第一回・ゆるキャラ選手権の試験開始から十日目を迎えた朝、
四クラス合同で制作する短編宣伝動画の撮影日が正式に決定した。
題名は『ゆるキャラ四天王ありすぽーんを救え!』。
題名だけを見れば、強大な敵に捕らわれたありすぽーんを、
ほなわん、ぶっくまる、きよぽんの三体が
力を合わせて救出する壮大な冒険作品にも思える。
しかし、実際の内容は、
歩いている途中で転んだありすぽーんが一人では立ち上がれなくなり、
残る三体がそれぞれの方法で助けようとする、三分程度の穏やかな物語だった。
ほなわんは友達を呼び、ぶっくまるは起き上がる方法が書かれた本を探し、
きよぽんは助けが来るまでありすぽーんの隣へ座る。
最後には全員で力を合わせ、ありすぽーんを立ち上がらせる。
四体の関係を短い時間で紹介し、
それぞれの性格と役割を一般来場者へ伝えることが動画の目的だった。
ただし、この企画には撮影が始まる前から、いくつもの問題が存在していた。
第一に、ありすぽーん役の森下藍が、本当に転倒する場面を演じようとしていた。
第二に、ほなわん役の一之瀬帆波は、
助けを呼ぶより先に自分でありすぽーんを抱き起こそうとしていた。
第三に、ぶっくまるが探す本の種類について、
椎名ひよりと石崎大地の意見が一致していなかった。
そして第四に、きよぽんは隣へ座る以外、ほとんど何もしない。
他の三体が分かりやすく行動する中で、
ただ座っている姿をどのように魅力的に見せるのか。
企画を立てた長谷部でさえ、その部分だけは明確な答えを出せていなかった。
◯
撮影当日の朝、堀北クラスの教室では、
通常の授業準備よりも先に、動画の進行表が黒板へ貼り出されていた。
午前中は通常授業。
昼休みに最終打ち合わせ。
午後四時から、特別棟の多目的ホールで撮影開始。
撮影予定時間は二時間。
完成した動画は各クラスで確認した後、
翌日の午後六時に試験専用ページへ公開する。
進行表の横には、四体の動きを場面ごとにまとめた簡単な絵コンテも貼られている。
最初の場面では、ありすぽーんが一人で歩いている。
次の場面で、画面外から転倒音。
三場面目では、床へ座り込んだありすぽーんが王冠を押さえながら困っている。
そこへほなわんが現れ、助けようとするが、一体だけでは起こせない。
ほなわんは仲間を呼びに行く。
ぶっくまるが本を抱えて現れ、起き上がる方法を探し始める。
その間にきよぽんが現れ、ありすぽーんの隣へ座る。
最後には三体と補助員が協力し、ありすぽーんを立ち上がらせる。
絵コンテの中で、きよぽんだけは、登場してから最後までほとんど同じ姿勢だった。
座る。
少し首を傾ける。
ヨーグルトを差し出す。
その三つだけである。
「本当にこれでいいのか」
オレは黒板の絵コンテを見ながら尋ねた。
長谷部は教壇の前で、
自作した『堀北クラス公認・きよぽんマネージャー』の腕章を整えている。
最初に作った腕章は文字が長すぎて布からはみ出していたため、
昨夜のうちに横幅を広げた新しいものを作り直したらしい。
「何が?」
「きよぽんの場面だ。ほとんど動いていない」
「きよぽんは、そういうキャラだから」
「動画では、動かないことと何もしていないことの違いが伝わりにくい」
「そこは表情と間で見せる」
「着ぐるみの表情は変わらない」
長谷部は黙った。
佐倉が絵コンテへ近づき、きよぽんがありすぽーんの隣へ座る場面を見る。
「少しずつ距離を近づけるのはどうかな」
「どういうことだ」
「最初は少し離れた場所に座るの。
ありすぽーんが不安そうにしたら、少しだけ近づく。でも、触らない」
佐倉は指先で、二体の位置を示した。
最初は一メートル。
次に七十センチ。
最後に五十センチ。
「ありすぽーんが一人で困っている時間を、きよぽんが隣で待つ感じ」
「それなら動きは少なくても、意図は分かるかもしれない」
幸村が絵コンテの余白へ位置を書き込む。
「ただし、撮影ごとに距離が変わると編集時に繋がらない。
床へ目印を付ける必要がある」
「目印が映ったら困らない?」
佐倉が尋ねる。
「小さな透明テープなら、画面では目立たない」
三宅は自分の席から黒板を眺めていた。
昨日、初めてきよぽんの交代担当として着ぐるみへ入り、
通常歩行、方向転換、段差越え、手振りを一通り経験している。
今日の撮影では、最初の場面をオレが担当し、
休憩後の撮り直しや補助撮影を三宅が担当する予定だった。
「座る動作は練習してないぞ」
三宅が言った。
「低い椅子へ座るだけだ」
オレは答える。
「床には座れない。着ぐるみの胴体が太くて、膝を深く曲げられないからな」
