寝ている間に無自覚無双 ~怠惰に生きたい転生貴族、楽するために開発したオートスキルで知らないうちに国を救っていたようです~ 作:片沼ほとり
「落ち着きなさいまし! 立ち上がらず、その場を動かないで!」
目の前の光景に生徒たちが固まる中、真っ先に声を上げたのはシエルだった。
体長は数メートルもある五体の魔獣に取り囲まれ、生徒たちから悲鳴が飛び交う中。
シエルは腰の短剣を抜き、生徒たちを魔獣から守るようにして凜と立っている。
――すごいな、と素直にそう思う。
決して弱そうな魔獣ではない。感じる魔力量から察するに、おそらく一体一体がシエルと匹敵する強さ。怖さがないわけではないだろう。
それでもこうして誰より先に動けるのは、シエルの「民を守る」という使命が、口だけではなく心の底からのものである証拠だ。
だけど――。
「皆様、落ち着いてくださいな」
ミッシェルの声が、シエルの叫びよりもずっと静かに、しかし確実に全体に届いた。
不思議なものだ。声量ではシエルの方が上なのに、ミッシェルの一言で、生徒たちの肩から力が抜けていく。年の功というやつだろうか。
そして――。
「シエル、ここは下がっていなさい」
「ですがお姉様、ワタクシも戦え――」
「ふふ、立派になったな。だが今は、私に任せてくれ」
シエルの肩に手を置きながら、アウロラが一歩前に出た。自然と生徒たちの視線が集まる。
するとアウロラは、ゆっくりと腰の剣の柄に手をかけ――抜き放った。
「綺麗……」
誰からともなく、そんな声が漏れた。
刀身が眩い光を放っている。白銀に輝く刃は、それ自体が魔術の結晶のようだった。
魔獣を恐れていた生徒たちが、気づけばその美しさに息を呑み――。
「……え?」
素っ頓狂な声も、誰からともなく漏れた。
なぜなら――アウロラが消えたから。
いや、消えたわけじゃない。速すぎて目が追いつかないだけだ。
だけど今、彼女の姿をちゃんと目で追える生徒は僕とシエルくらい。フィオナですら怪しい。
――光の軌跡が一閃、二閃。
魔獣の咆哮が一つ途切れ、また一つ途切れる。
そして十秒もしないうちに、五体すべてが地面に崩れ落ちていた。
アウロラは剣を納め、「ふぅ」と大きく息を吐いただけで、何事もなかったかのように僕たちの前に立っている。
……静寂。そして。
「「うおおおおっっ!!」」
どよめきとも歓喜とも取れるような喝采が、生徒たちから湧き上がった。
――誰もが目を奪われるのはその速さだろう。シエルとも桁違いの、光属性を突き詰めた姿。
だけど、それだけじゃない。
剣に効率的に魔力を伝えた上で、魔獣たちの急所を的確に狙い、一閃で倒す。
速さの分威力が出づらい光属性魔術だけど、それを補ってあまりあるだけの技術があるのだ。
これが、王立騎士団の席次、国家級魔術師の力。
「皆様、驚かせてしまいましたな」
拍手が収まると、ミッシェルが穏やかに前に出た。
「今の魔獣の出現は、実は予定通りでして」
生徒たちの間から「えぇっ!?」という声が上がる。
「結界を一時的に操作し、あえて上層に通させたのです。このデモンストレーションで、ダンジョンの危険性を身をもって理解できたでしょう?」
「見せたかったのはそれだけではないよ。同時に、鍛えればここまで戦えるようにもなる。三年後、君たちがどこまで届くか――騎士団で待っている」
その声は厳しくも温かく、生徒たちが再び湧いた。今度は拍手というより、興奮と憧れが混じった歓声だ。
――なるほど、と僕は内心で感心していた。
一年生の課外授業にわざわざ第一王女が来る。普通に考えれば大げさだ。
だけど目的がわかった。このちょっとしたデモンストレーションによって、王族の力を見せ、憧れと信頼を抱かせたのだ。
「それでは、私たちはこれで失礼する。またどこかで会おう」
多忙な二人はそう言い残して、ダンジョンの入り口の方へと去って行った。
シエルが真剣な眼差しで、去って行くアウロラの背中を見つめていた。
*
それから僕たち一年生は、先生の指示のもと自由行動に移った。
もう危険な魔物はいない。初心者コースの中ならどこに行くのも自由。
友達同士で歩き回る者、先生にくっついて解説を聞く者。みんなそれぞれだ。
それにしても……。
「課外授業で自由行動、最高の響きだね!」
「良かったですね。お昼寝でもしますか?」
「いや、それじゃつまんないね」
「というと?」
僕はニヤッと笑みを浮かべながらフィオナを見る。
「立ち入り禁止のところに行くのって、不良っぽくない?」
「不肖フィオナ、どこまでもお供いたします」
「よしきた」
初心者コースは一本道に近い形だけど、先生や生徒たちはみんな前に進んでいく。後ろに下がる分には目立たない。そうしてこっそり、僕たちは初心者コースの出口を抜けた。
別のコースの入り口はすぐ近くにある。本来は上級者が使うルートだけど、今日はダンジョンが貸し切りで他に人はいない。つまり――絶好の実験日和だ。
「それにしても、迷いなく上級コースを選びましたが、大丈夫なのですか?」
「大丈夫だよ。魔物がいたら魔力で感じ取れるから、避けて進めばいいだけ」
「さすがはアレン様です」
