ゆるキャラ至上主義の教室   作:EXTERMINATION

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最終話 ゆるキャラ至上主義の教室へ

「続いて、総合順位を発表します」

 

坂柳理事長の言葉が体育館へ響いた瞬間、

部門賞の発表によって少しだけ緩んでいた空気が、再び張り詰めたものへ変わった。

 

一之瀬クラスのほなわんは、親しみやすさ部門で第一位を獲得した。

 

坂柳クラスのありすぽーんは、物語・成長部門で第一位。

 

龍園クラスのぶっくまるは、教育・文化部門で第一位。

 

そして堀北クラスのきよぽんは、話題性・独自性部門で第一位に選ばれた。

 

それぞれのキャラクターが、自分だけの強みを評価されている。

 

どのクラスも失敗したわけではない。

 

どのキャラクターも来場者へ届かなかったわけではない。

 

それでも、総合一位となるのは一体だけだった。

 

優勝クラスへ与えられる300クラスポイントは、

今後のクラス間競争へ直接影響する。

 

単なる学園祭の人気投票では終わらないことを、

体育館にいる生徒たちは理解している。

 

オレの隣では、長谷部が右手でオレの腕を掴んだまま、壇上を見つめていた。

 

その反対側に立つ三宅も、普段の気の抜けた表情を見せていない。

 

幸村は眼鏡へ一度触れた後、結果を予測することを諦めたように手を下ろした。

 

佐倉は教室の仲間ではなく、前方へ並べられた四体全てを心配そうに見ている。

 

堀北はクラスの先頭で背筋を伸ばしていた。

 

一之瀬は笑顔を保っているものの、身体の前で重ねた両手には力が入っている。

 

坂柳は普段と変わらない穏やかな表情を浮かべ、杖の持ち手へ両手を添えていた。

 

龍園は腕を組み、余裕を崩していないように見える。

 

ただし、その視線は坂柳理事長が手に持つ結果用紙から一度も離れなかった。

 

坂柳理事長は、四体の代表キャラクターへ順番に目を向けた。

 

「総合順位は、一般来場者投票、専門審査、グッズ売上、

宣伝活動、学校を象徴する物語性、着ぐるみの完成度と安全性、

そして学園祭当日の活動を総合して決定しています」

 

どれか一つの部門だけで、優勝できる試験ではない。

 

ほなわんは、来場者へ積極的に近づき、誰とでも友達になろうとした。

 

ありすぽーんは、失敗や助けられることを恥じず、もう一度立ち上がる姿を示した。

 

ぶっくまるは、本を通して来場者へ新しい興味を与え、

落ち着いて過ごせる場所を作った。

 

きよぽんは、相手へ無理に踏み込まず、

疲れた者が自分のままでいられる休憩所を作った。

 

競い方そのものが違っている。

 

坂柳理事長が、最初の順位へ視線を落とした。

 

「総合第四位」

 

体育館の誰もが息を止める。

 

長谷部の指が、オレの腕へ少し強く食い込んだ。

 

「ありすぽーん」

 

坂柳クラスから、短い息を呑む声が聞こえた。

 

ありすぽーんは物語・成長部門で第一位を獲得し、

共同動画でも物語の中心を担った。学園祭当日には多くの目標カードを集め、

来場者が参加できる企画として高い評価を得ている。

 

それでも総合順位は第四位だった。

 

森下は、前方へ置かれたありすぽーんを無言で見つめている。

 

山村は一瞬俯いたものの、すぐにありすぽーんの王冠へ視線を戻した。

 

神室は悔しそうに唇を結び、白石は二人の様子を心配そうに見ている。

 

坂柳だけは笑みを崩さなかった。

 

ただし、その表情がいつも通りの余裕だけで作られているわけではないことは、

近くにいる者なら気づいていただろう。

 

坂柳理事長は、評価の内訳を説明した。

 

「ありすぽーんは、物語性と来場者参加型の展示において

非常に高い評価を得ました。

また、失敗を隠すのではなく、周囲の協力を受けながら前へ進むという設定も、

本校の教育方針へ通じるものとして評価されています」

 

そこで一度、言葉を区切る。

 

「一方で、着ぐるみの安定性と、安全管理上の課題が最後まで残りました。

王冠の落下や、着用者の予測しにくい動作が

複数回確認されたことが、総合得点へ影響しています」

 

体育館の視線が、森下へ集まる。

 

森下は少し考えた後、静かに手を挙げた。

 

「私の経験値獲得行動が、減点へ繋がったという認識で間違いないでしょうか」

 

神室がすぐに森下の腕を下ろした。

 

「今それを聞く必要ある?」

 

「原因を正確に理解し、次回へ活用します」

 

「次回も出るつもりなの?」

 

「ありすぽーんは何度でも立ち上がります」

 

森下は真顔だった。

 

悔しさがないわけではない。

 

しかし、第四位という結果そのものを、

ありすぽーんの失敗として終わらせるつもりもないらしい。

 

山村が小さな声で言う。

 

「次は、王冠が絶対に落ちないようにします……」

 

森下が山村へ顔を向けた。

 

「次も手伝ってくれますか」

 

山村は驚いたように目を見開いた。

 

「わ、私でいいんですか……?」

 

「山村美紀以外に、ありすぽーんの王冠を任せるつもりはありません」

 

「でも、私の固定が足りなかったから……」

 

「私が動きすぎました」

 

森下は責任を山村へ押しつけなかった。

 

「山村美紀は、毎回落ちる前に支えてくれました。

今日、ありすぽーんが最後まで活動できたのは山村美紀のおかげです」

 

山村は何も答えられず、俯いた。

 

それでも、口元は僅かに緩んでいた。

 

坂柳は二人の会話を見届けた後、ありすぽーんの王冠へ視線を向ける。

 

「第四位ということは、まだ上に三体いるということです」

 

穏やかな声だった。

 

「ありすぽーんにとっては、立ち上がる理由が三つ増えたと考えましょう」

 

神室が坂柳を見る。

 

「悔しくないの?」

 

「当然、悔しいです」

 

坂柳は正直に答えた。

 

「ですが、ありすぽーんは転んだまま終わるキャラクターではありません。

今回の敗北も、次に立ち上がるための一つの場面へ変えてみせます」

 

坂柳クラスから拍手が起こった。

 

最初は白石。

 

次に山村。

 

神室。

 

森下。

 

そしてクラス全体へ広がる。

 

第四位。

 

それでも、ありすぽーんの物語は終わっていなかった。

 

 

坂柳理事長は、次の順位へ移った。

 

「総合第三位」

 

今度は龍園クラスと一之瀬クラス、そしてオレたちのクラスへ緊張が移る。

 

「ぶっくまる」

 

龍園クラスから、悔しそうな声と拍手が同時に起こった。

 

ぶっくまるは教育・文化部門で第一位を獲得し、

専門審査では特に高い評価を得ていた。

 

学園祭当日の読書会も成功し、

一度ブースへ入った来場者が長時間滞在する傾向も確認されている。

 

ただし、一般投票では、ほなわんやきよぽんのような

一目で分かる強い印象に僅かに届かなかったらしい。

 

「ぶっくまるは、本校の教育機関としての側面を最も明確に表現したキャラクターでした」

 

坂柳理事長は説明する。

 

「来場者の好みに合わせて本を選び、一方的に答えを与えるのではなく、

新しい興味へ導くという活動は非常に高く評価されています。

また、読書会へ参加した来場者の満足度は

四クラスの企画の中でも特に高い結果となりました」

 

ひよりは、静かにぶっくまるを見つめていた。

 

その隣では石崎が悔しそうに頭を掻き、伊吹は腕を組んだまま前方を見ている。

 

「負けちまいましたね、龍園さん」

 

