寝ている間に無自覚無双 ~怠惰に生きたい転生貴族、楽するために開発したオートスキルで知らないうちに国を救っていたようです~   作:片沼ほとり

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第14話:「まーたサボリですの!!」

「それでは、私たちはこれで失礼する。またどこかで会おう」

 

 去っていく二人の背中を、シエルはずっと見ていた。生徒たちが歓声をあげ、先生が「では自由行動です」と言い、周りが動き出しても、足が向かなかった。

 

(……速かった、ですわね)

 

 目を閉じれば、まだ姉の姿が鮮明に浮かぶ。

 一閃、二閃。三、四、五体目が倒れるまで、十秒もかからなかった。

 小さい頃から手合わせを繰り返してきた。しかしアウロラが騎士団に入ってから、また一段と差を広げられてしまったような気がする。

 

 ようやく歩き出したシエルは、石畳をゆっくり進みながら、ひたすらそのことだけを考えた。

 同じ光属性魔術、同じ血筋。それなのに、なぜあれほどの差が生まれるのか。

 速さだけではない。一撃ごとに魔力が無駄なく剣に乗り、急所を正確に捉えている。

 

(今のワタクシは……)

 

 シエルは腰に据えた短剣を抜いた。そうして魔力を込め、近くに生えた雑草を払う。

 スパッと一閃し、草がパラパラと落ちる。切れ味は良好。

 

 だが、姉の戦いを見た後では、児戯のように遅い。

 

(……魔力効率が悪い、でしたわね)

 

 剣を振るったからか、思い出してしまった。昨日のアレン・クライネルの言葉だ。正直、まだ消化しきれていない。

 魔力効率という点では、あの決闘でこちらの方が消耗が早かったのは事実だ。それは認める。

 

 では、どうすれば――。

 

「肩の力を抜いた方がいい、ですか……」

 

 思わず声に出してしまい、シエルはハッとする。近くを歩いていた生徒が振り向いたが、目が合うと慌てて前を向いた。

 

(独り言はお行儀がよろしくありませんわね)

 

 気を取り直して、また歩く。そしてアレンの言葉を反芻する。

 魔力効率。肩の力を抜く。言うのは簡単だが、具体的にどうするかは難しい。

 しかし、アレンが自分の持っていないものを持っているのもまた事実。

 

(そんな能力がありながら、あの態度なのが癪なのですわ)

 

 また思い出してしまった。授業中に机に突っ伏して爆睡する姿。

 決闘が終わった後、「叱られ続ける関係も悪くないな」と呑気に言ってのけた顔。

 そして――自分が渾身の一撃を放ったのに、ただ半歩ずれただけで受け流した、あの余裕。

 

 あんな人間に。言われたのだ。

 

 足が止まっていた。気づいたら、石壁の前に立っていた。

 

「絶対にあなたを超えてみせますわ!」

 

 叫んでいた。石壁に短剣を突きつけながら。

 周囲がしんとした。振り向く生徒が二人、三人。目が合う。

 シエルはゴホンと咳払いをして歩き出した。目が合った生徒たちと逆向きに。

 

 そうして気恥ずかしさを振り払うように周囲を見渡して――ふと思う。

 

(……そのアレン・クライネルはどこに?)

 

 姉とミッシェルがいたときはちゃんと後ろで話を聞いていた。だが、自由行動になってからは?

 生徒たちの顔を一望する。

 先生に質問している者、友達同士で壁を触っている者、座り込んでメモを取っている者。

 

 しかし、アレン・クライネルの姿も、フィオナの銀髪も、どこにもない。

 

「……また、サボっていますの?」

 

 広いダンジョンとはいえ、初心者コースは見通しの良い一本道。いない人間はすぐにわかる。

 二人とも、初心者コースの中にはいない。

 自由行動とはいえ、許されているのはダンジョン内での行動だけだ。

 

「……アレン・クライネル!」

 

 外でサボっているであろう二人を連れ戻すべく、シエルはダンジョンの入り口へと向かった。

 

 

  *

 

 

 初心者コースの入り口まで戻ってきたシエルは、足を止めた。

 外に出れば二人が見つかると思っていた。しかし、その手前で目に入ったものがある。

 

 初心者コースの入り口のすぐ近くには、様々なコースへの入り口がある。

 もちろん一年生は立ち入ってはいけないと言われているのだが……あろうことか上級コースを見れば、その先の通路の床に積もった薄い砂埃に、二人分の足跡が残っていた。

 

