寝ている間に無自覚無双 ~怠惰に生きたい転生貴族、楽するために開発したオートスキルで知らないうちに国を救っていたようです~ 作:片沼ほとり
僕が前世の記憶を取り戻してから五年が経った。
迎えた十五歳の春。この世界では、この年齢は特別な意味を持つ。
国中の貴族の子供は皆、王都の魔術学園に通うことになっているのだ。
――僕が生まれたこの世界は、前世でいうところの近世ヨーロッパに近い。しかし大きく違うのは、魔力があり、魔術があり、魔物もいることだ。
王都などの整備されている中心地には魔物はいないが、田舎や国の外では魔物がうじゃうじゃいて、時には強力な魔物が街に下りてくることもある。
そんな時に民の安全を確保するのが領主の役目。すなわち貴族だ。
一般的に平民は魔力が少なく、戦闘向けの魔術を扱えない。
だから貴族は魔術師を雇い、あるいは自ら戦い、領地を魔物などの危機から守る。その対価として平民は貴族に納税するわけである。
そして重要なのが、魔力は遺伝するということ。
貴族は魔力量が多く、その血を濃く引き継ぐほど魔力量が多くなる。技術は後から磨けるけど、魔力量は遺伝が絶対。
魔力量が多いほど活躍の機会が増えるこの世界で、生まれの良さは大切というわけだ。
ちなみに僕は侯爵家の長男なので、国の中でもトップレベルの魔力を持っていることになる。
そして、そんな血統主義の世界だからこそ、家同士の繋がりを作るため、十五歳になった貴族は学生として王都へ集められる。
そんな学園への入学式を、僕は明日に控えていた。
「……すべては順調、だね」
自室で椅子に座り、明日の入学式の準備をしながら、僕はこの五年間を振り返っていた。
――怠惰に生きる。
あの日、僕はそう決めた。そして口だけではなく、行動に移した。
それまで、僕の一日のスケジュールはパンパンだった。
貴族としての勉強、魔力量増加の鍛錬、魔術の習得……。
どれもこれも、過去の僕が周りを喜ばせたくて「やります!」と言い続けてきたからだった。
だけど、僕は変わった。「嫌だ」と言うようになった。
勉強や鍛錬を最小限にし、何ならフィオナに押しつけ、自由時間にするよう要求したのだ。
他には、料理で嫌いなものが出てきたらフィオナに食べさせたりね。
最初は周りも困惑していた。僕が反抗するなんて初めてのことだったから。
だが、「アレン様がそう言うなら……」と従わざるを得なかった。
これも貴族の特権だろう。そうして僕は自由を手に入れたのだ。
……ただ、一つだけ誤算があったとすれば、ろくに娯楽がなかったことだろうか。
これが前世なら、漫画を読みまくるとか、ゲームしまくるとか、いくらでも娯楽があった。
しかしこの世界はそうした産業が未発達。家での自由時間には娯楽がない。漫画とかゲームとか、この世界に前世の文化を持ち込むことも検討した方がいいかもしれない。
さりとて外へ行こうとしても、貴族の長男という立場上、一人で自由に出かけることも難しい。
結局、一番自由で楽しいのは、クライネル家の書庫に収められた豊富な蔵書を読みあさることだった。魔術書をすべて読破した時は言い知れぬ達成感もあった。
まあ、これは些細な問題だ。大事なのは僕の評判。
貴族としての義務は最低限しかこなさず、後は使用人たちも追い払って、本を持って自分の部屋に引きこもる。僕はさながら子供ニートだ。
これで神童などという評判もなくなり、「遺伝で得た魔力にあぐらをかいて努力を放棄する怠け者」という悪いイメージがついただろう。
両親も、口では今でも僕に「期待している」と言っているが、内心では僕のことを諦めているはず。もちろん期待をかけられたとしても、応えるつもりはない。
そしてそれは、これからの学園生活でも同じ。
前世の学校生活を思い出す。勉強に打ち込んだり部活で活躍したりと、一般的に良いとされているような思い出は多いけれど、僕は自分の人生を生きていなかった。
もっとサボったり、自由に過ごしたり、とにかく好きなように生きる。
今度の人生では、そんな生活が待っていると思うとワクワクする。
僕は自分の人生を取り戻すのだ!
