最初にスクリーンへ映し出されたのは、明るい森の中を通る一本の小道だった。
撮影時には、多目的ホールへ張られた緑色の背景布の前で演技を行っている。
しかし完成した映像では、背景へ木々や草原、
遠くまで広がる青空が合成され、全体が柔らかな色合いへ整えられていた。
画面の奥から、ありすぽーんがゆっくりと歩いてくる。
白い円筒形の身体。
頭部へ載せられた大きな王冠。
森下が中へ入ったありすぽーんは、片手で王冠を押さえながら、
一歩ずつ慎重に森の道を進んでいた。
映像には軽やかな音楽と小鳥の鳴き声が重ねられている。
現実の撮影現場には存在しなかった小さな石が、
ありすぽーんの前方へ合成されていた。
森下は事前の指示に従い、何もない床へ足を取られたような演技を行っている。
完成した映像では、ありすぽーんの足が本当に石へ触れたように見えた。
身体が大きく傾き、頭部の王冠が外れる。
画面が暗転すると同時に、重すぎない柔らかな転倒音が響いた。
次の場面では、ありすぽーんが森の道へ座り込んでいた。
外れた王冠は少し離れた場所に落ちている。
ありすぽーんは短い腕を伸ばすものの、どうしても届かない。
一度は自分の力だけで立ち上がろうとする。
しかし、円筒形の身体を起こすことができず、再び座った姿勢へ戻ってしまう。
画面の下へ字幕が表示された。
『ありすぽーんは、また転んでしまいました』
教室で映像を見ている生徒たちは、実際の撮影風景を知っている。
森下が乗っていたのは、転倒の高さを抑えるために用意された低い台だった。
周囲には補助員が待機し、着ぐるみの外から身体を支えていた。
転倒場面も、森下が本当に倒れたわけではなく、
安全を確認した上で姿勢を変えただけだった。
それでも編集後の映像では、ありすぽーんが森の道で本当に転び、
一人では立てなくなったように見える。
「すごいな」
須藤が、感心したように小さく呟いた。
「編集すると、撮影した時と全然違って見える」
画面の奥から、今度はほなわんが姿を現した。
大きな耳を揺らし、明るい音楽と共に森の道を進んでくる。
ほなわんは、地面へ座り込んでいるありすぽーんへ気づくと、驚いたように両手を上げた。
すぐに駆け寄り、一人でありすぽーんの手を引こうとする。
しかし、ほなわんだけでは大きな身体を起こせない。
何度か試しても動かせず、ほなわんは困ったように首を傾げた。
字幕が表示される。
『一人では、できません』
ほなわんは周囲を見回した。
ありすぽーんを見る。
自分の手を見る。
もう一度、ありすぽーんを見る。
その後で大きく頷くと、画面の外へ向かって走り出した。
『それなら、友達を呼びに行きます』
一之瀬クラスらしい見せ場だった。
困っている相手を放置しない。
ただし、自分一人で無理に解決しようともせず、助けてくれる友達を呼びに行く。
教室でも、ほなわんの分かりやすい動きへ小さな笑いと拍手が起こった。
ほなわんが画面から消えると、音楽は再び静かなものへ変わった。
森の中には、ありすぽーんだけが残される。
ありすぽーんはもう一度、落ちた王冠へ手を伸ばした。
しかし、やはり届かない。
その時。
森の奥から、乳白色の丸い姿が現れた。
きよぽん。
教室内の空気が、僅かに変わった。
映像の中できよぽんを動かしているのは、オレだった。
きよぽんは、座り込んでいるありすぽーんへ気づくと、その場で歩みを止めた。
少しだけ身体を傾ける。
ありすぽーんが困っていることは理解したらしい。
しかし、すぐに近づこうとはしない。
一メートルほど離れた場所まで進むと、きよぽんはその場へゆっくり座った。
字幕は表示されない。
会話もない。
それまで流れていた音楽も、さらに小さなものへ変わった。
ありすぽーんは、きよぽんの方へ短い腕を伸ばす。
きよぽんはその動きを見つめた後、自分も腕を伸ばした。
しかし、二体の間にはまだ距離がある。
互いの手は届かない。