「それに、せっかくなら魔力の高い場所に行ってみたいしね」
魔力の流れを感知しながら、より濃いポイントを目指して奥へと進む。
そうして歩きながらふと、僕はフィオナに問いかけてみた。
「そういえばフィオナは、騎士団とかには興味ないの?」
「……え?」
「フィオナはクライネル家の教育を全て吸収できてるんだからさ。騎士団は実力さえあれば出自は問わないらしいし、出世コースも狙えるんじゃないかな」
前向きな提案のつもりだった。だけど、フィオナはぷくっと頬を膨らませた。そして。
「分かりました。もっとひっつけということですね」
「なんでそうなるの?」
フィオナはなぜか僕の腕に絡みついた。ちょっと歩きづらい。
「アレン様が何も分かっていないからです。アレン様は騎士団に入るおつもりですか?」
「絶対やだね、大変そうだし」
「では、私もそうします。アレン様の隣が私の定位置ですから」
「そっか」
僕の腕を包む力が強くなった。誰も見てないからいいけどさ。
フィオナには迷いがないらしい。目標がはっきりしているのは良いことだ。だけど……。
「そういう意味では、ちょっと心配なのはシエルかな」
「……心配、ですか?」
「うん。目標がハッキリしてることが逆効果になってる気がする」
僕の言葉にフィオナは首を傾げる。
「シエル様はアウロラ様を手本としているようですが、それが悪いことなのですか?」
「もっとシエルに合った方法があるかもしれないのに、選択肢を狭めてるように見えるってこと」
「なるほど」
僕が昨日シエルと戦った時も、小さな違和感があった。
反応速度と判断力、戦いの中で相手を観察して一瞬のチャンスを見逃さない力。総合的には一級品の実力。なのに、しっくりこない。
もしかしたら、もっと良い戦い方がシエルにはあるんじゃないか、と思ったり。
「なんてこと、僕がシエルに言っても、聞く耳を持ってもらえないだろうけど」
「ですね」
フィオナは迷いなく同意する。
「誰か他の人が言ってくれたらいいんだけどね……っと、このあたりかな」
そうこうしているうちに、随分と歩いていた。僕たちは足を止める。
たどり着いたのは、岩壁に囲まれた小さな空洞。足元には不思議と柔らかい苔が生えている。
周囲の魔力は初心者コースとは別物だ。空気そのものが魔力を帯びていて、肌がピリピリする。
「良い場所ですね。呼吸するだけで魔力の高さが感じ取れます」
「だけど魔物がいないのは、施設として制御されてるのかな。何にしろラッキーだ」
そう言いながら、僕は懐の中に手を伸ばした。
取り出したのは――黒いボディスーツと、安眠マスクだ。
どちらも僕が開発した、安眠に役立つアイテムである。
「アレン様、それは……」
それを見て、フィオナは目を丸くし、声のトーンを落とした。フィオナは僕がオートスキルで課題をやったのを見ていたらしいから、この服装のことは知っているはず。
この反応は、何も入れてなさそうな懐からいきなり出したからだろう。僕は得意顔で話す。
「ふっふっふ、驚いた? 実はこれ、魔力の形を変化させることで小さく収納できるんだよね。これでいつでも使えるよ」
「いつでも……時はいつやってくるかわからないからこそ、常に準備を欠かさない、ということですね。さすがです」
「大げさだなあ」
サボって昼寝するだけなんだけどね。
さすがに授業中の居眠りにこんなものは使わないけれど、屋上で昼寝できるようなタイミングがあれば役立つと思って持ち歩いていたのだ。
「では……今がその時である、ということですか?」
「まさにでしょ」
自由時間、下は柔らかい苔。昼寝をするには絶好のタイミングである。
そしてこれは、ただ眠りたいだけじゃない。
「もちろん実験も兼ねてるよ。これだけ魔力が濃い場所だからさ。このスーツを着て直接地面に寝転がれば、全身で魔力を吸収できるかも、っていう仮説。回復効率が変わるといいね」
「……いつでもお力を発揮できるように、ということですね」
「そういうこと……かな?」
正直、ただ居眠りしたい気持ちもあるんだけど、それは黙っておく。
「そういうわけで、十分くらいしたら起こしてね」
「わかりました。もし何かあれば……すぐにお知らせしますね」
「うん? まあ、万が一魔獣が出たりしたらよろしく」
「はい。お任せください」
フィオナは妙に真剣な顔をしている。
心配性だな、と思う。確かに上級者コースの奥だけど、さっきから魔獣の気配は避けてきたし、フィオナの実力なら小型の魔獣くらい問題ない。
そうして僕はスーツを着込み、マスクを装着した。
苔の上に仰向けに寝転がると、背中越しに地面から魔力が流れ込んでくるのがわかる。
やっぱり、濃い魔力の中で眠ると回復効率が違うかもしれない。いいデータが取れそうだ。
「おやすみ、フィオナ」
「おやすみなさいませ、アレン様」
意識がまどろみに溶けていく。すぐに眠れるのが僕の特技だ。
フィオナがそっと傍に座り、周囲に目を配っているのが、閉じかけた視界の端に映った。
――そんなに警戒しなくても、ここは安全だし、何も起こらないと思うけどなぁ。
そう思いながら、僕は眠りに落ちた。