「アレン様、失礼します」
「うん?」
その時、僕の部屋をノックする音がした。フィオナだ。
「いよいよ明日は入学式ですね。心のご準備はいかがですか?」
「心機一転、新生活って感じでワクワクするね。住まいも変わったことだし」
部屋に入ってくるフィオナを背後に感じながら、僕は準備の手を止める。
――実は今いるここは、慣れ親しんだ実家ではない。通学のために引っ越したのだ。
明日から通う王立第一魔術学園には学生寮もあるけど、そこには入らなかった。寮は下級貴族のためのもので、上流貴族は入らないのが普通だ。
そこで僕は、クライネル家が所有する、王都の外れにある小さな家に移り住んだ……のだが。
問題が一つ。
「これから三年間、フィオナと二人暮らしかぁ……」
「私一人では力不足でしょうか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど」
むしろ逆である。
料理、掃除、その他家事、魔術。そして先を見据えた準備や気配り。フィオナは何を取っても優秀なメイドだ。怠惰な僕の世話すら一人ですべてこなせてしまうくらいには。
それはいいんだけど……椅子を回転させ、改めてメイド服姿のフィオナを見る。
――あどけなさがまだ少し残るものの、端正で美しい顔立ち。艶やかな銀髪と宝石のような瞳。
その薄い表情はかえって造形の良さを際立たせ、目を奪われてしまう。
五年前に予感した通りだ。あれから順調に成長したフィオナは、街を歩けば誰もが振り向くような美少女に育った。
ただ一つ、五年前と大きく違うところがあるとすれば――まだ十五歳とは思えない、そのくびれのはっきりとした豊満なスタイルか。
「ご安心を。アレン様の身の回りはすべてサポートしますので。必要とあれば夜のお相手も――」
「いいわけないでしょ」
「冗談ですよ」
そう言いながらフィオナは、僕が座る椅子――僕の股の間に腰を下ろした。
「私はこうしてアレン様に頭を撫でてもらえるだけで満足です」
「……撫でるなんて一言も言ってないし、それ以前に距離が近すぎるし、立ってもらえると――」
「嫌です」
「そっか」
フィオナは頑として動こうとしない。仕方ないので頭を撫でてあげる。
するとフィオナは猫のように喉を鳴らし、リラックスして背中を預けてきた。いつものことだ。
「私としては学園なんて行かず、こうしてアレン様を独り占めしていたいのですが」
「わがまま言わないの、学園でも一緒なんだし。でも学園ではこの距離感はダメだからね」
「わかっていますよ。アレン様とのあれこれは家でのみ、そう周りにも説明しておきます」
「積極的に誤解を生む言い回しもやめてね」
さらに、フィオナも明日から一緒に学園に通うことになっている。
そう。僕たちは同い年で、学園でも同じクラスなのである。
メイドだから仕方ないとはいえ、こんな可愛い、そして無防備な女の子と二人きりで同居、学校でも家でも一緒。「小さい頃から一緒に居るし大丈夫でしょ」という理屈だろうか。
そんなわけあるか! 僕に前世社会人の理性がなかったら危なかったぞ!
