四体の歩行や段差、狭い通路に対する動作確認を終えると、
合同練習は最後の項目であるキャラクター同士の交流確認へ移った。
体育館の中央には四体が互いの姿を確認できるよう、
円を描く形で配置され、その中心には子供用ほどの小さなテーブルが置かれていた。
テーブルの上へ並べられているのは、ほなわんのお友達カード、
ぶっくまるが持つ本、ありすぽーんの王冠を模した小さな飾り、
そして中身の入っていないヨーグルト容器だった。
どれも、それぞれの代表キャラクターを象徴する小道具である。
担当教師は四体と補助員が所定の位置へ着いたことを確認すると、
交流確認の内容を説明した。
「それぞれ、他のキャラクターへ挨拶を行い、象徴となる小道具を一つ交換しろ。
ただし、相手の衣装へ無理に取り付けようとするな。
受け渡しが難しい場合には、自分たちだけで解決しようとせず、必ず補助員を呼べ」
着ぐるみは、人間と同じように手を自由に使えるわけではない。
腕が短いキャラクターもいれば、
大きな装飾品によって視界や可動域を制限されているキャラクターもいる。
普段なら簡単にできる小道具の受け渡しであっても、
着ぐるみ同士では転倒や破損の原因になる可能性があった。
最初に動いたのは、ほなわんだった。
中へ入っている一之瀬は、まずぶっくまるの前へ歩み寄ると、
両手で大切そうに持っていたお友達カードを差し出した。
ぶっくまるも、ほなわんの気持ちへ応えるように一冊の本を差し出す。
しかし、ほなわんはすでに両手でカードを持っていたため、
その状態では本を受け取ることができなかった。
無理に片手へカードをまとめようとすれば、落とす可能性がある。
ぶっくまるも、本を相手へ押しつけるわけにはいかない。
神崎はすぐに二体の間へ入り、
ほなわんが持っていたカードを一時的に片方だけ預かった。
片手が空いたほなわんは、ようやくぶっくまるから本を受け取ることができた。
「小道具を互いに持っている状態で交換するなら、
補助員が一つを預かる必要があるな」
神崎は、今回の結果を記録用紙へ書き込んだ。
着ぐるみ同士の交流は、可愛らしく見せることだけが目的ではない。
どのような補助が必要なのかを、本番前に明確にするための訓練でもあった。
続いて交流へ入ったのは、ありすぽーんだった。
ありすぽーんは、小さな王冠型の飾りを両手で持つと、
ほなわんの前へゆっくり近づいていく。
飾りを受け取ったほなわんは嬉しかったらしく、そのまま自分の頭へ載せようとした。
しかし、頭部には大きな耳がある。
王冠型の飾りは耳の付け根へ当たり、
安定する場所を見つけられないまま滑り始めた。
神崎が落下する前に飾りを押さえる。
「頭へ載せる必要はない。持つだけにしろ」
注意を受けたほなわんは、王冠型の飾りを両手で胸元へ抱えた。
その姿を見たありすぽーんは、満足したように深く頷こうとした。
王冠が少し前へずれる。
補助位置にいた山村がすぐに気づき、ありすぽーんの視界を塞ぐ前に位置を直した。
「ありがとうございます……」
山村は小さな声で言ったが、礼を言うべきなのが自分なのか、
森下なのか分からなくなったらしく、途中で少し困ったような表情になった。
ありすぽーんは王冠を押さえながら、山村へ小さく頭を下げた。
次は、ぶっくまるときよぽんの交流だった。
ぶっくまるが持っているのは、
先ほどきよぽんへ渡そうとした『はじめてのヨーグルトづくり』である。
ぶっくまるは本を両手で持ち直し、きよぽんの正面へ差し出した。
オレもきよぽんの短い腕を伸ばす。
しかし、先ほど確認した通り、腕の長さと手の構造だけでは、
本を安全に保持することができない。
幸村は交流確認へ入る前に用意していた仮止め用の面ファスナーを取り出した。
「本番用ではないが、固定位置を確認するには十分だ」
