寝ている間に無自覚無双 ~怠惰に生きたい転生貴族、楽するために開発したオートスキルで知らないうちに国を救っていたようです~ 作:片沼ほとり
考えるより先に、シエルは短剣の柄から手を離す。代わりに両手を前へ突き出した。
「その子を放しなさい!」
声を張ると同時に、右手から白い閃光が迸る。
馬車の手前で見張りに立っていた男を、正確に撃ち抜いた。
リリアナのいる荷台は寸分も掠めない。男は声もなく吹き飛び、地面に崩れ落ちる。
「なっ――誰だ!?」
残る男たちが一斉に振り返った。三人。場慣れした動きで、それぞれが懐から得物を引き抜く。
(やはり、ただのゴロツキではありませんわね)
だが、統制が取れていようと関係ない。
続けて左手。二人目に狙いを定めて放つ。男は咄嗟に身を捻ったが、肩を掠めた閃光に体勢を崩し、無様に転がった。
残るは二人。
一人が地を蹴り、シエルの左へ回り込む。
(――左後方)
利き手の射角からわずかに外れた位置。振り向きざまに撃つには遅い。ここは剣を抜いて――。
そう判断した時にはもう、男は声もなく地面に伏していた。
「……え?」
いつの間にか、その背後にフィオナが立っている。
地味な外出着の裾を揺らし、こともなげに男の首筋から手を離すところだった。
「気を失っているだけですよ。殺してはいません」
茶でも淹れたかのような、飄々とした声。
(いつの間に、そこへ……?)
シエルが二人を撃つ間に、このメイドは音もなく回り込んでいたというのか。
「う、動くな! 撃てば、この女ごとだぞ――っ!」
最後の一人が叫ぶ。
男はリリアナの背後に回り、腕をその細い首へ巻きつけていた。
光を放てば、リリアナを巻き込む。射線上に人質がいる以上、撃てない。
(くっ……どう、すれば……え?)
男の体がぐらりと傾いた。
白目を剥いて崩れ落ちる体。その向こうに、リリアナの肩をそっと支えるフィオナがいた。
――まただ。シエルすらも察知できないまま、気配を消して、あの場所へ。
「ご無事ですか、リリアナさん」
始まりから終わりまで、数十秒。
四人の男は誰一人としてシエルに刃を届かせることなく、路地裏に転がっていた。
フィオナがリリアナの猿轡を解き、目隠しを取る。
「……フィオナさん? それに……シエル様も? どうして……」
「夜の散歩をしていたら、物騒な気配がしたものですから」
二人は知り合いだったらしい。涙目でかすれた声のリリアナに、フィオナはいつも通りの声色。
そのおかげもあってか、リリアナも落ち着いてきたようだ。
シエルも自分の責務を果たすため、一つ咳払いをして問う。
「あなたを攫おうとしたあの者たちに心当たりは?」
「わかりません。学園からの帰り道、急に後ろから羽交い締めにされて……」
そこで言葉が途切れる。リリアナは自分の肩を抱いて震えていた。
無理もない。夜道でいきなり拘束され、馬車に詰め込まれかけたのだ。か弱い研究者にとっては悪夢以外の何物でもないだろう。
魔力の高い家系の子が狙われていると聞いていたが、その頭脳も標的になるということか。
「とにかく、間に合ってよかったですわ」
「ありがとうございます、本当に。フィオナさんも」
「私は大したことはしていませんよ。シエル様が派手に蹴散らしてくださいましたから」
フィオナはさらりと受け流す。だがその一言に、シエルは思わず眉を寄せた。
「いいえ。あなたは、ただ眺めていただけではありませんわ」
そう言いながら、シエルはさきほどの数十秒を頭の中で巻き戻す。
自分が撃ち倒したのは二人。しかしその隙を突こうとしてきた一人を、フィオナは沈めた。
シエルの光魔術は正面と右に偏る。右手が利き手だから、左後方はどうしても反応が遅れる。自分でも気づいていなかった癖だ。
それを、フィオナはこの一度きりの乱戦で見抜いていた。そのうえで、シエルの届かない場所だけを過不足なく埋めたのだ。
「あなた、ワタクシの射角の癖を読んでいたでしょう。それを補うように動いた」
「シエル様の魔術は、とてもわかりやすいので」
「なんだか腹の立つ言い草ですわね」
だが、認めなければならない。
「誰かの穴を塞ぎ、相手の力を最大限に引き出す。……あなたの本当の才能は、そこですわね」
「はあ。お褒めにあずかり光栄です」
「本当に、あんな男に仕えているのがもったいないですわ」
心からの言葉だった。フィオナは目を細め、薄く笑う。
「もしかして、口説いていらっしゃいますか? 申し訳ありませんが、私はアレン様を支えることしか頭にありません。丁重にお断りさせていただきます」
「口説いていませんわ! なぜワタクシが振られたみたいになっていますの!?」
顔を赤くして叫んだ、その時だった。
「また――!?」
再び強い魔力が近づいたのを察して、思わずシエルは声を上げた。
路地の奥。暗がりから、重い足音が近づいてくる。一歩、また一歩。迷いのない歩調だった。
さきほどのゴロツキたちとは、まとう空気がまるで違う。明確に格上。
「……っ」
フィオナがリリアナを背に庇うのが見えた。シエルも両手を構える。
だが、弱い街灯の光の輪に踏み込んだ人影の顔を見て、シエルは構えをほどいた。
「お見事ですシエル様。ご立派になられましたな」
「ミッシェル!」
白髪の交じった髪。優しい微笑み。鍛え上げられた長身。腰には、見慣れた騎士団の剣。
アウロラの懐刀であるミッシェルは、シエルにとっても剣の恩師である。
「ミッシェルがここにいるということは、騎士団が対応していますのね。今この子も攫われかけていたんですのよ」
そう言いながら、ミッシェルに歩み寄ろうとした――その瞬間。
「シエル様っ!」
「――っ!?」
横合いから飛び込んだ白い影が、シエルの体を突き飛ばした。
地面に転がって、一拍遅れて理解する。さっきまで自分の首があった場所を、銀の刃が薙いでいったのだと。
そして、その剣の主は……。
「ミッシェル……?」
「油断はいけませんなシエル様。死んでしまいますぞ?」
声色も微笑みも、いつも通りの優しさ。
だがその右手は、確かに剣へとかかっていた。
「ミッシェル……なぜ、ワタクシに剣を向けますの……?」
「何度も手合わせしてきましたな。こうして本気の仕合ができること、心から嬉しく思いますぞ」
ミッシェルは問いに答えない。だが、敵意は明確。
それを見て、シエルの脳裏に一つの事実が浮かぶ。
敵組織は騎士団の動きを知っているかのように裏をかいてくる。スパイがいる可能性も否定できない。そういう話だった。
まさか、今目の前にいるミッシェルが――。
「楽しませていただきますよ」
「……っ!」
再び剣を抜いたミッシェルに、シエルとフィオナは構えた。