寝ている間に無自覚無双 ~怠惰に生きたい転生貴族、楽するために開発したオートスキルで知らないうちに国を救っていたようです~ 作:片沼ほとり
夜。クライネル家の浴室で、フィオナの思考が回り始める。
アレンはフィオナに、ペアルックとなるボディスーツとマスクを用意していた。
それは本当に、ただのプレゼントだろうか?
(アレン様が身に着けているスーツとマスクは――ただの寝間着ではありません)
あの黒いスーツとマスクは、アレンが黒仮面として動くための装備だ。
身を守り、正体を隠し、身分に縛られず自由に力を振るうためのもの。
――では、なぜ同じものをフィオナに用意したのか。
(今まで、アレン様はお一人で準備をし、お一人で活動されてきました)
入学前夜、シエルを救った時も。ダンジョン見学でシエルを導いた時も。
きっと初めから、アレンはすべてを一人で背負うつもりだったのだろう。
しかし入学式の朝。フィオナがすべてを目撃し、アレンの秘密を受け入れた。
あの日から、フィオナはアレンの理解者になった。
そしてアレンは、その後もフィオナに秘密を打ち明け、協力を求めてきた。学園でのイメージ作りも、怠惰な振る舞いの裏にある真意も。
ならば、それをきっかけにスーツとマスクを用意し始めたのだとしたら……。
(私に――仲間になれと、おっしゃっているのですか)
心臓が跳ねた。さっきまでの切なさが、まったく別の感情に塗り替えられていく。
――恋人にはなれない。妻にもなれない。
だけど――黒仮面の仲間にはなれる。
もしかしたらこの先アレン一人では対処できないような事態が起こるかもしれない。
そんなとき、同じ装備を纏い、同じ秘密を背負う。
付き人と主人ではなく、対等な立場として。
(だけど、アレン様はそれを直接おっしゃらなかった)
言わなかった理由も、フィオナには理解できた。
直接「手伝ってくれ」と言えば、それは命令になる。
主人からの命令を、フィオナは絶対に断れない。アレンはそれをわかっている。
だからこそ装備だけを渡し、使い方は自由だと言った。
やるかやらないかは、フィオナ自身の意志に委ねてくれたのだ。
(……なんてお優しい方なのでしょう)
そう考えれば、今日、このタイミングだったことにも説明がつく。
アウロラ・アークライトが学園にやって来た。嘘を見抜くアーティファクトを携えて、黒仮面の正体を探しに。
アレンは見事に切り抜けた。だが、調査が終わったわけではない。アウロラはまだ他の候補を当たると言って去って行った。
(アレン様が自由に動ける状況では、もうないのです)
包囲網は狭まっている。今アレンが黒仮面として動けば、特定されるリスクが高い。
だからこそ――今は自分が動くべきだ。
アレンが再び活躍するための下準備を整える。情報を集め、お膳立てをする。
それが仲間としての、フィオナの役目。
(今日、この時から始めます)
フィオナは湯船から立ち上がった。
鏡に映る自分の顔は、いつもの薄い微笑みではなかった。決意を秘めた、強い目をしている。
体をタオルで綺麗に拭き、もらったばかりのスーツに、手を伸ばした。
*
「お、早速使いこなしてるね」
リビングでくつろいでいたアレンが、フィオナの姿を見て感心したように言った。
白いスーツは、フィオナの意のままだった。
魔力を流した瞬間から体に吸い付くように馴染み、思い描いた形へと変わっていく。アレンの言った通り、使い方は直感でわかった。
しかし、フィオナが選んだのは寝間着ではなかった。
白を基調とした、襟元の高い上着にロングスカート。動きやすさよりも見た目の品の良さを優先した、夜の街を歩くのにふさわしい装い。
マスクは首元にスカーフのように巻いている。必要な時にいつでも顔を覆えるように。
「でも、もっと動きやすい服にしなくていいの? せっかくなんだし、パジャマにするとか」
「アレン様の前では常に可愛い女の子でいたいですから」
「……そういうこと言うから困るんだよ」
アレンはため息をつきながらも、まんざらでもなさそうな顔をしている。
フィオナはくすりと笑った。この人の前では、いつだって自分を見せたい自分でいたい。
「それで、今からお出かけしてきます」
「今から? もう遅いけど大丈夫?」
アレンの声に心配の色が混じる。
その言葉を、フィオナは噛みしめた。
(大丈夫かと問うだけで、止めはしないのですね)
行くなとは言わない。どこへ行くのかも聞かない。
フィオナの判断を尊重してくれている。仲間として動くかどうかは、自分で決めてほしいと――そういうことなのだ。
「アレン様のご意志、しっかりと受け取りました」
フィオナは真っ直ぐにアレンの目を見て、静かに、だけど力強くそう言った。
「……意志?」
アレンが不思議そうに首を傾げている。
だが、フィオナはそれ以上は何も言わなかった。言葉にしてしまえば、アレンの優しさを台無しにしてしまう気がしたから。
「遅くなるかもしれません。先にお休みになっていてくださいね」
「うん、気をつけて」
玄関の扉を開け、夜の空気に身を晒す。振り返ると、アレンが小さく手を振っていた。
よくわからないという顔をしながらも、笑っている。それがアレンらしかった。
フィオナは微笑みを返し、扉を閉めた。
(さて――仲間としての最初の仕事です)
何をすべきか。アレンが活躍するにふさわしい舞台を見つけること。
考えるまでもなく、一つの話題が浮かんだ。
授業中、教室のあちこちで囁かれていた噂。
――子供の誘拐事件。
ここ数ヶ月で件数が増えている。被害者は魔力の高い家系の子供ばかり。しかし犯人は捕まっていないという。
そして不思議なことに、騎士団が表立って動いている気配がない。
騎士団が動けない、あるいは動かない事件。
つまり――正体を隠した誰かが、代わりに動くべき事件だ。
(アレン様に動いてもらうには、まだ情報が足りません)
だからこそ、自分が裏を取る。
確かな情報を集め、アレンが最小限のリスクで動けるようにお膳立てをする。
アレンの仲間として、フィオナは夜の街へと歩き出した。