寝ている間に無自覚無双 ~怠惰に生きたい転生貴族、楽するために開発したオートスキルで知らないうちに国を救っていたようです~   作:片沼ほとり

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第30話:アウロラ、闇に呑まれる

 王都の外れ、打ち捨てられた倉庫街の一角。

 その奥まった建物の前に、アウロラ・アークライトは一人で立っていた。

 誘拐犯の末端を締め上げ、たどり着いた場所だ。先ほど通信で、シエルにはここの位置だけを伝えてある。術者の気配は間違いなくこの中にある。

 

 騎士団を動かす時間はなかった。いや、動かすつもりもなかった。

 

 ――この手の相手は、数で押しても被害が増えるだけ。

 子供をさらい、帝国へ送る外道。その術者が立てこもっているなら、最も速く、最も確実に片をつけられる者が出向くべきだ。

 

 それは、アウロラだ。

 王国騎士団第七席。速さなら誰にも負けない。部下を危険に晒すより、自分一人で踏み込む方がよほど理にかなっている。

 民を守るのが王族の務め。ならば迷う理由はなかった。

 

「……行くとしよう」

 

 小細工は要らない。扉に手をかけ、中へ滑り込む。

 内部は暗い。等間隔に並ぶ柱の影が、いくつもの檻のように見えた。

 

「侵入者だ――ぐっ!?」

 

 声を上げかけた見張りの懐へ、踏み込む。

 光属性の加速。相手が瞬きを終える前に、首筋へ手刀を入れる。男は声もなく崩れ落ちた。

 

 二人目、三人目。誰一人、剣を抜くことすら間に合わない。

 殺しはしない。生かして吐かせるべきことが山ほどある。

 

 

 そうして気づけば、通路の先にひときわ広い空間が口を開けていた。

 見上げるほど天井の高い、がらんとした広間だった。

 

 奥の暗がりに、何かがいる。

 姿は見えない。輪郭すらつかめない。ただそこに「いる」とだけわかる気配の塊が、声ひとつ立てずにこちらを見ている。

 

 そしてその手前に、一人の男が立っていた。

 痩せた長身。口元には隠す気もない笑み。

 

「これはこれは。第一王女殿下が、こんな場末まで。しかもお一人とは」

 

 男は芝居がかった仕草で両手を広げた。

 

「光栄ですねぇ。歓迎いたしますよ」

「子供をさらって帝国に売る。それが貴様らの仕事か」

「おお、怖い怖い。無駄話はお嫌いですか」

 

 剣に手をかけて脅すが、声には欠片ほどの怯えもない。今まで切り伏せてきた人間とは違う。

 

「隠すほどのことでもありません。魔力の高い子供を選んで集めている。それだけのことです」

「……何のために」

「使うためですよ。帝国は魔力を欲しておりましてねぇ。幼いほど染めるのも容易だ」

「帝国、か。本当に隠す気もないのだな」

「その必要もありません。なぜなら、これであなたも連れ帰ることが出来ますから」

 

 男の目が、値踏みするようにアウロラをなめる。

 

「……その言葉は、私が誰だか知ってのことか?」

「王国騎士団の一角、第七席の王女。子供を百人かき集めるより、あなた一人の方がよほど価値がある。みすみす帰す手はありませんねぇ」

「口だけは達者だな。やれるものならやってみ――」

「それともちろん、妹君も」

「……っ!」

 

 眉に力が入った。

 

「シエルは私が守る。これまでも、これからもだ」

「ほほう。しかし、今のあなたにその言葉を吐く資格がありますかな?」

「どういうことだ」

 

 男はニヤリと嫌らしく口角を上げる。

 

「簡単な話です。ここ最近、妹君の命の危機を救っているのはあなたではありません」

「……」

「あんなに姉君を慕っておられたのに、寂しいものですねぇ。あなたが導いてきた妹君は、もうあなたを見ておらず、馬の骨とも知らない男を見ている。おや、図星で?」

「黙れ!」

 

 わかっていた。男の言うとおりだ。今のアウロラは黒仮面に後れを取っている。シエルの心が傾いているのも理解できてしまう。

 だからこそ、ここで勝つ。シエルからの尊敬を取り戻す。

 

「無駄話は終わりだ」

 

 この男を切り伏せる。後ろにいる黒幕らしき人間を問いただす。シエルの安否を確認し、助けに行く。やることはそれだけだ。

 そう考え、アウロラは光の速さで地を蹴り――。

 

「いけませんねぇ殿下。心を乱しすぎました」

「……!?」

 

 突然、自分の意思に反して体が硬直し、得体の知れない何かが意識に入り込んできた。

 

 

  *

 

 

「ここに、お姉様が……」

 

 薄暗い倉庫に、シエルたち三人は踏み込んだ。

 通路には同じ服を着た人間たちが点々と倒れている。誘拐犯の末端だろう。どれも気を失っているだけだ。

 その倒し方には見覚えがあった。苦しませず、一撃で急所だけ。

 

 しかしどこからも戦闘の音は聞こえない。もうアウロラがすべて制圧したのだろうか。

 そうして通路を抜け、開けた広間に出る。

 

 そこで――足が、止まった。

 

 

 広間の中央に、人影が一つ。金色の髪を見間違えるはずもない。

 

「お姉様……!?」

 

 駆け寄ろうとして、シエルは違和感に気づく。

 アウロラは剣を抜いていた。その切っ先がゆっくりとシエルへ向く。

 

「シエル……来る、な……っ」

 

 声が苦しげに掠れている。歯を食いしばり、何かに抗うように。

 

(まさか、お姉様まで……!?)

 

 ミッシェルと同じだ。

 いや、違う。ミッシェルは穏やかに笑っていた。だがアウロラは――苦しんでいる。

 

 操られながら、必死に抗っている。

 誰より強く、誰より気高いあの人が。妹に剣を向けまいと、たった一人で。

 

「リリアナさん、これは……」

「意識では抗っていますが、体の自由は利かないはずです」

「では、解除することも?」

「できます。ですがそのためには……動きを止めないといけません」

 

 リリアナの固い声に、シエルは覚悟する。

 ミッシェルを相手にすら全力を出せなかった。なのに今度は、生まれた時から慕ってきた姉と戦わなければならない。

 

 だが、もう迷いはない。

 

「他に誰がいるかもわかりません。フィオナさんは、リリアナさんを」

「……かしこまりました」

 

 フィオナが周囲を警戒しながらリリアナの護衛の位置につく。

 これでいい。アウロラと相対するのは、シエル一人。

 

 そしてアウロラが、苦々しい表情のまま剣を構えた。

 

「すまない、シエル」

「お姉様はワタクシが助けますわ」

 

 

 アウロラが、地を蹴った。

 

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