寝ている間に無自覚無双 ~怠惰に生きたい転生貴族、楽するために開発したオートスキルで知らないうちに国を救っていたようです~ 作:片沼ほとり
「っていうか決闘って何? 学園特有の制度とか?」
「いえ、そんな制度はありません」
「だよね」
「コソコソ話さなくて結構。これはワタクシなりのケジメですわ」
教室でのHRはつつがなく終わり、放課後。
あれよあれよという間に僕とフィオナがシエルに連れられてやってきたのは、校舎の地下に整備された魔術訓練場だった。
学園の生徒ならば自由に使えるものらしく、とはいえ入学式の日から使う新入生は他にいない。
上級生はまだ授業をやっているので、実質貸し切り状態だった。
施設は各階に分かれ、三十以上の部屋がある。シエルは最も手近な一番の部屋に入った。
見渡す限り真っ白な空間。どれくらいの広さかも目ではわかりづらい、が……。
「正々堂々ですわ。基本フィールドでいいですわね?」
「うん、いいけど」
よくわからないまま返事をすると、シエルは入り口にある杖のようなものを操作した。
するとその瞬間、空間内に魔力がほとばしる。
「おお……」
何もなかった空間に、土が現れ、草木が生え、みるみるうちに草原になった。すごい。
そうしてシエルは僕に向き直った。
「決闘とは、貴族同士の争いについて、剣を交えることによって取り決めることですわ」
「ああ、そういう文化があったことなら知ってるよ。でもそれは昔の話でしょ?」
「過去のものですわね。ですが、その精神は今も王国に根付いていますわ。ワタクシが目指す王立騎士団でも、強き者が席次を持ち、発言権が強くなります。席次は直接対決によって争われることもありますわ」
「へぇ」
王立騎士団には絶対入らないようにしよう。
「もちろん、命のやり取りをするつもりはありません。ワタクシからの要求はただ一つですわ。貴族にふさわしくないその怠けた態度を改めてくださいまし」
シエルはそう言って、傍らの練習用の道具棚を指さした。
様々な素材で出来た剣や杖が並ぶ。シエルは木剣を手に取り、その先端を僕に向けた。
――この手の道具、媒介と呼ばれるものは、使い手の魔力出力を補助するのが主な役割だ。
例えば剣なら、使い手の魔力を効率的に剣に込め、威力や速さをサポートしてくれる。
そして木剣は、ミスリルなど他の素材と比べて魔力の伝導率が低く、威力が出ない。
命のやり取りをするつもりがない、というのはこういうことだろう。
「でも、さっきの授業は先生がいいって言ってたんでしょ?」
「先生が許してもワタクシが許しませんわ」
「えぇ……」
シエルのことは委員長タイプだと思っていたけど、ここまで厳しいとは思わなかった。むしろ鬼教師タイプだったらしい。
厄介だ。だけど、せっかく順調だった第二の怠惰な人生、こんなことで折れてはいけない。
前世を思い出す。こうして誰かに注意されたとき、山田くんは何と言っていた?
