寝ている間に無自覚無双 ~怠惰に生きたい転生貴族、楽するために開発したオートスキルで知らないうちに国を救っていたようです~ 作:片沼ほとり
「……黒仮面?」
聞き覚えのない言葉だった。
黒い、仮面。字面のままなら、黒い仮面をつけた人物のことだろうか。
僕が首を傾げていると、アウロラが続けた。
「実はシエルが過去に二度、正体不明の人物に命を救われているんだ。その人物は黒い服と仮面で素顔を隠し、名乗ることなく消えた。騎士団では『黒仮面』と呼んでいる」
「へぇ……そんなことが」
初めて聞く話だ。
シエルが命を救われた、しかも二度も。
「一度目は入学前夜だ。郊外の森に災害級の魔獣が現れた際、シエルが単独で戦っていたところに現れ、魔獣を素手で倒し、名乗ることなく去って行った」
「素手で災害級を? それはすごいですね」
「二度目は先日のダンジョン見学の日だ。ダンジョンでシエルが魔獣に囲まれた際、再びその人物が現れた。シエルを助け、そしてまたも姿を消した」
「へぇ」
僕とフィオナが上級コースでサボっている間にそんなことが。
なんでダンジョン見学でシエルが魔獣に囲まれたんだろう、と少し思ったけれど、ツッコむと僕たちがサボっていたことがバレそうなので黙っておく。
「言うまでもなくシエルは第二王女であり、王族の一員だ。正体不明の実力者がシエルに繰り返し接触している状況を見過ごすわけにはいかない」
「それで、その黒仮面を探しているわけですね」
「ああ。手がかりは少ないが、その人物はダンジョン見学の際にも現れている。つまり、あの場にいた人間、生徒や教員も候補に入る」
アウロラの目が、真っ直ぐに僕を捉えた。
「そして――シエルに決闘で勝てるほどの実力を持つ君も、当然候補の一人だ」
「……え?」
「ありえませんわ!」
大きな声とともに、椅子がガタッと音を立てる。
ピリピリと火花を散らしながら立ち上がったのはシエルだ。
「お姉様! この怠け者に限ってそれはありえません!」
「落ち着きなさい、シエル。あくまで可能性の話をしているだけだ」
「ですがお姉様、この男ですわよ!? 授業中に堂々と居眠りし、入学式の挨拶すら聞いていない怠惰の権化ですわよ!?」
ちょっと言いすぎじゃないだろうか。まあ否定はしないけど。
シエルの熱弁は止まらない。
「危険を顧みずにワタクシを助け、それを驕ることもしない崇高な人物。それが黒仮面様なのですから!」
「……黒仮面様?」
シエルの「黒仮面様」という様付けの呼称。
そしてシエルの頬にうっすらと見える赤み。
……なるほど、見えてきた。
「シエル、落ち着きなさい」
「……失礼しましたわ」
「あと、『様』をつけて呼ぶのは私だけにしなさい」
「はい?」
「いつもシエルは私をお姉様と呼ぶだろう?」
「……? わかりましたわ、お姉様」
「よろしい」
シエルが椅子に座ると、改めてアウロラは僕に向き合った。
「アレン様……」
フィオナは不安そうに僕を見ている。まるで僕が容疑者にされたように感じているのだろうか。
だけど何の問題もない。
なぜなら僕は、黒仮面とは何の関係もないからね。
「シエルの言うとおりですよ。僕は怠惰なだけです」
「それは、このアーティファクトがあればわかることだ。単刀直入に聞こう」
アウロラが蒼玉に視線を落とし、それからまっすぐに僕を見た。
「君は――黒仮面かい?」
「違います」
静寂が教室を満たした。
蒼玉は――反応しない。当然である。
「ほら見なさいまし!」
最初に声を上げたのはシエルだった。
腕を組み、胸を張り、完全に勝ち誇った顔をしている。
シエルの中では、「黒仮面様」は崇高で気高い存在。怠惰の権化たる僕とは対極にいる人物。
その認識が蒼玉によって裏付けられたことで、完全に溜飲が下がったらしい。
「あの方はこんな怠け者なんかではありませんわ!」
「……ふむ、そのようだね」
アウロラが蒼玉を見つめている。まだ疑っているような表情だ。
だけど、先ほどの僕の犠牲を伴った動作確認で、蒼玉が正常に機能することは確認済みだ。
嘘には光り、真実には光らなかった。この結果を覆す根拠はない。
「話は以上だ」
アウロラはそう言って蒼玉を懐にしまい、立ち上がった。僕たちも続く。
「君は黒仮面ではなかったようだ。時間をもらってしまって悪かったね」
「いえいえ。でも、序盤のサボリのくだりは要らなかった気が」
「ははは。私としても、クライネル家の子息のことは把握しておきたくてね」
「卒業後は隠居するので、僕のことは今忘れてください」
「君のことは気に入ったよ」
困った。将来面倒なことにならなければいいんだけど。
そんなアウロラからの興味を避けるようにして、僕はシエルに話しかけた。
「あの、シエル」
「何ですの」
