遊ヶ花神と荒くれ者の遊戯録   作:炙り焼き桜餅

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運命の分かれ道
運命の選択《萩に猪》


 

 

 

 

 

(何ちまちまと迷ってんだァ?オレはよぉ……らしくもねェな!)

 

(オレは、オレ自身の道を信じるぜェ!)

 

「──《萩に猪》だァ!」

 

 

 

 静寂。

 

イマリはゆっくりと、伏せていた札を表に返す。

 

 萩に猪。

 

 

 

「……正解……だよ」

 

 

 

一瞬の静寂───そしてウッドが唸る。

 

 

 

「やってのけたぜ!!遂に……遂に……!」

 

「よっしゃあああ!!

オレが──勝利をつかみ取ったぞォ!!」

 

「オレの──勝ちだァ!!」

 

 

 

 旭日昇天の勢いで、勝利の雄叫びを上げた。画数を信じるか詩情を信じるか、最後の最後まで揺れた。それでも、彼は正解した。

 

 

 

(梅が紅い、なんて余分な連想を振り切った!)

 

(オレ自身の読みを、信じた!)

 

 

 

 自分の心を最後まで信じたことで、神様に勝った。喉の奥が熱い。勝利の熱が滾る。

 

 ウッドは深呼吸しながら、その昂揚を飲み下して、静かに対面のイマリを見た。相変わらず、神様と言うには小さい体躯だ。大きな笠の下にある、狸の耳がゆっくりと揺れている。

 

 

 

(勝ったから嬉しいってのによォ……なんなんだァ、このヘンな気持ちはよぉ……)

 

 

 

 昂揚は確かにある。ある、が。胸の奥のどこかに、妙な静けさが生まれていた。この勝負が終わったら帰れる。帰りたかった。ずっとそう思ってきた。

 

 だのに──今この瞬間だけ、その“終わり”がどこか遠い気がした。

 

 

 

(……ったく、おかしなことを考えてんなァ)

 

 

 

 頭を振る。これはただの遊戯だ。勝ったから帰る。それだけのことだ。しばらくすると、イマリがぽつりと呟いた。静かだが、それでいてハッキリと聞こえるように。

 

 

 

「最後まで、ちゃんと全力だったね──ウッド」

 

 

 

 小さな声だった。怒りでも悲しみでもない。ただ、静かな敗北の承認。

 

 笠の下から覗く瞳には、悔しさと、それ以上の何かが滲んでいた。そっと、小鬼が一匹、膝元に寄ってきた。「きゅい」と鳴いて、ぽてぽてと体を押しつけてくる。

 

 イマリはしばらく、その丸い頭を撫で続けた。

 

 小さな手が、止まる。

 ──何かを、飲み込むように。

 

 ゆっくりと顔を上げた時には、もう決まっていた。その顔には、いつもの無邪気な笑みとは少し違う、どこか晴れやかな表情が浮かんでいた。

 

 

 

「……約束だもんね」

 

「……帰っていいよ」

 

 

 

 すっと立ち上がると、小さな手がそっと差し出された。ウッドはその手を、少しの間だけ見下ろした。

 

 小さい。

 

 神様の手にしては、あまりにも小さくて、あまりにも無防備だ。

 

 

 

「……おう」

 

 

 

 一拍置いてから、ウッドはその手をぞんざいに握り返した。ひんやりとした、小さな掌の感触が手の平に収まる。

 

 

 

(……軽ぃな)

 

 

 

 力を加減しながら、内心でそんな事を思った。

 

 座敷に来た時から、ずっとそうだった。追ってくる時も、花札を操る時も、ブラックジャックで手札を引く時も。

 

──この手はいつも、少しだけひんやりしていた。

 

 

 

(あの時の五光も、読み合いも、ぜんぶこの手でやってのけやがったのか……すげぇな)

 

 

 

 呆れるほど軽い。呆れるほど冷たい。それなのに、なぜか、悪くはなかった。

 

 数秒か、それ以上か。ウッドはゆっくりと、その手を離した。

 

 沈黙が落ちた。二秒か、三秒か。風が廊下の奥で木々を揺らす音だけが聞こえる。

 

 振り返らない。

 振り返る理由はない。

 そのまま廊下へ歩き出せばいい。

 ──だのに、足が止まった。

 

 

 

 ウッドは踵を返して、座敷を見渡した。花札が、卓の上にまだ置かれたままで片付けていない。萩に猪の一枚が、他のどれよりも目に入る。

 