数秒間。
二体は腕を伸ばしたまま動かなかった。
やがて、きよぽんは一度立ち上がり、
先ほどよりも少しだけありすぽーんへ近い場所へ移動した。
再び座る。
もう一度手を伸ばす。
それでも届かない。
きよぽんは、さらに少しだけ距離を縮める。
最後に。
二体の短い手が、僅かに触れた。
教室では、誰も笑わなかった。
長谷部も言葉を挟まず、静かに映像を見ている。
次に、きよぽんは持っていたヨーグルト容器をありすぽーんへ差し出した。
しかし、ありすぽーんは受け取ろうとせず、少し離れた場所へ落ちている王冠を指した。
きよぽんは王冠へ近づく。
拾おうとして短い腕を伸ばす。
届かない。
身体を屈めようとしても、丸い胴体が邪魔をする。
もう一度試しても結果は変わらなかった。
きよぽんは動きを止める。
数秒間。
床へ落ちている王冠と、自分が持っているヨーグルト容器を交互に見比べる。
その後。
きよぽんは、ありすぽーんの王冠の隣へ、自分のヨーグルト容器を静かに置いた。
字幕が表示される。
『拾えなくても、隣には置けます』
ありすぽーんは、床へ並んだ王冠とヨーグルトを見る。
次に、きよぽんへ顔を向ける。
ありすぽーんは、ゆっくり頭を下げた。
きよぽんも、返事をするように小さく頭を下げる。
佐倉が、緊張を解くように息を吐いた。
「やっぱり、いいね」
本当に小さな声だった。
映像は次の場面へ切り替わる。
ぶっくまるが、森の中に置かれた本棚の前へ立っていた。
その隣には、仲間を呼びに戻ったほなわんがいる。
二体は、ありすぽーんを起こすために必要な方法が書かれている本を探していた。
ぶっくまるが最初に取り出したのは、
『転んだポーンの起こし方』
次に取り出したのは、
『だれかをたすける百の方法』
だった。
二冊目の本を抜き取った拍子に、隣へ立てられていた別の本が一冊倒れる。
ぶっくまるは、ありすぽーんの方角を見る。
手に持った本を見る。
それから、倒れた本へ視線を戻した。
ぶっくまるは、一度本棚へ向き直り、倒れた本を元の位置へ戻す。
その後で、普段より僅かに歩幅を速めた。
それでも、ほなわんのように走ることはない。
二冊の本を大切に抱えたまま、ありすぽーんたちのいる場所へ向かっていく。
字幕が表示された。
『急いでいても、大切な本は元に戻します』
「そこまで字幕にしたのか」
石崎が笑った。
映像の中では、ほなわんとぶっくまるが、ありすぽーんときよぽんの待つ場所へ戻ってくる。
ぶっくまるが本を開き、起こし方の図を示す。
一人で無理に引っ張らない。
助けてくれる仲間を呼ぶ。
相手を急かさず、本人の様子を確かめながら起こす。
ほなわん。
ぶっくまる。
きよぽん。
ありすぽーん。
撮影時に着ぐるみを支えていた補助員たちは、編集によって画面から消されていた。
完成した映像では、ありすぽーんが三体の力を借り、
自分の足で立ち上がったように見える。
王冠も再び頭へ戻された。
最後に、ほなわんが手を伸ばす。
ありすぽーんも手を伸ばす。
ぶっくまる。
そして、三宅が中へ入っているきよぽん。
四体が少しずつ距離を縮め、中央へ手を重ねた。
画面へ、最後の字幕が表示される。
『一人でできない時は、誰かと一緒に』
音楽が少しだけ大きくなった後、画面はゆっくり暗転した。
ほなわん。
ありすぽーん。
ぶっくまる。
きよぽん。
四体の名前が順番に表示される。
その後には、一枚絵としてほりぽんとりゅうまるも描かれていた。
四体を囲むように、二体の友達キャラクターが並んでいる。
『友達は、これからも増えていきます』
最後に制作協力として、四クラスの名前が表示された。
詳細な担当者は説明欄へまとめられている。
ただし、きよぽんの着用者だけは非公表となっていた。
動画は三分四十二秒で終了した。
映像が終わっても、教室内は数秒間静かなままだった。
その沈黙を破るように、最初に拍手を始めたのは長谷部だった。
