寝ている間に無自覚無双 ~怠惰に生きたい転生貴族、楽するために開発したオートスキルで知らないうちに国を救っていたようです~   作:片沼ほとり

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第27話:リリアナ救出

 考えるより先に、シエルは短剣の柄から手を離す。代わりに両手を前へ突き出した。

 

「その子を放しなさい!」

 

 声を張ると同時に、右手から白い閃光が迸る。

 馬車の手前で見張りに立っていた男を、正確に撃ち抜いた。

 リリアナのいる荷台は寸分も掠めない。男は声もなく吹き飛び、地面に崩れ落ちる。

 

「なっ――誰だ!?」

 

 残る男たちが一斉に振り返った。三人。場慣れした動きで、それぞれが懐から得物を引き抜く。

 

(やはり、ただのゴロツキではありませんわね)

 

 だが、統制が取れていようと関係ない。

 続けて左手。二人目に狙いを定めて放つ。男は咄嗟に身を捻ったが、肩を掠めた閃光に体勢を崩し、無様に転がった。

 残るは二人。

 

 一人が地を蹴り、シエルの左へ回り込む。

 

(――左後方)

 利き手の射角からわずかに外れた位置。振り向きざまに撃つには遅い。ここは剣を抜いて――。

 

 

 そう判断した時にはもう、男は声もなく地面に伏していた。

 

 

「……え?」

 

 いつの間にか、その背後にフィオナが立っている。

 地味な外出着の裾を揺らし、こともなげに男の首筋から手を離すところだった。

 

「気を失っているだけですよ。殺してはいません」

 

 茶でも淹れたかのような、飄々とした声。

(いつの間に、そこへ……?)

 シエルが二人を撃つ間に、このメイドは音もなく回り込んでいたというのか。

 

「う、動くな! 撃てば、この女ごとだぞ――っ!」

 

 最後の一人が叫ぶ。

 男はリリアナの背後に回り、腕をその細い首へ巻きつけていた。

 光を放てば、リリアナを巻き込む。射線上に人質がいる以上、撃てない。

 

(くっ……どう、すれば……え?)

 

 男の体がぐらりと傾いた。

 白目を剥いて崩れ落ちる体。その向こうに、リリアナの肩をそっと支えるフィオナがいた。

 ――まただ。シエルすらも察知できないまま、気配を消して、あの場所へ。

 

「ご無事ですか、リリアナさん」

 

 始まりから終わりまで、数十秒。

 四人の男は誰一人としてシエルに刃を届かせることなく、路地裏に転がっていた。

 フィオナがリリアナの猿轡を解き、目隠しを取る。

 

「……フィオナさん? それに……シエル様も? どうして……」

「夜の散歩をしていたら、物騒な気配がしたものですから」

 

 二人は知り合いだったらしい。涙目でかすれた声のリリアナに、フィオナはいつも通りの声色。

 そのおかげもあってか、リリアナも落ち着いてきたようだ。

 シエルも自分の責務を果たすため、一つ咳払いをして問う。

 

「あなたを攫おうとしたあの者たちに心当たりは?」

「わかりません。学園からの帰り道、急に後ろから羽交い締めにされて……」

 

 そこで言葉が途切れる。リリアナは自分の肩を抱いて震えていた。

 無理もない。夜道でいきなり拘束され、馬車に詰め込まれかけたのだ。か弱い研究者にとっては悪夢以外の何物でもないだろう。

 魔力の高い家系の子が狙われていると聞いていたが、その頭脳も標的になるということか。

 

「とにかく、間に合ってよかったですわ」

「ありがとうございます、本当に。フィオナさんも」

「私は大したことはしていませんよ。シエル様が派手に蹴散らしてくださいましたから」

 

 フィオナはさらりと受け流す。だがその一言に、シエルは思わず眉を寄せた。

 

「いいえ。あなたは、ただ眺めていただけではありませんわ」

 

 そう言いながら、シエルはさきほどの数十秒を頭の中で巻き戻す。

 自分が撃ち倒したのは二人。しかしその隙を突こうとしてきた一人を、フィオナは沈めた。

 

 シエルの光魔術は正面と右に偏る。右手が利き手だから、左後方はどうしても反応が遅れる。自分でも気づいていなかった癖だ。

 それを、フィオナはこの一度きりの乱戦で見抜いていた。そのうえで、シエルの届かない場所だけを過不足なく埋めたのだ。

 

「あなた、ワタクシの射角の癖を読んでいたでしょう。それを補うように動いた」

「シエル様の魔術は、とてもわかりやすいので」

「なんだか腹の立つ言い草ですわね」

 

 だが、認めなければならない。

 

「誰かの穴を塞ぎ、相手の力を最大限に引き出す。……あなたの本当の才能は、そこですわね」

「はあ。お褒めにあずかり光栄です」

「本当に、あんな男に仕えているのがもったいないですわ」

 

 心からの言葉だった。フィオナは目を細め、薄く笑う。

 

「もしかして、口説いていらっしゃいますか? 申し訳ありませんが、私はアレン様を支えることしか頭にありません。丁重にお断りさせていただきます」

「口説いていませんわ! なぜワタクシが振られたみたいになっていますの!?」

 

 顔を赤くして叫んだ、その時だった。

 

「また――!?」

 

 再び強い魔力が近づいたのを察して、思わずシエルは声を上げた。

 路地の奥。暗がりから、重い足音が近づいてくる。一歩、また一歩。迷いのない歩調だった。

 さきほどのゴロツキたちとは、まとう空気がまるで違う。明確に格上。

 

「……っ」

 

 フィオナがリリアナを背に庇うのが見えた。シエルも両手を構える。

 だが、弱い街灯の光の輪に踏み込んだ人影の顔を見て、シエルは構えをほどいた。

 

「お見事ですシエル様。ご立派になられましたな」

「ミッシェル!」

 

 白髪の交じった髪。優しい微笑み。鍛え上げられた長身。腰には、見慣れた騎士団の剣。

 アウロラの懐刀であるミッシェルは、シエルにとっても剣の恩師である。

 

「ミッシェルがここにいるということは、騎士団が対応していますのね。今この子も攫われかけていたんですのよ」

 

 そう言いながら、ミッシェルに歩み寄ろうとした――その瞬間。

 

 

「シエル様っ!」

「――っ!?」

 

 

 横合いから飛び込んだ白い影が、シエルの体を突き飛ばした。

 地面に転がって、一拍遅れて理解する。さっきまで自分の首があった場所を、銀の刃が薙いでいったのだと。

 そして、その剣の主は……。

 

「ミッシェル……?」

「油断はいけませんなシエル様。死んでしまいますぞ?」

 

 声色も微笑みも、いつも通りの優しさ。

 だがその右手は、確かに剣へとかかっていた。

 

「ミッシェル……なぜ、ワタクシに剣を向けますの……?」

「何度も手合わせしてきましたな。こうして本気の仕合ができること、心から嬉しく思いますぞ」

 

 ミッシェルは問いに答えない。だが、敵意は明確。

 それを見て、シエルの脳裏に一つの事実が浮かぶ。

 敵組織は騎士団の動きを知っているかのように裏をかいてくる。スパイがいる可能性も否定できない。そういう話だった。

 

 まさか、今目の前にいるミッシェルが――。

 

「楽しませていただきますよ」

「……っ!」

 

 

 再び剣を抜いたミッシェルに、シエルとフィオナは構えた。

 

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