「……フィオナは良かったの? 一人じゃ負担も大きいだろうに」
「私から当主様にお願いしたことです。私はアレン様に一生を捧げると決めていますから」
「その言い回しも良くないけど……っていうかずっと言ってるでしょ。もう今の僕は、あの時の僕じゃないんだって」
「私こそずっと言っています。それでも構いません、と」
フィオナは迷いなくそう言い切る。
あれから僕は怠惰になったというのに、フィオナだけはずっとこの調子だ。
「僕は明日からも怠惰に生きる! なんと言われようとそれは変わらないからね!」
「もちろんでございます。不肖フィオナ、アレン様の怠惰を全力でサポートさせていただきます」
「うーん……まあいいんだけどさ、協力してくれるなら」
「そこでお尋ねしたいのですが。手始めに、この入学前課題は未消化のままにするおつもりで?」
「あー、それね」
フィオナは僕の机の端に積まれている本の山を指さした。
さすがは王都一の学園とあって、入学前から宿題が課されている。最低限これだけのことは自分で学んでから学園に足を踏み入れろ、ということらしい。
だが僕は、まだ課題に一切手をつけていなかった。
――前世では、夏休みの宿題はいつも計画的に終わらせていた。
だからこそ、こんな風にギリギリまで溜め込むこと自体が楽しくもあったんだけど……。
「一応やるつもりだよ。最悪サボっちゃってもいいや、っていう前提で」
「アレン様には考えがあるということですね」
含みを持った言い方をしてみたが、フィオナも深くは聞いてこず、一人納得している。サボったとしても止める気はないらしい。
そして、あれだけベタベタと甘えていたのに、フィオナはさっと立ち上がった。
「今夜は部屋には入らないようにいたしますね。それでは、おやすみなさいませ」
「うん、おやすみ」
こうしてフィオナは部屋を出て行った。
さっきの言葉から、僕がこれから何かをすることを察し、邪魔にならないようにと気を配ってくれたらしい。やっぱり優秀なメイドだ。
「……うーん、だけどこれでいいのか?」
部屋に取り残された僕は少し不安になる。
――フィオナは、幼い頃から僕に仕えるメイドだ。
元々は孤児院にいたが、かつて僕がお人好しだった頃にフィオナを助けたことがきっかけで、クライネル家に仕えることになった。
血筋がわからないので原因は不明だが、フィオナの魔力量がかなり多かったのも、孤児ながら雇用が認められた要因である。僕ほどではないけれど、フィオナもけっこう魔術が使えたりする。
それからフィオナは努力を重ね、メイドとしての技能を磨き――僕の専属メイドにまでなった。
そう、問題はここだ。僕が怠惰に振る舞い始めてからも、フィオナはずっとあんな調子なのだ。
忠誠は変わらず、なおもベタベタと甘えてくる始末。
あの甘えたがりは親を知らないからだと考えると、僕もつい許してしまっているけれど……僕の理性がいつまで持つか。
そもそも僕の予想では、怠惰になった僕に失望し、すぐに僕を見限るはずだったのだけど。
何をやっても全肯定されるので、本当に自分が怠惰でいられているのか時々不安になる。
――いや、大丈夫。僕は正しい道を歩んでいるはずだ。
「さてと、やりますか」
気を取り直して、僕は机に向かった。が、もちろん課題をやるためではない。
僕にとっての夜の楽しみ、魔術研究。
しかも今日は、構想数年、ずっと研究を続けてきた魔術をついに完成させ、実験する日だ。嫌でも胸が高鳴る。
……怠惰と言いつつ、なんで真面目に魔術研究なんて頑張ってるのかって? むしろ勤勉じゃないかって?
いいや、断じてそれは違う。これも怠惰の一環なのだ!