続いて佐倉。
平田。
軽井沢。
佐藤。
三宅。
そして、他の生徒たちも加わっていく。
拍手は少しずつ大きくなった。
自分たちのクラス代表。
自分たちが作ったキャラクター。
そして、他クラスの生徒たちと協力して制作した一つの物語。
「良かったじゃん!」
池が声を上げた。
「フライング・モンキーは出てなかったけど!」
「最後まで言うな」
須藤が笑う。
「俺のほりぽんも出てたぞ!」
「最後の一枚絵だけでしょう」
堀北が冷静に答えた。
それでも須藤は満足そうだった。
三宅は、最後に四体が手を重ねる場面をもう一度見たいらしく、
暗くなったスクリーンへ視線を残している。
「俺の動き、中身が違うって分からなかったな」
「それなら成功だ」
オレは答えた。
「でも、オレより少し動きが速かっただろ?」
「中へ入った人物を知っている者が見れば違いは分かる」
佐倉も頷いた。
「私も分かったよ。みやっちらしいきよぽんだった」
「なら、別に悪くないか」
三宅は、以前よりも素直にその評価を受け入れた。
長谷部は、拍手が落ち着くのを待たず、すぐにオレの前へ来た。
「どうだった?」
「昨日見た仮編集版より、分かりやすくなっていた」
「字幕が?」
「ああ。ほなわんやぶっくまるの行動は字幕で補足されていたが、
きよぽんの行動は過剰に説明されていない。それでも意図は伝わる」
「面白かった?」
「良かったと思う」
「また同じ答え」
「他に何が必要なんだ」
「感動した?」
「そこまでは言っていない」
「泣いた?」
「泣いていない」
「きよぽん、格好よかった?」
「格好よさを狙ったキャラクターではない」
「じゃあ、可愛かった?」
「オレに聞くな」
「一番好きな場面は?」
黒板には、動画公開後に行う感想投票の用紙が貼られている。
オレもクラスの一員であり、一つ選ぶこと自体に問題はない。
「全体を見てから決める」
「今、全部見たよ」
「他の場面も悪くなかった」
「きよぽんの場面じゃないの?」
「誘導するな」
長谷部は不満そうに頬を膨らませた。
軽井沢が、教室後方に立つ茶柱先生へ視線を向けた。
「先生は、どうでした?」
全員が茶柱先生を見る。
茶柱先生は腕を組み、スクリーンへ視線を向けていた。
「再生に問題はなかった」
「完成度じゃなくて、感想です」
軽井沢が追及する。
「試験全体の宣伝映像としては、十分な完成度だ」
「好きな場面は?」
今度は佐藤が尋ねた。
「答える義務はない」
「きよぽんがヨーグルト置くところ?」
池が勝手に予想する。
茶柱先生は少し黙った。
「ぶっくまるが、倒した本を元へ戻す場面だ」
教室の生徒たちが驚く。
「そこなんですか?」
「急いでいる時でも、自分が乱したものを直す。
学校のキャラクターとしては、非常に分かりやすい行動だ」
池が嬉しそうに声を上げる。
「茶柱先生、ぶっくまる推し!」
「推していない」
「きよぽん負けた!」
「勝負ではない」
軽井沢も面白がっている。
「先生は、知的なキャラクターが好きなんですね」
「違う」
「ほりぽんも知的ですよ」
「関係ない」
「じゃあ、きよぽんはどうですか?」
茶柱先生は答えず、教卓へ向かった。
「授業を再開するぞ」
「もう放課後です!」
池が指摘したため、茶柱先生は逃げ切ることができなかった。
◯
動画が公開されてから数分後。
試験専用ページの感想欄へ、最初の書き込みが届いた。
『ありすぽーん、立ててよかった』
その後も続く。
『ほなわんが一人で助けようとして、途中で友達を呼びに行くところが好き』
『ぶっくまる、本を倒したまま行かないの偉い』
『きよぽん、王冠の隣にヨーグルト置いて何になるの?』
その疑問には、すぐに別の生徒から返信が付いた。
『何にもならないけど、一人じゃなくなった』
教室が静かになった。
長谷部は、その文章を声に出して読み上げる。
「何にもならないけど、一人じゃなくなった」
佐倉が小さく頷いた。