そう、彼には常套句があったじゃないか。
「授業中に騒いでいるならともかく、僕は眠ってるだけだし、誰かを邪魔しているわけでも迷惑をかけているわけでもない。それは僕の自由なんだから、とやかく言われる筋合いはないよ」
「……やはり、少々痛い目を見ないとわからないようですわね」
「ダメかー」
前世の僕は山田くんの論理には「確かに」と思ってたんだけど、シエルには通じなかったらしい。ピリピリと火花を散らしている。
まだ初日なのに決闘。最初からクライマックスすぎるんじゃないか。
そもそも人と戦うのだって嫌だ。見る限り、シエルも腕に自信があるのだろう。
だから決闘を断れば済む話だけど……。
「アレン様。お言葉ですが、ここは決闘を受けておいた方がよろしいかと」
そんな僕の気持ちを察してか、フィオナはそう進言した。シエルは眉をひそめる。
「なんで?」
「単純な話です。今決闘に勝てば、後は自由に出来るということ。そうですよね、シエル様?」
「……もちろんですとも。王族に二言はありませんわ」
少し渋い顔をしながらも、シエルはうなずいた。
シエルは僕に怠惰の撤回を要求している。であれば、僕が勝ったらシエルは怠惰を容認する。対価を揃えるためには当然のことだ。
「それでは決まりですね。勝つのはアレン様ですから」
「……言ってくれますわね」
事もなげに言い切るフィオナに、シエルの周りに散る火花がさらに増した。
僕は考える。正直、僕はシエルの……というか、周りのレベルをあまり理解していない。
ずっと自分一人で魔術を研究してきたし、社交界にも顔を出さなかったし。
その点、クライネル家の教育を受けてきたフィオナの方がいろいろと詳しいはず。だから、フィオナがそう言うならそうなんだろう。
とにかく、やってみないとわからない。僕は木剣を手に取った。
「いいよ。やろう、決闘」
*
「ルールを確認いたします。お互い武器は木剣のみを使用し、回復不能な致命傷になりうる魔術攻撃は禁止。一方が降参するまで行います」
「うん、大丈夫」
「問題ありませんわ」
草原のフィールドにて。二十メートルほどの距離を取って、僕とシエルは向かい合った。
人と戦うなんていつぶりだろう。もちろん幼少期に受けた指導で、決闘なんてしたことがない。
剣術は十歳まで習っていたのである程度の型はわかるけれど、それだけだ。
対するシエルの凜とした構えからは、相当に鍛えてきたことが伝わってくる。
「それでは――始め!」
フィオナが決闘開始の合図を出した。さて、どう来る……。
「――っ!?」
ガキンッ!
――考える暇すらなかった。木剣同士がぶつかる音が訓練場に響く。
合図の直後、シエルは二十メートルの距離を一瞬で詰め、斬りかかってきたのだ。
この加速力、光属性特化か。まさか開始直後にいきなり全力で来るなんて。
何とか体が反応し、剣を合わせられたけど……もう少し速かったら、今の一瞬で勝負が決まっていたかもしれない。
「まだまだっ!」
シエルは止まらない。受け止められてなお、そのまま連撃に移行してくる。
右、左、右、下から、右。光を纏った木剣が、次々と角度を変えて襲いかかる。
――速い。
だけどそれだけじゃない。一撃一撃に意図がある。
こちらの木剣を弾こうとする打撃、足を狙う下段、からの跳ね上げ。すべてが連動している。
ちゃんと鍛えてきた人間の動きだ。才能だけでは身につかない。
――僕は重心を低く固定し、最小限の動きだけで攻撃を捌く。
シエルの攻撃はやや大ぶりだ。速い分、精度は完璧とまでは言えない。
だから、防御の方が動きは少なくて済む。シエルの速さにもついていける。
とはいえこのままではいずれミスが出てしまうかもしれない。
そう考え、僕が体内で魔力を練り、反撃しようとしたところで――。
「っ……!」
シエルが、一瞬で間合いの外へ飛び退いた。
数メートルの距離を空けて、僕とシエルは再び対峙する。
シエルは息を少し乱しており、艶やかな金髪が肩とともに上下する。
だけど、目の光は衰えていない。
「……すごいね」
自然と、口から言葉が出ていた。
僕が攻撃のための魔力を動かした、まさにその瞬間。反撃が来る前に引く判断。
きっとこれは、戦場の勘みたいなものだ。
「油断を突く光速の先制攻撃、淀みない連撃、反撃の察知……鍛錬の跡が伝わってきて――」
「お世辞は結構ですわ」
シエルは僕の言葉を一蹴した。
「余裕で受け止めておいて何を言いますの。これでも、一撃で決めるつもりだったのですけれど」
「うん、本当にギリギリだったよ」