「楽しいんだよねぇ、魔術」
そう、僕は魔術研究を心から楽しんでいた。
――思い返してみれば、前世でもそうだった。
学校の勉強、部活でのスポーツ、社会人としての仕事。一つ一つを考えてみれば、どれも楽しかったのだ。
知らないことを知っていく、出来ないことが出来るようになっていく。この過程には、何事にも代えがたい楽しさがある。
しかし問題は、それらに付随する義務や期待だった。
勉強なら成績を求められる。部活なら大会での活躍を。社会人としての仕事なら、成果を。
そうした目標設定が、勉強やスポーツの純粋な楽しさを蝕み、辛いものにしてしまうのだ。
それを受け入れていくのが、大人になるということなのかもしれない。実際、前世の僕は大人だったのだろう。
だが、生まれ変わったからには、そうはしない。僕は楽しさだけを追求すると決めたのだ。
そして間違いなく、魔術は楽しい。
前世にはまったくなかった仕組みを好奇心のままに学ぶこと。魔術という形で出来ることが増えていくこと。そのすべてが楽しかった。
生まれ持った魔力が多いとか、魔術書が家に充実しているとか、そういう要因も大きい。こればかりはクライネル家の血筋に感謝だ。
しかしこれが勉強になると、きっとまた辛くなってしまう。
出世するためとか、良い仕事に就くためとか、そういう風になってはいけない。
だから僕は、家庭教師からの勉強を拒否し、独学で学ぶことにしたのだ。
おかげで今も楽しく魔術を探究できているし、これからもそうするつもりである。
「だから、いろいろとバレないようにしないとね」
僕はベッドの下から、黒い全身ボディスーツと、顔全体を覆うマスクを取り出した。
しかし、ただのボディスーツとマスクではない。僕が作り上げた特製品だ。
――まずはボディスーツ。
一見してただの黒いスーツだが、僕が開発した特別な素材を使っている。シチュエーションに応じて適した形に変わってくれる優れものである。
固体や気体としてこの世界に存在する魔力を、特殊な加工によってゲル化。そこに魔術を組み込むことで、擬似的な生命のように、状況によって形や色、性質が変化するようにしたのだ。
これを着て炎に飛び込めば耐熱スーツになり、冷や水を浴びたときには防寒スーツになる。そして寝るときに着れば、着心地最高のパジャマにもなる。
どんな時も僕の体にとって快適な状態を保ってくれる優れものだ。
ちなみにこの素材は、少なくともクライネル領ではまだ発見されていなかった。王都なら売っているだろうか。
――そしてマスク。
顔全体を覆うこの黒いマスクは、睡眠に特化した安眠マスクだ。
体に入る空気の温度や酸素濃度を整え、さらには吸収しやすい形に空気中の魔力を加工することで、睡眠中の回復を助けてくれるのである。
ちなみに同じような仕掛けはベッドにも施してあり、これらさえあれば、一時間ほどの睡眠でもフルパワーで活動可能だ。
とはいえ、あまり寝られなかった前世の反動なのか睡眠が好きなので、無理して活動する気はないけれど。
そういうわけで、どちらも主に寝るときに着用するアイテム。僕はこれらを装着する。
魔術を使うだけではなく、魔力を活かしたアイテムを開発できるのも、この世界の楽しみだ。
「で、肝心なのは新魔術の実験だよね」
寝る準備をしたのは、今日完成させる魔術が睡眠に関するものだからだ。
その名も――オートスキル。
名前の通り、寝ている間の行動を自動化する魔術だ。
何を自動化するかと言えば、起きている時にやるのは億劫な、あらゆる面倒事である。
「精神魔術、構造解析……ここまで長かった」
ノートを開き、魔術の最終チェックをしながら、僕は今までを振り返る。
――人体には魔力があり、精神も魔力と繋がっているため、魔術によって精神に干渉できる。
というのは理論上だけの話で、実際には極めて高度。先例がなく、研究には何年もかかった。
そしてついに、睡眠中の意識を失った自分、という限られた条件ながら、活路を見出したのだ。
僕は無意識に働きかけるための魔術を体内の魔力に書き込む。
――自身の睡眠をトリガーに、眠りながらでも出来るような、やった方がいいことをすべて自動で行え――
うん、これでよし。曖昧な命令文だけど、まずは試運転だ。
難しいことはできないだろうけど、簡単なことは寝ながら自動処理してくれるはず。
これで、さしあたっての面倒事――簡単だけど時間がかかる課題を終わらせられるはずである。
「目が覚めたときには、課題が終わっていますように」
そう願いながら僕はベッドに入り、眠りについた。
――まさかこのオートスキルが、僕の想定を遥かに超えた働きをするとは知らずに。