寝ている間に無自覚無双 ~怠惰に生きたい転生貴族、楽するために開発したオートスキルで知らないうちに国を救っていたようです~   作:片沼ほとり

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第23話:アレンからのプレゼント

「ちょっと待ってて。取ってくるから」

 

 家に着き、リビングに入ると、アレンはそう言って自室に向かった。

 

 残されたフィオナは、ソファに座ることもできず、その場に立ったまま両手を握っていた。

 いつもならお茶の一つでも用意するところだが、どうにもそんな気になれない。

 アレンからの贈り物。それだけで、こんなにも落ち着かなくなってしまう自分が恥ずかしい。

 

 やがてアレンが戻ってきた。手には布で包まれた、少し大きめの箱を抱えている。

 

「はい、これ」

 

 テーブルの上に箱が置かれる。

 フィオナは一度深呼吸をしてから、丁寧に布を外し、蓋を開けた。

 

「――白い、ボディスーツと……マスク?」

 

 箱の中には、美しい白のボディスーツと、同じく白い安眠マスクが収められていた。

 触れてみると、指先に馴染むような柔らかさがあり、微かに魔力の脈動を感じる。

 

 これは、アレンが身に着けていたものと同じ――。

 

「アレン様、これは……」

「うん。僕が着てるのと同じ仕組みのやつ。フィオナ用に作ってみたんだ」

 

 アレンは得意げに、あくまで軽い調子で説明を始めた。

 

「魔力をゲル化して加工した特製素材。着る人の意思に応じて、形も色も性質も変わる。寒ければ防寒になるし、暑ければ通気性が上がる。寝るときに着れば最高のパジャマになるよ」

「自由自在に……そんな機能があったのですね」

「うん。一応、何かあったときのためにね」

 

 そもそもそんな素材、フィオナは聞いたことがない。アレンの発明力に感服するばかりだ。

 

 しかもそれは、何かあったときのため。学園でも、その他の場所でも、いつでも黒仮面として活動できるようにするため。

 いつでも戦えるように、アレンはずっと準備をしていたのだと、フィオナは理解した。

 

「それからこっちのマスクは安眠用。空気の温度や酸素濃度を整えて、魔力の吸収効率を上げてくれる。寝るときに着ければ、短い睡眠でもしっかり回復できるよ」

「なるほど、顔を隠すためだけではなかったのですね」

「別に隠す必要はないと思うけど……あ、もちろん両方ともフィオナに合わせて作ってるよ」

「私に、ですか?」

「うん。僕とフィオナじゃ体型も違うし、あと色も白の方がフィオナに合うかなって。せっかく良いものが作れたから、フィオナにも気持ちよく使ってほしくてさ」

 

 何でもないことのように言うアレン。フィオナは唇を引き結んだ。

 アレンが自分のために色を選び、一から作ってくれた。その事実がじわりと胸に広がっていく。

 

「ペアルック、ですね」

「え?」

「アレン様が黒で、私が白。お揃いです」

「まあ確かに。そうとも言えるね」

 

 特に意識していなかったのか、アレンは苦笑いする。

 こういうところは他の女の子には見せないでほしい、とは言えないけれど。

 

「使い方は直感でわかると思う。スーツに魔力を流せば、自分が思い描いた形に変わってくれるから。フィオナならきっとうまく扱えるよ」

 

 箱の中の白いスーツを、両手で持ち上げる。

 柔らかくて、温かい。アレンの魔力が染み込んでいるようだった。

 

「大切にします。アレン様の信頼に応えてみせます」

「大げさだなあ。気に入ってくれたならよかったよ」

 

 アレンは屈託なく笑った。

 

 フィオナは白いスーツを胸に抱き、静かに頭を下げた。

 

 

  *

 

 

 クライネル家、その浴室にて。

 

 フィオナが湯船に体を沈める。一日の疲れがゆっくりと溶けていくようだった。

 この家の浴室は、王都の外れにある小さな家にしては広い。クライネル家の所有する別邸というだけのことはある。

 

 フィオナは肩まで湯に浸かり、長い銀髪を湯の外に流した。

 湯気の向こうに、脱衣所に置いてきた白いスーツがぼんやりと見える。

 

(アレン様からの、プレゼント……)

 

 湯の中で、思わず自分の頬に手を当てる。

 

 今日は色々なことがあった。

 三時間放置されたりもしたが、その後のことを思えばすべて許せる。

 あのアーティファクトで証明された。アレンはフィオナのことを大切に想っている、と。

 

 相思相愛だと、フィオナはその場で冗談めかして言った。

 

(……冗談、では決してないのですが)

 

 少なくとも、フィオナの方は。

 

 湯の中で膝を抱え、顔の半分を水面に沈める。

 ぶくぶくと泡が立つ。子供っぽい仕草だと自覚しているが、誰も見ていないのだから構わない。

 

 そして帰った後には、プレゼントをくれた。

 自分のために色を選び、一から作ってくれた。お揃いの装備。ペアルック。

 これはもう、付き人という立場を通り越して……なんて考えてしまうのも仕方がないと思う。

 

 だが。

 

(それは、許されないことです)

 

 フィオナは水面から顔を上げ、天井を見た。

 湯気が渦を巻いている。その向こうには何も見えない。

 

 ――主人と従者。その関係は、クライネル家に仕える者として守るべき一線である。

 

 もちろんアレンはそんな身分の壁を気にしない人だ。今日だって、平民出身のリリアナに対して「身分なんて関係ない」と言い切っていた。

 だが、アレンが気にしないからといって、世界がそれを許すわけではない。

 

 クライネル侯爵家の長男。四大貴族の跡取り。

 いずれアレンは、家にふさわしい相手を妻として迎えることになる。もちろん一人ではなく、複数。それは家の繁栄のためだ。

 

 この世界では魔力は血に宿る。強い魔力を持つ家系同士が結ばれれば、子は両親の力を受け継ぐ。

 逆に言えば、血筋のはっきりしない相手との婚姻は、家にとって大きなリスクとなる。

 

 ――フィオナの魔力は高い。だが、血筋はわからない。

 

 孤児院に捨てられていた赤子。貴族の隠し子なのか、平民の突然変異なのか、それすら不明だ。

 家柄不明の孤児をクライネル家に迎え入れることなどありえない。それがこの世界の道理。

 

(わかっています。ずっと前から)

 

 フィオナは湯の中で、自分の手を見つめた。

 この手でアレンに触れることはできる。頭を撫でてもらうことも、腕に絡みつくことも許されている。

 

 だけど、それ以上は――。

 

(……それでも)

 

 脱衣所に目を向ける。白いスーツが、湯気の向こうでぼんやりと光っている。

 アレンが、自分のために作ってくれたもの。

 今日この瞬間を、この喜びを噛みしめる権利くらいはあるはずだ。

 

 フィオナは湯船の中で膝を抱え直し、小さく笑った。

 

(贅沢な悩みですね。世界で一番幸せな付き人です、きっと)

 

 だから、このプレゼントは純粋な好意として受け取ろう。

 それ以上の意味を読み取るのは、身の程知らずというものだ。

 

 ――そう結論づけかけた、その時だった。

 

(……待ってください)

 

 ふと、思考が引っかかった。

 白いスーツ。白いマスク。

 アレンのものと同じ仕組みの装備を、わざわざフィオナにも用意した。

 

(それは本当に、ただのプレゼントでしょうか?)

 

 

 フィオナの優秀な頭脳が、新たな可能性を見出して回転し始めた。

 

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