 

 

(……妙なところだったなァ)

 

 

 

 妙な、と思う。だが、悪くはなかった。砂埃もなく、銃声もなく、ただ静かで、ほうじ茶が旨かった。三種の遊戯での激闘は、魂が熱く滾り、確かに楽しかった。

 

 イマリは動いていない。追いかけてくる気配もない。ただそこに立って、こちらを見ている。

 

 

 

「……しょうがねぇな」

 

 

 

 何がしょうがないのか、自分でもよく分からなかった。ただ、無意識に、口が動いた。

 

 

 

「……あのよォ」

 

 

 

 暫く考えこんだ後、続ける。

 

 

 

「レヴィールの歴史にオレの名を刻んでやる。という夢が叶ったらよォ、もう一度ここに来てもいいかァ?」

 

「土産によ、アイス・ギルトをたんまりと持ってきてやるぜェ」

 

 

 

 背中は、大遊戯世界に来た時と変わらない。

 荒っぽく、不遜で、少しだけ急いでいる。

 

 

 

「……うん」

 

 

「そんじゃ、またな」

 

 

「待ってるね」

 

 

 

 聞こえたかどうか分からない、小さな声だった。ウッドが別れを告げて廊下に出た直後、ぽんっ!と可愛らしい音とともに煙に包まれ、その姿が消えた。

 

 座敷に、静寂が戻る。小鬼たちがイマリのそばに集まり、一匹が膝元に擦り寄って「きゅい」と鳴いた。イマリはしゃがんで、その頭をそっと撫でた。

 

 

 

「……ちゃんと、来るかな」

 

 

 

 問いかけた先に、答えはない。

 

 それでも、その顔は──ずっとずっと寂しかった頃とは、少しだけ違った。

 

 

 

 

 

 

───────────────

 

 

 

 

 

 

 

 砂埃に塗れた、銃と魔法と決闘の世界《レヴィール》に、ウッドは戻っていた。

 

 目が覚めると、裏路地の地面に仰向けで倒れていた。鼻につくのは裏路地の腐った臭いだ。

 

 

 

(……クソッ……背中が痛えな)

 

 

 

 あの時の畳は、古くてきしんでいたが、やわらかかった。

 

 ほうじ茶の湯気はない。団子の甘さもない。

 

 まんまるとした奴らが「きゅい」と鳴いて、

 膝元に擦り寄ってくることも──ない。

 

 

 

(……そんなもんだろ)

 

 

 

 これがレヴィールで、ここがウッドの居場所だ。ここにあっていい道理が、ない。遠くで誰かが怒鳴った。近くで瓶が割れた。いつもの喧騒、いつもの空気。

 

 ウッドは起き上がったあとに一度だけ、自分の右手を見た。ひんやりとした感触が、まだ残っているような気がした。小さくて、細くて、どこか不思議と冷たかった掌の──

 

 

 

(──んなわけあるかよ)

 

 

 

 手を握り込んで、それだけだった。ウッドにとっては、もう終わった話だ。そのまま歩こうとすると、額を撃ち抜かれた時の記憶が突如フラッシュバックした。

 

 

 

(待てよ……オレは確かあの時、ドタマぶち抜かれて……)

 

 

 

 ハッとして額の傷に指をそっと添えて感触を確かめる。あの時、幸運な事に、弾丸は急所一歩手前で止まっていたようだ。

 

 

 

「ハハッ……どうやら運命ってヤツに愛されているようだなァ」

 

 

 

 路地を抜けると、いつもの街の匂いがした。

 

 砂と鉄と、どこかで焚いている刻み煙草の臭い。遠くから魔導列車の汽笛が響いて、ふと空を見上げてみると洗濯物が風に乗って飛ばされている。

 

 ここから少し歩いていくと、街のシンボルである巨大な時計台がある。見慣れた景色だ。どこを切り取っても、レヴィールだった。

 

 

 

(……悪くねぇな)

 

 

 

 思ったより素直にそう感じた。行きつけの飯屋の前を通ると、臓物を煮込んだシチューの香りが漂ってきて、腹が鳴った。そういえばほうじ茶と団子以来、何も食っていない。

 

 

 

(帰ったらまずメシだなァ。とりあえず、マッテン・バーにでも寄ってみるかァ……あそこの肉料理はうめぇ)

 

(それから仲間に声をかけて、酒でも飲む。いつも通りだ)

 

