。

歩いている間も、本を探している演技として見せれば、遅さを間として使えるし」

 

「あんた、ちゃんと考えてるじゃない」

 

伊吹が感心したように言った。

 

「俺だって考えるよ」

 

「褒めてるのよ」

 

「その言い方、絶対に褒めてないだろ」

 

龍園クラスの中にも、制作を通じた自然な役割分担が生まれていた。

 

最後は、きよぽんの歩行確認だった。

 

教師の合図を受け、オレは床の中央線に沿って歩き始める。

 

大きすぎない歩幅で、一歩ずつ進む。

 

丸い身体が不自然に固まって見えないよう、僅かに左右へ揺らす。

 

視界は狭いが、足元に引かれた線は確認できる。

 

歩く速度は、ぶっくまるより少し速く、ほなわんよりは遅い。

 

方向も大きくずれない。

 

「きれいに歩いています」

 

森下の声が聞こえた。

 

「やはり本物です」

 

「中身が綾小路だからな」

 

橋本が言う。

 

「だから本物なのです」

 

「同じ話を繰り返すな」

 

神室の突っ込みが入る。

 

オレは直線の終点へ到着すると、その場で止まり、ゆっくり身体を反転させた。

 

「きよぽん、完璧!」

 

長谷部が声を上げる。

 

オレは手を振らない。

 

「無視された」

 

「設定通りです」

 

森下が代わりに説明した。

 

長谷部は警戒するように森下を見る。

 

「森下さん、きよぽんの理解度が高すぎない?」

 

「研究していますので」

 

「半公認だからね」

 

「本日中に完全公認を目指します」

 

「駄目」

 

歩行確認そのものよりも、長谷部と森下の公認争いの方が騒がしくなっていた。

 

 

直線歩行の次は、低い段差を越える訓練へ移った。

 

用意された段差の高さは五センチほどで、一般的な階段よりもかなり低い。

 

しかし、足元が見えにくい着ぐるみにとっては、十分に転倒の原因となり得る。

 

最初に挑戦するのはほなわんだった。

 

神崎が横から「段差」と声をかける。

 

一之瀬はすぐに歩みを止め、足先で位置を探るように確認した後、

右足からゆっくり段差を越える。

 

続いて左足。

 

大きな耳が前へ流れることもなく、無事に通過した。

 

次はありすぽーん。

 

神室と山村が左右へ立つ。

 

「段差があります」

 

山村の声を聞き、森下は足を上げる。

 

しかし、円筒形の衣装の裾が段差へ僅かに触れた。

 

以前なら、そのまま力任せに進んだ可能性がある。

 

今回は動きを止め、補助員の指示を待った。

 

白石が裾の位置を確認する。

 

「裾を二センチほど上げる必要がありますね」

 

神室が外側から少し持ち上げると、

森下は慎重に足を運び、転倒することなく段差を越えた。

 

ぶっくまるは、本を抱えて両腕が塞がっているため、

石崎が背中側から近い距離で誘導する。

 

「段差」

 

石崎の声を聞き、ひよりはその場で止まった。

 

右足を上げる。

 

続いて左足。

 

無事に越えることはできたが、足元を確認しようとして身体を少し屈めた時、

本の下側が腹部へ当たった。

 

「本の位置が少し低いな」

 

龍園が言った。

 

「胸元へ三センチほど上げた方がいいと思います」

 

ひよりは着ぐるみの中にいるため、石崎が代わりに改善案を伝える。

 

最後はきよぽんだった。

 

三宅が横へ付き、段差までの距離を伝える。

 

「段差まで四十センチ」

 

オレは歩幅を調整し、段差の直前で止まった。

 

足元の隙間から位置を確認し、右足を上げる。

 

大きなきよぽんの足が一度段差へ触れたため、少しだけ高く持ち上げて越える。

 

次に左足を動かした。

 

その時、頭頂部に付いたスプーンが僅かに後方へ揺れた。

 

「スプーン!」

 

長谷部が声を上げる。

 

幸村はすぐに固定部分を確認した。

 

「外れてはいない。ただし揺れが大きい。安全性を考えて柔らかくしすぎた」

 

「硬くしたら、誰かへぶつかった時に危なくない?」

 

佐倉が心配する。

 

堀北は、きよぽんのスプーンと、ほりぽんの翼の構造を見比べた。

 