「その余裕も癪に障りますわねっ!」
息を整えたシエルが再び加速する。また連撃が来る、そう思って僕も構える。
だが、今度はさっきとは違った。木剣を合わせた瞬間――。
「っ!?」
ビリッ、と。電気が走った。
木剣を通じて手のひらに痺れが伝わり、一瞬だけ握力が緩む。
シエルの木剣が電気を纏っている。魔力を流しづらい素材なのに、ここまで操れるとは。
「まだですわ!」
さらに、シエルの剣に添えられた左手、その指先が僕に向く。
指先からビリビリと電気が散り、僕の右腕――木剣を握る腕を狙い撃つ。
「おおっ……!?」
とっさに体内の魔力を集めて防御していたが、それでも腕に痺れが走る。力が入りにくくなる。
純粋な速さで通じないと見たら、すぐに戦い方を切り替えてきた。柔軟な戦術だ。
――だけど、パターンは理解できた。
電撃で補助して剣での攻撃が本命……に見せかけて、実は逆。
剣に電気を流すのは、受けさせるためのフェイント。本命は左手の指先からの電撃。こちらの方が威力が大きい。
連撃の合間に、わずかに左手を引くのがその予兆だ。
――次に来たら、返す。
果たして、シエルの左手が動いた。指先に光が集まる。
その瞬間、僕は左手を前に出し、薄い魔力の壁を展開した。
反射の魔術。シエルの電撃を、そのまま跳ね返す。
「きゃっ……!?」
存外可愛らしい声がシエルの口から漏れた。跳ね返ってくるとは思わなかったのだろう。
速さに特化した無防備な状態で自らの電撃を受けたシエルの体がびくりと震え、弾かれるように間合いの外へ飛び退いた。
そのまま素早く後退し、僕との距離を取ったのはさすがの対応といったところか。
木剣を杖のように地面に突いて、苦悶の表情を浮かべている。
「あ、ごめん。大丈夫?」
「……情けは不要、元はと言えばワタクシがあなたに向けた攻撃ですわ」
シエルも僕に致命傷を与える気はなかった。だからそれを跳ね返しても、大きな怪我にはならない。ビリビリと痺れるだけ。
とはいえ、不意打ちの無防備で受けるとけっこう痛いはず。痺れもしばらく残るだろう。
それでもシエルは立ち上がり、再び剣を構えた。その目の光は死んでいない。
だけど……その姿を見て、僕はふと疑問を覚えた。
「一つ聞いていい? なんでわざわざ決闘なんて仕掛けてくるの?」
「……何が言いたいんですの?」
「怠けるなって注意して、僕が嫌だって言って、普通ならそれで終わりでしょ。こうして痛い思いをする可能性もあるのに、わざわざ決闘なんて、と思って」
シエルは眉間に皺を寄せ、構えを少し緩めた。
「入学式の挨拶でもお話しした通りですわ。ああ、あなたは眠っていましたわね」
「……ごめんね?」
「お姉様――アウロラ・アークライトは、この学園を首席で卒業されましたわ。圧倒的な力とカリスマを持ち、怠ける者にはこうして自ら剣を向けて正しましたの。その厳しさに周囲は奮起し、お姉様の世代は学園始まって以来の精鋭揃いになりましたわ」
「王族ってみんなこんな感じなの?」
「ワタクシはお姉様を尊敬していますわ。王族として、民の手本として、先頭に立って皆を導く、そんな姿を体現している。ワタクシも、そうあらねばなりませんの」
シエルはこちらを真っ直ぐに見据え、言い放つ。
「ましてや、入学初日から堂々と怠ける貴族を見過ごしてしまっては、お姉様に顔向けできませんわ。だから――こうして剣を取りますの」
その目に迷いはない。その姿を見て、腑に落ちるものがあった。シエルがここまでやる理由。
――シエルはきっと、昔の僕に似ているのだ。
前世の僕も同じだった。
期待に応えること。求められる役割を全うすること。それが正しいと信じて疑わなかった。
両親、先生、友達。その期待に応えることが僕の人生だと、本気で思っていた。
そこに迷いはなかった。疑問なんて、一度もなかった。
だけど――結局、僕はそれで壊れたのだ。
シエルにとってのお姉様は、前世の僕にとっての周囲の期待と同じだ。
絶対的な手本があって、その型に自分をはめ込もうとしている。
今はそれが苦しくなくても、もしかしたら、いつか――。
「御託はもういいですわ。そろそろ決着をつけましょう」
シエルは痺れの残る体で、それでも構えを崩さない。肩で息をしながら、鋭い目だけはこちらを真っ直ぐに見据えている。
対して僕は、木剣を握り直した。
ここまでずっと受け身だった。シエルが攻め、僕が受ける。その繰り返し。
だけど、この子のことが少しわかった。だから――。
「ちょっと本気を出そうかな」