きよぽんの腕の内側と、本の裏面へ面ファスナーを取り付ける。
もう一度ぶっくまるから本を差し出してもらい、オレが両腕で挟むように受け取ると、
今度は途中で傾くことなく胸元へ固定された。
「成功です」
幸村が本の角度と固定具の状態を確認する。
ぶっくまるの中にいるひよりは、
着ぐるみを着ている間は声を出さないという決まりを守っていた。
その代わり、ぶっくまるの両手を胸元へ寄せ、小さく上下へ動かす。
石崎が横から説明した。
「喜んでる動きです」
「説明しない方が伝わるわよ」
伊吹が呆れたように言う。
「分からない奴もいるだろ」
「十分分かるって言ってるの」
石崎としては親切のつもりなのだろうが、ぶっくまるの控えめな喜び方は、
説明されなくても周囲へ十分伝わっていた。
そして最後に、きよぽんの小道具交換が行われる。
中心のテーブルには、空のヨーグルト容器が二つ並べられていた。
それを見た瞬間、長谷部の表情が明らかに変わった。
以前から何度も主張していた、
きよぽん第二形態を実際に披露する機会が訪れたからだろう。
教師からも、容器の中身を空にすること、装着時間を短時間に限定すること、
その場から移動しないことを条件として許可が下りていた。
オレは胸元へ固定されていた本を補助員へ預ける。
左右の短い腕へ、ヨーグルト容器が一つずつ固定された。
完成したきよぽん第二形態は、
通常のきよぽんが両手へヨーグルト容器を持っただけの姿だった。
身体の形が変わるわけではない。
表情も変化しない。
新しい能力が加わったようにも見えない。
それでも、体育館にいる生徒たちからは予想以上に大きな反応が起こった。
「第二形態!」
長谷部が誰よりも嬉しそうに叫んだ。
龍園は両手へ容器を持ったきよぽんを見て、呆れたように笑った。
「本当にヨーグルトが増えただけじゃねぇか」
森下が興味深そうに一歩前へ出る。
「戦闘能力は上昇していますか?」
「していない」
オレは即答した。
頭部の中から出した声が、今度は外へも十分に届いたらしく、体育館へ笑いが起こる。
森下は質問を続けた。
「ヨーグルトに関する特殊能力は?」
「そのような能力はない」
「発酵速度は上昇しますか?」
「変わらない」
「防御力は?」
「両手がヨーグルト容器で塞がっている。通常より下がっている可能性が高い」
森下は、信じられないものを見るようにきよぽんを見た。
「弱くなっているのですか」
「そうなる」
「第二形態なのに?」
「進化形態ではない」
「では、何なのですか?」
「ヨーグルトが一つ増えただけだ」
体育館が笑いに包まれた。
長谷部だけは、何かを完成させたように満足そうに頷いている。
「完璧」
「何がだ」
「第二形態の公式説明」
「今の会話を公式説明に使うな」
森下が端末を掲げた。
「全て記録しました」
「消せ」
「研究資料です」
「公開するな」
「学術目的です」
「きよぽんに学術的価値はない」
「本人が自身の価値を過小評価しています」
「本人ではない」
「違う。きよぽんが勝手に、でしょうか」
「その言葉を使えば何でも終わると思うな」
森下との会話が続いている間に、ほなわんがこちらへ近づいてきた。
両手には、お友達カードを持っている。
一之瀬は、ほなわんからきよぽんへカードを渡したいらしい。
しかし、現在のオレの両手はヨーグルト容器で完全に塞がっていた。
ほなわんは少し考えた後、きよぽんの胸元へカードを差し込もうとした。
長谷部が慌てて止める。
「そこはポケットじゃないよ」
ほなわんはカードを持ったまま、きよぽんの背後へ回ろうとする。
きよぽんの背中には小さなポケットがあり、
その中には、ほりぽんから受け取った白い羽根の栞が入っている。
「背中のポケットなら入る」
三宅がほなわんを誘導した。
ほなわんはきよぽんの後方へ回る。
しかし、大きな耳がきよぽんの頭頂部にあるスプーンへ触れそうになった。
