寝ている間に無自覚無双 ~怠惰に生きたい転生貴族、楽するために開発したオートスキルで知らないうちに国を救っていたようです~ 作:片沼ほとり
第1話:今度の人生こそ怠惰に生きてやる!
「どうしてこうなっちゃったんだろうな……」
外がすっかり暗くなったオフィスで一人、パソコンの画面を睨みながら、俺はため息をついた。
残業はこれで一週間連続。月の残業時間は法令違反スレスレ。
――この現状を一言で表すならば「社畜」だった。
今となってみれば逃げ出したいような現状。だが、こんな生き方を選んだのは自分だ。
「どこで、間違えたんだろう……」
自分で言うのも何だけど、俺は世間的に見て優秀な人間だと思う。
昔から成績優秀で、学校の部活でも活躍し、順当に一流大学を卒業して、大企業に入った。
会社でも、同期の中で一番の出世頭になり、重要な仕事をたくさん任されている。
まあ、その結果がこの残業地獄なわけだけど。
……もっと違う生き方もあったのかもしれないと、最近よく思う。
周りの社員を見れば、ゆとりを持って幸せそうに生きている人間はたくさんいる。
だから、この現状はひとえに、俺の性格――度を超したお人好しが招いた問題なのだ。
両親からの期待。先生からの期待。友達からの期待。俺は小さい頃からそういった期待をたくさん浴びてきた。
それに応えたいと思ったし、幸か不幸かそれだけの能力もあった。
先生の期待に応えて優秀な生徒になり、友達からの期待に応えて部活ではエースとなり、両親の期待通り出世ルートを歩んだ。みんな喜んでくれた。
そして今は会社の期待に応えようとしている。そうやって今まで走り続けてきた。
そう、それでいいのだ。それが俺の幸せなのだ。
「よし、今日はもうちょっと頑張るぞ!」
深夜の誰もいないオフィス。俺はそう大声を出して、気合いを入れ直した。
――その時だった。
「……ぐぅっ!?」
突然、胸あたりに痛みが走った。思わず両手で押さえる。
これは何の症状だろう? 最近無理をしていたから? まだ若いのに?
なんて考えが頭を駆け巡っているうちに――もう手遅れになっていた。
気づけば筋肉が体を支えられなくなり、椅子からずり落ちている。
スマホで救急車を……と思ったが、仕事に集中するため電源を切ったんだったか。
……もう、動けない。
床に寝そべる男が一人。天井には照明。周りには誰もいない。
「まさか……死ぬのか……?」
頭の中に走馬灯が駆け巡る。思い出すのは、人を助けたり、人に感謝された時の事ばかり。
一見して美しい記憶。だが、今となっては何の意味もない。
むしろ――押し寄せてくるのは、後悔だった。
俺はずっと、誰かのために生きてきた。誰かのために走り続けてきた。
だけど本当は、ほどほどに適当に生きる、幸せそうな人たちが羨ましかった。
学校をサボったり、仕事で手を抜いたり、そんなこともしてみたかった。
それもこれも、他人の目を気にして出来なかった。期待してくれる家族のため、友達のため。
俺は――自分の人生を生きていなかったのだ。
もしも来世があるのならば、お人好しな生き方なんてまっぴらだ。
もっと自由に、もっと気ままに、もっと怠惰に……!
*
「うん……?」
「お目覚めになりましたか?」
聞き慣れない声に脳を揺さぶられながら意識を取り戻した。
……おかしい。死んだんじゃなかったのか?
