寝ている間に無自覚無双 ~怠惰に生きたい転生貴族、楽するために開発したオートスキルで知らないうちに国を救っていたようです~ 作:片沼ほとり
「それでは、今夜は部屋には入らないようにいたしますね。それでは、おやすみなさいませ」
「うん、おやすみ」
そんな言葉を主と交わし、フィオナ・メイトランドは部屋を出た。
明日からはアレンとともに魔術学園へ通う。心躍る、という気持ちもないわけではない。
だが、学園入学、十五歳という節目をついに迎えた感慨の方が大きかった。
(アレン様と出会ったあの日からもう七年……ですか)
アレンとともに過ごした人生の半分を噛みしめながら、フィオナは過去に思いを馳せた。
*
フィオナは両親の顔を知らない。生後数ヶ月の状態で、孤児院の前に捨てられていたという。
だからといって不幸だったわけではない。
孤児院には同じような境遇の子供がたくさんいたし、優しい大人がいた。
さらに言えば、フィオナには他の子供たちと比べてはるかに大きな魔力があった。
理由はわからない。もしかしたら貴族の隠し子だったのかもしれない。平民の子供にも稀に起こる突然変異だったのかもしれない。
ともかく、フィオナは魔力に優れ、いろいろな魔術も使えるようになっていった。
大人も含めて、施設の中では圧倒的に一番。かといって、それを誇ったり、周りを見下したりは決してしない。
基本的に寄付で成り立っている施設で生活は慎ましかったが、家族のような温かさがあった。
いつかはこの魔術で、施設の皆を助けられるかもしれない。フィオナは幼心にそう思っていた。
そんな日々に終焉の危機が訪れたのは、八歳の時だ。
その日はいつも通り、孤児院の皆で森を歩いていた。
森といっても、隅々まで整備されている。散歩コースとしてうってつけの場所。
だが、その日だけは違った。
「ガルル……」
散歩の途中に突然、木々の間から二体の魔獣が姿を現した。
大型犬くらいの大きさで、鼻息荒くこちらを見ている。
――魔獣の存在は、この世界なら誰もが知識として知っている。
知性が乏しく、凶暴。襲われれば命の危険がある。
だから知性ある人間はそれを退け、魔獣を街から追い出した。
今では街の外や、整備されたダンジョンの内部にしかいない存在。そのはずだ。
「きゃああああっ!」
子供たちが叫び、四方八方に走って散っていく。
魔獣の敵意に晒されたことのない子供たちがパニックになるのは自然の道理だった。
「ど、どうしよう」
「下手に刺激しなければ大丈夫、だよな……?」
引率する大人は二人、緊張した面持ちで顔を見合わせる。
しかし武器はない。魔獣と戦えるような魔術も持ち合わせていない。
そして――。
「グガアアァァァァァッッッ!」
「きゃあっっ!?」
群れの長だとでも思っているのか、魔獣たちは大人に真っ先に襲いかかる。
このままだと、迎えるのは悲惨な結末。そんな状況でフィオナは咄嗟に――。
「やあっ!」
「グガァッ!?」
魔獣を攻撃していた。最近習得したばかりの、炎を出す魔術。
大人たちに襲いかかってきた魔獣たちに吹きかけることで、魔獣の足を止めさせたのだ。
「フィオナちゃん!?」
「こっち!」
大人の声を無視して、フィオナは走り出した。魔獣たちの目を見ながら、みんながいない方に。
すると目論見通り、魔獣たちが追いかけてくる。
これで危機は去った。孤児院のみんなが襲われることはない。
つかの間の安心。それとともに――隠れていた恐怖がわき上がってくる。
(……怖い)
二体の魔獣を引きつけ、周りに誰もいなくなったところで、初めてフィオナは冷静になった。
この状況を理解していき、足が震える。
フィオナは、魔獣と戦ったことなんてない。生き物を攻撃したのだって初めてだ。
命のやり取りなんて望むはずもない。
(……だけど)
それでも、今この場で一番強いのは自分なのだ。
「私が、守らなきゃ……!」
声に出して自分を奮い立たせ、魔獣との戦いが始まる。
幸い、フィオナの魔術は十分に魔獣とも渡りあえるものだった。
炎を出せば魔獣たちは近づけない。そうやってしばらく、フィオナは身を守った。
――だがやはり、フィオナは戦士としては未熟だった。