神崎が耳を片手で押さえ、接触しないよう角度を変える。
ほなわんは慎重に手を伸ばし、お友達カードをきよぽんの背中のポケットへ入れた。
カードが完全に収まったことを確認すると、
ほなわんは正面へ戻り、嬉しそうに両手を振った。
オレも手を振り返そうとする。
ただし、左右の手にはヨーグルト容器が固定されている。
腕を動かすたび、容器だけが左右へ揺れた。
「ヨーグルトで挨拶してる!」
軽井沢が笑う。
「新しい動きじゃん」
佐藤も面白そうに見ている。
長谷部はすぐに名前を付けた。
「きよぽんヨーグルト手振り」
「やめろ」
オレは容器を持ったまま、頭部を左右へ振った。
その動きで、頭頂部のスプーンも僅かに揺れる。
向かい側では、ほなわんの耳も同じように動いていた。
ぶっくまるは本を抱え、ありすぽーんは王冠を片手で押さえながら、
二体のやり取りを見ている。
ほんの短い時間だった。
しかし、その瞬間。
四体は円の中でそれぞれの象徴となる小道具を持ち、互いへ身体を向けていた。
ほなわんは、お友達カード。
ありすぽーんは、王冠型の飾り。
ぶっくまるは、本。
きよぽんは、ヨーグルト容器。
試験開始から八日。
最初は紙の上に描かれていただけのキャラクターたちが、今は同じ体育館へ立っている。
歩き、手を振り、転び、助けられ、小道具を交換しながら、
少しずつ友達としての関係を作り始めていた。
「四体で集合写真を撮る」
担当教師が言うと、各クラスの生徒たちが一斉に反応した。
四体を体育館中央へ並べる。
最初の配置では、一番背の高いほなわんの隣へぶっくまるを置き、
その中央に小柄なありすぽーん、反対側へ丸いきよぽんを配置した。
ところが、ありすぽーんの大きな王冠が、後ろに立つぶっくまるの丸眼鏡を隠してしまった。
位置を変える。
今度は、ほなわん、ありすぽーん、きよぽん、ぶっくまるの順番へ並べる。
しかし、きよぽんの頭頂部から伸びるスプーンが、角度によってぶっくまるの耳と重なった。
少し距離を空ける。
すると今度は、小柄なありすぽーんがほなわんの大きな耳へ隠れてしまう。
ありすぽーんを少し前へ出す。
今度は前へ出すぎて、他の三体よりも一体だけ大きく写りそうになる。
神室が腕を組み、呆れたように言った。
「並べるだけで、どうしてこんなに時間がかかるのよ」
白石は困るどころか、四体を見ながら楽しそうに微笑んでいた。
「皆さん、個性が強すぎますね」
「きよぽんを中央に置こう」
長谷部が主張する。
坂柳はすぐに対抗した。
「中央は、ありすぽーんが相応しいですわ」
「ぶっくまるが一番人気になる」
龍園も当然のように加わる。
一之瀬も、ほなわんの立場から意見を出した。
「ほなわんは全員と友達だから、真ん中がいいと思う」
各クラスが、自分たちの代表を中央へ置くよう主張し始めた。
横一列の中に中央は一つしかない。
このままでは、撮影よりも位置を巡る話し合いの方が長くなる。
「全員が、少しずつ中央へ寄ればいい」
オレが言うと、周囲の視線が一斉に集まった。
一之瀬が尋ねる。
「円形に並ぶの?」
「横一列へ並ぶ必要はない。四体が中心を向くように円を作り、
撮影者が少し高い位置から撮れば、誰か一体だけを中央へ置かずに全員の顔を写せる」
担当教師は、体育館の構造を確認するように二階を見上げた。
「観覧通路から撮影するか」
神崎が四体を見る。
「着ぐるみの状態で、上を向けるのか?」
各クラスの補助員が、それぞれの可動域を確かめる。
ほなわんは、頭部を僅かに後ろへ傾けても問題はなかった。
ぶっくまるは上を向こうとすると、丸眼鏡が少しずれたため、石崎が正しい位置へ直す。
ありすぽーんは、頭部を傾けると王冠が後方へ落ちそうになり、山村が両手で支えた。
きよぽんは、頭頂部にヨーグルト容器とスプーンが付いているため、
