寝ている間に無自覚無双 ~怠惰に生きたい転生貴族、楽するために開発したオートスキルで知らないうちに国を救っていたようです~   作:片沼ほとり

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第26話:夜の遭遇と事件発生

 シエル・アークライトは、夜の王都を一人で歩いていた。

 任務ではない。アウロラからは「派手に動くな、一人で動くな」と釘を刺されている。

 誘拐事件の捜査に加わったとはいえ、今のシエルにできるのは学園での報告くらいのものだ。

 

(ですが、見回りくらいは構いませんわよね)

 

 最前線に立てなくても、ただ報告を待つのは性に合わない。だから時々、こうして夜の街に異常がないか確かめて歩く。

 

 ――それに。

 頭に浮かぶのは、人知れず現れて人を救い、名乗らず消えていく黒仮面。

 あの方なら、騎士団の目が届かないこんな夜にこそ現れるのではないか。

 

(……って、何を考えていますの!)

 

 あくまでパトロールだと自分に言い聞かせ、雑念を振り払って角を曲がる。

 その時だった。街灯の下を、見覚えのある銀色の髪が横切った。

 

「……フィオナさん?」

 

 声をかけると、人影が立ち止まって振り返る。やはりフィオナだった。

 制服でもメイド服でもない、夜目に沈む地味な外出着姿は新鮮だった。それでも目を引く美貌、スタイルの良さが際立っていた。

 

「あら、シエル様」

 

 驚いた様子もなく、いつもの薄い微笑み。

 しかし意外だ。アレン・クライネルは一緒じゃないらしい。

 

「こんな時間に一人出歩くなんて、危ないですわよ」

「シエル様こそお一人のようですが?」

「自分の身くらい自分で守れますわ」

「では私も問題ない、ということで」

 

 事もなげに言うフィオナ。考えてみれば、シエルはフィオナがどれくらい強いかを知らない。

 とはいえあの学園にいる以上、そこらの一般人より強いのは間違いないだろうが。

 

「何にしろ、なぜ一人で出歩いているのかは聞いても?」

「ただの夜の散歩ですよ。それでは私はこれで」

「お待ちなさい」

 

 フィオナが首を傾げる。なぜ呼び止めるのか、といった具合に。

 特に用はないが、昨今の誘拐事件のこともある。フィオナを一人にするのははばかられた。

 

「少し付き合いなさいまし。聞きたいことがありますの」

「……はあ、私でお答えできることでしたら」

 

 二人は並んで夜の街を歩き出した。パトロールという目的もあるので、シエルは人気のない道を選びながら進む。

 しばらく無言が続いたあと、シエルは思い切って口を開いた。

 

「前から訊いてみたかったのですけれど……なぜ、あんな男に仕えていますの?」

「あんな男、とおっしゃいますと?」

「アレン・クライネルのことに決まっていますわ」

 

 つい言葉に棘がこもる。

 

「授業中は堂々と居眠り、何事も最低限しかせず、隙あらば昼寝の場所を探す。なぜあんな怠け者に、それほどの情熱を持って仕えられますの?」

「愚問ですね。アレン様は、世界で一番お優しい方ですから」

 

 フィオナは即答した。いつも通り淡々と、一切の揺らぎもなく。

 

「優しいかどうかは知りませんが、それ以前の問題でしょう。怠惰の権化ですわよ」

「ふふ。私にだけわかればいいのです。それが愛というものでしょう?」

「……愛は盲目、ですか。あんな男のどこがいいのか、ワタクシにはわかりませんわ」

 

 少し言いすぎかとも思ったが、フィオナはやはり平然としていた。

 フィオナは少し間を置き、いつもの薄い微笑みとは違う、どこか奥から出てくる声で答えた。

 

「私は八歳の時、アレン様に命を救われました」

「……え?」

「孤児院の散歩中に魔獣に襲われて、逃げ切れず殺されかけたところを。そしてアレン様は、孤児の私をクライネル家に迎え入れ、今でもそばに置いてくださっています」

 