石崎が言った。

 

龍園はすぐに答えない。

 

前方のぶっくまるを見たまま、少しだけ口元を歪める。

 

「三位だ」

 

「はい」

 

「上に二匹いる」

 

「いますね」

 

「なら、次はその二匹より面白い本を作ればいい」

 

「本を作るんですか?」

 

「ぶっくまる自身の物語だ」

 

龍園は、すでに次を考えていた。

 

「四天王図鑑だけじゃ足りねぇ。こいつが主役の本を作る。

どうせなら、ヨーグルト野郎も、犬も、ポーンも全部出せ」

 

堀北が龍園を見る。

 

「勝負が終わった直後から、他クラスのキャラクターを使うつもり?」

 

「出演させてやると言ってるんだ」

 

「許可を取りなさい」

 

「面倒くせぇな」

 

「以前の長谷部さんと同じことをしています」

 

幸村が冷静に指摘した。

 

長谷部が少し嬉しそうに龍園を見る。

 

「私の後輩だね」

 

「誰がお前の後輩だ」

 

龍園が睨む。

 

そのやり取りを聞いていたひよりは、ぶっくまるの頭部へ近づいた。

 

「三位でも、たくさんの方に本を選ぶことができました」

 

優しい声だった。

 

「ぶっくまるが渡した本を、今夜から読んでくださる方もいるかもしれません。

順位が発表された後も、ぶっくまるの仕事は残っています」

 

石崎も頷く。

 

「俺が入った時も、子供が本を持って帰ってくれたしな」

 

伊吹が横から笑う。

 

「少し元気なぶっくまるって言われてたわよね」

 

「中身が違うんだから仕方ないだろ」

 

「でも、ぶっくまるには見えてた」

 

「だったら成功だ」

 

三宅が石崎を見る。

 

「同じだな」

 

「何が?」

 

「交代担当。俺も少し元気なきよぽんって言われた」

 

「着ぐるみ仲間か」

 

「妙な仲間を作るなよ」

 

そう言いながらも、三宅は笑っていた。

 

龍園はぶっくまるの前へ近づくと、丸眼鏡が傾いていないかを確認した。

 

眼鏡は真っ直ぐだった。

 

それでも龍園は左右へ僅かに触れ、位置を整える。

 

伊吹が見逃すはずはない。

 

「三位でも眼鏡直すのね」

 

「次の写真に備えてるだけだ」

 

「大事にしてるじゃない」

 

「うるせぇ」

 

龍園は否定しながら、ぶっくまるの頭部を軽く叩いた。

 

「よくやった」

 

短い言葉。

 

着ぐるみの中身は空だった。

 

それでも龍園クラスの生徒たちには、誰へ向けた言葉なのか分かっていた。

 

 

残るのは、ほなわんときよぽんだった。

 

総合第二位と第一位。

 

一之瀬クラスと堀北クラスの生徒たちが、

互いの反応を窺う余裕もなく壇上を見つめている。

 

長谷部はオレの腕を掴んでいた手を離し、今度は自分の両手を胸元で強く握った。

 

佐倉は祈るように指を組んでいる。

 

三宅も幸村も、結果用紙から目を逸らさない。

 

一之瀬はほなわんを見つめた後、隣にいる神崎へ小さく笑いかけた。

 

神崎は頷く。

 

どちらのクラスも、自分たちが優勝する可能性を信じていた。

 

坂柳理事長は、結果発表の前に一度だけ体育館全体を見渡した。

 

「総合第二位」

 

一之瀬の笑顔が僅かに固まる。

 

長谷部が息を止める。

 

「ほなわん」

 

一之瀬クラスから、大きな拍手が起こった。

 

同時に、堀北クラスからも息を吐く音が広がる。

 

優勝はきよぽん。

 

ただし、まだ正式に名前を呼ばれていない。

 

長谷部は喜びを抑えるように両手で口元を覆った。

 

ほなわんは、親しみやすさ部門だけではなく、

一般投票でも非常に高い得票を集めていた。

 

特に子供や家族連れからの支持は、四体の中で最も強かったらしい。

 

「ほなわんは、一般来場者投票において、きよぽんと最後まで一位を争いました」

 

坂柳理事長の説明に、体育館がざわめく。

 

「写真撮影や交流人数、お友達カードの配布数では四体の中で第一位です。

自ら相手へ近づき、誰とでも友達になろうとする姿は、

本校の生徒たちが築く人間関係の象徴として高く評価されました」

 

一之瀬は目を閉じ、少しだけ息を吐いた。

 

悔しいはずだった。

 

三百クラスポイントが手へ届く位置にあった。

 

それでも、隣の神崎や柴田へ笑顔を向ける。

 

「あと少しだったね」

 

「そうだな」

 

神崎は静かに答えた。

 

「ただ、一般投票で最後まで一位を争えた。ほなわんの方向性は間違っていなかった」

 

「うん」

 

一之瀬は前方のほなわんへ近づく。

 

大きな耳。

 

笑顔。

 

友達カード。

 

学園祭当日、最も多くの来場者と直接触れ合ったキャラクターだった。

 

「ほなわん、お疲れさま」

 

一之瀬は頭部へ触れず、正面から話しかけた。

 

「優勝はできなかったけど、たくさん友達ができたね」

 

後ろから柴田が言う。

 

「ほなわんは、順位が付いても友達をやめないだろ」

 

一之瀬が笑う。

 

「もちろん」

 

その後、堀北クラスの方へ顔を向けた。

 

「堀北さん。まだ正式発表前だけど、たぶんおめでとう」

 

「最後まで聞いてからにしましょう」

 

堀北は冷静に返した。

 

ただし、その表情には僅かな安堵が浮かんでいる。

 

「でも」

 

一之瀬はきよぽんを見る。

 

「きよぽんが勝つなら、少し納得できるかも」

 

「なぜ?」

 

「ほなわんは、誰かへ近づくキャラクター。

きよぽんは、自分から近づけない人を待つキャラクターだったから」

 

一之瀬は学園祭当日の休憩所を思い出しているのだろう。

 

「ほなわんが会いに行けない人にも、きよぽんなら届いたのかもしれない」

 

神崎は一之瀬の言葉へ少し考えた後、頷いた。

 

「競争相手としては、最も異なる強みを持っていた」

 

「次は、ほなわんがきよぽんの休憩所へ遊びに行く話を作りたいな」

 

長谷部がすぐに反応する。

 

「安全に抱きつけるならいいよ」

 

「抱きつく前提にするな」

 

オレは止めた。

 

一之瀬は楽しそうに笑う。

 

「清隆くんにも相談するね」

 

「オレではなく、堀北と制作担当へ相談しろ」

 

「きよぽん本人にも」

 

「本人ではない」

 

「でも、きよぽんが何をするか決めるでしょ?」

 

合同動画で、王冠の隣へヨーグルトを置いた。

 

学園祭では、休憩所で男の子から距離を取り、手を振られるまで待った。

 

確かに、中へ入っている時に何をするかはオレが決めた。

 

「安全と設定に関する部分だけだ」

 

「それで十分だよ」

 

一之瀬の笑顔には、敗北を無理に隠している様子はなかった。

 

悔しさが消えたわけではない。

 

それでも、ほなわんが作った関係や、

手渡したカードまで否定されるわけではないことを理解している。

 

ほなわんは第二位。

 

ただし、学園祭が終わった後も、多くの来場者の手元にはお友達カードが残る。

 

それは優勝とは別の形で続いていく成果だった。

 

 

坂柳理事長は、最後の順位を告げるために結果用紙を持ち直した。

 

体育館は静かだった。

 

すでに優勝するキャラクターは明らかになっている。

 

それでも、正式な発表を待つ必要があった。

 

長谷部がオレの袖を掴む。

 