他の三体ほど大きな角度で上を向くことができない。
「きよぽんだけ、眠ったまま写真に写りそう」
軽井沢が言った。
佐藤が笑う。
「元から眠そうな顔だから、あんまり変わらないよ」
担当教師は数秒考えた後、問題なしと判断した。
「なら、そのままでいい」
四体は円形に並び、少しだけ中央を向く。
円の中心には、交換した小道具が置かれた。
ほなわんのお友達カード。
ありすぽーんの王冠型の飾り。
ぶっくまるの本。
きよぽんのヨーグルト容器。
体育館二階の観覧通路からカメラが向けられる。
撮影音が、静かになった体育館へ響いた。
四クラスの代表キャラクター四体による、初めての集合写真が完成した。
◯
動作確認会が全て終了した時には、時計の針は午後六時を過ぎていた。
オレは更衣区画へ戻り、三宅や幸村たちに補助されながら、
きよぽんの着ぐるみを脱いでいく。
最初に頭部が持ち上げられた。
体育館の空気が直接顔へ触れた瞬間、
着ぐるみの内部へ自分が思っていた以上の熱がこもっていたことを実感した。
額だけではなく、首元や背中まで汗で濡れている。
「大丈夫?」
佐倉がすぐにタオルを差し出した。
「ああ」
受け取ったタオルで顔と首元を拭く。
「冷却材は効いた?」
「最初の十五分ほどは問題なかった。後半は内部の温度が上がっていた」
幸村が着用開始時刻と終了時刻を確認する。
「予定を超えて、二十三分間連続で着用していた」
「途中で三宅へ交代する予定だった」
オレが言うと、三宅は少し気まずそうに視線を逸らした。
「交流確認が始まったから、交代するタイミングがなかったんだよ」
「次回からは、進行途中であっても強制的に交代させるわ」
堀北は安全管理表へ修正内容を書き込んだ。
「主担当だからといって、綾小路くん一人へ無理をさせるつもりはない」
「今回は問題なかった」
「問題が起きてからでは遅いの」
「そうだな」
オレが素直に認めると、堀北が少しだけ意外そうな表情を見せた。
「何だ」
「反論すると思っただけよ」
「安全管理に関しては、堀北の判断が正しい」
長谷部が横から顔を覗き込む。
「清隆くん、きよぽんに入ると素直になるの?」
「関係ない」
「きよぽんは争いを好まない生態です」
いつの間にか、森下が近くへ来ていた。
「だからオレの分析をするな」
「観察結果を述べているだけです」
森下の後ろでは、山村、白石、神室の三人が、ありすぽーんの頭部を協力して運んでいた。
森下は着ぐるみから出た後も、転倒したとは思えないほど元気そうだった。
佐倉は森下へ近づき、心配そうに尋ねた。
「森下さん、さっき転んだところは痛くない?」
「問題ありません」
「本当に?」
「床へマットが敷かれていたため、衝撃はほとんどありませんでした」
山村も、ありすぽーんの頭部を置いた後で森下を見る。
「次は、転ばないでください……」
森下は山村へ身体を向けた。
「山村美紀」
突然フルネームで呼ばれた山村が、肩を揺らす。
「は、はい」
「次回も、ありすぽーんの補助をお願いします」
山村は、すぐには返事をしなかった。
「私でいいんですか……?」
「山村美紀が、王冠の傾きを最も早く発見していました」
「たまたまです……」
「歩数も正確に数えていました」
「言われたから、数えていただけです……」
「それは必要な能力です」
森下は敬語を保ったまま、冗談ではなく真剣な声で続けた。
「ありすぽーんの中にいると、前が見えない時があります。
山村美紀には、私から見えない部分を見ていただきたいです」
山村は驚いたように森下を見た。
すぐには答えず、周囲の視線を気にするように少し俯く。
それでも、最後には小さく頷いた。
「わ、分かりました……」
白石が嬉しそうに微笑む。
「よかったですね、森下さん」
「はい」
神室は、二人の間へ釘を刺すことを忘れなかった。