 初耳だった。フィオナが孤児だったことも、アレンがそれを迎え入れたことも。

 クライネル家にとって、たとえ使用人だとしても、孤児を雇うことには抵抗があったはずだ。

 

「あの日がなければ、今の私はいません。ですからアレン様は、私にとっての『前提』なのです。すべてを捧げるのは当然でしょう?」

「前提……」

「ええ。シエル様にとって、王族であることや、アウロラ様の存在が前提であるのと同じです」

 

 シエルは、思わず黙り込んだ。

 ――確かに、そうだ。生まれた時から王族で、物心ついた時には姉の背中を追っていた。アウロラがいなければ、今の自分はない。

 

「……なるほど。そう言われると、わからないでもありませんわ」

「それはよかったです」

 

 フィオナがやわらかく微笑む。

 しかしふとシエルは思う。なぜフィオナは今、こんなことを自分に話したのだろう、と。

 そんな疑問を察したのか、フィオナはシエルの目を覗き込みながら口を開く。

 

「羨ましいですか?」

「……は?」

 

 フィオナの口の端がくいっと上がった。

 

「私とアレン様は相思相愛です。例のアーティファクトでも証明されたこと、シエル様も覚えていらっしゃいますよね?」

「お、覚えてはいますけれど……」

「二人で暮らしていますから、邪魔をする者は誰もいません。毎朝アレン様を起こして、朝食を作って、美味しいと言っていただいて、頭を撫でていただいて、夜は……ご想像にお任せします」

「なっ……!? い、いったい何を、どこまで……っ!」

「ふふ、冗談ですよ」

「どこからどこまでがですの!?」

 

 フィオナは答えず、楽しげに微笑むだけ。本当にこの女は。

 

「耳まで真っ赤ですよ。可愛らしい反応をなさるのですね」

「可愛らしくありませんわ! 羨ましくもありません! 変な話をしないでくださいまし!」

「女の子らしい恋バナですよ。シエル様も、愛の力とやらを感じられているそうではないですか」

 

 笑みを浮かべながらそう言うフィオナを見て、ようやくフィオナの真意がわかった。

 過去を話したのは、こうやってシエルをからかうため。

 のみならず、フィオナ・アレンの関係をシエル・黒仮面と対比するため。

 まだ黒仮面の正体すら掴めていないシエルを揶揄したのだろうが……。

 

「確かに、ワタクシも同じかもしれませんわね。命を救われた身ですもの」

「ほう」

 

 フィオナは意外そうに相槌を返した。素直に認めると思っていなかったのだろう。

 

「一度目は入学前の夜、魔獣に殺されかけた時。二度目はダンジョンで魔獣に囲まれた時。どちらも、どこからともなく現れて、ワタクシを助け、名乗らずに消えていきましたの」

「……」

「それだけではありませんわ。二度目に会った時、あの方はワタクシの手を取って……魔力の流れを、変えてくださいましたの」

 

 フィオナは静かに聞いている。否定も茶化しもしない。それが、不思議と話しやすかった。

 

「『誰かの真似をする必要はない。君は、他の誰でもない君だ』――そう、おっしゃって」

 

 言葉にしただけで、胸の奥が熱くなる。

 

「お姉様の真似ばかりだったワタクシに、自分でも気づけなかった戦い方を見出してくださった……恩人ですわ」

「恩人、ですか」

 

 フィオナがこてんと首を傾げる。

 

「恩人止まりでよろしいので?」

「なっ……なんですのその聞き方は! 恩人は恩人ですわ!」

 

 また赤くなりかけた顔を必死に抑える。

 だが、続くフィオナの問いは――シエルの核心をまっすぐに突いた。

 

「では一つ。シエル様にとって、アウロラ様と黒仮面様は、どちらが大事なのですか?」

「……それは」

 

 すぐには答えられなかった。比べたことなどなかった。

(お姉様はお姉様、黒仮面様は黒仮面様)

