千の賭け、万の笑い。
遊ばれた手の温もりが、札に染み込んでいく。
九十九の巡りを経て、
紙すら神に、生まれ出るは遊ヶ花神。
だが人は飽きる。
人は移ろう。
人は忘れる。
遊んで生まれ、忘れられて恩讐を抱く。
神とはかくも、人に似たもの。
寂しさも恨みも、遊戯ひとつで溶けていく。
神の願いもまた──そこにある。
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「そういや、ガ……イマリさんよぉ、ちょいと休憩しねぇか?」
「疲れたの? うん、いいよ。たくさん頭を使ったもんね」
イマリは素直に頷くと、ぱん、と手を叩いた。
「ちょっと待ってて。お茶とお菓子、持ってきてあげるね」
イマリがくるりと背を向けると、どこからともなく、ころころとした小さな影がいくつか現れた。まんまるで一頭身の、色とりどりの何か。それらはぴょんぴょんと跳ねるように動いて、器用に盆を運んでくる。
やがて、ウッドが座る座布団の周りに、数匹の小鬼たちがちょこちょこと集まってきた。
一匹は大きめのお皿に乗った三色団子を、もう一匹は金鍔を、さらに別の一匹が湯気の立つ湯呑みをそれぞれ頭のてっぺんに掲げ、ぷるぷると震えながら差し出している。
「あ、来たんだね。この子たちはイマリのおともだち。一緒に遊んだりしてくれるんだよ」
振り返ったイマリが、にこにこと笑いながら言った。小鬼たちはウッドを見上げて、「きゅう」「きゅい」と可愛らしい声で鳴いている。
「まんまるでぷにぷにしてて、中々かわいいじゃねえかァ!」
「かわいいでしょ!」
ウッドの言葉に、イマリの顔が明るくなった。自分の大切なものを褒められたかのように、彼女は嬉しそうに目を細め、足元の小さな一匹をそっと撫でる。
「最初はね、ちょっと不満もあったみたいなんだ。ごめんなさい、ごめんなさいって、いっぱい謝ったら許してくれたんだ。それからはずっと、こうして一緒なんだよ」
(『最初は不満もあった』『謝ったら許してくれた』……か)
(そう言うことかよ……恐らくだがよぉ、遊戯に負けるとオレもああなってしまうって事だろうなァ)
小鬼の一匹が、ぐいっと頭を押し付けて、団子の乗ったお盆をウッドにもっと近づけようとする。甘い蜜の香りがふわりと漂った。
「そういえば、お兄さん」
「さっきイマリさんって呼んだよね。なんで? イマリはイマリでいいよ。お兄さんはお兄さんでしょ?」
神様だからとか、年上だから、というような概念は彼女の中にはない。ただ対等な遊び相手として、呼び捨てで呼んでほしい。それが彼女なりの自然な感覚だった。
「しゃーねぇなァ!イマリ。これでいいかァ?」
「なんでイマリさんって敬称をつけていたのかって言うとよぉ……これ言ってもキレないでくれよォ?」
「おこらないよ? 約束する!」
「だってイマリ、怒ったことないもん。ごめんなさいって言えば、なんでも許してもらえるって知ってるから」
あっけらかんと言い放つその言葉に、悪意は欠片もなかった。ただ、そうやって謝れば何しても許されると思ってきたのだと、ただそれだけの事実を口にしている。
ウッドは一呼吸置いてから、口を開いた。
「……オレが敬称をつけてたのはなァ。イマリの機嫌を損ねると何してくるか分からないと思ったからだぜ、まぁ、今更過ぎるがなァ」
「初めてイマリと会った時の印象は最悪だったなァ。オレを無理やり拉致して鬼ごっことかほざきやがったしよォ…」
「“イマリさん”と呼んでたけどよォ、内心クソガキだと思ってぜ」
ウッドの言葉を聞いて、イマリの耳がぴくりと跳ねた。
「……クソガキ?」
その単語を小さく繰り返し、狸の尻尾がぶわりと膨らんだ。
「最初の頃はそんなこと思ってたの!? イマリ、ちゃんと丁寧にしてたのに!」
「というか、遊んでいる時にもちょくちょく言ってたよね!クソガキ、クソガキって!」
(いきなり拉致しておいてよぉ、丁寧もクソもねぇだろうが……)
心の中で突っ込みを入れつつ、ウッドは続けて言った。
「けどよぉ、一戦目の花札で戦った時によ、凄えって思ったんだぜェ。オレはよ、花札なんざァ初めてやったが、それでも圧倒されちまったぜ」
「こいこいからの役の連鎖は華麗だったし、最後にはテメェ、五光なんてもん揃えて魅せたしなァ!」