「椅子が映ったら、きよぽんが普通に休憩してるだけに見えないか?」
「ありすぽーんも床へ座らせるのではなく、低い台へ腰を下ろす形に変更されています」
幸村が進行表を見せる。
安全上の理由から、ありすぽーんを実際に転倒させる案は却下された。
映像では転倒する直前までを別撮りし、
画面を一度暗転させた後、転倒音を入れる。
次の場面では、最初から低い台へ座ったありすぽーんを映し、
倒れて起き上がれないように見せる。
ありすぽーんの円筒形の胴体によって、台そのものはほとんど見えない。
「森下は納得したのか」
三宅が尋ねた。
「していません」
堀北が教室へ入ってきた。
手には、撮影計画の最終版と、各クラスから提出された安全確認書を持っている。
「昨日の夜まで、転倒場面を一回だけ実演させてほしいと主張していたそうよ」
「一回で終わると思えない」
オレが言う。
「その通りね。坂柳さんからも、実際の転倒は禁止すると連絡が来ている」
「でも、森下さんなら撮影中に勝手に転びそう」
軽井沢が不安を口にする。
佐藤も頷いた。
「演技のつもりで、自然にやりそうだよね」
「山村さんと神室さんが左右から補助することになっているわ」
「二人で止められるのか?」
須藤が尋ねる。
堀北は少し間を置いた。
「白石さんも後方へ付くそうよ」
「三人がかりか」
「森下さんを止めるのに、そこまで必要なんだ」
佐倉は驚いている。
「着ぐるみを着た状態では、本人の意思だけでなく重心の問題もある。
安全管理としては過剰なくらいでいい」
幸村は真面目だった。
長谷部は話を聞きながら、きよぽんの登場場面へ新しい説明を書き加えている。
『ありすぽーんから一メートル離れて座る』
『一度だけありすぽーんを見る』
『少し近づく』
『ヨーグルトを差し出す』
「ヨーグルトは必要か」
オレが尋ねた。
「必要だよ」
「困っている相手へ、ヨーグルトを差し出すことが常に正解とは限らない」
「ありすぽーんは食べなくていいの」
「なら、なぜ差し出す」
「きよぽんにできることだから」
長谷部は、きよぽんがありすぽーんへ容器を差し出す小さな絵を描いた。
「ほなわんみたいに仲間を呼べない。ぶっくまるみたいに本も探せない。
ありすぽーんを立ち上がらせる力もない。
それでも、自分が持ってるものを少し分けようとする」
言葉だけなら、きよぽんらしい。
問題を解決できなくても。
自分にできる範囲のことをする。
「容器は空にする」
幸村が言う。
「中身が入っていると傾いた際に衣装を汚す。蓋も開けない」
「ヨーグルトを分けられないぞ」
池が指摘する。
「演出だよ」
長谷部が答える。
「中身がなくても、見た人には分からない」
「詐欺じゃないか?」
「小道具」
「でも、きよぽんは本物のヨーグルトにこだわるんだろ?」
「設定監修者はどう思う?」
全員がオレを見る。
「撮影用の小道具として使うなら空でいい」
「本人公認!」
「安全上の判断だ」
「でも、本物じゃなくていいって認めた」
「撮影中に食べるわけではない」
「じゃあ、撮影が終わったら本物を食べる?」
「予定にはない」
「ご褒美」
「何の」
「撮影を頑張ったきよぽんの」
「中に入るのはオレだ」
「じゃあ清隆くんの」
「必要ない」
長谷部は納得していない。
昼食時にヨーグルトを買ってくる可能性が高かった。
◯
朝のホームルームでは、茶柱先生から、
短編動画に関する試験上の注意事項が伝えられた。
「合同制作は認められているが、
動画内で特定のキャラクターへ投票を呼びかける行為は禁止する。
四体の紹介と試験全体の宣伝に限定しろ」
教室内の生徒たちは、昨日まで何度も確認していた内容を改めて聞く。
「また、撮影中に着用者が負傷した場合、該当クラスだけでなく、
合同企画へ参加した全クラスに管理責任が発生する可能性がある」
「森下さんへ言ってください」
神室はこの教室にいない。
それでも誰かが呟いた。
茶柱先生も同じことを考えていたらしい。
「坂柳クラスには、すでに別の教師から強く伝えている」
「森下さん、聞きますかね」
池が尋ねる。
「聞かせるのが補助員の役目だ」
「大変だなあ」
「お前も他人事ではない」
「俺?」
「撮影補助として参加者一覧に名前がある」
池の表情が止まった。
「何でですか?」
「照明用の反射板を担当すると、昨日提出された名簿に書かれている」
全員が長谷部を見る。
「人数が必要だったから」
長谷部は悪びれない。
「聞いてない!」
「今聞いたね」
「そういう問題じゃない!」
「フライング・モンキーも映せるかも」
「本当か?」