「ちゃんと伝わってる」
さらに感想が増える。
『王冠を拾えないなら、誰か呼びに行けばいいのに』
『きよぽんは、呼びに行くのが苦手なんじゃない?』
『ほなわんが呼びに行ってるから、きよぽんはありすぽーんと待ってたんだと思う』
『役割分担だね』
『手が届かないところで、きよぽんも一回止まるのが良かった』
『ヨーグルトを王冠の友達にした?』
『意味不明なのに優しい』
『王冠を一人にしなかった』
『きよぽん、役に立ってないのに必要だった』
最後の感想が、褒めているのか、厳しく評価しているのかは判断しづらい。
それでも、きよぽんの役割を最も正確に表しているのかもしれなかった。
きよぽんは、問題を解決していない。
ありすぽーんを直接起こしたわけでもなく、王冠を拾うこともできなかった。
それでも、ありすぽーんが一人で待たなければならない時間を埋めた。
「きよぽん」
長谷部が再び呼ぶ。
「一番好きな場面、もう決まった?」
「王冠の隣へヨーグルトを置く場面だ」
教室が静かになる。
自分が中へ入り、自分の判断で動かした場面を選ぶことには、少し不公平さもある。
しかし、動画の中で、きよぽんの性格が最も分かりやすく表れている場面だった。
「本当に?」
長谷部が聞き返す。
「ああ」
「きよぽんの場面だから?」
「四体の役割を繋ぐ場面だからだ」
オレは理由を説明した。
「ほなわんが助けを呼びに行き、ぶっくまるが解決方法を探す。
その間、ありすぽーんを一人にしない役割が必要になる」
「それが、きよぽん」
「王冠を拾えなかったことも、できないことを隠していない。
代わりに、自分が持っているものを王冠の隣へ置いた」
「ヨーグルトを」
「直接の解決にはならない。ただし映像としては、
その不完全さが四体の協力へ繋がっている」
長谷部は、しばらく何も言わなかった。
その後、感想投票用紙へオレの一票を加えた。
『王冠の隣へヨーグルトを置く場面』
「監修者から一票」
「クラスの一員としてだ」
「きよぽん本人票」
「違う」
「主演俳優票」
「違う」
「ヨーグルト配置担当票」
「それなら事実に近い」
答えた直後、教室へ笑いが起こった。
長谷部は満足そうだった。
◯
動画の再生回数は、公開から三十分ほどで急速に伸びていった。
試験専用ページを利用できるのは校内の生徒だけであるため、
視聴者の母数には限りがある。
それでも、同じ生徒が何度も映像を再生していた。
感想。
共有。
各クラスによる宣伝。
反応は、予想以上に大きかった。
一之瀬クラスからは、一之瀬本人のメッセージが届いた。
『動画公開されたね! ほなわん、みんなを呼びに行けてよかった!』
神崎からは、より冷静な感想が送られている。
『一人で助けようとする時間は、
もう少し短くてもよかったと思うが、全体としては問題ない』
坂柳クラスからも反応が届いた。
坂柳。
『ありすぽーんを中心に、四体の個性がよくまとまっています。
素晴らしい合同作品になりましたね』
森下。
『きよぽんは、王冠にヨーグルトを供えました』
「供えていない」
オレは呟いた。
長谷部が画面を見る。
「確かに、お供え物みたいにも見えるね」
「違う」
山村。
『王冠を一人にしなかった場面が、私も好きです……』
白石。
『森下さんが本当に転ばなくて安心しました。皆さん、ありがとうございました』
神室。
『NG集を作るなら、森下が台から落ちそうになったところは絶対に使わないで』
龍園クラスからも感想が届いた。
龍園。
『四天王のくせに敵も戦いもねぇ。だが、見られなくはない』
伊吹。
『最後まで文句言いながら、全部見てた』
石崎。
『ぶっくまるが本を直すところ、ちゃんと残っててよかった』
ひより。
『ぶっくまるが本を探している間、きよぽんが待っていてくれたので安心しました。
次は、ほりぽんやりゅうまるも一緒にお話を作りたいです』
四クラスの生徒たちは、自分たちの代表キャラクターだけを見ているわけではなかった。