今度は強く引かず、指先だけで触れている。

 

「きよぽん」

 

「何だ」

 

「呼ばれるよ」

 

「ああ」

 

「きよぽんが」

 

「クラスの代表だ」

 

「うん」

 

長谷部は、それ以上言わなかった。

 

坂柳理事長がマイクを持つ。

 

「第一回高度育成高等学校ゆるキャラ選手権、総合第一位」

 

少しだけ間を置く。

 

「堀北クラス代表、きよぽん」

 

その瞬間、堀北クラスから大きな歓声と拍手が起こった。

 

長谷部は両腕を上げ、佐倉へ抱きつく。佐倉も驚きながら長谷部を受け止めた。

 

三宅は幸村の肩を何度も叩き、

幸村は迷惑そうな顔をしながらも払いのけなかった。

 

軽井沢と佐藤は声を上げて喜び、

池はなぜか自分が優勝したように両拳を突き上げている。

 

須藤はほりぽんの頭部を持ち上げ、きよぽんの隣へ並べた。

 

平田は周囲の生徒たちへ笑顔を向けながら、

混乱して転ぶ者がいないよう気を配っている。

 

堀北はすぐに大きな反応を見せなかった。

 

壇上を見つめ、結果を確認する。

 

その後。

 

ようやく小さく息を吐き、クラス全員へ振り返った。

 

「私たちの勝ちよ」

 

短い言葉だった。

 

それでもクラスの歓声は、さらに大きくなった。

 

長谷部は佐倉から離れると、今度はオレの前へ来た。

 

「きよぽん!」

 

「近い」

 

「優勝した!」

 

「ああ」

 

「きよぽんが!」

 

「クラスがだ」

 

「同じ!」

 

「違う」

 

「でも、きよぽんが代表じゃなかったら勝てなかったよ」

 

それは否定できない。

 

ほりぽんや他の候補では、同じ勝ち方にはならなかっただろう。

 

きよぽんは、最初から完成されたキャラクターではなかった。

 

オレを丸くしただけの絵。

 

ヨーグルトを頭へ載せた謎の生き物。

 

夢は決まっていない。

 

一人では大きな丸を作れない。

 

戦う力もない。

 

誰かを引っ張る力もない。

 

それでも、多くの生徒が少しずつ設定を加えた。

 

長谷部が名前と性格を作った。

 

佐倉が顔と布を整えた。

 

幸村が構造と安全を管理した。

 

三宅が交代担当として中へ入った。

 

堀北がクラスの代表として形へした。

 

須藤のほりぽんが親友になった。

 

ほなわん、ありすぽーん、ぶっくまるとの関係によって、

単体では見えなかった性格が明確になった。

 

そして最後に。

 

学園祭へ来た多くの人間が、きよぽんへそれぞれの意味を見つけた。

 

オレ一人のキャラクターではない。

 

最初から長谷部一人のものでもない。

 

「そうだな」

 

オレが答えると、長谷部の動きが止まった。

 

「今、認めた?」

 

「代表として必要だったことは事実だ」

 

「きよぽんが勝った?」

 

「クラス全員で勝った」

 

「でも、きよぽんも?」

 

「含まれている」

 

長谷部は両手で口元を押さえた。

 

「今までで一番認めた」

 

「事実を述べただけだ」

 

「公式マネージャーとして記録します」

 

「勝手に公開するな」

 

「綾小路グループだけ」

 

「それも駄目だ」

 

「みやっちとゆきむーと愛里、今ここで聞いてるよ」

 

三人を見る。

 

三宅は笑っている。

 

幸村は眼鏡を直しながら、否定しない。

 

佐倉は嬉しそうに頷いていた。

 

すでに手遅れだった。

 

 

体育館の歓声が落ち着くと、

坂柳理事長は、きよぽんが総合第一位となった理由を説明した。

 

「きよぽんは、一般投票と話題性において非常に高い得点を獲得しました。

合同動画での印象的な行動、学園祭当日の休憩所、グッズの独自性、

そして他のキャラクターとの関係性が総合的に評価されています」

 

背後の画面へ、学園祭当日の写真が表示される。

 

静かな休憩所。

 

椅子へ座るきよぽん。

 

隣で本を読むほりぽん。

 

王冠とヨーグルトの共同グッズ。

 

四体がステージ中央で一緒に休んでいる場面。

 

胸へヨーグルトを付けたゴリ泉くんとの写真も、一瞬だけ表示された。

 

宝泉が反応する。

 

「何でそれまで評価映像に入ってんだ!」

 

七瀬は満足そうに頷く。

 

「友好関係の広さを示しています」

 

「友好じゃねぇ!」

 

体育館へ笑いが広がった。

 

坂柳理事長も僅かに笑みを見せた後、説明を続ける。

 

「特に専門審査では、努力や積極性だけを一方的に求めず、

疲れた時に休むことや、誰かと距離を取ることも認めるキャラクターとして評価されました」

 

堀北クラスの生徒たちは、静かに聞いている。

 

「教育機関では、生徒へ前進を求める場面が多くあります。

しかし、全ての生徒が常に同じ速度で動けるわけではありません。

夢が決まっていない者、積極的な交流を苦手とする者、

失敗した直後に立ち上がれない者もいます」

 

夢が決まっていない。

 

一人で大きな丸を作れない。

 

何かを解決する力もない。

 

その設定は。

 

弱さを笑うために作られたものではない。

 

弱いままでも存在できることを示すものへ変わった。

 

「きよぽんは、一人では完成しないキャラクターです」

 

坂柳理事長は、きよぽんの横へ並ぶ、

ほりぽん、ほなわん、ありすぽーん、ぶっくまるへ視線を移す。

 

「誰かと手を繋ぎ、隣へ座り、助けてもらうことで、

初めて大きな丸を作ることができる。その不完全さが、

本校の生徒たちの協力を象徴するものとして、最も高い総合評価へ繋がりました」

 

長谷部が小さく言う。

 

「きよぽん、一人で勝ったんじゃないんだね」

 

「最初からそうだ」

 

オレは答えた。

 

「一人で作られたキャラクターではない」

 

「きよぽんが言うと、本当に公式みたい」

 

「試験結果の説明と一致しているだけだ」

 

「でも嬉しい」

 

長谷部は前方のきよぽんを見た。

 

公認マネージャー。

 

自分で勝手に名乗り始めた役割。

 

今では、クラス全員から認められている。

 

「優勝クラスには、事前に説明した通り、300クラスポイントを付与します」

 

坂柳理事長の宣言により、堀北クラスの勝利が正式に確定した。

 

歓声が再び広がる。

 

だが、坂柳理事長は結果用紙を閉じなかった。

 

「さらに、学園側から追加の発表があります」

 

堀北が僅かに表情を変えた。

 

事前に聞かされていないらしい。

 

茶柱先生も壇上の坂柳理事長を見る。

 

「今回制作された四体は、いずれも本校の個性をよく表現していました。

そのため、優勝したきよぽんだけではなく、ほなわん、ありすぽーん、ぶっくまるについても、

今後の学校行事で使用できる公式登録キャラクターとして保存します」

 

四クラスから、驚きと喜びの声が上がる。

 

総合順位は付いた。

 

しかし、敗れた三体が消えるわけではない。

 

ほなわんは、今後も学校行事で友達を増やせる。

 

ありすぽーんは、次の場所でも転び、立ち上がれる。

 

ぶっくまるは、新しい来場者へ本を渡せる。

 

「そして、総合第一位となったきよぽんは、

本年度の高度育成高等学校公式広報キャラクターとして採用します」

 

体育館が再び静かになった。

 

長谷部がオレを見る。

 

オレも壇上を見る。

 

聞いていない。

 