池の態度が変わる。
「背景のどこかに小さく」
「駄目よ」
堀北が即座に止めた。
「正式代表四体の動画へ、候補から外れたキャラクターを無断で入れないで」
「ほりぽんは?」
「最後に友達キャラクターとして一枚絵だけ登場させる予定よ」
「差別だ!」
「ほりぽんは正式に登録された親友キャラクターでしょう」
「フライング・モンキーも友達にしろ!」
「誰の?」
「きよぽん」
「断る」
オレは即答した。
「本人が拒否した!」
池は衝撃を受けている。
「モデルとしての意見よ」
堀北が補足する。
「きよぽんには、ほりぽんという親友がいる。
今の短編へ新しいキャラクターを増やす必要はないわ」
「じゃあ悪役」
「もっと駄目よ」
教室に笑いが広がる。
茶柱先生は、撮影と関係のない議論が始まったことに気づき、
出席簿で教卓を軽く叩いた。
「フライング・モンキーは映らない。池は反射板だけを担当しろ」
「横暴だ!」
「参加者名簿から外してもいいぞ」
「やります」
池はすぐに従った。
自分のキャラクターを映せなくても、撮影現場そのものには興味があるらしい。
「それから綾小路」
茶柱先生がオレを見る。
「何ですか」
「着用者の連続活動時間は十五分以内。撮影の都合で延長するな」
「分かっています」
「前回は二十三分入っていたと聞いた」
「交代のタイミングを失っただけです」
「今回は教師側でも時間を測る。異常がなくても十五分で一度脱げ」
「はい」
オレが素直に答えると、茶柱先生は少し意外そうな目を向けた。
「何ですか」
「反論すると思っただけだ」
「同じことを堀北にも言われました」
「安全に関して素直なのは悪いことではない」
茶柱先生は資料へ視線を戻す。
「きよぽんの設定通りだな」
教室が静かになった。
茶柱先生も、自分が口にした言葉へ遅れて気づいた。
「先生」
軽井沢が笑う。
「きよぽんの設定、分かってるじゃないですか」
「今のは忘れろ」
「何が設定通りなんですか?」
佐藤が尋ねる。
「休むことを否定しないところ?」
「授業を始める」
「先生、きよぽん好きですよね」
「好きではない」
「ほりぽんは?」
「どちらも同じだ」
「同じくらい好き?」
「同じくらい興味がない」
茶柱先生は強引に会話を終わらせ、教科書を開かせた。
それでも黒板の後方では。
きよぽんとほりぽんの頭部が並び。
授業を見守っていた。
◯
昼休み。
綾小路グループの五人は、食堂の端にあるいつもの席へ集まった。
長谷部は宣言通り、デザートとしてヨーグルトを五個持ってきている。
「なぜ五個だ」
オレが尋ねる。
「全員分」
「俺はいらないぞ」
三宅が言う。
「みやっちは交代きよぽんだから必要」
「中に入るとヨーグルトを食べなきゃいけないのか?」
「役作り」
「きよぽんは役作りで食べてるんじゃないだろ」
幸村は容器の表示を確認している。
「撮影前に乳製品を大量に食べる必要はない。
着ぐるみの中で気分が悪くなる可能性がある」
「一個だけだよ」
「普段食べ慣れていない者へ、撮影前に勧める理由はない」
「ゆきむーは?」
「俺もいらない」
「愛里は?」
「私は少しなら」
佐倉は受け取った。
「清隆くんは?」
「食後なら問題ない」
「やった」
長谷部はヨーグルトをオレの前へ置く。
三宅が呆れた顔をする。
「結局食うのかよ」
「食べること自体に問題はない」
「きよぽんの役作り?」
「昼食の一部だ」
「違う。きよぽんが勝手に?」
「その言葉で全てを処理するな」
長谷部は笑いながら、自分の容器の蓋を開ける。
「今日の撮影、清隆くんが最初で、みやっちが後半ね」
「進行表ではそうなっている」
「でも、ありすぽーんの隣に座る大事な場面は清隆くんにお願いしたい」
三宅が反応する。
「俺のきよぽんじゃ駄目なのか?」
「駄目じゃないよ。ただ、清隆くんの方が動きが安定してるから」
「昨日練習したばかりだから仕方ないだろ」
「撮り直しはみやっち」
「予備扱いか?」
「交代担当」
「言い換えただけじゃないか」
佐倉が三宅を気遣う。
「みやっちの手振り、上手だったよ」
「愛里が言うなら、少しは救われる」
「清隆くんより、ちょっと元気なきよぽんだった」
「それは褒めてるのか?」
「うん」
「きよぽんとしては、元気すぎない方がいいんだろ?」
「でも、みやっちらしさが少し残っててもいいと思う」
幸村が眼鏡を直す。
「それは着用者の交代を隠す方針と矛盾する」
「完全に同じじゃなくても、きよぽんに見えればいいんじゃないかな」
佐倉は自分の意見を続けた。
「清隆くんが入ると、静かなきよぽん。