(大遊戯世界がどうとか、花札がどうとか、そういう話はまあ、黙っておくかァ。話したところで信じる奴なんざ、いねぇだろうよ)

 

(これは──オレだけの話だ)

 

 

 

 そう決めると、妙にすっきりした。足取りが軽くなった気がして、ウッドは口の端を上げた。

 

 そのまま街の中心部へ歩む。周囲のごろつき達が騒いでいる。酒を飲め、賭けをしろ、物騒な世間話をひとくさり。ウッドはいつものように肩で風を切って、輪の中へと入っていった。

 

 何も変わっていない。変わるはずもない。

 

 ウッドは気づかなかった。ほんの一瞬だけ──ほうじ茶の温度を探すように、息を詰めていたことに。

 

 

 

 

 

 

───────────────

 

 

 

 

 

 

 

「──だからよ、オレは鴨撃ちのウッドってワケだ。眼がいいんだよ、眼がなァ!」

 

「へぇ。随分な自信だね?」

 

 

 

 ウッドは行きつけの酒場で、ごろつき達に自慢話をしていた。

 

 周囲のごろつき達が笑う。ウッドは額の傷を指先でなぞり、得意げに続けた。

 

 

 

「自信じゃねぇ、事実ってヤツだ。何なら見せてやっても──」

 

 

 

 その時だった。酒場の扉が開き、白いコートを羽織った金髪の女性が入ってくる。

 

 

 

「ヒッ……!?」「タ、巨人《タイタン》……!」

 

「アァ?んだぁ、人が話している時によォ……」

 

 

 

 コートの白が、視界の端をよぎる。ごろつき達の怯えが、波のように広がった。それがどういう意味か、ウッドだけが理解していなかった。

 

 

 

「待ちなァ!姉ちゃん、カワイイ顔してんじゃねえか。踊れよ」

 

 

 

 返事はなかった。周りのごろつき達がウッドを止めようとするが、彼女に楯突くとどうなるか。恐怖で足が竦んで動けない。

 

 

 

「楽しませろって言ってんだよ!この額の傷の話、聞いたことくらいならあるだろう?

『鴨撃ちのウッド』と言やぁ──」

 

 

「──恐怖」

 

 

 

 その瞬間、彼女の“箱詰めにする”魔法が発動した。ウッドの人体が強引に折り畳まれてぐちゃぐちゃになっていく。あまりにも凄惨な光景に、数人が顔を背けた。

 

 

 

「ガッ?!」

 

 

 

 世界が、折れる。

 

 

 

「私の好みを教えてあげる。私は私に恐怖する人が好きなの」

 

「怯えて這いつくばって。頭を垂れて泣き喚く。それが好き」

 

 

 

 骨が、重なる。

 

 

 

 

「ガァァ……!?ヒギィィ……!?」

 

「ひ、人が……折り畳まれている……!」

「箱入り女王《カースド・クイーン》……!」

 

 

 

 視界が、歪む。

 

 

 

「恐怖は服従。恐怖は永遠。恐怖こそが信頼できる唯一のもの」

 

「そして、勘違いしてくれるな。お前たちはそれを献上する側だ。恐怖を吐き出し続けることこそ役目だ」

 

「すべきことを、しないのならば──囀ることさえ、許しはしない」

 

 

 

 その刹那。どこかで、花札が一枚、落ちた気がした。

 

 ぱらり。

 

 しゃらららら。

 

 乾いた、軽やかな音。あの小さな指が、何十年、何百年と繰り返してきたように混ぜ合わせる、あの音だ。

 

 掌に、ほうじ茶の温かさが残っている。湯呑みの丸さが、まだそこにある。

 

 きゅい、と何かが鳴いた。まんまるで、ぷにぷにした──膝元に擦り寄ってくる、あの感触。

 

 

 

(……なんだァ……?どういう事なんだぁ……オレは、潰れてて……)

 

 

 

 脳裏を、空想の世界が一瞬だけ駆け抜けた。魔法学園。双華のドラゴニュートの姫。ファフニールとの死闘。感情を煙幕に変えた、あの一手。

 

 

 

「すごいよお兄さん!そんなことできるんだ!」

 

 

 

 声が、聞こえた。

 いや、聞こえるはずはない。

 

 骨が軋んでいる。

 世界が折れていく。

 

 それでも───

 

 

 

「ねえ、名前、なんていうの?」

 

「オレ様の名は鴨撃ちのウッドだ!覚えておきなァ!」

 

