寝ている間に無自覚無双 ~怠惰に生きたい転生貴族、楽するために開発したオートスキルで知らないうちに国を救っていたようです~ 作:片沼ほとり
(なん、ですの……?)
シエルは戸惑っていた。アレンの纏う空気が変わったのだ。
構えは同じ。表情は腹立たしいくらいに穏やかなまま。
なのに本能が叫んでいる。逃げろ、と。
この感覚を知っている。本気の姉と対峙した時と同じ――圧倒的な強者と向き合う時の、鳥肌。
入学式の壇上でも一度だけ感じた。あの時は一瞬で消えたが、今は途切れない。
やはりあの感覚は嘘ではなかった――。
「――っ!」
一歩の踏み込みで、木剣がシエルの首元に迫っていた。
咄嗟に光を纏い、横へ跳ぶ。風圧が金色の髪を攫う。だが、次がもう来ている。
「反応いいね」
軽い口調。散歩でもしているかのよう。
しかしその剣は重い。純粋な魔力での強化。
打ち合えば腕が痺れ、正面から受ければ体ごと持っていかれる。
(――だけど)
速さではこちらが上回れる。全速で横に回り込み、電撃を纏った木剣で斬り返した。
アレンの木剣と噛み合い、火花が散る。
「ちゃんとついてくるね」
「当然ですわ!」
鍔迫り合いを弾き、距離を取る。しかしまたアレンが距離を詰め、防ぐ。そんな攻防が続く。
アレンの剣は確かに重い。
だが回り込めば隙が生まれるし、電撃を合わせれば互角以上に打ち合える。
(勝てない相手ではありませんわ)
そう思えていた。だからこそ、ある事実に気づいた時、焦りが走った。
(ワタクシの方が、魔力の減りが早い……?)
実際にアレンの残る魔力を目視することはできない。だが、確信に近いものがあった。
涼しい顔で、息すら乱さないまま、剣を振るい続けるアレン。なんとか対応する自分。
同じように打ち合っているはずなのに、こちらばかりが消耗していく。少しずつ体が重くなる。
「やっぱり速いなぁ」
「黙りなさいまし!」
余裕の合いの手が癇に障る。
自分は王族、魔力量で大きく劣るなんてあり得ない。ならば魔力運用の効率の差なのか。
認めたくはないが――このまま打ち合い続ければ、先に力尽きるのはこちらだ。
(……だとしても!)
認めよう。アレンは強い。
これまで散々怠け続けていたのだろう。剣の構えに洗練されたものは感じられない。
それでもこの強さ。生まれつきの魔力量、そして才能のなしえるものなのだろう。
だとしても――戦闘の勝敗とは、魔力や魔術の腕だけで決まるものではない。
シエルは、魔力も技術も遥かに上の姉と何度も戦ってきた。
弱者なりの戦い方、細い勝ち筋を見つけ、突くための思考と技術を教わってきたのだ。
――攻撃を凌ぎながら、シエルはアレンの剣筋を読み続けた。
右からの横薙ぎ、左への返し、そこから下段。
三合ごとに同じ流れが繰り返される。そして三合目の後――ほんの一瞬、右側が空く。
(あそこ、ですわね)
チャンスは一度きり。残りの魔力をすべてあの一撃に注ぎ込む。
一合目。右からの横薙ぎを弾く。
二合目。左への返しを避ける。
三合目――下段を捌いた直後、右側が空いた。
「はあぁぁっ!」
残った魔力のすべてを木剣に注ぎ込む。
全身全霊をかけた、一か八か、起死回生の一撃。
戦いの中のリズムを読み、敵の思考の外にあるタイミング。
今日一番の速さで踏み込み、全身を乗せた斬撃を振り下ろし――。
「あ……」
――アレンは半歩、横にずれた。それだけだった。
空を切った木剣が地面に勢いよく突き刺さる。膝から力が抜け、柄を握ったまま崩れ落ちた。
(まさか……あの隙すらも、見せられていたというんですの?)
