寝ている間に無自覚無双 ~怠惰に生きたい転生貴族、楽するために開発したオートスキルで知らないうちに国を救っていたようです~ 作:片沼ほとり
第25話:彼氏ができたのかな?
入学から二週間が経ち、学園での過ごし方がだいぶわかってきた。
どの先生がテストの成績だけを見るタイプか。どの授業が出席を取るか。逆に、出なくても怒られないのはどれか。
つまり――どこでサボれて、どこでサボれないかの見極めが完成しつつある。
緩い先生の場合は、フィオナと一緒にサボることもある。
だけどイグニール先生の授業の時間は、相変わらず僕だけがサボるのがお決まりになっていた。
フィオナも「一緒にサボれるようになるまで頑張ります。待っていてください」と言っていた。
別に自由出席なんだからサボればいいのに、と思うけど、自分が決めた一定以上の理解度に達するまでは線引きするということだろう。真面目だなあ。
と、そんなわけで。
「実はこの前、面白いことがあったんだ。リリアナに話そうと思って」
「え、何?」
今日もまた、僕はリリアナのいる図書館に来ていた。
これで三度目。僕とリリアナの時間がぴったり重なるのがこの時間帯だけなので、会えるタイミングは限られていた。
「ついこの前、アウロラ様――第一王女に呼び出されたんだけどさ」
「え、アウロラ様に? 何で?」
リリアナが目を丸くした。まあそうなるよね。
「なんでも、黒仮面っていう人を探してるんだって。黒い仮面をつけた正体不明の人物で、第二王女のシエル、って実は僕と同じクラスなんだけど、その子に繰り返し接触してるらしい」
「……なにそれ、不審者?」
「かもね。だけどかなり強いらしくて、候補が限られるから、アウロラ様直々に聞き込みしてたみたい。それで僕も聞かれたんだよ。クライネル家の血筋のせいかな」
「それは大変だったね」
言われてみれば、僕は不審者の容疑をかけられたのか。
別にシエルなんていつでも話せるし、正体を隠す意味もないのにね。
「で、ここからは本題なんだけど。その時に面白いアーティファクトを見せてもらったんだ。手のひらに収まるくらいの青い宝石で、嘘を検知すると光るっていう」
「……嘘を見抜くアーティファクト?」
「そうそう。黒仮面か聞かれて、僕が違いますって言って、その時は反応しなかったんだよね。それで僕の容疑が晴れたんだけど」
僕はあの時のことを思い出しながら話す。
サボリがバレて、僕が黒仮面でないことが証明されたあの日だ。
「仕組みを考えてみたんだけど、人の精神状態を外部検知してるはずなんだよね。かなり高度な精神魔術だと思うし、議論の種になると思ったんだけど、リリアナはどう思う?」
リリアナならこの手の話に食いつくだろう、と思って振ってみた。
だけど、返ってきた反応は予想と少し違った。
「……それ、審判の蒼玉だ」
リリアナの声のトーンが変わっていた。
さっきまでの穏やかな口調から、ぐっと真剣味を帯びた声に。
「知ってるの?」
「うん。知ってるというか……」
リリアナは目を泳がせたが、「アレンくんならいいよね」とつぶやき、言葉を続ける。
「これは内緒の話ね。実は私、そのアーティファクトの解明を依頼されてるの」
「え、リリアナが?」
「王家から複数の研究者に解明が託されてるんだけど、私もその一人なんだ。最近ずっと精神魔術の本を読んでたのもそのため」
「すごいね。特待生にそういう依頼が来るんだ」
「まあ、そういう研究ができるから特待生に選ばれた、っていう方が正しいかも」
ちょっと誇らしげにそう言ってから、リリアナはグッと体を乗り出した。
「実はアーティファクトの実物は見せてもらえなかったんだよね! だからいろいろ聞かせて! 検知の対象は選べるの? 光るまでの時間は? 反応するのは言葉だけ? あとは――」
