忘れられても、遊びは消えない。
人と遊ぶ日を、花神は待っていた。
九十九の巡りを経て。
今、ふたたび返り咲く。
問いの裏に、答えは潜む。
花の名は、字の海に眠る。
砕いて混ぜろ。
点を動かせ。
解体して売れ。
形をなぞれ。
そうして初めて、花は見える。
遊び手よ、見破ってみせよ。
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「ところでよぉ、花酔遊戯のルールってなんなんだァ?花札を使った謎解きって言うがよォ、どんな感じに点数を競うのか、いまいちイメージが付きにくいぜ……」
ウッドの疑問を見透かしたかのように、イマリは楽しそうに説明を始める。
「花酔遊戯はね、花札を使うけど、点数を競うんじゃないんだよ」
イマリは花札の束をしゃらららら、と軽やかな音を立ててシャッフルする。その指さばきは流麗で、決して一枚も落とさない。
「イマリが札を一枚引いて、それを場に伏せる。お兄さんはその伏せた札の絵柄を当てるの。それでね、
「絵柄を三回連続で当てる事が出来たら、お兄さんの勝ち。一度でも間違えてしまったら、お兄さんの負け」
「まず例題を挙げていくね。本番はそれから!」
イマリはそう言うと、山札の中から一枚をさっと引き抜き、自分の手元に伏せた。
「こうやってね、イマリが札を伏せるでしょ。
そのあとに、ヒントを詠んでくよ?」
彼女はふふっと笑い、例題を詠む。
『陸の【虎】。海の【魚】。
全然違うこの二つも……隣り合うと、一つの《鯱》に。ばらばらの【文】【巾】【糸】【長】。
出来た二組も、更にくっついて《紋帳》だ』
『──じゃあ、聞くね?
手には【世】【口】【土】【牛】【虫】【六】【木】。
ばらばら別々が、雨降って軒に入って出逢って合った。三つの組で一つの輪、なかよしこよしのできあがり。
それじゃあ……遊び手さん、勝負だよ。
《牡丹に蝶》か《萩に猪》どっちかな?』
ウッドはふむふむと頷きながら聞いていた。イマリの神力のおかげか、漢字の意味は分からなくとも不思議な言葉の連なりが、すんなりと頭に入り込んでくる。
「……なんだぁ?【虎】と【魚】で《鯱》?」
「この問題の"秘密"を教えてあげるね」
イマリはひとつ間を置いてから解説を始めた。
人差し指を立て、得意げに続ける。
「【虎】と【魚】──全然違うものでしょ?
でも隣り合わせにしたら《魚虎》。つまり《鯱》になるよね」
「【文】と【巾】と【糸】と【長】、ばらばらだけど、二組の文字になるように上手く混ぜて合わせてみると、《糸文・巾長》ってなるから《紋帳》になるの」
(なるほど……この問題のミソはよォ、文字を混ぜて合わせて、融合させるってことかァ)
「だからね、【世】、【口】、【土】、【牛】、【虫】、【六】、【木】も──」
小さな手で、宙に字を書くように動かした。
「【牛】と【土】を合わせて──《牡》
【口】と【六】を合わせて──《丹》
【虫】と【世】と【木】を合わせて──《蝶》」
ぱちん、と指を鳴らす。
「ほら!三つの組ができたでしょ?だからイマリの持ってる札は《牡丹に蝶》!」
「《丹》に関しては、ちょっと強引な混ぜ合わせ方だけどね……」
伏せていた札を、くるりと表に返してみせた。確かに、そこには牡丹に蝶がある。ウッドは腕を組み、その答えを頭の中で転がした。
「文字をバラして、組み合わせる……なるほどなァ。【虎】と【魚】を足せば《鯱》になる、っていうのはそういう意味かァ」
「そうそう。それと、文章の構成としては上段と下段に分かれてるの。上段はいわゆる練習問題ってやつで……」
「『──じゃあ、聞くね』と尋ねてくる下段から本題って感じだよ」
「なるほどなァ……大体は掴めたぜ。実際に解いてみりゃ、もっと分かりそうだなァ」
イマリの目が、すうっと細まる。座敷の空気がふっと締まった。
「準備はいい?お兄さん……」
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「あっ、言い忘れてた!さっきの例題は漢字を砕いて混ぜ合わせる問題だったんだけど、次からは
「オーケイ、しっかりと覚えたぜェ!」
「それじゃあ、やろっか!──こほんっ」
イマリは山札の中から一枚を選び、手元に伏せる。それから口調を変えた。さっきまでの弾むような声ではない。声が少しだけ落ち着いた響きを帯びる。
『一つの【柿】を巡り、飢えに落つ【餓鬼】の失敗あらば。戸を開く《鍵》を得て、正しく進める者も居よう。
一匹の【獅子】を前に、恐れ道閉ざす【自死】は悲しい。だが、恐ろしさからも学び、《師事》へ至る解もあろう』
『──じゃあ、聞くね?