「根元を太くして固定し、先端部分だけを柔らかくするべきね。

ほりぽんの翼と同じように、動かす部分と支える部分を分けるの」

 

「ほりぽんの技術を使うんだね」

 

長谷部が言う。

 

「友達に助けてもらった形になるわ」

 

堀北は静かに答えた。

 

きよぽんの頭部には、ほりぽんの制作を通じて得られた技術が、少しずつ取り入れられていく。

 

正式代表と友達キャラクター。

 

役割は分かれても、二体の制作が完全に別々になるわけではなかった。

 

 

次に用意されたのは、幅の狭い通路だった。

 

床へ二本の柔らかなポールが立てられ、その間隔は一メートル二十センチ。

 

着ぐるみの身体そのものだけではなく、耳や王冠、鞄、

スプーンといった装飾品が接触しないように通過する必要がある。

 

ほなわんは長い耳を後ろへ流し、身体を真っ直ぐにしたまま問題なく通過した。

 

続いてありすぽーんが挑戦する。

 

大きな王冠の横幅が広いため、正面を向いた状態では通ることができない。

 

身体を斜めにする必要があった。

 

森下は左側を向き、一歩進む。

 

しかし、王冠の高くなっている部分が右側のポールへ当たった。

 

ポールは柔らかいため、倒れることも王冠が壊れることもない。

 

山村がすぐに指示する。

 

「反対です。王冠の高い方を、広く空いている側へ向けてください」

 

ありすぽーんは一度後ろへ戻り、向きを変えた。

 

今度は王冠を接触させずに通過できた。

 

「山村美紀」

 

森下が着ぐるみの中から呼ぶ。

 

「はい……」

 

「非常に頼りになります」

 

山村は返事に詰まった。

 

「そ、そうですか……」

 

「ありすぽーんの目になっています」

 

山村は少しだけ頬を赤くし、視線を伏せた。

 

「次も段差や障害物があったら、伝えます……」

 

「お願いします」

 

以前であれば、森下が一方的に話し続け、

山村が戸惑いながら離れていくことが多かった。

 

しかし、ありすぽーんの補助を通じて、

二人の間には明確な役割と信頼が生まれ始めている。

 

ぶっくまるは、身体の横幅だけなら問題なく通ることができた。

 

ただし、背中に付いた鞄が片側のポールへ触れた。

 

石崎がすぐに気づく。

 

「鞄が後ろへ出すぎてる」

 

西野が尋ねる。

 

「もっと背中へ密着させる?」

 

「本を取り出す設定があるので、完全に密着させると手を入れにくくなります」

 

ひよりの補助役である石崎が、制作時の事情を説明した。

 

葛城が鞄の構造を見ながら提案する。

 

「上側だけを固定し、下側を柔らかくすればいい。

障害物へ当たった時には潰れ、通過した後に元へ戻る構造にする」

 

「採用しましょう」

 

龍園が即座に決めた。

 

「葛城、お前が直せ」

 

「なぜ俺が担当する」

 

「案を出した責任だ」

 

「そういう制度ではない」

 

最後はきよぽんだった。

 

丸い胴体の幅は、二本のポールの間隔に対してかなりぎりぎりだった。

 

正面を向いたまま進むと、左右の布が軽くポールへ触れる。

 

通過できないわけではないが、摩擦が強く、布が引っかかる可能性がある。

 

「少し身体を斜めにしてみろ」

 

横に付いた三宅が言う。

 

オレは右肩を前へ出し、左肩を後方へ下げた。

 

ほとんど横向きに近い姿勢を作り、一歩ずつ慎重に進む。

 

頭部のスプーンは前後方向へ流れているため、ポールへ触れない。

 

丸い身体の最も広い部分も、斜めにすることで通路を抜けることができた。

 

「きよぽん、カニ歩きもできるんだ」

 

佐藤が楽しそうに笑った。

 

「新しい特技にする?」

 

長谷部がすぐに反応する。

 

「特技ではない」

 

頭部の中から答えた声は、今度は外へ少し聞こえたらしい。

 

「喋った!」

 

森下が反応した。

 

「カニ歩きについて、どのようにお考えですか?」

 

「質問するな」

 

「特技であることは否定されませんでした」

 

「否定する必要がないだけだ」

 

「では、プロフィールへ登録します」

 

「するな」

 

体育館に笑いが広がった。

 

担当教師まで、笑いを堪えるように僅かに顔を逸らしていた。

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