寝ている間に無自覚無双 ~怠惰に生きたい転生貴族、楽するために開発したオートスキルで知らないうちに国を救っていたようです~ 作:片沼ほとり
王都の外れ、打ち捨てられた倉庫街の一角。
その奥まった建物の前に、アウロラ・アークライトは一人で立っていた。
誘拐犯の末端を締め上げ、たどり着いた場所だ。先ほど通信で、シエルにはここの位置だけを伝えてある。術者の気配は間違いなくこの中にある。
騎士団を動かす時間はなかった。いや、動かすつもりもなかった。
――この手の相手は、数で押しても被害が増えるだけ。
子供をさらい、帝国へ送る外道。その術者が立てこもっているなら、最も速く、最も確実に片をつけられる者が出向くべきだ。
それは、アウロラだ。
王国騎士団第七席。速さなら誰にも負けない。部下を危険に晒すより、自分一人で踏み込む方がよほど理にかなっている。
民を守るのが王族の務め。ならば迷う理由はなかった。
「……行くとしよう」
小細工は要らない。扉に手をかけ、中へ滑り込む。
内部は暗い。等間隔に並ぶ柱の影が、いくつもの檻のように見えた。
「侵入者だ――ぐっ!?」
声を上げかけた見張りの懐へ、踏み込む。
光属性の加速。相手が瞬きを終える前に、首筋へ手刀を入れる。男は声もなく崩れ落ちた。
二人目、三人目。誰一人、剣を抜くことすら間に合わない。
殺しはしない。生かして吐かせるべきことが山ほどある。
そうして気づけば、通路の先にひときわ広い空間が口を開けていた。
見上げるほど天井の高い、がらんとした広間だった。
奥の暗がりに、何かがいる。
姿は見えない。輪郭すらつかめない。ただそこに「いる」とだけわかる気配の塊が、声ひとつ立てずにこちらを見ている。
そしてその手前に、一人の男が立っていた。
痩せた長身。口元には隠す気もない笑み。
「これはこれは。第一王女殿下が、こんな場末まで。しかもお一人とは」
男は芝居がかった仕草で両手を広げた。
「光栄ですねぇ。歓迎いたしますよ」
「子供をさらって帝国に売る。それが貴様らの仕事か」
「おお、怖い怖い。無駄話はお嫌いですか」
剣に手をかけて脅すが、声には欠片ほどの怯えもない。今まで切り伏せてきた人間とは違う。
「隠すほどのことでもありません。魔力の高い子供を選んで集めている。それだけのことです」
「……何のために」
「使うためですよ。帝国は魔力を欲しておりましてねぇ。幼いほど染めるのも容易だ」
「帝国、か。本当に隠す気もないのだな」
「その必要もありません。なぜなら、これであなたも連れ帰ることが出来ますから」
男の目が、値踏みするようにアウロラをなめる。
「……その言葉は、私が誰だか知ってのことか?」
「王国騎士団の一角、第七席の王女。子供を百人かき集めるより、あなた一人の方がよほど価値がある。みすみす帰す手はありませんねぇ」
「口だけは達者だな。やれるものならやってみ――」
「それともちろん、妹君も」
「……っ!」
眉に力が入った。
「シエルは私が守る。これまでも、これからもだ」
「ほほう。しかし、今のあなたにその言葉を吐く資格がありますかな?」
「どういうことだ」
男はニヤリと嫌らしく口角を上げる。
「簡単な話です。ここ最近、妹君の命の危機を救っているのはあなたではありません」
「……」
「あんなに姉君を慕っておられたのに、寂しいものですねぇ。あなたが導いてきた妹君は、もうあなたを見ておらず、馬の骨とも知らない男を見ている。おや、図星で?」
「黙れ!」
わかっていた。男の言うとおりだ。今のアウロラは黒仮面に後れを取っている。シエルの心が傾いているのも理解できてしまう。
だからこそ、ここで勝つ。シエルからの尊敬を取り戻す。
「無駄話は終わりだ」
この男を切り伏せる。後ろにいる黒幕らしき人間を問いただす。シエルの安否を確認し、助けに行く。やることはそれだけだ。
そう考え、アウロラは光の速さで地を蹴り――。
「いけませんねぇ殿下。心を乱しすぎました」
「……!?」
突然、自分の意思に反して体が硬直し、得体の知れない何かが意識に入り込んできた。
*
「ここに、お姉様が……」
薄暗い倉庫に、シエルたち三人は踏み込んだ。
通路には同じ服を着た人間たちが点々と倒れている。誘拐犯の末端だろう。どれも気を失っているだけだ。
その倒し方には見覚えがあった。苦しませず、一撃で急所だけ。
しかしどこからも戦闘の音は聞こえない。もうアウロラがすべて制圧したのだろうか。
そうして通路を抜け、開けた広間に出る。
そこで――足が、止まった。
広間の中央に、人影が一つ。金色の髪を見間違えるはずもない。
「お姉様……!?」
駆け寄ろうとして、シエルは違和感に気づく。
アウロラは剣を抜いていた。その切っ先がゆっくりとシエルへ向く。
「シエル……来る、な……っ」
声が苦しげに掠れている。歯を食いしばり、何かに抗うように。
(まさか、お姉様まで……!?)
ミッシェルと同じだ。
いや、違う。ミッシェルは穏やかに笑っていた。だがアウロラは――苦しんでいる。
操られながら、必死に抗っている。
誰より強く、誰より気高いあの人が。妹に剣を向けまいと、たった一人で。
「リリアナさん、これは……」
「意識では抗っていますが、体の自由は利かないはずです」
「では、解除することも?」
「できます。ですがそのためには……動きを止めないといけません」
リリアナの固い声に、シエルは覚悟する。
ミッシェルを相手にすら全力を出せなかった。なのに今度は、生まれた時から慕ってきた姉と戦わなければならない。
だが、もう迷いはない。
「他に誰がいるかもわかりません。フィオナさんは、リリアナさんを」
「……かしこまりました」
フィオナが周囲を警戒しながらリリアナの護衛の位置につく。
これでいい。アウロラと相対するのは、シエル一人。
そしてアウロラが、苦々しい表情のまま剣を構えた。
「すまない、シエル」
「お姉様はワタクシが助けますわ」
アウロラが、地を蹴った。