他のキャラクターの場面。
他のキャラクターの役割。
四体が登場する一つの作品として、動画を受け入れている。
ただし、感想欄の流れを見ていると、少しずつ明確な偏りも生まれ始めていた。
公開直後は、四体へほぼ均等に感想が届いていた。
しかし、時間が経過するほど、
きよぽん。
王冠。
ヨーグルト。
その場面への言及が増えている。
『王冠の隣にヨーグルト、意味分からないのに何回も見てしまう』
『きよぽんの無言の時間が好き』
『何もしないキャラだと思ってたけど、本当に何もしないのに良かった』
『きよぽん、欲しくなってきた』
『きよぽんの小さいぬいぐるみ作って』
『王冠とヨーグルトのセット商品ほしい』
『ありすぽーんときよぽんの二体グッズが欲しい』
動画全体への好意的な反応が、その中心にいるきよぽんへ少しずつ集まり始めていた。
長谷部が喜ばないはずはない。
「きよぽん、大人気!」
「まだ公開直後よ」
堀北は冷静だった。
「一つの場面が話題になっただけで、
学園祭の一般投票まで同じ反応が続くとは限らないわ」
「でも、良い流れではあるよ」
「そうね」
堀北も、完全には否定しなかった。
「ただし、合同作品をきよぽんだけの成功として扱ってはいけないわ」
長谷部の表情が僅かに変わる。
「分かってる」
「本当に?」
「ありすぽーんが転ばなかったら、きよぽんはヨーグルトを置けなかった。
ほなわんが助けを呼ばなかったら、待つ役も必要なかった。
ぶっくまるが本を探さなかったら、きよぽんが座っている時間も長くならなかった」
長谷部は、自分の言葉で説明した。
「四体で作った場面だよ」
「ならいいわ」
堀北は頷いた。
「人気が出るほど、他クラスへの配慮が必要になる。
しばらくは、きよぽんだけを切り取った宣伝を控えなさい」
「『手が届かなくても』のポスターは?」
「坂柳クラスの許可を得ているなら問題ない。
ただし、ありすぽーんの名前も、きよぽんと同じ大きさで載せること」
「分かった」
長谷部は素直に受け入れた。
以前であれば、きよぽんが目立つという一点だけで進めた可能性がある。
しかし今の長谷部は、公認マネージャーとして、四クラス合同作品を扱っている。
「人気が一体へ偏ること自体は、試験では有利になる」
幸村が言った。
「一般投票では、最終的に一体だけを選ぶ。話題性を否定する必要はない」
平田が続ける。
「ただ、今は合同企画だからね。競争と協力を分けて考えた方がいいと思う」
「難しいな」
三宅が率直に言った。
「他のキャラクターと一緒に動画を作ったら、
きよぽんの人気が上がった。でも喜びすぎると、他クラスを利用したみたいになる」
「利用ではない」
オレは答える。
「他の三体にも、それぞれ見せ場が用意されている。
どの場面が注目されるかは、公開後に決まったことだ」
「それでも、次の合同企画では他クラスが警戒する可能性がある」
幸村の指摘は正しい。
これは競争である。
優勝すれば、300クラスポイントを得る。
最後には順位が付く。
今回の動画によって、きよぽんが他の三体より有利になる可能性が生まれた。
他クラスが、これからも同じように協力を続けたいと考えるとは限らない。
「そこは、各クラスの判断に任せるしかないわ」
堀北が結論を出す。
「私たちから、次の合同企画を強く求めるのは避けましょう」
須藤が少し心配そうに尋ねた。
「ほりぽんが出る動画は?」
「四クラス合同ではなく、堀北クラス内で制作するなら問題ないわ」
「きよぽんとほりぽんの二体?」
「その二体を中心にする」
「やった」
須藤は分かりやすく喜んだ。
長谷部も反対しない。
「次は、きよぽんが長く立ち止まりすぎた時に、ほりぽんが隣で勉強する話にしよう」
「翼で王冠を拾う話じゃないのか?」
「それも入れる?」
「ありすぽーんを出すなら、また坂柳クラスの許可が必要になるわ」
「じゃあ、別の落とし物にする」
