寝ている間に無自覚無双 ~怠惰に生きたい転生貴族、楽するために開発したオートスキルで知らないうちに国を救っていたようです~   作:片沼ほとり

21 / 22
第21話:審判の蒼玉

 ――まずい。

 

 それが、アウロラ・アークライトを前にした僕の最初の感想だった。

 ダンジョン見学のデモンストレーションで五体の災害級魔獣を瞬殺した、あの第一王女。王立騎士団の席次持ち。つまり、この国における武力の頂点に近い人物。

 そんな人がなぜ学園にいるのか。そしてなぜ今、僕の目の前に立っているのか。

 

 頭の中で、高速シミュレーションが始まる。

 

(授業をサボってることがクライネル家に報告される? いや、それくらいなら最悪耐えられる)

(あるいは、上級コースに勝手に入ったことが? ……いや、あれはバレてないはず)

(決闘でシエルに勝った実力を買われて、騎士団への勧誘? それは絶対にまずい)

 

 どのパターンでも、ろくな結末が想像できない。

 王国の中枢にいるような人物とは距離を置く。それが怠惰を貫くための鉄則だ。

 関わったが最後、期待をかけられ、責任を負わされ、出世ルートに引きずり込まれる。前世で散々学んだ教訓である。

 

 だから僕は、当たり障りのない挨拶だけを返すことにした。

 

「ダンジョン見学ではお世話になりました。あの時のデモンストレーション、すごかったです」

 

 笑顔は崩さず、声のトーンも穏やかに。

 そしてさりげなく、一歩退く。そして背中を向けた。

 

「それでは僕たちはこれで――」

「そう急がなくても」

 

 目の前にアウロラが現れ、退路を断たれた。

 さっき背を向けたはずなのに、光の速さで回り込まれたらしい。

 

 ――アウロラの声は穏やかだ。笑みすら浮かべている。

 なのに、足がぴたりと止まってしまう。

 

 怒っているわけでも威圧しているわけでもない。ただ、「逃がさないよ」という意志だけが、静かに、だが絶対的にそこにあった。

 王族の「お願い」が実質命令であるということを、僕は身をもって理解する。

 

「少し時間をもらえるかな。話したいことがあるんだ」

「……はい」

 

 何を話したいんだろう。嫌な予感しかしないが、断れない。断れる理由が見つからない。

 

 一方のシエルはというと、僕たちから少し離れたところで腕を組んで立っている。

 

「お姉様からも逃げようとする胆力、相変わらずで尊敬しますわ」

「それはどうも」

「皮肉ですわよ」

「ははは。近くに空き教室があるから、そこでいいかな。フィオナさんも一緒にどうぞ」

 

 アウロラはそう言って先に歩き出した。僕とフィオナ、そしてシエルがその後に続く。

 夕暮れの廊下を歩きながら、僕は心の中で静かに嘆いた。

 

(第一王女に捕まるなんて、怠惰な人生最大のピンチかもしれない)

 

 

  *

 

 

 空き教室に入ると、アウロラが窓際の椅子に腰を下ろした。

 対面に僕とフィオナが並んで座り、シエルは姉の隣に座る。

 夕日が教室の床を橙色に染めている。放課後の空き教室なんて前世でもドラマチックなシチュエーションだったけど、目の前にいるのが第一王女では緊張しかない。

 

「改めて、アレン・クライネル君だね。話すのは初めてかな」

「はい。光栄です」

 

 それだけ言って黙る。余計なことは話さない。ボロが出る前に切り上げてもらうのが理想だ。

 だがアウロラは急かす様子もなく、穏やかに口を開いた。

 

「クライネル家には昔から世話になっている。騎士団にもクライネル系の魔術師が代々名を連ねているし、王政の要職にも欠かせない一族だ」

「……はぁ、そうみたいですね」

 

 家の話だ。僕個人の話じゃない。それならまだ大丈夫。

 

「先日、君の父上にお会いしたよ。息子が入学したと、嬉しそうだった」

「父が?」

「ああ。自慢の息子だ、将来が楽しみだとおっしゃっていたよ」

 

 何でだろう。僕が怠惰なことはわかってるはずなんだけど。

 まあ、第一王女の手前、見栄を張らざるを得なかったのかもしれない。

 

「私としても、次世代のクライネル家を担う君には大いに期待しているよ」

 

 ……で、問題はここだ。

 ついに来た。期待という呪いの言葉が。

 ここで「期待に応えられるよう頑張ります!」などと言えば、もう引き返せなくなる。前世の僕がそうだったように。

 だけど今の僕は違う。前世のような失敗はもうしないのだ!