明人くんが入ると、少しだけ行動的なきよぽん。
でも、どっちも友達に手を振るし、急に走ったりはしない」
「中身の違いも個性にするのか」
三宅が尋ねる。
「全部同じにしようとすると、
みやっちがずっと清隆くんの真似をしないといけないから大変かなって」
合理性もあった。
着ぐるみの演技では、基本動作の統一は必要だ。
しかし、身長や体格、歩き方の癖を完全に消すことは難しい。
無理に一致させようとすれば、動作が不自然になる可能性もある。
「通常の範囲内であれば、多少の違いは認めてもいい」
オレは言った。
三宅がこちらを見る。
「お前が言うなら助かる」
「ただし、きよぽんが急に走ったり、大きく手を振ったりするのは駄目だ」
「分かってる」
「声も出さない」
「緊急時以外はな」
「ヨーグルトを投げない」
「投げねぇよ」
「第二形態で戦わない」
「だから戦わねぇ!」
三宅の声が食堂へ響いた。
周囲の生徒がこちらを見る。
その中の一人が「第二形態」と呟き、別の生徒が「ヨーグルトが増えるやつ」と答えた。
話題が広がっている。
「もう全校に知られてるな」
三宅は額へ手を当てた。
「俺まできよぽんの中身だって知られたらどうする」
「着用者は非公表だ」
幸村が答える。
「でもクラス内では全員知ってるだろ」
「外部へ話さないよう伝えてある」
「池がいるぞ」
五人の視線が、少し離れたテーブルへ向く。
池は須藤たちと食事をしている。
こちらの視線へ気づき、大きく手を振った。
秘密を守れるようには見えない。
「撮影後、中身を聞かれても答えないよう再確認する必要がある」
幸村が言う。
「きよぽんの中には、きよぽんが入ってるって言えばいいよ」
長谷部が提案する。
「説明になっていない」
「夢がある」
「混乱を増やすだけだ」
「じゃあ、正体不明」
「それでいい」
オレはヨーグルトを一口食べる。
適度に冷えている。
撮影前の昼食としても問題はない。
「清隆くん」
佐倉がオレの容器を見る。
「美味しい?」
「ああ」
「きよぽん、元気になった?」
「オレが食べている」
「でも、きよぽんも撮影頑張れそうだね」
「着ぐるみに栄養は届かない」
「気持ち」
「気持ちもない」
「あるよ」
長谷部と佐倉が同時に答えた。
三宅まで少し笑っている。
「もう諦めろよ、清隆。きよぽんには気持ちがあるらしいぞ」
「お前までそちらへ行くのか」
「中に入ったからな」
「一回入っただけだ」
「思ったより大変だったから、少しくらい気持ちがあってほしい」
着ぐるみに入ることで。
三宅にも愛着が生まれ始めているのかもしれない。
長谷部はそれを聞き逃さなかった。
「みやっち、やっぱりきよぽん好きじゃん」
「違う。苦労に意味があってほしいだけだ」
「それを愛着って言うんだよ」
昨日と同じ結論。
三宅は今度も強く否定しなかった。
◯
午後四時前。
撮影場所となる特別棟の多目的ホールには、四クラスの生徒たちが集まり始めていた。
多目的ホールは第二体育館より小さいが、
舞台照明と映像撮影用の設備が整っている。
床の半分には緑色の背景布が設置され、
撮影後に森や校内の風景を合成できるよう準備されていた。
中央には、ありすぽーんが座るための低い台。
その周囲には、台が画面へ映らないよう同じ色の布が被せられている。
ありすぽーんから一メートル離れた場所には、きよぽんが最初に座る位置。
七十センチ。
五十センチ。
三段階の透明な目印。
ぶっくまるが本を探す小さな本棚。
ほなわんが仲間を呼びに走るための通路。
撮影機材。
反射板。
音声確認用の端末。
想像していた以上に本格的な現場になっていた。
「本当に三分の動画か?」
龍園は舞台袖から全体を見渡し、呆れたように言った。
「準備は映画並みだな」
「安全確認と編集の都合です」
幸村が答える。
「出演者が全員着ぐるみだから、普通の動画より手間がかかる」
「走らせれば早いだろ」
「走行は禁止です」
「ほなわんだけ少し走るんだろ?」
一之瀬クラスの神崎が説明する。
「走っているように見える歩き方だ。
実際の速度は通常歩行より少し速い程度に抑える」
「それで仲間を呼びに行く緊迫感が出るのか?」
「効果音と編集で補う」
「全部編集頼みじゃねぇか」
「ゆるキャラに本物の緊迫感は必要ありません」
堀北が龍園へ言った。
「視聴者へ状況が伝われば十分よ」
「ありすぽーんが爆発に巻き込まれて倒れた設定にすれば――」
「しません」
「敵がいた方が盛り上がる」
「敵のいない平和な物語です」
「四天王なのにか?」
「非公式の呼び名でしょう」