「うん、ウッドだね!イマリ、ちゃんと覚えたよ、お兄さん!」

 

 

 

 あのとき、負けているのにも関わらず、あの瞳は輝いていた。悔しがりつつも、嫌味を言うわけでもなく、本気で面白がっていた。

 

 

 

「【月見で一杯】──こいこいだよ」

 

「【雨四光】……ふふ、きれいだね」

 

「──【五光】」

 

 

    

 あのとき、華やかな役が次々と炸裂し、最後に揃えてみせた五光は、今でも記憶に焼き付いている。

 

 

 

「……イ………マ……」

 

 

 

 どこかで、声がきこえたような──大きな笠を被り、月白色の髪を揺らした、小さな少女の──

 

 

 

「ガ……ァァァ……ァ──」

 

 

 

 

 

 

 

───────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 座敷は静かだった。鳥がさえずり、風が庭の木々を揺らしている。

 

 座卓の上には、花札がそのまま残されていた。誰も片付けていない。萩に猪の一枚が、置かれたまま。小鬼が一匹、座卓に乗り上がって、その札をぺたぺたと触ろうとした。

 

 

 

「だめだよ」

 

 

 

 イマリはそっとその手を制した。小鬼はきょとんとして、おとなしく膝元に戻っていく。

 

 

 イマリはもう一度、花札を見た。

 

 萩に猪。

 

 あの最後の問いを、ウッドは正解した。論理で、計算で、それからほんの少しの──直感で。

 

 小鬼たちはイマリの周りに集まり、「きゅう」「きゅい」と鳴いている。

 

 イマリは正座したまま、じっと待っていた。人間が来るわけではないと、どこかで分かっていた。それでも。

 

 

 

(ずっとずっと、待ってたから)

 

 

 

 いつかのその言葉を、彼女は静かに飲み込んだ。

 

 寂しいのは、変わらない。でも今のイマリには、あの時の読み合いがある。ほうじ茶の温度がある。「そんじゃ、またな」という、投げやりで、

それでいてどこか本気だった声が──残っている。

 

 狸の尻尾がゆっくりと揺れる。笠の下の瞳は、今日は──泣いていなかった。

 

 

 

 

 

 

───────────────

 

 

 

 

 

 

 

九十九の巡りを経ても、消えなかった恨みがあった。

忘れられた神の、誰にも知られなかった願いがあった。

 

遊び手は来て、遊び、去っていった。

萩に猪を言い当てて──「またな」と、投げやりに。

 

 

恩讐は鎮まったか。

 

願いは叶ったか。

 

まだ分からない。

 

 

掌には温度が残り、

花札が一枚、卓に置かれたまま。

 

ずっとずっと人を待っていた神が、

今日は、泣いていない。

  

 

 

 

 

 

   GOOD・END 《繋がりの余韻》

 

 

 

 

 

───────────────

────────

─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 座敷に静寂が戻ってから、どれほど経っただろう。

 

 小鬼たちはイマリの周りでまどろみ、花札は卓の上にそのまま残されている。

 

 萩に猪の一枚だけを、イマリはときどき指先で触れた。そこへ、遠慮のない足音が廊下に響いてきた。

 

 

 

「のう……イマリ、居るか?」

 

 

 

 豪奢な和装の裾をひるがえして、ウンケイが座敷に踏み込んでくる。彼女は遊ヶ花神の一柱、溢れんばかりの富を持つ商売神。見た目は二十代の半ばほどだが、その目に宿る年季は相当なものだ。

 

 

 

「あ、ウンケイ」

 

「うむ。……って、なんじゃ」

 

 

 

 ウンケイは足を止めた。商売人の目が、座敷の中のイマリを捉える。

 

 

 

「お主、いつもと違うのう」

 

「そうかな?」

 

「いつもはもっと寂しそうにしてて、じめっとしておろうが。何があったか聞かせてくれぬか?」

 

 

 

 イマリはしばらく、手の中の花札を見つめた。それから、こくりと頷く。

 

 

 

「……人間と、遊んだんだ」

 

 

 

 一瞬の沈黙。ウンケイの目が、商売人のそれに変わった。

 

 

 

「──なんじゃと?!」

 

「花札と、ブラックジャックと、花酔遊戯。三戦やったんだよ」

 

「待て待て待て」

 

 

 

 ウンケイは扇をぱっと開いて、イマリの目の前にどかりと座った。

 

 

 

「お主、人間をこちらへ連れてきたというのか?どうやって。わらわたちにはそんな真似、できぬはずじゃろうが」

 