【武士】ではイマリを倒せん。
浅短【下ぐ】とも鬼は逃さん。
イマリを超えるには、正しき濁点を如何に打つ?
さあさ遊び手、いざいざ答えよ。
《松に赤短》か《藤に短冊》。
イマリの札、何ぞや?』
ぱちりと瞬きをして、イマリが元の声に戻る。
「どうかな?」
「任せなァ!」
ウッドは自信満々に返事をした後、頭の中で解を求めて探っていく。
(【柿】、【餓鬼】、《鍵》……読み方が似てるなァ。“かき”、“がき”、“かぎ”……)
(ちょっと待ちやがれ──
今度は
(【獅子】が“しし”、【自死】が“じし”、
《師事》が“しじ”……
(ならよォ、【武士】は──“ぶし”。
『ぶ』の
『し』に
(《藤》だなァ!)
(オイオイ、殆ど答えみてぇなもんじゃねぇか、なァ!)
(【下ぐ】──“さぐ”。
『さ』に
『ぐ』の
(……よくよく文章を読み返してみるとよぉ)
(【下ぐ】の前に『短』があるなァ。
短“さぐ”、“ざく”──《短冊》かァ!)
「答えは──《藤に短冊》だぜェ!」
「うん!正解だよ!」
イマリが両手をぱちぱちと叩いた後、伏せた札を表向きにした。
「けっこう早かったね! すごいすごい!
けど、次はどうかな?」
「濁点が動くだけでよぉ、言葉の意味が全部変わっちまうのか。普通に面白ぇじゃねえか」
(まずは一問クリアだぜ……だが、油断はできねえぜ、気を引き締めねえとなァ)
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山札から札を選び終えたイマリは一瞬だけ目を伏せた。顔を上げた時、どこか朗らかで、元気な響きの口調に変化した。
『例えば、そうだなぁ……
【村】で【城】を買い、【札】を売ったら《寺》になったよ!あっ、そうそう!
【町】で【灰】を買い、【畔】を売ったら《灯》になったの!』
『──じゃあ、聞くね?
イマリはこの札を引くために、
【海】で【杏】を買い、【油】を売った。
それだけじゃないよ。
【学】びやで【鷹】を買い、【孫】を売った。
《菊に盃》か、《梅に鴬》。どっちかな?』
(……アァ?)
(
二問目が出題されたが、ウッドは間抜けな顔でポカンとしていた。さっきとは打って変わって、言葉の意味がまるで掴めない。その様子を見たイマリは改めて解説をする。
「……ねえ、お兄さん。“かたち”をよく見てる?」
「同じ字でも、ちょっとだけくっついたり、はがれたりしてるの。ほら、横とか、上とか……端っこにあるやつ。これはね、“部首”っていうの」
「ふふっ、イマリね、そういうのをいじっていくの、好きなんだ。取ったりつけたりすると、ぜーんぶ違う字になっちゃうの。ちゃんと“取って”、“足せる”かな?」
(なるほどな……取る、足す、はよぉ……この問題においては
「
(まずは情報を整理するぜ。【村】で【城】を
字の形を、一つずつ丁寧に目で追う。
(【村】……左に"木"がついてるな。
同じ部分がある。ならば──
(【札】を
試しに、【村】から"木"を取ってみる。
残るのは──"寸"。
(次に【城】を
(“寸”と“土”──待てよ?)
その"土"を"寸"に足してみる──
(《寺》!ぴったりじゃねえかァ!)
手応えがある。もう一方でも確かめる。
(【町】の"田"は
その後に、
その瞬間──ウッドの脳内に電流が走る。
「分かったぜ!