「でも、経験値を得るために百回転ぶとか言い出すのは駄目だから」
「では三回までで交渉します」
「一回でも駄目よ」
「交渉の余地はありますか?」
「ない」
森下と神室のやり取りを聞きながら、山村は二人の隣で小さく笑っていた。
◯
龍園クラスでも、ぶっくまるの着ぐるみを脱ぐ作業が進められていた。
頭部を外されたひよりの顔は、熱のために少し赤くなっている。
石崎はすぐに飲料水を渡した。
「大丈夫か?」
「はい。少し暑いだけです」
「次は、俺がもっと早く交代する」
「その前に、石崎くんも歩き方の練習が必要ですね」
「今から?」
石崎が身構える。
ひよりは穏やかに首を横へ振った。
「今日はしません」
石崎は目に見えて安心した。
その近くで、龍園がぶっくまるの持っていた本を手に取る。
表紙には、『はじめてのヨーグルトづくり』と書かれている。
「こんな本、本当にあったのか」
「図書館にありました」
ひよりが答えた。
「ぶっくまるが、きよぽんへ渡すために借りました」
「中身は?」
「ヨーグルトの基本的な作り方です」
龍園は本を持ったまま、オレへ顔を向けた。
「監修者として、どう見る?」
「内容を読まなければ判断できない」
伊吹が呆れたように言う。
「本気で確認するつもりなの?」
「誤った温度や発酵時間が書かれていれば問題だ」
「きよぽんじゃなくて、綾小路本人が読みたいだけじゃない?」
「両方だ」
答えてから、周囲が静かになった。
龍園が面白そうに眉を上げる。
「今、両方と言ったか?」
「本の内容と、キャラクター設定の両方だ」
伊吹が笑う。
「綾小路本人と、きよぽんの両方じゃなくて?」
「違う」
「違う。きよぽんが勝手に?」
「お前たちまで長谷部の真似をするな」
龍園が声を上げて笑った。
「もう諦めろ。お前は完全にヨーグルト野郎だ」
遠くから長谷部の声が飛んでくる。
「きよぽんだよ!」
「同じだろ」
「違う!」
「何が違うんだ」
長谷部は説明しようと龍園へ近づいていく。
きよぽんとヨーグルト野郎の違いについて、
どれだけ説明すれば龍園が納得するのかは分からない。
オレは止めなかった。
二人の議論は、当分終わらないだろう。
◯
一之瀬クラスでは、一之瀬がほなわんの中から出た後も、
疲れをほとんど見せずに喜んでいた。
「きよぽんと握手できた!」
ほなわんではなく、自分自身が握手したかのような言い方だった。
その横で神崎は、ほなわんの耳に関する修正点を整理している。
「抱きつく動作を行う前に、耳の構造を調整する必要がある」
「根元を少し後ろへ下げるんだよね」
「ああ。ただし、動いた時の揺れは残す。
完全に固定すると、ほなわんらしさが失われる」
「ありがとう、神崎くん」
「安全のためだ」
一之瀬は残っているお友達カードを数えた。
「今日は、ありすぽーんにも、ぶっくまるにも、きよぽんにも渡せたよ」
「正式代表用のカードは、以前すでに渡したはずだ」
「今日は、着ぐるみの本人に渡したの」
神崎は一之瀬の表現へ僅かに眉を寄せた後、オレを見る。
「本人という言い方は誤解を招く。特に、綾小路が近くにいる時には」
「オレを見るな」
「すまない」
一之瀬がこちらへ近づいてくる。
「綾小路くん」
「何だ」
「ほなわんは、きよぽんと仲良くできたかな?」
「握手は成立した」
「それだけ?」
「互いの装飾品も接触しなかった」
一之瀬は少し困ったように笑った。
「安全確認じゃなくて、気持ちの話だよ」
「キャラクターに実際の感情はない」
「あるよ」
一之瀬は迷わず答えた。
「みんなで考えて、みんなで作ったんだから」
オレは近くへ置かれているきよぽんの頭部を見る。
眠そうな目。
頭へ載せられたヨーグルト容器。
表情そのものは、何も変わらない。
それでも、多くの生徒がきよぽんへ意味や性格を与えている。
「設定上は、友達だ」