「ストップストップ」
キラキラした目で語り出すリリアナを僕は慌てて止めた。確認すべきことがある。
「国に依頼されてる研究なんでしょ? 勝手に僕にしゃべったらダメなんじゃない?」
「あ、確かに……」
リリアナが乗り出した身を引っ込める。冷静になったようだ。
「もしかしたら今までの議論もけっこうグレーかも? って考えると、許可を取るのが良いと思う。今すぐにでも議論したいけど、後からリリアナに迷惑をかけたくないし」
「……うん、そうしてみる。気遣ってくれてありがとう。アレンくんならむしろ、正式に研究者として加わってもらってもいいかもね。推薦しようか?」
「あ、名前を出すのはまずいかも。研究機関にも目をつけられたくないし。僕は自由に研究したいから」
「あはは、徹底してるね」
リリアナは苦笑いする。僕のスタンスを理解してくれているのもリリアナのいいところだ。
ともあれ、残念ながらこの話を今すぐするのは難しそうだ。
「じゃあ、いったんこの話は保留として……全然違う話を聞いてもらってもいい?」
ならば、と、僕は用意していた二つ目の話題を持ち出す。
「もちろん。どうしたの?」
「……実はちょっと、魔術とはまったく関係ない相談なんだけど」
リリアナはまた、目をぱちくりとさせた。
「魔術以外の相談なんて、私でいいの?」
「うん、実はこんなことを話せるのもリリアナしかいなくて」
「……そういうことだったら、頑張ってみる。それで、何があったの?」
魔術に向き合うのと同じくらい真剣な顔になったリリアナを見て、僕は話し始める。
「最近、フィオナが夜に一人で出かけるようになったんだ」
「フィオナさんが……夜に?」
「そう、毎晩。用事を聞いても『まだアレン様にお話しする時ではありません』って、はぐらかされるんだよね。それで、女性の意見を聞きたくて」
首を傾げているリリアナに、僕はズバリ聞いた。
「もしかして、フィオナに彼氏ができたのかな?」
「……え?」
リリアナの声が裏返った。
「だって、主人である僕にも秘密で、出かけるのが夜って、もうそういうことしか――」
「ちょ、ちょっと待って? そもそも前提なんだけど、アレンくんとフィオナさんは付き合ってたわけじゃないの?」
「え? なんで?」
「だって、前に挨拶した時だって私を見る目が完全に――はいいとして」
リリアナは途中で言葉を切り、咳払いをした。
「ちょっと会っただけでも、アレンくんにべったりに見えたけど。いつもはああじゃないの?」
「昔からずっとあんな感じなのが定着しちゃってるだけだよ。敬愛っていうのかな。僕のことは尊敬してくれてると思うけど」
「……そう、なのかなぁ?」
リリアナはまるで難解な魔術書を読んでいるかのように、額に手を当てて考えている。
「それに、最近はフィオナと離れる時間が増えてるんだよね。今みたいなイグニール先生の授業は別々だし、その間にフィオナの交友関係が広がってても不思議じゃない」
「……うーん、確かに」
「フィオナは可愛いから、言い寄る人がいてもおかしくないだろうし」
「……普段はともかく、アレンくんがいないタイミングならそうかも?」
「だよね」
二人して腕を組んで考え込む。乙女心は魔術よりも難しい。
少しの沈黙の後、リリアナは口を開いた。
「そういうことには私も疎いけど……聞いてる限りだと男の子……なのかも。何より、夜に出かけてて、その理由を言わないのが怪しいよね」
「やっぱりそうだよね。じゃあ口を出すのは野暮かなぁ」
「でも、アレンくんはいいの? フィオナさんに彼氏が出来ても」
「いくら主人だとしても、口出しはできないよ。フィオナの自由だから」
「……そう、なんだ」
リリアナが黙った。
僕の顔をじっと見ている。何かを確かめるような目だった。