本来、魔術師が魔獣と戦うときは、一気にけりをつけなければならない。人間の魔力の方が、魔獣の体力よりも減りが早く、長期戦では不利だからだ。
魔力を温存しながら敵を観察し、一気に片をつける。それが人間の戦い方である。
しかし、フィオナにはそれができなかった。
魔獣に襲われる恐怖から、炎を纏う防御に徹し、一気の攻撃に転じられなかった。
そのうちに魔力が急速に失われていき、最後には――。
「あっ……」
不意に、炎が出せなくなった。
足にも力が入らず、ぺたんと地面に座り込む。魔力切れだ。
残ったのは、魔力も武器もない、丸腰の少女。
そして、まだまだ元気いっぱいの魔獣が鼻息荒くこちらを見ている。
(ああ、ここで死ぬんだ)
フィオナはそう理解した。不思議と後悔はなかった。最期に自分の力で家族を守れたのだから。
駆けだしてくる魔獣の姿が視界に映る。
せめて安らかに死ねるよう、フィオナは目をつぶり――。
「グギャアア!?」
予想しなかった魔獣の断末魔に、再び目を開けた。
「よかった、間に合った」
目を開けたフィオナの前に、一人の少年が立っていた。
穏やかで、落ち着き払った声。しかしその足下には、バッサリと首を切られた魔獣が一体。
「あな……たは……?」
「アレン・クライネル。クライネル家の人間だよ」
クライネル家。ここ一帯の領地を管理している大貴族だ。
だが、明らかに子供だった。年は自分と同じくらいだろう。
「孤児院の先生が走ってきて、助けを求めてきたんだよ。魔獣が現れた、子供が戦ってるから助けてほしいって」
「……」
「ここは僕たちの領地だ。誰であっても守る」
そう言いながら、アレンはもう一体の魔獣に右手を向ける。
次の瞬間、そこから雷のような閃光が放たれ、気づいたときには魔獣が絶命していた。
「……すごい」
フィオナもそれなりに魔術に自信を持っていたが、その差は歴然。これが貴族かと思った。
アレンはフィオナに向き直る。
「すごいのは君だよ。みんなを庇って一人戦うなんて、なかなかできることじゃない」
「あ、あ……」
そう言いながら、アレンはハンカチを取り出し、フィオナの目元を拭った。
死の恐怖のためか、それとも安心のためか、気づかないうちに涙が溢れていたらしい。
本当は泣き喚きたかった。でも、それよりも言うべきことがあった。
「……恩返しをさせてください」
そして気づけば、そう口に出していた。
「気にしないで。僕は当たり前のことをやっただけだから。元はと言えばうちの家の責任だし」
謙遜ではなく、心の底からそう思っていそうなアレン。
しかしフィオナは首を横に振った。
「クライネル家は関係ありません。命を救っていただいた、アレン様に報いたいのです」
「アレン様って……」
そう呼ばれなれていないのか、アレンは困ったように苦笑いする。
だけどその困惑さえも押し切るように出した言葉が、フィオナの人生を一変させることになる。
「アレン様に、仕えさせてくださいませんか」
*
「アレン様……」
時は戻り現在。フィオナは噛みしめるように、うっとりと主の名前をつぶやいた。
あの日のことは、何度思い出しても頬が緩んでしまう。
――フィオナはメイド見習いとしてクライネル家で働くことになった。
望んだとおり、アレンに仕えることが出来たのだ。あの日から、今日この日までも。
しかしそれは、アレンの厚意があってこそだとフィオナは知っている。
いくら魔力や魔術に長けているといっても、孤児院の子供を雇うなんて先例はない。
しかしアレンは、自分のことを強く推薦してくれた。生まれに関係なく、能力に見合った役割を担うべきだと。
フィオナはその期待に応え、誰よりも努力した。アレンにふさわしいメイドになれるように。
そして今、フィオナは念願だったアレンの専属メイドという地位を手に入れた。二人きりの空間でアレンをからかうという特権も得た。
おかげでクライネル家から多くの給料をもらえ、そのほとんどを孤児院に寄付できている。
――アレンがいなければ、今この世界に自分はいない。のみならず、孤児院のみんな、家族の幸せさえもがアレンのおかげ。
であれば、フィオナがアレンにすべてを捧げるのも当然のことだ。
あの日からずっと、アレンは自分にとってのヒーローで――。