「ヨーグルトのスプーンとか?」
「きよぽん自身が落としたものを、ほりぽんが拾う」
「良いじゃん」
代表争いで敗れたほりぽんは、今ではきよぽんの成功を支える側へ回っている。
しかし、単なる脇役ではない。
次の物語では、自分の翼を使い、きよぽんにはできないことを助ける。
「まだ制作すると決めたわけではないわ」
堀北が止めた。
「今日は、動画の反応を確認するだけよ」
「でも、案は残してもいいだろ?」
須藤が尋ねる。
堀北は少しだけ笑った。
「ええ。残しておきましょう」
◯
午後七時を迎えても、感想欄への書き込みは増え続けていた。
教室へ残っていた生徒たちも、少しずつ寮へ戻り始めている。
長谷部は最後まで、再生回数、感想、場面投票の結果を記録していた。
暫定一位。
王冠の隣へヨーグルトを置く場面。
二位。
四体が中央へ手を重ねる場面。
三位。
ぶっくまるが倒れた本を元へ戻す場面。
四位。
ほなわんが一人でありすぽーんを助けようとする場面。
五位。
ありすぽーんが王冠へ手を伸ばす場面。
ただし、一位と二位の差は僅かだった。
他の場面にも、十分な数の票が入っている。
「きよぽん、一位」
長谷部が嬉しそうに言う。
「場面投票だ」
オレは訂正した。
「正式な人気順位ではない」
「分かってる。でも嬉しい」
「それ自体は否定しない」
長谷部がこちらを見る。
「清隆くんも嬉しい?」
「クラスの宣伝が成功したことは良いと思う」
「きよぽんが褒められたことは?」
少し考える。
きよぽんは、オレをモデルにしたキャラクターとして始まった。
しかし今は、クラス全体で作った存在になっている。
オレが中へ入った場面。
三宅が中へ入った場面。
佐倉が作った表情。
幸村が整えた構造。
長谷部が考えた性格。
堀北がまとめた制作班。
その他の生徒たちが加えた多くの要素。
それらが一つに重なっている。
「悪い気はしない」
長谷部が目を見開いた。
「今の、録音したかった」
「録音するな」
「もう一回言って」
「言わない」
「きよぽんが褒められて嬉しい?」
「悪い気はしないと言った」
「ほとんど同じだよ」
「違う」
「違う。きよぽんが勝手に?」
オレは少し考えた。
「今回は、みんなが勝手に褒めただけだ」
長谷部は数秒間、何も言わなかった。
その後、楽しそうに笑った。
「でも、きよぽんも嬉しいと思う」
「キャラクターに感情はない」
「あるよ」
いつもの答えだった。
ただし、以前ほど強く否定する気にはならなかった。
教室後方には、きよぽんの頭部が置かれている。
眠そうな目。
変わらない表情。
その隣には、丸眼鏡と翼を持つほりぽんの頭部。
二体は何も話さない。
それでも今日の反応を、隣同士で見守っているようにも見えた。
◯
寮の自室へ戻った後。
オレは一人で、もう一度動画を再生した。
四クラス。
四体。
三分四十二秒。
二回目は、きよぽんの場面だけではなく、作品全体を意識して見る。
ありすぽーんが転ぶ。
自分の力で立ち上がろうとする。
王冠へ手を伸ばす。
ほなわんは、最初に一人で助けようとする。
しかし、できない。
そこで友達を呼びに行く。
ぶっくまるは、必要な方法を探す。
途中で本を倒す。
急いでいても、本を元へ戻す。
きよぽんは、少し離れた場所へ座る。
手を伸ばす。
届かない。
少し近づく。
最後に手が触れる。
王冠を拾おうとする。
それもできない。
代わりに、ヨーグルトを隣へ置く。
最後には四体が中央へ手を重ねる。
『一人でできない時は、誰かと一緒に』
単純な物語だった。
大きな事件はない。
知略も、裏切りも、退学も、戦いも存在しない。
それでも、四体はそれぞれの方法で、一つの問題へ向き合っている。
ほなわんの方法だけでは足りない。
ぶっくまるの方法だけでも足りない。
きよぽんの方法だけでも、ありすぽーんは立ち上がれない。
全ての役割が揃い、最後にありすぽーんが立つ。