 だが言われてみれば――この二人は、同じ方を向いてはいない。

 

「……お姉様は、ワタクシの前提ですわ。お姉様がいなければ今のワタクシはいない。戦いの心得も、王族としての在り方も、すべてお姉様から学びましたもの」

「ええ」

「でも、黒仮面様は……」

 

 言葉を探す。

 

「お姉様が『王族としてあるべき姿』を見せてくださったのなら――黒仮面様は、『ワタクシ自身の姿』を見つけてくださった方ですわ」

 

 口にして、自分で少し驚いた。

 

「どちらが大事かと言われれば……どちらも、ですわ。ただ」

 

 少し俯き、それから顔を上げた。

 

「お姉様には、追いつきたい。……でも黒仮面様には、追いついて、隣に立ちたいのですわ」

 

 言ってしまってから、はっとした。

 恩人だの、そういう感情ではないだの、さっき言ったばかりなのに。

 

「……今のは、忘れなさいまし」

「いいえ。覚えておきます」

「忘れなさいと言っているでしょう!」

 

 フィオナは、くすりと笑っただけだった。

 シエルは真っ赤な顔のまま、夜空に向かって声を張る。

 

「とにかく! ワタクシは黒仮面様にふさわしい女性になってみせますわ! いつか必ず、あの方の隣に立てるように!」

「叶うといいですね。その恋」

「だから恋路ではありませんわ!」

 

 シエルが声を張り上げた――その直後だった。

 

 

「「……っ!」」

 

 

 その魔力の気配を感じ取ったのは、同時だった。

 シエルは周りを見る。行き交う人々の様子は変わらない。気づいたのは、限られた者だけ。

 

「フィオナさん」

「ええ」

 

 ともに声を落とす。先ほどまでの微笑ましい会話の雰囲気は、もうどこにもなかった。

 感じる。一つ、二つ――いや、もっと。複数の魔力が、息を殺してこの一帯に潜んでいる。

 

(雑なゴロツキの魔力ではありませんわ。これは――統制されている)

 

 誘拐事件。その四文字が頭に浮かぶ。

 ここ数ヶ月、王都を騒がせてきた連続誘拐。シエルも見習いとして捜査の端に連なっている。

 だが騎士団は、今夜の動きを何一つ掴んでいない。巡回の増員も警戒の通達もなかった。

 

 つまり――敵が、先に動いた。

 

(後手に回りましたわ。それも、完全に……!)

 

 シエルは短剣の柄に手をかけた。迷いはなかった。

 

「フィオナさん、夜の散歩は終わりですわ。すぐに安全な場所へ――」

「お断りします」

「……え?」

「ここで逃げるようでは、アレン様に顔向けできませんから。ご一緒しますよ」

 

 フィオナはいつもの薄い微笑みを浮かべている。だが、その目だけは笑っていなかった。

 

 一般人を巻き込む。フィオナの安全。単独行動。いろんな懸念が浮かぶ。

 だが、シエルはその目を信じた。今は非常事態だ。

 

「足手まといになったら見捨てますわよ」

「そちらこそ」

 

 シエルは駆け出し、フィオナもそこに並ぶ。

 飄々とした返事とは裏腹に、フィオナの身のこなしに無駄はなかった。外出着の裾を翻す。

 

(このメイド……やはり、ただ者ではありませんわね)

 

 言葉を交わさずとも目的地は共有していた。魔力の気配の元、右手の路地へ。

 

 そこでは――数人の男が、ぐったりとした人影を一つ、馬車の荷台へ押し込もうとしていた。

 手足を縛られ、口を布で塞がれ、それでも必死に身をよじる、小さな体。

 被せられた外套がずれ、街灯のわずかな明かりに、栗色の髪がこぼれ落ちた。

 

 ――シエルは息を呑んだ。

 

 話したことはない。だが、平民から特待生に選ばれた少女として、強く記憶に残っている。

 

 

「リリアナ・ブランフォード……!?」

 

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