「あの勝負が終わってからよォ、テメェのクソガキって印象はよォ、すっかり変わっちまったぜ!」
「ちっこいガキの癖に、ゲームがクソ強くて面白えクソガキってところだな!勿論良い意味でだ!ガハハ!」
ウッドの胸にあったのは、怒りや恐怖とは全く異なる感情だった。カードゲームで、これほどの緊張感を味わったことはない。一瞬の油断が命取りになる、魂を削り合うような読み合い。
負ければどうなってしまうか、本能では理解していた。しかし、それでも、心の底から楽しかった。そう告げたウッドを、イマリはぽかんとした顔で見つめていた。
「そっか……」
ぷくーっと頬を膨らませるが、その怒りは長くは続かない。もごもごと口の中で転がすように呟き、視線を逸らした。褒められたせいなのか、笠の下の白い肌がほんの少しだけ赤い。
「……むぅ。じゃあ、許す。今回だけだからね」
ごまかすように金鍔をぱくりと頬張る。しばらくするとウッドは唐突に質問した。
「あっそうだ、イマリに聞きたい事が二つ程あってよォ…」
「一つ、イマリはよォ、一体どういった神様なんだァ?」
「二つ、どうやってオレを、この世界に連れて来たんだァ?」
金鍔を食べ終えると、イマリは得意げに指を一本立てた。
「まずはひとつめ!」
「イマリはね、《遊ヶ花神》っていうの。凄くざっくりと説明するなら、《花酔遊戯》という遊びから生まれた神様だよ」
「花酔遊戯というのはね、簡単にいうと花札を使った謎解き!……すごく楽しい遊びだったんだよ」
そこで一旦言葉を切り、少しだけ遠くを見るような目をした。声のトーンが少し下がる。
「でもね、だんだん誰もやらなくなって。忘れられちゃったの」
あっさりと言う。まるで他人事のように。しかし、笠の影に隠れたその目は笑っていなかった。
「って事はあれかぁ?昔は花酔遊戯とやらが流行っていて、楽しいとか嬉しいみてぇな、人々の気持ちが長年集まってよぉ、それらが具現化して神様になった……という解釈で良いのかぁ?」
「うん、だいたいそんな感じだよ」
イマリはこくりと頷いた。そして続けて2つ目の質問に答える。
「ふたつめ!」
「お兄さんをここに連れてきたのはね、こうやって……」
気を取り直すように声を張る。イマリが両手で何かを掴むような仕草をして、ぎゅっと握りしめた。
「ぱって、するの」
ウッドは三秒間沈黙した。
「……アァ?どういう意味だぁ?」
「ごめんなさい、ごめんなさい……イマリもね、よくわからないの。気がついたらできるようになってたから」
「ぎゅってしてから、ぱって念じてみると、気に入った人をここに引っ張ってこれるの」
説明になっていない。しかし彼女自身は至って真面目な顔をしている。
「お兄さんの世界にも、おうちがあるよね……帰りたい?」
「そうだなァ……」
その言葉を聞いたウッドの脳裏に、断片的な記憶が走馬灯のように駆け抜けた。
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あの時、スラムの薄汚い路地裏。
灰色の空の下で上流階級の母娘が身を寄せ合っていた。母親は娘を庇うように抱きしめ、震える唇で何かを懇願していた。どうか娘だけは、と。
「アァ、もう、うるせぇんだよ!」
パン、と乾いた銃声が、何度も何度も響いた。母親の胸に風穴が次々と開き、鮮血が娘の頬に降りかかる。娘は目を見開いたまま、崩れ落ちる母の体を支えきれずに尻餅をついた。
「ギャハハ!まるで鴨撃ちだ!」
たまたま近くにいたごろつきが、何か喚いていたようだが、ついでに撃ち殺した。
「ギャハハ!アァ、やっちまった!一人も二人も三人も一緒か、なァ!」
そう吐き捨てた直後、娘の目から光が消えた。そして次の瞬間、信じられない速さでウッドの腕に飛びついて、噛みつく。
「ぎゃっ!?」
転がった。
黒鉄の牙──
娘がソレを奪い取り──
「ガッ?!」
額を撃ち抜かれた。視界が赤く染まり、地面に倒れ伏した。意識が遠のく中で見えたのは、殺意に満ちた娘の眼と、硝煙を吐く銃口だった。
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(そして、目が覚めたらよぉ……オレは大遊戯世界とやらに連れ去られていた)