 

 

 イマリが両手でふわりと何かを掴む仕草をした。

 

 

 

「うーん……こうやって、ぱってするの」

 

 

 

 ウンケイは三秒ほど沈黙した。

 

 

 

「……それだけか」

 

「うん。気がついたらできるようになってたから、よくわからないんだけど……気に入った人を引っ張ってこれるの」

 

「気に入った……のう」

 

 

 

 ウンケイは扇で口元を隠し、しばらく考え込んだ。

 

 

 

「その人間、花酔遊戯まで付き合ったというのか」

 

「うん!すっごく頭が良くて、おもしろかったよ!最後の問題、ちゃんと正解したんだ」

 

「ほう」

 

 

 

 ウンケイの眉がわずかに上がった。花酔遊戯を三問。それも最後まで。

 

 

 

「負かせたか?」

 

「うん!花札の時はね、イマリが勝ったよ!」

 

「でもね、ブラックジャックの時もイマリが負けちゃった」

 

「ほう!」

 

 

 

 今度は本当に声が弾んだ。

 扇がぱちりと鳴る。

 

 

 

「お主を一度だけではなく、二度も負かした人間がおるとは。面白い話じゃのう」

 

「でしょ!イマリもびっくりしたんだ。すごく頭を使ってきたんだよ、一定の周期で札を引いたり、空想で感情を隠すとかね」

 

「空想で……」

 

 

 

 ウンケイはそれを聞いて、ゆっくりと立ち上がった。

 

 

 

「イマリよ、そのやり方とやらを、もう少し詳しく聞かせてくれぬか。"気に入った人を引っ張る"というところをのう」

 

 

 

 イマリは少し考えてから、また同じ仕草をした。

 

 

 

「ぱって、するの」

 

 

 

 またしても──ウンケイは三秒ほど沈黙した。

 

 

 

「ふむ……なるほどのう」

 

 

 

 帰り際、ウンケイは廊下で一度だけ振り返った。座敷の中のイマリは、また花札に視線を落としている。萩に猪。その一枚を、そっと指先で触れながら。

 

 

 

(……珍しいものを見たものよ)

 

(ずっと寂しそうにしていたイマリに、あんな嬉しそうな笑顔を咲かせるとはのう。何処のどいつか知らぬが、やりおるわ)

 

 

「では、わらわは戻るぞ。

──良い遊戯ができたようじゃな、イマリ」

 

「うん……!」

 

 

 

 いつもより少しだけ、声が明るかった。ウンケイはそれ以上何も言わず、屋敷を後にした。

 

 

 

 

 

 

───────────────

 

 

 

 

 

 

 自身の屋敷に戻ったウンケイは、腕を組んで考え込んだ。

 

 

 

「ぱっ、てするの──とな?」

 

 

 

 言葉にすれば馬鹿馬鹿しいほど単純な説明だ。だが、遊ヶ花神の力というものは、元来そういうものかもしれない。説明できないが、できる。理屈ではなく感覚で掴むしかない。ウンケイは目を閉じた。

 

 

 

「恩義を忘れた人間どもよ……」

 

 

 

 かつて、請われれば誰とでも遊んでやった。人間たちの笑い声が、今でも耳に残っている。それなのに。

 

 

 

「……こちらから出向いてやろうではないか」

 

 

 

 長い沈黙。何かを探るように、意識を外へ向ける。指先に、微かな感触。どこか遠くに、人間の気配があった。それを掴み、引き摺り込むように強く念じた。

 

 

 

「さぁ、わらわが売った恩義の対価を支払ってもらおうかの?」

 

 

 

 翌日、ウンケイの屋敷に見知らぬ人間が一人、迷い込んでいた。

 

 

 

 

 

───────────────

 

 

 

 

 

 

こうして、忘れられし花神達に、人攫いの術が広まり、数多の人々を此方側に閉じ込めた。

 

 

ある神は、恐れぬ意志で開戦する人の強さを、この目で確かめる為に。

 

 

ある神は、薄情者を我が檻の内に閉じ込め、激憤をぶつける為に。

 

 

ある神は、忘却を憎んでいないと言いつつ、首を落として断罪する為に。

 

 

此処は《大遊戯世界》。

正しき運命を選ばねば、此処より脱する事も叶わない。

 

 

 

 

 

 

    

      TRUE・END 【発端】

 

 

 







これにて完結です!
最後までご覧戴き、ありがとうございました!
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