「前言ってた『愛の力』って……もしかして、黒仮面のこと?」
「……」
シエルがぴたりと固まった。
いや、もう答え合わせは終わっているようなものだ。
ダンジョン見学の日、シエルが新しい戦い方に目覚めたと報告してくれた時、彼女は言った。「愛の力」だと。「あなたの言葉のおかげだけではない」とも。
そしてちょうどその時、シエルは黒仮面に命を助けられていたのだ。
「愛の、力?」
「え、まさか覚えてないの? ダンジョン見学のときそう言ってたじゃん。愛の力がきっかけで新しい戦い方に目覚めたって」
「そ、それは言葉の綾というか! 確かに黒仮面様がワタクシの才能を見出してくれたのは事実ですけれど!」
「そっかそっか。間違いなく愛の力だね」
「なっ……」
シエルの顔が見る見るうちに赤くなっていく。
「黒仮面、見つかるといいね」
「……っ! もうこの話はおしまいですわ!」
シエルは真っ赤な顔でそっぽを向いた。
あの真面目で、プライドが高くて、強くあろうとするシエルに、心を開ける相手が出来た。
きっと良い方向に進んでいる、そう思った。
「……シエル、行こうか。まだ候補が一人減っただけだ。一刻も早く黒仮面を見つけないと」
なぜかアウロラは、氷点下の表情を浮かべているけれど。
「さて、それでは私たちはこれで失礼しよう。協力に感謝するよ、アレン君」
「いえ、お役に立てたなら」
「今日のところは見逃しますが、サボりは別問題ですわよ! 蒼玉が証明しましたからね!」
「……はい」
そうして、シエルとアウロラは去って行った。別の黒仮面候補に会いに行くのだろう。
「さて、僕たちも帰ろうか」
「はい、アレン様」
*
校舎を出て、夕暮れの帰路を二人で歩く。
疲れた。王族の尋問というのは、怠惰な人間にとってなかなかの精神的重労働だ。
「さすがはアレン様ですね」
不意にフィオナが言った。
「え? 何が?」
「あのようなアーティファクトがありながら、完璧な対応でした。出世欲のない怠惰な貴族という、王女に対して取るべき態度を崩しませんでしたから」
言われてみれば上手くやったのかもしれない。
残念ながら気に入られてしまったらしいけれど。
「そして何より――隠すべきことを隠し通しました」
「……別に隠すようなことなんて何もないけど?」
「ふふっ、そういうことにしましょう」
フィオナは意味ありげに微笑む。何の含みだろう。
「それにしても、あのアーティファクトは面白かったな」
「面白い、ですか」
「うん。嘘をつくと光るってことは、たぶん嘘をついてる本人の精神状態を検知してるんだよね。自分は嘘をついてるっていう自覚が、魔力の流れに微妙な変化を生んで、それをアーティファクトが拾ってるんじゃないかな。極めて高度な精神魔術だよ」
あくまで推測だけど、そう考えれば筋が通る。
自覚のある嘘に反応する。逆に言えば、本人が心の底から本当だと思って言ったことには反応しない。まさにリリアナと議論したことと繋がりそう、なんて思ったり。
「……アレン様はあの場で、アーティファクトの仕組みを解明なさったのですよね」
「いやいや、単に推測してるだけだよ」
「だからこそ、黒仮面ではないと答えつつも蒼玉に反応させなかった。アーティファクトすら欺く力、さすがはアレン様……はっ!」
何やらぶつぶつとつぶやいた後、フィオナは目を見開いた。
「私のことを大切に想っている、というのは真実ですよね?」
「……本心に決まってるでしょ」
「それならばいいのです」
アーティファクトにバラされたのはちょっと気恥ずかしい。
だけどフィオナも僕を敬愛してくれているらしいし、おあいこってことで。
「それにしても、今日は何度も邪魔が入りました。これはお詫びも高くつきますね」
「邪魔が入ったのは僕のせいじゃないんだけどなぁ」
「ですが、おかげで私たちが相思相愛であることを再確認できたので許しましょう」
フィオナは僕の腕に絡みつく。学校の外ならまあいいか。
それにしても、お詫び、お詫び……。
「あっそうだ! ちょうどいいものがあった」
「……というと?」
「帰ったらフィオナにプレゼントを渡すよ」
フィオナの足が止まった。夕暮れの中、大きな瞳がぱちぱちと瞬く。
「……プレゼント、ですか。アレン様から?」
「うん。前から用意は進めてたんだけど、ちょうどいい機会かなって。三時間のお詫びも兼ねて」
「…………」
フィオナが口元に手を当てた。表情が読めない。
いつものからかうような態度でもなく、拗ねた様子でもなく、ただ静かに僕の顔を見つめている。
「何? 変なこと言った?」
「いいえ。何でもありません。……ただ、一刻も早く帰りましょう。今すぐに」
「プレゼントは逃げないよ」
フィオナは僕の腕を取って早足に歩き出した。