オレたち堀北クラスだけではない。
競争相手である四クラスの生徒たちが、一つの短編を作った。
端末へ通知が届いた。
一之瀬。
『清隆くん、動画見た?』
『見た』
『きよぽんがありすぽーんの隣にいてくれたから、
ほなわんも安心して友達を呼びに行けたと思う』
『設定上は、そう見える』
『今度は、ほなわんときよぽんが仲良くなる話も作りたいな』
『抱擁は安全確認後だ』
すぐに返信が届く。
『覚えててくれたんだ』
『装飾品が引っかかる可能性がある』
『うん。安全にぎゅってできる方法、神崎くんと考えるね』
断っても、一之瀬は安全な方法を考えながら進めるだろう。
次はひより。
『動画、ありがとうございました。
ぶっくまるが本を探している場面を残していただけて嬉しかったです』
『石崎も気に入っていた』
『はい。りゅうまるとぶっくまるの物語も、少しずつ考えています』
『次は、ぶっくまるがきよぽんへヨーグルト作りの本を渡す話か』
『それも書きたいです』
ひよりなら、本当に物語としてまとめ始めるかもしれない。
続いて、森下から届いた。
『王冠の隣に置かれたヨーグルトには、どのような象徴的意味がありますか』
『特にない』
『孤独の共有』
『違う』
『互いの最重要物を並べる友好儀式』
『違う』
『発酵と王権の同盟』
『違う』
『では、正解は?』
『拾えなかったから置いただけだ』
数秒後。
『非常に深いです』
『深くない』
『できなかった結果、新しい意味が生まれました』
森下は、昨日も似たようなことを言っていた。
意図と結果は違う。
オレにとっては、その場で選んだ対応にすぎない。
しかし映像を見る者は、そこへ別の意味を見つける。
『好きに解釈すればいい』
送信する。
すぐに返信が届く。
『公式許可を得ました』
『公式ではない』
『研究を継続します』
止めても無駄だった。
最後に、長谷部から届いた。
『感想、まだ増えてるよ』
『見ている』
『きよぽん、王冠を一人にしなかったって言われてる』
『実際にはヨーグルトを置いただけだ』
『それでいいんだよ』
少し後。
『王冠の隣にヨーグルトを置いた時、何を考えてた?』
撮影時。
王冠を拾うことができない。
短い腕。
屈めない身体。
何もできない。
そのため、手に持っていたものを置いた。
『何もしないよりはいいと思った』
返信が来る。
『きよぽんと同じ』
『オレの判断だ』
『だから同じ』
『違う』
『でも、きよぽんが勝手に動いたんじゃないよね』
そうだった。
最初は、
クリボーが勝手に。
そこから長谷部が作った言葉が、
違う。きよぽんが勝手に。
だった。
しかし今回は、オレが考え、オレが動いた。
『ああ。オレが動かした』
返信には、少し時間がかかった。
『清隆くんが、きよぽんを動かした』
『着用者だからな』
『それだけじゃないよ』
『何がだ』
『きよぽんが何をするか、清隆くんが決めた』
画面へ映る王冠とヨーグルト。
あの場面だけは、台本に書かれていなかった。
長谷部からの指示でもない。
オレがその場で決めた。
きよぽんとして。
その表現は、まだ素直には認めたくない。
それでも、キャラクターの性格を考え、その場で最も自然な動作を選んだ。
『結果的には、そうなる』
『本人監修』
『今回は否定しない』
送信した。
数秒後。
端末へ着信が入った。
出ない。
代わりにメッセージが届く。
『今のスクショした!』
『消せ』
『絶対消さない!』
『公開するな』
『綾小路グループだけ』
『それも駄目だ』
『みやっちとゆきむーと愛里には見せたい』
『駄目だ』
『きよぽん本人公認記念』
『本人ではない』
再び、いつもの会話へ戻った。
ただし、一つだけ以前とは違う。
きよぽんが何をするか。
オレ自身が、少しずつ考え始めている。
◯
動画公開翌日の朝。
試験専用ページに掲載された動画の再生数は、
校内向けの作品としては異例の数字へ達していた。