龍園は最後まで、四天王なら戦うべきだと考えているらしい。
「なら、りゅうまるを敵役で出せ」
石崎が反応する。
「りゅうまるは敵じゃないっすよ」
「最初は敵に見えるが、本当は助けに来た設定でいい」
「それならありかも」
石崎は少し考え始めた。
ひよりが静かに止める。
「今回は四体の紹介が目的です。りゅうまるは次の物語へ出しましょう」
「次があるのか?」
伊吹が尋ねる。
「ぶっくまるとりゅうまるの動画も作りたいです」
「また増えるのね」
「伊吹さんにも手伝っていただきたいです」
「私は入らないわよ」
「撮影補助です」
「それなら考える」
龍園クラスも、代表決定後の制作へ完全に慣れてきていた。
反対側では。
坂柳クラスの準備が、撮影開始前から難航している。
ありすぽーんの頭部を前に。
森下。
神室。
山村。
白石。
そして坂柳。
五人が話し合っていた。
「転倒場面は、音だけでは迫力が不足します」
森下は最後まで諦めていない。
「迫力は必要ない」
神室が答える。
「ありすぽーんが転ぶことは、物語の重要な転換点です」
「だから座った状態から始めるって決めたでしょ」
「視聴者は本当に転んだのか疑うかもしれません」
「疑わないわよ」
「では、片足を滑らせるところまで」
「駄目」
「膝をつくところまで」
「駄目」
「王冠だけ落とす」
神室が少し考える。
「それなら、ありかも」
山村が心配そうに口を挟む。
「王冠が転がって、誰かに当たりませんか……?」
「柔らかい素材だから大丈夫じゃない?」
神室は王冠を持ち、床へ軽く落としてみる。
大きな王冠は一度だけ弾み、横へ倒れた。
転がり続けることはない。
「王冠が落ちる音を転倒音の直前に入れれば、ありすぽーんが倒れたように見えますね」
白石が言う。
「森下さん自身が転ばなくても、十分に状況が伝わると思います」
森下は王冠を見る。
「私の経験値は上がりません」
「動画の完成度を上げなさい」
神室の突っ込み。
坂柳は少し笑いながら、王冠だけを落とす案を採用した。
「森下さん」
坂柳が言う。
「本当に優れた演者は、自分が危険なことをせずとも、
観客へ危険を感じさせられるものです」
「演技力の試験ですか」
「そう考えても構いません」
森下の表情が僅かに変わった。
「分かりました。転びません」
神室が驚く。
「坂柳が言うと聞くのね」
「新しい課題を与えられましたので」
「私たちが何回止めても聞かなかったのに」
「神室さんは、演出意図を説明していませんでした」
「安全だからって十分でしょ!」
山村は二人の会話を聞きながら、王冠の落下位置へ透明テープを貼った。
「ここへ落とせば、画面の中央に入ると思います……」
森下が位置を見る。
「山村さん」
「はい……」
「非常に有能です」
「そ、そうですか……」
「今日は、私の転倒を止める必要がなくなりました」
「最初から転ばないでください……」
山村は以前より、森下へ自然に言い返せるようになっていた。
◯
撮影前の全体打ち合わせが始まった。
各クラスの代表者と制作担当者が、絵コンテを囲む。
堀北。
一之瀬。
坂柳。
龍園。
長谷部。
平田。
幸村。
神崎。
ひより。
石崎。
神室。
山村。
白石。
その他の補助員。
人数が多い。
意見も多い。
三分の動画とは思えないほど、最初の一場面だけで議論が続いた。
「最初に映るのはありすぽーんですわ」
坂柳が確認する。
「森の道を一人で歩き、王冠を押さえながら少しずつ進む」
「森の背景は後から合成する」
堀北が続ける。
「途中で小さな石に気づかず、足を取られたように身体を傾ける。
その直後に画面を暗転させ、王冠を落とす音を入れる」
「石は本物か?」
龍園が尋ねる。
「合成です」
「何もない場所で躓く演技をするのか」
「着ぐるみの視界を考えれば、本物を置く方が危険よ」
「迫力がねぇ」
「必要ありません」
「俺なら、りゅうまるに罠を――」
「敵役は出しません」
同じやり取りが繰り返される。
「次に、ほなわんが登場する」
一之瀬が自分の絵コンテを見る。
「ありすぽーんへ近づいて、手を差し出す。でも一人では起こせない」
「抱きしめない」
神崎が釘を刺す。
「分かってるよ」
「前回の合同練習でも、きよぽんへ抱きつこうとした」
「今日は我慢する」
「ありすぽーんへもだ」
「困ってたら、ぎゅってしたくなるけど」
「演技を優先しろ」
一之瀬は少し残念そうだった。
「ほなわんが仲間を呼びに行った後、ぶっくまるが本棚を探します」
ひよりは手作りの本を見せる。
表紙には『だれかをたすける百の方法』と書かれている。
石崎が別の本を持ち上げた。
