寝ている間に無自覚無双 ~怠惰に生きたい転生貴族、楽するために開発したオートスキルで知らないうちに国を救っていたようです~ 作:片沼ほとり
それからは防戦一方だった。
ミッシェルの剣に、シエルは常備している短剣で応戦する。
だが、ミッシェルは元席次持ち。速さも剣技も、シエルより二枚も三枚も上手だ。
(一分の隙もない、ですわね……!)
キンキンと鳴り続ける金属音を聞きながら、シエルは奥歯を噛んだ。
幼い頃から、数え切れないほど打ち合った構え。教わった手筋を、教わった本人にぶつけられている。受けるだけで精一杯で、光魔術を練る余裕などどこにもない。
踏み込み、斬り上げ、薙ぎ払い。
剣戟の連続に、シエルの息が上がる。一合ごとに、確実に押し込まれていく。
(このままでは――)
だがその時、横合いから一条の光が走った。
ミッシェルの側頭部を狙った光弾。威力は低い。だが、正確だ。ミッシェルが半歩退いて、それをかわす。
生まれた隙に、シエルは体勢を立て直した。
「助かりますわ、フィオナさん……!」
言葉は要らない。リリアナを背に庇いながら、フィオナが次々と魔術を編んでいる。
光、氷、炎――手当たり次第のようでいて、どれもシエルの邪魔をしない。
フィオナもまた、光属性の速さにはついていけないのだろう。剣を手に斬り込むことなど到底できない。だからこそ遠くから的確に横槍を入れ、ミッシェルの体勢を崩し続ける。
(ですが、このままでは……!)
フィオナの援護はありがたい。だが、先は見えない。
事実、肩で息をしているシエルと対照的に、ミッシェルは目を細めて微笑む。
「お見事ですシエル様。以前よりずっと太刀筋が伸びましたな」
「……っ」
優しい声だった。世辞でも皮肉でもなく、本心からそう言っているのが伝わってくる。
「いえ、太刀筋だけではありません。良い友をお持ちになりましたな。背中を任せられる友を」
「……別に友達のつもりはありませんけれど」
「ほっほっほ。私は嬉しいですぞ」
こう話していると、普段と何も変わらないように思えてしまう。
なのにその剣は、シエルの命を刈り取ろうと振るわれている。
「ですが、その援護もここまでのようですな」
「……? それは、どういう――」
問い返す前に、背後から低い呻き声が上がった。
倒れていたはずのゴロツキたちが、一人、また一人と身を起こしていた。
先ほどシエルとフィオナが昏倒させた、あの男たちだ。
「皆様。そちらの銀髪の方の対処をお願いできますかな」
落ち着いた口調で、ゴロツキたちに命令するミッシェル。男たちが落ちていた武器を取り、フィオナとリリアナに目を向ける。
三対一でも、そう簡単にフィオナが負けるとは思えない。
だが、リリアナを守りながらでは、もうシエルを援護する余裕はない。
「シエル様……」
「わかっていますわ! リリアナさんをお守りくださいまし!」
「それでは改めて、仕合と参りましょう」
ミッシェルは優しい微笑み、そして加速する。
キン、キンと響く音。一合、二合、三合――打ち合うたびに手が痺れ、後退を強いられる。
フィオナの援護を失ったシエルは、もう受けるだけで精一杯だった。
(速い……っ、目で追うのがやっと……!)
全盛期の速さはないはずだ。だが、積み重ねた年季が違う。
ミッシェルの一撃は、シエルの剣を的確に弾き、その体勢を崩していく。
「おわかりでしょう。純粋な剣戟ではシエル様に勝ち目はありません」
「……何が言いたいのです?」
「見せていただきたいものです。黒仮面とやらに教わった、シエル様の真の力を」
「――っ!」
そこで、あえて一呼吸置くように、ミッシェルは距離を取った。
まるで稽古の総仕上げでも促すような口ぶりで。
「……わかって、いますわ」
シエルは剣を鞘に収めた。
黒仮面にこの魔術を授かってから、数多の魔獣を蹴散らしてきた。自信もある。
だからこそ、それを恩師に向けるのが怖い。まさかミッシェルが、とは思うが、直撃すれば重傷だろう。
それでも今は、やるしかない。
シエルは両手を前に突き出した。体の周りにピリピリと火花が散る。その力を一点に集め――。
「はあああぁっ!」
シエルの手から、ミッシェルを捕らえるように光の束がほとばしる、が。
「未熟。強さ、速さ、繊細さ、いずれも足りませぬ」
「……っ!」
シエルの電撃をかいくぐったミッシェルの剣が、届く。
その時だった。
「……噂をすれば、ですな」
届くはずだったミッシェルの刃が、ぴたりと止まっていた。
横から伸びた、黒いスーツに包まれた手が、その白刃を掴んでいる。
「黒仮面、様……!」