「使用期間は、次年度のゆるキャラ選手権が開催される場合、

その結果が決定するまで。学校説明会、地域交流会、

入学希望者向けの行事、校内案内資料へ使用する予定です」

 

長谷部の顔が明るくなる。

 

「学校デビューだよ!」

 

「聞いていない」

 

「今聞いた!」

 

「着用者まで継続するとは言われていない」

 

坂柳理事長は、こちらの反応を予測していたかのように続けた。

 

「なお、今後の着ぐるみ活動については、

今回担当した生徒たちへ強制することはありません。

希望者を募り、安全訓練を行った上で着用者を増やします」

 

オレは少し安心した。

 

隣で三宅も息を吐く。

 

「助かった」

 

長谷部が二人を見る。

 

「でも最初の講習は、きよぽんとみやっちが先生でしょ?」

 

「なぜそうなる」

 

「二人が一番慣れてるから」

 

幸村が真面目に答える。

 

「構造と動作を理解している者が、新しい着用者へ指導する方が安全だ」

 

「ゆきむーまで」

 

「合理的な判断だ」

 

「なら三宅だけでいい」

 

「主担当はお前だろ」

 

三宅が逃げ道を塞ぐ。

 

「俺一人に押しつけるな」

 

「二人で一体のきよぽん」

 

長谷部が喜ぶ。

 

「その設定は採用しない」

 

「でも講師は二人」

 

「役割の話だ」

 

「きよぽん先生一号と二号」

 

「番号を付けるな」

 

試験が終わっても。

 

きよぽんから完全に離れることは難しいらしい。

 

 

正式な表彰が終わると、四クラスの代表者が前方へ呼ばれた。

 

堀北。

 

一之瀬。

 

坂柳。

 

龍園。

 

四人は、それぞれの代表キャラクターの横へ立つ。

 

坂柳理事長から渡された表彰状は、

一位の堀北クラスだけではなく、部門賞を獲得した全クラスへ用意されていた。

 

最初に一之瀬が、堀北へ手を差し出す。

 

「おめでとう、堀北さん」

 

「ありがとう」

 

堀北はその手を握った。

 

「ほなわんの一般投票は最後まで強かった。

私たちも、きよぽん休憩所が午後から伸びなければ負けていたと思う」

 

「今度は、ほなわんも休憩所を手伝うね」

 

「静かにできるなら」

 

一之瀬が少し考える。

 

「頑張る」

 

神崎が後ろから言う。

 

「頑張って静かにするという発想が、すでに不安だ」

 

「でも、きよぽんと一緒ならできるかも」

 

「抱きつこうとしないことが条件よ」

 

堀北が先に条件を出した。

 

一之瀬は残念そうだったが、すぐに頷いた。

 

「安全にできる方法を考えるね」

 

次に坂柳が堀北へ向き直る。

 

「今回は完敗ですわ」

 

「総合得点の差は大きくなかったと聞いているわ」

 

「だからこそ、負けは負けとして受け入れなければなりません」

 

坂柳はきよぽんを見る。

 

「動画では、ありすぽーんを助ける役割の一つに過ぎなかったはずのきよぽんが、

最終的には学園祭全体の象徴になりました。大変興味深い勝ち方です」

 

森下が後ろから加わる。

 

「きよぽんは、盤面上の駒ではありませんでした」

 

「何だったの?」

 

神室が嫌そうに聞く。

 

「盤面そのものです」

 

全員が黙った。

 

「意味が分からない」

 

神室が結論を出す。

 

「ありすぽーんが転び、ほなわんが走り、ぶっくまるが本を探す。

その全てを受け止める地面が、きよぽんです」

 

「きよぽんは椅子に座ってただけだよ」

 

長谷部が言う。

 

「座るためには地面が必要です」

 

「きよぽん自身が地面なの?」

 

「概念的には」

 

「やめて。きよぽんが踏まれる」

 

「では空間」

 

「もっと分からない」

 

森下の研究は、試験終了後も続くようだった。

 

坂柳は森下を一度下がらせると、堀北へ王冠型キーホルダーを差し出した。

 

「共同グッズの残りです。ヨーグルト側と一緒に、教室へ飾ってください」

 

堀北は受け取る。

 

「あなたたちの教室にも、ヨーグルト側を渡すわ」

 

「友好セットとして完成しますね」

 

「次は負けないわよ」

 

「こちらこそ」

 

表面上は穏やかなやり取り。

 

その奥では、次の競争へ向けた意識がすでに動いている。

 

龍園は最後に堀北の前へ立った。

 

「ヨーグルト野郎に負けるとはな」

 

「きよぽんよ」

 

長谷部が訂正する。

 

「どっちでも同じだ」

 

「違う」

 

「頭へヨーグルト載せてるだろ」

 

「名前がある」

 

「面倒くせぇマネージャーだな」

 

「公認だから」

 

龍園は長谷部を無視し、

ぶっくまるが持っていた『はじめてのヨーグルトづくり』をオレへ差し出した。

 

「ひよりが、お前に渡せと言ってる」

 

ひよりが龍園の後ろで微笑む。

 

「きよぽんの優勝記念です」

 

「オレに渡していいのか?」

 

「きよぽんは本を読めませんので、綾小路くんにお願いします」

 

「オレが代わりに読むのか」

 

「感想を、ぶっくまるへ教えてください」

 

龍園が笑う。

 

「次はぶっくまるが、ヨーグルトの作り方でこいつを倒す」

 

「競技が変わっている」

 

「人気で勝てねぇなら、本の内容で勝つ」

 

「ヨーグルト作り対決?」

 

長谷部が反応する。

 

「きよぽんは強いよ」

 

「何でお前が誇る」

 

「監修者だから」

 

「最低限だ」

 

「その最低限で、どこまで作れるか見ものだな」

 

龍園は、すでに別の勝負を始めるつもりらしい。

 

「龍園くん」

 

ひよりが静かに止める。

 

「本は競争のために渡すのではありません」

 

「でも勝負にした方が面白ぇだろ」

 

「まずは読んでいただくだけです」

 

「分かったよ」

 

龍園は口では従ったが、諦めたようには見えなかった。

 

最後に、ぶっくまるの丸眼鏡へ視線を向ける。

 

少しだけ傾いている。

 

龍園は当然のように直した。

 

「試験は終わったわよ」

 

伊吹が言う。

 

「写真撮影が残ってる」

 

「それが終わったら?」

 

「保管中も真っ直ぐにする」

 

「完全に気に入ってるじゃない」

 

「黙れ」

 

龍園の否定には、もはや以前ほどの力がなかった。

 

 

表彰後、四体と友達キャラクターを集めた最後の記念撮影が行われた。

 

中央には総合第一位のきよぽん。

 

ただし、他の三体より大きく扱われることはない。

 

左側にほなわん。

 

右側にありすぽーん。

 

ぶっくまるは、きよぽんの隣で本を抱える。

 

後方にはほりぽんとりゅうまる。

 

端にはゴリ泉くん。

 

胸元には、最後までヨーグルト容器が付いたままだった。

 

宝泉はすでに着ぐるみから出ている。

 

「何で外してねぇんだ」

 

七瀬へ尋ねる。

 

「友好の記録です」

 

「返せ」

 

「きよぽんへですか?」

 

「俺にだ!」

 

「宝泉くんの私物ではありません」

 

「じゃあ、捨てろ」

 

「本当に捨ててよろしいですか?」

 

宝泉は答えない。

 

七瀬はその沈黙を了承と解釈し、容器を付けたままにした。

 

屋外広場にいたキング高円寺六助は、

体育館の入口からは入らず、窓の向こうで黄金の身体を輝かせていた。

 

撮影担当が、高円寺へ少し移動するよう頼む。

 

「正式代表が見えにくくなります」

 