『転んだポーンの起こし方』
「俺はこっちの方が分かりやすいと思う」
「対象が限定的すぎます」
ひよりが答える。
「でも、今回の状況にはぴったりだろ」
「ぶっくまるは、この動画のためだけに本を持ってきたわけではありません」
「小道具だぞ」
「ぶっくまるの世界に実在する本として考える必要があります」
ひよりは真剣だった。
石崎も負けていない。
「『だれかをたすける百の方法』だと、ページを探すのに時間がかかる」
「それが、ぶっくまるらしいのです」
「すぐ助けろよ」
「本を読んで正しい方法を探します」
「ありすぽーんが待ってるだろ」
「その間、きよぽんが隣にいます」
全員がオレを見る。
「きよぽんを待機要員として使うな」
長谷部が反論する。
「待機じゃないよ。ありすぽーんが一人にならないようにする」
ひよりは頷いた。
「ぶっくまるが本を探している間も、ありすぽーんは不安になりません」
「きよぽんが何もしないことへ、理由ができる」
堀北が言う。
「なら本は、すぐには見つからない方がいいわね」
「わざと遅くするのか?」
石崎が納得できない様子。
「物語上の間よ」
「でも現実なら、早く見つけた方がいいだろ」
「これは宣伝動画です」
幸村が言う。
「現実の救助手順を紹介するものではない。四体の性格が伝わることを優先する」
「じゃあ、二冊使えば?」
佐倉が控えめに提案した。
全員が見る。
「最初に『転んだポーンの起こし方』を見つける。
でも、ぶっくまるが少し考えて、それだけじゃ足りないと思う。
それから『だれかをたすける百の方法』も持ってくる」
石崎の分かりやすさ。
ひよりの世界観。
両方を残す案。
「二冊持てるか?」
龍園が尋ねる。
「ぶっくまるの腕へ固定すれば可能です」
石崎が答える。
「でも重くなりすぎないよう、中身は薄い紙にします」
ひよりも受け入れた。
「佐倉さん、ありがとうございます」
「う、うん」
佐倉は、他クラスの前で自分の案が採用されたことに少し驚いていた。
「最後に、きよぽん」
長谷部が進行表を見る。
「ありすぽーんから一メートル離れて座る。
一回だけありすぽーんを見る。少し近づく。ヨーグルトを差し出す」
「その後、ほなわんとぶっくまるが戻ってくる」
堀北が続ける。
「三体でありすぽーんを立ち上がらせる」
「きよぽんは立ち上がらせられない」
オレが指摘した。
「腕が短く、支える力も出せない」
「隣で応援する」
長谷部が答える。
「何もしないままか」
「ヨーグルトを持ってる」
「両手が塞がる」
「第二形態になる?」
森下が話へ加わる。
「通常形態です」
長谷部は答えた。
「一つだけ」
「能力は?」
「ない」
「では、なぜ変身しないのですか」
「変身したら両手が塞がって、もっと何もできなくなるから」
「合理的です」
森下は納得した。
「第二形態にならない方が強いのですね」
「強さの話じゃない」
「戦闘能力は通常形態が上」
龍園が勝手に解釈する。
「攻撃しない」
オレは否定した。
「防御力は?」
「変わらない」
「回復能力」
「ない」
「ヨーグルトを投げる」
「しない」
「蓋を飛ばす」
「しない」
「お前、四天王のくせに何もできねぇな」
「ゆるキャラだからな」
答えた後。
長谷部が満足そうに笑った。
「今の台詞、動画の最後に使いたい」
「使わない」
「四天王なのに何もできない。でも隣にはいられる」
「説明文なら、勝手に考えろ」
「許可?」
「内容を確認してからだ」
「前向きになってる」
「確認すると言っただけだ」
打ち合わせだけで、予定していた時間の半分近くを使っていた。
撮影担当の教師が時計を確認し、話を切り上げる。
「細部は撮りながら調整する。まずは衣装を着ろ」
ようやく。
四体の準備が始まった。
◯
きよぽんの更衣区画で、オレは制服の上着を脱いだ。
昨日と同じ手順。
胴体フレーム。
肩の支持具。
脚部。
腕。
首元の冷却材。
背中の送風機。
幸村が一つずつ確認し、佐倉が外装の縫い目とひとやすみポーチの位置を見る。
三宅は交代時に備え、隣で手順を確認している。
長谷部は、撮影用のヨーグルト容器を持っていた。
「本当に空か?」
オレが尋ねる。
「うん。洗って乾かした」
「蓋は固定した?」
「接着してある」
幸村が確認する。
「傾けても外れない」
「設定上は未開封なのか」
「撮影では分からないよ」
「容器の側面に、賞味期限の表示がある」
長谷部が止まる。
「そこまで見る?」
「高画質で撮影するなら映る可能性がある」
容器の側面には、すでに過ぎた日付が印刷されている。