いや、きっとギリギリのところで病院に運ばれたんだろう。助かった。そう思って目を開く。
すると、俺が眠るベッドの隣から、声の主が俺の顔を覗いていた。
しかしそれは、白衣の医師でも看護師でもなく――小学生くらいの、メイド服を着た女の子だ。
「お目覚めになりましたか。突然お倒れになったので心配して――」
「……可愛い」
「え?」
「……あ、いや、何でもない!」
思わず声が漏れてしまい、慌てて自分の口を塞ぐ。だが、女の子の顔からは目が離せなかった。
――美しい銀色の髪。パッチリと大きな翡翠色の目。幼くも整った顔立ち。
あまり動きのない表情、そしてメイド服も相まって、まさにお人形のような女の子だ。将来は美人さんになるだろう。
こんな可愛い子、前世ではテレビくらいでしか見たことがない。
そんなわけで、「可愛い」なんて声がつい出てしまったのも許してほしい。
「……驚きました。いきなりからかわないでください」
「ごめんごめん。でも驚いたのはこっちもだよ。目が覚めたら可愛い女の子がいたんだから」
「……いけませんよアレン様。本気にしてしまいます」
女の子は静かな口調ながら、頬を赤くし、プイッとわかりやすく目をそらした。
うん、可愛い。だけど、この子を眺めてばかりもいられない。
手で布団をずらし、ベッドから体を起こす。
目に入ってくるのは西洋風の部屋。そして、明らかに小さな自分の体だ。
「えーっと……ちょっといろいろ確認させてほしいんだけど」
そう言ってみたけど、状況はすでにほぼ理解できていた。
この世界で過ごした約十年間の記憶が次々と流れ込んでくる。目の前の女の子のことも。
……いや、順番が逆か。
正しくは、十歳児の脳に、前世の記憶が流れ込んできたのだ。
「まず、俺の名前は?」
「……俺?」
「ああいや、僕。僕の名前は何だっけ?」
まだ十歳、一人称を訂正して問い直す。
女の子――フィオナは、銀髪を揺らしながら首を傾げ、不思議そうに答えた。
「アレン・クライネル様です。アークライト王国四大貴族の一つ、クライネル侯爵家の長男です」
「……そんな僕の家での立ち位置は?」
「魔力はすでに当主様に匹敵、さらには明晰な頭脳で次々と魔術を習得してきた天才。将来は王国騎士団かそれとも政治の中枢か、無限の可能性を秘めた、クライネル家の未来を担う神童です」
「そんな大げさな……」
「いえ、それだけではありませんね」
そこまで言って、フィオナはポッと頬を染める。
「アレン様の何よりの魅力は、誰にでも分け隔てなく接し、困った人にはいつでも手を差し伸べる心です。私とて、そんなアレン様に惹かれたからこそ、アレン様にお仕えすると決めたのです」
「……うん、だいたいわかった」
不思議な話だ。前世の記憶は今までなかったはずなのに、性格は前世そのままだった。
過去の十年間の記憶を遡ってみても、これが自分の人生であることが確信できたのだ。
そう。世界は違えど、前世の十歳までの人生とそっくりなのである。
僕は来世になってなお、恵まれた能力を持ち、ひたむきに周りからの期待に応え。
――相変わらずのお人好しだったのだ!
「アレン様、まさか記憶が曖昧に? 念のためお医者様に……」
「嫌だああああああああああああ!!!」
「アレン様!?」
僕はベッドを飛び出し、走って部屋から逃げ出した。大声で叫びながら。
もう社会人なのに。いや、こっちの世界ではまだ十歳くらいだから許されるはず。
「アレン様、どうされましたか!? 何が嫌なのですか!?」
「そんなの決まってるでしょ!」
追いかけてくるフィオナを生まれ持った健脚で引き離しながら、ぐるぐると思考を巡らせる。
頭に浮かぶのは、前世を踏まえた、今世の未来のシミュレーションだ。
――このまま一家の期待に応え続け、鍛錬を重ねれば、僕は国家級の魔術師になる。
十五歳で王都の学園に通う予定だが、そこでもトップレベルの成績を収められるだろう。
そして行く先は、王立騎士団か、宮廷貴族か、魔術研究者か。あるいは全部か。
いずれにしろ、僕は周囲からの期待を無下に出来ない。
待っているのは激務。後悔。そして――過労死。
……嫌だ!
そんな人生はもう二度と――。
「いや、まだ間に合うよね……?」
そこまで考えて、僕は足を止めた。
思い出した。前世の死に際に願ったじゃないか。
もし来世があるのならば、もっと自由に、もっと自分勝手に、もっと怠惰に生きる、と。
「アレン様、大丈夫ですか?」
「どうしたのアレン!? 嫌なことでもあった!?」
「大声がしたから来てみたんだが……」
気づけばフィオナが僕に追いつき、両親もすっ飛んできていた。息子が大声で「嫌だあああ」なんて叫んでいたら当然か。
二人とも心優しい親だから、心配をかけたかもしれない。恵まれた家庭環境も前世に似ている。
だけど――僕は今、強い開放感を覚えていた。
今まで、親や友達に真正面から「嫌だ!」なんて言ったことがあっただろうか。いや、ない。
前世でも今世でもそうだ。周りが望むようにお利口にしていた。それが正解だと思っていた。
だけど今、「嫌だ」と言えた。
――きっと、これでいいのだ。もっと早くこうするべきだったのだ。
自分の能力も、時間も、肩書きも、どう使うかは自分が決める。
今度こそ、そうやって生きていくのだ。
「三人とも聞いてほしい。今この瞬間、決めたことがある」
僕は振り返り、フィオナと両親に向き合った。
「まずはごめん。僕はもう、王国騎士団とか、宮廷魔術師とか、そんなものを目指さない。もう、疲れたんだ」
「えぇ!?」
「そんな……」
両親は驚きの表情を浮かべる。そりゃあいきなり息子がこんなことを言い出したら驚くだろう。
期待を裏切ったことは申し訳ない。だけど、これが僕の人生の始まりだ。
強い覚悟を持って、僕は高らかに宣言する。
「僕はこれから自由に、気ままに、怠惰に生きる!」
三人とも首を傾げている。だけど僕の決意は固い。
こうして僕、アレン・クライネル(十歳)の、自由と怠惰を求める第二の人生が幕を開けた。