(……まさか)

 

 ダンジョンに入るときにはなかったはずの足跡を見て、嫌な予感が走った。

 上級コースには、初心者コースとは比較にならない魔物がいる。アウロラが先ほどのデモンストレーションで通してみせた、あのレベルの魔獣が出現する場所だ。

 今日、安全が保証されているのは初心者コースだけ。上級コースの魔物は駆除されていない。

 

 この足跡がアウロラとミッシェルのものなら何の問題もない。

 だが、二人は公務に戻っているはず。アレンとフィオナのものである可能性が高い。

 

(先生に報告すべきですわね。でも……)

 

 あのサボリ魔が何のつもりで上級コースに立ち入ったのかはわからないが、何かあっても自分勝手な行動をしたアレンの自己責任。そう割り切って先生に報告するのが普通だろう。

 

 ――だが、とシエルは考える。

 初心者コースの奥にいる先生のところまで戻り、説明し、先生がここに来るまでの時間。

 それだけで何分かかる? 今この瞬間に、あの二人が強力な魔獣と遭遇していたら?

 

(お姉様なら、どうなさいますの?)

 

 考えるまでもない。すぐに見つけて、連れ戻す。もし魔獣に襲われていれば、助ける。

 シエルは上級コースに足を踏み入れた経験がある。姉と共にではあるが、数度。敵に出くわしても、速さを活かし、交戦せずに引けば問題ない。

 

「……まったく世話が焼けますわね!」

 

 自分がいる以上、この学年の生徒はすべて立派な卒業生にしてみせる。犠牲者が出るなんてもってのほかだ。

 そんな使命を胸に、シエルは上級コースへと踏み込んだ。

 

 

  *

 

 

 上級コースに入ると、空気が変わった。魔力の濃さが初心者コースとは段違いだ。

 照明も薄暗く、石壁の隙間から漏れる淡い光だけが頼り。アウロラと来た時もこんな雰囲気だっただろうか――いや、あの時はアウロラがいたから、緊張こそすれ心細くはなかった。

 

「アレン・クライネル! いるなら返事をしなさいまし!」

 

 声を張る。反響がダンジョンの奥へと消えていくが、応答はない。

 砂埃の上に残る二人分の足跡をシエルは追う。

 足跡は迷いなく一本道を進んでいる。まるで行き先がわかっているかのように。

 

 しかし、しばらく進んだところで地面が変わった。砂から、湿った土と苔へ。足跡が消えた。

 

(……これでは追えませんわね)

 

 ここから先は通路がいくつも枝分かれしている。どちらに進んだのか見当がつかない。

 

「仕方ありませんわね」

 

 魔獣の気配に注意しながら、シエルは片っ端から通路を覗いていった。

 左。誰もいない。右。行き止まり。さらに奥の分岐を右。暗い空洞に人の気配はない。

 

 焦りが少しずつ募る。探す範囲が広がるほど、自分も入り口から離れていく。

 速さを活かせば逃げ切れるとはいえ、長居は避けたい。何より、奥に行くほど二人が危険に遭っている可能性も高くなる。早く二人を見つけなければ。

 そう思いながら、次の通路に足を踏み出した瞬間だった。

 

「――っ!?」

 

 足元が、なかった。

 

 苔に覆われていた地面が崩れ、暗闇が口を開ける。

 落とし穴――いや、地盤そのものが脆くなっていたのか。焦りのあまり集中力を欠いていた。

 咄嗟に光属性の魔力を足に集中させ、落下の勢いを殺す。

 数メートル下の地面に、なんとか着地した。衝撃はあったが、怪我はない。

 

「……助かりましたわ」

 

 息をつき、周囲を見渡す。薄暗い空間。天井は高く、落ちてきた穴も手が届かない高さだ。

 上に戻れそうな足場は……ある。奥の方に見える。

 

 だが――。

 

「グルル……」「ギギ……」「ガァ……」

 

 暗がりの中から、いくつもの目がこちらを見ていた。

 小型の魔獣だ。一体一体は大きくない。犬ほどの大きさ。

 だが――数が多い。十、二十……暗がりの奥にまだいる。

 こちらを取り囲むようにじりじりと距離を詰めてくる。

 

(……まずい、ですわね)

 

 今のシエルでは、速さだけで振り切るのは難しい数。そう簡単に上へは戻れないらしい。

 

 

 シエルは短剣を抜いた。

 

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