撮影用の小道具としては問題ない。
しかし、きよぽんが期限切れのヨーグルトを渡しているように見えれば、
設定上の印象が悪い。
「シールで隠す」
佐倉が同じ色の小さな紙を持ってくる。
表示部分へ貼る。
外から見れば、ほとんど分からない。
「清隆くん、細かいね」
「ヨーグルトの設定監修だから」
長谷部が言う。
「最低限だ」
「でも、賞味期限まで見るのは最低限以上じゃない?」
「誤解を防ぐためだ」
「愛だね」
「品質管理だ」
三宅が笑う。
「もう同じようなものだろ」
「違う」
「きよぽんが勝手に?」
「今日は撮影へ集中しろ」
胴体の装着が終わる。
最後に頭部。
長谷部と幸村が持ち上げる。
頭部が下ろされると、視界が狭まり、外の音が遠くなる。
送風機の音。
首元の冷たさ。
肩へかかる重量。
今まで何度も経験した感覚。
「聞こえる?」
長谷部の声。
右手を一度上げる。
問題なし。
「今日は、きよぽんとして初主演だよ」
反応しない。
「緊張してる?」
反応しない。
「無視された」
「設定通りだ」
三宅が言う。
「清隆」
呼ばれる。
オレは三宅の方へ身体を向ける。
「途中で交代するから、無理するなよ」
右手を一度上げる。
「今のは返事か、合図か分からないな」
「どちらでもいい」
幸村が言う。
「問題なしという意味なら、撮影開始前の確認として成立している」
「それじゃ行こう」
佐倉がきよぽんの横へ立つ。
長谷部は前方。
佐倉は側面。
三宅は背後。
補助員三人。
以前より体制が整っている。
更衣区画の幕が開く。
撮影現場へ出る。
ありすぽーん。
ほなわん。
ぶっくまる。
すでに三体が待っていた。
ありすぽーんは王冠を押さえ、神室と山村の間に立っている。
ほなわんは大きな耳を後ろへ流し、神崎の注意を聞きながら手を振っていた。
ぶっくまるは二冊の本を抱え、石崎が固定具を確認している。
きよぽんが出ると。
三体が同時にこちらを見る。
ほなわんは大きく手を振る。
ぶっくまるは小さくお辞儀。
ありすぽーんは片手で王冠を押さえたまま、もう片方の手を上げる。
オレもゆっくり右手を振り返した。
四体。
撮影前の挨拶。
周囲の生徒たちから、自然に拍手が起きた。
「もう撮れてる?」
長谷部が撮影担当へ尋ねる。
「まだ本番ではない」
「今の挨拶、使えそう」
「メイキング映像なら使える」
「メイキングも作る?」
堀北が止める。
「本編を完成させてから考えなさい」
長谷部は、すでに次の動画を考えていた。
最初に撮影するのは、ありすぽーんが転ぶまでの場面だった。
他の三体は画面外で待機する。
森下は、ありすぽーんの中へ入った状態で、床へ貼られた直線の上に立つ。
神室が左。
山村が右。
白石が後方。
三人とも画面へ映らないぎりぎりの位置。
坂柳は撮影機材の横で、全体を見守っている。
「森下さん」
坂柳が呼ぶ。
ありすぽーんが顔を向ける。
「本当に転んではいけませんわ」
ありすぽーんは右手を一度上げた。
「経験値も入りません」
右手がゆっくり下がる。
「落ち込まないでください……」
山村の声。
「王冠を落とすだけです」
森下のくぐもった声が返る。
「歩きながら、前方の石へ気づかない演技をします」
「石はないわよ」
神室が言う。
「見えているつもりで避けない演技です」
「見えてるのに避けないって、逆に難しくない?」
「挑戦します」
撮影担当が合図する。
「本番。三、二、一、開始」
ありすぽーんが歩き出す。
一歩。
二歩。
三歩。
王冠を片手で押さえながら、小さな歩幅で進む。
途中。
足を少し高く上げる。
存在しない石へ触れたように、身体が前へ傾く。
神室と山村が左右から手を伸ばす。
森下は転ばない。
指示通り、踏みとどまる。
王冠だけを頭部から外し、前方へ落とす。
柔らかな王冠が床へ着地。
画面暗転用の合図。
撮影終了。
「成功です」
白石が拍手する。
山村も安心したように息を吐いた。
神室は、最後まで森下の腕を掴んでいた。
「やればできるじゃない」
「転倒しない演技も、良い経験になりました」
「経験値は?」
坂柳が尋ねる。
「一ポイントです」
「比喩的には認めましょう」
森下は満足した。
「もう一回撮る」
撮影担当が言う。
ありすぽーんの動きが止まる。
「今ので成功では?」
「王冠が画面の右端へ寄りすぎた。もう少し中央へ落としてほしい」
山村が床の目印を見る。
王冠は、透明テープから二十センチほどずれている。
「森下さん」
山村が呼ぶ。
「次は、王冠を少し左前へ落としてください」
「角度は?」
「今より十五度くらい左です……」
「距離は?」