特に、王冠の隣へヨーグルトを置く場面は一枚の画像として切り取られ、
様々な言葉と共に共有されている。
『できないなら、できることを』
『役に立たなくても、隣にはいられる』
『大切なものの隣に、自分の大切なものを』
『王冠とヨーグルトの友好同盟』
最後の言葉だけは、森下の影響が強いだろう。
さらに、購買部には新しいグッズの要望まで届き始めていた。
ありすぽーんの王冠型キーホルダー。
きよぽんのヨーグルト型キーホルダー。
二つを並べて取り付けられる合同グッズ。
坂柳クラスと堀北クラスによる共同制作。
王冠とヨーグルト。
通常なら、何の関係もない二つの物だった。
しかし、動画の一場面によって、一つの組み合わせとして認識され始めている。
そして、その共同グッズ企画を持って朝一番に堀北クラスへ現れたのは、
坂柳有栖、森下藍、山村美紀、白石飛鳥、神室真澄の五人だった。
坂柳は穏やかな笑みを浮かべながら、一冊の企画書を堀北の机へ置いた。
「昨日の動画、とても良い反響でしたね」
堀北は企画書の表紙を見る。
『ありすぽーん×きよぽん 王冠とヨーグルトの友好セット』
その後ろから、森下が真剣な表情で言った。
「同盟締結の時間です」
オレは企画書を見る。
王冠。
ヨーグルト。
二つが並んでいる。
試験開始時には、誰も想像していなかった組み合わせだった。
「同盟ではない」
最初に否定する。
森下は素直に頷いた。
「秘密同盟ですね」
「さらに違う」
神室が森下の頭を軽く押した。
「朝から話をややこしくしないで」
山村は企画書の後ろから、小さな試作品を取り出した。
王冠型の飾り。
ヨーグルト容器型の飾り。
二つが一本の紐で繋がれている。
「き、昨日の夜に、少しだけ作ってみました……」
白石が、山村の説明を補う。
「山村さんが、王冠とヨーグルトを並べた形にしてくださいました」
長谷部の目が輝いた。
「可愛い!」
堀北は試作品を手に取り、細かな作りを確認する。
坂柳はオレへ顔を向けた。
「綾小路くん」
「何だ」
「きよぽんのヨーグルト設定監修者として、ご意見をいただけますか?」
逃げ道がない。
教室の生徒たちも、こちらを見ている。
王冠。
ヨーグルト。
動画から生まれた、最初の合同グッズ。
「容器の形は悪くない」
長谷部がすぐに笑った。
「監修が始まった!」
「ただし、蓋の色が実物と少し違う」
山村が慌てたように顔を上げる。
「す、すみません……」
「責めているわけではない。修正するなら、この色の方がきよぽんらしい」
「分かりました。直します……」
山村は端末へ修正点を記録した。
森下が満足そうに頷く。
「公式監修を確認しました」
「最低限だ」
坂柳は楽しそうに笑った。
「では、共同制作を始めましょう」
堀北。
長谷部。
幸村。
佐倉。
オレ。
そして、坂柳クラスの五人。
合同動画の成功は、一時的な話題だけでは終わらなかった。
競争相手だった二つのクラスを、
王冠とヨーグルトという誰も予想できなかった組み合わせで、新しい共同企画へ繋げていた。
第一回高度育成高等学校ゆるキャラ選手権。
学園祭まで、残された時間は多くない。
ほなわん。
ありすぽーん。
ぶっくまる。
きよぽん。
四体の人気は、合同動画をきっかけにさらに大きくなり始めている。
その中でも、
意味不明なのに優しい。
何の役にも立たないのに必要。
王冠を一人にしなかった。
そう評価されたきよぽんは、他の三体よりも僅かに速い速度で、
全校生徒の記憶へ残り始めていた。
それが最終的な勝利へ繋がる追い風になるのか。
それとも、他クラスから警戒される原因になるのか。
この時点では、まだ誰にも分からなかった。
ただ一つ、明確になったことがある。
王冠の隣へ置かれたヨーグルトは、撮影に使った中身のない容器にすぎなかった。
それでも多くの生徒にとっては、ありすぽーんときよぽんが
初めて本当の友達になった印として、確かに受け入れられたのである。