そして首の後ろに、木剣の感触が静かに添えられた。息一つ切らさない、穏やかな声とともに。
「降参、してくれると嬉しいんだけど」
「……参りましたわ」
*
決闘が終わった。僕の勝利という形で。
女の子を傷つけるのは本意じゃない。シエルが受けきれる程度の攻撃を続けて魔力切れを誘発し、お互い無傷のまま勝利する。初めからそのつもりだったし、うまくやれたと思う。
木剣を棚に戻しながら、僕はシエルの方を振り返った。
まだ座り込んでいる。地面に刺さった木剣を支えに、ゆっくりと立ち上がろうとしている。
「大丈夫? 手、貸そうか」
「結構ですわ」
差し出した手は、取ってもらえなかった。シエルは自力で立ち上がり、服についた芝を払う。
まだ足元はおぼつかないのに、背筋だけは真っ直ぐだ。
「いい戦いだったね。人と戦うことなんてほとんどなかったけど、楽しかったよ」
「……煽っていますの?」
「あ、違う違う。本当に思ったんだって。なんていうか、戦いの中で対話できたっていうか、そんな感じがしてさ」
シエルは不機嫌そうな表情を浮かべる。怒らせるつもりじゃなかったんだけど。
それでも、そのまま会話を続けてくれた。
「ワタクシもあなたのことが少しわかりましたわ。怠惰が許されるのも理解できるほどの、憎たらしいほどの才能をお持ちですわね」
「褒められてはなさそうだね……じゃあ、僕からも一ついいかな」
「……何ですの?」
「もっと肩の力を抜いた方が良いと思う」
「……」
シエルの眉間に力が入った。怖い。
「あ、これも煽りとかじゃないよ。感想だと思って聞いて」
「……続けてくださいまし」
「ずっと余裕がないように感じたんだよね。わかってたと思うけど、魔力の量は変わらないはずなのに、同じように打ち合ってもシエルの方が消耗が激しいでしょ。魔力効率って繊細で、心の持ちよう次第で変わることもあるからさ。いろんな要素があるから断言はできないけど」
「……」
静かに僕の言葉を聞くシエルは、考え込んでいるようにも見えた。何か思い当たるところがあるのかもしれない。
やがてシエルは、僕の言葉をのみ込むようにうなずいて、口を開いた。
「ご意見感謝しますわ。素直に学ばせていただきます」
「いやいや、同じクラスメイトなんだしそんなに畏まらなくても」
「ワタクシは負けましたもの。約束通り、あなたの態度について、これ以上ワタクシが口を出すことはありませんわ」
「ああ、そういえば」
忘れかけてたけど、これはそういう決闘だった。
僕を注意する権利をかけた勝負。シエルにとっては一大事だったらしいけど……。
「約束のことならもういいよ」
「……はい?」
シエルがまた眉間に皺を寄せる。
「だって正しいのはシエルだからさ。僕が怠惰なのは事実だし」
「……」
「あと、そういう関係性もありかなって。いつも叱る人と叱られる人、ある意味仲が良くて」
フィオナみたいに全肯定してむしろ協力してくれる、そういう存在もありがたい。
だけど、いつも注意してくる、委員長と不良みたいな関係もいい。そう思っているのだ。
シエルも僕への注意はやめたくないだろうし、ウィンウィンな提案……だと思ったんだけど。
「……シエル?」
シエルはこぶしを握り、肩をワナワナと震わせていた。そして……。
「やっっっぱり癪に障りますわねあなたは!!」
「え?」
爆発した。
決闘が終わってからはずっと冷静だったシエルが、髪を逆立て、またビリビリと体に火花を散らせた。魔力も少し回復したらしい。
激高し、勢いそのまま声を張り上げる。
「アークライト家の名にかけて! 約束を反故にするなどありえませんわ! 情けはかけないでくださいまし!」
「あ、いや、そんなつもりじゃ――」
「そして覚えておいてくださいまし!」
目に炎を宿しながら、シエルはビシッと木剣の先を僕に向けた。
「今は負けを認めますわ。ですが努力を重ね、いつかは文句なしに学年を束ねる存在になってみせます! そして正々堂々、あなたを更生させますわ! それでは」
そう一方的にまくし立てると、シエルは木剣を棚に戻し、肩を怒らせながら出て行った。
どうやらまた怒らせてしまったらしい。
正義感が強いというか、プライドが高いというか、不器用というか、なんというか……。
「苦労しそうな子だなぁ」
「アレン様、お疲れ様でした」
気づけば、隣にフィオナがいた。
決闘中は安全のため距離を取っていたが、今は僕の腕に体を巻き付けてべったりと――。
「って近いよ!」
「ずっと離れていましたからアレン様成分の補給です」
「まったく……まあ、誰もいないしいいか」
「それにしても初日から大変でしたね。王女様に目をつけられて、決闘でわからせて」
「わからせたわけではないけど……うーん、女の子って難しいね」
「私は簡単ですよ。アレン様にこうして撫でられるだけで機嫌が良くなりますので」
「はいはい」
急かすように頭を差し出してくるので、言葉通りに頭を撫でてあげる。
フィオナは猫のように目を細めた。
「ところでアレン様、ご存じでしたか? 安全管理のため、訓練場の映像は校内に共有されているそうですよ」
「…………え?」
「決闘の一部始終、おそらく全校生徒が見ていたでしょうね。そして――今のこの光景も」
「っ――離れ」
「ません。むしろ見せつけましょう」
「何を!?」
慌てて距離を取ろうとしたけど、フィオナが腕をぎゅっと掴んで離さない。
フィオナは微笑んでいる。穏やかで、確信に満ちた笑み。
「せめて腕に絡みつくのだけはやめてもらえると――」
「嫌です」
「そっか」
「油断しましたね、アレン様」
こうなったフィオナは絶対に動かない。僕の負けである。
入学初日。決闘で校内の注目を浴び、あげく付き人とイチャつく姿まで全校配信。
怠惰な学園生活は遠のくばかりだ。
「……さよなら、僕の平穏な学園生活」