寝ている間に無自覚無双 ~怠惰に生きたい転生貴族、楽するために開発したオートスキルで知らないうちに国を救っていたようです~ 作:片沼ほとり
「アレン様、起きてください」
「んん……あと五分……」
「お気持ちはわかりますが、そろそろ集合時間です。戻らないと先生に怪しまれます」
「……もうそんな時間?」
フィオナに肩を揺すられ、僕は目を開けた。目に映るのは僕の顔を覗き込む銀髪美少女。
薄暗い空間。苔の感触。そうだ、上級コースの奥で昼寝をしていたんだった。
体を起こし、大きく伸びをする。
「ふぁ~……よく寝た」
「おはようございます。お疲れのようでしたので、ギリギリまでお休みいただきました」
「……あれ? 十分で起こしてって言わなかったっけ?」
「あまりにもアレン様の寝顔が可愛らしかったもので、つい」
「それは理由になってないよね?」
フィオナはいつもの薄い微笑みを浮かべている。まあ、いつものことだ。
いろいろ実験することはできなかったけど、気持ちよく眠れたのでよしとしよう。ダンジョンはまた来ればいいし。
スーツとマスクを脱ぎ、小さく収納して懐にしまう。
「それにしても、回復効率のデータは取れたかな。体の調子は……うん、いい感じだね」
「さすがです」
僕たちは上級コースを逆戻りし始めた。行きと同じように魔獣の気配を避けながら進む。
やがて入り口が見えてきた。他のコースとの分かれ道。ここから初心者コースに戻ればいい。
「よし、誰にも見られてないうちに――」
初心者コースの入り口をくぐった先。
もう生徒たちは奥に進んでいるだろうから、誰もいないはず――。
「遅かったですわね」
――いた。
金色の髪を揺らしながら、腕を組み、こちらを睨みつけている。仁王立ちである。
「あ、えーと……」
「自由行動とはいえ、初心者コースの外に出てはいけないと先生はおっしゃっていたはずですわ。覚えていますわよね?」
「覚えていますごめんなさい」
入り口から入り直すところを見られたので言い訳のしようがない。
素直に認めると、シエルは大きなため息をついた。
「まったく……まさかとは思いますが、上級コースなどに立ち入ったりはしていませんわよね?」
シエルの目が鋭くなる。
上級コースに入ったのは見られていない――はず。でなければ、こんな聞き方はしない。
「まさか、そんな危ないことしないよ。ちょっと外の空気を吸ってただけ」
「どうせ居眠りしていたのでしょう」
「……」
「目が泳いでますわよ」
ジト目を僕たちに向けながらも、シエルの表情からはどこか安堵のようなものが見えた。
僕たちが迷子になったり魔獣に襲われたりしないか心配してくれていたのか。やっぱり優しい子なのだと思う。
「で、す、が」
そう思ったのもつかの間。シエルは鋭い目で僕を見た。
「うかうかしていると、ワタクシに追い抜かれてしまいますわよ」
「……え?」
意味を問い返す前に、シエルが動いた。
こちらに向けて、両手のひらを構える。
(攻撃――!?)