小鬼の一匹が膝に乗ってきた感触で、意識が戻った。
目の前には、返事を待ちきれなくなったのか、イマリがウッドの目の前でぶんぶんと手を振っている。
「おにーいーさーん!聞いてる?ねえねえ!」
「わりぃわりぃ!ぼんやりしていたぜ!」
「……帰りたいかだったな」
「おうよ、最後の遊戯に勝てたらオレは元の世界に帰りたいぜ。やり残してきた事がまだまだあるからよォ」
行きつけの飯屋の臓物料理、馴染みの仲間たちとの豪勢なパーティ。レヴィールの歴史にオレの名を刻んでやるという野望。
元の世界には、楽しみにしていた事や、やり残してきた事がまだまだある。ずっとここにはいられない。
「……うん、そうだよね」
その返事を聞いた瞬間、イマリの笑顔がほんの一瞬だけ揺らいだ。けれどすぐに持ち直して、こくりと頷く。
「約束だもんね。……ごめんなさいって言っても駄目?」
上目遣いでウッドを窺う。
けれど彼の目を見て、すぐにふっと力を抜いた。
「……ううん、なんでもない。最後まで全力で遊ぶって、決めたもん」
ぐっと拳を握る。小さいけれど、そこには確かに神としての矜持があった。イマリは三本目の団子に手を伸ばしながら、ウッドをちらりと見る。
「あ、お兄さんも食べてね、このお団子おいしいよ」
「そうだなァ……いただこうじゃねえか!」
そう言いつつウッドは団子に手を伸ばした。一口齧ると、しっかりとした甘さとコク、もちもちとした食感が口に広がる。湯呑みに口をつければ、程よい温度のほうじ茶が喉を潤した。
「おおっ──うまいぜ!疲れた脳ミソに甘々な糖分が染みるぜぇ、戦士の休息ってやつだなァ!」
「んぐっ、んぐっ、ぷはぁ~!」
「そしてよぉ──この甘々な団子によォ、この温かくてスッキリとした味わいの飲み物がよォ、
ベストマッチしてやがるぜェ!ナイスコンボじゃねえかァ!」
レヴィールでは食べた事の無い、未知の味に感動しているが、あまりにもオーバーリアクション過ぎるので、イマリは若干引き気味だ。
「……お兄さん、味を褒めてくれるのは嬉しいけどさ、ちょっと大げさだよ?」
束の間の休息は穏やかに過ぎていった。ほうじ茶の湯気がゆるく立ち昇り、団子の甘さが舌に残る。
小鬼たちはウッドとイマリの膝の辺りに何匹か集まり、ぷにっとした体でくっつくようにしてくつろいでいた。警戒心というものがまるでない。
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軽く雑談しつつ、イマリ自身も団子を齧っている。狸の耳がぴこぴこと動き、尻尾が機嫌よさげにゆらゆら揺れていた。
イマリ以外にも存在する、様々な遊ヶ花神たちについての話、昔遊んだおともだちの話。そして、ウッドの大げさな自慢話をひとくさり聞いていく内に、盆に乗せられたお菓子は殆ど食べ終えた。
「ねえねえ、休憩ってどのくらいする? イマリ、待つのは得意だよ」
「ずっとずっと、待ってたから」
さらりと重いことを言う。本人に自覚はないのだろう、団子の最後の串にもう手が伸びている。
「そろそろ始めるとするかァ、いよいよ、最後の遊戯だなァ……」
「うん!」
最後の団子を飲み込んで、イマリの目がきらりと光った。
小鬼たちがお皿とお盆を回収した後にさっと散り、座敷の中央に再び広い空間ができる。三戦目の舞台が整った。
笠を被り直しながら、わくわくと期待を隠しきれない様子でウッドに向き直る。
「──じゃあ……やろっか」
その一言で、空気が変わった。さっきまで菓子を頬張っていた子供の顔に、神としての貌が重なる。
「最後の遊戯。何がいい? ブラックジャックでも花札でも将棋でも、なんでもいいよ」
けれど、と彼女は人差し指を唇に当てた。
「イマリの一番好きな遊戯はね──花酔遊戯。
……ふたりで遊ぶ、とっておきのやつ」
「そして──イマリに負けたら、わかるよね?」
狸耳がぴんと立つ。イマリの藤色の双眸が、真っ直ぐにウッドを射抜いた。ウッドは怖気づかずに自身の胸を叩き、拳を上に突きだしてから啖呵を切る。
「だったらよォ、その花酔遊戯とやらをやろうぜェ。最後の一戦だからよ……全身全霊で受けて立つぜェ!勝利を掴み取るのはこのオレ様だ!」
花酔遊戯。かつて遊ばれていたが、いつの日か飽きられて、人々の記憶から忘れ去られた遊びである。