寝ている間に無自覚無双 ~怠惰に生きたい転生貴族、楽するために開発したオートスキルで知らないうちに国を救っていたようです~ 作:片沼ほとり
翌朝。
フィオナと一緒に登校すると、普通ではない雰囲気にすぐに気づいた。
多くの生徒が僕たちのことを遠巻きに見て、こそこそ噂する人もいる。
「昨日の決闘が噂になっているようですね」
「だとすると、今の僕の立ち位置は?」
「怠惰ながら学年トップ級の力を秘めており、下手に話しかけるとどうなるかわからない。だからひとまず様子を見よう……というところでしょうか」
「うーん想定外」
目立たない怠惰キャラを目指していたのに、危険人物みたいになってしまった。
どうしたものかと悩む僕の肩に、隣を歩くフィオナの銀髪がかかる。
「私としては、アレン様とこうしてイチャつけるようになったのが嬉しいです」
「そっちはともかくとして……この状況、案外悪くないかもね」
「もっとイチャついてもいいということですか? 抱きしめていいですか?」
「そうじゃなくて」
正面に回り込んで両手を広げるフィオナを軽くかわしつつ、僕は言葉を続ける。
「出世とか人に頼られるとか、そういうことにはならなそうでしょ。このまま怠惰キャラを定着させていこう」
「なるほど。活動も邪魔されずに済みますね」
「活動?」
「おっと、不注意でした」
魔術研究のことだろうか。活動なんて大げさだけど、邪魔されない方がいいのは間違いない。
前世みたいに友達に囲まれてあくせく頑張る生活もいいけど、こうして自由気ままに過ごすのもまた良い。これこそ僕が求めていた自由だ。
そう納得していたとき――一人の女子生徒が僕たちの前に立ちはだかった。
昨日出会ったばかりだけど、その美しい金髪はすっかり目に馴染んでいる。
「フィオナさんにアレンさん。ご機嫌よう」
「……と言いつつめちゃめちゃ不機嫌そうだね」
「挨拶くらいまともに返せませんの?」
「ごめんごめん。おはよう」
現れたのはもちろんシエルだ。
睨みつける、とまでは言わないまでも、明らかに不機嫌な様子で僕たちの前に立つ。
「えっと、昨日の決闘のことなら……」
「わかっていますわ。あなたがどれほど怠惰であろうと、ワタクシが注意することはありません」
「あ、うん」
やっぱり態度はかたくなである。するとフィオナが疑問を投げかけた。
「それでは、シエル様はアレン様にいったい何のご用でしょうか?」
「このままお二人がHRからサボるのではないかと思って忠告しに来ましたの。今日の授業にダンジョン見学があることは知っていますわね?」
「ああうん、昨日聞いたよ」
これについては、昨日の帰りのHRで説明があった。
ダンジョンとは、王都の地下に整備された、魔物や魔獣が出現する施設のこと。階層によって魔物の強さがコントロールされており、魔術師の訓練に最適な場所とされている。
僕たち学園の生徒も、今後授業が進むと実地訓練としてダンジョンを活用する。
一年生も、入学したばかりのこのタイミングで、まずは見学しておくというわけだ。
「実は今回、特別講師としてお姉様が来ることになりましたわ。第一王女ですわね」
「へぇ、それは豪華だね」
「そんな授業をサボろうものならどうなるか……さしものあなたにも説明不要ですわよね?」
シエルはジトっとした目で僕を見る。
要するに、「絶対に出席しろ」ということである。
「忠告は以上ですわ。それでは」
そうしてシエルは僕たちの返事を待たず去って行った。
凜とした後ろ姿を見送りながら、フィオナは小さくため息をつく。
「困ったものですね。注意と忠告はいったい何が違うのでしょうか」
「でも、僕たちのことを思って言ってくれたみたいだし、案外優しい子なんじゃないかな」
「そう解釈するアレン様がお優しいだけですよ」
シエルが去ったのをいいことに、フィオナは改めて僕の肩により掛かる。
「いかがなさいますか、アレン様。ここでサボれば、王国からの信頼が失われるでしょう。出世を望まないアレン様にとっては検討に値する選択だと思われます」
「さすがにやめとくよ、クライネル家にまで迷惑がかかりそうだし。それに、ダンジョンっていうのに興味はあるし、自分でいろいろ調べてみたいよね」
「なるほど。つまり――」
フィオナは心得顔で僕の顔を見上げる。
「適度にサボる、ということですね」
「そういうこと」
「不肖フィオナ、全力でご協力いたします」
話の分かるメイドで助かる。そう思いながら僕は教室へと歩き出した。
*
そうして迎えたダンジョン見学の課外授業。先生たちに引き連れられてやってきたのは、王都の少し外れにある王都第三ダンジョン、通称「第三」だ。
名前が示す通り、王都では三番目に大きい、かなり大規模なダンジョン。
しかしそんなダンジョンを貸し切りに出来るのは、さすがは王都一の学園といったところだ。
入り口は複数あり、コースによって出現する魔物のレベルが変わる。僕たち一年生は見学のため、もちろん初心者コース。そして……。