オレが答えると、一之瀬は嬉しそうに笑った。
「よかった」
少し間を置いた後、さらに尋ねる。
「今度は、ほなわんがきよぽんを抱きしめてもいい?」
「今日の確認結果を踏まえて、安全な接触方法を考える必要がある」
「考えてくれるんだ」
「安全のためだ」
「うん。それでいいよ」
一之瀬は満足したように、神崎たちのいる場所へ戻っていった。
その様子を見ていた長谷部が、探るように尋ねてくる。
「清隆くん、ほなわんに弱い?」
「何の話だ」
「一之瀬さんに頼まれると、断り方が少し柔らかい気がする」
「相手のキャラクター設定に合わせて答えているだけだ」
「愛里のお願いにも弱いよね」
「関係ない」
佐倉が慌てて長谷部を止める。
「波瑠加ちゃん、変なことを言わないで」
「事実だよ」
「違うから」
三宅は二人のやり取りを見ながら笑った。
「長谷部は、きよぽんの人間関係まで管理するつもりなのか?」
「マネージャーだから」
「半公認だ」
オレが訂正すると、長谷部は不満そうにこちらを見る。
「まだ半分なの?」
「自称から半分へ進んだだけでも十分だろう」
「じゃあ、今日の働きで四分の三公認」
「分数で勝手に増やすな」
「残り四分の一は、何をすれば公認になるんだろう」
森下が会話へ加わってくる。
長谷部は、森下へだけは迷わず答えた。
「あなたは増えません」
「私は研究員ですので、マネージャーとは別枠です」
「その枠自体がないから」
「新設します」
「させない」
再び二人の公認を巡る争いが始まった。
オレは関わることを避け、きよぽんの着ぐるみを収納する作業へ戻った。
◯
体育館を出る直前。
担当教師から、先ほど撮影した集合写真が各クラスの端末へ送信された。
写真には、ほなわん、ありすぽーん、ぶっくまる、きよぽんの四体が円形に並び、
その中央へ交換した小道具を置いている姿が写っていた。
体育館二階の観覧通路から撮影したことで、四体全員の顔が隠れずに見えている。
ほなわんは大きな耳を左右へ広げていた。
ありすぽーんは片手で王冠を押さえている。
ぶっくまるは大切そうに本を抱えている。
きよぽんは、両手へ一つずつヨーグルト容器を持った第二形態のままだった。
四体の色も形も、装飾品も、表情もまったく統一されていない。
それにもかかわらず、一枚の写真として見ると、なぜか不思議なまとまりがあった。
「試験専用ページの表紙に使われるらしいよ」
軽井沢が写真を見ながら言った。
「四体全部の宣伝になるね」
佐藤も楽しそうだった。
長谷部は写真を拡大しながら、少し心配そうに言う。
「きよぽん第二形態が、初めて見る人に通常形態だと思われないかな」
「ヨーグルト容器を一つ持っている状態が通常だと説明すればいい」
オレが答えると、長谷部がすぐに反応した。
「今、通常形態って言った?」
「二つ持っている状態と区別するための便宜的な表現だ」
「第二形態も認めた?」
「容器が二つある状態を区別しただけだ」
「公式監修」
「違う」
同じ写真へ、各クラスがそれぞれ題名を付け始めた。
一之瀬クラスが提案したのは、
『はじめてのおともだち会』
坂柳クラスは、
『第一回代表駒会議』
龍園クラスは、
『四大勢力集結』
そして堀北クラスでは、長谷部が真っ先に候補を出した。
『きよぽんと愉快な仲間たち』
堀北はすぐに却下した。
「他クラスの代表を、きよぽんの脇役にしないで」
「じゃあ、『四体のゆるキャラ初集合』」
「普通ね」
「普通でいいでしょう」
堀北は、むしろ安心したように答えた。
しかし、長谷部は普通の題名では満足できないらしい。
「きよぽんが世界の中心」
「却下」
「ヨーグルト同盟」
「他の三体にヨーグルト要素がないでしょう」
その時、池が別の候補を口にした。
「ゆるキャラ四天王は?」
教室へ戻る途中の廊下で、全員の足が僅かに止まった。
須藤が言葉を繰り返す。