(そういえば、怠惰になる、なんて言ってましたっけ)
ふと思い出す。十歳の時、アレンが突然「僕はこれから怠惰に生きる!」と宣言したのだ。
それからアレンは変わった。今までの自分を「お人好しすぎた」と切り捨て、怠惰を志すようになった。しかし……。
(そう言いつつ、ちっとも怠惰ではないのですが)
確かに振る舞いは怠惰にも見える。授業をサボったり、食事に好き嫌いを言ったり。
だがそれも、たいていは年齢相応の微笑ましいわがままだし、何より表面的なものだ。
その根底には変わらない優しさがあることを、フィオナは、いや誰もが理解していた。
例えば、アレンは勉強を嫌がり、家庭教師の授業をフィオナに押しつけた。それを怠惰だと言い張っていた。
しかし、そもそも家庭教師も「これ以上アレン様に何を教えればいいのか」と嘆いていたところだったのだ。
そして、おかげで今のフィオナは、学園に通うのにふさわしい知識や教養、そして貴族たちにも引けを取らない魔術の腕を身に付けている。
もちろんそれはフィオナの才能と努力あってのものでもあるが、アレンのおかげとも言える。
高度な教育の機会をメイドに譲る心優しい主。それ以外の表現があるだろうか。
(なぜあれで怠惰などと言い張っているのか……まあ、そんなところも可愛らしいのですが)
フィオナはアレンの部屋の扉を見た。今も魔術研究の最中だろう。家庭教師から学ぶことがなくなったアレンは今、一人で高みを目指している。
なぜアレンが突然怠惰に振る舞いだしたのか、フィオナにはわからない。
だが、きっと何か理由があるのだろう。フィオナはそう信じていた。
きっと、何か大きなことを成し遂げて、世界を変えてくれる。あの日、アレンが自分の世界を変えてくれたように。
フィオナだけではない。きっとクライネル家の人間なら、誰もがそう信じている。
だからこそ、アレンの両親もアレンを自由にさせた。
人間関係のいざこざを嫌って社交界に顔を出さないアレンをも許し、自由に魔術の研究をさせ、満を持して学園に快く送り出した。
ついに王都に出たアレンが、何を成し遂げるのか。フィオナは心の底からワクワクしている。
(さて、私もそろそろお休みをいただきましょうか)
すでに明日の準備は完璧。明日に備え、フィオナも寝間着に着替えようとした。
――そのときだった。
「グガアアァァァァァッッッ!!」
「――っ!?」
突然窓の外から聞こえた咆哮に、フィオナは体を震わせた。
まるで散歩中に襲われたあの日のような。いや、あの時よりも遥かに凶暴な声。
もちろんその正体は魔獣だ。とっさに窓の外を見る。
(なぜ、これほどの魔獣が……!?)
王都の外れにあるこの家からさらに外、郊外の森に、魔獣の姿はあった。
その姿はかなり大きく、ここから目視できるほど。突然変異だろうか。
おそらく王国騎士団が対応するはずだが、被害は避けられないだろう。
騎士団は強力な精鋭が多数揃っているものの、国の軍ということもあり、この手の非常事態への初動が遅いのだ。
(念のため、アレン様ともご相談しておくべきですね)
この家まで被害が及びかねない。そうでなくても、明日の入学式に影響があるかもしれない。
実験中ではあるが、非常事態。フィオナはノックの後、アレンの部屋に入った。
「失礼します!」
すると、アレンは窓際に立ち、外を見ていた。
机の上には入学前課題が開かれている。今まで課題に取り組んでいて、今の声を聞いて立ち上がったのだろう。
だが一つ、いつもと大きく違うところがあった。
まるで素性を隠すかのように、黒い服と仮面を身に纏っていたことだ。
「お気づきの通り、魔獣が発生したようです。念のためお伝えに参りました」
フィオナはそう問いかけ、反応を伺った。だが、アレンは答えない。
声を出すこともなければ、顔をこちらに向けもしない。
その微動だにしない姿からは、精神を集中させているような、そんな凄みさえも感じた。
「……起きている時にはやらない、ことを……」
「アレン様?」
かと思えば、何やらブツブツと小声でつぶやいている。
それからアレンは立ち上がったと思うと、静かに窓を開け――。
「……アレン様!?」
魔獣が現れた森へ向かって、一直線に飛び出した。