「私の輝きを弱めることはできないよ」

 

「位置を動かすだけです」

 

「太陽との角度が崩れる」

 

堀北が窓を開け、外へ向かって言う。

 

「高円寺くん。あなたが目立ちすぎて、きよぽんたちが見えないわ」

 

「小さき者たちは、私の輝きによって存在を強調されるのさ」

 

「反射で白く飛んでいるの」

 

数秒の沈黙。

 

「それは美しくないねぇ」

 

高円寺は素直に二歩移動した。

 

最終的な写真には。

 

ほなわん。

 

ありすぽーん。

 

ぶっくまる。

 

きよぽん。

 

ほりぽん。

 

りゅうまる。

 

ゴリ泉くん。

 

そして窓の外で黄金に輝くキング高円寺六助。

 

統一感はほとんどなかった。

 

それでも、一体ごとに異なるクラスの性格が表れている。

 

高度育成高等学校の生徒たちが、本気で作り上げた結果だった。

 

撮影が終わった後。

 

一之瀬はほなわんときよぽんの手を触れさせる。

 

森下はありすぽーんの王冠を、きよぽんのヨーグルト帽子の隣へ並べようとする。

 

ひよりはぶっくまるの本を、きよぽんの短い腕へ固定する。

 

須藤はほりぽんを、その隣へ置く。

 

完成した写真とは別に。

 

生徒たちが勝手に位置を変え。

 

勝手に関係を作る。

 

試験の順位は決まった。

 

だが、キャラクター同士の物語には、終わりが決められていなかった。

 

 

学園祭から二日後。

 

堀北クラスの教室では、試験終了後の片づけと、制作物の整理が行われていた。

 

優勝によって獲得した300クラスポイントは、すでに正式に加算されている。

 

黒板の横には、きよぽんの表彰状。

 

話題性・独自性部門第一位。

 

総合第一位。

 

二枚が並べて貼られていた。

 

その下には、王冠とヨーグルトの友好セット。

 

ほなわんのお友達カード。

 

ぶっくまるの四天王図鑑。

 

他クラスから贈られたものも展示されている。

 

教室後方の収納箱には、きよぽんの頭部と胴体が収められていた。

 

完全に片づけるわけではない。

 

今後の学校行事でも使用する可能性があるため、

定期的に状態を確認し、修復する必要がある。

 

「公式広報キャラクターになったから、管理表も新しくしないとな」

 

幸村は、試験期間中の記録を整理していた。

 

「着用者の講習手順。清掃。乾燥。送風機の確認。

冷却材の管理。部品の交換時期。全てをまとめる」

 

三宅は机へ頬杖をつく。

 

「本当に続くんだな」

 

「次の学校説明会で使う可能性が高いそうだ」

 

「俺たちが入らなくてもいいんだよな?」

 

「強制はされない」

 

「じゃあ安心だ」

 

長谷部が近くで聞いている。

 

「でも最初の一回だけ、お願いするかも」

 

「やらない」

 

「新しい着用者へ見本を見せるだけ」

 

「清隆がやればいい」

 

「みやっちの元気なきよぽんも必要」

 

「必要ない」

 

「二種類を見せた方が分かりやすい」

 

「着用者ごとの差を推奨するなよ」

 

三宅は拒否しながらも、完全に嫌がっているようには見えなかった。

 

佐倉は、きよぽんの頬へ使った布の残りを小さな箱へまとめている。

 

「修理する時に、同じ布が必要になるかもしれないから」

 

「全部保管するのか?」

 

オレが尋ねる。

 

「うん。新しい布だと、少し色が変わるかもしれないから」

 

「助かる」

 

「清隆くん」

 

佐倉は少しだけ笑った。

 

「きよぽん、これからも使われるんだね」

 

「ああ」

 

「最初は、名前を呼ばれるだけでも嫌そうだったのに」

 

「今でもオレの名前ではない」

 

「でも、きよぽんって呼ばれたら反応する時がある」

 

「警戒が足りなかっただけだ」

 

「今度から反応しない?」

 

「意識していればな」

 

教室の反対側から。

 

長谷部が急に呼ぶ。

 

「きよぽん!」

 

三宅が振り返る。

 

オレも振り返った。

 

教室が静かになる。

 

長谷部が笑顔になる。

 

「二人とも!」

 

「今のは大きな声だったからだ」

 

「俺は、また何か頼まれると思っただけだ」

 

オレと三宅が同時に言い訳する。

 

池が笑う。

 

「中身が二人いる!」

 

「一体だ」

 

また二人の声が重なった。

 

教室全体へ笑いが広がる。

 

幸村は眼鏡へ手を当て、呆れたように息を吐いた。

 

「試験が終わっても変わらないな」

 

「公式になったから、むしろ増えるよ」

 

長谷部は嬉しそうだった。

 

「きよぽんの学校生活は、これからが本番」

 

「着ぐるみに学校生活はない」

 

「学校に住む謎の生き物でしょ?」

 

「設定上はな」

 

「認めた」

 

「プロフィールを確認しただけだ」

 

長谷部は、何を答えても喜ぶ。

 

試験開始時から。

 

最後まで変わらない。

 

 

放課後。

 

綾小路グループの五人は、いつものように教室へ残っていた。

 

長谷部。

 

三宅。

 

幸村。

 

佐倉。

 

オレ。

 

試験期間中は、制作や宣伝、着ぐるみの練習が中心になり、

五人だけで落ち着いて話す時間は少なかった。

 

今日は特別な作業もない。

 

少なくとも、オレはそう思っていた。

 

長谷部は自分の鞄から、同じ大きさの箱を五つ取り出し、机へ並べた。

 

「何だ、それ」

 

三宅が警戒する。

 

「優勝記念品」

 

「嫌な予感がする」

 

「開けて」

 

五人へ一箱ずつ。

 

長谷部自身の分もある。

 

幸村は箱の側面を確認した。

 

「購買部の商品ではないな」

 

「私と愛里で作った」

 

佐倉が少し照れながら頷く。

 

「全部同じにはできなかったけど、なるべく似るように作ったの」

 

箱を開く。

 

中。

 

小さなぬいぐるみ。

 

きよぽん。

 

頭にはヨーグルト容器。

 

眠そうな目。

 

丸い身体。

 

胸元には、ひとやすみポーチ。

 

片手で持てる大きさだった。

 

三宅は箱を閉じようとする。

 

「いらない」

 

「まだよく見てないでしょ」

 

「見たから閉じた」

 

「みやっちは鞄に付ける用」

 

「付けない」

 

長谷部は小さな紐を見せる。

 

「取り外せるよ」

 

「取り外したままにする」

 

「部屋に飾って」

 

「考えとく」

 

完全な拒否ではなかった。

 

幸村はぬいぐるみを持ち上げ、縫い目を確認する。

 

「形はよく再現できている」

 

「ゆきむー、気に入った?」

 

「品質を確認しただけだ」

 

「勉強机に置いて」

 

「集中力を妨げない位置なら考える」

 

「置くんだ」

 

「資料を押さえる重しに使える」

 

「きよぽんを文鎮にしないで!」

 

「軽すぎて文鎮にはならない」

 

「じゃあ普通に飾って」

 

「検討する」

 

幸村も拒否しなかった。

 

佐倉は自分のきよぽんを両手で大切に持っている。

 

「可愛くできたね」

 

「愛里のが一番きれい」

 

長谷部が言う。

 

「私は途中で少し顔がずれた」

 

「それも一体ずつ違って良いと思う」

 

「中身みたいに?」

 

三宅が尋ねる。

 

「うん。全部同じきよぽんだけど、少しずつ違う」

 

佐倉らしい考え方だった。

 

最後。

 

オレの前にも箱がある。

 