「三十センチくらい前へ……」
森下は山村の指示を真剣に聞く。
二回目。
歩行。
身体を傾ける。
王冠。
今度は指定位置へ落ちる。
転倒音を入れるための間。
成功。
「山村さん」
森下が言う。
「完璧な誘導でした」
「森下さんが、ちゃんと落としてくれたからです……」
「共同作業ですね」
山村は少し照れたように頷いた。
撮影開始から。
最初の場面は順調だった。
少なくとも。
この時点では。
◯
次に撮影するのは、転倒後のありすぽーんだった。
低い台へ腰を下ろした状態。
王冠は床。
両腕を小さく動かし、立ち上がろうとする。
しかし、自力では起き上がれない。
森下は、この場面でも必要以上に本気を出した。
「開始」
ありすぽーんは両手を床へつく。
身体を前へ倒す。
立ち上がろうとする。
円筒形の胴体が台へ引っかかる。
立てない。
もう一度。
今度は身体を左右へ揺らす。
台から落ちそうになる。
山村がすぐに支える。
「森下さん、そこまで動かなくて大丈夫です……」
「本当に立てない方が、説得力があります」
「演技で伝えてください……」
「これは演技です」
「本気で立とうとしてますよね?」
森下は答えなかった。
図星らしい。
撮影担当が止める。
「動きが大きすぎる。ありすぽーんは困っているが、
慌てて暴れるキャラクターではないはずだ」
坂柳が森下へ説明する。
「最初に両手を床へつき、一度だけ立とうとする。
その後は王冠を見て、困ったように手を伸ばしてください」
「王冠を優先するのですか」
「クイーンを目指すありすぽーんにとって、大切なものですから」
森下は納得した。
二回目。
両手を床。
身体を少し前。
立てない。
動きを止める。
床の王冠を見る。
短い腕を伸ばす。
届かない。
肩を落とす。
顔は変わらない。
それでも。
身体の動きだけで、困っていることが伝わる。
「今の、可愛いです」
白石が言う。
「森下さんらしくないくらい」
神室が付け加える。
「どういう意味ですか」
「褒めてる」
「目が笑っています」
「森下に言われたくない」
ありすぽーんの場面が完成した。
続いて。
ほなわんの登場。
一之瀬は舞台袖で、神崎から最後の注意を受けている。
「ありすぽーんへ走って近づかない」
ほなわんが頷く。
「抱きつかない」
少し間を置いて頷く。
「王冠を勝手に頭へ戻さない」
ほなわんが首を傾げる。
「王冠へ触れるのは後だ。最初はありすぽーん本人を心配する」
ほなわんは両手を胸元へ置く。
分かったという動き。
「帆波」
神崎が改めて呼ぶ。
着ぐるみの中から一之瀬の声が返る。
「分かってるよ」
「今、普通に喋ったな」
「まだ撮影前だから」
「撮影中は無言だ」
「うん」
「助けられないと分かった時、すぐに仲間を呼びに行け」
「一回くらい、一人で頑張ってもいい?」
「三秒だけだ」
「五秒」
「三秒」
「四秒」
「三秒だ」
一之瀬は少し不満そうに、ほなわんの耳を揺らした。
撮影開始。
ほなわんが画面へ入る。
ありすぽーんへ気づく。
両手を大きく上げ。
驚く。
一歩。
二歩。
早歩き。
ありすぽーんの前へしゃがもうとする。
大きな胴体。
膝を深く曲げられない。
中途半端に前屈する。
大きな耳が前へ垂れる。
ありすぽーんの王冠へ触れそうになる。
神崎が画面外から耳を押さえた。
ほなわんは、ありすぽーんへ手を伸ばす。
両手を掴もうとする。
丸い手同士。
握れない。
それでも一生懸命引っ張る。
ありすぽーんは動かない。
四秒。
五秒。
六秒。
まだ諦めない。
神崎が小声で言う。
「帆波、仲間」
ほなわんは一度止まり。
ありすぽーんを見る。
自分。
周囲。
もう一度ありすぽーん。
最後に。
大きく頷く。
立ち上がり。
画面外へ仲間を呼びに行く。
撮影終了。
「少し長い」
神崎が言う。
「でも、ほなわんが一人で助けようとした気持ちは伝わる」
一之瀬は頭部の中から答える。
「四秒じゃ短いよ」
「八秒近くやっていた」
「頑張ってたら時間忘れた」
「設定通りだね」
長谷部が喜ぶ。
「友達のために無理をするほなわん」
「それを肯定する動画ではない」
神崎は厳しい。
「一人でできないと分かったら、助けを呼ぶことも大切だ」
堀北も同意する。
「ほなわんの成長として、その迷いを残すのは悪くないわ。ただし、少しだけ短くしましょう」
二回目。
一人で引っ張る時間を五秒へ短縮。
その後。
仲間を呼ぶ決断。
撮影成功。
一之瀬は、ほなわんの中から出ないまま、ありすぽーんへ小さく手を振った。
森下も振り返す。
本番外の交流。
そこだけは、二体とも自然だった。