「私は第一王女、アウロラ・アークライト。王立騎士団の一員だ。いつかは同じ仲間としてともに戦えることを楽しみにしているよ。今日はよろしく」
「ミッシェルと申します。王家の警護を務めており、本日はアウロラ様の付き人として参上しました。よろしくお願いいたしますな」
特別講師として僕たちの前に立つのは、二人。
一人は第一王女、アウロラ。シエルと同じ金髪に、凜とした立ち姿。穏やかながら自信を感じさせる表情だ。
もう一人は、その隣に控える年配の男性騎士、ミッシェル。白髪混じりの髪を後ろになでつけ、整えられた白い口ひげ。剣の柄に置かれた手の節には長年の鍛錬の跡が見える。
対照的な二人の姿に、芝生の上に体育座りで話を聞く一年生たちは目を輝かせている。
「なんだかすごい人気だね」
「アウロラ様は第一王女ですから。王立騎士団の席次もあり、憧れの的なのでしょう」
座る並びは自由だったので、僕とフィオナは最後列。ひそひそ声で話す。
「隣のミッシェル様も、元騎士団の席次持ちで、御年五十を超えても実力は健在。今は前線を退いて、警護と後進指導に回っておられるとか」
「へぇ、それはまたすごい人だね」
「アウロラ様だけでなく、シエル様の剣術指南役でもあるそうです。アークライトの王女お二人を長年お側で支えてこられた方ですよ」
「フィオナは物知りだなあ」
「ご安心ください。様々な人のことを知ってなお、アレン様しか眼中にありませんので」
「はいはい」
フィオナの戯言をかわしつつ、改めて二人の話に集中する。
「さて、まずはダンジョンの説明をしよう」
アウロラが一歩前に出て、生徒たちを見渡す。
「このダンジョンは地下十五階層まである。階層が深くなるほど出現する魔物が強くなり、最下層には私たち席次持ちでも油断できない相手がいる。逆に最上層は初心者向けだ。スライムや小型の魔獣程度で、君たちも今後の授業で実際に戦うことになる」
アウロラの説明は簡潔で淀みがない。現役の騎士団員、実体験に基づいた説得力がある。
「各階層の間には結界が張られていて、下層の魔物が上がってこないように管理されている。結界の維持は騎士団の重要な任務の一つでもある」
「ダンジョンの仕組みについても、簡単にお伝えしておきましょう」
隣のミッシェルが補足するように一歩前に出た。
「なぜ深い階層ほど魔物が強くなるのか。それはこの星そのものの構造に関係しています。大地の深部には魔力の源泉があり、地下に行くほど魔力が濃くなります。濃い魔力の中で生まれた魔物は、当然ながら強力でございます」
前世で言うところのマントルやマグマみたいなもの。
あれが熱の源泉なら、この世界では魔力の源泉が地下に眠っているらしい。
「そして魔力が濃い環境では、価値の高い魔石が採れます。高品質な魔石は武器や防具の素材となり、魔術の触媒ともなりましょう。ダンジョンは騎士団にとっての修練の場であり、同時に、国を支える経済資源の場でもあるのです」
「魔術師だけがダンジョンを使うわけじゃない、ということだね。研究者、商人、職人。様々な分野の人間がダンジョンの恩恵を受けている。どの道に進むにしても覚えておいてほしい」
アウロラがそう締めくくると、生徒たちの間からは感心した声が漏れた。
「ふむ……」
最後列で僕は考え込む。
ダンジョンという存在自体は知っていた。クライネル領にも小さなものはあったし、魔術書で仕組みを読んだこともある。
だけど実家近くのダンジョンは規模が小さくて、家の研究室で事足りていたから、わざわざ潜る理由がなかった。
この「第三」はまるで別物だ。十五階層、段階的に魔力濃度が変わる環境が整備されている。
「何か気になることが?」
「これだけの規模だと、いろいろ使えそうだなって。魔力の濃い環境でしか試せない実験とかさ、家じゃ絶対にできなかったことが、ここならできるかもしれない」
「怠惰と言いつつ、目がすっかり少年ですよ」
「楽しいことを楽しむのも怠惰の一環なんだって」
ダンジョンを自由に使えたらいい研究ができそうだ。うまく自由に行動できればいいんだけど。
「そして、今日の見学についてだが」
アウロラが話を続ける。
「今日は見学日として特別な処理を施してある。初心者コースの魔物は事前に駆除済みだし、結界も強化してある。危険な魔物と出くわす心配はないから、安心してくれ」
「先生方もおりますし、万が一の備えはございますゆえ、ご安心くださいな」
ミッシェルが穏やかに付け加え、生徒たちからは安堵の笑いが漏れた。
――その時、僕は違和感に気づいた。
「うん?」
「どうかされましたか?」
「いや、おかしいなと思って」
足元から伝わってくるかすかな魔力の揺らぎ。地下から湧き上がるような、重く、濃い波動。
周りを見ても、誰も気にしていない。アウロラもミッシェルも平然としている。
僕の気のせいだろうか。いや、そんなはずはない。
そして、その魔力は――地下を突き破り、地表へと達した。
「「「「「グガアアァァァァァッッッ!」」」」」
突如として地面が割れ、僕たちを取り囲むように、五体の魔獣が出現した。