「四天王……」
少し考えた後、認めるように頷く。
「ちょっと格好いいな」
「ゆるキャラなのに?」
佐藤が笑った。
軽井沢は、四体をそれぞれ四天王へ当てはめるように考える。
「ほなわんは、あんまり四天王っぽくないけど」
「ありすぽーんは将来のクイーン」
「ぶっくまるは知恵担当だな」
三宅がオレを見る。
「きよぽんは?」
全員の視線がこちらへ集まった。
「知らない」
「ヨーグルト担当」
長谷部が即答する。
三宅は呆れた。
「四天王にヨーグルト担当が必要なのか?」
佐倉が控えめに提案した。
「回復役……かな」
「ヨーグルトで?」
「疲れた時に、一緒に休むから」
長谷部はすぐに採用した。
「それなら回復役だね。ほなわんは仲間を増やして、ありすぽーんは転んでも立ち上がって、
ぶっくまるは本で知恵を与える。きよぽんは休憩させる」
須藤が納得できないように言う。
「最後だけ弱くないか?」
「休憩は大切よ」
堀北が自然に答えた。
ほりぽんの制作者であり、最後まできよぽんと正式代表を争った堀北が、
今では誰よりも自然にきよぽんの役割を説明している。
堀北は題名について最終的な結論を出した。
「表紙へ載せる題名は、普通のものでいいわ」
採用されたのは、
『代表ゆるキャラ、初めての合同練習』
長谷部は少し不満そうだったが、完全に反対することはなかった。
「本文の中に、四天王って一回だけ書いてもいい?」
「駄目」
「一回だけだから」
「駄目よ」
「きよぽん四天王」
「意味が変わっているわ」
「四体のきよぽん?」
「増やすな」
三宅が笑った。
「交代担当の俺まで、きよぽんの一体として数えられそうで怖いな」
「みやっちは、きよぽん二号」
「やめろ」
「オレが一号でもない」
佐倉がオレを見る。
「でも、今日の歩き方は清隆くんにしかできないと思う」
三宅が不安そうに尋ねた。
「俺は、あの動きを真似するのか?」
「丸い胴体を左右へ僅かに揺らし、歩幅は通常の半分程度に抑える。
足を必要以上に高く上げると、きよぽんらしい緩い動きが崩れる」
オレは実演せず、動作を言葉で説明した。
「方向転換は頭だけで行わず、身体全体をゆっくり回す。
手を振る時には肘だけを動かさず、肩からゆっくり上げた方がいい」
三宅と長谷部が黙った。
「どうした」
三宅が先に答える。
「随分詳しいと思って」
長谷部も嬉しそうに頷く。
「完全にきよぽんだね」
「交代担当者と動作を統一するために説明しただけだ」
「先生」
長谷部が言った。
「誰が先生だ」
「きよぽん先生」
「やめろ」
「みやっち、明日から特訓だよ」
「お前は横で見ているだけだろ」
「マネージャーだから」
「半公認だ」
オレが訂正すると、長谷部は不満そうに口を尖らせた。
◯
その日の夜。
寮の自室へ戻ったオレは、試験専用ページへ掲載された集合写真を開いていた。
題名は、『代表ゆるキャラ、初めての合同練習』。
写真には、ほなわん、ありすぽーん、ぶっくまる、きよぽんの四体が円形に並んでいる。
掲載されてから、それほど時間は経っていない。
それでも、すでに多くの感想が付いていた。
『四体とも可愛い』
『ありすぽーん、王冠が落ちそう』
『ぶっくまるが持っている本が気になる』
『ほなわんの耳を触ってみたい』
『きよぽん、ヨーグルトを二つ持ってる』
『第二形態?』
『第二形態らしい』
『何が変わるの?』
『ヨーグルトが一個増える』
『それだけ?』
『それだけ』
今日の体育館で交わされた説明が、驚くほど正確な形で全校生徒へ広がっていた。
さらに、四体の関係性へ興味を持つ感想も増えている。
『四体の関係をもっと見たい』
『ゆるキャラ同士で、短い物語を作ってほしい』
『ほなわんが、全員と友達になる話が見たい』
『ありすぽーんが転んで、ぶっくまるが起き上がり方の本を探して、