「……じゃあ、もしかして私も、なんて」
「え? 何か言った?」
「あっ、いや、すみません平民の分際でおこがましいことを考えましたごめんなさい! あうっ」
リリアナが慌てて手をブンブンと振り、机にぶつけた。
どうしたんだろう。敬語に戻ってるし、目も泳いでるし。
「何の話? それに、貴族とか平民とかはいいって前にも言ったでしょ」
「あっ……うん、そうだよね。ごめん」
リリアナは深呼吸した。それから、少し落ち着いた声で言った。
「アレンくんがそう言ってくれるのは、すごく嬉しい。……でも私は、やっぱり堂々と肩を並べられるようになりたいなって思うの。アレンくんとも、他の生徒とも」
「肩を並べる?」
「うん。平民でも、魔力が少なくても、魔術研究で大きな成果を出せば、王族から下級貴族としての地位を与えられることがあるの。実はそれを目指してるんだ」
「へぇ……!」
夢を語るリリアナの目が、まっすぐに前を向いていた。
さっきの動揺が嘘みたいに、芯の通った声だ。
「うちは決して裕福な家じゃないけど、私が魔術に夢中になれる環境をずっと作ってくれたの。特待生になれたけど、もっと成果を出して、恩返しがしたい。そう思ってる」
「……そっか」
リリアナの話を聞いて、なんだか胸の奥がじんわりと温かくなった。
この子は、自分のためだけじゃなく、家族のために頑張っている。
平民で、魔力が突出しているわけでもなくて、貴族に絡まれることもあって。
それでもここで研究を続けているのは、そういう理由があったからだ。
「頑張って、リリアナ。応援してる」
「……ありがとう、アレンくん」
リリアナは少し照れたように笑った。
「こちらこそ、相談に乗ってくれてありがとう。フィオナの件」
「え、私なにも役に立ってないよ?」
「聞いてもらえただけで楽になったよ」
「……そういうもの?」
「そういうもの」
リリアナは不思議そうに首を傾げていた。
*
「それでは、行って参ります」
「うん、気をつけて」
今夜も玄関でフィオナを見送る。
白いボディスーツを仕立て直した外出着。色や形を毎日変えているあたり、凝り性というか、それが女の子というところか。
フィオナが扉に手をかけた。そこでふと振り返り、いつもの微笑みを浮かべる。
「もうすぐ、アレン様にご報告できることがあるかもしれません」
「え? 報告って?」
「ふふっ、楽しみにしていてください」
だけどフィオナはそう煙に巻き、「おやすみなさいませ」とだけ言って扉を閉めた。
「……報告?」
僕はリビングに戻りながら、その一言が頭の中で引っかかっていた。
フィオナが毎晩出かけて、その先にあるもの。まだ話す時ではないと言っていたのが、もうすぐ話せるようになる。
つまり――紹介できる段階になった、ということだろうか。彼氏を。
その想像が、思いのほか鮮明に浮かんでしまった。
フィオナが知らない男の隣で笑っている。楽しそうに話して、腕に絡みついて、僕にするみたいに甘えて――。
「……いやいや、何を考えてるんだ」
浮かぶはずのない感情を、そんな独り言で振り払う。
フィオナの自由だ。僕が口を出すことじゃない。
そもそも僕は、自由に生きたいと願って生まれ変わったのだから。フィオナにだって、自由に生きる権利がある。頭ではわかってる。
だけど今夜は、魔術書を開く気にも、実験に取りかかる気にもなれなかった。
こんなことは初めてだ。
「……さっさと寝よう」
僕はボディスーツに着替え、安眠マスクをつけた。
ベッドに横たわると、マスクが空気を整えてくれる。いつもなら心地よい感覚が、今夜はどこか素っ気ない。
フィオナは今ごろ、もうすぐ恋人になるであろう相手と、親密な時間を過ごしているのだろう。
――やめよう。考えるな。
目を閉じる。振り払うように、意識を暗闇に沈めた。