 

「いやぁ、僕なんか全然ですから。卒業したら田舎に戻って、のんびり過ごすつもりです」

「……田舎に?」

「ええ。領地は弟に任せて、僕は静かに暮らしたいなと。庭で本でも読んで、たまに散歩して」

「……ふふ」

 

 アウロラが笑った。呆れたのか面白がっているのか、判断がつかない。

 

「そこまで堂々と言い切る貴族は初めて見たよ。いや、嫌いじゃない」

 

 嫌いになってほしい。好意的であればあるほど関わりが深くなりそうで怖い。

 横を見ると、シエルがジト目で僕を見ていた。アウロラの前なので声は出さないが、目が「この男は……」と雄弁に語っている。

 この場に長くいればいるほど、良くないことが起こりそうだ。

 

「それで……僕に何かお話があるのでしょうか?」

「ああ、すまないね。もう少しだけ君のことを聞かせてくれ」

 

 そう言いながら、アウロラは懐に手を入れた。

 取り出したのは――小さな青い宝石だ。

 

 手のひらに収まる程度の大きさ。深い青色の中に、微かな光が揺らめいている。

 アウロラはそれを、机の上にことりと置いた。

 ……何というか、独特な魔力の流れを感じる。ただの石ではなさそうだ。

 

 しかし、アウロラは宝石について何も説明せず、僕に問いかけた。

 

「質問だ。この学園に来てまだ数日ではあるが……授業は真面目に受けているかい?」

「え、はい。もちろんです」

 

 反射的に答えた。

 その瞬間、机の上の宝石が、青く光った。

 

「……え?」

 

 僕が困惑する間に、アウロラが口を開く。

 

「あの、この宝石は何なんですか?」

「このアーティファクトは特別製でね。持ち主の前で嘘をついた者がいると、青く光るんだ」

「…………」

 

 数秒の沈黙。

 アーティファクトの仕組みについてはかなり興味がある。高度な精神魔術が組み込まれているのは間違いなく、リリアナとの議論が捗りそうだ。

 だけど今、もっと差し迫った問題がある。

 

 ――僕のサボりが、完全にバレた。

 しかも第一王女の目の前で。国宝級っぽいアーティファクトによって。公式に。

 

「えーっと、僕は授業をちゃんと聞いているので、壊れてるんじゃ――」

「入学式の挨拶はちゃんと聞いていたかい?」

「……聞いていました」

 

 蒼玉が光った。

 間違いなく、しっかり機能しているようだ。

 

「やっぱり眠っていたんですわね」

「……何の時間なんですかこれ?」

「ふふ。面白いアーティファクトだろう? まだ機構の全容は解明されていないんだが、その効果は間違いない。非常に有用なものだ」

 

 アウロラは意外と楽しそうだ。僕を叱るわけでもなく、完全に僕で遊んでいる。

 ひとまず、僕に逃げ場がないことは確かだった。

 

「しかし、嘘ばかりでは効果を証明できないね。何か本当の答えを言って欲しいところだが――」

「それでは私から一つよろしいですか?」

 

 アウロラの言葉を遮って、フィオナが手を挙げた。

 

「どうぞ?」

「ではアレン様にお尋ねしますね。アレン様は――私のことを大切に想っていますか?」

「……っ」

 

 そう言ってフィオナは僕の目を覗き込んだ。

 存外、真剣な声色。僕も思わず背筋が伸びる。

 

「もちろん、大切に想ってるよ」

 

 僕は嘘偽りない心で答えた。

 蒼玉は――光らない。フィオナが頬を緩める。

 

「これ、ちょっと恥ずかしいんだけど」

「でしたらアレン様も私に同じ質問をしてください」

「えっと……フィオナは僕のことを大切に想ってる?」

「はい、愛しています」

「ちょっと表現が大きくなったような」

 

 なんて言いつつも、蒼玉は光らない。

 

「つまり、私たちは相思相愛ということですね」

 

 そう言いながら、僕の腕にそっと寄りかかってくる。

 アウロラとシエルが見ている前で。

 

「い、今はちょっと場をわきまえて……」

「私は事実を述べただけですよ」

「ちょっとあなたたち! お姉様の前ですわよ! 真面目にやりなさいまし!」

「はっはっは。仲がいいね、微笑ましいじゃないか」

 

 火花をピリピリ散らすシエル、大らかに笑うアウロラ。これが姉と妹での器の違いか。

 

「あの、これって本当に何の時間なんですか?」

「いやあすまない。私も楽しくなってしまった。そろそろ本題に入ろう」

 

 アウロラがそう言うと――その笑みが、静かに消えた。

 雰囲気が変わる。それが僕たちにも伝わる。

 

 

「本題というのは――黒仮面という男についてだ」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。