きよぽんが隣に座って、ほなわんが応援する』
悪くない。
短い文章の中へ、四体の性格が正確に表れている。
ありすぽーんは転ぶ。
ぶっくまるは、本を探す。
きよぽんは、隣へ座る。
ほなわんは、明るく応援する。
全員が、同じ方法で助けるわけではない。
それぞれにできることがあり、できないこともある。
近づき方も、相手との距離も、役割も異なる。
今日、着ぐるみとして初めて顔を合わせたことで、
紙の上で決められていた設定だけではなく、
キャラクター同士の関係が少しずつ具体的な形を持ち始めていた。
端末へ通知が届く。
長谷部からだった。
『集合写真見た?』
『見た』
『きよぽん、真ん中っぽくない?』
『円形だから、四体とも同じ位置だ』
『でもヨーグルト二個で一番目立つ』
『目立つ必要はない』
『代表なんだから、少しは目立たないと』
『設定と矛盾する』
数秒後。
新しい返信が届く。
『目立ちたくないのに、目立っちゃうのがきよぽんらしい』
否定しづらかった。
きよぽんは、人前へ積極的に出ない。
静かな場所を好み、誰かへ自分から関わろうとすることも少ない。
それにもかかわらず、ヨーグルトを頭へ載せた外見、意味の分からない第二形態、
そしてオレとの関係によって、他のキャラクターよりも話題を集めやすい。
『そうかもしれない』
送信する。
すぐに返事が届いた。
『認めた!』
『可能性の話だ』
『スクリーンショットした』
『消せ』
『記念に残す』
何の記念なのかは尋ねなかった。
さらに別の通知が届く。
今度は佐倉だった。
『今日はお疲れさま。冷却材を入れる袋、もう少し大きい方がよかった?』
『大きさは問題ない。二十分を超えて着用する場合は、途中で交換する必要がある』
『次は予備を二つ作るね』
『助かる』
少し間を置いて、新しい文章が届く。
『きよぽん、暑くなかった?』
『オレが暑かった』
送信した後で、少しだけ考える。
質問の意味から外れてはいない。
ただし、佐倉が確認したいのは、きよぽんの内部環境についてだろう。
文章を追加する。
『きよぽんの内部も暑くなっていた』
すぐに返信が来た。
『同じだね』
『違う』
『ふふ。おやすみ』
『おやすみ』
端末を机へ置く。
窓の外には、学園の明かりが並んでいる。
今日の合同練習では、多くの問題点が見つかった。
ほなわんは、大きな耳の固定位置と接触方法。
ありすぽーんは、王冠の安定性と裾の長さ。
ぶっくまるは、背中の鞄と本の固定方法。
きよぽんは、頭頂部のスプーンと短い腕の可動域。
どの着ぐるみも完成してはいない。
歩くだけで修正点が見つかり、小道具を一つ渡すだけでも補助員が必要になる。
挨拶を交わそうとするだけで、耳や王冠やスプーンが互いへ引っかかりそうになる。
それでも、四体は初めて同じ場所へ立った。
代表が決定した時点では、三百クラスポイントを争う競争相手だった。
クラス同士の勝敗を左右する敵であるはずだった。
しかし、ほなわんはきよぽんの背中へ、お友達カードを入れた。
ぶっくまるは、ヨーグルト作りの本を渡した。
ありすぽーんは転倒しても、山村たちに助けられながら再び立ち上がった。
きよぽんは、何か特別なことをしたわけではない。
握手を交わし、本を受け取り、ヨーグルト容器を二つ持った。
ありすぽーんが起き上がるまで、少し離れた場所から見ていただけだった。
それでいい。
少なくとも、きよぽんはそういうキャラクターだった。
第一回ゆるキャラ選手権は、各クラスの代表決定を終え、四体による合同練習へ入った。
試験は単なるクラス同士の競争から、
キャラクター同士の物語へ、少しずつ形を変え始めている。
ただし。
翌朝には、長谷部が集合写真を使った新しい宣伝企画として、
『きよぽんとゆるキャラ四天王』
という題名のポスターを完成させていることを、この時のオレはまだ知らなかった。