ウッドは膝に手をついて、がばりと身を乗り出す。座布団の端がずれる感触も、気にならなかった。
「だったらよぉ──【海】から【油】の"氵"を
「【学】から【孫】の"子"を
「答えはよォ──《梅に鴬》だぜェ!──どうだァ?!」
「ふふっ──正解だよ」
イマリが静かに札を表に返すと、そこには確かに梅に鴬がある。
「しゃあっ!どんなもんよ!これがオレ様の実力だァ!」
「その調子だよお兄さん!最後の一問……解けるかな?」
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イマリは三枚目の札を、静かに山札から抜き取った。伏せる前に、ちらりとウッドを見上げる。その瞳に宿るのは、さっきまでとは違う、うまく名前のつけられない、静かな光だった。
(……最後の問題)
両者は静かに息を吸う。二問を解いた今、頭は研ぎ澄まされている。だが油断はできない。
イマリが口を開いた。今度の声は、まるで子守唄のようにふわりと柔らかかった。
『イマリのともだち、すごくすごいの。
一匹きりでも、【川】を《水》に。
【牛】も《石》に、変えちゃえる。
二匹いれば、【川】を《氷》に。
【牛】を《羊》に。
三匹揃えば、【川】は《光》に。
【牛】は《豆》に、変えちゃえる』
『──じゃあ、聞くね。
イマリの手には【梅に二匹】に【幸に三匹】。
ね。イマリの札、当ててみて。
《萩に猪》か、《紅葉に鹿》。どっちかな?』
ウッドは眉をひそめた。二問目の部首売買も難問だったが、これは最後の問題に相応しい難易度だ。
(形が変わっているわけじゃねえし……音でもねえな)
【川】:《水》《氷》《光》
【牛】:《石》《羊》《豆》
(共通点は……何なんだァ)
視線を往復させる。
(意味の連想か?【川】→《水》→《氷》確かに水系統の仲間だ)
(だが【川】→《光》は?【牛】→《豆》は?……水でも動物でも無いな……)
頭を回転させる。
(意味じゃない。なら属性変化か?)
(【川】が《氷》になる、自然現象として分かる。だが【牛】が《豆》になる自然現象なんざ聞いたことがねぇ)
(──てことは、属性でもねぇ)
(一匹、二匹、三匹……数が増えるごとに、何かが増えているはずだ。だが、一体何が?)
一匹、二匹、三匹。
(何かが、数として増えている──情報量とかか?)
その瞬間、思考が止まる。
(……待てよ?)
ゆっくりと視線を文字へ落とす。
(【川】は……三画)
《水》四画
《氷》五画
《光》六画
指が止まった。
(……画数)
【牛】は四
《石》は五
《羊》は六
《豆》は七
(すべて一致するなァ)
その瞬間、不意に、あのぷにぷにとした小さな影が脳裏をよぎった。お茶を運んできた、まんまるな奴ら。イマリが「ともだち」と呼んでいた、あの小鬼たち。
(【梅に二匹】と【幸に三匹】)
(……ともだちが増える、かァ)
静かに息を吐く。
(ともだちが増えて画数も増えるって言うんならよぉ、一匹で+1、二匹で+2、三匹で+3)
脳内で計算を組み立てる。
(梅は十画……+2で十二画)
(幸は八画……+3で十一画)
(十二と十一)
掲示された2つの絵柄の問いが浮かぶ。
《萩に猪》
《紅葉に鹿》
(萩は十二、猪は十一。
《萩に猪》ならよぉ、
(葉も十二、鹿も十一。
だが
という事はよぉ、《紅葉に鹿》は間違いだな)
そこで、思考が止まる。
ゆっくりと目を閉じる。
(……だが、ここまで素直に解けるかァ?
《萩に猪》は例題にも出てきて、その時は不正解だったしよぉ……流石に深読みしすぎか?)
ふと正面を向いて瞼を開けてみると、イマリは何も言わずに、尻尾をぱたぱたと振り、にこにこと笑っている。
だが、よく見ると、その笑みは静かだった。恐らくだが、騙そうとしている顔じゃない。
ただ──見ていた。ウッドがどう答えるかを。
(……答えてくれるのを、待ってる顔だな)
脳裏に浮かんだのは、さらりと言い放たれたあの言葉だった。
──ねえねえ、休憩ってどのくらい? イマリ、待つの得意だよ。
──ずっとずっと、待ってたから。
(論理的に考えるなら《萩に猪》。
だがイマリは遊戯の神だ、何かとんでもねえ罠を仕掛けている可能性もあるっちゃあるなァ)
ウッドはゆっくりと口を開く。
「オレは──」
風が障子を一枚、ゆっくりと揺らした。それきり、座敷に動くものは何もなかった。ウッドの呼吸だけが、白く細く、漏れた。
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遊び手よ。
彼の口が、今開く。
彼の運命を選ぶのは貴方だ。
イマリの持つ札は──
▶《萩に猪》と答える。
▶《紅葉に鹿》と答える。