開いたまま。

 

きよぽん。

 

こちらを見ている。

 

「清隆くんのは、少しだけ特別」

 

長谷部が言う。

 

「何が違う」

 

「ヨーグルト容器を外せる」

 

実際。

 

頭部の容器は、小さな面ファスナーで固定されていた。

 

外す。

 

ただの丸い生き物。

 

戻す。

 

きよぽん。

 

「第二形態もできるよ」

 

長谷部が、箱の底からもう一つの容器を出す。

 

「両手へ一個ずつ固定できる」

 

「弱体化形態だろ」

 

三宅が言う。

 

「誰かと分ける形態」

 

佐倉が訂正する。

 

幸村は構造を見る。

 

「大きな容器はないのか」

 

「第三形態は却下されたから」

 

長谷部は少し不満そうだった。

 

「安全性の問題だ」

 

「ぬいぐるみなら安全だよ」

 

「新しい設定を増やすな」

 

「公式広報キャラクターになったから、第二形態までは正式に申請できないかな」

 

「学園側へ迷惑をかけるな」

 

「でも第二形態は全校生徒が知ってる」

 

「知名度と正式設定は別だ」

 

「じゃあ清隆くんが申請して」

 

「しない」

 

長谷部は笑った後、オレの前にあるぬいぐるみを少し押した。

 

「持って帰ってね」

 

「いらない」

 

「捨てる?」

 

すぐに答えようとした。

 

必要ない。

 

オレをモデルにしたぬいぐるみ。

 

部屋へ置く理由もない。

 

しかし。

 

これを作ったのは長谷部と佐倉。

 

試験優勝の記念。

 

一体ずつ。

 

五人分。

 

「捨てる必要はない」

 

「じゃあ持って帰る?」

 

「一時的に保管する」

 

「部屋に?」

 

「他に置く場所がない」

 

「清隆くんの部屋に、きよぽんがいる」

 

「長谷部が勝手に渡しただけだ」

 

「じゃあ、嫌になったら返して」

 

「分かった」

 

答える。

 

長谷部が手を出す。

 

「今返してもいいよ」

 

オレはぬいぐるみを見る。

 

眠そうな目。

 

ヨーグルト。

 

丸い身体。

 

夢は決まっていない。

 

一人では大きな丸を作れない。

 

「今すぐ返す必要はない」

 

長谷部は満足そうに手を引いた。

 

「きよぽん、清隆くんの部屋へお引っ越し」

 

「勝手に話を作るな」

 

「でも、置いてくれるんでしょ?」

 

「保管するだけだ」

 

「どこに?」

 

「机の端」

 

答えた後。

 

四人がこちらを見る。

 

「何だ」

 

三宅が笑う。

 

「置く場所まで決めてるじゃないか」

 

「邪魔にならない場所を考えただけだ」

 

「勉強机?」

 

幸村が尋ねる。

 

「ああ」

 

「俺と同じだな」

 

「お前は資料の重しにするつもりだっただろ」

 

「できないと分かったから、端へ置く」

 

長谷部が両手を叩く。

 

「清隆くんとゆきむーの机に、きよぽん!」

 

「俺はまだ検討中だ」

 

「置くって言った」

 

「条件付きだ」

 

「みやっちは?」

 

「鞄には付けない」

 

「部屋には?」

 

「棚が空いてたら」

 

「全員飾る!」

 

「俺たちの発言を都合よくまとめるな」

 

三宅は反論した。

 

それでも、ぬいぐるみを箱へ戻して鞄へ入れている。

 

返すつもりはないらしい。

 

佐倉は自分のきよぽんを抱えたまま、小さく笑った。

 

「これで、五人の部屋にきよぽんがいるね」

 

「オレたちのグループの目印みたいだね」

 

長谷部が言う。

 

幸村が少しだけ表情を変える。

 

「子供っぽい」

 

「嫌?」

 

「そうは言っていない」

 

三宅も肩をすくめた。

 

「同じものを持ってるくらいなら、別にいいだろ」

 

オレは答えなかった。

 

五体の小さなきよぽん。

 

それぞれ少しずつ形が違う。

 

外からは同じキャラクター。

 

作った人間。

 

持つ人間。

 

置く場所。

 

全て異なる。

 

それでも。

 

五人の間へ残る一つの記念になる。

 

長谷部が言う。

 

「きよぽん作ってよかった?」

 

試験開始時なら。

 

面倒だったと答えていた。

 

実際。

 

面倒なことは多かった。

 

着ぐるみ。

 

練習。

 

撮影。

 

宣伝。

 

長谷部の勝手な設定。

 

森下の研究。

 

ほなわんの抱擁。

 

ありすぽーんの王冠。

 

ぶっくまるの本。

 

ゴリ泉くん。

 

キング高円寺六助。

 

想定外の出来事ばかりだった。

 

ただし。

 

クラスは300ポイントを得た。

 

長谷部たちは楽しんだ。

 

佐倉と山村。

 

三宅と石崎。

 

堀北と須藤。

 

他クラスとの間にも、新しい関係が生まれた。

 

「結果としては、悪くなかった」

 

オレは答えた。

 

長谷部が笑う。

 

「きよぽん本人公認」

 

「本人ではない」

 

「でも作ってよかった?」

 

「今答えただろ」

 

「もう一回」

 

「言わない」

 

「スクショできないから、録音したかった」

 

「録音するな」

 

「記録に残らなくても、覚えてるよ」

 

長谷部は自分のきよぽんを、机の中央へ置いた。

 

三宅。

 

幸村。

 

佐倉。

 

オレ。

 

それぞれのきよぽんも、箱から出される。

 

五体。

 

同じ方向を向かない。

 

少し傾いている。

 

ヨーグルトの位置も微妙に違う。

 

完璧ではない。

 

それでも。

 

一つの丸を作るように。

 

机の中央へ並んだ。

 

 

その日の夜。

 

寮の部屋へ戻ったオレは、長谷部から渡された箱を机の上へ置いた。

 

教科書。

 

ノート。

 

端末。

 

ヨーグルト作りに関する本。

 

そして。

 

小さなきよぽん。

 

机の中央へ置けば邪魔になる。

 

左側は資料を広げる時に使う。

 

右側には端末を置く。

 

考えた末。

 

机の奥。

 

壁際。

 

端。

 

そこへ座らせた。

 

眠そうな目。

 

ヨーグルト容器。

 

ひとやすみポーチ。

 

表情は変わらない。

 

試験が始まった時。

 

きよぽんは、オレを丸くしただけの冗談だった。

 

長谷部が勝手に名前を付けた。

 

勝手に夢が決まっていない設定を作った。

 

勝手にヨーグルトを載せた。

 

勝手に着ぐるみへした。

 

最初は。

 

全て長谷部が勝手に進めていると思っていた。

 

だが。

 

王冠の隣へヨーグルトを置いたのはオレだ。

 

休憩所で男の子から距離を取り、手を振られるまで待ったのもオレ。

 

三宅を交代担当として認めた。

 

長谷部を公認マネージャーとして認めた。

 

きよぽんが何をするか。

 

オレ自身が決める場面も増えていた。

 

キャラクターに感情はない。

 

着ぐるみは動かない。

 

ぬいぐるみも話さない。

 

それでも。

 

人間が意味を与え。

 

動かし。

 

関係を作る。

 

その結果。

 

最初には存在しなかった性格が生まれた。

 

端末へ通知が届く。

 

長谷部。

 

『きよぽん、部屋に置いた?』

 

『置いた』

 

すぐに返信。

 

『どこ?』

 

『机の端』

 

『写真!』

 

『送らない』

 

『本当に置いたか確認したい』

 

『嘘をつく理由がない』

 

『きよぽんの部屋にきよぽんがいる』

 