身構えた。だが、シエルの手から放たれた光は、僕の体の左右をかすめるように飛んでいった。
通路の壁に着弾し、轟音とともに石壁が砕ける。
「……っ!」
その威力に、僕は息を呑んだ。
僕は決闘のときのシエルを知っている。あのときの彼女は、光を纏った短剣による近接攻撃が主体。こうした遠距離攻撃はあくまで補助であり、威力も弱かった。
しかし今のは――まったく別物だ。
媒介もなしに、手のひらから直接、魔力を射出している。しかも凄まじい威力と精度。
僕の左右数十センチを正確にかすめて通過させるなんて、魔力をしっかりと制御していなければ出来ない。
そして何より、その攻撃は流れるように自然で、あの時感じたような違和感がまったくなかった。
シエルも息一つ切らしていない。あの威力でこの余裕――魔力効率が段違いだ。
「どうです? さすがのあなたもこれには――」
「すごい!」
「え……」
シエルが面食らったような顔をした。
どうやら、こちらがビビると思っていたらしい。その期待を裏切ってしまったようだ。
「いや本当にすごいよ! なんでいきなりそんなことが出来るようになったの?」
「……まったく、調子が狂いますわね。少しは怯えたらいかがですの」
シエルはこぶしを握り、一度大きく息を吐いた。そして、不承不承といった様子で口を開く。
「……ワタクシの魔力は、近接攻撃より、魔術攻撃の方が向いていたようですわ。ずっと剣にこだわっていましたけれど、本当の適性は別にあった」
それを聞いて、僕は合点がいった。
決闘のとき、シエルの剣に感じた違和感。あれはつまり、こういうことだったのか。
近接に向かない魔力の流れを、無理やり剣に乗せていた。だから効率が悪かった。
今のシエルにはそれがない。魔力が自然に外へ放たれている。本来の流れに沿った戦い方だ。
「なるほどね。何がきっかけで気づいたの?」
「秘密ですわ。ですが、あなたの言葉のおかげだけではありません」
シエルは即答した。
そしてふっと、普段の凜とした表情とはどこか違う――少し柔らかい笑みを浮かべた。
「強いて言うなら……愛の力、ですわね」
「……愛?」
僕は首を傾げた。
「あなたが決闘で言ってくれたこと、魔力効率の話――あれがヒントになったのは認めますわ。だから、感謝だけはしておきます」
「うん、それは良かった」
「ですが!」
シエルはびしっと僕に指を突きつけた。柔らかさは一瞬で消え、いつもの鋭い目が戻っている。
「ワタクシはもう、お姉様ばかりを追いかけることはしません。ワタクシなりの、ワタクシだけのやり方で、強くなって見せますわ!」
「……!」
その言葉には、強い決意がこもっていた。
しかしそれは、今までのような使命感や義務感に囚われた言葉ではなく、心の底から自然とあふれ出た言葉だと、僕は感じた。
「この力があれば、すぐにあなたを超えてみせますわ。覚悟なさいまし!」
「あはは、楽しみにしてるよ」
「笑い事ではありませんわよ! それでは!」
シエルはくるりと背を向けて、すたすたとダンジョンの奥へと去っていった。
金色の髪が揺れる後ろ姿は、心なしか軽やかに見えた。
「良い方向に変わったみたいだね。魔術も、心の在り方も」
シエルの後ろ姿を見送りながら、僕はつぶやいた。
そうして思い出すのは、さっきダンジョンを歩いていた時フィオナと話していたことだ。
シエルにはもっと合った戦い方があるんじゃないか。でも、僕が言っても聞く耳を持ってもらえないだろう。誰か他の人が言ってくれたらいいんだけど、と。
「くすっ」
すると隣で、フィオナが笑った。笑いを堪えるかのように手を口で押さえている。
「どうしたの?」
「いえ。愛の力、という表現がおかしかったもので」
「あー」
秘密、とも言っていたから、きっと僕たちには話せないことなのだろう。
もしかして、シエルには愛する人がいて、その人のおかげで気づけたとか?
あるいは、第一王女アウロラとの家族愛を表しているとか?
「アレン様が直接おっしゃっても聞く耳を持たなかったでしょうからね」
「うんうん。誰かのおかげはわからないけど、良かったね」
「アレン様とは別の誰か、ですね」
フィオナは噛みしめるようにそう言い、意味ありげに微笑んでいる。
「やっぱりアレン様はお優しいですね」
「何が?」
「シエル様は滑稽ですね」
「なんで?」
「私はますますアレン様への愛を深めてしまいました」
「どうして?」
「ふふ、とぼけるアレン様も可愛らしいです」
フィオナはそう言って、僕の肩により掛かった。
「……ちょっと歩けばクラスメイトもいるし、もうちょっと離れてもらわないと」
「嫌です。あと、アレン様が他の女の子に優しくしているのを見てちょっと嫉妬してます」
「今の会話で?」
シエルには気づきのきっかけを与えただけで、別に優しくしたってほどじゃないと思うけど。
そう思いつつも、僕は清々しい気分を感じながら、甘えるフィオナを受け入れた。