『保管しているだけだ』

 

『捨てない?』

 

『今のところは』

 

少し間が空く。

 

『きよぽん、嬉しいと思う』

 

『感情はない』

 

『きよぽんは?』

 

何を聞いているのか。

 

少し考える。

 

『何がだ』

 

『きよぽんが部屋にいて、嬉しい?』

 

必要だから置いたわけではない。

 

ぬいぐるみがなくても困らない。

 

机の端へ物が一つ増えた。

 

それだけ。

 

ただし。

 

邪魔だとは感じない。

 

『悪い気はしない』

 

送信。

 

数秒。

 

『また認めた!』

 

『前にも似たことを言った』

 

『今日は部屋に置いた上で言った』

 

『意味は同じだ』

 

『全然違うよ』

 

『何が違う』

 

『きよぽんが、きよぽんの日常に残った』

 

大げさな表現だった。

 

試験は終わった。

 

着ぐるみ活動も、しばらくはない。

 

明日からは通常の授業。

 

特別試験。

 

クラス間競争。

 

これまでの生活へ戻る。

 

それでも。

 

机の端には。

 

ヨーグルトを頭へ載せた丸い生き物がいる。

 

『長谷部が置いた』

 

返信。

 

『違うよ』

 

『何がだ』

 

『私は渡しただけ』

 

続けて。

 

『そこに置いたのはきよぽん』

 

画面を見る。

 

確かに。

 

長谷部は箱を渡した。

 

持ち帰ったのはオレ。

 

箱から出した。

 

机の端へ座らせた。

 

誰かが勝手に動かしたわけではない。

 

きよぽんが勝手に。

 

これまで何度も使われた言い訳。

 

今回は使えない。

 

『そうだな』

 

短く返信する。

 

長谷部から驚いた顔の記号が届く。

 

その後。

 

『きよぽん本人公認記念日、二回目!』

 

『本人ではない』

 

『でも、置くって決めたのはきよぽん』

 

『ああ』

 

『スクショした!』

 

『消せ』

 

『消さない!』

 

いつもの会話。

 

試験が終わっても変わらない。

 

端末を机へ置く。

 

その隣。

 

小さなきよぽん。

 

夢は、まだ決まっていない。

 

一人では、大きな丸を作れない。

 

誰かを引っ張る力も、正しい答えを教える知識もない。

 

失敗してもすぐに立ち上がれるわけではなく、

自分から誰とでも友達になれるわけでもない。

 

それでも。

 

何もできない誰かの隣へ座ることはできる。

 

自分の持っているヨーグルトを、大切な王冠の隣へ置くこともできる。

 

誰かが手を振るまで待ち。

 

手を振られた時だけ。

 

小さく振り返す。

 

高度育成高等学校の公式広報キャラクターとなったきよぽんは、

眠そうな目でこちらを見ていた。

 

オレは、そのぬいぐるみを机の端から動かさなかった。

 

きよぽんが勝手に残ったわけではない。

 

今度は、オレがそこへ置いておくと決めたのだ。

 

おしまい

 

【挿絵表示】

 

 




■あとがき
「ゆるキャラ至上主義の教室」完結です。
多分、今まで僕が投稿した作品の中で一番の長期連載でした。
元々はシリアスな作品を多く書いていたので、自分に向いているか分かりませんでした。
しかし「アイドル至上主義の教室へ」や「平和至上主義」が成功した経験を活かし、
ギャグコメディに振り切った作品もまた書いてみたいと思い、本作を執筆しました。
シリアスな作風に突如として舞い込んだ本作は、良い箸休めになれたでしょうか?
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

次回作は「オタク至上主義の教室」を投稿します。
高育で空前のアニメブームが到来し、生徒たちがアニメ文化という沼にハマっていく物語です。

【挿絵表示】

途中までですが、第1話「新しい世界の始まり」の試し読みをどうぞ。



高度育成高等学校での生活には、良くも悪くも一定のリズムが存在していた。

朝になれば寮を出て、同じ道を通って校舎へ向かい、
決められた教室の決められた席へ座る。

授業が始まるまでのわずかな時間、
生徒たちは昨日の出来事や放課後の予定を話し、
チャイムが鳴れば教師の言葉に耳を傾ける。

普通の高校と比べれば特殊な制度を数多く抱えている学校ではあったが、
毎日の生活そのものが常に刺激に満ちているわけではない。

特別試験が行われていない時期の学校は、驚くほど穏やかだった。

オレは教室の後方にある自分の席へ座り、机の上へ鞄を置いた。

窓の外には朝の校庭が広がっている。

グラウンドでは運動部の生徒たちが朝練習を続けており、
遠くから笛の音や掛け声が聞こえていた。

教室の中も、普段と大きく変わらない。

須藤はまだ眠そうな顔をしながら椅子へ座り、
池と篠原は小さな声でくだらない話をしている。

平田は早くから登校していた生徒たちへ笑顔で挨拶し、
櫛田は女子の輪の中で楽しそうに話していた。

少し離れた席では、外村が本堂へ何かを熱心に説明している。

外村は元々、自分の趣味について話し始めると止まらなくなる傾向があった。

ゲームやアニメに関する知識も豊富らしく、
池や本堂と意気投合している場面を何度か見たことがある。

ただし、それはあくまでも彼らの間だけで成立している会話だった。

教室全体へ影響を与えるほどのものではない。

「おはよう、綾小路くん」

声をかけられて振り向くと、櫛田桔梗が立っていた。

「おはよう」

「今日はいつもより早いんだね」

「たまたまだ」

「そうなんだ。私は昨日、少し夜更かししちゃったから、朝起きるのが大変だったよ」

櫛田は困ったように笑いながら、自分の目元を指で軽く触れた。

言われてみれば、普段より少し眠そうにも見える。

ただし、外見を整えることに手を抜かない彼女のことなので、
注意深く観察しなければ分からない程度だった。

「勉強でもしていたのか」

「ううん。ちょっと動画を見始めたら止まらなくなっちゃって」

「動画?」

「あっ、今は秘密。まだ軽井沢さんにも話してないから」

櫛田は楽しそうに笑うと、軽井沢の席へ向かっていった。

その背中を見送りながら、
オレは彼女の言葉を深く考えることもなく、窓の外へ視線を戻した。

櫛田が夜更かしをすること自体は珍しくないだろう。

友人の多い彼女なら、誰かと通話をしていた可能性もある。

「朝から随分と熱心に観察しているのね」

隣から冷静な声が聞こえた。

堀北鈴音が席へ座り、鞄の中から教科書を取り出している。

「観察していたつもりはない」

「櫛田さんの後ろ姿を見ながら考え込んでいたように見えたけれど」

「少し夜更かしをしたと言っていたから、何をしていたのかと思っただけだ」

「それを観察していたと言うのよ」

堀北はそう言いながら、机の上へノートを置いた。

彼女は朝から機嫌が悪いわけでもない。普段通りの態度で、
必要以上に周囲と関わろうとせず、自分の時間を静かに過ごそうとしている。

オレも同じだった。

特別な用事がなければ、教室で積極的に誰かと会話をする理由はない。

授業開始までの時間は、静かに過ごせるならそれに越したことはなかった。

ところが、その日はいつもと少し違っていた。

最初に変化を見せたのは軽井沢だった。

「ねえ、櫛田さん。本当に最後まで見たの?」

「見たよ。昨日、帰ってから一気に全部」

「嘘でしょ。十二話もあったじゃん」

「一話だけのつもりだったんだけど、続きが気になっちゃって」

「分かる。私も三話目くらいから止まらなくなった」

二人の会話は、教室の中央付近から聞こえてきた。

普段から声の通りやすい二人なので、特別に聞き耳を立てなくても内容が耳に入ってくる。

「最初は主人公、ちょっと地味だと思ってたんだけどさ」

「うん」

「途中からすごく格好良く見えてくるんだよね」

「私はヒロインの方が好きかな。強がってるのに、本当はずっと寂しかったところとか」

「それ。あの場面は泣くって」

軽井沢は興奮した様子で机を軽く叩き、櫛田も何度も頷いていた。

二人が何かの作品について語っていることは分かった。

しかし、映画なのかドラマなのかまでは分からない。

「何の話か分かるか」

オレが小声で尋ねると、堀北は教科書から視線を上げずに答えた。

「いいえ。興味もないわ」

「そうか」

「あなたは興味があるの?」

「内容が分からないから確認しただけだ」

「なら放っておけばいいでしょう」

堀北の言う通りだった。

櫛田と軽井沢が何を見て盛り上がっていたとしても、オレたちの日常には関係がない。

そう思っていた。

だが、二人の会話に最初に反応したのは池だった。

「おい、軽井沢。それって昨日話題になってたアニメか?」

軽井沢は驚いたように池を見た。

「池くんも知ってるの?」

「知ってるも何も、俺は放送開始から見てるぞ」

「えっ、そうなの?」

「お前、俺を何だと思ってるんだよ」

「そういうの詳しいとは思ってたけど、本当に見てるんだ」

「その言い方、ちょっと失礼じゃね?」

池は不満そうに言いながらも、
会話へ参加できたこと自体は嬉しいらしく、すぐに笑顔を見せた。

「ちなみに俺は幼馴染の方が好きだな」

「えー、絶対メインヒロインでしょ」

「いや、あれは幼馴染が報われるべきだろ。ずっと主人公を支えてきたんだぞ」

「でも主人公が本当に好きなのはメインヒロインじゃん」

「そこをひっくり返すのが面白いんだろ」

「池くん、もしかして最後まで見てない?」

櫛田の問いかけに、池の表情が一瞬止まった。

「まだ十話までだけど」

「じゃあ、これ以上は話せないね」

「待て。何かあるのか?」

「あるけど言えないよ」

「気になるだろ!」

池が声を上げると、近くにいた本堂も会話へ加わった。

「お前、まだそこなのか。昨日最終話まで配信されたぞ」

「本堂も見てたのかよ」

「俺は原作も読んでる」

本堂は得意そうに答えた。

すると、外村が待っていたかのように椅子を回転させ、眼鏡の位置を整えた。

「原作とアニメ版では演出が少々異なっているのでござる。
特に第八話の告白場面については、原作の心理描写を大胆に省略した代わりに、
背景美術と音楽で感情を表現していたのでござるよ」

軽井沢は目を丸くした。

「えっ、外村くんってそんなに詳しいの?」

「その作品についてなら、放送前から注目していたのでござる」

「原作も全部持ってる?」

「当然でござる。限定版の特典小冊子も保管しているのでござるよ」

「見たい!」

軽井沢が身を乗り出すと、外村は明らかに動揺した。

これまで外村がアニメについて話しても、
女子生徒たちから積極的に興味を示されることはほとんどなかったのだろう。

「も、もちろん構わないのでござるが、大切に扱っていただきたいのでござる」

「分かってるって。今度持ってきてよ」

「承知したのでござる」

外村の声は喜びを隠し切れていなかった。

そのやり取りを見ていた池は、どこか納得がいかない様子で外村を睨んでいる。

「ずるくねえか。俺が先に話しかけたのに」

「何がずるいのよ」

「いや、何でもない」

それまで限られた生徒だけで成立していた会話の輪へ、軽井沢と櫛田が加わった。

それだけなら小さな変化だった。

しかし、スクールカーストの上位に位置し、
クラス内で強い影響力を持つ二人が楽しそうに話している姿は、
周囲の生徒たちの興味まで引き寄せていった。

佐藤麻耶が軽井沢のところへ近づき、机へ手をついた。

「軽井沢さん、そのアニメそんなに面白いの?」

「めちゃくちゃ面白いよ。絶対見た方がいいって」

「恋愛系?」

「恋愛もあるけど、それだけじゃない感じ。戦う場面もあるし、謎も多いし」

「怖くない?」

「ちょっと怖いところもあるけど大丈夫」

松下千秋も会話を聞きながら、興味深そうに頷いている。

「最近、SNSでよく画像が流れてくる作品だよね」

「そう、それ!私も最初はそこから気になったの」

「見てないと話題についていけなくなりそう」

「今日から一緒に見ようよ」

「一緒に?」

「放課後、私の部屋で上映会しよう」

軽井沢の提案に、佐藤はすぐ賛成した。

松下も少し考えた後、参加することを決めたらしい。

一つの作品を中心として、
それまでアニメに強い関心を持っていなかった女子生徒たちまで動き始めている。

オレはその光景を見ながら、集団の中で流行が形成されていく過程について考えていた。

多くの人間は、対象そのものの価値だけで行動を決めるわけではない。

親しい人間が楽しんでいることや、
周囲で話題になっていることも、興味を持つ大きなきっかけになる。

これまで池や外村が同じ作品を勧めても、
女子生徒たちはほとんど反応しなかったかもしれない。

しかし、軽井沢や櫛田が夢中になっていると分かれば、状況は変わる。

誰が勧めるかによって、同じものでも受け取られ方は大きく異なる。

「随分と熱心に見ているのね」

堀北が再び声をかけてきた。

「流行が広がる様子は興味深い」

「アニメそのものではなく、人間の行動を見ているということ?」

「今のところはな」

「相変わらず変なところに関心を持つのね」

堀北は呆れたように言った。

その時、櫛田がオレたちの方へ歩いてきた。

「綾小路くんと堀北さんは、アニメって見る?」

「ほとんど見たことがない」

「私もないわ」

堀北は素っ気なく答えた。

櫛田は意外そうに目を瞬かせた。

「二人とも全然見ないんだ」

「必要性を感じたことがないもの」

「必要かどうかで見るものじゃないよ」

「では、何のために見るの?」

堀北が真面目に質問すると、櫛田は少し困ったように考え込んだ。

「何のためって言われると難しいけど、面白いからかな」

「随分と曖昧ね」

「でも、楽しいって大切じゃない?」

櫛田は笑顔のまま答えた。

「登場人物を応援したり、続きがどうなるか考えたり、友達と感想を話したりできるし、
好きなキャラクターができると毎週楽しみになるんだよ」

「架空の人物を応援するの?」

「うん」

「存在しない人物に感情を向ける理由が分からないわ」

堀北の率直な言葉に、櫛田は怒ることなく笑った。

「私も前はそう思ってたよ」

「前は?」

「アニメって、もっと子どもが見るものだと思ってたの。でも見てみたら、全然違った」

「何が違ったのかしら」

「うまく説明できないけど、真剣に見てると、
その人たちが本当に生きてるみたいに感じる時があるの」

堀北は理解できないという表情を浮かべた。

オレにも櫛田の感覚はよく分からなかった。

映像の中にいる人物は、誰かが作った存在に過ぎない。

彼らが何を思い、どのように行動するかも、すべて最初から決められている。

それでも現実の人間と同じように感情を向けることができるというなら、
そこには何らかの理由があるはずだった。

「綾小路くんも見てみたら?」

「オレもか」

「うん。綾小路くんって、普段あんまり趣味の話をしないでしょ」

「これといった趣味がないからな」

「だったら、ちょうどいいじゃない。何か好きな作品が見つかるかもしれないよ」

「考えておく」

オレが答えると、櫛田は満足そうに頷いた。

「堀北さんもね」

「私は遠慮しておくわ」



最後まで書かれた第1話の完全版は、明日の午前0時に投稿します。
よろしくお願いします。
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